i-SWITCH 04

 

 好き、という言葉を遣り取りしあうようになった。そうなったらもう、「友達」でも「幼馴染」でも「親友」でもなくて、渕脇才斗と鮒原昴星、歳幼い二人の少年は、「恋人」である。

 才斗は生来、慎重な少年である。その歳の少年としては慎重すぎると言ってもいいだろう。そんな彼が「同性愛」という、人間の常道から著しく逸脱するような関係を結ぶことに抵抗がないはずがない。けれどそういう関係を確かめ合う以前からしてもう、膚を重ねることは二人にとって日常であったし、そもそもそのきっかけは昴星の身体から漂う僅かな「匂い」に才斗の下半身が本人の意図と裏腹の鋭い反応を示してしまうからであり、もう、事故のようなもので、起きてしまった以上は才斗が前提を否定するわけには行かないのだ。

 下着に付いたオシッコの匂いが好きなんじゃない、と才斗は否定する。

 其れが昴星の物でなかったら、一体どんな意味がある? 昴星の身体だから、こんなに胸が苦しくなるんだ、昴星の匂いだから、こんなに興奮してしまうんだ。

 人間の身体から出てくるの匂いにそう差はないはずだ。他の誰とも変わらないはずだ、……実際才斗は、昴星以外に二つ年下の従弟の流斗のブリーフの匂いを嗅いで確かめた、はっきりと差がある、同じ匂いであっても、やっぱり昴星のブリーフに興奮を催してしまうのである。

 行為に酔っているだけではないのか。繊細な少年はそう思い悩みもした。昴星は才斗の「味」を求め、結果的に才斗に快楽を与える。才斗だって気持ちよくされれば、おればっかりじゃ悪いしと思うからお返しをする。二人で気持ちよくなるのは――やり方はどうあれ――素敵なことだ。昴星を単純に、自分を幸福にする機械として思ってるだけなんじゃないのか。

 けれど、違う。昴星が笑う顔は才斗を苦しいくらいに嬉しがらせる。どんな些細な言葉だって、それこそ馬鹿げたことでも意地悪なことでも、ことによっては大いに心配させられるようなことであっても、昴星の口から出てくるから耳を澄まして聴きたい。

 おれたちは「幼馴染」だった。生まれてからずっと一緒だった。

 だからこれから先、どんなことがあったって、ずっとずっとずっと、一緒にいたい。

 そういう感情に、いとしい、と名前をつけることが妥当であるという結論に、この慎重な少年は至ったのである。

 とはいえ、することに大きな差が出来たわけではない。

 いや、そうでもないか、……才斗は考える。少しずつ、何と言うか、深度が増している。より、共感を得られない方向へ進んでいる。こんなことしちゃっていいのか、と思うようなことだってするようになった。しかし昴星は其れをしたがるし、昴星が悦ぶ顔を見るのは、やっぱり才斗にとっては嬉しい。だから、結局してしまう。どうもこのところ、才斗は昴星の怠惰さが少しずつ伝染しつつあるらしい。もちろん、互いの身を健康に保つための情報収集は欠かさない才斗ではあるが。

 週に二回の水泳教室から戻る道すがらで、プールの中に居る間はせっかく涼しかったのにまたすっかり汗をかいてしまった。エレベーターで五階に上がると、もう部屋の前に昴星が鞄を提げて立って居る。才斗以上の汗っかきである昴星だが、ランニングシャツから伸びる腕はさらりと乾いている。「おけーり」

「いつから待ってた?」

「いま。ベランダからさ、おまえが帰って来んの見えたから。腹減ったよ」

 外廊下に差し込む夕陽に顔を顰めながら昴星は言った。

 今日も、渕脇家・鮒原家ともに両親不在である。そういう夜にどちらかの家で一緒に食事を取るのはここ何年もの習慣であるが、この数ヶ月、そういう夜にすることは決まっていて、特に「恋人」を意識するようになったここ数週間はより貴重な時間に思えるようになってきた。才斗は悴む指で鍵を回し、部屋に昴星を招き入れる。まずは炊飯器のスイッチを入れ、水着を洗い、それからおかずを作って。「おまえ、洗濯物は?」と訊けば、鞄を差し出す。中には昨日一昨日の分の昴星の汚れ物が体操服と一緒に入っている。其れを自分のものと一緒くたに洗濯機に突っ込んで、洗剤を振り掛ける。

 こういう家事全般を、才斗は苦もなくやってのける。両親が仕事の都合で不在がちなのはずっと昔からのことで、そういう両親のために自分で出来ることは何でもやろうと思い決めているのだ。一方で昴星は家事はからっきしで、才斗が夕飯を作らなければコンビニ弁当やインスタントラーメンで済ましてしまうし、相変わらずしょっちゅうオネショをして汚したシーツもそのままにしてしまう。二つの理由が重なって、才斗は学業運動だけでなく家庭科も得意な少年となるのである。

「今日の晩飯なに?」

 冷蔵庫を開けて、才斗は少し考える。「……じゃがいものオムレツと、けんちん汁でいいか?」

「うん、別に何でもいい」

 テレビのスイッチを入れて、昴星はソファでくつろぐ。まるで自分の家のようだ。才斗は手際よく野菜を切りつつ、自分の立場を損だとは思わない。ただ、昴星に「美味い」と言って欲しいという願いを、そもそも意識さえしないまま、彼は愛情に基づいて行動するのである。

 

 

 

 

 食後、歯を磨いて、風呂を沸かす。沸くまでの間、洗濯物を外に干す。明日の夕方まで雨は降らないと天気予報は言っていたから、外に干しっぱなしで良いだろう。……その段になって、「……おい、パンツどうした」ということに才斗は気付くのである。

 昴星は才斗の恋人である。昴星自身、何処まで本気でそう思っているのかは判らないが、とにかく現実問題そういう関係の二人なのである。義務感ではなく、使命感に基づいて二人は行動する。ソファで食休みしていた昴星が「ひひひ」と笑って鞄の底から二日分のブリーフを引っ張り出して、ひょいと才斗に放るとき、きっと彼の心の底には「才斗のため」つまり「恋人のため」という気持ちが在ったに違いない。

 放られたブリーフ二枚を受け取って、才斗は黙りこくる。

「あげる。嗅いでいいぞ」

 それは、昴星のものでなければ不潔の一言で切って捨てるようなものだ。触るのだって躊躇われる。二枚のうち片方は、間違いなく失禁したものだ。しかし其れがただ失禁したのではなく、オネショしたものなのだということまで才斗は見抜く。それぐらい、才斗は昴星の下着に詳しくなっている。

「おまえ、布団は」

「ちゃんと干した。タオルケットとかシーツとかも、めんどかったけど自分で洗ったよ」

「……当たり前だそんなの。ほっといたらカビ生える」

 もう一枚は、それほど汚れていない。しかし、一日昴星が穿いたものである。いつも碌に後処理もしないでブリーフの中に仕舞うだらしなさを証明するように、十円玉大の染みが付いている。

 こういうブリーフを、当たり前のように昴星は才斗に譲る。二人で過ごす時間が今まで以上に増えたから、オナニーの回数は漸減傾向にあるのだが、それでもこうして月に何枚か贈り物をする。それで減ってしまうブリーフを、また自分で買ってきて、こうして汚して贈り付けるというルーチンワークを昴星は欠かさない。

「だって、今日も、するだろ?」

 ひょいとソファから立ち上がり、昴星は二枚のブリーフを持って立ち尽くす才斗に歩み寄る。背伸びをして、頬にキスをした。「おれはさー、おまえがいっぱい興奮してさー、いっぱいせーし出してくれたほうが嬉しいから」

 キスをされた頬が、じんわり熱い。

 もちろん、判っていた、そういうつもりで居た。この後、一緒に風呂に入る。裸になれば、そういうことになる……、だから、愉しみで居た。

 けれど、不意を突かれるのはやっぱり弱い。心臓がどきどき、腫れたように鼓動を響かせている。

「才斗」

 嬉しそうに笑う昴星の顔が、才斗は大好きだった。歳よりも幼く見える相貌は、当人は無自覚らしいが、文句なく愛らしい。女装しても平気なぐらい、愛らしい顔をしている。……実際今年の夏、昴星は女装したのだ。とあるきっかけで知り合った年下の少女から貰った学校水着を身に纏い、砂浜を闊歩する彼を、誰も男子であるとは思わなかった。手足が細く着痩せし、実際の数値も痩せ気味ではあるのだが、裸になると何となく柔らかみのある身体をしていることも影響していただろう。脂質が腹や胸に備わっていて、角度によっては、ちょっと、本当に女子みたいな身体に見えてしまう。

 そして、夏休みの終わり、昴星は同じく年下の女子から洋服を譲り受けた。女子から貰う洋服だから、其れを昴星が着るというのは、要するに「女装」ということになる。その姿に胸を打たれて、……しかも昴星は「おまえが悦んでくれんなら嬉しいな」などという主旨のことも言った。才斗が昴星を愛してしまうのも、無理からぬことと言えただろう。

「セックス、しよーぜ、才斗」

 しっかりと昴星は才斗に抱き付いて言った。大好きな匂いが、その髪から薫る。

「セックス……」

「いーっぱい気持ちよくなろうぜ?」

 頬へのキス一つ貰っただけで、そして鼻を擽る匂いをちょっと嗅いだだけで、もう心がとろとろになってしまう。ぎゅ、と抱き付く昴星の腕の力に、溜め息が零れた。

「……したい、のか?」

「おまえは、したくない?」

 こんな近くに昴星が居る。おれの腕の中に居る。

 十年以上一緒に生きてきて、これまでで一番距離が近いように思えた。もちろん、これからもっともっと近くなっていく。やがて、一つになってしまうのだ。

「……したい」

「ん。じゃー、おれ、いっぱい、気持ちよくなっていい? ……おまえと一緒にさ」

 昴星は可愛い。知っていたはずのことを、改めて気づかされて、才斗はこっくりと頷いた。「ひひ」と昴星は嬉しそうに微笑む。その顔が見たかったのだ、ずっと見て居たいのだ、……ゆっくり噛み締める暇も与えず、腕の中で背伸びをした昴星が唇を重ねてきた。

 当たり前の、恋人である。

 男であるということ以外は。

 これからの行為が常軌を逸している以外は。

 しかし其れがどんな意味が在るだろう? 才斗は思う。確かにはじめ昴星が「オモラシすんの好き」と言い出したときにはとうとう頭がおかしくなったのかと思ったことは事実であるが、其れさえも日常に変えてしまうことが出来るのだ。其れは「日常」なるものの周囲を巻き込む力が強いのではなくて、単におれたち二人でやってるからだと才斗は断じる。

「ひひ、才斗、もう勃ってんの?」

 二人の行為は家が舞台になる場合、まずはトイレから始まる。浴室から始まることも多い。いずれにせよ、二人で愛し合おうと思ったなら、背景はそういった場所である方が都合がいい。

「……しょうが、ないだろ、そんなの……」

 ひひひと笑いながら才斗のジーンズが窮屈になっているのを掌で捕えて、嬉しそうに昴星は笑う。「大好きだぜー、才斗。おれさ、おれでこんななるおまえ、大好き」

「……でも」

 才斗は唇を尖らせる。「おまえ、流斗とも同じようなことするし……」

「んー?」

「何ていうか、その……。おれだって、おまえのこと大好きだ。けど、おまえのこと好きなのは、おまえの匂いがとか、可愛いからっていうんじゃなくって、おまえが、おまえでおれの傍に居てくれるだけで好きなんだから、その、あんま、いろいろしてくんなくてもいい」

 其れは才斗の、謙虚ではあるが本当の気持ちだった。流斗とそういうことをするのも昴星は好きで、昴星と同じくオモラシをするのが好きな流斗の方が、おれよりも昴星には似合っているんじゃないかとも思う。それに、いつか昴星が「やっぱホモやだ。女がいい」と言い出さないとも限らない。

 そう言われたら、「わかった」と素直に道を譲ってしまう自分が、才斗には容易に想像が付く。

 昴星はぎゅっと抱き付いて、「わっかんねーかなー……」と背伸びして頬にまた口付ける。

「そりゃさ、おれ、流のこと可愛いと思ってるし、好きだよ。だけどさ、気持ち的な順番で一番は、ずーっとおまえ。それは変わんないよ、これから先もずーっと」

 そう言われれば、其れを信じるのが自分の努めであると才斗は思う。

「な、才斗、今日も挿れる?」

 昴星は甘ったるい声で囁く。才斗の身体がピクンと強張ったのを、彼は確かに感じたはずだ。

「……身体、大丈夫、なのかよ」

 声は微かに掠れた。

 昴星と本当に「セックス」と呼べる行為が出来るようになって、まださほど時間は経過していない。同級生たちとそういう会話をすることはないが、学年全体で見ても「セックス」をしている同い年はそれほど多くないはずだし、二人のように同性同士でしているものとなれば他には居ないはずだ。

「へーき。……そうだ、見るか?」

 昴星は才斗の腕の中からするりと抜けて、鞄の元へと走る。才斗の腕にはまだ、昴星の汗交じりの体臭が甘く残っている。

「これ。いいだろ」

 昴星が取り出したのは、何やら薬瓶のようなものである。手渡されてよく見てみれば、総合サプリメントの錠剤であって、「乳酸菌一億個」とか「豊富な食物繊維」とか書かれている。

「おかーさんにさ、才斗に作ってもらえないとき、ご飯だけだとバランス悪くなるから買ってって頼んでさ」

「……大概おれが作ってるのに」

 栄養バランスを整えることに主眼が置かれているのだろうが、このサプリメントが誇って居るのはラベルからも判るとおり、腸内環境の改善であろう。元々昴星は腸に不安のある方ではない。「これな、先週から一日五粒ずつ飲んでんだ。そうするとさ、毎日たっぷりすっきりになるんだ」

「ああそう……」

 まさかこのサプリメントを作ったメーカーだって、良好なセックスライフのために服用する少年が居るとは想定していないだろう。

 才斗と昴星のセックスは、肛門を用いる。以前はブリーフの穴を以ってその代用としていたが、才斗としてはやっぱり、そのやり方を知ってしまった以上、其れをしたいと願ってしまう。

 肛門を用いる交合は、気軽に行うわけにはいかない。相応の下準備が必要となる。二人の場合、具体的には指を使って解して、まだ成長途上とはいえ昴星よりはずっと大きい才斗のペニスが侵入出来るよう、開くのだ。

 才斗自身も一応試したことがあるが、その「開く」という行為が身体にはかなりの負担になる。本来閉じているのが自然な場所を物理的に抉じ開けようというのだから、当然と言えば当然のこと。その痛みを自らの身を以って味わってからは、やっぱり無理だよなあなんて、諦めの気持ちになった才斗だったのであるが。

 先日、昴星の女装野外露出に付き合ったときのことだ。一緒に入った個室で、才斗の恋人は目の前で排便して見せた。

「立派な」という表現が正しいかどうかは判らないが、とにかく少女とも見紛うほど愛らしい顔立ちからは想像も出来ないような物体を産出した昴星のその場所は、才斗の性器をすんなりと受け容れることが出来たのである。

 以降、昴星が「セックスをする」と言えば、まずその準備として排便することを含むし、昴星が腸内環境を整え良質な便を排出しようと心がけるのは自然ななりゆきと言えた。

 二人はトイレに移動した。どのみち、昴星はセックスの過程で一度はオモラシをしたがる。場所はトイレかバスルームのどちらかがいいに決まっている。

「んー、したら、まずオシッコしていい? うんこ、まだ出ない」

 好きにしろよ、とぶっきらぼうに言う才斗に、昴星は笑う。長い付き合いだ、才斗が嬉しさを押し殺していることぐらい、昴星はとうに見通して居るのだろう。「じゃあ、オシッコする、ってーか、オモラシするよ」と、昴星はランニングシャツを脱ぎハーフパンツを脱ぎ、ブリーフ一枚だけになる。ようやく海での女子水着着用に伴う、男子に在るべからざる日焼け跡が目立たなくなりつつあった。昴星は便座を下ろし、その上に「よっと」と立ち上がる。

「何やってんだ……、座ってしろよ」

 いや、便座に尻を預けて失禁するというのもおかしい。オシッコは、ちゃんとパンツを脱いですればいいのだ。そんな常識など、とうに二人は超越しているけれど。

「だってさ、こーするとさ」

 昴星は便器の分だけ高い視座から才斗を見下ろして笑う。長い髪が垂れる。「おまえの顔と、近いじゃん、おれのちんこも、オシッコも」

 幼馴染で在ると共に恋人で在るということは、こんな風に相手のことを思い遣る気持ちが自然と湧き出て止まらなくなるという幸福な事態を招くのかもしれないと才斗は思う。残暑厳しい日、ずっと昴星のハーフパンツの中で蒸らされ、たっぷりの汗とちょっぴりのオシッコを吸い込んだ白布は、確かに昴星の言うとおり、そのままでも十分過ぎるくらいに魅力的な代物だ。

「すっげー嗅ぎたそうな顔してんなー」

 昴星に指摘されるが、「うるさい」とぶつり、唇を尖らせて言ってしまう。素直でないのが良くないところだと才斗自身判っているのだが、そういう才斗だと昴星は知っているから、「ほれ」と腰を突き出して、

「漏らしたら、匂い変わっちゃうぞ。この匂いなのは今だけだぞ」

 才斗の鼻にブリーフを近づける。

 小さく柔らかな膨らみには、薄っすらと浮かんだ染みから漂うツンと刺激的な尿臭と、全体から薫る円やかな汗の匂いとが詰まっている。もちろん、二枚重ねの布の奥にあって、ブリーフにオシッコの染みを作ってしまうようなだらしない陰茎からも臭いは届く。全く才斗は昴星の匂いについては幾らでも嗅ぎ分けることが出来るのだった。

「いい匂い?」

 気付いたときには、才斗は昴星の尻に手を回し、形のいい鼻を押し当てて深々と吸い込んでいた。滑らかなブリーフに包まれた昴星の尻は柔らかく、それだけで可愛らしい。しかしそれ以上に鼻に届く、脳味噌が蕩けるような、魅力的な、昴星の匂い。こんな幸せな匂いを自分に嗅がせてくれる昴星は、やっぱり愛しい。……斯様な欠片で愛情を意識する自分を疑問視しないではないが、それでも愛しさは幾らだって募った。才斗は益々下着の中が窮屈に思えてくる。五年の頃にはトランクスが大勢を占めていた才斗の下着だが、このところはまた、昴星に強請られるからブリーフを穿く機会が増えている。

「出していい?」

 昴星が訊いたから、顔を離す。「ひひ……、出るぞー……?」昴星は緩やかな線で描かれる腹に掌を当てる。時折昴星に頼まれてする、下着を穿いたままの放尿に才斗は未だ慣れることは出来ないでいる。何と言うか、力加減が判らないのだ。

 しかし、昴星の其れはいつでもスムーズだ。

 布の奥から、歯の隙間から細く息を吐き出すときのような水音が鳴り始める。……すぐには、溢れ出さない。昴星の体温よりも熱く思える液体は暫し――ほんの数秒――ブリーフの中の狭い空間を巡ってから、トランクスなどに比べて遥かにコシのある白い布に吸い込まれる。とはいえ、ブリーフの前部は窓の部分が二枚重ねになっているから其処も少しの間、耐える。表面にポツリと染みが浮かんだときには、裾のゴムが濡れて、其処から一筋伝い出すこともあるし、ウエストゴムに染みが広がっているときも在る。そのとき既に二枚のうち内側の一枚は夥しく濡れているはずで、それに僅かに遅れて、前面の染みが見る見るうちに広がり、其処から、溢れ出す、一気に濡れ染みの面積を広げながら。

「ひひ……、いっぱい出てる……、オシッコ……」

 我慢していたのだろう、尿の色は鮮やかな黄金色で、それだけに匂いも強い。ブリーフの前面から股下から垂れ流れるそれは昴星の膨らみに沿って流れ、足の間まで達したところでぴちゃぴちゃと足元に雨を降らせる。同時に内腿を伝って流れても居るから、便座も黄色く濡れている。才斗の家では夏の間便座カバーをかけない。かけていなくてよかった。

 長く続いた昴星の奔放な排尿が止んでも、まだ尿の雨はぐっしょりと水を含んだブリーフの股下の、縫い目の辺りから降り続いていた。

 一度の放尿をしただけなのに、閉じたトイレの中は昴星の尿の匂いがはっきりと感じ取れる。其れは才斗の鼻腔を甘く苛め、切ない思いで胸を満たす。やはり、顔との距離が近いからだろう。おずおずと見上げれば、

「ひひ、いい匂い?」

 昴星は嬉しそうに訊く。才斗は初めて素直に、こくんと頷いた。

 昴星の指がブリーフのゴムに掛かり、そのまま太腿まで下ろした。昴星の小さく丸っこいペニスはまだ勃起はしていないが、封じ込められていた場所の匂いは一際強いものだった。

「嗅いでいいよ」

 昴星に言われるまでもなく、そのつもりだった。才斗は水に浸った小タマネギのような昴星の陰茎を一口で咥え込み、肌を濡らす尿の匂い、そして昴星の包皮の隙間から口の中に漏れ、一気に破裂する性器の匂いに翻弄される。口を外し、細かな皺の間に尿の染み込んだ陰嚢をしゃぶると、昴星が才斗の目の前にある陰茎を摘んで、余った皮から亀頭を剥き出しにする。才斗と違ってまだ露出に慣れていなくて、それだけに匂いの篭もりやすい場所だ。才斗は下着の中に隠れていた白い場所を片っ端から舐めていたが、その匂いに溜まらず鼻を近づけ、また口に含む。

「んっ、……才斗……っ」

 口の中で、昴星の陰茎が勃起するのが判る。いつもながら小さいペニスは、勃起してもサイズが劇的に大きくなるということはあまりない。ただ硬くなって上を向いて、口の中が少し苦しく思えるようになるだけ。それでも構わない。才斗にとっては可愛い従弟の流斗の同じ場所よりも、ずっとずっと可愛いと思う場所だった。

「んぅ……ン、才斗、きもちぃ……、すっげ、……おれの、……」

 昴星の手が、才斗の短い髪の中を縫うように撫ぜる。「おれの、ちんこの匂い、好き……?」

 んん、と才斗は答える。昴星はほんの少し嬉しそうに「ひひ」と小さく笑うと同時に、才斗の口の中で性器をきゅんと強張らせる。

「ねえ……、もぉ……」

 昴星の声の震えに、才斗は恋人の射精が近いことを知る。このまま口の中で放たせてしまってもいい。だが、潮の味の満ちた口を一旦外して、「え?」と戸惑う昴星に構わず、彼が太腿までずらしたブリーフを再び穿かせ、前窓から角度鋭く勃起した短い陰茎を再び取り出して咥え、開いたままの足の間に掌を当てた。

「んぁあっ……、才斗っ、それ……っ」

 失禁するのが好きな昴星は、失禁後のブリーフの中で射精するのも好きだ。何故って、「オモラシしたあとのさ、ビショビショのパンツの足の間とかお尻んとことか濡れてて、恥ずかしくって気持ちぃから」ということらしい。変態だと切って捨てる時期はもうとっくの昔に過ぎている。いまはただ、恋人がそれで気持ちいいと言うのなら、味わわせてやるだけのこと。

「んっもぉっ、もぉ出るっ、才斗っ、せーし出るっ……!」

 匂いの満ちる舌の上で昴星が射精した。小さいなりに元気良く弾んだそれの先端から飛び出した少年の証は才斗の上顎を叩き、口の中に新しい匂いを齎す。蒼く、甘く、其れで居て爽やかな精液の味だ。

 もちろん、一滴残らず味わって飲み込む。喉の奥から溢れる匂いが吐く息に混じるのが判る。昴星と一つになったような気がして、単純に嬉しい。

「はぁ……、すっげー……、気持ちよかったぁ……」

 昴星はブリーフから覗かせる陰茎をぴくぴく震わせながらうっとりと言う。ただ、才斗の恋人の性欲は一度の放出程度では収まらず、寧ろ煽られたように強まってしまったらしい。昴星はバランスを取りながら便座の上で方向転換すると、ブリーフを足首まで下ろし、手洗台に手を付いて身を支えると、尻を突き出す。

「ねえ、才斗、……こっちも、オシッコいっぱい」

 身体が小さい割に肉付きのいい双臀を開くと、確かに其処はじめじめと濡れている。放射状の短い皺の中心が光っているように見える。顔を寄せ掛けた才斗に、昴星は今更のように慌てて「でも、おれ、まだ風呂入ってないし、今日昼間うんこしたし……」と声を上げる。

 風呂に入っていないのはちんこだって同じだ、オシッコしたばっかりなのも。

「ひゃんっ……!」

 窪み、窄まり、いずれにせよ股間に存在する昴星の排泄器官であるが、其処に舌を当てることはいまの才斗にとっては幸せでしかない。元々才斗は昴星の「匂い」が好きで、「味」は昴星の専売特許であったが、……これだけ一緒に居て、肌を重ねる回数が増して行けば、二人の嗜好もまた重なり合うのはごく自然な成り行きであると言えるだろう。

「ひ、ンっ、な、舌っ、突っ込むっ……!」

才斗は昴星の匂いが大好きだが、それでも例外はある。舌先でわななく穴から出て来るものの匂いは自分のそれと変わらない気がして、なかなか積極的に嗅ごうという気にはならない。昴星の母親特製のニンニクたっぷり餃子を彼が食した翌朝も、キスは遠慮しておきたいとは思う。もっともそれは昴星も同じはずで、才斗のオシッコを美味そうに飲む一方、彼は一度だって「才斗のうんこ食いたい」とは言わない。それは才斗にとってもありがたいことである。

「あ、あっ、才斗、才斗っ、もう、そっちも出るっ」

 焦った声がしたから、舌を離した。昴星は慌てて屈み込み、才斗の前で尻を突き出し、その穴を膨らませる。性の定まらないような愛らしい顔には不似合いな臭い塊が、その穴から頭を覗いた。あのサプリメントのお陰だろうか、ずいぶんと太い。ただ、健康的ではあるし、下痢をしているよりはずっといい。

「ん、っく……ぅン……」

 身体の向こう側で勃起したペニスからまた小便の噴き出す音がした。排便の勢いに乗じて膀胱の中に残っていたものが溢れ出しているのだろう。昴星はまだ勃起しているわけだから、……才斗は昴星の腹側がどうなっているか、確かめなくても判った。

 クリーム色の便器の中に、太くて長い塊が横たわった.

「んンっ、……はぁ……」

 ブリーフの前がいつだって黄色く汚れているような昴星であるが、後部に汚れが付いているところは見たことがない。少なくともいつも贈られるもののその部分はきれいである。「一日に二回、ちゃんとうんこしてる」という彼はそもそも健康的な腸をしていて、その上整腸作用の高いサプリメントを摂取すれば更に立派なものを排出することが出来るのだろうと、才斗は再び顔を覗かせた昴星の便を見ながら思う。自然な方向での物体の通過とは言え、これだけ太いものを吐き出すとなれば力がいるのは仕方のないことだろうが、これもまた恋人の健気な努力だと思えば、何となく、嬉しいような気がする才斗である。

「はぁ……、全部、出た……」

 薄っすらと汗をかいた顔で振り返り、珍しく申し訳なさそうに、「オシッコでビショビショにしちゃった……」と言う。

「仕方ないだろ……、拭けばいい」

 尻を載せるための場所でありながら、其処に立たれ小便塗れにされ、洋式でありながら上でしゃがみこまれ、さっきからこの便座はずいぶん酷使されている。まあいい、明日の朝にでも掃除しよう。

「才斗」

 足が少し痺れたらしく、可愛い顔をしかめながら、便座から降り、再び手洗台に手を着いて尻を突き出す。「おれの、お尻……、拭いて」

 才斗は黙って頷き、ロールペーパーを手に巻き取る。昴星の僅かに赤らんだ肛門は其処を通過したもののサイズでぱっくりと口を開け、潤んだように濡れていた。其処を紙で拭いてやれば、

「あ、はぁ……」

 と悩ましげな声を漏らす。

 昴星のその場所の準備が万端整ったことは明らかだった。

「はう……、つめて……」

 其処にローションを垂らす。穴の周辺に塗り広げつつ、才斗は右手と歯を使って破り開けた避妊具を忙しなく取り出し、苦しいほど勃起し涙を浮かべる自分自身に被せた。「入れるぞ」と言う声が、余裕の欠片もなく震えるのに、昴星は嬉しそうにこくんと頷く。

 昴星の其処は、もはや才斗を拒まない。

「う、はぁっ……、才斗のちんこ……!」

 痛いか? そう訊けば、ふるふると首を振って、「すっげぇ、熱くってっ……、おれのうんこより、もっと太くて硬いよ……!」

 濡れそぼった声で応える。じりじりと腰を進めて柔らかな尻肉が腰に触れて、才斗は昴星の身体と完全に繋がった。

「あんっ……」

 快感を素直に訴える陰茎を手の中に収めてやると、右の掌と熱根、同時に脈動を覚える。

「お、れっ、……才斗、大好きっ……、大好き! こんな、気持ちよくしてくれんの……、大好きだよぉ……!」

 狭いトイレの中は暑い。汗をびっしょりかきながら昴星のあげる声はうるさいぐらいに響く。……もっと聴かせろよ、才斗は夢中になって腰を降りつつ思う。おまえを、全部、聴かせろよ……。

「才斗っ、……才斗、いくっ、おれいくっ……、ンぁああっ」

 世界中の素晴らしい音楽を集めたってこんな甘美に鳴るものか。

 激しい脈動を、才斗は自分自身の砲身で昴星の肛路で感じる。其処から生まれた快感は弾けるように全身に行き渡り、腰を叩きつけるように最奥まで達して才斗は射精する。

 掌にも、昴星の鼓動が届いた。

「……さ、いと……」

 そのまま後ろからもっちりとして抱き心地のいい身体を腕の中に閉じ込めると、はっきりと「匂い」に届く。噎せ返るような昴星の排泄臭で満ちたトイレの中に才斗が掻き分けるのは、どんなに不潔な匂いに塗れても、或いはどれほど着飾って隠そうとしたって、必ず鼻に届き、才斗に至福を齎す昴星そのものの匂いだ。幼い頃よりずっと側に居て、これから先もそれは変わらない。

 そんなシンプルな事実も、きちんと向き合って感じたならば、こんなにもうれしい、こんなにも幸せ。

 だから、汗だくでも解ければ途端に寒く寂しい。

 昴星が便座にきちんと座り、「才斗」と両手を広げる。思っていた通り、昴星は腹まで小便で濡らしていた。才斗は構わずしっかりと抱き締め、昴星の望むままにキスをする、深々と舌を絡める。やってることの中身はどうあれ、おれたちは間違いなく恋人だ、そう、才斗には信じられた。

「お風呂、入ろ」
 息継ぎの合間に昴星が言う。ん、と才斗はまた舌を絡めて応える。

「でもって、もっともっとしよ。おれ、今日いっぱいサービスしてやるよ。おまえの欲しいもんでおれがあげられるもん、ぜーんぶあげる。セックスもさ、あとでもっかい、必ず、しような」

 そう言って、ひひひと笑う昴星は、才斗の恋人だ。

 


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