僕達は、きっとやさしい罠に足を踏み入れてしまったんだ。 I wanna be... からの返信メールを見て、僕はとうとう落ち込んだ。 優しいの言葉を見ても、僕の中には悲しみしか生まれなかった。 会えないというだけでこんなに苦しいなんて はどんな気持ちで僕にメールを送ってきたのだろうか…。 約束の日の朝までにとりあえず車を元に戻して、君に会いに行こうと思った。 …とりあえず車を元に戻して? 違う、僕はそんな気持ちで車に向かってるわけじゃない。 大切な二つのものが同時に僕の目の前に現れて 僕は車に手を伸ばしたんじゃないか。 それでも君に未練を残して、集中できないでいる…。 だから だから、当日の朝を過ぎて…、今になっても車の調子は戻らないんじゃないか? ボンネットを開けたまま、その場から少し離れて僕はため息をもらす。 エンジンルームももう少しいじればだいぶ良くなる。 けれど、頭の中はもう限界ギリギリだ…。 すぐそこのイスにかけてあったタオルを取り、汗を拭くふりをしながら強く目頭を押さえた。 「カズ。」 声が聞こえた方に体を向けると、腕を組んだまま微動だにしない航河の姿があった。 「ああ、航河。おつかれ、どうした?」 「……どうしたじゃないだろ。」 まずいな…、もしかして見抜かれている? 「ん?なにが?」 「……いい加減、休め。」 やっぱり言われた。 自嘲気味に笑う僕から、航河が奪うように工具箱を取り上げた。 正直、そこまでしなくても…と笑い出しそうになった。 けれど、僕はそこまで必死に映し出されていたのかもしれない。 「……いいのか?今日。」 続けて発された航河の言葉はとても心配したものだった。 何の事を言っているのかは大体分かる、おそらくとの事だろう。 僕は困ったように笑ってみせて 「少し、休ませてもらおうかな。」 そう言って半ば無理やり会話を終了させた。 水分を補給して、車の隣に置いておいたイスに腰を下ろす。 疲れのせいか、その途端まぶたが重くなる。 このまま、眠れば夢の中でに会えるだろうか。 意識が飛ぶ寸前に彼女の名前を心の中で呟いた。 どうやら、もう僕は君なしじゃ何もできないらしい…。 暗闇の中で色々な音が聞こえてきた。 エンジンの音、誰かの話し声。 けれど、体は思うように動かなくて、今自分が眠っているんだという事を実感する。 『カズさん。』 突然、僕の心を一番揺さぶる人の声が聞こえた。 暗闇の中で聞こえてきたその声に返事をしようとしたけれど 伝えたい言葉は閉ざされたままの口から出せずにいた。 の姿を見たいのに、どこを見渡しても辺りは黒一色。 に触れたいのに、待っているだけの体は全く動けない。 これじゃ、僕に気付いてもらえない… 僕の本当の気持ちを分かってもらえないじゃないか。 僕はずっとこのままで、そのうち君に忘れられてしまうのか…? 夢だと分かっていても、焦りを隠せなかった。 声を聞かせて 僕はここにいる お願いだ、もう一度だけ 『…会いたかった』 見つけた、君の声。 もうどこにも行かないで。 重い体に逆らって、こん身の力を振り絞り両手を伸ばす。 天秤なんか捨ててしまえばいい。 僕にはどちらも大切なんだ。 決めるのは僕自身。 そう思った瞬間 両腕に感じるのはぬくもり。 の、優しくて柔らかいぬくもり。 つかまえた、よかった、もうどこにも行かないで… 再び僕の名前を呟く君の声。 安堵のあまり涙が込み上げてきそうになる。 愛してる そう何度も心の中で思っても、夢の中の僕はやっぱり声が出せなくて もどかしくて もどかしくて その代わりに、精一杯の力で抱き寄せた。 大事な言葉が言えない事がこんなに辛いとは思わなかった。 言いよどんでも、変な遠慮をしても、残るのは後悔だけだと知る。 やっぱり今夜、数分だけでもいいからに会いに行こうと思った。 夢じゃない本当のに。 それまで、このぬくもりを忘れないようにと どうか、消えたりしないで…… そう、浅い眠りの中、僕は祈り続けた――。 あとがき 今回は和浩視点でお送りいたしました。 24日、お仕事中に眠り込んでしまう和浩の夢(?)と自分の感情の決闘 みたいなものを書きたかったんです(´Д`;) 次で完結する予定です。 ←BACK NEXT→ |