そしてラムザはなんの衒いもない裸でベッドの上であぐらをかいて、
「それで。お兄さんはどこから来たんだっけ?」
視線の先、引きつった笑顔で立ち尽くす青年は、青年の想い人よりは多少大きい、それでも性別不相応に美しいという点では類似性のあるラムザに縛られたかのようだ。
「お名前は?」
ラムザは質問を単純化した。それぞれ、同じ質問、二度目。
青年は、ようやく、ようやく、絞り出すかのごとき掠れ上擦りきった声で、答えた。
「……ブランク、……ブランクだ」
「苗字は?」
「……」
「僕のことはラムザって呼んでね。……ブランク兄さんはどうして肌がツギハギなの?」
きっと、一定のデリカシーというものを持っている人間ならば、聞くのに多少の躊躇いのありそうなこの問いを、ラムザという子は平気な顔して擲つ。一種の好奇の対象となることに慣れてはいるブランクだが、そう思い切りよく放られるのには、さすがに戸惑いを隠しえない。
「どうして僕が、お兄さんが『男の子大好き』って判ったか、知りたい?」
ブランクには到底追いつけないペースで、ラムザは題をころころ替えていく。平時であれば、自分よりも明らかにバカな年下、賢いけれどまだまだ知らないことだらけの年下、二人とも自分が庇護しなければまだまだダメな存在であって、だからある程度ブランクのペースというものが保っていられる。然るに、このトンでもない癖毛を持った美少年は、そうではない。
いつまで経っても服を着ようという気配すら見せないで、足を広げて座り、ビビと同様の性質を持った陰茎を、まるで自分に見せようとしているかのような。ブランクとしても、ビビを愛するような性嗜好の種類を持つ者だ。ということは、ラムザのペニスにも、少しの興味もないと言えば嘘になる。愛情の向けられる対象にはならなくとも、また、即オカズになるわけではなくとも、何らかの、複雑怪奇な情動が起こりそうにもなるのだ。
「……ここは、何処だ?」
恐らくこれまでもこれからも、誰もがこの部屋に来て、一度はこう口にするはずだ。これが普通の人間の神経であって、ほとんど無意識に、ただ視界に入った猫耳少年の可愛さに心奪われ、一段楽してから「それでここって何処なの?」と聞くような豪胆な者は、恐らく後にも先にもラムザ一人となるのではなかろうか。
ブランクの言葉に、ラムザはにこりと笑ったままで、答える。
「知らないー」
「……知らないって何だよ」
「だって、知らないんだもん」
「……じゃあお前はなんでここに居るんだ」
「知らなあい」
「知らないって何だよ」
「だってぇ、ほんとに何も知らないんだもん。僕が教えて欲しいくらいだよ。……ま、そんな心配してないんだけどね。……お兄さんで四人目。そして明日には五人目が来る、僕は帰れる」
「……何?」
「この部屋はつまり、お兄さんが僕を抱く為にだけ存在している場所。ね、お兄さん。お兄さん男の子好きでしょ? 男の子のおちんちん弄るの、大好きでしょ?」
ブランクは、唖然とする。
――何だこの子は――
グロテスクさを秘めて、しかし靦然とラムザは微笑を絶やさない。美しく、邪気の無いような顔をしている。しかし、一つ間違えればそれは邪悪そのものだったかもしれない。ラムザ当人としては、どこまでいっても質朴なつもり。だが、ディリータ以外の人間には、やはりグロテスクに映る側面のあることは、相対的に見て、否定しがたいことを、ブランクが証明する。雄ではあるが、サキュバスってこんな感じかなと、薄々思った。
「僕もゲイだよ、お兄さんもゲイでしょ? この部屋、ゲイしか来れないんだ。僕が三人目、僕の前の、可愛い男の子もゲイだった、その子が言うには、その子の前、どうも、一番最初に来たらしい男の子も、ゲイだったんだって。三人続いたら、もうそれがこの部屋のルールになる、お兄さんがゲイじゃないはずがない」
ラムザは、クラウドが去り、ブランクが来るまでの十分足らずに、ディリータほど回転はよくない、しかし鋭く廻る頭で整理した事実を示した。
「エブラって言う、この子はサーカスの蛇人間だったらしいけど、男の子、その子が一番最初にここへ来て、それからしばらくして、クラウドがやってきた。二人は一緒に寝て……でも、二人ともゲイだからね、寝るっていっても、ただ寝ただけじゃないと思うけどね。それで翌朝、目を醒まして、……ここからが重要だよ? この出口が何処にもないように見えるこの部屋で、出口を見つけたんだ、自分の居た場所へ戻るための扉を、エブラは見つけた。……だけど、クラウドは見つけられなかった。不思議なことにね。
エブラは自分の居た場所へ帰った。クラウドは一人置いてけぼり。でも、僕がすぐに来た。僕は、僕の恋人の部屋の扉を開けたつもりだった。……恋人って、もちろん男の人だよ、すっごくカッコいいの、ディリータって言うんだ、えっちが上手で、おちんちんおっきくって……、そう、それでね、そう、その、ディリータのドアを開けたと思って、顔を上げたら、僕はこの部屋にいて、可愛いクラウドがいた。
僕は、もちろんクラウドとえっちした。……恋人いるんだけどね、ディリータとするセックスとは全然別物だから。クラウドも気持ち良くなれて、僕も気持ち良くなれた、それで十分、おなか一杯っていうセックス。
それで、僕ら、目を醒ました。今から、そんな前じゃない、今朝のこと、二時間も経ってない。クラウドがドアを見つけた。僕に『ほらここ、ドアあるじゃんっ』て教えてくれた、でも、僕にはそのドア、見えなかったんだ。……クラウドはおうちに帰った。クラウドのおうちにはね、大好きな二人の恋人が待ってるんだってさ。
エブラが何処に住んでいたかっていうのは、……クラウド、聞きそびれちゃったみたい。でも、クラウドが住んでるのはニブルヘイム、僕が住んでるのはイグーロス。聞いたことないでしょ?」
ブランクは黙っていた。
「僕も、クラウドの住んでたって言う、『ニブルヘイム』って土地の名前、聞いたこと無いんだ。まあ、無駄だと思うけど一応もう一度聞くね、お兄さん、何処から来たの?」
「……黒魔道士の村だ」
「へええ。お兄さんの方にも、黒魔道士がいるんだね。……でも、やっぱりそんな村のこと、僕は聞いたことがないや。やっぱりねえ……」
ここでラムザは、ブランクが最も胡散臭いと思う科白を吐いた。それが事実だったとしても、この部屋の存在自体は認めようとも、そのことばかりは、どうしても信じられないと思うのだ。
「……やっぱり、違う世界から来たんだねえ」
でも、とラムザはにっこりと微笑む。
「考えてること、してることに、そんな差はないんだねえ。お兄さんも、男の人恋人でしょ?」
「……」
ブランクが表情を強張らせて黙っているのを、ラムザは余裕の微笑で見る。
「ねえ、教えてよ。お兄さんの恋人のお話。僕、聞きたいなあ。どうせさ、僕はお兄さんのいるほうにいけないんだし、お兄さんも僕のいるほうには来れないんだから、いいじゃない。……それに、お兄さん、僕たち、どうしたって明日の朝までは二人きりで一緒にいなくちゃいけないんだよ? お互いのこと、一応、ちゃんと知っておいたほうがいいって思わない?」
丸め込むのが上手いのか、丸め込まれるのがダメなのか、いまひとつ瞭然としないが、ブランクはラムザに請われ、結局は断りきれず、ぽつぽつと話し始めた。
「……俺の恋人は……」
「お兄さんの恋人は?」
「……二人……、片方は、恋人なんだか恋敵なんだか、わかんねえけど……っていうか、両方とも、どっちかわかんねえんだけど……」
「三角関係?」
「……ジタンとビビっつう……、何ていうか、二人に愛されてるんだか、蔑ろにされてるんだか、判らないんだ。俺は。だから、恋人なのかどうか、わかんないんだ。元々、ジタンは俺と付き合ってた。ビビのことを一番最初に抱いたのも、俺だった。それなのに、そのはずなのに、いつの間にか、あいつらが出来てて、……今は、三人で暮らして、……でも、俺、いないほうが上手く行くのかなあとか……、こう、何ていうか、思うときが……あるから」
「へえぇ……、それじゃあ、寂しいねえ」
「……別に、寂しかないけどさ……、ただ、何て言うのか……、考えちまう時はある。でも、そう言う時は決まって、ジタンにしろ、ビビにしろ、……俺を幸せにしてくれるようなことを、言ったりしたり、してくれんだけどさ」
「いい子たちなんだね」
「……多分」
「二人はいくつくらいなの?」
「……ジタンは、十七。ビビは、十歳」
「十歳。ってことは、お兄さんショタコンなんだー」
「……っ、ショタコンて言うな。俺は別に、ショタコンだからビビ可愛がってんじゃねえ」
「ねえねえ、お兄さん、僕のと、そのビビちゃんのと、どっちがおっきい?」
「ああ?」
「おちんちん。どっちがおっきい?」
「……知らねえよ」
阿呆らしい、とブランクは目を切る。
「くだらない」
「えー、でもさあ、今夜はビビちゃんじゃなくってさ、ショタコンでいたほうが楽だと思うんだー」
ラムザはケロリと言ってのける。
「……何でだ」
うーん、と、ラムザは少し考えて。
「ひょっとしたら、僕とえっちなことしないと、ブランクお兄さんずうっとここで、僕と暮らすことになるかもしれないよ? それでもいいの?」
嫣然と微笑み、ラムザは立ち上がる。手を、広げてみせる。遮るものなど何もない、白く、透明な肌、美しいと言って構わぬような裸が、そこにはあった。
「……ね、お兄さん」
ラムザは、圧倒的な悪意と正義を背負っていた。
「ジタンとビビのこと好きなら、僕を抱かないと。ね? でないと、戻れないんだよ? ……いいじゃない、僕を人間だと思わなければいい、ただのぬいぐるみって思って。ちゃんとお兄さんのこと気持ち良くしてあげる、僕は自分で何とか気持ち良くなる方法、知ってるから」
それは、神の強さかもしれなかった。
「僕のせいにしていいからさ。僕もディリータに会いたいんだよ」