同類項の運命的な交叉 DAY02

 基本的に「勃起していなければ見られても恥ずかしくない」クラウドだ。その背景には「勃起している自分のものを見ようとするのはザックスとヴィンセントに限られており、見られたら彼らにどうされるかは明らかであり、その先に在ることは非常に恥ずかしいので、見られることは恥ずかしさのスタートにあたるので、恥ずかしい」という思考の構造がある。

 然るに、今、ラムザの前に自分のペニスを晒すことは、それが勃起していなくとも、ラムザが今後どういった方向へ行動を転じさせるかは明らかで、最早十分に恥ずかしい。

「にゃうう」

「ほら、恥ずかしがってないで。男の子でしょ? 見られたって平気じゃない」

「……うにゃー」

 ラムザは、とっくの昔に、非常にアグレッシブに、一糸纏わぬ姿。いくらなんでも……。確かにラムザは勃起していないし、晒すことも苦にならないような、美しすぎる裸をしている、しかし……。

 クラウドの「勃起していなければ以下略」というのは、「まあ、許せるかな……、相手が、男の人で、裸になるのが自然な状況だったなら」というものであって、決して積極的な、「勃起してないから恥ずかしくないもん!」という露出趣味的なものではない。許容範囲の問題であって、本来晒されるべきではない場所ということはしかと認識しているのだ。判るのは、ラムザはそうではないということ。そして、自分がラムザみたいな性格だったら、ザックスもっといいんだろうなあという、何と言うか、不機嫌な予想。こんな風に何でもなく裸になるような俺なら、あのひと、きっとすごい嬉しいんだろうなあ……。

「うー……」

「ほらあ、僕もうずっとすっぽんぽんなんだよ? 風邪ひいちゃうよ」

「……うーにゃーうー……」

「クラウドも裸になろうよ、ね? ちょっとでいいからさ、僕にクラウドの、見せてよ」

「ううう」

 ザックスにこんなことを言われたら、問答無用で爪を出すクラウドだろうが、まだ知り合って何時間も経っていないラムザが相手では手出しもしかねる、……真っ赤になって、

「わかったよう!」

 と自棄に言う。

「見たけりゃ見ればいいだろっ、もう……」

「ほんと? いいの?」

 ラムザは悪びれる風もない。にっこり笑って、本当に嬉しそう。

「じゃあ、見せて」

「……俺、自分じゃ服脱げないもん」

「え? あ、そっか、手が……。わかった、僕が脱がしてあげるね」

 クラウドにばんざいをさせて、セーターを捲り挙げる、自分と同じ程に細い、白い、裸を、ラムザは眩く見ながら、脱がせたものを、自分の服は乱雑に床に放ったのに、クラウドのものは丁寧に畳む。自分のは、いつもディリータが「ああもうまたお前は!」と拾って畳んでくれるので、習慣が無い。対して人のものなら、してもいいかという気になるラムザだった。

 ゴムウエストのハーフパンツを引き摺り下ろして、あと残るは白のブリーフが一枚のみ。ここで、ラムザは一度目線を上げて、クラウドと目を合わせる。

「じゃあ、脱がすからね?」

「う……」

 クラウドの、やはり恥ずかしさを隠せない顔に微笑んで、ラムザはゆっくりと、その下着を下ろした。

「わあ」

 そして、嬉しげな声をあげる。

「僕と同じ、つるつるだあ」

「うにゃうー……」

 ラムザの指摘した通り、クラウドの、ザックスやヴィンセントに愛でられているそれは、無毛真性包茎、ラムザの物と形状もほぼ同じ。この形が好きだと言ったらその時点で変態扱いされかねない危険を秘めた幼根である。

 クラウドの肉体年齢は、正確に測ることは不明だが、十二から十四の間。

 ラムザの年齢は、いま十三歳。

 ほぼ同じ年恰好の二人のその場所は、その年齢の平均からしても、小さいと指摘せざるを得ない。すぐ側に同じ年齢のディリータがいるから、ラムザはそれを知っていて、しかし全く気にはしていない、寧ろ嬉しくも思っている。一方でクラウドはまだそれを知らない。先ほど「小っちゃいんだ」と自分で言ったラムザのものと、自分のもの、見比べてみて、大きさがまったく同じである故に、どうやら自分も「小っちゃいんだ」ということに気付く。ショックではないが、ザックスがヴィンセントに比べて小さいのも、何だか判るような気がする。ザックスが自分くらいの頃には、こんな大きさだったんだろうと思う。その半面、猫になったヴィンセントのサイズは自分と同じであって、しかしあの猫のヴィンセントはきっと、本当は自分よりも年下の身体なのだ、十一歳とか十二歳とか、それくらいの……。そういう想像をして、何だか空しくなる。

 別に、ちんちんの大きさなんて。

 とは言え……、幼いクラウドすらも、「おっきいよう……、ヴィンの、気持ちぃ……っ」と言ってそこに圧力をかけているのだ、どうこう言う資格はないとも思う。

「かーわいいねえ」

「お、おんなじ大きさじゃないか……」

「んー、でもクラウドのは可愛い」

「ううう」

 どうしてもこの美少年にペースを奪われてしまう。美しい微笑みは無垢で、悪意など微塵も感じさせない。……もとい、ラムザには元々悪意などの本当にこれっぽっちもないのだ。ただ、純粋にセックスが好きというだけ。本当にセックスという行為が楽しいというだけ。そう感じる心のラインを誰も非難することは出来ない。権利があるとしたらラムザの本来の恋人であるディリータだが、彼もこれを許してしまうような男だから、事実上誰もいない。

 だからこんな風に隔離された部屋で、初めてであった猫耳少年と裸を晒しあって、

「う、にゃ!?」

「ぷにぷにだあ……」

 その陰茎に触れてしまう。

 その何気ないタッチが既に――ラムザにはそんな積もりは一切無い――イヤラシイと感じられるクラウドは、ぴくんと身を強張らせる。

 ラムザはしかし、淫乱ではあるが、決してクラウドに対して恋慕の情を抱いているわけではない。彼がその種類の気持ちを抱くのは彼のこれから長い生涯を見渡しても、ディリータ一人しかいないはずである。しかしながら、ディリータが危惧するのは、この好色なる性格ゆえに、肉体の欲するままに移ろい、自分以外のどこぞの馬の骨と性行為をしてしまうのではないかと言うこと。ラムザの内心においては「でもディリータのおちんちんが一番好きだよ?」という確たる答えが出ていても、それはどうしてもディリータには納得しがたい。

 だからディリータは全裸の媚少年二人が今、互いに勃起したペニスの先をこすり付けあい、切なげに息をしている様を見て、非常な興奮と非情な悔しさを味わうのである。

「おんなじ……」

 ぴくん、ぴくん、ぴくん、クラウドは立っているのも辛い状況、多少――本当にごく多少――は楽なラムザに身体を支えられながら、ひっ、ひっ、とすすり泣きのような声を漏らす。二人の淫茎は熱く盛り、美少年と興奮という、あまりそぐわぬ二項が並び立って、立ち並んで、そこに快感が生まれる様子は哲学的ですらある。

 クラウドの淫茎の先にも、ラムザの先にも、透明な蜜が浮かぶ。二人のペニスは瓜二つであり、同じようにほんの僅かに晒された亀頭の色もほぼ同じ、永遠に体の変わらぬクラウドよりも、遊び呆けているラムザのほうが多少慣れているようにも見えるが、それでもディリータと、ザックスと、ヴィンセントという三人の男どもにしかわからない程度の差だろう。

「え……?」

 ラムザは、声を震わせながらクラウドのペニスを見詰めて言う。

「おんなじ、大きさだから……、便利だよね……」

「べ、……んり?」

 こっくり、頷く。

「だって……、こういうふうに、僕、したことないもん、こんなこと……」

「おれ……」

 言っていいのかどうか、もうクラウドは迷わない。

「したこと、あるよ……、ヴィンと……」

「ヴィンセントは大人なんじゃないの?」

「……うん、……っ、ん、でもね、あのね、ヴィンも……、俺みたい、なるから」

「……ふうん……?」

「そうすると……、ヴィンのちんちんもちっちゃくなって、皮剥けなくなる、から」

「へえ……、そうなんだ、すごいね……。僕はディリータの、おっきなのしか、知らないや……」

 緩やかなペースの快感の生み合い、飽く事も倦む事もなく。二人とも、普段は一方的に流される側(ラムザも、一歩踏み込めばそう言うことになる)であるから、こうして生ぬるく単純に「気持ちよさを味わう」ようなやり方というのはあまり無い。だから、そこに陶酔が生まれる。不馴れな酒は回るのも早いものだから。

「……ねえ、クラウド、そろそろ僕、出したい……」

「ん、んにゃ……、俺も、ちんちん、熱い……」

「それに、ちょっと痛くない?」

「……ん」

 どちらからとも無く……入るはずだった風呂を放置して、ベッドに互い違いに横たわり、目の前にある小さなペニスにしゃぶりつく。美少年、媚少年が一対、こんがらがる。

「にゅ……っ、にゃ……あ」

「んん……んっ、んっ……」

 互いが互いの弱いところを知り尽くしているかのように、急激な快感が二人を覆った。

「ん、ひゃう……、らむざ、あ、舌、すご……っ、えっち……にゃあ……」

「んんん、クラウドだって……あ、あ、……そこ、いい、気持ちい……」

「ひ……っ、ひうっ……ひっ、ひゃぅっ」

「う、ん、ん、っ、んむ……っ」

 果たして本来の恋人同士でしたときにも、これほど完璧にタイミングを揃えて射精できるかどうか。ザックス=ヴァレンタインとしては自信を喪失するような具合のよさ。

 口一杯に放射された相手の精液に、噎せながらも、いつも恋人にされていることをする、飲み込む。

 恋人にされて自分が幸せなことなら、他の誰かを幸せに出来るはずと、幼い正義がそう告げたままに。

「あ……、はぁ……、ん……む、く……」

「に……ぃ……、にゅ……にゃあ……」

 ざ、ざざ、ざざざと、快感が引いていく。

 二人は目の前で萎縮したペニスをぼんやり眺めながら、ほんの短い間だけ快感から縁遠いそこに、互いに慰めるようにキスをした。

 はあ、とクラウドが溜め息を吐く、ラムザが起き上がった。

「ねえ……、クラウド?」

「……にゃ……?」

「あのさ、お尻……どう?」

 恥ずかしがる素振りも無く、自然に誘われたから、クラウドは一瞬目を丸くする。

「クラウドも、お尻してもらってるんでしょ? おちんちんで。……僕はおちんちん入れてあげられないけど、指で構わなかったら、してあげるよ?」

「……え……?」

「だからさ、クラウドのお尻の穴、弄ってあげる。そしたらクラウドももっと気持ちよくなれちゃうし、僕もクラウドのこと気持ちよく出来たら嬉しいなあって」

「……う……なう……」

 クラウドはもじもじと何か言いかけたが、どうせ密室、相手がどういう人間かはもうだいたい判ってしまったから、結局、こくんと頷く。

「……ん、じゃあ、クラウド、仰向けになって」

「……ん」

「僕の上、おいで。逆さまで」

「ん……」

 ラムザの言う事にもう少しも逆らわず、素直にいやらしいポーズをとって、白い太股の間へと突っ込む。クラウドはそのまま頭をベッドにつけて、舌を伸ばす。

「んっ」

 たちまちラムザは声を出す。負けじと、ラムザもクラウドの肛門に舌を伸ばした。

「あ、……んう……っ」

「……、クラウドのお尻、可愛いね……、は……っ、……僕、こうっ、んっ、やって、下になるの、……んん、初めて、なんだよ? いっつもディリータ、下で、……僕、上なんだ」

 クラウドは苦しい体勢ながら、舌を肛門及びその周囲へ巡らせる。ラムザは悠々とクラウドを舐めつつ、しかし、快感に腰のむず痒くなるのを止められない。

 ザックスにされるよりか、楽かもしれない。クラウドはあらぬことを考えた。

 ラムザのことは愛していない、しかし、ラムザとする行為は、ラムザが自分と同じだから、多少なりとも融通が利く。

 ザックスは、自分が「された」経験を多く持つくせに、クラウドを抱く時にはほぼ暴走している機関車に等しい。

「んん、クラウド……、すとっぷ、たんま」

「え……?」

 クラウドはひょいと首をもたげ、自分の足の間、勃起した茎の向こうにあるラムザを覗き見た。ザックスの顔ならこうして見ることは出来ないが、ラムザの顔ならば平気だった。

「うん、あのね、僕、これからクラウドのお尻に指入れてあげようと思ったんだけど」

「にゃ……う、……うん」

「でも、そしたらクラウドばっかりいっちゃうからずるいなって」

「……うー」

「だから……、そうだな、……うん」

「うん?」

 ラムザは少し考えてから、

「……僕のお尻に、あれ、入れて?」

「あれ……?」

「うん、あれ。大きさも丁度良いでしょ? ね?」

「で、でも……」

 クラウドは困惑顔になる。

「ふとく……ない?」

「えー、そうかなあ?」

「う、うん、ヴィンのと同じくらい……」

「へえ、ヴィンセントってあんなにおっきいんだ?」

「……うにゃ……うん」

「それをクラウド、入れられて気持ちいいんでしょ?」

 そう言われて、クラウドは赤くなる。

「ディリータのおちんちんはあれよりちょっと小さいけど、でも僕平気だよ」

 ラムザが「あれ」と刺したのは、空っぽの、やや小ぶりとは言え、瓶。恐らくは花瓶にするためのものなのだろう。何もかもが白いこの密室の中でその瓶だけが、濃厚なビリジアンで滑らかなシルエットを浮かび上がらせていた。

「……クラウド、ね? 僕もお尻に入れて欲しいし、でもクラウドだってお尻欲しいでしょ?」

「……ん」

「じゃあ、そうする他無いんだ。この部屋で二人っきりな僕たちが、一緒に幸せになる方法はそれしかないんだよ」

 頭がすごく良いのか、ものすごく悪いのか、きっとそのどちらかだろうということは、クラウドにも理解できた。天才と大馬鹿は紙一重だと、いつかヴィンセントが言っていたのを覚えている。

「クラウド、舐めて。よーく濡らして」

 ラムザに瓶を渡されて、クラウドはこっくりと頷く。そして、瓶の口を、舌で湿す。

 その様子は、ザックスやヴィンセントやディリータとは一線を画した性嗜好であるはずのラムザの胸をも、疼かせた。これから、まさにペニスに模して使うための瓶を、丹念に舐め、咥えて、丁寧に濡らす様子というのは、無条件ないやらしさが漂うものなのだった。

「……ん、じゃあ、貸して」

 クラウドの手から受け取って。

「……ふ……っ」

 ラムザはそれを導き入れる。

 思っていたよりも少し大きくて、しかもペニスとは比べ物にならないほどに硬いそれに、かすかなしんどさと抵抗を感じる。

 しかし、クラウドに「入れて」とも頼めまい。あの子は僕同様、向こうの世界では「愛される側」専門の子なのだろうから。

 ……実際にはそうではなくて、月に一度か二度は猫耳のヴィンセント少年に「入れる」ことも、また稀にはザックスや大人のヴィンセントに「入れる」こともあるクラウドなのではあったが。そんなことを、ラムザは知る由も無い。

「あ……あん……」

 ディリータのよりも更に大きい擬似的なペニスの圧迫感に、ラムザは思わずシーツを握り締めた。

「……ラムザ……」

「……ん」

 それでも、無理に微笑んで、

「だいじょぶだよ、……平気、僕なら……、ね、じゃあ、クラウド……僕の上おいで、……お尻舐めてあげる、おちんちん弄ってあげるから。だからクラウドも、僕の……おちんちんしゃぶって?」

「……ほ、ほんとに……へいき?」

「へいき」

 信じるほか無かった。

 勃起しているとは言え、ペニスには多少の弾力性がある。だからクラウドはヴィンセントの巨根と称しても構わないようなものを胎内に収められるわけだが、ヴィンセントにおける最大膨張時に匹敵し、少しの弾力性もない瓶を深々と突き刺したラムザの身は正直心配だった。

 しかし、ラムザの股間は間違いなく熱く滾っていたし、悲しい哉――血は争えないか――そういう様子を見ると、クラウドの股間もまた疼く。

 そして、再び尻を晒し、ラムザの上に乗る。

「……ふふ、クラウド、……お尻ぴくぴくしてる……、今いじってあげるからね……」

「うにゃ……んっ、にゃ! ……ん、んひゃう……」

「きついね、クラウドの……、多分、クラウドのお尻、僕よりきついよ」

「ひゅ、っ……ひゃ、そ、んにゃ……っ、いっ」

 クラウド本人の抱いた感慨であるし、激しい興奮状態でのことだから、どこまで本当かはわからないが――

 ザックスより、ずっと上手……!

 当の本人が聞いたら、「三十二年間の経験がたかだか十代前半の子供に負けたのか!!」と涙に暮れるだろうが。

「っ、にゃあ……っ、あふ! っ、ふにっ……やああ!」

 不意にラムザは指を抜いて、

「だめ、だよう、クラウド、僕のおちんちんもちゃんとしてくんなきゃ、やだ。……お尻、中、入ってるだけじゃ、やっぱりいけないんだ……、ディリータのと違って、あったかくないし、動いてくれないし……。だから、ね、お口でしてよ。一緒にいこうよ、ね?」

 クラウドはひくひく振るえながら、やっとのことで「うん」と答えたが、覚束なかった。

 何とかラムザのペニスを口に、含む。

「ん……そう……、んっ……、あ……あ! 舌……ぬるぬる、気持ちい……ッ」

「ん……、ふ、ラムザだって、俺の、お尻、してくんないじゃんか……」

「……あ、……、ごめんね、気持ちよくって……」

「一緒がいい、俺だって……」

「うん、そうだね、いっしょにしよう……、いっしょにいこう」

 そして。

「あふっ、んにゃ! あっ、ひゃう、ん……、んひぃ……っ」

「う、ぁあん、んっ……にゃあ……っ、ひ、ひゅ……、う、あっ」

 どちらがクラウドでどちらがラムザなのだか声を羅列しただけでは判らないような状況が繰り広げられ、子供にはもう遅すぎる時間まで、二人は絡み合った――すなわち時間にして、開始から四時間。

「はー……」

「ふー……」

 さすがに調子に乗りすぎたと思いつつも、ベッドの上で折り重なる二人の少年は、下衆な幸せ一杯の表情を浮かべたまま、泥沼のような眠りへと落ちていく。

 

 

 

 

 そして朝は唐突に訪れた。それが「朝」なのかどうか、窓の無い部屋だからわからないはずが、しかしクラウドはぼんやりと起き上がり、「朝だ」と自覚している。

 眠りながらクラウドの股間に顔を埋め、またいつ何をし出すか判らないようなラムザの頭を揺すって起こす。ラムザはううと目を開き、そこにあったものを見とめて一瞬びくりと身を振るわせたものの……、そうっと顔を上げて、ほっと息を吐いた。

「なんだぁ……、あのまま眠っちゃったんだね」

「うー、うん……、あいたたたた……」

「腰イタイの?」

「ん……。だって、あんだけ……。ラムザは痛くないの?」

「僕は全然へーき」

 生ぬるい欠伸をして、大きく口を開けて。そして、ぱくんと閉じて目をこしこしと擦って。

 クラウドは漸く気がついた。

 声を失う。

「……クラウド? どうしたの?」

「……あ……」

 痛む腰を堪えて、よろりと立ち上がる。

 そして、声を出しかけて、もう一度踏みとどまる。

 ……ようやく、頭を整理して。

「ラムザ、あのさ」

「なあに?」

「……あのドア……見える?」

 クラウドはドキドキしながら、ラムザの答えを待った。

「……ドア? ドアなんてないじゃん」

 つまり一緒だ、クラウドはどきりとした。つまりエブラの時と一緒だ。

 あの時、つまり昨日の推定午前中、エブラは「ドア」を見つけたと言って、……そしてその「ドア」を開いて、出て行った。

 しかし当のクラウドの目には、エブラが壁を通り抜けるように、ふっと消えたように映った。

「……あの……、あのね、ラムザ」

「そこに、ドアが在るんだね?」

 ラムザはひょいと立ち上がりベッドから下りると、まさにクラウドの目に映るドアに手を当てた。

「……僕にはただ白い壁にしか見えない。でも、エブラっていう子が向こうの、自分のいた世界に帰れたんだったら、きっとこの向こうにはクラウドの住んでる世界があるんだ……」

「……俺……」

 ラムザは踵を返し、浴室の脱衣場に畳まれたままの、前夜までクラウドが着ていた服を持ってきた。

「帰らなきゃ」

「え?」

「クラウド、帰らなきゃ。向こうで大好きな二人が待ってるよ、きっと心配してるよ」

 そう言われて、……しかしクラウドは、エブラが感じたのと恐らくは同じ、不安に駆られる。

「でも……」

「僕なら平気だよ。だって」

 ラムザは裸のまま、微笑んで言う。

「エブラが帰れて、クラウドが帰れて。僕が帰れないはずないでしょ? ……それに、これは多分だけど」

 テーブルの上にあるメモ用紙を一枚千切って、ラムザはクラウドにも読める文字で、中央に箱を描き、その外側に「エブラ」「クラウド」「ラムザ」と名前を書き、矢印を外側から内側、そして外側へと一往復させる。

「エブラがいたところにクラウドが来て、エブラは帰れた。クラウドがいたところに僕が来て、クラウドが帰れる。で、君を通して聞いたエブラの話だと、エブラがこの部屋に来てちょっとして、いや、もうほとんどすぐくらいに、クラウドがこの部屋に入ってきて、一緒に二人で一晩過ごして、『ドア』が出来た。クラウドがひとりぼっちになって、僕が来るまで、何分くらい?」

「何分……ええと、十分かそれくらいだと思ったけど」

「そう、じゃあ十分。十分後に僕が来て、クラウドと一晩過ごして、また帰れる。……ってことは、僕、この部屋でクラウドが帰った後十分間だけ待ってれば、また新しい誰かが来て、一晩経ったら帰れるってことなんだね」

「そ……、そうなのかなあ」

「そうでしょ。二度そうだったんだから」

「うーん……」

 クラウドの髪を――その、自分と同じ程に奇妙な形の髪を、優しく撫でて、

「心配しちゃダメだよ」

 前髪をかきあげ、額にキスする。

「僕じゃない、クラウド、僕じゃないだろ? ザックスとヴィンセント」

 ぎゅう、と抱きしめて、

「君には帰る家がある。そして僕にもある。そこで自分の一番好きな人が待ってる、ね? そこに帰るのが自然の形だよ。だから」

 ラムザはにっこり、微笑んで。

「もう一回だけしたら、お別れだよ?」

 クラウドは……、多少なりともやはり、青ざめた。ディリータという男の大変さが、少しばかり判ったような気になる。

 

 

 

 

 ドアを、多少の不安を感じつつ潜り抜けたクラウドが見たものは、

「……ああ、……食事の支度が出来たのか?」

 ヴィンセントの書斎、机に向かうヴィンセント、その肩越しに振り返った姿、眼鏡をかけている。デスクランプの光がちょうど逆光となって、クラウドの目に影のように、しかし耳に優しい声、滑らかな髪の毛は細かい部分まで、クラウドは認識した。

 そして、反射的に振り返る。

 開けたままにしていた扉があって、その扉の向こうには「白い部屋」ではなくて、廊下が続いている。階下でザックスがつけたらしいテレビのニュースの声がする。

「わざわざありがとう、クラウド」

 ヴィンセントが屈み込んで、クラウドを抱きしめてキスをする。

 クラウドは突如として寂しさがこみ上げ安堵感に苛まれ、その身体にひしりと、抱きついた。

 

 

 

 

 服を着ないままで、自分の書いたメモを見詰める、見詰めつつ、また新しい文字を書き込んで、抹消線を引いてまた書いて。

 もう間もなく、クラウドがこの部屋を去ってから十分が経とうとしている。

 もしその「誰か」が……現時点では空欄になっているところに、新たなる名前が加わったなら、ラムザの仮説は一気に現実味を帯びるものとなる。

 ここまで来た「エブラ」「クラウド」「ラムザ」は全員、男性であり、そして同性愛者だった。そして、彼らのことを熱烈に愛する恋人が、彼らの世界には存在していた。これがこの部屋に来るための「条件」だとすれば、……次に来るのも男で、恐らくは、同性愛者。

 ベッドの上でうつぶせになって、果たしてどんな人が来るのやらと、ラムザは足をゆらゆらぱたぱたさせながら、待った。

 そして、扉の音。

「……うわ」

 意外と若い人の声だなあと、だけど僕よりはずっと年上だろうと、振り返って、多少その外見に驚きは覚えたものの――猫耳ではない、猫手でもない、しかし、変わった見てくれをしているというラムザの印象、間違いではなかったろう。

「……って、あ、あれ? ドア。あれ!? え!? ちょっと、これ、え!?」

 狼狽しきった目で、ラムザを見る。

「あ、あの、いや、その、……俺は、別に、覗きとかそういう……」

 しどろもどろの口調が、なんだか滑稽に思えた。どうも、ラムザのことを女の子と間違えているようだった。確かに髪を解くと普段以上に女っぽくなってしまうラムザではある。くすっと笑って起き上がり、自分の裸を、その青年に見せる。

「僕、男の子だからそんな焦んなくてだいじょぶですよー」

 青年はぽかんとラムザを見て、硬直した。

「僕、ラムザ=ベオルブ、始めまして。お兄さんはどこから来たの? お名前は? っていうか」

 ラムザは立ち上がって青年に歩み寄り、じーっとその顔を見上げる。その目をじっと見詰め、

「お兄さん、男の子大好きでしょ」

 と一言、当てて見せた……。


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