放課に羽ばたく

 鮒原昴星の人生を振り返ってみたとき、その最も大きな転換点というのはやはり約一年前、「幼馴染」の渕脇才斗が「恋人」に昇格したときである。その後、二人きりの遊戯への、才斗の従弟である流斗の加入、六年生に上がってからは「おにーさん」との邂逅と二人目の恋人の新規参入や童貞喪失の機会となった由利香との出会い、更に転校生の諭良の参加などなど色々と転機はあって目まぐるしいが、そもそも「オモラシすんの楽しいし気持ちいい!」と思うようになるきっかけは、元祖「恋人」とでも呼ぶべき才斗とそういう行為に興じるようになってからである。

 では、それ以前の昴星はどうだったか。

 これといって「どう」というところのない少年であった。

 オネショ癖に悩みつつも、いまと変わらず天真爛漫で自由で勝手で、女子からは「生意気」とか「ウザい」とか言われて、勉強が不得意な一方小さくぽっちゃりしているわりに運動神経の極端にいい少年として十人並の過ごし方をしていたのである。だから当然のこととして、「自分からブリーフにオシッコのシミを付ける」なんてことを意識してするわけがなかったし、そもそも「オモラシなんてしちゃいけないんだ」と信じて疑わなかった。その思いの強さは事によっては、同世代の他の少年たちよりも強かったかも知れない。

 何故って、昴星は「オモラシ」について人一倍の苦い思い出を持っているからだ。

 だが、自分でよくよく振り返ってみるに――何でも考え無しにしてしまう昴星だって、たまには考え事をすることだってあるのだ――あの経験が現在の自分の性癖に多大な影響を与えている可能性に思い至らないではいられない。昴星自身、自分が単に「オモラシ」を楽しむのみならず、自分の失禁する姿、……惨めに濡れた下半身、人よりも二回りぐらい小さな陰茎や、そこを「臭い」と評されること……、屈辱的状況に伴う諸々の要素を晒すことを悦びと感じる身体であるという点について、自覚的にならざるを得ない今日この頃だ。

 例えば。

「せんせー」

 その日の五時間目は算数であった。算数は各種教科の中でも最も昴星の苦手なものの一つで、「一つ」どころか大体全部苦手なのであるが、このところテストで七十点以上取ったためしがない。

 その授業の半ば過ぎで、昴星は手を挙げた。

「トイレ行って来ていいですか!」

 恥じらいというものはない。これぐらい何と言うこともない。そもそも昴星が転換点以前、失禁を恐れ、可能な限りの手を尽くしてそれを回避しようと努めてきたのは二年生のとき、そうやって申告することを恥らっていた挙句、教室で盛大にオモラシをしてしまったからだ。訊くは一時の恥、訊かぬは一生の、……とはならなかったが、女子の前で尿に濡れた下半身を晒して着替える羽目になったことは長らく昴星のトラウマとなった。

 担任は面倒臭そうに「さっさと行って来い」と許した。昴星は「ひひひ」と笑って、からかう同級生の声に「るせーな、給食食いすぎたんだよ!」などと返しつつ教室を出て行く。ちらりと見た才斗の背中は、呆れたような溜め息に一度膨らんで、萎んだ。諭良が悟ったようにちらりと視線を送って、微かに口元に笑みを浮かべる。

 本来なら眠くて眠くて仕方ないはずの五時間目の算数でありながら、昴星の目が爛々と冴えていた理由は一つしかない。

 教室から最寄のトイレ、授業中であるからもちろん無人である。六つ並んだ小便器の前まで来たところで、ずっと堪えていた息をゆっくりと吐き出す。本当は教室を出るときから、息が弾んでしまいそうで仕方がなかったのだ。

 蛍光灯の光、窓の外から差し込む昼の光、ここは学校のトイレだ。

 そう考えるだけで、ズボンを下ろした昴星の鼓動は苦しいくらいに高鳴る。

 小便器の前、ウエストゴムと縫い目の返しが紺色で、バックプリントに英字が刻まれている以外は白い、しかし純白とは言い難いブリーフを膝まで下ろした。つまりは低学年、……いや、幼稚園児の子供のように、尻を露出する格好になる。そうする昴星の股間で、幼い茎はぴんと上を向いているのだった。

 勃起したところで、昴星自身の親指ほどしかないそれは幼児のようである。太さは一応平均的だと、諭良や流斗と比べても大差ないことで自分を慰めはするけれど、それでも恥ずかしいぐらいに小さなペニスだということは自覚している。

 そっと、トイレの入口の方へ身体を向ける。

 もし、誰かが入ってきたらどうしよう? 同じクラスでなくても、違うクラスの誰かが同じように授業中の欲求――もちろんそれは尿意――を持て余して教室を抜け出して来たところに鉢合わせたなら。

 震え、息を乱しながら、それでも心の中で十数えて我慢する。興奮を持て余しながら後退りし、唾を飲み込んで個室に入ったところで、ゆっくりと息を吐き出し、足元の便器に向けて合法的な形で放尿を始めた。もちろん、ペニスが上を向いてしまっているからきちんと指を添えて。

 こういうとき、もったいねーな……、なんてことを昴星は思ってしまうのだ。全身が強張るほどの緊張が、放尿とともに徐々に収まっていく。膀胱に溜まった水分の一度のこういう形での放出さえ、もったいなく思える。かといってオモラシをしてブリーフを真ッ黄色に染めてしまえば後戻りできないところへ至ってしまうことは明白なのだが、でも、やっぱり……。

 失禁したわけでもないのに薄っすら黄色い染みのついたブリーフの内側を少し観察してから、放尿後のペニスを摘んで振った。諭良ほどは余っていない、しかしやはり入口から尿道口の見えない陰茎の先から、尿だけだと思っていたものが少し糸を引いている。興奮すると濡れやすい自分であるという意識は持っているが、学校でこんな風に気持ちの昂ぶってしまうことに、恥ずかしさがないわけではない。しかも、露出や失禁をイメージして。

 改めてブリーフの内側を見てみる。いつの間にか、……恐らく授業中からだろうが、腺液をこすりつけたような跡を見つけることが出来た。

「はー……」

 昴星は、深く溜め息を吐く。「早く帰ってオナニーしよ……」

 本当はセックスがしたい。しかし諭良と才斗は水泳教室に通っていて、今日はまさにその日。土曜日でもないので「おにーさん」は仕事だし、流斗のところまで行くのは時間的にも負担が大きい。持て余した欲は自力で発散するほかないのである。

 

 

 

 

 例えば「おにーさん」はどうしてんのかな、と昴星は思うのである。

 彼は大人だ、当人の自覚はどうあれ、「立派な社会人」だと昴星は彼を定義付けている。もちろんオネショなんかしないし、いつもだいたい、黒っぽいトランクスを穿いているので正確には判らないけれど、そこに顔を埋めたとき「オシッコくせー」ということはない。当たり前である。

 そういう、「大人」はどうしてんのかなー、と思うのである。

 つまり、……願望込みで昴星が考えるのは、「おにーさんだって昼間働いてるときにちんこむずむずしちゃったりすることあるよな」ということ。

 しかるに、そういうときに彼が会社でオナニーをしているという話は聴いたことがないし、まあまず間違いなくそういうことはしていないだろう、……と思う。

 いや、そもそも「おにーさん」を引き合いに出すまでもない。才斗にしろ諭良にしろ、学校で性欲を持て余したとしてそれはきちんと家に持って帰ってから処理するのだ。流斗でさえそうだろう、……まあ、流斗の場合は学校で「したい」と思ったときには平気でオモラシをしてしまうし、パンツだって脱いでしまう。ただ昴星がそれをしないのは、単に流斗より度胸がないというだけかもしれない。

 おれ、ちんこがユルいからオシッコだけじゃなくてせーしもガマンできねーのかなー……。

 そういうことを、ほんのりとした深刻さで考える。冗談抜きでこのまま中学に上がって大人になって行けるんだろうかと。大人はちんこのガマン、ちゃんと出来るんだと思うし……。

 ではどこでそういうことを考えているのかと言えば、帰り道と少し逸れた、「城址公園」の草むらの中で。才斗や諭良や流斗と、ときには「おにーさん」と潜り込んだ藪。誰も好きこのんでやって来ない。つまりは屋外でありながら安全地帯という稀有な場所で、昴星たちはしばしばそこを「秘密基地」と呼んだ。雨や雪に洗い流されて判らないが、そのエリアの土は何リットルもの少年の尿を吸い込んでいるのだ。

「んでも……、してーもんは、してーし……、おれまだ、小学生だし……」

 カバンを下ろして、ジャンパーとハーフパンツは傍らに脱ぎ捨てている。上はセーターを着ているのに、下はブリーフだけというアンバランスな格好だ。

 休み時間のたびに小用を済ませる昴星であり、五時間目の終了後にも一度トイレに行った。しかし六時間目が終わって帰りの会が済んでからは行っていない。昴星の体質上、もう十分に尿意は高まっているタイミングである。

 家まで真っ直ぐ帰ることだって出来た。この公園内にもトイレはあちこちにある。にも関わらずこうして、先程学校のトイレの個室で見たときよりももう少しシミの広がったブリーフを、シャツを捲って露出しているのは、尿意のコントロール能力が性欲によって喪われつつあるからだ。

 それでも昴星のペニスは緊張から縮こまっていた。屋外でのオモラシは、未だ回数が少ない。緊張するしリスクも高いから、昴星が一人でそうすることを選ぶのはよっぽど興奮しているときに限られている。「恋人」と一緒ならば、躊躇いなく出来るし却って盛り上がるぐらいだけれど。

 だから、躊躇いが微かに残っている。今ならまだ間に合う、ブリーフを下ろせば、まだ「立ちション」で片付けられる……。

「あ……」

 そうしたくない、という気持ちの方が強かった。

「ああ……、はぁー……」

 セーターを捲り上げ、自分のブリーフを自分の尿で濡らしていく。こんなところを誰かに見られたら、それこそ表を歩けない。それでも昴星はそうせずにはいられなかった。もう家までガマンなんて出来なかった。太腿を伝って流れていく尿を見下ろしながら、白い息が震えて溢れていくことを昴星は意識した。

 失禁の最中、いつも昴星のペニスは勃起する。

 溢れ出す自分の体液が、自分の陰茎の周囲でせせらいで行く音に興奮するのか、尿の体温に興奮するのか、それともブリーフの濡れて貼り付く感触に興奮するのか、……恐らくそれら全てによって、激しく興奮が煽られた結果、それまでどれほど縮こまっていても昴星のペニスは勃ち上がるのだろう。

「ひ……、ひひ、ぜんぶ出しちゃった……」

 強い興奮状態に陥れば、もう先程までの躊躇いなど何処かへ消えうせる。どうしてこんなに楽しいことを「やっぱやめとこかな……」なんて思ってしまったのかと思うくらい。

 昴星の失禁はたくさんの幸せを生むのである。

 昴星自身の快楽は数えるまでもない。こうして汚したブリーフを才斗なり「おにーさん」なりに渡せば、彼らは喜んでまた新しい幸せを作り出すに決まっている。そう思い始めたなら自分の下半身で早くも冷たくなり始めた不潔なブリーフが、もう既に幸せの塊のようにさえ思える。

 ひう、と風が吹いた。まだ二月だから冷たく、昴星の住む「東京」ではあれ田舎の街であればむき出しの肌に刺さるような風だ。しかし寒さは感じず、失禁ブリーフに溺れたまま勃起した陰茎をその上から揉みしだく。

「……そだ」

 いつもの癖でポケットを探ろうとして、とうの昔に脱いでいたことを思い出す。一人でオナニーをしたってつまらないし、気持ちいいのは一瞬だけだ。昴星がブリーフを贈るのが好きなのは、それが持続的かつ反復的に悦びを生むから。

 脱ぎ捨てたハーフパンツから取り出したスマートフォンを、カバンの中から取り出したペンケースを支えに立てて、ビデオの撮影ボタンを押す。

「ひひ、おにーさん、おれだよー」

 声は控え目に、それでも画面の向こう側の「恋人」にきっちりと聴こえるように。

 才斗にこんなものを見せれば呆れて凹んで最終的には叱られるに決まっている――そのくせオナニーには使うだろう――から、プレゼントの対象は「おにーさん」が最適だ。次に会ったときに見せてやろう、……おにーさんが見てくれんなら、思いっきりすげーの撮んなきゃ! そんな使命感に駆られて、昴星の心はますます熱くなる。

「いま、学校帰りで、……いつもの秘密基地、んでね、……ひひ、オモラシしちゃった、ほら」

 角度を確かめつつカメラを覗き込んでいた体勢から、身を起こし、二歩引いて自分の痴態を晒す。「おにーさん」はいつでも昴星のことをとても上手に撮影し、それは彼自身のオナニーに大変役に立っているものと思われるが、ときに昴星が見せてもらったときにも思わず「おー……」と息を漏らしながら勃起せざるを得なくなるような卑猥なものだ。……自分自身のひどい有様を撮影したもので興奮を催すほどなのだから、流斗や諭良の同様の映像はもちろん昴星にだってオカズになる。

 だから、それに近い物を撮って恋人に見せたい。

 恋人は昴星の下着が好きだ、失禁が好きだ、陰茎が好きだ、放尿が好きで、排便も好きで、男のくせに妙にぷにぷにした胸と乳首も、……昴星の何もかもを「可愛い」と言ってくれる。そう言われる立場の者としては、はたして自分のどこが「可愛い」のか全く判然としなくとも、最大限に「可愛く」在るための努力を怠ってはいけないと信じている。

 そのためには、どんなことだってしなくてはいけない。

「ひひ、前ビショビショ、アンド、後ろも……、見えるかな? んっと……」

 指で、自分の流斗や諭良より大きな臀部をウエストゴムから下へ辿る。こっくりとした触り心地の綿一〇〇パーセントのブリーフの生地は、その膨らみが収まり太腿との左右の境目を半ばほど過ぎた当たりで濡れた感触に届いた。

「ここまで、……こっちもビショビショ……」

 こういう自分の姿を見て、「おにーさん」が喜ぶ。

 それは間違いのない事実である。世の中に「絶対」がどれぐらいあるのか――それが極端に少ないことを含めて――判らない昴星ではあるが、「何でかわかんねーけど(たぶんショタコンだから!)おにーさんはおれのこうゆうとこ見るとちんこ硬くする!」ということは間違いなく「絶対」正しいのだということは判っている。

 彼のためにこう出来ることは、昴星にとって誇らしくすらあった。

 向き直って、

「いまからおにーさんにー、おれのちんこ、見してあげるね……」

 ウエストゴムを下ろしかけて、思い直して窓を開く。膨らんでいることは想像が付いているはずだが、先述の通り昴星のペニスが小さいことも「おにーさん」は知っている。実際、あまりブリーフは尖っていないのだ。乾き始めたブリーフの前から顔を出す陰茎の有様を以って初めて、

「ほら……、ちんこめっちゃ勃ってんの……、外でね、オモラシして、すっげー興奮してー……」

 その言葉が嘘でないと伝えることが出来る。

 そっと、皮を剥きかけてから、……これは近い方がいいのかな、と膝を付いてカメラに寄る。

「ちんこ、ぬるぬる……、ひひ、オシッコだけじゃなくってエロいの出てて、白くなってる……。おにーさんにね、ちんこ見せんの好き……、おにーさんが、いま、おれみてーにちんこ硬くしてんの、うれしいって思う……」

 まだまだ触れられることには慣れていない亀頭にそっと指を当てて、そっと離す。腺液が長く糸を引いた。幾度かそれを繰り返してから、「そうだ……、おにーさんに、こういうの、まだ見したことなかった……」思い出して、膝立ちのまま一歩引いて、腰を前後に揺する。

「ん、ひっ、見えんのかなっ、わかんねーけど、もし見えなかったらこんど、目の前で、見してあげるっ……」

 昴星の恋人は昴星のペニスが弾むところを見るのがとりわけ好きである。曰く、「おちんちんがぷるぷるしてる動きに、おちんちんの可愛さが凝縮されてる」とのことで昴星にはあまり理解も出来ないのだが、何にせよ恋人が喜んでくれるのであれば昴星だって喜んで見せる。才斗には「何バカなことやってんだ」と言われたけれど。

「こう、やって、ね、ちんこ、勃起さして、ちんこ振るとっ、ガマン汁っ、糸引いてんのっ……」

 人よりもずっと分泌量の多い腺液が、昴星の言葉の通り勃起しても全く捲れない包皮の先から四方へ飛び散る。諭良に見せてやったとき、「すごいなあ……」と自分よりもずっと、才斗並に頭のいい同級生は感動したように言ったものだ、「ぼくのちんちんもそんな風に出来たらいいのに」って。その分諭良は包皮の皮がすこぶる長く余っていて、ペニスを振り回すと砲芯と包皮の揺れにタイムラグが生じて、これまた特徴的な震え方をするのだが。

「ひひ……、見えたかな……、次んとき、おにーさんの目の前でしてあげる……」

 ペニスをこうして振り回すという行為、才斗に言われるまでもなく「バカなこと」だという自覚はあるし、何よりみっともない。才斗や「おにーさん」ぐらいに大きかったらまだ救いがあるのかもしれないが、昴星はこの通り歳相応にも満たない短小包茎である。そんなものを、なぜわざわざ誇示するがごとく振り回すのか、……実際に「おにーさん」に見てもらえているわけでもないのに。

 それでも昴星はこんな行為に価値を見出す。自分の「みっともない」ものを見てもらう行為、現在は擬似的なものであるにせよ、それは昴星が隠し持っていることを自覚するマゾヒズムを大いに刺激するのだ。

 二年生のときの、教室での失禁。

 あれを、流斗のような度胸があったなら、……おれはまたやりかねない、と思っている。もちろん少なからずの危機感と共に。

 流斗や「おにーさん」の意地悪によって、「今撮ってるの、女の子に見せるよ」と騙されたことがある。そういうときの昴星はいつだって恐怖に泣きながらもあっというまに理性を失し、普段以上、それこそ記憶が飛ぶぐらい、快楽に溺れてしまうのが常だ。事によっては恋人とするセックスよりももっと気持ちよくなってしまっているかもしれない。

 そう、とりわけ「女子」という存在が昴星にとっては恐怖と快楽の表裏一体なのだ。

 おれがオネショなおんねーこと、女子に知られたら。

 おれのちんこがこんなちっちゃいって、知られたら。

 オモラシして気持ちよくなってるって、知られたら。

 全てと引き換えにして得ることになる快楽の量って、どれくらいだろう?

 今は、きっとそれに全く届かないレヴェルのオナニーに興じるのみだ。誰より安心できる「おにーさん」の庇護の下。

「うんこ、する」

 カメラに向かう昴星の微笑には一点の翳りもない。それは余裕ゆえに生まれるものだ。仮に女子たちに囲まれて同じことをさせられることになった際に、自分がどういう顔になるのか、昴星は想像したことさえないのだった。

「おにーさんにー、うんこするとこ、いっぱい見せるね……」

 とうとうブリーフを脱ぎ、それから衝動的にセーターと下に着ていたシャツも脱ぎ捨て、全裸になった。風邪をひくかもしれないが、バカなので滅多に風邪をひかない昴星である。得な体質だと今も普段も思っていた。

「んひひ……、フルチンなっちゃった……、外でね、うんこすんの、おにーさんと一緒のときだけじゃなくてときどき、あるけど……、こんな風に全部脱いじゃうの、すっげー特別……。おにーさんと夜にここ散歩したときにあるだけだよ」

 和式でするときのようにしゃがみかけて、そうするとちんこしか見えねーなと思いなおし、後ろを向きかけるが、今度はちんこ見えなくなっちゃうなとまた考えを改める。とにかく今は全部を、……流斗のように誰彼構わず見せることは叶わなくとも、「おにーさん」に見て欲しくて仕方がないのだ。

 こういうとき一番頭が回るのは文句無しに流斗である。しかし昴星だって、目の前に欲という名の人参がぶら下がっていれば――決して成績のいい子供ではなかったが――知恵を絞り、最善の答えを導き出してみせる。

「んっと……、これで、見える……? おれの、お尻もちんこも……、ちんこ、ちっちゃいからキンタマ邪魔で見えねーかもしんねーけど……」

 両手を後ろに付いて、膝を大きく開き、横からの視点でも股間の全てをカメラに覗かせる。昴星には小さなペニスが緩やかな丘となる腹部に張り付いて見えるから、やはりオシッコの出るところまで見せるのは難しそうだが。

 要はブリッジのような格好だ。あれほど美しく反り返りはしないけれど、股間エリアを全て開けっぴろげに見せるにはこれしかないと今の昴星は判断できる。

 必然的に見上げる事となった空は青い。太陽は既に傾き始めていて、風は冷たくなっているはずだが、肌から湯気が漂いそうなぐらい熱くなっている。その状態で、

「んぅ……ッン、ふぅ……!」

 昴星は放出の力を一気に発揮した。じんわりと熱を帯びていた肛門の内側から、不慣れな体勢ながらも塊が移動を始める。諭良や流斗を除いた同世代の男子に比べれば柔軟性のある括約筋の扉を開いて、いつもの通り健康的、ただやや固めの便が内外の境目を超えていく感じに蕩ける。それは「おにーさん」や才斗のペニスがゆっくりと抜かれる感触によく似ているのだ。

「んほぉ……ッ」

 力が要ったのはそこまでで、以降は勢いのままに溢れ出す。天を指すように勃起した短茎からオシッコも、連れて天を指す噴水のように飛沫を上げた。

「ひ、ひひっ、オシッコ、うんこ、めっちゃ出てるっ……」

 何故これが、こんなことが、こんなに楽しいのか。

 答えはもうとうに出ている。自分を見て喜ぶ人がこの世にいる、……それだけでたまらなく、昴星は嬉しいのである。それに快感が伴うから、ただひたすらに楽しいのである。

「んお!」

 さすがに、バランスが崩れた。それでも足は開いたままで、どうにか腰を支えて、放尿と排便を続ける。……おかげさまでごく短いホースから噴き上がる尿で昴星の滑らかな曲線で描かれる身体はびしょ濡れだ。「おにーさん」が才斗が、そして諭良や流斗にまで言われる通り、臭い尿を腹に胸に浴びることがある。ここにいたって「フルチン」になっといてよかった! と自分の賢さに快哉を叫びたいような気になる。

「んっ、っしょ!」

 また上体を起こす。さすがにもうブリッジは無理だ、足首も痺れてきた。膝を付いて、まだ肛門から便を産み落としながら、カメラに向かってにっこりと微笑む。自分がどういう笑顔をしているのかは、写真でしか知らない。けれどその笑顔を、「可愛い」と言ってくれる人のために、……笑顔だけではない、この決して引き締まっているとは言い難い身体を、情けないほど小さなペニスを、汚い排泄物を、全部まとめて愛してくれる人のために、昴星は笑うのだ。

「ひひ……、めっちゃ出てる……、でも、もうすぐさいご。っと」

 立ち上がり、カメラを見下ろして「さいご」の力を篭める。足元、既にたっぷりと転がったところへ一塊、転がして見せた。濡れた身体でもちっとも寒くない。実際恋人たちと一緒なら、外でブリーフ以外の服など邪魔なものだ。

 スマートフォンを手に取って、「おれのうんこ、と、ちんこ」それぞれを存分に見せる。見られていることを意識しているせいで、皮を剥くと敏感な包皮の内側には残尿とは明らかに違う液体が光っている。それがちゃんと粘っこいことを伝えるために、指を当てて糸を引いて見せたらもう、これ以上耐えることは出来なくなった。スマートフォンを元の場所に戻して、

「おにーさん、ちんこ、もうガマンできないから……、しこしこすんの、見てて……」

 再び足を開き、日常生活においてはブリーフの中に護られ隠されている場所を、恋人に晒す。小さいペニスに比して昴星の陰嚢にはボリューム感がある。そこを「おにーさん」の舌がちろちろと舐めてくれるのが嬉しい。次会ったときにはあれ、してもらおう……、いや、思うだけではなくて、

「おにーさん、次、おれとするとき、……おれのキンタマ」

 指で下から支えて、弾いて見せた。「いっぱい、舐めてほしい……。ちんこのね、さきっぽ、されんのも好きだけど、キンタマも好きだし……、あと」

 言葉は昴星の思考を追い越し、その指を操った。ふんわりとした腹を通り過ぎ、男でありながら膨らみのある胸部の、ピンク色の突起に辿り着く。

「ここも……、おっぱいも、いっぱい、吸ってほしいし……、あと」

 淫らに、こうして、なっていく。

「ちんこの……、ね、皮の、中、……チンカス、……付いてて、すっげー、くせーけど……、でも、おれ、おにーさんにいっぱい、全部、舐めてもらいたい……、おにーさんに舐めてもらえんの、好き……、おにーさんに、してもらえねーから、いま、いっしょじゃねーから、ひとりでする、けど、……おにーさん、会えたら、いっしょのとき、もっと、もっとおれ、がんばっていろんなことする、エロいの、おにーさんの見たいの、いっぱい見せるから、だからぁ……」

 愛してくれる人のために、なっていく。

 どれほど汚れようとも、恥ずかしい在り様になろうとも、それはこの少年にとって何ら後悔の要素を持たない。寧ろ、もっとなりたいとさえ思う。

 この身一杯に愛を詰め込んでもらえるより悦びと感じられることはないはずだと、信じているから。

 親指と人差し指で摘んだ性器を、

「ん、んっ、ん……」

 気付けば擦り始めていた。あっという間に膨らむ快感にも、もはや無意識のうちに努めて、膝を付き恋人の目により届くように腰を突き出すことを忘れない。ここが屋外であるということさえ、今の昴星にはプラスの意味しか持たないのだ。

 堰を切ったように、淫らな言葉が溢れ出して止まらなくなる。

「あ、ちんこぉ、ちんこ、きもちい……っ、ちんこっ、おにぃさっ、ちんこきもちぃよっ、んひっ、ひっ、外でっ、外でねっ、うんこしてっ、ちんこ気持ちよくなってんのっ、ちんこっ、ちんこっ」

 恋人たちによく、「ちんこ」という単語を連呼することを指摘される。当の本人は無意識なのだが、恐らく思考が脳ではなくまさしくその場所に移ってしまっているのだろう。

「おっ、おっ、ちんこっ、もぉいくっ、いくいくっ、おにぃさ見てっ、ちんこいくのっ、おれちんこいくぅっ、ちんこっ、おっ、ちんこぉっ……!」

 腰を突き出し背中を反らして、昴星は高らかに射精した。空を飛ぶような強い快感に覆われて、しばしそのまま身動きさえ取れない。それでも飛びかけた意識を手放さずに済んだのは、自分の身体と足元からの悪臭のおかげだった。

 いっちゃった……、外で、こんなオナニーなんかしちゃった……。

 今更のように、後悔と羞恥心が湧き上がってくる。それが判っていたから、射精までの時間を少しでも引き延ばしたく思っていたことを昴星は思い出す。しかしあれ以上我慢など出来なかっただろう。ただでさえ、その場所の締りのない昴星である。

 急に暗い気持ちになって、……でも、まだカメラは回ってる、笑わなきゃ、そんな義務感を掴みなおしてスマートフォンを見たところで、

「……あっ」

 思わず、声が出てしまった。「あっ、やべ、あ、どうしよ……!」

 恐らく「おにーさん」はいま何も見えてはいないはずなのだ。昴星は大慌てでカバンからティッシュを取り出し、スマートフォンのレンズを拭く。その場所は自分の放った物が見事なまでに覆われてしまっていた。

「あー、……だいじょぶ、かな……、おにーさん見える? ……やべーなこれ壊れたりしねーよな……」

 前画面には防護シールを貼ってあるし、それはカメラのレンズにも同様に。大丈夫だろうとは思うけれど、これで壊れたとなってはあまりにもバカらしいことである。

 とはいえ、「おにーさん」は引き攣ってカメラを覗きこむ昴星が、

「ぶぁっくしょん!」

 急な寒さに襲われてクシャミをするところも、……ついでに言えばクシャミで飛び散った飛沫で再び画面が曇ったことまで、きちんと見ることが出来ているのである。

 昴星自身、自分がバカみたいで可笑しくなってくる状況である。結果として、努めなくとも笑みは溢れた。

「ひひ、……おにーさん大好き。今度会うときは、今日のパンツ持ってくからな」

 明るい気持ちを取り戻して、撮影を終えたところでもう一度クシャミをした。自分の便の山を振り返って、「……あ、そうだうんこして拭いてねーや」とスマートフォンを拭くために取り出したティッシュでそのまま尻を拭いて、……また別のことに、昴星は気付いた。

 後先考えずに失禁をした。もちろん、替えのブリーフなど持って来ていないのだ。

「あー……」

 加えて事実を挙げるならば、濡らしたブリーフを入れるための袋も持って来ていない。よって、ブリーフを穿かずに帰るか、濡れて臭うブリーフを穿いて帰るか、二つに一つである。なお前者の選択肢を採用した場合、カバンの中に悪臭が染み付いてしまうことになるだろう。

 ここにおいて、恐らく最善と思われる選択は、才斗と諭良のプールが終わるまでここで待って、袋を持って来てもらうことであろうし、次善策としては、……どうせ誰も来ない茂みである、ブリーフをこの場に隠して、ノーパンで帰ることだ。しかるに昴星はそれを思いつくことはなかった。

「……ま、まー誰にも会わなきゃだいじょぶだろ……」

 ぎゅっと絞ってよれよれになったブリーフは、ひどく冷たい。その上からハーフパンツを穿くけれど、……やっぱりノーパンの方がいいかなという気もしてくる。しかしこういうときの昴星は慎重さというものがあまりない、もとよりそういうものが備わっている気質でもない。カバンを担いで忘れ物がないか確認したら、さっさと茂みを抜け出す。家までは五分も掛からない。

 ただ、その五分は、「誰かに会ったらどうしよう」という不安が露出的マゾヒズムに変わるのに十分すぎる長さだった。家に帰って鍵を開けるなり、浴槽に飛び込んで、

「おにーさん、見える? ひひ、おれの、オモラシパンツ。これからこのパンツで、もういっかいオモラシするから、見てて……」

 また、一人撮影会を始めるに至る。昴星自身が把握しているよりも、ずっと大きな量のマゾヒズムが翼を広げ羽ばたくまで、こういう時間を重ねていくことになる。

 


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