lost control












高校の同窓会


昔の皆に逢いたくて私はここへ来た


なんて…訳じゃない。



そこまで思い入れのあるクラスでもなかったし。

正直そこまで誰もが力を入れていたともいえない。

もう子供である事も出来ず、皆それなりに妥協を覚えていた。



今でもたまに連絡を取り合う友人と、近況を語り合う機会だから、が本音。











「…という訳で、そろそろ行ってきます」

「うん、楽しんでおいで」

「8時くらいには終わると思うから、そしたらメールするね」


防音施設の整った地下スタジオの扉を開けると、ざわざわとした街の賑わいがボリュームを上げた。


「気をつけて行ってこいよ。変なオオカミに捕まらないようにな」

「はいはい。気をつけます」

「酒飲み過ぎんなよ。喧嘩しちゃだめだからな」

「分かってる。苦手な人もいたけど話をするって事ないだろうし。っていうか琉、お母さんみたい」


私がクスリと笑いをこぼすと、琉が私の背中を壁へと押し付けてきた。
地上へと続く薄暗いトンネルのような階段が私達を隠し、まるで秘め事している気分になる。


「正直言うとね、まさにそんな心境よ。大事な娘に傷でもついたら…ってちょっと待て。それって男だろ?」

「え?」

「さっき、仲良かった子達と会えるのが楽しみって言ってただろ?」


「……うん?」

「子っていうくらいなんだから女だってことは分かる。けど苦手な子じゃなくて人っつった。」


琉は面白くなさそうな顔をして、私の腰にゆっくりと腕を巻きつけてそう言った。
私の感情は彼とは反対に喜び弾み出して、それが余計に反感を買ってしまったらしい。


「すごい。琉ってば弁護士とか向いてるんじゃない?」

「茶化すなよなー」

「別にそんなつもりないよ。ちょっとお節介で干渉されて嫌だったってだけだから」

「…迎えに行くよ」

「ここから歩いて5分だよ?大丈夫だって」


回された琉の腕がギュッと私を抱き寄せて、見つめてくる。
シリアスな表情がゆっくりと近づいて唇が触れ合う直前に
『そんな奴は会わずにすむといいね』と囁かれ、私は琉のささやかな嫉妬に酔いしれながら目を閉じた。




















「どうしたの?」


私は自分の唇へ指をあて、いつの間にか琉の余韻を思い出してしまっていたらしい。
隣で懐かしい友人の一人『加奈』が惚けた私をこちらの世界へ呼び戻してくれた。

会場になったレストランバーは、落ち着いた暖色のランプに照らされてとてもいい雰囲気だった。
大通りから少し奥まった所にある店は、奇遇にも琉の使っているスタジオから近く
ちょっと歩いたくらいでは、あの情熱的なキスは忘れる事は出来なかった。


「あ、ごめん」

「相変わらずボケッとしてるところは変わってないわね」


テーブルに並んでいる料理を食べやすい大きさに切り分けて、子供に食べさせていた『万理子』が笑う。

会話の所々に意地悪を含んだものの、それが嫌な女と思わせない万里子に私は困ったように笑い返す。
昔とは比べようのないくらい落ち着き払った万里子の姿が、これが結婚して子供を産んだ女の魅力なのかもと思えた。


「すっかりマダームって感じじゃない」

「なによそれ、つまりは私だけオバサンになっちゃったわけよね」


ふざけた口調で加奈はそう言うと、万里子に向かって持っていたフォークで突く真似をする。
『ふう』とため息を吐いて傷ついた振りをしてみせる万里子に、思わず笑ってしまう。


「何言ってんのよ。どこぞの御曹司を捕まえた女が」

「そうそう、結婚式の時なんかびっくりしちゃったもん」

「たまたま好きになった人がそんな人だったの」


加奈の言葉に便乗するように私も口を開くと、子供の口をナプキンで拭きながら万里子が恥ずかしそうにそう口にした。
そんな彼女の顔はとても輝いて見え、私は思わず見惚れていると目が合った万里子に突然問いかけられる。


「ねぇ、彼氏いるでしょ?」

「え、…なっなんで?」

ってばそうなの?どうして分かったの万里子?」

「うーんなんとなく色っぽくなったかな」

「なるほど…言われてみればなんとなく…ねぇ…」


「……なんとなくって、そんな」


全く褒められた気はしないけれど、私は思わず熱くなった頬に手をあてる。
忘れかけていた、さっきの琉との行為を全身で思い出してしまったから。

誤魔化すようにカクテルを口に含むと、カシスの酸味が口の中で広がって心地よかった。


「あーあ。結局ひとり者はあたしだけなのか」

「なに言ってるの、仕事うまくいってるんでしょ?」

「まあね、でも仕事が忙しいからって恋愛出来ないなんて言い訳したくないの」


それって仕事に失礼でしょ?
そう続けて発する加奈の自信に満ちた目は、羨ましいくらい輝いていて胸が焦がれる。

私は、今自分に誇れるものがあるだろうか。

変わろうと思って応募した読者リポートで、確かに生活は変わった。
琉と出合って、それはもう、バラ色に。
それでも、私自身は何も変わっていないような気がして、かつての仲間に置いていかれてしまったようで焦る。


「ねぇその彼ってどんな人?」

「ん、27才で明るくて元気な人…かな?」

「もしかしてオフィスラブってやつ?」


まるで自分の事のようにはしゃぐ加奈に思わず吹き出してしまう。


「残念でした」

「えーっ、どこで知り合ったの?」

「前に雑誌の取材っていうのかな、読者がひとつの課題をリポートするのに応募して。その時にね」

「へ〜、そんな事してたんだ、面白そうね」

「で?で?で?仕事は何してるの?」

「うーんと…音楽関係かな。詳しくは分からないの」


関係が公になっていない今、琉との事を教えられるわけでもなく私はただ、そう曖昧に濁した。
これがミュージシャンと付き合う宿命なのかと思うと、少し沈んでしまう。

いつも元気で自由奔放な琉も、ミュージシャンとしての琉も、全てひっくるめて好きだと思う。
だからこそ、自分は今ここにいてもいいのかとか、もっと頑張らなくてはと不安に襲われる。

グラスの底に残ったカクテルを飲み干して、まるで不安を拭い去るように私は万里子と加奈と沢山話をした。











「あれ、誰か携帯鳴ってない?」


ざわつく店の中で万里子が突然そう口にする。
よく耳を澄ますと、それは私のバッグから聞こえてくるもので私は慌てて携帯電話を取り出した。

ディスプレイを開くと『加賀見 琉』の文字、それと同時に既に8時を回っている事に気がついた。


ちょっとゴメン。


そう言い残して私は少しふらつく足で店の外へと出て、通話ボタンを押した。




「もしもし、琉?」

『悪い、お楽しみ中のところ』

「ううん、大丈夫。っていうか、もう8時過ぎてたね。もうそろそろ戻るから」

『いや、別にかまわないよ。ただ、やっぱり迎えに行くよ〜って言っておこうと思って』

「大丈夫だよ、ホント。スタジオ近いんだから…」

『俺が寂しいんだよー。ってか苦手な人には会わずに済みそう?』



甘えた口調の琉に、思わずふふっと幸せな笑みがこぼれる。



うん。大丈夫。

そう口を開こうとした瞬間









、二次会行くだろ?」










「え?」


振り向くと、いつの間にかそこには私の"苦手な人"の姿。


「ってか、男から電話?さっきの話し聞いてたんだけど音楽関係とかスタジオって、もしかしてミュージシャン?」


スーツをラフに着こなした高橋君の目が、私を睨みつけるように見つめていた。
高校時代から多少人気があった彼が、何故私にここまでしてくるのか分からなかった。


「どーせデビュー目指してますって偉そうに夢みたいな事語るだけのヒモ男だろ?」

「高橋君、悪いけど今電話中なの」

「ああ、セックスが上手くて離れられないとか?そんなエロい女に成り下がったわけだ」


少し呂律の回っていない嫌味が黒い感情を刺激する。

耳にあてた携帯を、もう片方の手で反射的に塞ぐと
それすらも気に食わない様子で、高橋君が突然私の腕を掴んできた。



「…そんな奴やめて、俺にしろよ」


掴まれた腕の痛みが、まるで心臓を締め上げられるようで、恐怖のあまり言葉に詰まる。


「いい加減、気付けよ。俺は前からずっと…お前の事が」













ツーツーツーツー












琉との繋がりが、突然切れた。
体中から、嫌な汗が吹き出てくる。

ざわついた周りの音が消えていく。
自分自身の鼓動も、まるで凍りついたように止まる。






「ごめんなさい。私、悪いけど高橋君の気持ちには応えられない」








どうすれば相手が傷つかずに済むか、そんな事考える余裕もなく、力無く携帯電話を耳から離すと

私は、辛うじて搾り出せた声で、そう告げ高橋君の手を振りほどき歩き出す。






琉はきっと怒っている。

もしかしたら、だから行くなって言っただろと呆れ果てている。






通信が途絶えた事を知らせる音だけが、私の中でただ響き続けた。





















「…ごめん、私そろそろ帰る」





加奈と万里子の元へ戻り、強張った表情をなんとか隠して私はそう告げる。




「えーっ?万里子も帰るって言うし。もう少し話そうよー」

「子供がそろそろ限界なのよ。旦那も迎えに来てくれるらしいし」


眠そうに目を擦る子供を抱き上げて『また今度ね』と、万里子はごねる加奈をあしらってそそくさと消えてしまった。





「…しょうがない、あたしも大人しく帰るかぁ」




肩を竦めそう呟く加奈に謝罪すると、加奈は再び口を開く。



「ねぇ、さっき高橋君、のとこ行ったでしょ?」

「え……」

「あのスーツ、アルマーニよ!ってオンナノコ達がはしゃいでた」

「………そう」

「……もしかして、告白でもされた?」


興味深げな加奈の視線が、私に降り注ぐ。


「なっ…なんで?」

「おぉ〜っと、質問を質問で返さないでよね」

「別にそういうつもりじゃ…というか、ごめん。今ちょっと……」





そうだ、早く帰って、琉のところへ行かなくては。
そう思ってバッグを掴もうと手を伸ばしたと同時に、加奈が静かに呟く。





「……琉?」









「……え?」








呆けた顔をした加奈の視線が、私をすり抜けて別の場所を見つめていた。

次の瞬間、店内がより一層ざわめき出して、私も反射的にそちらを振り返る。







「こんばんはー、お楽しみ中ごめんねー?」







開け放たれた扉の前には、少し息を切らした琉の姿。
優しく微笑むその顔は、自由で、気高く、美しいミュージシャン加賀見琉のもの。

琉がこのこぢんまりした店内で私を見つけるのは容易。

琉はキョロキョロと辺りを見回して、私と目が合うと口の端を少し上へ持ち上げて微笑んだ。




「高橋君って、どこにいるのかな?」







すぐ側まで近寄ってきたオンナノコ達に顔を向けて、琉は笑顔で問いかける。

上気した頬と黄色い声、そして猫なで声で高橋君を指さすオンナノコ達は気がつかないのだろうか。
琉の目は笑っていない事、琉の声は今にも切り刻まれそうなほど鋭い事。



指を差された方向へ、注目される人物の元へ、琉がゆっくりと歩き出した。



















キリ番ゲッター様のリクエスト。
というか遅くなっちゃってごめんなさい。
物凄く長くなっちゃいまして、なんとか二話にまとめました^^;
お楽しみは後編で……。

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