それを言うな
DAY 02

 でも、その、やっぱり、嫌だ。しかし、「嫌だ」と思うのは、自分がプラスな人間であるということを自覚してたい、ただそれだけが動機なのかもしれない。しばらくブランクが勃起しなかったのは、あくまで自己中心的な理由だったろう。シーツを握り締め、しがみ付いていたはずの正義は、とても薄っぺらなものであって、そこに本当に愛があるなら、プライドをも棄ててしまうのが正解なのだ。

 好転する契機となったのは、ブランクという男の、優しさだった。

 ラムザに舐られながら結局彼が思い描いたのは、自分がジタンとビビに会えないというのと同様に、自分がどうにかしなければこの少年も愛しいディリータに会えないのだという、この部屋のルールが、どうやら本当に本当らしいということ、そして、それは非常に不幸なことだと。……自分も、そしてこの小さな少女のような少年も、こういう不幸な状況にいつまでも放置されていていいはずがない。それを救うのが、優しさではないか、と。

「お兄さん、おっきくなってきたよ」

 ラムザにそう指摘されて、気恥ずかしくはあるけれど。

 心の位置を低く変えれば、ラムザの口は、相当に巧みだと言うことが判る。ブランクの知っている口腔愛撫というのは、ごく一部の女性と、ここ数年はジタンとビビのもので、ビビにあまり巧みなものを求めるのは酷であろうが、あの小さなお口で精一杯愛してくれるのがわかる、ジタンは何というか「これでどうだ、ええ?どうなんだ、オラ感じろよちゃんと」みたいな、乱暴さの中から「俺がこんなにしてやってるんだから、感じてよ」という甘えを汲み取ることが出来て、それはそれで良いのだけれど、巧みというのとは格が別のものだろう。

 それに比べ、このラムザの舌の器用さはどうしたことか。

「……う」

 絡みつく、といった表現が一番しっくり来る。いやらしい音を立てながら、甘く切なく、今日、つい、いまさっきに出会ったばかりのブランクの性器を、まるで心底から愛しく思っているかのように。口一杯に頬張って、舌を歩かせて……、まるで自分の恋人はずっと昔からこのラムザという美少年だったのではないかと、錯覚を抱く。

 ブランクがラムザのことを、少女ではないかと初見で焦りを抱いたのも全く無理からぬことだ。ラムザは十三歳間もなく十四歳という歳にして、その体も顔も、あまりにも男を感じさせない。滑らかに流れる金の髪に縁取られた優しい顔も目も、まだ厳しさなど少しも帯びず、その肩も痩せ、腰も細い。胸が平たくともそれは、成長途上の少女のそれとして、寧ろそういった嗜好に合致する可能性も否定しがたいような。しかし、ラムザは歴然と男であって、本当の恋人であるディリータは、ラムザが少女ではなく少年だから愛しているつもりだった。否、何れにせよ愛していただろうが、今、たまたまラムザが「少女のような少年」であっても、ラムザそのものを愛するし、何年か経ってラムザの声が変わり顔が変わり体が変わっても、自分は少しもこの気持ちを揺らがせることなく、ラムザを愛しつづけるだろうと確信しているような恋人のままでいるつもりだった。そういった背後事情を、ブランクはもちろん知る由も無いが、ただ、巧みすぎる口腔愛撫を享けながら、この少年の本当の恋人っていうのは、ひょっとしたら自分が想像もつかないような男なんではないかと思う。よほど精力絶倫でないと、この少年と共に暮らすのには苦痛が伴うのではないか、と。

 ラムザは少しも倦むことなく、一心にブランクに施す。しかし、疼くらしい尻へ、自分の指を導いて、密やかに撫ぜ、弄り始めた。ブランクはそれに気付く。……ビビさえ見せない幼稚で危険な仕草に、ブランクは惑い始める己を持て余す。

「……尻……したいのか……?」

 尋ねると、口から抜いて、少し照れたように笑う。その笑顔の、少しも卑猥な影の差さないところが、却って常軌を逸するほどにエロティックに見える。

「うん、お兄さんのおちんちん、欲しくなっちゃった。大きくって、すごく長持ちだから」

「……そう」

 ジタンがこんなんだったら、たまんないなと思う。たまんないって、どうたまらないのか、言いはしないけれど。

「……横になんなよ」

「お尻してくれるの?」

「……うん」

 飴玉を貰ったような笑顔だった。

 仰向けにしたラムザは、既にして膝を曲げて足を広げている。ブランクは少しだけ思案してから、ラムザの口をタオルケットで拭い、唇を重ねた。ぴくん、と、そこでラムザが一つ強張った。

「……ダメだったか?」

 ブランクはにわかに心配になって、尋ねる。

 自分だって、少しは悩んで決めたことだった。恋人ではなくても……と。

 ラムザは目を丸くしていたが、すぐににっこり微笑んで、

「ダメじゃないよぉ。嬉しい。ねえ、もっとして」

 と、甘えながらブランクの首に腕を回した。

 再び、唇が重なる。ラムザのほうから、舌を出す。その舌が、本当に恋人のそれのように思えてくる。だから、ブランクも反射的に答えた。甘ったるいキスだと、そのキスを「甘い」と感じられるような色に、脳が染まり始めていた。右手の指は、ラムザの甘い淡い色の乳首に触れている。唇を外すと、ラムザは蕩けるような声をあげる。導かれるように、ブランクは左の乳首へ口を落とした。すぐに舌へ、ツンと尖る粒状突起が引っかかる、そこさえも、甘いように思えるのが奇妙ではなかった。

「んん……ふっ、ぅん……」

 ブランクはラムザの腰がひくひく、淫らに刻む不安定律に、ディリータという男の独占しているものの凄まじさに、圧倒された。

「んっ……、おにいさぁ・……っ、ぼく、もう、出して、いい?」

 見れば、白っぽい性器はきつく立ち上がり、覗く亀裂からは見るからに熱そうな露が滲んでいる。

 攻撃的な淫乱でも、早漏だったら形無しかと思いかけて、いや、この子の場合は逆に性質が悪いと思い直す。

「……いいけど……、……え」

 ラムザは、自らの手でそこを握り込み、動かし始める。ブランクはその直接法に求める姿に、唖然となった、或いは、見惚れた。

「うんんっ、ん、はっ、あっ……、あぁん、んっ……・うっ、ん、出っ、るぅ……」

 あくまで自己中心的に、しかし間違いなくブランクをも良くしながら、ラムザは達し、自らの体へ精液を振りまく。一部は、ブランクの胸部にも散る。

 ブランクは、ディリータがいつもそうするということを知らない、しかし、いつも恋人たちが射精したら、そうしてやるように、放たれた液を、口で一つひとつ拾っていく。ラムザの精液は、ジタンのそれよりも、心なしかビビの味に似ていた、つまり、少しだけ甘かった。

「……えへへ」

 ラムザは笑う。

「一人でしちゃった……」

「……」

「お兄さん、ねえ、お兄さんはいかなくて平気?」

「……」

「僕の中、入ってくれる?僕の中にお兄さんのおつゆ出してくれる?」

 そんな風に言うことを、少しも悪いとは思っていないようだ。

 一瞬、ビビやジタンを、この少年と比べた自分を、汚らわしく思ったブランクだった。

「……そりゃ、別に構わないけども」

 お前はそれが平気で出来るのか、少しも胸を痛ませずに。

「じゃあ、入れて?」

 ラムザは猫のポーズ、股下に指を入れて、くいと自分の穴を広げて見せる。そこはビビの場所よりもスレていて、しかしジタンに比べれば遥かに綺麗な色をしていた。

「僕、あんまりキツくないかもしれないよ?いっつもしてるから」

「いや……」

 曖昧にしか答えられないで、ブランクはじっとそこを見詰めていた自分に気付く。そうじゃないだろ、と自分に言う。とりあえず、欲しがっているらしい一対の身体を満たす方が先決だ。そうしなければ出口は見つからない。

「もう慣らしたからすぐ入れても平気だよ」

 僅かな空白を、ためらいと思ったか。

 ブランクは異常と思った少年が、ごくごく正常な優しさの持ち主であることに気付く。性欲の強さ弱さは無関係に、よく解った少年だということを思い知る。

「……後ろからはあんまり、好きじゃないんだ」

「……そうなの?いっつもはどういう風にしてるの?」

「別に……決めちゃいないけど……、けど、でも、……後ろからはしたくない」

 ふうん、とラムザはくるり仰向けになる、自分の腿を自分で支えて、

「これならいい?」

 と。

 そろそろ、何が悪くて何が良いのか、わからなくなってきたブランクだ。

 その体勢に、腰を進めた。

「う……ん……、……んぁ」

 ちっとも苦しそうでない、蕩けるような声は、ブランクの脳に染み込んで良く。確かに、ジタンやビビに比べればずっと入り易い、それでも、それは「緩い」とは違う。ブランクは間違いなくがっちりとラムザに掴まれた。亀頭の先が苦しげにラムザの肉で形を変えるのが解る。肉の細かな輪郭を読む。

「ん……、お兄さんのおちんちん、おっきいね」

 ラムザは、こんな状況で嬉しげに笑う。ブランクは神々しいものを見ているような気になって、しばらく呆然とした。それから気を取り直して、

「……いい、か?」

 と掠れた声で訊ねる。ラムザはもちろんと頷く。

「うん、すっごくいい……」

 どうしてか。

 その唇に誘われて、ブランクはすんなりキスをした。ラムザの細い腕が纏わりつく。耳元で「動いて」と甘く囁く。色いろなことを学んでるのだと思った。特異なように見えて、実は誰とも変わらぬごく普通な少年から、教わっているのだ。誰かを愛する為にはこういう形の努力もまた必要で、愛される為にはもっと必要なのだと。それは貪欲と換言出来るものかもしれなくとも、小さな世界で互いが認め合えば欲もまた美しさとなりうるのだ。

 それを教わっている。先鋭的な快感が思い知らせる。

「んん……んぁっ」

 耳に、熱い声がかかる。幸せにしてやれているのだなとおぼろげに判る。そして、自分が幸せにしなくてはならない者たちのことを、ブランクは考えた。ジタンとビビ、愛しき二人、自分が幸せにしてやるのだ。無論、このやり方を択ばなくともいい、相応しいやり方を、……時と場合によっては、もちろんこのやり方を。幸せにするために……。

 今、ラムザを美しいと思った。

「……く、んんっ、……ひゃぅ、っん、んっ」

 一度二度と震えた身体、射精する。跳ねた精がブランクの身体にかかった。何とかして息を整えたラムザが、小さく、

「かけちゃった」

 と笑う。

「……うん」

「ごめん、ね?」

「ん、……いや、謝んなくていいから……」

 そんなことよりも、だ。

「続き、しよう……。それとももう、したくない?」

 一瞬、きょとんとした表情をラムザは浮かべた。それから、何もかもを蕩かせるような笑顔。

「したいよぉ?……お兄さんと、もっとえっちしたい。どうせ今夜一晩だけだもん、ね、たくさんしたい」

 また、ラムザは細い腕をブランクに絡みつけた。そして、ブランクを内心驚かせるほど、上手な力の入れ方で、抱きついた。誰とも比べない、ビビやジタンに、ラムザのようになれとは絶対に言わない。ただ、ラムザはラムザで、掛け替えの無い命と思う。

 感じたことの無い放射感だった。放っているのに、何かを得たような。

 

 

 

 

 小さな、隠すようなクシャミの音で、ブランクは目を覚ました。……布団が自分にかけられている、ラムザが、起してしまったことを照れるように笑っている。

「おはよう、お兄さん」

「……んん」

 ずきん、と腰が痛んだ。

 前夜……といっても「恐らくは夜」の刻に、ラムザに誘われるまま、そして欲望の迸るままに振りつづけた腰だ。擦りながら、起き上がる。

「一応、聞いておくけど」

 ラムザは、白い壁を指差す。

「見えないよねえ?」

「……なにが」

「扉、そこにあるの、僕には見えるんだけど、お兄さんには見えないよね?」

 ブランクは、まだ血圧の低い頭と視界、瞼をぐうと指で抑えてから開く、やはり、白い壁は白い壁で、絵の一枚も掛かっていないから殺風景で圧迫感。

「……見えないな、何も」

 ラムザは、寂しげに笑う。解いたままの髪は、大げさではなく、美しい金色だった。

「そっか」

 ラムザの裸は綺麗だった。いっそ冗談じゃないかと思うくらい、空想的な美しさの印象をブランクに与えた。ビビの可愛らしさや、ジタンの男性美とは、全く次元が違う。三人を比べるつもりは毛頭なくとも、ラムザの裸を掛け替えが無いものと、思ってやまない自分に気付く。

「……くしゅっ」

 また、猫のような小さなクシャミ。

「……風邪か?」

「うん、そうかも。きのう一杯しちゃったしねぇ、すっぽんぽんのままで寝ちゃったから。……普段は風邪なんてほとんどひかないんだ、雪の日にすっぽんぽんでお外行ったりしても、ぜんぜんなのに……」

 ラムザは「扉」に目をやる。

「……戻ったら、ディリータにあっためてもらう。あの扉の向こうに戻ったら」

「……え?」

「だから僕、帰らなきゃ。……だいじょぶだよ、お兄さんが待ってる時間なんて、ホントに少しだけだから、安心して?もう一晩、僕のかわりに来る誰かと過ごしたら、お兄さんも大好きな人たちのいるところへ帰れるから……、そんな顔しないの」

 つん、とブランクの頬を人差し指で突いて、微笑んだ。何故か、急にその裸を恋しく思う自分に気付く。我ながら滑稽と思う程、この世界と切り離された場所だからこそ成立する一つの法を意識する。違う誰かとのセックスもここなら罪にならないのだ、と。

「もう少し、側に居てくれないか?」

「寂しいの?」

「……っていうか……、そうだな、どうだろな、寂しいのかもしれないし、単にお前の身体を見てたいだけかもしれない」

「僕の身体?」

 首を傾げたラムザの、顔も、首から下も、同じように眺める。

「うん……、そうだな。今更だけどさ、……お前、綺麗だなって」

 ラムザはまじまじとブランクの顔を目を見詰める。少しも冗談ではないということを知り、優しく微笑む。

「ありがとう。すごく嬉しいな」

 ラムザは、ベッドの上、膝で立つ。今は楚々と大人しい男性器を除けば、ただの少女だと言って退けられる。その男性器があるから、ラムザは男として、あらゆる命の中で完璧な美しさを持つのだ。

「僕の身体は……」

 ラインはまだ硬い青い身。ところどころで性をうやむやにして、朧をいいことに好き勝手な色を見せている。

「ディリータにえっちな気持ちになってもらえるし、今だったらお兄さんにも同じように思ってもらえる、それが唯一の自慢なんだ。やせっぽっちだし、女の子みたいで嫌だけど、好きって言ってくれる人がいるなら、これも悪くないなって」

 ビビに負けぬほど、白い肌は、透けるように。間もなく幻となる、せめて触れて、舐めて、仮の物であっても覚えておきたいとブランクは思った。

「ね……、もう一回、してくれるの?」

「……したいって言ってるんだよ」

「そう、……嬉しいよ。触って?僕の身体、僕のおっぱいも、おなかも、おへそも、おちんちんも、足も指も、全部。お兄さん上手だから……、すごい、嬉しくなるよ」

 

 

 

 

 頭の中まで吸い尽くされたように感じて、目を開けると、もうそこにはラムザは居なかった。ただ、自分の身体は綺麗サッパリ拭われている。頭痛を感じながら起き上がると、白い体が閃いた。何を感傷的になっているのだかと、自分の戻るべき場所を思い直す。机の上のメモに、「お兄さんありがとう。新しく来る子にもよろしくね」と、丸文字で書いてあるのを見て、微笑んで、それをクシャと握り締めてゴミ箱に捨てた。風邪早く治してもらいなよ、いっそ伝染しちまえ、そんなことを、何となく考える。

 さあ、俺も帰らなきゃ、いけない。……どんなやつが来るんだかなあ。

 とりあえず、可愛い子ならいいよな。義務感でセックスするにしても、やっぱりこう、ラムザ相手なら苦しくなかったみたいに……要するに、こう、さ。

 どこかから風が吹き込んできた。

「来たか」

 振り返る。

 すい、と縦に長い影が、差し込んだ。……子供じゃない、ブランクは内心で顔を顰めた。

 背ぇ、たっかいなぁ……。

 ジタンとビビが相手だからこそ、一番背の高いことを誇れるが、実際には百七十丁度と、決して高いとはいえないブランクである。ラムザが色の薄い陰だったならば、今度現れたのは、しっかりとした輪郭を持ったもの。

 ただ、顔を見て、ああ、とりあえず美人だわと、よく判らない安心の仕方を、ブランクはした。

 


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