同類項の運命的な交叉 DAY01

 他と同じように、一緒になって流れればいいものを、敢えてか? 群から離れ、見当違いの方向を目指す小さな一群がある。それは全く途方もない場所を目指しかけて、しかし不意に自分の誤りに気付いたかのように、徐々に軌道を修正し、もともと自分の目指しているほうへ戻りかける、戻りかけ、戻ったかに見えるところで、一群は諦めたように息耐えている。

 ラムザ=ベオルブの奇妙な癖毛は、本当にどうしてそのような荒唐無稽な、一つの物語すら生み出すような動きを見せているのか、本人にすら判らないらしい。恋人のディリータ=ハイラルからしても、物心ついた時より、ラムザの髪は「巻いているもの」という観念が出来上がっていて、疑問を呈することすら意味が無い。濡らしても洗っても、手で抑えてみても、油を当てて見ても、ものの五分と経たないうちにじわじわと上がって、二十分もすれば元通りにくるりと楕円を描く。母親も、もちろん父親も、兄たちも、親戚の誰を探したって、そんな髪質の者はいないものだから、幼い頃には本当にベオルブの子なのか、どこかで入れ替えられたのではないか、そんな噂も立ったほどだ。ラムザの性格と、男児にしては美しすぎる相貌もそれに拍車をかけたが、父バルバネス=ベオルブの一喝によって一気に潜まった。

 ともあれ、初対面の誰もが、その少年の美貌と同じ程に、その癖毛へと目を奪われるのが常だった。どういう構造なのか、起点はどちらなのか、そもそもそれは髪なのか、それとも何かのアクセサリーなのか、あるいは生き物か、意図してされたことなのか無自覚なのか……。その宿主たるラムザが絶世の美少年であるがため、謎は暴走する。

 クラウド=ヴァレンタインも、先ほどから延々頭に「?」を浮かべている。この猫耳少年はついさっき、白い部屋の扉を開いて(開いた瞬間は確かに「扉」があったのだが、今はもう白い壁しかない)入ってきたこのラムザ少年に、「うわああ、かわいい!」と甲高い声で叫ばれて抱きしめられてぎゅうってされて、俄かに恐慌状態に陥ったが、はじめましての挨拶を済ませる頃にはもう、その髪とその顔に目を奪われてしまっている。

 こんな変わった髪の毛したひと、俺今まで見たことないよ。こんなキレイな男の人も。

 しかしながら、ラムザも酷似した印象を、クラウドに対して抱いているのである。

 こんなおかしな髪の毛したひと、僕今まで見たことないよ。こんな可愛い男の子も。

 ともあれ、両者はある意味では、非常によく似ていた。「元の世界」に恋人がいて、その恋人から、それこそ蜂蜜の海に溺れるような愛され方をされているという点も。

 なお、クラウドの――ラムザをして、「おかしな」と評される――その髪は、もちろん彼の兄、ザックス=ヴァレンタインの流れを汲むもので、しかしザックス=ヴァレンタインの父も母も、普通の髪の毛をしていたということだから、全くの突然変異によるものであろうと考えられる。完全に先天的な癖毛だ。この点はラムザも同様。

 ラムザが入室する、つい三分前までこの部屋にいたヘビ人間のエブラ=フォンも、クラウドとは「同類」にあたる。同じく「半人」の姿をした人に会えて、ザックスたちと会えない寂しさの中にも、どこか救われたような気になったものだった。しかし、ラムザもまた、クラウドとよく似ている、本人たちの意識に、互いの類似は無かったが……。

「……へえ、ふうん、なるほどね」

 ラムザはクラウドの話を聞いて、納得して頷いた。

「つまり、君と僕は、全然離れた、違う場所に住んでたのに、なんかの偶然でこの部屋に来ちゃったってことだね?」

 クラウドがこくりとすると、ラムザは少し考えて、

「その、ヘビの人は」

「エブラだよ」

「そっか、エブラって人は、ちゃんと帰れたんだね? 僕が来るすぐ前に」

「うん」

「そっかあ……」

 ラムザは、少しだけ面倒臭そうな顔になって、ソファに身を沈めた。城の、彼のソファに比べてサイズも小さく、材質も貧相には見える、しかし、座り心地は悪くない。隣にいるのがディリータならば言うことは無いのだが、

「ねえ、そのお耳」

 ラムザはひょいと手を伸ばして、くしゅくしゅっと撫でて見る。

「にゃん!」

 クラウドは思わずびくりと、首を竦める、耳がぱたぱた動く。

「ほんもの?」

「ほんものだよう……」

 クラウドは眉を八の字にして、応える。

「だから、言ったじゃん、俺の、耳も、手も足も、尻尾も、全部ほんものだってば」

 ラムザはじいいとその耳を見つめて、今度はそうっと撫でる、撫でたり嗅いだり、摘んでみたりもする。一つひとつのラムザの行為に対するリアクションは、確かに猫そのもののものであるようにラムザには思えた。耳の後を暫く掻いてやっていたら、クラウドは喉をぐるぐると、人間には出来ないやり方で鳴らして聞かせた。これは本物の猫の所作だった。

「にゃ、みゃ……」

 声も、それは人間の声帯では出し切れない部分をカヴァーしているものだということは、ラムザにも判る。

 ラムザは、ディリータと比べればどうしても馬鹿な子供に写ってしまおうが、実際には決して貶されるほど馬鹿ではない。寧ろ、洞察力の点ではディリータをも上回る感覚の鋭さを持つ。それを一定の方面へ向けたならばこの少年も優秀な軍師になることが容易なのだろうが、生憎本人にはそのつもりが一切無いらしい。

 また、この少年は非常に肝が据わっている。これは、例えばディリータと共に、というか強引にディリータを誘っての野外露出などを行なうあたりに、端的に現れている。本人は「何が起こったってディリータと別れるのでなければそれは、死ではない」という思い切った厭世観を十代前半にして持っている。そのため、多少、事態が思わぬ方向へ展開しても、セルフケアの技術は持っている。

 今も、自分と入れ違いでこの部屋から出て行ったエブラという少年の話をクラウドから聞いて、もう十分に落ち着いている。この部屋は、クラウドが恐れるように「出られない部屋」ではない。大丈夫、暫く我慢すれば、自分もすぐここから出ることが出来るはずだから。

「……エブラが出たのって、クラウドがここ来てからどれくらいあとのことだったの?」

 クラウドの耳から手を離す。クラウドは目をぱちくりさせて、

「んんとね、一日もかかってないよ、エブラは、俺が夕方、俺のうちで晩ご飯出来たときにここの部屋来た一時間前くらいにここ来て、今朝、だから、ほんとについさっき出てったんだから。ええと、十五時間くらい、かなあ」

 でも、その短い間で、俺はエブラと仲良くなったんだよと、クラウドは内心でエブラを想った。優しいお兄ちゃんだったなあ。俺の義理のお兄ちゃん、つまりあの人も、エブラくらい優しかったらよかったのになあ。……ザックスが優しいことくらい、俺も知ってるけど。

 ラムザはうーんと考えて、

「でもさ、不思議だよね、なんで僕ら、くぐったはずの扉がなくなっちゃうんだろ」

「……知らないよそんなの。俺だって、戻れるなら早く戻りたいもん……、ザックスたちに会いたいもん」

 クラウドは口にしてみて、寂しさが再び芽を出すのを感じた。そうだ。口にしてはいけないんだ、その名前を。クラウドは息を飲んで、エブラの言ったことを思い出した。「でも」だ、「でも、話すことで、近くに感じることができる」、だから、寂しがるよりも、そうだ、思い返して、どうせまた会えるから明るく話せばいいのだった。

「ラムザだって……、会いたい人、いるんだろ」

「いるよ」

 ラムザはすぐに返答した。

「僕の恋人。大好きな恋人。ディリータ=ハイラル」

「でぃりーた?」

「うん。カッコいいんだよ、頭も良くて、すごく優しいんだ」

「……おとこの、ひと?」

「そうだよ。……びっくりした?」

「……いや……、そうじゃなくて、うにゃ」

 エブラの好きだと言っていた、「ダレン」という男の子。エブラも同性愛者だった。もちろん言うまでもなく、クラウドも。

 ひょっとして、世界中……或いは、違う世界中から、同性愛者がここに集まってくるの?

 そんなことにどういう意味があるのか、クラウドには途方も無いことだったが。

「クラウドの言ってた『ザックス』っていうのは、お兄ちゃん? それとも、お友だち?」

「……お兄ちゃん……」

 と口から浮き出た自分の言葉は、ふわふわと所在なげに漂って、クラウドはそれを感じて、申し訳ない気になった。

「……恋人だよ、ザックスは俺の恋人。ヴィンはザックスの恋人で、でも俺にも恋人」

「ザックスにヴィンセント……、男の人だね?」

「……うにゃ……そうだよ」

「クラウドも男の人好きなんだ?」

「……にゃうううう」

 エブラが撫でるように言っていたとするならば、ラムザは突付くように言ってくる。だから、クラウドは自分で自分を否定したいような気持ちにならざるを得なくなる。

 百万遍も繰り返し言ったことだが、クラウドはザックスもヴィンセントも、本当に大好き。会いたくて会いたくて会いたくて仕方がない、身もだえするほど大好き。しかしこの幼い心の少年は、自分の中にそう言った無垢な気持ちのあることを認めるには、余りにも無垢に過ぎるのだ。幼い故に、大人になりたいのだ。

「えっちしてるの?」

「にゃ!?」

 ラムザは、直截的に聞いた。この少年は、例えば自分の性器の俗称を連呼することを恥じないし、自分の性器を人に見せることも恥じない。そういう少年なので、人に対しても同等とまでは行かなくとも、似たようなものを要求して憚らない。一方で、クラウドは基本的につつましい。この点は本人の希望と合致している。感じてしまうと、何を言い出すかクラウド自身にも判らないが、勃起したペニスを見られるのは死ぬほど恥ずかしいと思っている(勃起していなければある程度許せるらしい)。

「だからあ、クラウドと、ザックスとヴィンセントっていう人たちは、えっちしてるの?」

「うー」

「教えてよ。僕教えるからさ。僕はディリータといっぱいえっちしてるんだよ! 今朝もねえ、ディリータの上、僕さかさまに乗っかってね、ディリータのおちんちんしゃぶって起こしてあげたんだ」

「う、うにゃ、にゃにゃ」

「あのね、ディリータのおちんちんって大きくって硬いんだよ、僕、幸せだなあ、ディリータの恋人で。別に、おちんちんだけ好きなわけじゃもちろん無いけどさ、あんな大きいの入れてもらえるんだもん」

「みゃう……」

「ホントに気持ちよくって、いっつも僕、おかしくなりそうになる、でも終わるとまたすぐして欲しく成っちゃうんだ。ディリータのって、ほんとにすごいんだから」

「ざっ……」

 言ってやる、いや、やめとこう、いや、言って、いや、その、なんだ。

「ザックスとヴィンのちんちんだってすごいもん!」

 少年は一瞬の躊躇の末に、結局言ってしまった。言って、真っ赤になる。

「へええ、ザックスとヴィンセントも大きいの?」

 ラムザは平気な顔だ。ディリータが世界で一番素敵だと信じているから、他の誰が誰を信じていようと全く問題にならないのだ。

「お、……大きいよ……ヴィンは……、すごい大きいもん、俺、あんな大きいの見たこと無いもん!」

 ここには、多少の誇張が、無くは無かった。しかし、気持ちの問題だとクラウドは言いながら、「ねえ、そうでしょ? そうでしょ?」とヴィンセントに同意を求めていた。

「ザックスのは?」

「ざ……、ザックスのは……、えっと……うにゃ、その、大きくは、ない、けど……」

「じゃあ、長持ちするの?」

「長持ち……も、しない、けど……」

「ああ、ザックスって人は、すごく上手いんだ?」

「別に、そんな上手くも……ない、……うにゃああ」

 ラムザのペースにあっという間に巻き込まれて、頭の中が卑猥な想像で一杯になってしまう。こんな、こんなのやだ! ザックスみたいなのやだよう! クラウドは頭の中からそう言ったたぐいのものを排除しようと躍起になる。しかし必死になればなるほど、頭の中にこびり付いて離れなくなってしまう。妙な気分が高揚してくる。

「僕ねえ、おちんちん小っちゃいんだ。ディリータによく言われるよ」

 ラムザは相変わらず落ち着いたものだ。

「ディリータのがすっごく大きく見えるのは、そのせいかも知れない。だから、僕、自分で小さいの、気に入ってるんだ。ディリータに『可愛い』って言って、いじってもらえるし。クラウドはザックスやヴィンセントにいじってもらう?」

「いじるって……」

「だから、摘んだり、扱いたり、お口でしゃぶったりさ。ディリータは時々、僕の、全然おっきくなってないときに、お風呂とかでいきなりなでたりお口に入れたりするよ。何が面白いのかわかんないけど、僕は何か嬉しいの」

「にゃ……、俺も、される。……俺も、ザックスたち何が楽しくてやってんのかわかんないよ」

 だけど、ちょっとされてはスイッチの弱い二人、あっという間にディリータの/ザックスとヴィンセントの、ペースに乗せられてしまう。もちろん、ディリータら三人の男たちは、クラウドたちのそういったスイッチを入れるのが楽しくてやっているに決まっているのだった。

「クラウド、いくつなんだっけ?」

「みっつ」

「……うーんと、身体の年は?」

「わかんない……、ザックスが言うには、十二と十三と十四のどれかだって」

「ふうん。毛ぇ生えた?」

「生えてこない」

「皮はむけた?」

「むけない」

「ああ、じゃあ僕とおそろいだね、嬉しいなあ」

 ラムザは無邪気ににっこり笑う。そんなことでにっこりと、本当に美しい笑顔を見せるこの少年のことを、クラウドは困惑気味に見ながら、しかし本当に綺麗な人がいたものだと、感心してもいる。

「ね、じゃあさ、クラウドのおちんちん僕に見せてよ。僕もクラウドに見せてあげるから」

「うにゃ!?」

 ここに第三者はいない。具体的な名称を出すなら、ディリータもザックスもヴィンセントもいない。それゆえに、これから始まる、彼らにとっては心臓を傷めかねない淫図は、彼らに見られる心配も無い。ラムザもクラウドも、心行くまで楽しむがいいと、神に許され裸になる。


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