生温かい夢の続き

「はー……」

 その火曜日の午前六時、目を覚ました昴星は溜め息を吐いた。ブリーフ、パジャマのズボン、それから下着のシャツとパジャマの上の裾の辺りまでが、冷たくびっちょり、濡れている。オネショをしたのである。

「っかしーなー……、またやっちゃった……」

 独り呟きながら、一先ず布団をベッドから下ろし、びしょびしょのタオルケットとシーツと脱いだパジャマを抱えて、洗濯機に放り込み、洗剤と柔軟剤と漂白剤を投入して、スイッチを押す。家事は全く得意ではない昴星が、この歳の少年として一連の動きをスムーズに出来るのは、それだけこの動きに慣れているからという事情もあった。黄色く染まったブリーフ一枚になって、「うー、さみーさみー」と震えながら浴室に飛び込み、シャワーを捻る。

「なんでだろーなー……、先週までずっと上手く行ってたのに……」

 水が湯に変わるまでの間、白い溜め息を吐き出しながらブリーフを脱いで搾る。こういうブリーフを欲しがる人間が昴星の周りにはたくさんいて、具体的には「おにーさん」と諭良と才斗、ときには流斗も。ただ才斗は「もういい」と言うし、流斗には週に一度会えるかどうか。だから「おにーさん」と諭良に一枚ずつ交互にプレゼントすることにしている。

「ったく、なに喜んでんだよ」

 ようやく温かくなった湯を、自分のペニスに浴びせる。大量の尿で布団を濡らした昴星のペニスは、覚醒したタイミングからずっと、勃起し続けていた。

 鮒原昴星には、自分が眠りが深い方だと言う自覚があった。

 例えばもう少し眠りが浅かったなら、いかな睡眠中でも尿意の高まりとともに目が覚め、この季節ならば「さみー……」と唇を尖らせつつも布団から抜け出て、トイレに行ってきちんと放尿した末に戻って来る、ということぐらい、問題なくできるはずだと思うのである。仮に搾り――あるいは「振り」と言い換えてもいい――が甘くて、ブリーフの前が多少黄ばむことがあったとしても、布団の中で大量に放尿して翌朝浴室でブリーフパジャマタオルケットシーツを洗うという面倒臭いことをしなくても済むはずなのだ、と。

 その一方、昴星はよく夢を見る。

 夢を見るのは眠りが浅くなっている証拠だと、才斗が教えてくれたことがある。人間の眠りというものは、おおまかに言って夢を見ているときと夢を見ていないときとの二つに分けられ、夢を見ているときの方が眠りは浅いのだと言う。しかるに、昴星が布団に大きな地図を描く夜は、いつも夢を見ている気がする。毎度その夢を記憶している訳でもないが、割合にして半分程度は起きたときにも思い出せる。夢の何処で、どのタイミングでオシッコをした、……そのせいで布団がビチョビチョになった、という因果関係のようなものを、昴星自身は把握しているのだ。

 夢の中でも、尿意を感じてはいた気がする。

 しかし、目は覚めない。それどころか、夢の中でオシッコをしてすっきりしたことで、そのまま更に深い眠りへと落ちてしまう。せめて途中で目が覚めたなら毎度甚大な被害を作ることは避けられそうなものだが、そうはならない。例えば、……「おにーさん」の見ている前で散々ガマンさせられた挙句オモラシをしたり、諭良と一緒に外で裸になってオシッコをしたり、流斗と一緒にお風呂に入って浴槽の中で一緒に放尿したり、由利香に「飲みたい」と言われてその口に注ぎ込んだり……、例を挙げればきりがないぐらい、いろいろなバリエーションのそれらの夢は、どれもとても楽しいものだ。昴星にとって「楽しい」とは「気持ちいい」と同義であって、だからそれらの夢から目覚める朝はたっぷりの尿を吸い込んで濡れたブリーフの中で丸いペニスがいつだって硬くなっているし、時間的に余裕がある朝ならその夢の余韻のままブリーフの上から弄り回して射精までしてしまうことも常だった。

 とはいえ、オネショが治らないのは昴星にとって決して幸せなことではない。

 このところ「おにーさん」が教えてくれた膀胱訓練を自発的にするようになって、尿意への耐性も以前と比べて付いてきた。前までは一時間に一度は行かないとガマンできなくなっていたところが、このところ二時間から三時間ぐらいは堪えられるようになっている。オネショの回数も、以前は二日に一回以上のペースだったのが先週は一回しかしなかった。寝る前は水分の摂取を控え、布団に入る前にはトイレに行き、そんなに寒くないと思っても一枚多く布団をかぶって寝る……、そういった地道な努力も実っているのだろう。もっとも、六年生も終わりに近付いたこのタイミングまで、そんなことさえろくにしないまま床に就いた結果、数えきれない回数のオネショをしてきたということの方がどうかしていると指摘されるべきかも知れないが……、とにかく「勝率」を向上させることには成功しつつあったのだ。

 ところが、今日で数えて四日連続の失敗である。

 先週の土曜日、諭良と流斗と三人で外遊びをし、それから温泉に行った。サウナと岩盤浴をはしごしたせいで脱水症状を起こして倒れ、その日の夜は早く寝たのだが、その夜から「連敗」がスタートした。はじめは、「具合よくなかったし」と、あまり気にしないようにしていたのだが、二連敗、三連敗と続くと、オネショに慣れている昴星であってもさすがに少々凹む。今夜はオムツして寝なきゃいけないかな、とは思うが、例えば「おにーさん」と遊ぶときにそれを装着するのは躊躇いなく出来る昴星ではある一方、必要に駆られて着けるのは、やはり少々、誇りが傷付く。

「はー……、なんでだろ」

 腰掛に尻を置き、また溜め息を吐き出す。この四つの夜、……昴星はずっと同じ夢を見ている。いや、「同じ」と言うのは語弊があるか、しかしそれは毎度「同じ」パターン、……一続きの、物語とでも言うべきか。

 この日見た夢を思い出した昴星の、肉付きのいい太腿の間で、一向に収まらない勃起がぴくりと震えた。

 

 

 

 

 昴星は洞窟の中を歩いていた。洞窟なんて歩いたことはないが、洞窟、なのだろうと思う。ただ、感じるのはすさまじいまでの暑さ。全身から汗が止めどなく溢れ、口の中がからからに乾いている。一体どうしてこんなに暑いところを歩かなければいけないのかと不平を零すが、

「文句ばっか言ってないで、とっとと魔王やっつけなきゃ帰れないんだから」

 と那月が言った。

 彼女は紅い一繋ぎのワンピースを着ていて、胸には丸く囲まれて「寅」と筆で書いたような文字が刺繍されている。その文字は「とら」と読むのだ、ということを、昴星はつい昨日(の昼)知ったばかりだ。そして彼女の着ているワンピースは、正確には「チャイナドレス」と呼ばれるべきものである。

「そうだよー、鮒原くんがやっつけないと、みんな困るんだから」

 のんびりとした声で言う砂南は、フード付きのもったりとしたコートを着ていた。色は水色。長袖で、捲っても捲っても袖が落ちて来る。いかにも暑苦しいが、平然とそれを着ている彼女の右手には、何かの木を削って作ったと思しき杖が握られている。

「もう、さっさと行こ。あ、危なくなったら鮒原あんた男なんだから、ちゃんとあたしたちのこと護るんだからね」

 偉そうに言う葵は、まだそれほど成長してもいない胸をそれでも無理やり強調するようなタイトなタンクトップに、丈の長いベストを重ね、下はプリーツスカートにハイソックスという組み合わせで、彼女も砂南と同じように杖を持っている。ただ葵の杖はもう少し細く、金属製のようで、先端には紅い水晶玉のような宝石が嵌め込まれている。

 那月と、砂南と、葵は、……この三人は、昴星と同い年であり、クラスメートである。

 毎年のようにクラス替えのある小学校にあって、彼女たちが三人とも昴星と同じクラスになるのは、二年生の時以来のことであった。別段、彼女たちを意識して学校に通うことなどこれまで一度もなかったが、それは彼女たちも同じだろうと想像する。その一方で、……まあ、「友達」と言うことは十分に出来る、はずだ。諭良や才斗のことも、昴星は表面上はそう呼ぶが実態は違う。ただあの二人とは異なり、本当に、ただの「友達」だと。

 しかるに、「昴星が二年生のときに同じクラスだった」ということは、この三人が三人とも、二年生時代の昴星が教室でしでかした大失敗を目撃しているということを意味する。即ち、授業中、オシッコを我慢できなくてオモラシをした当時のクラスメートであるということを意味する。三人のうち、……少なくとも砂南が、そのことを未だ記憶しているということを知って以来、そのことを思い出すたび、昴星は落ち着かない気持ちになることを強いられるようになった。

 ……ただこれは、昴星の「覚醒」時点での認識であり、この夢の中で酷暑の迷宮を彷徨うときの昴星は、全く違う認識を持っている。

「うるせーなー……、勝手なことばっか言いやがって!」

 昴星は、剣と盾を持っているのだった。剣は、昴星の胸から足までほどの長さがあり、到底片手では持てないだろうという見た目でありながら、羽のように軽く、昴星が片手で振り回すことに何ら問題はない。盾も、それは同様だ。

 この夢の中で、昴星は戦士、あるいは「勇者」と呼ばれる存在なのだった。

 自分の父親が勇者で、世界を救う旅の末に行方知れずになったことを、昴星は母から聴かされて育った。自分が十二歳になったら、それはもうこの「世界」においては立派な大人なのだから、父のあとを継いで、今度は昴星が世界を救うために戦いの旅へ赴かなければならない……、そういうバックボーンが、昴星にはあるのだ。

 そしてこの剣と盾は、旅の途中で行方不明になった父が家に置いて行ったもの。その実は、伝説の名剣・エクスカリバーであるという。父は自分に何かあったときには昴星が必ずあとを継ぎ、世界に平和を取り戻してくれると信じていると言い残して出立したのだそうだ。

 昴星は、自分の地元の「国」の「王様」に、

「おお こうせい よ。

 そなたが まことのゆうしゃとなり、

 せかいに ひかりを とりもどしてくれるのを、

 わしは まっているぞよ」

 と言われて、旅に出ざるを得なくなった。昴星自身、ちっとも乗り気ではなかったのだが、母からの強い勧めもあったし、何より、魔王によって諭良が攫われた、という事態になっているのである、この夢の中においては。

 王様は、渋々ながらも魔王を倒し諭良を救い、世界の平和を取り戻すために旅立つ昴星に向けてこうも言った。

「ひとりで たびにでるのは、まことの ゆうき とはいわぬ。

 しんらいできる なかまと ちからをあわせてこそ、

 まおう をたおすことができるはずじゃ」

 その「信頼できる仲間」を求めて、旅立つ前の昴星が傭兵の斡旋所に立ち寄ったところ、三人揃ってそこにいた葵・那月・砂南の三人が「諭良くん助けに行くんでしょ? じゃーあたしたちも一緒に行くよ」と有無を言わさず付いてくることになった。この三人が諭良のことが大好きであることは、昴星だって知っている。その言葉が嘘だったとも思わない。しかし一方で、もうちょっと力が強かったり、頭が良かったりする奴の方がいいんじゃないか……、ということは、当然考えた。

 それでもこの三人の同行を昴星が認めざるを得なかったのは、

「あたしたち連れてかないと、あんたがオネショしてること他のみんなに言いふらしちゃうけど、いい?」

 という恐ろしい言葉を、葵が囁いたからだ。

 覚醒しているときと同様、そのことは昴星にとって絶対的な秘密事項である。

「な、なんだよそれ、おれはもうオネショなんてしてな」

 そう反駁しかけた昴星に、砂南がスマートフォン――そう、この夢の世界にもスマートフォンがあるのだ――を取り出して、一枚の写真を昴星に向ける。

 ブリーフ一枚で眠りこける、自分の姿を映した動画だった。

 自分の穿いたブリーフの中心から、じわじわと黄色い濡れ染みが広がって行く。いったいどこで撮られたものなのか、昴星には全く心当たりがない。しかし動画の中でオネショをしているのは間違いなく自分である。

 蒼褪めた昴星に、ニヤニヤ笑う葵が囁く。

「ね? いいでしょ? いやならこれ、メールに添付してみんなに見せちゃうけど」

 勇者である昴星には最初から選択肢が与えられなかった。

「鮒原くん、連れてってくれるよねー?」

「いいえ」を選べばバッドエンド一直線、ただ「はい」というか、もう、一緒に付いて来てくれと昴星自身の口から言うしかないのだった。

 かくして。

 勇者である昴星、魔法使いである葵、武闘家である那月、そして僧侶である砂南の一行は旅に出た。これまでの旅で彼らは、多くの異形の魔物を屠り、魔王に虐げられる人々を救って来た。今こうして、炎を掘って作ったような洞穴を探索しているのは、魔王の居城近くにあるこの洞窟の奥に魔王のしもべがいて、諭良を拘束しているという噂を聴いたからだ。

 ここへ来て、現れる魔物たちはその強さを増している。いよいよ昴星たちの旅も佳境に入りつつあるようだった。

 ……覚醒しているときの昴星自身、多少はこういう妄想をしたことがある、……ということを、消極的に認める。魔法を使えたらいい、剣を格好良く振り回して、悪いモンスターをバッサバッサと切り倒したり、冒険の旅をしてみたい、と。それが夢の中でとはいえ叶っていることじたいは、悪くない。

 しかしその一方、やっぱり納得も行っていない。それはやはり、この「仲間」三人の存在によるところが大きい。三人が三人、その装束は彼女たちの職業――と呼んでいいのかは冷静に考えると判然としないが、一先ず夢の中ではそういうことになっている――に相応しいものである一方で、

「おまえらが付いて来たいって言ったから連れて来てやってんだろ、文句ばっか言ってんじゃねーよ!」

 威勢よく怒鳴っても、三人には糠に釘、まるで何の手応えもない。だって昴星が身に着けているのは、

「そんなカッコで怒られたって全然怖くないし」

 那月が馬鹿にしたように溜め息を吐く、「そんなカッコ」とはこれ即ち、形の違う幾枚かの白布を切り、縫い繋げて作り上げた下着。

 どの世界でも恐らく「ブリーフ」と言えば通用する、ただその一枚のみ。

 そもそも、葵にしろ那月にしろ砂南にしろ、身に着けているものはいずれも、これまで訪れた土地や迷宮で得たもの、軽装ではあるが魔法の力で護られたものであって、弱い魔物ならば彼女たちの身を傷付けんと襲い掛かったところで、あべこべにその牙や爪を砕かれて命を落とすほどのものだ。

 一方で、昴星が身に着けているブリーフ、……これは何の変哲もないただのブリーフである。値段にしたって、これを百枚重ねたところで砂南が手にする杖を買うには至らないという、普段使いの代物だ。本当は「勇者」らしく、カッコいい鎧や兜で身を護りたい、いやせめて、女子の見ている前でパンツ一丁は御免被りたい、安物でいいからズボンぐらい穿かせて欲しい、と思うのだが。

 三人の女子を連れて行かなければならなくなったことと同じ、これもまた、昴星の陰茎がやらかした粗相に端を発する。

 この旅が始まった直後に訪れた迷宮にて、自分よりもはるかに大きな魔物と対峙したときのことだ。今となってはあの程度の魔物、昴星の剣で一刀両断することだって可能ではあるのだが……。

「ひっ……」

 剣を携え懐に飛び込んだところ、難なく剣戟を防がれたのみならず、昴星の身体はその巨大な鬼型魔獣の腕に足を掴まれ、逆さまに吊るし上げられた。思考力とか理性とかそういったものとは無縁な、焦点さえおぼつかない眼、だらしなく開かれた牙口からだらだら零れる唾液……、そういったものは、ただただ目の前の男児を「餌」としてしか見ていないことを、昴星にまざまざと感じさせた。

 もっとも、そうやって昴星が吊るされていたのはほんの一瞬だったはずだ。砂南の放った光の魔法弾、葵の放った真空の鋭い刃によって怯んだ鬼型魔獣は次の瞬間には、那月が手の甲に嵌めた龍の爪によって弾き飛ばされ、昴星の身体は迷宮の床に背中から落とされた。一瞬、意識が遠のくほどの衝撃が臀部に走ったし、自分がそれでも生きているという事実は間違いなく寿がれてしかるべきことであるとも思った。

 しかし、

「鮒原、無事?」

 鬼型魔獣が消滅して振り返った那月の視線、杖を下ろした砂南と葵の視線、交わったところには尻餅をついたまま立ち上がれない昴星と、

「あー……」

「あーあ……」

「マジで? 嘘でしょ?」

 その足の間からじわじわと広がって行く薄黄色の水溜りがあった。

 これは「汗」であると。

 そう昴星は主張した。

 あるいは、仮に尿であったとしても、打ちどころが悪かったからであって、自分が悪いのではない、と。

 しかし尻の下に薄黄色の水たまりを作ってズボンを濡らした「勇者」は、そもそもがオネショ癖が露顕しているのである。

「こんなしょっちゅうオシッコ漏らすとかマジありえないんだけど」

 葵に嘲笑され、

「っていうか、臭い。そんなビチョビチョのまんまで側歩かないでよ」

 那月に非難され、

「しょうがないよねえ、怖かったんだもんねえ。とりあえず風邪ひいちゃうからズボン脱いだ方がいいよー」

 砂南からは幼子のような扱いだ。この上意地を張って何かを言い返すことが、このときの昴星に出来ただろうか? 結局これ以降「またズボンをビチョビチョにされたら困るから」という理由で――この迷宮探索後、昴星は外の皮でズボンを洗い、それが乾くまで街に入ることを頑として拒み、三人に「迷惑」を掛けたのだ――街を出て魔物の闊歩する屋外や迷宮を探索する際には、ズボンやシャツの着用を許してもらえなくなったのである

 現実世界の話をすると。

 このときの「オモラシ」のエピソードこそ、現在四日連続オネショ中の昴星が最初に見た夢である。昴星は同級生女子三人にオモラシを見られたのみならず、黄色く汚れたブリーフの中から現れた、六年生男子としては非常に小さい部類に入るペニスも馬鹿にされ、目を覚ました。それは震えるような恐ろしい夢であり、覚醒したとき昴星は自分の濡れたブリーフから催す冷たい感触が「現実」のものであったことに感謝したくなったほどだ。

 しかしながら、最初の朝であるそのときでさえ、昴星は――恐ろしい夢であったことは間違いないはずなのに――その小さな陰茎を苦しいほど硬くしていたのだ。

 あの日から、昴星は夢の中で「冒険」をし、最終的には三人の見ている前で情けなくブリーフの中で大量の尿を漏らし、その誇りに深い傷を負う……、背景こそ違うが、同じ展開。それは今朝の夢もまた例外ではなかった。

「だいたい、鮒原がズボン穿けないのは鮒原がだらしないから悪いんでしょ」

 那月が冷たい視線を昴星のブリーフに向けて言い放った。

「そうそう。夕べだってオシッコ我慢してんだったらトイレ行って来ればってあたしたち何度も言ったのに、意地張って行かないもんだから結局漏らしてたし」

 葵がその言葉に乗って昴星を責め立てる。確かに昨日は、そんな成り行きで失禁した。何にせよ、昴星としてはその年齢に相応しくない失敗を何度もしでかしている上で、まさにそのブリーフの中身について責められると苦しい。

「も、もうオモラシなんてしねーしっ……」

 少なくとも、「おにーさん」に求められてするときとは違う、学校で授業中に漏らすなんてもうまっぴらだし、この三人の見ている前であればなおさら。

 昨日は昨日で、女子三人に排尿を勧められながらそれをしなかったのは、昴星のそういう意地が原因だった。自分の膀胱の管理ぐらい自分で出来ると思っていたのに、辿り着いた街の宿屋でトイレに駆け込む前に漏らしてしまった。

 昴星がどれだけ声を張っても、三人はまるで信じていない。昴星自身の膀胱の堰が極めて弱いことを、三人は熟知していると言ってもいいのだ。

「じゃー、しない? 絶対に、オモラシ二度としない?」

 葵が訊く。その眼を強く睨みつけて、

「しねー!」

 と昴星は怒鳴った。これは覚醒時の昴星であっても同じことを同じように言うはずである。

「だいたいっ……、六年生にもなってそんなしょっちゅうオモラシなんてするわけねーだろ!」

 少なくともこの三人は、覚醒時の昴星がオネショ癖を持っていたり、「おにーさん」の前でオモラシしてばかりいることを知らないはずだ。今更意地を張って何がどの程度保たれるのか、昴星には全く判らなかったが。

「ふーん、あっそ」

 葵は納得したように頷いて、「砂南」と目をやる。「鮒原、もうオモラシしないんだって。あたしたちもさ、そんなしょっちゅうオモラシするようなみっともない勇者じゃやだから、鮒原がちゃんとオシッコ我慢出来るかどうか試して」

「うーんと……、うん、わかった」

 砂南が、杖を左手に持ち替えて、「ごめんね、鮒原くん」一言短く謝ってから、ぱちん、と右手を弾いた。その音が、洞窟の中に響いた途端に、

「あ……!」

 両手両足が、見えない鎖に繋がれたかのように自由を失う。両手は身体の背後に拘束され、洞窟の土を踏みしめて立っていた両足は宙を蹴るように投げ出された。常識的に考えればそのままひっくり返ってしまうところ、砂南の魔法によって昴星は両膝を曲げ、大きく腿の間を開いた体勢で宙に持ち上げられる。

「な、なにすんだよっ、離せっ」

「なっさけない格好……」

 那月が溜め息とともに、蔑んだ視線を昴星のブリーフに向けた。「こんな初歩的な魔法で動けなくなっちゃうなんて、……ほんとに勇者なの? 二年生ぐらいの子だって引っ掛からないのに」

「少なくとも、パンツの中は二年生ぐらいじゃないの?」

 葵は中空でブリーフの股間を晒したまま身動きの取れない昴星を嗤った。「ほら、砂南、そのまんま続きしちゃってよ。『勇者様』は『オモラシなんかしない』って言ったんだから」

「うーん、はい」

 再び砂南が指を弾く。

「うあっ……!」

 腹の中で、鋭く強い圧迫感が生じた。それが尿意である、と気付いたときにはもう、昴星のブリーフの股間には小さな濡れ染みが生じてしまっていた。

「弱すぎ……」

「あーあ、もうチビッちゃった」

 葵と那月が相次いでその染みを指摘する。

「あ、あっ、やだっ、やだっ、見るなっ!」

 声を上げて、括約筋を締めて必死にそれを堪えるけれど、膀胱は焼け付いたように熱くなったかに思われた。砂南が「鮒原くん、だいじょうぶ?」と心配そうに昴星のブリーフへ目をやる。

「どうしても我慢できなかったら、ムリって言ってくれたら下ろしてあげる。……鮒原くんがオモラシしちゃう『勇者様』だったとしても、あたしたちは別に気にしないし、……だから、ちゃんとオシッコしたいって言えるように、ね?」

 小学校二年生どころか、自我の目覚め始めた幼稚園児を諌めるかのような物言いは、昴星の誇りを傷つけた。現実としてオネショは日常茶飯事、一方でオモラシにしても――恋人たちに求められない時であっても――してしまうような膀胱は歳不相応に幼いし、ブリーフの中にしまった物の形だって、「二年生」と大差ない。

 どれほど意地を張ろうと、砂南の魔法によって排泄を辛抱する機能を奪われた膀胱は昴星の意志とは無関係に、尿道へと尿を押し出そうとする。必死に肛門を噛み締めることで堪えたとしても、無尽蔵に強まる尿意と戦うには、昴星のダムはあまりに脆い。

「あ、見て見て那月」

 砂南が、手にした杖の先で昴星のブリーフの濡れ染みを指摘する。同級生女子の前で少量とは言え既に作ってしまった尿染み、……それがなくとも、元より少し黄ばんだブリーフのそこが、内側から僅かに持ち上げられている。

「鮒原、オシッコチビッて勃起してる」

 それは、その場所にある染みをアピールしているかのようにも見える。

 あるいは、そこに染みが生じていることで勃起したという解釈も出来る。

「ちっ、がっ……」

 声を上げることさえ敵わない。実際、昴星が僅かに抗いの言葉を放った途端、またその場所にジワリと染みが広がった。

「ふーん……、そうなんだ」

 那月がどこか納得したように言った。「勃起って、興奮するとなるんだよね? ってことは」

 砂南が、昴星のブリーフを覗き込んで、それから昴星の顔へと視線を移す。

「じゃあ、鮒原くんはオシッコガマン出来ないんじゃなくて、したくてオモラシしてたのかなあ……?」

「ヘンタイじゃん、そんなの」

 那月の声には呆れと侮蔑が混じっていた。その声を聴いた瞬間、昴星の疲弊しきった括約筋は、焼けた杭を刺されたように熱い尿道との戦いに破れた。

 声にならない悲鳴を上げながら、昴星はブリーフを黄色く染め上げる。三人の女子の視線を浴びながら、勃起したペニスから噴き出した尿は股下へと伝い、尻まで濡らし、そして。

 昴星はびしょ濡れの布団で目を覚ました。目を覚ました瞬間にはまだ、放尿は続いていたようだ。しかしそれを出し切って、ぶるりと震えて……、そのときにもなお、生温かいブリーフの中で昴星は苦しいほど勃起していた。

「はー……」

 明日はどんな夢を見ることになるのだろう? そう思うと、暗澹たる気持ち……、のみではない。身体がこういう反応を示してしまう以上、昴星はこの夢の続きを見ることを、楽しみにしている自分を認めざるを得ない。

 そして。

 今度の土曜日、……諭良の家のプールであの三人と会う日。諭良は既に、「その日、ぼく、あの三人にちんちん見せようと思うんだ」と昴星に宣言していた。

 その場で、いったいどういうことが起きるのか。

 何一つ、想像出来ない。露出狂の諭良が三人にブリーフの中を、……或いは、黄色く染まったブリーフを見せるつもりさえ彼はあるかもしれない、そういう事態になって、諭良の陰茎が大人しくしているはずもない訳で。

 加えて、その場には流斗もいる。流斗は三人の望むまま裸でいるだろう。

 ただ傍観者としてそこにいるつもりで、昴星はいた。少なくとも、いまは、まだ。

 でももし、……あの夢のように、自分の小さな陰茎のだらしなさを、三人に目撃されることとなったら。オネショをして、自分のオシッコでブリーフを濡らしてしまうような陰茎を、三人の前に晒すこととなったなら……。

「は……っ、あ……!」

 一向に収まる気配のない陰茎を摘まんで、昴星は扱き始めた。無意識のうちに左手では乳首を弄り、

「見て……っ、見てぇっ……、おれの、おれのちんこっ、恥ずかしいちんこっ……」

 願いを口から溢れさせながら。


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