i-SWITCH 01

 ダンシンインザレイン傘の花を咲かせない。

 もとより自転車を漕ぎながら傘を差すのは至難の業だ。ただでさえ叩きつける雨で視界も手元も危うくなるというのに、その上片手を離し、風を受けて且つバランスを保とうとすれば。当然無理というものだろう、だから才斗はべったりと背中に張り付くシャツに辟易しながら、可能な限り心のスイッチをオフにして、せめてこけないように自転車を漕ぐことに集中するのだが、後ろでは延々、甲高い声が非常にうるさい。

「なあっ、マジで、ちょっと、ストップ! ストップ! おいこら聞いてンのか才斗! 才斗! さいうおあ!」

 とっととパンクを直さないからそうなるんだと振り返る。

「いってー……、アンド超冷てー」

 鮒原昴星は水溜りの中に埋まっていた。そういう姿を見せられては、さすがに渕脇才斗もブレーキを掛けざるを得ない。

「大丈夫かよ」

「大丈夫に見えんのか! これが! 馬鹿!」

「何でおれが馬鹿だ! おまえが勝手に転んだんだろ!」

「返事しねーから転んだんだ! 馬鹿! 変態!」

 天気を恨んだって仕方が無いということくらいは昴星にも判っているらしく、当たり散らす相手を才斗に定めたらしい。しかし夕立の気配を感じていながら「遊び行こうぜ」と誘ったのは昴星なのだ。停めなかった自分も悪いかもしれないけれどと才斗は言葉を飲み込んだ。剥き出しの膝のフレッシュな傷を忌々しげに見て「あー畜生うぜえマジ死ね」と毒を吐き散らかして自転車を立て直す昴星の長い髪の先から頬を伝ってちょろちょろと流れが生じている。五年生、しかし列の一番先頭に立って腰に手を当てる昴星は才斗よりも年下に見えるから、膝を擦り剥いても泣かないのは偉いなどと彼を見て思う者も居るかもしれない。

「なあ、雨宿りしようぜ」

 めぐり合わせは天気同様間が悪い、交差点の赤信号で途方に暮れたように昴星は言う。団地まではまだ一キロ近くあり、昴星の指差した先には公衆便所が在る。反射的に才斗は顔を顰めた。

「やだよ」

 豪快に叩きつける雨の街の一角、いかにも不潔な公衆便所は、緊急事態に飛び込むことにだって躊躇われるような風合いで二人が生まれる以前より其処に在った。男女の区別は一応あるものの、「小便器」と呼べるようなものはなく、何やら汚水の流れる溝と壁が一区画設けられているだけ。個室はと言えば当然和式なのだ。もっとも、洋式だったとしてその便座に尻を乗せるには相当の勇気が要る。床のじめじめとした湿っぽさを思って、才斗のビーチサンダルの足に鳥肌が立った。

「何でー」

「汚いもん、それにおまえ、そんだけ濡れてんだったら今更雨宿りしたって無駄だろ」

 昴星が不平の声を上げる前に、横断歩道が青に変わった。「家着いたらシャワー入れさせてやるから我慢しろよ」と言い置いて、才斗は再びペダルを力強く漕ぎ始めた。少し遅れて昴星が付いて来る気配がする。八月の街は雨を劈いて走る少年二人以外、息を止めたように人通りがない。あれほどやかましかった蝉たちも幻のように掻き消えていた。

 

 

 

 

 鮒原昴星の部屋はA棟の三階、渕脇才斗の部屋は同じくA棟の二階にある。自転車置き場から走って上がっていくときに、向かいのB棟のベランダで干しッ放しの布団が嘆いているのが見えた。ポケットから鍵を取り出して開けてやったら、全身ずぶ濡れのままで部屋に上がろうとする昴星を押し留め、「ここで脱げ」と命じて自分もパンツ一丁になって風呂場からバスタオルを持ってくる。やや乱暴を自覚しながら髪を拭いてやってから、風呂場まで招じ入れ、才斗は手際よくタオルをもう一枚と昴星の分の着替えを支度し、ガスを点ける。昴星の身体からは夕立の匂いがし、生命力に満ち溢れるくせに華奢で傷つきやすい肌にはぷつぷつと鳥肌が立っていた。

 鮒原家も渕脇家も共働きであり、いずれの家の両親も夕方以降にならないと帰って来ない。だから夏休みの二人にとってはどちらかの家がどちらもの家となる。昴星は才斗がエロ本をどこに隠しているか知っていたし、才斗も昴星のPCのログインパスワードを知っているのだ。

「すっげーな才斗、パンツまでビショビショ」

 白いブリーフに縮み上がった性器を透かして、才斗の青字にサーフボードの柄のトランクスを笑う。そんなんおまえだって一緒だろと言いかけて、ニヤニヤ笑う昴星に不吉さを感じた。

「おれの、スウェットだもん、水弾くし、こんな濡れるはずないじゃん」

 くいくい、と昴星は細い指で才斗を招く。

「……おい、まさか……」

 ぽかんと口を開けた顔が面白いのだと言う。学年の女子たちが常に狙いを定めた視線を送りつつも其れを飄然と払い除ける、知的で且つ体育も得意な才斗が、自分でこうまで揺らぐのを見るのが愉しいのだと、昴星は言う。

 その昴星だって、悪戯の標的にしている女子たちからバカ呼ばわりされる一方で、見た目の愛らしさから決して憎からず思われていることを才斗は知っている。

「濡れて風邪ひいたのか? 鼻詰まってんのかよ、才斗」

 せせら笑う昴星は、恐らく才斗の頬が染まる瞬間を見ることが出来るならば、自分のしている馬鹿げた行為を恥じたりはしないのだ。才斗は幾度か躊躇って、結局跪くことになる。彼の鼻は詰まってなど居なかった。少年は雨の粒子をいくつも潜り抜け、マンションの下までずっとガムを噛んでいた昴星の甘い息をスウェイでかわして、辿り着く。

「言っとくけど、おれ悪くねーからな。おまえが『雨宿りしない』って言ったのが悪いんだぜ?」

 馬鹿と罵ることで息を発して、揺らしてしまうことを才斗は恐れた。昴星はまだ性質の悪いニヤニヤ笑いを浮かべて、才斗の髪を見下ろす。

「おれはいい奴だなー。ド変態のおまえのためにこんなんしてあげちゃうんだもんなー?」

「……うるさい、誰も頼んでない」

 ぐい、と膝が顎を押した。「素直じゃねーな。『ありがとう』はー?」腹の虫が騒ぐ。

 悔しさは大いにある。しかし、掌の上を貸しているだけと言うことも出来る。昴星が何の愉しみも無くてそういうことをする訳ではないと知っている。お互い同じくらいに、このままだと碌な大人になれないと判っているからこそ、二人だけのときには安心して、おかしなことをしてみせる。才斗の隠し持つ性癖と併せ持つことの出来ない勇気は、光学異性体として昴星の異常性癖と漲る勇気によって支えられる。

 昴星は才斗が其れを望んでいても絶対に口には出来ない願いを、小さなその身体で叶えて見せるのだ。とても易々と。

「ひひひ……、変態」

 濡れた下着に鼻を当てた才斗の頭に両手を置いて、昴星は笑う。言葉と較べてあまりに優しい笑顔を才斗は見ることが出来ない。ただ才斗は濡れた下着から微かに漂う昴星の尿の匂いに執着していた。

 「異常性欲の一つ。異性の髪・下着・衣類・装身具などに固執し、性的興奮を催し、また、得ること」と才斗の部屋にある凶器級の辞書を紐解けばそう記述されている。何がきっかけで目覚めるか判らない以上、其れを「異常」などとあげつらわれることには抵抗がある。才斗はオナニーを覚えるまで知らなかったのだ、自分の幼馴染が、とても「いい匂い」の持ち主であったということを。一緒に汗だくになって走り回って遊んで、取っ組み合いの喧嘩も山のようにして、これほど側に在った昴星の「匂い」がトータルエクリプスした。暗く眩い光として、理性を覆い隠し、手を伸ばせば届くところに「其れ」は在ったのだ。才斗がそのことに気付いたのはまだ今年の春先、昴星の部屋に泊まりに行ったときのことで、何の意識もなく彼は幼馴染の布団に並んで寝た。夜半過ぎのある瞬間だった。

 昴星が未だにおねしょをすることがあるということは知っていた。もちろんこのところは収まっているようだし、才斗だって昴星が家に泊まりに来たときにおねしょをしたことがあるから、互いにその点は不可侵というか、パンツの中のことは指摘し合わないで居ようという暗黙の了解が出来上がっていた。

 お互い寝相の良い方ではなくて、ベッドの手前に寝ていた才斗は昴星に蹴り出される格好でベッドから転げ落ちたのだ。安眠を妨げられて舌を打ち、腹いせに布団の中に潜り込んで昴星の脇腹でも突っついてやろうかと思ったそのときのことを、才斗はよく覚えている。

 鼻に、届くというよりは、匂いの粒子が殺到した。そもそも布団の中というものは、眠る人間の体臭が最も濃密に詰まっている。昴星の名誉のために才斗が言い残しておくべきことは、別にその夜昴星がおねしょをした事実はないという点だ。ただ才斗の鼻は、身体は、布団の中の昴星の匂いに過敏な反応をし、要するに欲情した。

 この夜、才斗は昴星の匂いに対して異常な執着を覚える自分を知った。側でその匂いを感じる度に血圧の十や二十は平気で上がっている気がするし、少しでも油断すれば勃起する。どうしようもないくらい、昴星の匂いが好きだった。昴星の、髪の、服の、肌の、匂い。小さな少年の身に絡んでいるかのような、目に見えぬそれは才斗にとって最も淫靡なものとなった。

 いま、鼻先にある濡れた下着を嗅いでいるだけで、トランクスの中で少年の雄性は行き場を失う。昴星はそんな自分のことを貶しはするけれど、少なくとも自ら下着を汚してみせる以上、同じだけの性的問題点を抱えていることは確かだ。

 だって、我慢しようと思えば出来たもん、……ガキじゃあるまいし、ねえ?

「……どうだよ、いい匂いか、おれのしょんべんの匂い嗅いでちんこ硬くしてんのかよ、変態」

 言いながら、自転車を漕ぎながら烈しい興奮を覚えていた自分がどうだということに関して、昴星はすっかり克服している気で居るのだ。……夕立に打たれて身体は急激に冷えた。しょんべんしてーな、そんなことを思いながら指差した公衆便所が最後の機会で、此処を逸すればあともう五分は我慢を強いられることになる。才斗が走り出したからと言って其れに従う必要は無かった。どうしても行きたいと思ったなら、放って自分だけ駆け込めばよかったのだ。だって転んだときに危うく全部零してしまいそうになったくらい。

 思い付いたのだ。才斗を驚かす方法、才斗を悦ばす方法を。それはとても簡単な仕事だと思った。実際には幾つかの理性を身体から切り離すとともに、自転車を漕ぐための力を足に篭めつつ別の場所の力を抜き取ることに案外苦労したのだけれど。

 まだ乾いていた下着の中を、熱いものが流れて行く。すぐに行き場を失って、太腿を伝って外へと零れて行く。あはは、おれ、おもらししてんだ、……正直に言えば、興奮して頭がくらくらした。そして罪深さに慄いた。

 それでも、昴星は理由を持っている。「才斗が変態だから」……人の匂いでちんこ硬くするような変態だからだ。学年で一番女に好かれているのに興味ない振りをして、頭もよくって運動も出来て、でも、おれの幼馴染、……秘密を共有する相手。

 そういう才斗が好きだと思う。しかし恋しているという自覚もなくて、ただ愉しいから一緒に居る、こういう、言うなれば水遊び・綱渡り・不良、おれたち二人で何処にでも行ける気がする。自分では何の価値もないと思っていたものを斯様に崇拝する相手を見て、心躍らないはずがないだろう。

 だから昴星は失禁した。躊躇いは下着を汚すことに関してよりもやっぱり未来が少し怖くなるからだ。だけど大丈夫一人じゃねーし隣にゃいつでも才斗が居るし。

 目の前に、居るし。

 才斗の目の前で、下着を下げる。

「このパンツ、乾いたらおまえにやるよ。これでちんこ痛くなるくらいオナニーしろよな」

 細い両足から抜いた下着を顔に押し付けられて、耳まで真ッ赤に染まった、到底「恋人」などとは呼べない相手の顔を例えば昴星は可愛いと思うのだ。そして意地悪く笑いながらも心底からの優しさを発揮して居る昴星を、才斗は可愛いと思う。

「変態……は……お前だって、だろ……、こんな……、小五にもなって、外でしょんべん漏らすな……馬鹿」

「愉しかったよ」

 ひひ、と笑って昴星は言った。

「しょんべん、さ。すんの、……パンツん中すげー温かくなってんの。しょんべんしながら勃起してたよ」

 あどけない少年の顔して口にするそういう言葉、現象事態が毒を成す。裸になって日焼けの跡を晒して、少しも恥じるところなどないと腰に手を当てて、「おまえも脱げよ、ぎんぎんのちんこ見せろよな」

 冷え切った身体のはずなのに互いに汗が滲んで仕方が無いのだ。才斗の端整な顔、鼻の頭に頬に伝う汗を見て、昴星の力なく垂れる小さな性器に繋がる下ッ腹にちくりと何か刺さったような気になる。跪いて、才斗と同じ眼の高さに自ら降りて、その頬へ首へと舌を這わせた。

「昴星」

 幼げな昴星より遥かに大人びて見える才斗が、昴星以上に細い声を出した。舌に乗って弾ける果汁に耳の奥がくすぐったくなる。大人しかったはずの幼茎はほとんど瞬間的に反応していた。

「ちょっと、待って、待って、昴星、待って……」

 昴星の勢いに尻餅をついて、浴槽の淵を掴んでどうにか身を起こす。昴星はくすくすと笑いながら執拗に才斗の肌を舐めていた。頬、額、耳と辿られて、「はぁ……」蕩けたような眼で間近に才斗の眼を覗き込んだ、次の瞬間には唇を舐められ、それでも飽き足らないと口の中に舌を伸ばされる。ぶどうガムの機械的な甘さが粘っこく絡みついた。苦しさを覚えながらも停められないのは、間近にくっきりと感じられる昴星の長い髪の匂いが嬉しいからに他ならない。

 才斗が昴星の匂いに強烈な性欲を覚えたのがあの夜なら、昴星が才斗の「味」に呼応するが如き思いを抱いたのはそれから少し経った日のことだ。既に才斗が自分の匂いに極端なほど反応するのだということは知っていたし、真ッ赤になってその旨を告白してこられて「何だこいつ気持ち悪いな」と思いはすれど自分に何らの実害も無いわけだしと放っていた。才斗は言うまでもなくこの形がいわゆるところの「普通」じゃないということは理解していたし、おれは違うもんね、昴星もそういう気でいたはずだ。

 才斗は昴星にキスをしてしまったのだ。してから気が付いた、顔を離して、殴られると思った。言い訳を百並べる支度をして、口を開きかけたところで昴星が言った、「なに今の……、もう一回」今度は昴星が自分から唇を重ねて、舌を差し入れてきた。

 以来、昴星の舌は才斗の味の虜となった。才斗にとって昴星が興奮を催す匂いの塊だとすれば、昴星にとって才斗は全身舌の先を当てるだけで痺れる媚薬である。互いが互いに性欲を催すとなれば、つまるところ一つの行為は抜群の相性で結ばれる二人にとって最高の遊戯となる。

 昴星の手は性急に才斗のトランクスの中から熱を持て余す性器を取り出した。勃起していなければそれはまだ昴星と同じく「性器」などとは呼べない代物だが、この期に及んでは大人の男と同じだけの機能を備えている危険物だ。

「あは……っ……さいとの、ちんこ……、すっげ、美味しそう……!」

 皮を剥くと痛いと才斗は言う、それは昴星も同じことで、剥かれた先端に触れられたときにはさすがに頭を引っぱたいた。こうして互いの好きなもの嫌いなものを選り分ける術を持っていることは、おれたちにとって超素敵なことだよと昴星は思う。自分が脱いだ汚れた下着が才斗の腰の脇にくちゃくちゃになって落ちているのを拾い上げて、「ほら」と掲げる。「おれのしょんべんの匂いのパンツだぞ……、これで気持ちよくなっちまえよ」有無を言わせずその顔に押し付けてやったら、気のせいではなく才斗のペニスはもう一段硬くなった。

 こういう子供のちんこのことを「包茎」と呼ぶのだと昴星は才斗に教わった。父親のそれと形が違う、いつかはそうなるんだって。そうなった頃にもまだこんなことしてたらやばいよなと、お互いよく判っている、そのことはちゃんと、判っているのだ。しかし今はこれがこんなに愉しい。昴星は才斗のペニスを口に含んだ。

 他の何処と味が違う? 問われたところで判らない昴星だし、掌で下着で塞いだ才斗の鼻だって、他の誰の下着例えば自分の下着が同じように小便に濡れていたとして嗅ぎ分けることが出来るのか。

 出来るのだ、判るのだ。

「才斗の……っ、ちんこすっげ、美味ぇ、どうしよ……さいとのちんこ超好き」

 舌は貪欲に絡みつく。才斗は皮の上からならまだ耐えられるはずと思っていたが、鼻を塞いで息苦しいくらいに感じる昴星の匂いにもうすっかり理性など残っていないことに気付く。昴星は自分の欲を満たすつもりで、しかし皮の上から頬を窄めて吸いながら扱くことで着実に追い詰められていく。昴星のおしっこの匂い昴星のおしっこの匂い昴星の匂い頭の中が黄ばんでいく白んでいく意地悪く笑う少年の齎す至上の幸福だけで満ちて行く。

 求める味を齎す自分もまた幸福を産生する装置となる。

「ぷぁっ……はっ、あ……! こぉ、せっ……出るっ、せーし……っ、出る……!」

 その口へと。

 昴星の舌が信じられないほど器用に皮の中に侵入してきた。僅かな痛みは甘んじて受け入れて才斗は射精した。

「んっ……! ンんっ……ん……んぁあ……、あっ……ッンっ……」

 放たれた精液と性器そのものの味を舌の上で窒息しそうなほどに味わいながら、昴星は尚も才斗を離さないで居た。しかしその時間はごく短い。烈しく扱いた細い性器は呆気なく快感のピークを迎え、浴室の床へと少量の精液を零す。才斗の下腹部に額を当てたまま、幾度かのバウンドを経て、身体の隅々まで快感が行き渡ったのをしおに、蒼い味の精液を昴星は飲み込んだ。

「……ああ……」

 そんな声を、昴星が上げる。才斗は自分の性器から顔を上げて、唾液に塗れた其処を尚惜しむように舐める昴星を見て、ようやく顔から下着を剥がして、まだ纏わりつく匂いの粒に陶然としていた。

 快感は去っていく。互いの役割は終えたはずだ。それでも才斗は昴星が自分の腹に胸に細かなキスを落とすのを停めなかったし、昴星も嬉しいような気持ちでそれを続けていた。

「……パンツ、ちょっと乾いた?」

「……少し」

「そっか……、見して」

 受け取って、広げて見る。「おお……、やっぱり黄ばんでら。臭ぇな。でもおまえはこの匂いが大好きなんだもんな?」

 改めてそうやって指摘されると何だか納得が行かない気がしてくる。しかし唇を尖らせて「悪いか」と才斗は言った。女の子たちの憧れである渕脇才斗は、バカの鮒原昴星の小便で濡れたパンツで欲情するような変態だ。しかし、二人で居る間だけは素直にそれを認める。それぐらいの勇気は才斗にも備わっているようだった。

 柔らかくなった才斗の性器を指で摘んで弄くっていた昴星は唐突に「ずりぃよな」と言い出す。何が、と問うた才斗に、

「だってさ、おまえはおれのパンツでオナニーできんじゃん。でもおれはさ、おまえの味はおまえが側に居なきゃ手に入んないじゃん? おれは不便だなーって」

 長い髪をかき上げて、昴星はぽつりと溜め息を落とした。そんなことを言われると自分ばかり得をしているような気になって、才斗は反論をしたい気持ちになる。だが言葉を発するより先に、

「飲まして」

 と昴星が言った。

「……いま飲んだばっかだろ」

「じゃなくて。しょんべん」

 自分がおかしなことを言っているなどとは、……思っていないはずもない。だから/しかし昴星は笑って言う。才斗が「馬鹿か」と思わず口にしても、平気な顔で、

「いいじゃん、親帰ってきたらおれも帰んなきゃだから、だったらいまのうちにおまえの味もっといろいろ欲しいし。……おまえもおれの匂い、もっともっと欲しいだろ?」

 吟味するまでもなく、この申し出は昴星の方がずっと得が多いと才斗は判る。昴星は才斗の小便のみならず精液の味をももう一度享受するつもりで居るのだ。自分の手元には昴星の匂いの染み付いたパンツが残るとしても、何だかそれは公平ではない気がする。

「おれだって……、おまえの、パンツの匂いだけじゃなくって、本当は髪の匂いだってもっと嗅ぎたいし……」

「だったら、嗅げばいいじゃん、つーかちんこの匂いだってもっと嗅ぎたきゃ嗅げよ」

 不敵な笑みを浮かべて才斗に「立てよ」と促す。背丈は昴星よりも大きいが其処の形状には差が無く、同じように皮の余った才斗のペニスを摘んで、「早く出せよー、おまえだって出んだろー」と急かす。意地の悪い幼馴染の生乾きの髪を掴んで、しかしその匂いにだって才斗はまたスイッチが入る。

 お互い同じくらいに、このままだと碌な大人になれないと判っている。しかしいましばらくは多分このままで居ていい、二人で過ごす二人だけの時間は、例えば夏休みの残りと同じくらいに短くて、宿題が山積みで心細いような気がしても、しっかり噛み合う二人でなら怖くない。

 才斗は眼をぎゅっと閉じて、昴星の顔面目掛けて小便をした。怒られることを覚悟でしたのに、昴星は甲高い声を上げて笑うばかりだ。


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