i-SWITCH 05

 才斗と昴星の「利害」は、恋人同士であるからして基本的には一致している。無論、利害関係や互助関係の一致ゆえに恋心を抱き合うわけではないに決まっているが、それでも絆を深め合うに当たってはそういう打算的な部分も無視出来ない。昴星は才斗の身体や体液の「味」を好きだと言うし、才斗も昴星の醸す「匂い」が愛しい。互いに其れを感じあった瞬間に若い身体のスイッチが入って、あっけなく理性がリセットされる。一致したスイッチを互いの身体に隠し持って居るのだ。

 昴星よりもおれのほうが得をしている、と才斗は常日頃思っている。とりわけ、オナニーをした後など特に強く思う。日常的に結ばれ合う二人であるが、かと言って毎日毎夜離れずに居られる訳でもないから、一人寂しい夜には己を慰める必要性に駆られる。そういうとき、才斗が用いるのは携帯に入っている昴星の裸身画像であり、淫らな姿を収録した動画であると同時に、机の鍵のかかる引き出しに何枚も隠し持っている、恋人の匂いがたっぷりと染み付いたブリーフである。

 このように「匂い」は布に染み込ませて一定期間の保存が可能である。昴星はほとんど月に二三枚のペースで下着をくれるから才斗はその匂いをいつでも好きなときに堪能することが出来る。

 一方で、昴星が求める才斗の「味」は保存が効かぬものだ。今夜もオナニーをして、ティッシュに精液を放って、もちろんすぐに其れは丸めて捨てる訳だ。昴星にこれをあげたところであまり喜ばれないように思うし、かと言って何か、小瓶のような物に自分の精液や小便を貯めておくのはあまりに不潔過ぎる……、昴星のことだ、それを飲んで下痢をするに決まっている。

 この関係は不公平だ。昴星はそれを特別気にする様子は見せないが、こういう状況というのはえてして有利な立場の方が思い悩む物なのだ。才斗は、昴星のことが大好きであるから、あの奔放な幼馴染が幸せになってくれることを望む。だからこそ、恋人である自分以外の誰かと性的な遊戯に耽ることを、積極的にではないにしろ認めるのだ。例えば才斗の二つ年下の従弟である流斗と二人でそういうことをしたって別に構わないと思っているし、昴星が「おにーさん」と呼ぶショタコンの成人男性とも遊ぶようになっても、まあそれは仕方が無いかと思う。昴星の心の置き場と矢印の方向について自分が疑う必要がないことは、少年自身よく解っている。

 しかし、この不公平感を払拭する方法はないものだろうかとは、やはり考えるのだ。それを才斗は恋人としての義務だと思っている。

昴星が無節操に流斗や「おにーさん」と関係を結んでしまったのならば、其れを逆手に取ればいい、と才斗が気付いたのはその日の夜のことだ。昴星と流斗は彼と知り合って以降、二週に一度のペースで「おにーさん」の処へ遊びに行く。才斗にとってあの青年が嫉妬の対象にならないのは、彼が自分のしていることの罪深さを自覚しているからで、ある意味では才斗は彼の弱味を握っているとも言える。

 彼や流斗に協力してもらって、昴星をより強い快感に味わわせてやる方法を模索すればいいと才斗は考えたのだ。その金曜の夜、一旦ベッドに入ってからまた起き出して、パソコンのスイッチを入れ、才斗は数枚の文書を作成した。

 タイトルは、「鮒原昴星取扱説明書」とした。昴星はこれから幾らでも「おにーさん」の処へ行って迷惑を掛けることになるだろうし、彼の協力を仰ぐためにも、まだ彼が熟知しているとは思えない昴星について、もっと知って置いてもらう必要があるとこの聡明な少年は判断したのである。

 

 

 

 

 ドアを開けたところに、

「おはよう」

 ひょろ長い男の影、時刻はまだ、七時にもなっていない。男の背後、向かいの団地との合間にあるささやかな植え込みのあるスペースを、透明で青っぽい朝の光が満たしている。男はTシャツにカーディガンを羽織っていたが、それでも少し肌寒そうに見えるし、才斗も長袖のジャージを着ていた。

「どうぞ」

「お邪魔します……」

 男は不慣れな様子で才斗の手のひらに従って玄関に上がる。才斗はそのまま彼を居間にまで導いた。「コーヒーでいいですか」と問いながら、「おかまいなく」の答えがあるときにはもう、インスタントを入れ始めている。

 向かいの席に座った男は少々居心地の悪そうな様子で、膝を揃えて座っている。

「それで……」

 才斗は濃いめに作ったコーヒーを一口啜って、早速切り出した。「役に立ちましたか、昨日のは」

 昨日の土曜日、この男に会いに行くと言って出掛ける昴星に、例の「説明書」を封筒に入れて持たせた。

「役に……、立てられたかどうかは、よく判らないけど」

 向かい合わせの男は少し眠そうだったが、昴星が起きて来る前に話をしようと思ったなら、少々早すぎるにしてもこの時間に呼び出すしかなかった。土日は大概寝坊をして、多くの場合オネショをする昴星が起きて才斗の部屋にやって来るのは九時半以降だ。

 彼の年齢を正確に読み取ることは才斗には難しかった。そもそも名前も知らない。多分、二十代の半ばから後半ぐらいだろうと思う。背の高さ以上に線の細さが目立つが、顔のつくりはそう悪くないなということは素直に評価してやっていいように思う。

「昨日は、どんなことしたんですか」

 相手の方がずっと年上だという意識があるからか、才斗の声は遠慮の無い冷たさと苦さを帯びた。口に含んだ熱いコーヒーが身体の中に収まった途端に冷えるかのようだ。

 向かいの男は小さく見えた。しかし縮こまってばかりはいない。男は気持ちを落ち着けるように一口コーヒーを啜って、

「……君から貰った説明書を読んで、ぼくなりに考えてみたんだ。まあ、そう深く考える時間があったわけでもないけどさ」

 ゆっくりと足元を確かめるように言った。なるほど彼の立っている場所は非常に危うい。才斗を含めた子供たちが作り出す小さな秘密の「輪」の片隅に、彼は爪先立ちでどうにか立っているに過ぎないのだ。しかも、一般的には嫌悪される類の性嗜好を抱えて。

「昨日は、昴星にオムツを穿かせて、一緒にこの近所を散歩したよ」

 才斗は、彼の思い付きの結果の行動の是非を問うことはせずに頷いた。この男にとって恐らくは非常に好都合な昴星の失禁愛好欲求を満たしてやるためには、そういう小道具も必要だろうということは才斗にも理解出来る。

「それで、ウチのクラスの女子たちと会った。そして……」

 うん、と男は頷く。

「昴星からも聴いてるんだね。オモラシをして、危うくバレそうになったけど、何とかやり過ごせたよ」

 才斗は溜め息を吐く。昴星は夕べこう言ったのだ。

「今日さー、おにーさんちょっと意地悪だったんだぜ」

 録画していないカメラを「録画している」と聴かされて、擬似的に女子たちに見られながらの射精を味わうに至ったのだ、と。

「それで。……あいつはどうでした?」

「……うん」

 男は、少し考えて、慎重な指先で言葉を選び取った。才斗はこの男に豪胆と繊細の両方が備わっていることを、ほとんど予め知っていた。

「ちょっと、泣いてた。実際のところかなり怖がってたみたいだったね、……自分の秘密が、クラスの子に知られてしまうことについて」

「そんなの、俺だって怖いです」

 才斗は言わずには居られず、口を挟んだ。男は落ち着いた表情で頷き、「……でも、いつもより興奮していたように見えた。種明かしをした後だけど、何をしたいか訊いたら」

 昴星は言ったのだそうだ、「もう一回、オムツ着けてみたい」と。

「その後は……、うん、そうだな、六年生にしてはもともとあの子、体が幼いところがあるけれど、なんて言えばいいかな……、そう」

 男は、カフェオレみたいに甘苦い笑みを浮かべた。

「大きな赤ちゃんになっちゃったみたいだったね」

「大きな赤ちゃん?」

「うん、……恥ずかしいことなんて何もなくなっちゃって、ただえっちなことが好きなだけの」

 才斗は少し黙って考えを巡らせる。男もコーヒーを啜って黙っていた。ベランダの手すりに雀が来て、ちんちくちんちく囀っているような時間、……今日もよく晴れそうだ。それなのに、どうしてこんな話をしているんだろう。

 しかし、「昴星の恋人」という立場にある以上は、才斗は今後いくらだってこういう時間の訪れることを覚悟していた。

「……夕べ、流斗とも話をしたんですけど」

 コーヒーのおかわりを男は辞した。

「あの子は昴星の影響もあって、すごいマゾヒストです。見られることに、すごく積極的で……、知ってると思いますが、どこでもそこでも平気でオモラシするし、裸になります」

 男は頷いた。

「ご両親から伺ったよ。学校でもしょっちゅうしているらしいね」

「おれは最初のうちは、あいつまだ子供で何も考えてないからそういうことが平気なんだと思ってました。……でも、そうじゃなかった。あいつは」

「あの子は、自分のしていることをきちんと理解した上で、ああいうことをしている」

 男が案外に流斗という少年のことを解っていることには、少しばかり驚いた。しかし、それを表情に出すことはせず、

「でもまだ、……射精みたいな大人のするようなことが出来ても、あいつは子供です。この間、先森遍に会って、あの人がまだオネショ止まらないって聴いたから、多分あの人の歳になるまではずっとあんな感じだと思います、流斗は」

 男は首肯した。

「それで……、そういう流斗を見てる昴星はずっと、自分には勇気がなくて出来ないようなやり方で気持ちよくなる流斗を見て、多分ですけど、うらやましく思う気持ちがあったんだと思うんです。だから」

「昨日、あんなに興奮していた。……これはぼくの推測にすぎないけどね、流斗は女の子たちの前で恥ずかしい格好をすることに何の抵抗もない。だけど昴星はそれを真似するためにはすごく力がいる。だからその分だけ、乗り越えたところには流斗以上の、びっくりするぐらい強い快感がある」

「そして多分、あいつはそれもきっと、想像してる。先々週、先森遍の見てる前でオモラシしたときも、……おれたち以外の誰かが見てる前ですることなんて滅多にないから、すごい興奮してたと思うんです」

 才斗は慎重な少年である。思慮深く、常に最悪を想定して生きている。それは昴星という恋人の心を護ってやるためであるが、同時に昴星の幸福を祈るのだとすれば、敢えて彼を危険な目に遭わせてやる必要もあるのかもしれない。

 もちろん、……矛盾するようだが、彼に決定的な危険が及ばないように最大限の配慮をしながら。

 男は才斗の考えるところを見透かしたように、

「先々週の日曜日に、流斗と会ったときのことだけど」

 ゆっくりと語り出した。

「流斗とバスで駅からずいぶん行った先の、道路脇の森の中で遊んだんだ。その帰りに、あれは近所の学校の子たちだったんだろうけど、女の子の二人組と会ってね。君たちと同じ六年生と言っていたけど、どうも流斗は以前に彼女たちの見ている前で、やっぱりオモラシをしたりおちんちんを見せたりしたらしいんだ」

 思わず嘆息してしまった才斗に、男が微かに苦笑する。

「……ぼくには年下の従兄弟っていないから、君の苦労は想像するほかないけど、でも、お察しする」

「いいです。……続きを」

「うん。……君たちが上がる中学って、あの、川の向こうの二中ってことでいいんだよね?」

 男は市立の中学校の名前を口にした。彼もこの街の、それも近所の住民だから、恐らく彼の出身校でもあるのだろう。才斗は頷く。

「流斗と会った子たちが、あの街の子供たちだとすれば、少なくとも中学が重なるリスクはないと思う」

 男の示唆するところは、才斗にも判った。

 名前と顔が割れても、昴星が抱えるリスクは最小限で済むということだ。

 才斗は少し考えて、「……わかりました」と頷いた。

 流斗は今日の昼に、この街へやって来る。予定を変更して、昴星を連れて流斗の街へ行くことを才斗は考え始めていた。

 男は才斗が次に口にした言葉に頷いて「わかった。君に協力を惜しむ気はない」と請け負ってから、

「……ぼくはね」

 窓の外へ目をやって、独り言のようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「昴星と会って、本当に幸せな思いをたくさんしてる。それこそ、……抱くだけでも罪になるような欲を、あの子の優しさに頼って叶えてもらっているわけだからね」

 才斗は男が何を考えて言っているのか図りかねた。それでも才斗にもはっきり言えるのは、昴星があなたの欲を叶えるのは優しさじゃない、同じように汚れた欲を、あいつ自身が持っているから。

「でも、あの子の恋人は君だよね、才斗。君があの子の幸せをいつでも願っていることを、ぼくは知ってるつもりだよ。ぼくは昴星の友達なわけで、その友達が恋人と一杯幸せになれることを、……部外者だけどね、でも、祈ってるんだ」

 才斗の頬は僅かに赤らんだかも知れない。ただ、男は穏やかで人の良さそうな微笑みを浮かべているだけだ。その顔だけ見ると、とても危険な嗜好を持つ人物であるとは思えなかった。

 才斗自身、「知らん人」しかも大人に自分たちの関係や昴星の性癖が露顕するに至って、今後を思えば不幸の要素を増やしたばかりのような気がするのは事実だが、その相手が昴星の特殊な好みに寛容な所謂「ショタコン」であり、ご覧のように、こちら側への害意を持たないで居てくれるというのは奇跡的とさえ言っていいほど有難い話に思える。

「……あいつ、もうすぐ起きます。会って行きますか?」

 才斗の申し出に、男は首を振り、「オネショしてるんでしょ?」と訊き返した。幼馴染であり恋人である昴星の恥と自覚する部分については、才斗だって少々恥ずかしく思える。

「何度もあの子の裸を見ておいてって思うかも知れないけど、まだぼくの知らないあの子、君しか知らないあの子がいる。全部をぼくが知る必要はないよ」

 コーヒーごちそうさま、と言い残して、爽やかな朝の光の中を男は帰って行った。才斗は溜め息を吐いてその背中を見送る。

 実際のところ、社会倫理に照らせば大問題の男だし、あんな風に日の当たる道を征くことなど許されまい。そういうことは、改めて思う。きっと、そう考えることには嫉妬も手伝う。

 しかし、才斗はあの男を嫌いにはならなかった。

 

 

 

 

 昴星はもちろんオネショをした。流斗に予定変更のメールを送信しても、なかなか起きて来ないからと見に行ったら、びしょ濡れのシーツの上で丁度オナニーを終えたところであって、才斗の顔を見るなり「なんだーおまえ来るんならもうちょっとガマンすりゃよかった」と自分の性欲も排泄欲求も我慢出来ない才斗の恋人は笑って言った。

 シャワーを浴びさせて、流斗のとこへ行こうと言ったらほとんど訝られることなく「いいよー」と返事を貰った。あまり嘘の得意でない才斗をよく知っている流斗は事情を説明すると「うん、じゃあ、ぼくが宿題終わってないってことにしようよ」とあっさりと提案したし、その言葉をそのまま口にするだけで、昴星はあっさりと騙された。

 男が今朝言っていた通り、流斗の街へ出るには三十分ほどかかる。つまり昴星がどんな姿を晒そうとも、それがこの街にまで飛び火するリスクは極めて小さい。昴星を起こしに行くまでに調べたところに拠れば、流斗が男を連れて行ったのは才斗の街から流斗の街を経て都心に出る私鉄の、流斗の住む駅前から北へ走り、都心から北西に向かう別の私鉄の駅へと至る路線バスのやや終点に近い辺りである。衛星写真を見れば丁度その辺りは丘陵で緑が多く、確かにすぐそばに小学校があった。

 駅前のファーストフードで少し遅めの朝食をとり、流斗の駅で合流したのは十一時近くになっていた。

「おー」

 と、まだどんな目に遭うのか知らない昴星は上機嫌で流斗に手を振る。流斗はいつものように無邪気に昴星に抱き着き、「ごめんね、でも宿題ちゃんと終わったよ」と、従兄の才斗にも愛らしいとしか映らない笑顔で言う。

「偉いなー、おれまだやってないよ」

 平気な顔で口にするから、

「やれよ!」

 思わず才斗は鋭い声を出した。昴星は何もこたえた様子はなく、「いーじゃん、帰ってから写さしてよ」などとへらへら笑う。せめて自分でやれ。成績が落ちてお母さんたちが心配したら、ひょっとしたらお母さん「仕事を辞めてあんたの面倒をちゃんと見る」なんて言い出すかも知れない。そうなったら二人きりで過ごす時間も減ってしまう。

「今日はね、昴兄ちゃんたちせっかくこっち来てくれたから、ぼくの秘密の場所に連れてってあげる」

 当たり前のように流斗は昴星と手を繋ぎ、才斗は恋人と従弟の後ろをジャージのポケットに手を突っ込んで歩く。はたから見たらきっと、才斗は六年生か或いは中学生ぐらいに見えるし、昴星と流斗はそれぞれ実年齢よりも低い体型だから、保護者と子供二人と思われるだろう。

 実際、「保護者」の自覚でいる。これは仮令昴星が中学に上がっても変わらないし、万に一つでも身長で追い越されることになっても変えるつもりはない。

「秘密の場所?」

「うん。バスに乗ってね、少し行った先にあるんだよ。誰も来なくて、だからたくさん遊べるよ」

 流斗は既に、彼がその地域で知り合った少女二人にメールで連絡を取っている。少女たちは男が言っていたとおり共に六年生で、名前は「チヒロ」と「セイラ」と言うのだそうだ。

 流斗は「今日、ぼくの大好きなお兄ちゃんたちと一緒にそっちに行くよ」と伝えているはずだ。

 昴星がこれまで、異性に自分の陰部を見せたことは稀だ。流斗と同い年のサクラと、彼女の二つ年下の妹であるミズホ。彼女たちには城址公園で三人で遊んでいるときに、三人揃って裸を見られた。そのときが流斗を「こちら」の世界へ導き入れる最初であり、流斗に「女の子の前で恥ずかしいことするの気持ちいい」と学ばせるきっかけでもあった。そのときは、昴星も同じく自分の陰茎を二人の少女に見せるに至ったわけだが、その際に彼がさほどの傷も負わなかったのは単純に二人が自分より年下で、制御しやすい相手であったからだろう。秘密の共有という安全を昴星が確保するのは容易なことだった。後に昴星と流斗が身に着ける女子水着は、いずれも少女たちの着古しを譲り受けたものだ。

 今回は、サクラ・ミズホの姉妹に比べ遥かにリスクの高い、同い年の少女たちである。サクラたちにあったのが戸惑いと興味だったとすれば、今日会う二人が持って来るのははっきりと「欲」である。それは攻撃の意識と言い換えてもいいほどのものだ。

 昴星が「チヒロ」と「セイラ」を前に、どんな反応を示すだろうかという点については、才斗の想像の範疇を超えていた。昨日あの男と共に、クラスの女子たちの前でオムツ失禁をしたときに昴星が感じたのは、恐らく快感ではなく恐怖だったはずだ。一方で、男に騙されてカメラの前で射精したときには普段以上に強い快感に揺さぶられたはずである。

初めて会う同い年の少女たちの前で痴態を晒す羽目になって、昴星は一体どんなリアクションを見せるだろう……。才斗には、自覚出来るほど暗い興味があった。

 バスの二人掛け座席に昴星と流斗は並んで腰掛け、ひそひそ声で「いっぱい気持ちよくなろうね」「おう、おれもうさっきからずっとガマンしっぱなしだし」などと言い交わしている。才斗は二人の後ろに座り、窓外の景色が駅前の雑踏を離れ、住宅街へと変わっていくのを眺めながら、淡い緊張以上に自分が期待感を抱いていることを自覚しないわけには行かなかった。

 目の前に座る、昴星の丸い後ろ頭。つむじが二つあって、髪は真っ直ぐ、だから天使の輪が出来る。柔らかな髪質で、未だに時々女子間違えられるのは、大きな瞳を縁取る長い睫毛から始まる愛らしい顔立ちとサラサラの髪ゆえだろう。才斗の記憶の始まりにはもう、昴星の髪は今と同じ程に長かった。恐らくはこれからも当分はその長さで居るはずだと思う。

 体型は、相変わらず幼い。本人はこのところ太っていると気にしている様子で、才斗自身も「何で男なのに胸があるんだ」などと意地悪く言う、締まりのない体型であることは間違いないが、その割に体重は問題視しなければならないほど思いわけではなく、実際すばしっこいし、足が遅いというわけでもない。ただまだ男らしさの欠片もない体型であることは疑いようもない。

 そういう昴星が、好きだ。

 とは言え、そういう昴星のことを、ずっと前から好きだったわけではない。昴星とはそういう生き物であり、そういう外見に、男らしく活発な精神が宿っているのだということまで含めて、……そういう人間とずっと共に居ることまで、才斗には当たり前のことなのだ。ただこれまではまだ気付かないで生きていて、それに気付いたとき、愛しいという気持ちが才斗の中で一気に芽を出し、生長し、花を咲かせた。

 性行為さえもする関係だから、昴星の小さな陰茎や肉付きのいい臀部も愛おしく思えるし、そういった場所から漂う「悪臭」の部類に入るであろう匂いの数々にだって才斗の心は擽られる。全く才斗は昴星の為ならば幾らでも「変態」の誹りと真っ向から直面する勇気が浮かんで来るような気がした。

「才兄ちゃん、次のバス停だよ」

 流斗が振り返って言う。昴星も流斗も上機嫌に圧迫感を伴う膀胱の訴えを愉しんでいる様子だ。才斗は頷いて、一つ、溜息を飲み込む。限界に近いはずの、昴星の膀胱。……どうせならば、最大限の屈辱を味わわせてやろうと心に決める。才斗の鞄には、昴星の替えのズボンがきちんと入っている。

 バスを降りたのは「境坂下」という交差点の手前だった。三人を降ろしたバスは直進し、坂を登って行く。この先にもう一つバス停があって、……二週間前に流斗が男と一緒に降りたのはそちらのバス停。目をやれば、家並みは途切れ、宅地造成の遅れた雑木林が広がっているのが見える。

「で、どっち?」

 何も知らない昴星はきょろきょろと落ち着きなく辺りを見回す。「おれもう漏れそうだからさ、早く連れてってくれよ」

「いっぱいガマンした方が、いっぱい気持ちよくなれるよ」

 天使のような微笑みを浮かべて流斗はさらりと言ってのける。「こっちだよ」と少年は雑木林の坂の方には目もくれず、左後方にコンビニを見送りながら歩き始める。今朝見た地図によれば、この先にあるのは小学校、もちろん「チヒロ」と「セイラ」の通う学校だろう。

 流斗は彼女たちと何処で待ち合わせているのだろう、どういう段取りで昴星を彼女たちに鉢合わさせるつもりなのだろう。……あるいは、そういう事前の打ち合わせを厳密に行っておくべきだっただろうか?

 しかし、……半ば以上希望的観測に過ぎないが、才斗は自分の従弟に信頼を置いていた。まだ幼い彼は才斗と近しい血を持つ以上は聡明であり、またこの従兄の考えるところをきちんと理解しているに違いない。

 何より彼自身にとっても喜ばしいことであるはずだから。

 ……今朝の電話で才斗は「あんまり危ないことするんじゃないぞ」と釘を刺した。流斗は「うん、お兄ちゃんにもこの間おんなじこと言われたよ。おかあさんたちも心配するからって」

 素直にそう答えながらも、くすくすと小さく笑っていた。実際、流斗が送る問題だらけの日常の根幹には才斗と昴星の関係があり、更に言えば昴星の膀胱並びにの管理能力にまで責任を追求せねばならなくなる。それは、才斗には出来かねた。才斗に解決できないことを知っているから流斗はどこまでも無責任に野放図に、彼自身のブリーフのように小さく秘されて在るべき領域を広げて行くのだ。

「ここだよー」

 通いもせぬ学校の敷地に、流斗は臆することなく正面から侵入する。校庭開放なのだろうが、其れを示すような看板などの類は出されておらず、ただ正門の門扉が開けっぴろげになっているばかり。奥の校舎にはもちろん、手前に広がるコンクリートのグラウンドにも人影はない。

「ここって……、よその学校じゃん」

「そうだよ。前にね、一人でここ来たときに、女の子たちとおともだちになって一緒に遊んだの」

 流斗の告白が自分の数分後からを定めることに未だ気付かない無警戒な昴星は「へえぇ……、相変わらずすげーことしてんなあ……」と感心したように呟く。

「あそこのおトイレ」

 と流斗が指差した校庭の隅に、体育倉庫と建屋を同じくするトイレが見えた。

「ここの校庭開放、開けてても昴兄ちゃんたちの学校みたいにみんな遊びにきたりしないんだって。それよりも駅の方に出て、ゲームセンター行ったり新宿行ったりするんだって」

「ふーん。……まあ、おれらのとこも校庭の隅っこでカードやったりベイブレードやったりとか、あとDSとかさ、家ん中で遊ぶのとそんな変わんねーけどさ」

 グラウンドを横切り、トイレが近付く。あるいは校舎の中には保護責任者が居るのかもしれないが、気付かれた感じはしないし、トイレの中に入ってしまえば最早誰にも見つからないだろう。

 流斗はすいすいと男子トイレの奥へと進む。

 中に入るまでもなく、才斗にはこの男子便所の構造を想像することが出来た。恐らく朝顔二つに個室が一つ。……というのも、才斗と昴星が通う学校にある校庭隅のトイレも同じであり、きっと其れは全国的に見ても大差はなかろう。校舎内各階のトイレについては、朝顔六つに個室が四つ。流斗に訊いたら、「オシッコするとこが七つで、あとうんちするとこも同じだけあるよ」と答えた。小用も個室で済ませる男子がこのところ増えている、実際才斗たちのクラスにもいる。そういった子供のために個室を増設したり、女子トイレのように全面個室化したりと、一口に学校のトイレと言ってもその造作は変化を続けて居る。事実個室数は旧態依然の才斗の学校でも、これまで大半を占めていた和式が徐々に淘汰され洋式便器に姿を変えつつある。

 ただ洋式であれ和式であれ、もちろん朝顔の小便器であれ、言うなれば「合法的」なやり方で用を足せるのならばそれでいいのだと才斗は思う。その点昴星と流斗は存在自体が法に抵触しかない。トイレについての法律が、もしあるならばの話だが……。

 ともあれ、此処が昴星にとっての約束の地となる。外よりも僅かに気温が高い、電気が消えているわりにやけに明るいと思って天井を見上げれば、白い採光窓がある。

「奥の、うんちするとこだよ」

 と流斗は先にその場所へ入り、

「……は?」

 昴星が、先客の顔を見て固まった。

「チヒロおねえちゃん、セイラおねえちゃん、こんにちは」

 才斗のクラスで、昴星は男子としては二番目に背が低い。才斗が最後に二人の少女の姿を確認すると、……二人とも、活発に運動しそうな体型であり、流斗はもちろん昴星よりも背が高くすらりとしている。

「この子が『オモラシくん』?」

「こっちが昴星兄ちゃん、で、こっちがぼくのいとこの才斗兄ちゃん。チヒロおねえちゃんとセイラおねえちゃんだよ」

 昴星の背中がはっきり強張ったのが判る。しかし彼はまだ、何が起こったのかをはっきり理解するまでには至っていない。

「な、何だよお前ら、男子トイレで何やってんだよ!」

 昴星の声は震えていた。動転しきっていることを隠せないでいる。

「だって、流斗が此処で待っててって言うんだもん。男子トイレなんて初めて入った。女子トイレよりきれいなんだねー」

 チヒロと紹介された、大きな目の少女が物怖じせずに言う。「オモラシくん」という酷い渾名で昴星を呼んだのはこちらだ。もう一人のセイラは、人見知りでもするように少し恥ずかしそうに友人の背中に半分隠れている。

 昴星が、才斗を振り返る。

 才斗が目を逸らしたから、多分、ようやく昴星は理解に達しただろう。だが、少々遅すぎたと言わざるを得ない。

「どっ……、どういうことだよ! 流っ」

 流斗はいつもの無邪気な微笑みを浮かべたままで、

「おねえちゃんたち、おちんちんのお勉強したいんだって。それでね、ぼくみたいにちっちゃい子のばっかりじゃお勉強にならないから、昴兄ちゃんの。六年生のおちんちんも見てみたいんだって」

「な、な、なんだそれ! わけわかんねえ!」

 昴星にとっては、年下の姉妹ならいざ知らず、はっきりと興味を持って同い年の性器を確たる興味を持って見ようとする女子の存在というのは、恐ろしくすら感じるに違いない。それに、

「だいたいっ、『オモラシくん』って何だ! 失礼だぞ!」

 流斗が既にそんな秘密さえも女子に口外していることに、昴星は愕然としているに違いない。流のちんこが女子の前でどう扱われようと、……どうせそれは流斗自身が望むことなのだから昴星は何とも思わない。しかるに自分の絶対の秘密領域を同じく軽々に扱われる屈辱には耐え難い苦痛が伴うらしい。もっとも、その気持ちは才斗にも理解出来るし、解った上で連れて来たのだが。

だから、

「事実だろ」

 と才斗は言い放った。「今朝だってオネショしたんだし」

「うそ……」

「マジで?」

 少女二人の視線が才斗に向く。才斗は溜息を漏らして頷いた。

「昴兄ちゃんはいつもオネショしてるんだよ。ぼくが泊まりに行ったときも、昴兄ちゃんのオシッコでお布団びちょびちょになっちゃうの」

 それを悦び、一緒になって布団を濡らす流斗はくすくすと笑いながら無慈悲に言う。

「へーえ、六年生なのにオネショするんだー」

 チヒロが、昴星の顔を覗き込む。事実であるから、昴星は真っ赤になって顔を俯いて、絞り出す。「おまえら……、出てけよ、ここ、男子トイレだぞ。女子が入っていい場所じゃねえ」と、今更何の意味もないような言葉を。

 流斗は悪気の欠片もないような顔をして、

「昴兄ちゃん、オシッコガマンしてるんだよ」

 男子にとって、恐らくは屈指の隠匿優先性を持つ、膀胱並びに肛門周囲の機能に関する事項を流斗はあっさりと暴露する。

 昴星はヤケになったように顔を上げた。

「だからっ……、さっさと出てけ、出てけよ!」

 自分の恋人に最早ほとんど何の猶予もないことを才斗は知る。いつでもヘラヘラ笑って大概のことを誤魔化して済ませる昴星の声は真剣そのもので、ひょっとしたら目に涙さえ浮かべているかもしれない。才斗が一人で昴星と行為に及ぼうとするときには、絶対に見られない部分である。

「六年生の『お兄ちゃん』なのに漏らしちゃいそうなんだー」

 はしゃぐチヒロに「普段のことだ」と才斗は告げる。昴星が真っ赤な目で睨むのをやり過ごして、肩から提げたカバンのチャックを開ける。

 中には、この為の着替えが入っている。「こういうの、いつも持ち歩いてないと、みっともないびちょびちょのスボンで歩くはめになるからな」と説明しながら、ハーフパンツとブリーフを引っ張り出す。

 言葉の少ないチヒロが「わ」と思わず声を上げた。

「超汚れてんじゃん、男子のパンツってそんな汚れてるもんなの?」

 チヒロの言葉の通り、才斗が取り出したのは先日昴星から譲り受けた、染み付きのブリーフである。股間にははっきり判るぐらいに黄色い染みが浮かんでいる。

「昴兄ちゃんのパンツはいっつもこうだよ」

 流斗が悪意のない顔で解説を加える。

「男の子はね、おちんちんちゃんと振らないとパンツのここんとこにオシッコ付いて黄色くなっちゃうんだよ。チヒロねえちゃんもセイラねえちゃん女の子のきょうだいしかいないから、男の子の体のことわからないから、この間からぼくがおしえてあげてるんだよ」

 昴星は真っ赤な顔で、「もう、どうでもいいっ、早く出てけっ、……漏れる!」悲鳴に近い声を上げた。

「着替えならある」

 才斗は素っ気なく言う。信じられないものを見るように、昴星が見上げた。才斗はその視線を、胸の捩れるような気持ちを味わいながらも無視した。

「ねえ、おねえちゃんたち、男の子のオシッコ漏らすとこ見るのもお勉強だよ。見たことないでしょ?」

 チヒロとセイラは顔を見合わせる。「っていうか、女子のだって全然見たことないけど」とチヒロが悪意を秘めた淡い笑みを浮かべて言う。「でも、どうせなら、撮っちゃう?」

 いいの? と訊くように、彼女たちは才斗に視線を向けた。低学年のようにだらしない下半身をした昴星を管理するのが才斗であると彼女たちは理解したらしい。

 才斗は黙って頷き、彼女たちの取り出した携帯を奪い取ろうとする昴星を後ろから腕ごと抱き締めて拘束する。

 ずっと、こういうことがしてみたかったんだろ?

 昴星の耳にだけ聴こえる、小さな声で囁く。こうやって気持ちよくなるのを、ずっと待ってたんだろう?

「や、やだっ、はなせよ、はなせよおっ」

 女子二人の携帯電話が動画撮影開始の電子音を立てるまでしか、昴星の膀胱はもたなかった。

 昴星の抗う力が抜ける。恐らく、自分のブリーフが濡れてしまったのを感じたのだろう。

「あっ……」

「音してる、音したよね!」

 チヒロとセイラは示し合わせたように口を噤んだ。個室の中に、昴星のハーフパンツの中で巡る流れの音が微かに響き始めた。才斗からは見えないが、もう間もなくブリーフの股下から尿が雨となり漏り始める。ガードの甘いハーフパンツの裾から、才斗の心を甘く擽る匂いがじわじわと広がり始めたのを契機に、ずっと黙っていたセイラが思わずといった感じに「臭い」と呟き、「うん、オシッコ臭い……」とチヒロも頷いた。

 腕の中で昴星の身体はずっと震えていたが、長い長い放水が終わったことは、ひときわ強い身震いを彼が示したことで女子二人の目にも、流斗の目にも明らかだったはずだ。

「昴兄ちゃん、すっきりした? いっぱい出たねえ」

 昴星の足元のタイルには大きな水溜りが出来、今もじわじわと格子の目地を伝って広がって行く。淡いブルーのタイルの色でもはっきり判るほどに、昴星の溜め込んで来た尿は黄色かった。

「お、おまえらだって」

 昴星が涙声で絞り出す声は、必死に顔を濡らすまいとしている努力の存在が明らかなせいで、余計に惨めに聴こえた。少女たちは傷付き切った少年に対して、僅かに同情する気持ちもあるのかもしれないがそれ以上に興味の方が強いはずだ。

「おまえらだって、オモラシするくせにっ……」

「ぼくはもうしないよ」

 流斗は得意げに、「お兄ちゃんに、オモラシしても大丈夫なように、いいものもらったんだ」

「お兄ちゃん? この間あんたと一緒にいた、あの男の人?」

「うん、才兄ちゃんはおかあさんの方のお兄ちゃんで、あのお兄ちゃんはおとうさんの方のお兄ちゃんなんだよ」

 つらつらと嘘を並べて、自ら半ズボンを下ろした。

 現れたものを見て、いつそんなものをよういしていたのかと、思わず才斗は訊きかけた。

「なにそれ」

 と呆気に取られて、チヒロが訊く。流斗の、ブリーフがあるべきところには白いごわごわとした質感の、「オムツだよ。おねえちゃんたち、オムツ見たことないの?」

「あるよ、あるけど……」

 突然晒されたそれに、昴星までもが呆然としていた。

「オムツ着けてれば、お外でオモラシしちゃってもズボン濡れないよってお兄ちゃんが教えてくれたんだよ。だからぼくね、ほんとはここに来るまでのバスの中でオシッコがまん出来なくなっちゃったけど、これしてたから大丈夫だったんだよー」

流斗は言って、「昴兄ちゃんもおでかけのときはぼくみたいにオムツすれば、オモラシしないで済むのに」と微笑みかける。バスで隣にいた昴星さえも気付かなかったのだから、才斗に見抜ける訳がなかった。一体どうやったら、楽しげに喋りながら失禁することなど出来ると言うのか。

「オシッコ、もうしちゃったからオムツはずさなきゃ」

 と流斗は自らオムツのサイドテープを剥がす、左、そして、右と。

 続いて現れたものに、再び才斗たち四人は声を失う。湿っぽい陰茎が現れるものと、誰もが思っていたのだから、そこに濡れたピンク色のブリーフがあれば驚くなと言う方が無理だ。

「ね、パンツはびちょびちょだけど、ズボンはきれいなままだよ」

 相変わらず流斗は平然と言うが、チヒロが「意味ない」と圧倒されたように呟く。

才斗も呆れ切っていたが、

「……あの人は、パンツ脱いでそれ着けろって言ったんじゃないのか」

 やっとのことで訊いた。流斗は「そうなのかな?」と首を傾げるだけ、失禁ブリーフを見られていることを、恥とも思っていない。

「昴兄ちゃんも、ずっとオモラシズボンのままじゃおちんちん風邪ひいちゃうよ。早く脱いで、おねえちゃんたちにおちんちんのお勉強させてあげよう?」

流斗は全く無慈悲に昴星のハーフパンツに手を伸ばす。慌てて昴星が「わ、わっ、バカ、やめっ」と声を上げて身を捩り足をばたつかせるが、才斗はしっかり抑えている。

「あっ……」

 黒のハーフパンツが、まず足元までずれ落ちた。

「わー……、すっごい」

 露わになったのは、薄青色のブリーフだ。元々比較的色とりどりのブリーフを好んで穿いていたのは流斗の方で、それは母親、つまり才斗の叔母が買って来るからであろう。昴星の場合、失禁嗜好に目覚めてからは自分の小遣いでブリーフを購入するから、いつも選ぶまでもなく三枚組の白色無地を購入して、カラーブリーフなど何枚も持っていなかったはずなのだが。……つまりこれはあれか、あの男が昴星に買い与えたものか。

「男子のパンツにも色んなのあるんだね」

 と素朴な感想をセイラが述べた。さっきからセイラは思ったことがすぐ口に出る。

「柄があるのはトランクスばっかりで、こういうのは白いのだけかと思ってたけど」

「そうだよー、男の子だっておしゃれなパンツはきたいもん。ぼくのこれかわいいでしょ」

「おしゃれなパンツ、そんなによごしちゃうんだ……」

 と呟いたのはセイラ。彼女の方が幾分ながら物の考え方はしっかりしているように思える。

 昴星はオモラシブリーフを女子たちに観察され、なお伸びようとする流斗の手から必死になって逃れんとするが、それは虚しい抵抗に過ぎない。

セイラが言った。

「いいじゃん、流斗は見せてくれるんだし、きっとおんなじもん付いてんでしょ? オモラシしちゃったんだからいつまでもそんなカッコでいるほうが変じゃん」

 直接的な言葉は使わないが、彼女は昴星のパンツの中身を見たくて仕方がないのだろう。

「んなんっ……、流のだけ見てりゃいいだろっ、おれのなんてほっとけよ!」

「でもさ、流斗はまだ四年生で子供だし。あたしたちまだ流斗のしか見たことないもん。それじゃ『勉強』にならないし」

 チヒロの言葉に、流斗が笑顔で同意する。

「そうだよね。昴兄ちゃんの六年生のおちんちんも見たほうがお勉強になるよね。……あ、でも」

 流斗が昴星から最後の一枚を引き摺り下ろす。昴星はせめてもの抗いとして内股を絞ってガードしていたが、それでも水を含んだブリーフの前面を下ろして流斗が陰茎と陰嚢をまるごと露出させるのにさほど苦労は要らなかった。

「昴兄ちゃんのおちんちんって、ぼくのとそんな大きさ変わらないんだっけ」

 少女の目と、その手の携帯カメラのレンズが昴星の陰茎へと吸い寄せられた。

「ほんとだ」

 と率直な感想を漏らしたのはやはりチヒロだった。「って、あれ? 昴星くんって六年生だよね? 六年生のちんちんって毛とか生えてたりするんじゃないの?」

 その言葉に、それまではっきりと物を言わなかったチヒロも頷く。

「流斗のと、……同じくらいな感じ?」

「う、う……」

 昴星は気にしている自分の陰茎の小ささを指摘されて、その場所同様身を縮ませて耐えるほかない様子だ。

「緊張してるんだろ」

 才斗は言った。昴星の足が緩んだのを見計らって、流斗がパンツを引き抜く。

「流斗が言わなかったか? ここは緊張すると縮むんだ」

「へえ……、知らなかった」

 チヒロが感心したように覗き込んで、すぐ顔を背けた。「すっごい臭い……」

「昴兄ちゃんのオシッコ、いっつもこんなふうにすごいくさいんだよ。ぼくのはそんなくさくないでしょ?」

 流斗は腰を突き出す。チヒロが恐る恐る顔を近付けて、鼻をひくひくさせて、「ほんとだ、流斗のあんま臭くない。なんで?」と改めて昴星のものと比較して首を傾げる。

「し、知るかよっ、こんなもん、みんな臭いに決まってる!」

 また腰を捩って昴星が怒鳴るが、男子として最も恥ずかしい姿を女子の目に晒しているからか、チヒロとセイラが迫力を感じている様子はない。

「ねえ、ぼくのおちんちん見なくていいのー?」

二人の興味が完全に昴星に向いてしまってつまらないのだろうか、流斗は二人に向けてせがむように言った。「まだおねえちゃんたちに見せてあげてないおちんちんのひみつ、教えてあげるのにー」

 流斗が昴星の快感その他、そして才斗の意図に基づいて行動する時間がそう長くないことを、才斗は判っていた。今朝電話したときに才斗の話を黙って聴いていた流斗は、素直に「うん、わかった」と言った後に、こう付け加えたのだ。「でも、ぼくもいっぱい気持ちよくなりたいな」と。だから途中からは、流斗は才斗の管理下を離れ、自由に行動し始めるはずだ。

 それが始まったのだ。

「秘密?」

「うん。ぼくのおちんちんの、まだ誰にも教えてないナイショのことだよ」

 二人の興味が自分のパンツの中へと向いたことが嬉しいらしい、流斗はにっこりと微笑む。少年は手に持つ自分と昴星のズボン、それから自分の外したオムツを個室に置くと、彼自身待ち侘びていたようにブリーフのウエストに指を入れた。

「いーい? ぼくのおちんちん、ちゃんと見ててね?」

 焦らすように数秒置いてから、「せーのっ」と勢いよくブリーフを膝下まで下ろした。

才斗はなかば予想していたし、恐らく昴星もそうだろうと思われるが、流斗が下ろしたブリーフの中から飛び出したのは、間違いなく少女たちの目を引く輪郭へと変じたペニスだった。くっきりと力を集めて、いっそ凛々しいほど真っ直ぐに上を向いている。

「えー……」

 チヒロもセイラも、流斗の勃起を見るのは初めてではないのだろう、その事象じたいに驚いた様子は見せないが、何故今このタイミングで流斗の其処がそういう形になっているのかということについては想像力を発揮しても辿り着けないらしい。……変態なんだよ。才斗は心の中で苦く呟く。変態なんだよ、おまえらが声かけたガキは、ど変態なんだ。おまえらは言うままにちんこ見せてくれる好都合な子供を見つけたって思うのかもしれないけれど。

 利用されているのはおまえらのほうだ。

 天使のように愛くるしい相貌を備え誰からも無条件に可愛がられる流斗が、その実そんな好都合な生き物ではないのだと言うことは才斗にも徐々に理解出来つつある。昔は遊びに来てもおれの側から離れないような臆病な子供だったのに、昴星が「オモラシ」を教えて以降、流斗は自分の泳ぐべき水に下ろされた若魚のように思うまま美しく身を踊らせるようになったのだ。

「あのさ、流斗は何で、そこそんなになってんの?」

 チヒロが訊く。

「ドキドキしたから。だって、おねえちゃんたちと遊ぶとき、おねえちゃんたちパンツ見せてくれるもん。それ考えてたら、おちんちんかたくなっちゃった」

 流斗は恥じらいの欠片もなく応える。……そんなことしてんのか。「驚き」そして「呆れる」という情動は、昴星の恋人であり流斗の従兄である限り才斗が親しまなければならないものであるが、相変わらず一々動じてしまう。おれでそうなんだからこいつらもっとそうだろう、と視線を流斗のペニスに釘付けさせる女子二人を見て思う。

「ねえ、男の子って、みんなこうなの?」

 セイラの言葉は才斗に向いた。「こう、って?」

「えっと……、だからね、流斗ぐらいの子ってみんな、こんな風にちんちん人に見せちゃったりするの?」

 彼女の疑問に、「んなわけねーだろ!」と才斗の手が緩んだ隙を見付けて縮み上がった股間を両手で隠した昴星が応えた。

「普通は、しない」

 才斗もそれに同意する。「普通は、な。自分のそういうとこを誰かに見せたりなんかしないよ」

「そうなのかなあ」

 流斗は無垢な表情で、小便臭い自分の勃起の先端の余り皮を引っ張って遊んでいる。

「おまえは、慣れたんだろ。しょっちゅう漏らして、学校の教室で素っ裸になって着替えたりしてるんだから」

 羞恥心がない訳ではなかろうが、それの働かせ場所を間違っているのが流斗である。才斗の言葉に首を傾げているのは、演技のみではないものと思われる。

「じゃー、あたしたち流斗みたいな子と会えてよかったねー。ちんちんってさ、自分にはないもんだから、保健の授業とかで聴いても全然ピンと来ないんだもん。ね、セイラもそう思うよね?」

 セイラは少しためらいがちに、こくんと頷いた。チヒロは和式便器の此方側に立つ流斗のペニスの向かいに屈んで、真向かいに観察する。「で、流斗の言ってた『秘密』ってなに?」

「うん、あのね。チヒロねえちゃんはおとうさんとお風呂入る?」

「お父さんとー? もうずっと入ってないよ。幼稚園までかな」

「セイラねえちゃんも?」

「あたしは、二年生ぐらいの頃までは一緒に入ってたかな……」

「へー、エッチ」

「な、なんでよ!」

「セイラねえちゃん、おとうさんのおちんちんがどんな形だったか覚えてる?」

 彼女は首を振った。「あたしも、あんま覚えてない。……それがどうかした?」

「うん、あのね、おねえちゃんたちのおとうさんのおちんちんって、こういう形じゃなかったでしょ?」

うーん、とセイラが考え込んだ。

「そういえば、言われてみると……」

「毛が生えてたよね」

 チヒロの言葉に、うんと流斗は頷く。

「大人になると、おちんちんに毛が生えて来るんだよ。でもね、それだけじゃなくて、大人になるとおちんちんの形も変わるんだよー」

 ピンと背伸びした自分の陰茎を指でぷるんと弾いて見せる。「ぼくのおちんちんがもうちゃんと大人なの、おねえちゃんたちは知ってるでしょ? ぼくのおちんちんからはオシッコだけじゃなくて、大人の、白いのも出せるんだ。だから、形もね、ちょっとだけ大人っぽくなれるんだよ」

 自慢げに話す流斗が何を言っているのかは才斗にはすぐ判ったし、きっと昴星もおなじだろう。それは男子にとってはさほど驚くほどのことではないが、男子の陰茎を見慣れていない女子にとっては十分にインパクトのあることなのかも知れない。

「見ててね? こうやってー……」

 流斗は少女たちの視線を集めてペニスに指をかけるが、二人とも携帯電話の撮影を終えてしまっていることに気付き、「撮らなくていいの?」と訊く、というか、催促する。彼女たちが慌てて再び動画撮影を始めるのを待ってから、

「こうやってね、おちんちんの外側を、こっちに向かって引っ張るの」

 ぶかぶかのシャツの襟元から、やっと頭が出て来るように、流斗の陰茎の包皮はめくれて、内側から生々しい色の粘膜質の亀頭が覗いた。

「えへへ、大人のおちんちんってこんな風になるんだよー」

 流斗の亀頭はいかにも脆弱で、傷つきやすそうに見える。外気に晒され慣れていないのは才斗にしても同じで、要は、三人揃って包茎である。

「この、先っぽの細いとこがオシッコの穴だよ。ね? ぼくのおちんちん、ちゃんと大人のおちんちんでしょ?」

 でも、指を離すとその場所は恥ずかしがるように皮の中に隠れてしまう。

「へー……、へえぇ……、そんな風になってるんだー……!」

 チヒロは心底から感心したようにため息混じりの声を漏らす。

「チヒロねえちゃん、触ってみる? ぼくのおちんちんの皮、剥いてみる?」

「うん……、って、流斗のちんちんオシッコまみれじゃん」

 思い出したように、彼女は鞄の中をごそごそと漁って、何やらピンク色のビニールを引っ張り出した。「ちゃんと持って来たの?」と流斗が問えば、

「だってさ、今日もあんたオモラシするかもって思ったから。初めてのときも触れなかったし」

 とセイラは答える。彼女が取り出したのは、真新しい薄手のビニール手袋一双だった。自分は右手にそれを装着し、「こっち、セイラの分」と手渡す。

「左ききなのか?」

 才斗が問えば、彼女はこくんと頷いて用意にそれを装着した。

「……おまえら、そんな、男のちんこ触んの平気なのかよ」

 相変わらず自分の陰茎を隠した昴星は信じられないように訊く。

「だって、触らなきゃ勉強にならないじゃん」

 チヒロは二人の総意として悪びれもせずに答える。才斗は「それ、新品なんだろうな。汚いので触るなよ」と釘を刺すだけだ。

「だいじょーぶ、下ろしたてだよ。……ひゃー、ピクピクしてる!」

 彼女は既に流斗のペニスをピンク色の指先で摘まんで感触を愉しんでいた。

「おちんちんはね、お尻の穴きゅってするとぴくぴくするんだよー」

 流斗は言葉の通り、括約筋を引き締めたのだろう。彼女の指先でまた其処がびくんと脈打つ。「ね、面白いよ。セイラも触ってみなって。あんたまだ触ったことないでしょ」

 にゅー、と流斗の皮を剥いて戻して、その不思議な身体の構造を観察しながらセイラは言う。セイラはまだ少しためらっていたが、結局誘惑に負けたように、その場所に指を当てた。

 ぴくん、と流斗が性器を震わせる。

「あ」

 とセイラがびっくりしたように一瞬手を引き、それからまた、恐る恐る指を近付ける。

「セイラねえちゃん、もっとぎゅってしてもへいきだよ」

「でも……、男子のここって、急所だから、すごく痛いんじゃないの?」

「んーとね、タマタマのほうはぎゅってされるとすごい痛いけど、優しく揉むぐらいなら平気だし、おちんちんの棒はこうやって硬くなってるときはちょっとぎゅってしてもらえたほうが、おちんちんもうれしいんだよ」

 流斗はこうして少女たちに男子の性器についての知識を植え付けていく。ここで手にした情報が今後の彼女たちにどれほどの影響を与えるのか、そもそもそれが好影響なのか悪影響なのかという点については、才斗には判らない。

 セイラは遠慮がちに、しかし流斗に求められるまま、掌で包み込んだ流斗の陰茎を握った。

 まだ性器の感触を知らない少女の手に、薄いビニールごしに男児の脈動と体温を流斗は伝える。

「ん……、ね? おちんちん、ぴくぴくしてよろこんでる」

 流斗はただ嬉しそうである。彼女は魅入られたように掌の中の少年が刻むリズムを感じ、「タマタマも触っていいんだよ、セイラねえちゃん」と少年の思うままに、少年に愛撫を与える器官となる。

「信じらんねえ……、こんなのっ……」

 昴星の声はわなないている。

「あいつがこういうの好きなのは。お前だって知ってただろう。それに」

 才斗は昴星の耳元で囁く。「お前も一緒になって楽しめばいいだろ。こんなこと、一生に一度もないかもしれない」

「どうして、おまえまで、そんな……」

 昴星の中では才斗という少年は、「ブレーキ」として重要な役割をなす存在だと定義されていたはずだ。

 とかく暴走しがちな、昴星と流斗を諌め、危険な目にあわせることを事前に回避する為のブレーキ。……しかしいま、積極的にこの状況を作り出し、自分に女子の前での失禁という傷を負わせたことが、昴星には判らないらしい。

 おまえのためだよ。

 勝手なほど自由に生きてきたおまえのためだ。少しぐらいの刺激じゃ満足出来ないんだろう。だからおれと流斗だけじゃ与えきれない、心がずぶ濡れになっちまうぐらいのものを、大好きなおまえに。

「ねー流斗、またオシッコちびってない?」

流斗はぎこちないセイラの掌に握られチヒロに陰嚢を撫ぜられ、大いに満足そうだ。

「んーん、それはね、オシッコじゃなくて、おちんちんがきもちよくなってる証拠」

「証拠?」

「さわってみる? ちょびっとだけならいいよ。先っぽ、あんまし強く触ると痛いけど、ちょびっとならへいきだから」

 セイラは慎重に人差し指の腹を流斗の尿道口に当てる。

「あ……、なんか糸ひいてる」

「ね? オシッコはこんなねばねばしてないでしょ?」

 男児の秘密を次々詳らかにしていく過程で、流斗が味わう感情もまたある種の「快感」ではあろう。年下の従弟である少年が相当な悪趣味であることは知った上でも、才斗には理解に苦しむところである。

「……気持ちよくってこれが出てくるってことは……」

 セイラが考えながら言った声に、

「もうすぐ精子出てくるんだ?」

 チヒロが呼応する。

 流斗は「うん、そうだよー」と恥ずかしがる素振りは相変わらず一切見せない。

「ぼくのおちんちん、おとなのおちんちんだから、せーしいっぱい出せるのおねえちゃんたちに見せたことあるよね。この間は自分で出したけど、今日はおねえちゃんたちに出させて欲しいな」

 昴星の顔が引きつっているのは、才斗には見るまでもなく判るのだ。

「えっと、射精、だっけ。……でもあたしたちのいじるので出来るの?」

 もちろん、流斗が頷く。「……あのね、自分で触ってするより、おねえちゃんたちに触ってもらえるほうが嬉しいし、気持ちいいよ」

 流斗の言葉の内包するところが、これまでよりもう一段猥褻の度合いが濃い知識になったことを、チヒロとセイラが意識したかは判らない。流斗が自ら譲り渡す男性の有する秘密権利の重さに戸惑っているようにも見える。

 だって、異性に性的快感を与え、そのままそれを極まらせるとなれば、……ビニール手袋越しであると言っても事実上、セックスとなんら変わりない。

「おねえちゃんたちは、ぼくのおちんちんからせーし出してみたいって思わない?」

 激しい興奮に身を委ねて居ながら、マイペース、流斗が器用に踊りこなす綱渡り。才斗は思う、……同じ血がおれに流れてるなんて嘘だろう?

 多分、嘘だ。

「出してやりゃいいじゃないか」

 薄い笑みを浮かべて才斗は言い放つ。

「したことないんだろ? だったらそれも『勉強』になるんじゃないのか?」

 チヒロが、「……そっか」幾度か頷きながら、「そうだよね。やってみなきゃわかんないし……」自分の耳に言い聞かせるように言う。

「でも……」

 セイラには、まだ躊躇いがあるようだ。チヒロは自分の友達に抵抗が残っていることで、却って積極的になったように、「じゃあ、あたしする。流斗のこと射精させてみる」と果敢に宣言する。

「そしたらね、前にいるとせーしかかっちゃうから、おねえちゃんたち横に来て。んと、……それでね」

流斗はそこで、少しだけはにかんだように笑う。「おねえちゃんたちのパンツ、見たいな」

 え、と二人が顔を見合わせて、次に才斗と昴星の方を見る。

「何ならおれたちは目隠ししてるけど」

才斗は即妙に返答した。昴星は何か言いかけたが、「う!」才斗が目隠しをしてやると、ほとんど抗わなかった。もちろん、才斗も腕で目を覆う。

「……流斗、いっぱいちんちん見せてくれたからいっか。それに約束だもんね」

 才斗と昴星の視線がなくなったことを確認したらしい二人が、衣擦れの音を立てる。チヒロはショートジーンズを、セイラはスカートの下のスパッツを下ろしたのだと思う。

「えへへ。おねえちゃんたちのパンツ見たら、おちんちんまたぴくぴくしてきちゃうよ……、ね、早くいじって。もうせーし出したいよ」

 流斗の強請る言葉に、「はいはい。……流斗ってエロいよね、まだ四年生なのにパンツ見たいとかさ」言いながら、チヒロが指を絡めた気配がある。

「ん……、だって、男の子だもん、男の子はみんなパンツ好きだよ」

 チヒロが、「セイラ、あたしの携帯も持って流斗のちんちん撮ってて」と言う声が聴こえる。

「そしたらね、さっきセイラねえちゃんがしたみたいに握って……、あ」

「あ、ごめん、痛かった……?」

「ん、ちょびっとだけ。もうちょっと優しく……」

「えーと、……こんくらい?」

「うん、……そしたらね、おちんちんの棒を、こう、前と後ろに動かして。こないだぼくがして見せてあげたみたいに」

 くちゅ、ぬちゅ、と流斗の悦びの液が立てる音が個室の中に響き始めた。昴星が僅かに震えているのを感じながら、才斗はその音を聴いた。

「ん……、きもちぃ、もっと速くして」

「もっと……、これくらいかな……。セイラ、ちゃんと撮れてる?」

見惚れているらしく言葉はない。ただ頷いただけなのだろう。

「ひゃー……、すっごい、流斗のちんちんめっちゃピクピクしてる……。っていうか、流斗あたしたちのパンツ見過ぎ」

「だって、だって女の子のパンツ、こんなふうに見るの、すごくどきどきするよ。それにこうやってチヒロねえちゃんにおちんちん気持ちよくしてもらってるし……」

「男はだいたいそういうもんだろ」

 と目を隠したまま才斗は悟った口調で言った。

「ふうん……、よくわかんないけど、そうなんだ。で、流斗はいますっごい気持ちよくなってるんだ? あたしの手で」

 ん、と流斗が答えた。「だからぁ、はやくおちんちんからせーし出したいよ」

 オムツをしているような、オシッコの我慢もちゃんと出来ないような子なのに性欲だけは一人前に持っているという事実は彼女たちにも可笑しく映ったらしい、「はいはい、じゃあ、……もっと早くしたらいい?」と、年上の余裕を持って振舞う。

「ん、もっともっとしこしこして」

 しかし全てはいま、流斗の支配によって動いているのだ。チヒロが「しこしこ」という流斗の言葉に小さく吹き出しつつも、その願いを叶えてやることまで含めて、全ては流斗の思うまま。

「あ、はっ、……ん、んっ、せーし、出るっ、出るよお……!」

「セイラ、ちゃんと撮ってて」

 チヒロが短く命じる。才斗が想像していた通り、

「んっあぁン……!」

 という流斗の歓声はセイラがチヒロの求めに答えるまでの数秒の空白を挟んだ。

「わ、すっごい、何かどくどくっていった……」

 にちゃ、にちゃ、流斗の皮の余りが自身の精液を泡立たせる粘液音がしばらく響く。もちろん、流斗の甘く満足げな吐息も。

「えへへ……、いっぱい出ちゃった……。おねえちゃんたち、パンツありがとう」

 まずチヒロがジーンズを上げるのだろう。使えるのは片手だけだから、ジッパーが上がるまで少しの時間がかかった。「携帯ありがと。ちゃんと撮れた?」セイラが、多分頷いて、セイラに携帯を返し、自らもスパッツを上げる気配がある。

「もういいか?」

「もういいよー」

 才斗は自分と構成の遮蔽をやっと解いた。天井の明り取りからの光が、少々眩しい。幾度か強く瞼を閉じてピントを合わせ直した両目は、足元の白い和式便器に、流斗がチヒロの手によって注がせた精液が灰色がかって泳いでいる。

 チヒロはゴム手袋をはめた自分の掌をじっと眺め、流斗の射精の感触を蘇らせている様子だ。セイラは流斗の濡れた陰茎が、あれほど強張っていたのが嘘のように力を失って垂れ下がるのを不思議そうに見つめていた。

「も……、もういいだろ」

 昴星が久しぶりに声を発した。「気ぃ済んだだろ、とっとと出てけよ!」

 才斗には昴星が焦っているのがはっきりと判るのだった。……無茶で無謀で無鉄砲、何を考えているのかわからないときのほうがずっと多いが、その身体の中に起きていることは概ね想像出来る。

「えー、ダメだよ、もっとお勉強しなきゃ」

 流斗の言葉の支配力は、少年が射精しても少女たちを縛っているようだった。

「そうだよ、だいたい流斗のだけじゃ勉強にならないからあんた来たんでしょ?」

 才斗は流斗に協力を仰いだ自分の判断が正しかったと噛みしめる。才斗一人ではとてもここまでの状況を作り出し、昴星を女子の前での失禁に追い込むことはできなかったはずだ。

「お、おれは来たくて来たんじゃねーしっ、おまえらにちんこ見せんのなんかやだ!」

 昴星は必死に声を張り、抗うが、

「さっき見たじゃん。オモラシしたくせになに威張ってんの? バカみたい」

急所を抑えられていては弱い。「あんたも流斗みたいに出かけるときオムツしたらいいんじゃない? そしたらそんなみっともないカッコにならなくてもよかったんだし」

 本来は頭の回転が早く、秀才の才斗をもその口車に巻いて優位に扱うことさえあるほどなのだが、両手で股間を抑え、既にプライドの傷つき切ったこの状況では、六年生女子の口先に敵うはずもない。

 加えて彼女たちには流斗がついている。才斗も今は、昴星の股間を死守するという普段帯びている役割を積極的に放棄しているのだ。

「そうだよ、昴兄ちゃんのおちんちんみてもらうのもお勉強なんだから」

 諦めろよ、と言う代わりに、昴星のシャツをやや乱暴にめくり上げる。体重の割に柔らかな腹部が露わになるとともに、昴星の腕が上がる。

 ずっと手の中に隠されていた陰茎が、再び少女たちの目の前に披露される。チヒロが歓声を上げた。

「見えた見えた、……流斗のおっきくなったの見たばっかだからよけいちっちゃく見えるね」

「バッ……、見んなっ、見んなよっ」

「あはは、ちっちゃいのプルプルしてる!」

昴星が足をばたつかせると、その足の間のものは彼女の言うとおり小刻みに揺れる。「これが鈴だったら音鳴ってるよね、あ、だから『ちんちん』って言うのかなー」

 昴星は自分のシャツで顔を隠され、くぐもった声で弱々しく怒鳴るばかりだ。才斗の方が腕力においてもずっと秀でているから、ほとんど何の甲斐もない。

 チヒロが、ほぼ全裸の昴星に向けて何枚もシャッターを切る。「ほら、セイラも撮んなよ。同い年の男子のちんちんだよ。まあ、流斗のとそんな変わんないけど」

 これはあの男に渡した「説明書」にも書いたが、昴星は自分の陰茎が小さいことを気にしている節がある。実際、丸っこいその場所は成長が遅れている感がある。「太ってるからちんこちっちゃいのかな……」と言っていたこともあるが、見た目ほど太っている訳でもないし、「そのうちでかくなるだろ」と才斗は励ました。

 短く、流斗よりも皮が余っていて、だから包皮の中に残尿が滞留しやすい。よってその場所は臭くなる。才斗にとって最も可愛らしく思える場所である。

「離れてたほうがいいぞ」

才斗は二人に向けて言った。「こいつ、さっきからトイレ我慢してる。前にいるとひっかかるぞ」

「してねえっ」

 昴星の声を無視して、セイラがぽかんと「さっき、したばっかりなのに……?」と才斗に訊く。

「昴兄ちゃん、すぐオシッコしたくなっちゃうんだよ。だからさっきみたくオモラシしちゃうし、オネショしておふとんビショビショにしちゃうの」

 答えたのは流斗だ。「だから、さっきチヒロねえちゃんが言ったみたいに、オムツしたほうがいいよね」

「ほんとだよねー、六年生でそんなオモラシばっかしてるとか、超恥ずかしいもんね」

「これでも、学校では二年生のときからしてないんだけどな。……どうする昴星、したいなら素直にしろよ、トイレの前なんだしさ。せっかくだからこいつらに見てもらって男がどんな風にするか参考にしてもらえばいい」

 昴星の膀胱が間もなく限界を迎えるのは、先程目隠しをしているときから陰茎を握る手に力が篭っていたことからも明らかだ。加えて今はそこを抑える手もない。もう猶予はあるまい。

「あ」

「あっ、出た」

 縮み上がって垂れ下がる陰茎から斜め下に向かって放出されるべき尿は、昴星の手の中に握りこまれている間に皮の口が閉じていたのだろう、真下に雨を降らせ、昴星の膝を濡らした。「きったなーい、足にかかってる」

「だから男の子とおちんちんはオシッコのときちゃんと指でつまんでしないといけないんだよ、こうやって」

 放尿する昴星の陰茎に、流斗は気安く手を伸ばして摘まみ、きちんと便器に照準を合わせた。昴星は屈辱に身を震わせながら、声もなく放尿を続けるほかなかった。もちろん、その間もシャッター音は間断なく響いている。「セイラも、撮んなきゃもったいないよー」とセイラが催促して、機械的な音の数は倍加された。

 昴星のオシッコが終わった。

「……でね、全部出したら、こうやって振るの」

 摘まんだペニスを振って雫を払いながら、流斗は解説する。

「そうすれば、オシッコがパンツの中にあんまりつかないで大丈夫になるんだよ。……昴兄ちゃんがオシッコするの見たら、ぼくもしたくなっちゃった。一人でやるときはこうするんだよ」

流斗は本来的なやり方での排尿を、改めて少女たちに見せる。チヒロとセイラは興味深そうに目を向けて、それも撮影していた。流斗は気持ちよさそうに出し切り、少し、震えた。

「やっぱり昴星くんのほうがちんちんちっちゃいよね。どうして?」

「個人差があるからな。昴星は背ぇ小さい方だから、ここもまだ子供みたいなもんだ」

「へぇえ……。女子のおっぱいと同じなんだ」

 チヒロは少し羨ましそうに友人の胸を見た。シャツの中の膨らみは、明らかにセイラの方が主張が激しい。

 さて。

「女子のことはよく判らないけど、多分そうだろ」

 才斗はこういう状況を作り出し、昴星に恥をかかせることを決めた時点で、ある種の覚悟を決めていた。昴星の拘束を解き、彼が真っ赤な顔を覗かせてシャツの裾を抑えて下半身を隠すのをよそに、自らのジャージの紐を解く。

「才斗くんのも見せてくれるの?」

 セイラの問いに、昴星がびっくりしたように振り向く。

 恋人同士である。昴星が怪我をして痛がれば才斗も痛みを覚える。二年生のときに教室で失禁して泣いていた昴星を見て、幼馴染の抱える悲しみを理解出来たからこそ、才斗は昴星を守ることをあっさりと決意するに到った。

 才斗は昴星の恋人で、これからも居続ける覚悟がある。

「才斗」

「才兄ちゃん……?」

 驚いたのは、昴星ばかりではなかった。流斗も珍しく心底から驚いたように目を丸くしていた。いつでも一歩引いたところにいた自分がこうして踏み込むことが、従弟には意外なのだろう。

 自分の陰茎を晒すことが平気なのではない。

「わ……」

「わあ……、すっごい……!」

 才斗の性器は上を向いてひくついていた。昴星の哀れな姿を見ていれば、どうしたってこうなる身体を持っている。その上、個室の中は昴星の小便の匂い、女子二人はもう慣れてしまうほどに満たされている。

 才斗は自分の性器が、流斗のそれよりも明らかに大きく、勃起すれば一層の迫力を帯びることを自認していた。

「才斗くんのちんちん……、めちゃめちゃ大きくない……?」

 気圧されたようにチヒロが呟く言葉は、別に嬉しくも何ともない。昴星の中に入ったときに恋人が甘い声で「才斗のちんこ、すっげえ気持ちいい……!」と言ってくれさえすればそれでよく、「おいしい」と嬉しそうに笑って舐めてくれるその顔のためだけに生えているとさえ思っている。

「……やっぱり、才兄ちゃんのおちんちんがいちばんおっきいね!」

 気を取り直したように流斗が言う。「おねえちゃんたちも触ってごらんよ、おっきいからぼくのと全然違うよ。才兄ちゃんのおちんちん、ぼくのより下まで皮剥けるかもしれないし」

「……そんな大差ない」

 流斗や昴星に触れたときより、ずっと恐る恐るの表情で、やはりチヒロが手を伸ばした。

 昴星以外の手が触れることは、これまでもこれからも、まずないと思っていた。それで一向に構わないという気で居た。ある意味では一番穢れないのが自分であるということを、才斗は自覚している。

 ビニール手袋の指先に摘ままれたとき、胸が少しだけ捩れる。才斗の視線の先でチヒロがゆっくりと皮を剥く。予想していたことだが、腺液がもう、皮の内側と亀頭を濡らしていた。

 皮は、すぐ行き詰まる。

「わー……、ほんとだ、流斗より剥ける。……これ、濡れてんのさっきの流斗のとおんなじ?」

 さすがに恥ずかしいから、黙って頷く。「ほんとに、昴星くんのとかと全然違うね……。撮っていい?」

 上目遣いに訊いた少女に頷いた才斗が、昴星には全く何を考えているのか想像も付かないだろう。シャツをめくり上げたまま、何枚も立て続けにセイラに撮らせながらちらりと昴星を伺えば、濃密な戸惑いがその目に現れている。

「……おまえは?」

 口を開けて見ているセイラに、才斗は訊いた。さすがに、女子二人に見られているだけでは才斗にはシンプルな羞恥心以外に湧き上がってくるものはなく、昴星の匂いを嗅いで興奮していると気付かれないように、溜息を吐いた。「さっきからずっと見てるだけじゃないか、こんな風なことなんて滅多にないし、おれたち、もうこんなとこ来ないぞ。流斗のちんこは触れても、おれたちのはこれっきりだ」

 チヒロは昴星と同じような表情でいた。流斗のものと比べて、ふた回りは大きな性器に触れるのがひょっとしたら怖いのかもしれない。

「触りなよ、せっかく才斗くん触らせてくれるって言ってんだから、触らなきゃもったいないよ」

 せっつかれて、セイラはまだ躊躇っていた。しかし興味に負けたように、昴星と流斗が小便を注いだ便器を跨いで才斗の側に寄ると、こわごわと指先で、摘まむ。

「あつい……」

「勃起してるからな。……っていうか、さっきの流斗の触ったときだって熱かっただろ」

 彼女は才斗の顔と性器と、それからすぐ側に居る昴星、そして全裸で立って自分の皮を弄っている流斗へと、落ち着きなく視線を彷徨わせて、「……でも、さっきの、流斗のおちんちんより」その単語を口にして、思わず彼女は赤面する。

「才兄ちゃんの方が大人だもん」

 当然のこととでも言うように流斗は解説した。

「ね、昴兄ちゃん、こっちおいでよ、そっちせまいよ」

「う、……ん」

 才斗の隣で相変わらず股間を隠していた昴星が便器を跨いで流斗の側に寄る。その耳元に、流斗が何事か囁く。「え……」と昴星が訊き返し、「だいじょぶだよ」と流斗が言う口元が見えた。

 まだ何か、昴星は躊躇っているように見えたが、

「ねえ、おねえちゃん、昴兄ちゃんうんちしたいんだって」

「え」

 才斗の性器を弄っていたチヒロと、それを撮影していたセイラが振り向いた。

「はだかんぼでいたからお腹冷えちゃったんだよ、きっと。……でね、えっと、ぼくもしたいの」

「うん、うんちって、……あの?」

 セイラが驚きのまま訳の判らない訊き方をした。何を話していたのかと思えば……。

「昴星の、臭いぞ」

 才斗は二人に向けて言う。

「……っていうか、そんなの誰のだって臭いに決まってるよね」

 チヒロの言葉はもっともだが。

「ここでしてもいーい?」

 訊きながら、流斗は既に便器に屈み込んでいる。

「ね、昴兄ちゃんも一緒にしよ? おねえちゃんたち男の子のオシッコするとこ見るの初めてならうんちするとこも見たことないよね? ぼくたち二人のぶんいっしょに見せてあげるよ」

 昴星の了承も取らずに流斗はさっさとそう決めてしまう。「ほら、昴兄ちゃん早くー、うんち出ちゃうんでしょ?」

 和式の便器である。二人が同時に排泄出来るようなスペースはない。

流斗は立ち上がり、「ね、立ったままで向かい合わせだったらおねえちゃんたちぼくらのどっちのお尻も見れるし、うんちもちゃんと下に落ちるよ」

 どうしてこの少年は自分の恥ずかしい姿を披露するためにここまで頭が回るのだろうか。「おちんちんは、あんまり見えないかもしれないけど。……ぼく、あとでまたさっきみたくおねえちゃんたちにせーし出させて欲しいから、そのときいっぱい見てね?」

「って、え? マジでここでするの? ほんとに?」

「うん」

 流斗は頷く。

「だって、もう出ちゃいそうだもん。ちゃんと撮っててね?」

 昴星は流斗に招かれるままに、向かい合わせに立つ。昴星は背が低いと言っても、流斗と並べば「兄ちゃん」と呼ばれるだけのことはあって、足も長い。流斗に両手を握られて隠すことが出来なくなった昴星のペニスは、流斗の下腹部に位置した。

「オシッコ、かかっちゃうよ」

 チヒロが当然の懸念を口にしたが、「ぼくもオモラシしちゃったし、おちんちんオシッコまみれだよ? あとで洗えばいっしょだよ」と流斗は全く気にする様子もない。

 流斗の尻から、控え目なガス放出の音がした。反射的にセイラが鼻を摘まむ。

「えへへ、おならしちゃった……、うんちもすぐ出てくるよー」

 流斗は自分の尻に目をやって、そこに年上の女子二人が視線を当てているのを確かめて、嬉しそうな笑顔を浮かべる。これからしようとしていることの是非さえ問わなければ、小振りな尻から上に辿って着くのが文句なく愛らしい相貌であり、その巻き毛も手伝って、さながら天使のようである。

 だが、天使は恐らく、排泄しない。

 ぬちりと音を立てて、流斗の肛門が膨らんだ。

「えへへー、出てきたよぉ……? ぼくのうんち、太いんだよー、おっきいの出せるの、自慢なんだ」

 言いながら、流斗は半猿の尾を其処から垂れ下がらせる。立ったままの排便など不慣れなはずなのに、昴星の足の間に排尿しながら器用にそれをやりこなす。

「あ……、昴兄ちゃんももう出る?」

 二つの水音が重なった。真っ赤になった昴星は流斗のペニスに向かって放尿し、跳ね返る飛沫を浴びながら震えている。広がる匂いに、才斗のペニスがセイラの手のひらの中で一つ跳ねたが、彼女は同い年の少年の屈辱的な姿を呆気に取られて見ているばかりだ。

「どう? どっちのが太い?」

 鼻を摘まみ顔をしかめて、チヒロが昴星の後ろに回って、……「わあ」と思わず声を上げ、ついでに臭いから守る手も離してしまって噎せる。

「すっ、……すっごい太いの……、超臭い!」

 ほとんど悲鳴のような声で言う。流斗の尻から下がったものが重さに負けてぴたんと便器の中に落ちた。それだって、一般的には十分に太いものだが、才斗は昴星のそれが、流斗を更に上回るほど太いことを知っている。

「えっ」

 昴星が広がった肛門を震わせて最初の塊を便器の中に落としたのを見て、セイラも声を上げた。それが想像以上のボリューム感を持った物体であったことに、彼女も驚きを隠せないのだろう。

「ぼくの、もうおしまい。もっといっぱい出るかと思ったんだけどなあ」

 すっきりした表情にやや残念そうな色を混ぜて、流斗は昴星の両手を持ったまま身を引く。

「昴兄ちゃんのオシッコでビチョビチョになっちゃった。でもあったかくて、なんだか気持ちよかったなぁ。ちょびっとだけオモラシしたみたいだった」

 流斗のペニスは既に半勃起状態である。しかし少女たちは流斗に引っ張られて尻を突き出すような格好のまま立位の排便を続ける昴星が生産し続ける焦茶色で悪臭を放つ物体から目を反らせない。

「撮らなくていいの? 男の子のお尻の穴だよ」

 流斗の言葉に我に返ったようにチヒロが、そしてセイラも、才斗から手を離して携帯を構えた。

 我慢していたのだろう、……当然のように、排便するつもりでいたはずだから。

 そして、太くて硬い塊が其処を通過するという状況は、昴星に才斗のペニスを想起させるには十分であるはずだし、ことここに至ってはいよいよ、昴星の中にある露出的マゾヒズムが隠しきれないボリュームになっているに違いない。

「あ、昴兄ちゃんおちんちんおっきくなってる」

 ポトンと尻尾を切って、また新しい塊を覗かせる昴星の陰茎に、流斗の言葉が注意を向けさせる。

「どうして……?」

 セイラが、先端の濡れた昴星のペニスを見て、不思議そうに訊いた。勃起ペニスもこれで三本目となれば、次第に遠慮や奥ゆかしさは失われて行くのが判る。

「っていうか、……あれ? 勃起ってさ、触ったりするとちんちん大きくなるもんなんじゃないの?」

 チヒロの言葉の意味するところを、すぐに才斗は理解した。もう臭いにも慣れたか、彼女は昴星の濡れた性器に手を延ばして、その感触を確かめる。

「芯が通ったみたいに硬くなってる……、けど、大きさはほとんど変わってない」

 彼女たちにしてみれば、昴星が勃起した理由も判らなければ、角度だけ変えて、ほんのり膨らんで伸びただけのペニスのサイズも不思議なものであるのだろう。才斗も流斗も昴星の陰茎が勃起してもほとんど大きさに変化を見せないことはもう解っているから何の驚きもないが、まだ異性の性器に疎い少女たちにとっては事態を図りかねているのだろう。

「昴兄ちゃんのおちんちん、いつもこんなだよ。ほら、ぼくのほうがおっきいでしょ? うんちは負けちゃったけど、おちんちんはぼくの勝ち!」

 すっかりそこを立ち上がらせた流斗は昴星の手を離し、ピンと背伸びをする陰茎を指で弾いて得意げだ。それから壁に手をついて尻を向けると、

「セイラねえちゃん、ぼくのお尻きれいにしてよ」

 と汚れた場所を可愛らしく揺らして見せた。

 セイラは困ったような顔でいたが、流斗がオムツの中でぐっしょりと濡らしたブリーフを個室の隅から取り上げて裏返し、「ほら、ぼく拭くの上手じゃないんだ。ときどきこんなふうに付いちゃうから」と汚れを見せびらかすと、「もう……」のペーパーを手に取り、呆れながらも満更ではないような顔でそこに左手のカメラを向けながら、流斗の肛門を観察しながら、ビニール手袋を装着した手で拭き清めていく。

「昴兄ちゃんも、チヒロねえちゃんにきれいにしてもらいなよ」

肩幅に足を開いたまま、下半身の反応を隠すことさえ思いつかないように呆然と立ち尽くしていた昴星が反射的に流斗に目を向ける。

「もう全部見られちゃったんだよ? 今更恥ずかしくなんかないよね?」

 チヒロに尻の穴を拭かせる流斗はくすくすと笑って振り返る。

「六年生のお兄ちゃんなのに、オモラシして、うんちして、おちんちんのちっちゃいこととかも、全部」

「あたしがやだなー、昴星くんのうんこすっごい臭いし」

 言いながら、チヒロはもう一枚シャッターの音を響かせてからペーパーを手に巻き取り、昴星の肛門の汚れを拭き取り始める。才斗は女子二人の興味が昴星と才斗の肛門に移ったところでジャージを上げ、勃起を隠していた。しかし未だ、熱は収まらない。才斗は自分をサディストと思ったことはなかったが、女子によって散々に辱めを味わされている昴星が常ならぬ興奮を味わっている様子を眺めていると、こういうのもいいかもしれないという気がしてくる。いつも昴星のして欲しいことしたいことを求められるままにしてきたが、これからは少しぐらい意地悪してやってもいい、と。

 男に渡した「鮒原昴星取扱説明書」は、全て才斗が自分の頭で考え、書き出したものである。それを昨日あの男が活用し、昴星の新たな一面を引き出した。そうして出来たながれがそのまま、今日このときに繋がっている。才斗は昴星が今後これまで以上に魅力的になることを確信しないわけにはいかなかった。

「ひゃー、超ひくひくしてる、変なのー……」

 セイラの感想はあくまでも率直かつ素朴なもので、それが昴星にはずいぶん響くらしい。昴星はだらりと両手を身体の横に垂らしたまま、口を開けて立ち尽くすばかり。流斗の肛門を吹き終えたチヒロがその性器の震える様子をじっと見つめていた。

「おれのと比べてみれば?」

 才斗は彼女に言った。「大きさも違うし、触り心地も違うかもしれないぞ」

こっくりと頷いたセイラは、昴星の陰茎を掌の中に収めて、「……才斗くんのより、かたい……?」と首を傾げる。

「それだけこいつが興奮してるってことだろ」

「でもさ、どうして昴星くん勃起したの? うんこしただけだよね?」

「ときどきあるんだよ。ね?」

 流斗が意味深な微笑みとともに才斗へと答えを委ねる。

 才斗に深く考える必要はなかった。初めから用意されていた答えを、どのタイミングで言うかだけ。

「オモラシした後も、ときどき勃起してる。今朝もオネショしたパンツの中でこいつ、勃起してたし。……ああ、言い忘れてたけどおれとこいつは同じマンションに住んでるから、昔からしょっちゅうどっちかの家に泊まってたんだ。それで、……いつぐらいからかな、汚いパンツの中でいっつもこうやって勃起してるって気付いたのは」

 才斗がそこまで言ったところで、「昴兄ちゃん、恥ずかしいと勃起しちゃうのかも」流斗が綺麗に受け取った。

「きっとね、いますっごくどきどきしてるんだよ。ぼくがおねえちゃんたちのパンツ見ておちんちん気持ちよくなっちゃったみたいに、おねえちゃんたちに恥ずかしいとこいっぱい見られて気持ちよくなってるんだと思うな」

 二人の女子の目は、昴星が常日頃パンツの中に隠している場所を的確に捉えていた。

「ち……、違う……っ」

 昴星は首を振るが、その短く小さな陰茎の先端を濡らすのが先程二回目の放出がなされた尿ではないことを、少女たちはもう学んでいる。チヒロが何の遠慮もなく昴星の包皮の先に指を当てて、それが短く糸を引くのを確かめて、

「うそばっかり。違わないじゃん、このぬるぬる、気持ちいいときに出てくるんでしょ?」

 と嗤う。昴星が今更隠せるプライドなど、もう欠片も残っていない。

「ちんちん触られて興奮してるんだー、セイラ、そのまんま射精させちゃいなよ」

 チヒロがこういう類の知識について、より貪欲な吸収力を持つのだということについて、才斗は理解を深める。「恥ずかしいのが気持ちいいんでしょ? だったらさ、あたし撮っててあげる。さっきはあたしが流斗のこと初めて射精させたけど、今度はチヒロが昴星くんで射精初体験!」

 昴星には「いかない」という選択は残されていない。セイラのビニール手袋を細かな白い泡で濡らし、彼女が手を動かすたびににちゃにちゃと音を立てる性器は、失禁のような屈辱的な射精を自ら望むのだ。

 オモラシを女子に見られた。

 短小包茎の幼いペニスを撮られた。

 排便するところを見られた。加えて出て来たものを散々「臭い」と指弾された。

 そして、女子の前での射精。

 昴星が潜在的に求め続けていた快楽を否定するための材料は、昴星の身体のどこを探してももう残されていない。チヒロはもちろんのこと、セイラもその瞬間を見逃すまいと、興味津々の視線を昴星のペニスに送り続けている。

「や、だっ、やだぁ、やだよぉ」

 昴星は哀れさを誘うような声を上げて顔を両手で覆った。

「いいよ、やっちゃえ、さっき流斗にしたみたいにしこしこすればいいんだから」

 立ち上がり、動画で撮影するチヒロが煽る。「そうだよ、昴兄ちゃん、もうせーしオモラシしちゃいそうだよ」と流斗もチヒロの興味と昴星の性欲に酸素を送り込む。

 昴星の陰嚢の内側、二つ収まった珠がしみたのだろう。吸い上げられるような感覚に「ひぃいンっ」と高い泣き声を上げる。

 セイラの指の中で――つまり、初めて女子の手の中で――昴星のペニスが跳ねた。

 勃起してもサイズの変わらない性器の、まるで剥けない包皮の縁を震わせて、濃厚な精液が射出される。斜め上に飛んだ其れは重たく、便器の金隠しにも至らずに落ちた。二度、三度と繰り返されたバウンドが果てる頃、昴星の身体は才斗と流斗が二人がかりで支えなければならなかった。

 覆った顔でも、昴星がしゃくりあげて泣いているのは判る。

 けれど、少なくとも流斗は「可哀相」などとは思っていない。くすくすと笑って、「いっぱい出ちゃったね、昴兄ちゃん、おちんちんすっごくきもちよくなっちゃったんだね」と才斗には甘ささえ感じさせる声で耳元で囁く。

「でも、きっとおねえちゃんたちのお勉強になったよね。ほら、二人とももっと昴兄ちゃんのおちんちん撮っていいんだよー」

 流斗は昴星の身体を才斗に委ねた。重たい、とは思わないが、ぐったりと脱力して泣くことしか頭にない昴星を支えるのは一苦労、油断すれば二人分の便が溜まった便器の水溜りに足を突っ込んでしまいかねない。

「ぼくのも撮って。ほら、昴兄ちゃんとぼくのおちんちん」

 流斗の興味はもう次の射精へと移っているようだ。

 才斗はもちろん、別のことを考えている。昴星の心は深く傷を負った。

 このまま放っておこうとはもちろん考えていない。だって、この頭の悪そうな女子二人は昴星と流斗と、ついで才斗自身のペニスの写真まで四方八方に見せびらかしかねない。二人の女子に写真を撮らせるということがどれだけリスキーかということぐらい、聡明な才斗には判っている。

 だからこそ、布石は配した。

 此処に渕脇才斗がいる限り、昴星は何処までも安全なのだ。

 ポケットの中で才斗の携帯電話が震える。それは電話ではなく、メールの着信、合図。

 男子トイレの床を踏む、スニーカーの靴音。それがどんどん近付いて来る。

 チヒロが、セイラが、ビクンと身を強張らせた。それは昴星も同じ。ただ才斗と流斗だけは平然としている。

 ノックの音に、三人が身を硬くした。

「……流斗、そこにいるの?」

 男の声がドアの向こうから聴こえて来た。

 ただの「男」ではない。昴星が「うぇ」と小さく声を上げた。

「お兄ちゃん、いるよー」

「大丈夫? お腹痛いの? ……電話しても通じないし、外にはいないし」

 チヒロとセイラは真っ青に凍り付いている。流斗は「あのね、昴兄ちゃんがオモラシしちゃった」とドアの向こうに言う。

「え……」

「でね、チヒロねえちゃんとセイラねえちゃんといっしょに、昴兄ちゃんのおちんちんのお世話してたんだよ」

 青褪める二人の少女を尻目に、流斗はどんどんと言葉を紡ぐ。

「……流斗、開けて」

「はーい」

 二人が止める間もなかった。流斗は鍵を開錠する。すぐにドアは開いて、男の顔が覗いた。泣き濡れた昴星、ほとんど全裸の流斗、そして二人の少女と、彼女たちの手にある携帯電話を順に見て、男はすうっと息を吸って、「どういうこと、かな」静かな声で言った。

「才斗、君まで一緒になって、何をしてるの?」

 才斗は無視する。男はそうする才斗を見て、「三人は、そっちへ行って。……君たちはこの間の流斗の『友達』だよね?」三人の少年を隣の個室に移し、チヒロとセイラの逃げ道を塞ぐようにドアのところに立って訊く。

 二人は、何も言えない。

「おねえちゃんたちがね、男の子のおちんちん見たことないって言ってたから、ぼくと昴兄ちゃんのおちんちん見せてあげたんだー」

 流斗はにこにこ笑いながら、其れが叱られることでもなんでもないと信じるように男の背中に声を掛ける。

「……悪いことだって、わかってるよね?」

 男は静かな声で二人の少女に向けて言った。チヒロとセイラは石のように硬くなったまま、何も言わない。ただ、多分、微かに震えている。

「えーでも、ぼくだいじょぶだよ? おねえちゃんたちのお勉強になるなら……」

「流斗は黙ってなさい」

 男は厳しく短く流斗を叱り、再び二人の少女に顔を向ける。

「その携帯電話、貸して。……早く」

 少女たちから携帯電話を奪い取る。カメラフォルダに入った画像を見て、男はごく冷たい声で一言、

「消させてもらうよ。……君たちにはまだ早い」

 チヒロとセイラは何も言い返さない。実際、「見せてあげる」と言ったのは流斗だけれど、少年より二つ年上の二人がそれに全面的に乗っかってきたのは事実だ。

「ぼくのは消さなくてもいいのにな」

 流斗が言った。男は背中を向けたまま「流斗、後でゆっくり話をしよう」とだけ言う。

 男は携帯電話を二人に返し、「行きなさい。……流斗にはもう、ここには来させないから」と戸口を開ける。

 二人の少女が逃げていき、その背中が校門から消えるのを見てから、

「はーあああ……」

 と男は盛大に溜め息を吐いて、しゃがみこんだ。

「緊張しました?」

 才斗が訊くと、「したよ! そりゃあっ……。ああもう……」と情けない声で叫ぶ。しかしこの男が現れてくれなければ昴星の秘密も才斗の陰茎の勃起までも、彼女たちの携帯電話に飲み込まれて何処で吐き出されるか判ったものではなかったのである。

 もちろん、才斗が今朝のうちに男に話を通しておいた結果である。流斗にしろ判っているから「ゆっくり、おはなし?」と立ち上がった男にすっぽんぽんのまま抱き付いて甘える。

「ぼく、おはなしだけじゃなくってもっと遊びたいな。お兄ちゃん、こんな早く来るなんて思ってなかった」

「おれはもっと早く来て欲しかった」

 ぶっつり、才斗は言い、まだ何が起きたのか判っていないで便所の隅っこで股間を隠したまま、涙目で見上げる昴星の髪をぐしゅぐしゅと撫ぜる。

「な……、なんで……? なんで、おにーさん……」

「今朝、才斗に言われてね」

 はぁ、と溜め息を吐いた男は少し疲れた笑みを浮かべて説明する。少々申し訳なさそうに。

「昨日、才斗が書いた手紙をぼくに渡してくれたね。あれに書かれていたんだ、その、昴星の、……悦ぶことについて」

「おれの……、よろこぶこと……?」

「あくまでおれの分析で、だけど」

 前置きした上で才斗は昴星を立ち上がらせる。「おまえの悦びそうなこと、お兄さんに教えた」

 前の日に、自分がしたこと、されたこと、……思い出したのか、

「あー!」

 大きな声を昴星が上げる。

「実際、才斗の分析は正しかったんだろう」

 男が才斗の言葉を引き取る。

「だからぼくは今朝、才斗に昨日の結果報告をした。その上で才斗も、自分の仮説に基づいて昴星を幸せにしてあげようとした」

「しあわせになってたよ、すっごく」

 流斗が、男のいなかった時間に起きたことを一言で総括する。

「ぼくより、もっともっと、ずっとね。ねえお兄ちゃん、ぼくここ来ちゃダメ? せっかくおちんちん見てくれる女の子とおともだちになれたんだけどな」

 ダメに決まってるだろそんなん。しかし才斗は言葉を飲み込んで、溜め息に換えて吐き出す。

「まあ……、それはいいんじゃないかな。もちろん、『いとこのお兄ちゃん』としては『ダメ』って言うしかないんだけど」

「ぼくには『いとこのお兄ちゃん』なんていないもん」

「うん、ぼくにも残念ながら可愛い年下の『いとこ』はいない」

 くすくす笑って、流斗は背伸びをして男にキスを強請る。

 才斗の手に立ち上がらされていた昴星だったが、

「あー……、もう……、死ぬかとおもったぁ……」

 情けない涙声を出しながら、またしゃがみこんでしまった。

「おれがいて、あんなことさせるわけないだろ」

 あくまでも保護者、そして何よりも恋人。才斗が護るのは昴星の心をまるごと。傷を以って悦ぶというのなら、その傷はせめて、修復可能な形でなければならない。

「流斗、パンツとかは?」

「おトイレのなか」

「ああ……、オムツしてたんだ?」

「うん、だからきれいだよ。体はちょびっとオシッコついてるけど」

「ちょびっと」ではないことは男の鼻にも明らかなはずだが、「いつまでもそんな格好でいたら風邪ひいちゃうよ」と彼は甲斐甲斐しく流斗の世話を焼き、一先ず流斗に服を着せて、

「じゃあ、ぼくらは行こうか」

 と少年に促す。

「えー、でもぼく……」

「それは、まあ……、此処でなくっても」

 賢い少年は「お兄ちゃん」の言葉の意図を汲み取って、「うんっ」と嬉しそうに頷く。

「じゃーね、昴兄ちゃん才兄ちゃん、またこんどね」

 才斗は「ああ」と年上の友達と一緒にトイレを出て行く流斗を見送り、改めて昴星に向き直る。

「……ひでーよ、おまえら……、あんなん、おれっ……」

「ひどい、か」

 才斗は腰を折って、涙の伝った跡の残る少年の頬に触れる。

「あの人や流斗に文句は言うなよ。二人はおまえのための手伝いをしてくれただけだ。考えたのはおれなんだ」

 顔を上げた昴星は、じっと才斗を睨む。才斗は微かに唇が微笑むのを思った。

「なに、わらってんだよ……」

「いや。……おまえは変態だなって」

「はぁ?」

「だって、あんな状態で勃起するんだもん。そんなの、変態じゃなきゃ出来ないだろ。おまえは流斗のこと『すごい』って言うけど、おまえだって同じくらい、……いや、もっとかも知れないぐらい『すごい』と思う」

 昴星は怒っている。怒ってはいるけれど、才斗が何故笑うのかを計りかねているような顔でいる。

 才斗は身を起こし、個室の中に置いたままの鞄から、「着替え。いつまでもフルチンでいたくないだろ」と洗濯済みの一揃いを引っ張り出す。ブリーフだって、新品同様のきれいなものだ。

「おれは本当は、おまえのちんこ、誰にも見せたくない。あの男にだって見せたくはないし、さっきあの女子たちがおまえのいじくりまわして、それでおまえが勃起してっていうの見て、気が狂うかと思った」

「な……、なんで、おまえが……」

 微笑んだまま才斗は言い切る。「おまえが好きだからに決まってるだろ」

 鞄の中から取り出した清潔なタオルを蛇口の水で濡らし、才斗にとっては強烈に魅力的なものである匂いのもとを、丁寧に拭う。昴星のペニスは縮み上がって、陰嚢の皺を目立たせている。その恥ずかしいフォルムを隠すために下着に足を通させ、替えのハーフパンツも腰まで上げる。

「でも、おまえを喜ばせたいって思ったら、それもガマンできる。おれ一人じゃ、こんなこと考え付いても実行には移せない。あの人が昨日実践してみて、はっきり確信出来て、流斗が手伝ってくれたからだ。……昴星」

 恋人を立ち上がらせて、抱き締めて、……抱き心地のいい身体をしっかり、護る。

「おれはさ、おまえが幸せになれればいい。どんなことでもそれでいい。だけどおれはおまえが心配だ。おまえは流斗みたいに器用じゃないし、気だってあいつみたいに大きいわけじゃない。言っちゃあなんだけど、頭だって良くない」

 昴星の身じろぎを両腕で受け止める。

「でも、おまえの側にはおれがいるから。おまえをちゃんと気持ちよくした上で、おれがちゃんとおまえのこと護ってやれるのが、いちばんいいって思ってるから」

 言ってみれば、それは最初の約束ということになる。才斗が昴星という、非常に困った少年を「恋人」と呼ぶのだと定義したときに交わした約束。他の誰にも知られてはいけないような秘密を、二人で護っていくのだと。

「なんで……、おまえばっか、そんな……」

 戸惑った声を上げながらも、昴星の両腕が才斗の背中に回る。

「おれだって、……そんなん……、おまえがちんこ出して、あいつらに見せたとき……」

「おれはだって、ちゃんと消させるって判ってたし」

「でもっ、あいつらにおまえのちんこなんて見せたくねーし!」

 おあいこだ、昴星だってちゃんと判っていることを、面倒臭い再確認をしただけのことだ。

「おまえはやりたいようにやればいいよ、昴星」

 才斗は少し乱れた昴星の髪を手櫛で整える。サラサラの、生まれたときから自然と赤味を帯びて、学校で新しい担任になるたびに指摘される色の髪、いい匂いのする昴星の髪だ。

「ただ、出来るだけおれがおまえの匂いを嗅げる距離の中でだけにしてくれよ。あの男や流斗とどんなことをしてもいい、けどその代わりに、おれがちゃんと護ってやれるぐらいのところにいて欲しい」

「ん」

 昴星も才斗の匂いを嗅ぐように、その肩に鼻を当てて頷く。

 これからどうする、と問う必要はなかった。才斗が頬に触れただけで昴星は顔を上げ、そのまま口付けを受け止める。舌は自然な動きで絡み合う。昴星の目には怒りも悲しみもなく、ただ安堵と喜悦だけが満ちている。

「才斗、才斗、おれ才斗のこと好き」

 知ってる、なんてことは言わない。「好きだよ」と同じ言葉を返す。

「なあ……、おれ」

 昴星がもじもじと腰を動かすたび、ハーフパンツはシャカシャカと鳴る。前部を才斗のジーンズに擦り当てて、恥ずかしそうに欲を訴える恋人の頬にもう一度キスをして、

「誰か来たらまずいだろ。それとも、それ期待してんのか?」

 少々意地悪なことを言った。昴星はむっと唇を尖らせたが、しかし腰を止めた。酷いやり方で火達磨になった身体を急激な形で冷やされたばかりだ。それでも緩んだ心はまたすぐあったかくなって、才斗を求める。

 求めてくれることばかりは、才斗としても素直に嬉しいと思えるのだ。

 でもその場所はここでなくてもいい。

 どこでもいいのだ、ここでも、城址公園でも、或いはどこか別のトイレでもいい。才斗が護れる場所でならば。

 しかし、それならば自分たちの匂いが染み付いたベッドが一番いい。

「帰ろうぜ」

 こっくり、昴星は頷く。ただ、「ちょっと待って」と小便器の前に立ち止まって、ハーフパンツから半分ほどまで力を収めた陰茎を取り出す。

 白い陶器の器に向けて、短い包茎から飛沫を迸らせる。散々放尿したあとでも昴星の陰茎が注ぐ液体は黄色さが見て取れる。

「はぁあ……」

 立ち上る湯気はトイレ特有の臭いとは全く異なる、昴星しか持ち得ない尿臭。

「……おお」

 ぶるぶるっと震えたとき、昴星の陰茎はもうすっかり元の小ささに戻っている。ブリーフにそれをしまった途端、清潔な下着の前に小さな染みが生じたところが、才斗には見えた。

 振り向いて、少しバツの悪いような顔で、

「あのさ、帰りまたどっかでトイレ行きたくなっちゃうと思うけど、そうなったらごめんだけど、電車降りるかも」

 言う。

「……なあ、才斗、聴いてんのか? ……うお」

 ハーフパンツを上げかけた昴星をそのまま抱き締めて、……ダメだ、と才斗は溜め息を吐き出す。

 どこでもいいなら、もうこの際、ここでもいい。

「え、ちょっと、才斗っ、こ、ここですんのっ……」

 湿っぽいスポットを手のひらの中で揉みしだきながら、才斗は頷く。昴星はもう何度も射精をした後だが、才斗はそんな昴星の臭いを嗅がされれば呆気なく反応してしまうくらい、溜まっているのだ。

「ま、待って、待って才斗っ、パンツっ、これ着替えもうなっ……」

 湿り気の中に熱が混じり始めた。才斗はもう夢中になって昴星の膨らみを揉みしだき、抗いを唇を塞ぐことで留め、……昴星がとまどいながらも才斗のジーンズが帯びる熱に手のひらを当てる。もう止められない。

 何処でも、大差などあるものか。

 一緒にいれば、其処が一組の恋人のための空間になる。……ただ、少しだけでいいから場所をずらそう、プライベートな空間へ、個室へ。

 昴星と流斗の落し物を、足でレバーを踏ん付けることで押し流しながら、流斗は昴星のブリーフに鼻を当てる。すぐに呼応する震えが布の向こうから伝わり、新しい匂いが鼻腔を満たした。

 


back