日曜

 とりあえず風邪をひくといけないからと、ハヤトは促されてベッドに入った。その間中、「するんだからな、ぜったいするんだからな」と念を押しながら。キールも、頷くほか無かった。
 乾いた温かい体、キールは、少し腰を引き気味に、ハヤトはきっちりと身を重ねたがった。
「なに怖がってるんだよ」
 正直、そう問われても、もう確たる答えを出せないようなキールだった。ハヤトが自分を欲しがって勃起している、それは判りきっていたから。
 だから、ハヤトからされたキスを、そのまま、受け止めた。ハヤトはキールの身体の上に、重くないように体重をかけぬように乗って、逃げられないように、唇を重ねた。そして、早く出せよと誘うように唇を舐る。キールが根負けして、濡れた唇を開き、舌を差し入れる。すぐにキールの舌が入ったてきたり、唇を吸われたり、しているうちに呆気なく耳の後ろがヒクヒクしてくる。洗面所を経て、少し柔かくなっていたハヤトの、高校二年生の性器は、またずきりと硬くなっていた。
「……キール」
 口を、逃げるように離して、額を枕に押しつける。キールの耳元に囁いた。
「……お願い、触って。何も怖がらないで、俺に触って。俺をいかせて」
 顔を見られたくないと思ったのは、初めてだった。今まで見せたことも無い顔をしているんじゃないか、急に不安になった、見られたもんじゃないような顔を、自分はしているんじゃないのか、こんな顔をキールに見せてしまっていいのか。
 キールは、ハヤトの言葉を、飲み込んだ。喉がゴツゴツ痛んだ、しかし、これ以上時間を置いてハヤトに寂しい思いをさせるのはやはり良くないと、思えるくらいにはキールも興奮していた。
「ハヤト」
 キールは、震える腕を、ハヤトの背中に回した。もちろんハヤトは、その腕が震えていることに気付かない。そして、キールもハヤトが震えていることには。
「お前が好きなんだ」
 ハヤトは言う。
「オナニーしてるとき、いっつもお前のことしか考えてないだよ……、なあ、だから、俺は……、夢見てたんだよ、お前が……」
「……してあげる」
 キールは、ハヤトの身体を抱き締める、その腕のセンシティヴな強さを、ハヤトの為だけに発揮するのだと自覚して、恥ずかしいくらいに誇らしくなった。
「君を気持ち良くしてあげる。僕が……」
 小さな耳に、そう囁いて、口付けた。
「ハヤト」
 ああ、とハヤトはぎゅっと目を閉じ、その声が自分の耳から脳に、染み渡るのを意識していた。
「……君が、好きだよ」
 その瞬間だっただろうか、ハヤトの中で欲望が爆発した。もう、真っ赤な、きっとみっともない、自分の顔を恥ずかしいとも思わないで、それよりも重要なことがあるんだよとかなぐり捨てて、ただ、ただ、ただ。
 キスをし、舌を入れ、キールのペニスに触れた。硬くて、それが本当に嬉しいとハヤトは思う。
「……ん……」
 両目から、弾むように涙が散った。性欲がこんな綺麗なものと知らないで、ただ気持ち良くなりたかっただけなのにと、僥倖に触れて、ハヤトは心の清まるような思いを味わう。それも全部、キールが教えてくれたものだと思い、ハヤトはキールを心底から愛する。
 キールの指も、ハヤトに絡んだ。
 少年の性器に触れることにまだ慣れていなくとも、少年が何処を悦ぶか、全部知っているような気になった。
 お互い、小指の背に相手の陰毛を感じる、肉を「握る」という格好に、ああ、相手がどうしても男なんだと、今更思い知り、同じように笑いたくなった。
 唇を離して、ハヤトは、泣き笑いのような顔になって、
「……キール……、俺、こんな硬い……」
 触れられる自身が、その優しい手の中で、ヒクヒク弾んでいるのを、「判ってる?」と。まるで自らの淫らなことを、誇っているような、一種異様とも言える状況。
「うん」
 キールは微笑んで答える。
「お前のも、……すごい、硬い、大きいな。うらやましい」
 ちゅ、と音を立てて、キス。
「褒め言葉になってないかもしれないけど、君のも……僕は、いいと思う、可愛いよ」
「ああ、それ全然褒め言葉じゃないな」
 笑いながら、もう一度キスが出来る。
「……ね……、俺のも、いつかお前みたいに立派な感じになれるかな……」
 うん、とキールは頷く。
「大丈夫だよ……、そのうち、今に、剥けるよ。心配しなくていいよ」
 またキス。
 それから、しばらくキスが続く、舌を出して、仕舞って唇だけで、また、絡み合うような。舌を絡めるだけで、ハヤトは一歩一歩到達点へ上がっていくような錯覚に陥る。実際、過去にこうして、気持ちよさを際限なく求めることを前提に触れられたことなど一度も無かったから、新鮮すぎて、生々しくて、気持ちよさは一人でするのとは、比べ物にならない。
 一つ処へ、全てのベクトルが向かい始める。
「……キール」
 窮まる。
「キール、……俺……っ」
 キールは指を解かない、そのまま、ややペースを速めて、ハヤトの包皮の上から、扱いた。
 許されたのだ、キールに許されたのだと、ハヤトは神々しいような気持ちになる。許されなくては困るような位置に、いたのも事実だったが。
 構わないよ、キールがそう言った気がした。
「あ……あ……!」
 自分以外の誰かの手による、初めての到達、射精。一番大好きな相手と、子供のようにハヤトは思った、一番大好きな、キール、俺の、キール。
 快感の波に、触れていたキールのペニスを離してしまった。それが、悔しかった。しかし、四肢に辛うじての力を入れて、身を支え、はぁ、はぁ、甘ったるいと自分でも判るような匂いの息を吐いて、再び枕に額を委ねる。キールは左手でハヤトの髪を、優しく、優しく、撫でた。髪だけが、熱いハヤトの身体で、少しだけ冷たく感じられた。
「……キール……」
 掠れた声で、呼んでくれるのが悦びだった。
「うん……、ここにちゃんといるよ」
「俺……」
 努力して、両腕を突っ張って、暗い布団の中を覗き込む、明らかに精液の匂いがした。
「……ごめんなさい……、お前の身体に」
「いいよ、僕、リアルタイムで君が気持ち良くなれたのが判ったからね」
「でも俺だけ先いっちゃった……」
「気にしない。僕は、僕が気持ち良くなるよりも君が気持ち良くなってくれるほうが重要だって思ってるから」
 そんな一言一言に、ハヤトの目は彼自身情けなくなるくらい、あっさりと潤む。俺はこいつが大好きだと、何度も何度も確認して、幸せが血に乗って全身に回る感触を、いくらだって楽しむ。
「……拭く」
 それでも、余韻に浸りつづけて居たいと思いつつ責任を果たそうとはする。布団を剥して、枕元の箱ティッシュを何枚か抜き取って、キールの腹から胸に掛けて散らしてしまった自分の精液を拭う。その量が、自分でも思っていなかったくらいの多さで、射精直後の冷静さと相俟って、恥ずかしさが急に襲う。
「精液って……はじめどろどろなんだよな、それが……、すぐに粘り気なくなるんだ、不思議だよな……、透明になって……」
 どうでもいいことを言って、恥ずかしさを誤魔化した。
 拭き終わって、ティッシュをゴミ箱に放って。
「……キール、続き……」
「ん?」
「俺、お前に満足させてもらったから。でも、俺はお前に満足して欲しい」
 ハヤトは、キールの硬いペニスに、再び手をかけた。
「……ねえ……、キール?」
「……ん」
「あのさ……、俺さ……、キールのちんちん……」
 俯いたり目を逸らしたりするのは卑怯だと思って、目を見ていった。
「しゃぶってもいい?」
 キールがビクリとしたのを、ハヤトは感じ取った。それだけ冷静さを取り戻したのだろうと自覚する。
「……ダメだよ、そんなことをしては、いけないよ」
「でも、……俺、想像したよ?」
 ハヤトは安心させるように、笑った。
「俺、オナニーしながら、キールのちんちんしゃぶるの、想像してたよ。どういう味がするんだろうとかって……。俺で気持ち良くなってくれるかなって、……されたこともないからちっとも上手じゃないだろうけどさ、それは、勝手に想像して、お前が俺で一番気持ち良くなってくれるんだって、そう信じて」
 キールに、な? と微笑む。
 興奮状態ではない、冷静な頭でそうしようと択べる自分が、どういう人間か、ハヤトは自分の言動と同時進行で思い知る。
「大好きだよ、キール」
 今日だけで何度この幸せな言葉を言ったろう。そして、明日の八時まで一体何度言えるだろう。ずうっと言っていたい、想像の中で言ったように、夢の中でも叫びたい。この考えは清いと信じながら、ハヤトはキールのペニスに口を近づけた。深い興奮状態にあっては、もう中途半端なことを気にして拒むよりも、愛情に貪欲になるだけだった。
「ハヤト……」
 舌を、つるりとした亀頭に這わせた。ハヤトは自分に出来るそう多くは無いことを片っ端からやっていくつもりだった。意外と普通の味がするものだと、感心している場合ではない。さっき洗ったばかりだからだろう。あくまで想像とメディアで仕入れただけの情報だ。キールのリアクションが全ての答えになる。まず、先端に浮かんでいた滴の味を知りたかった、知るべきだと思った。微かに粘り糸を引く、ほんの少しだけ潮の味がした。キールが俺で我慢汁浮かべるくらい善がってくれてる、そういう想像をして、再び、ハヤトは欲望が芽生えそうになる。今は自分よりキールだと、手を添え、舌先で滑らかに裏の路を辿り、唇を根本に袋に押し当て、音を立ててキスをする。そこからまた上がり、筋の辺りを丁寧に舐めた。肘を突き顎を引いて、自分を見るキールと目が合った。すごい顔してるとこ見られてるんだろうな、ハヤトは想像しながら、でもそれがキールを盛らせる要素の一つになれるんならいいと思う。
 歯を立てないように注意しながら、咥える。思っていたよりもずっと苦しい。これはキールにだって言えないが、一応練習をしたのだ。色いろな、物を相手に。自分があまり長くない、不器用な舌をしていると初めて知ったつい最近。
 けれど大好きな相手を幸せにする手段として自分にも一応、二枚三枚は無くっても、生えててよかったと思う次第。
 ハヤトに出来る愛情行為はそう多くなくて、例えばこれは間違いなくその一つだった。
「ハヤト……、あの」
 キールにもそれが判る。不器用というか無造作というか、判らないことが多すぎる中でとりあえずそれを択ぶハヤトだということを知っている。だからこそ、それなりに強い何かを感じ取ることが出来るのだ。
「ねえ……、あの、ハヤト」
 「何か」判るから、キールの言葉にも耳を貸さなかった。そのまま誠意を篭めて、続ける。キールのなら平気だい、そう、言い聞かせる。キールのこと好きだから、キールのなら、そう信じる。立ち読みした成人向漫画で、気持ち良さそうだった動きを、そのまま模倣する。キールが怯んだような声を上げた。 口の中に、どろっとした液が広がる。一瞬遅れて、青臭い匂いが一杯に鼻へ抜けた。苦味と潮の味が、舌と上顎に響く。ああ、うわあ……、ハヤトは出されたものを、ただの不味い液体ではなくて、「キールの精液」だと、強く意識しようと試みた。咥えていたものは、「キールのちんちん」だと。俺がそれを望んだのだ、俺の欲しかったもの。
 脈動の収まったのを感じ、零さぬよう、そっと口を引いた。キールの赤く腫れたような先端から自分の口へ、美しい一本の糸が繋がっているのが見えた。キールの出したものが自分の口に在る。まだ舌の上で泳いでいる。
 キールの失った命を俺は飲み込むのだ。間違いなく一つの栄養素だろう。俺の一部になる。俺の血の中にキールが入る。俺の肉を作る、キールが材料になる。俺が少し、キールに似る。ああ俺、そうだ男だから、キールと結婚できないし、キールの赤ん坊とか作れないんだよ。今初めてそんなこと考えた。考えて、少し寂しい気になった。俺は世界で一番俺とキールに似た命を作れないんだ。
 ならいい俺が、キールに一番似ていく。嫉妬する対象が無いだけいいや。
「気持ちよかった?」
 顔を上げて、ハヤトは聞いた。自分に少し似たキールがいる。キールは、目を潤ませて、こくんと頷く。
「……の……、飲んじゃったの……?」
 にっ、と笑う。
「美味しかったよ」
「……ダメだよ……、僕のなんて、飲んだら……」
「いいんだよ、美味しかったからさ」
 へへ、と笑って、ハヤトはキールの胸の上に乗っかった。苦しげな呻き声が、可愛いと思った。
「いまなんじ? ……おお、もう十二時過ぎてるよ」
「……もう、寝ないと」
「お前がなかなかさせないからだぞ」
「それは……ごめんなさい」
 口も濯がないで、ハヤトはそのまま、キールの上で布団をかぶる。
「重たくなったら言えよ、重たくなったら退くから」
「うん……」
 キールの、シーツの上の両手、自分を抱き締めないかなあ。




 お帰りなさいを言う為に、二人は玄関先まで出て行った。ご苦労様だったわねとお土産をいっぱい抱えて帰ってきた、両親は、家中に変わりないことを確認する。ハヤトは決して綺麗好きではないから、散らかしっぱなしなのではないかと多少の危惧もあったが、やはりキールが家にいてくれるようになって変わったのだと、長男より年上の次男の存在をありがたく思う。実際にはキールとハヤトは昼前に目を覚ましてから、部屋でソファで、身を寄せ合って、キスをしたり話をしたり、まるで夫婦のように生活していたことを知らなくても、結果としては十分なのだった。
 既に二人とも風呂に入ったばかりで、もちろんちゃんとした夕食も終えた、宿題だって残っていなければ、明日の支度も全部出来ているし、明朝に出す燃えるゴミもまとめてある。だからキールとハヤトは少し早めに「おやすみなさい」を言って、自分たちの部屋に入った。
「母さんたちいると、出来ないよな。どうするよ」
「……ん?」
「えっちなこと、さ。あんまりガサゴソやったらバレちゃうし。……どうしようか、これから。……公園のトイレの裏とか?」
「……君は……」
 呆気なく顔を赤らめてため息を溜め息を飲み込むキールに、ハヤトはあくまでにこにこと笑う。
「俺」
 シャツを脱いで、裸になる。もちろん、パジャマに着替える為に。
「お前のこと好きだから、お前とするえっちも好きだし、その先にあるものも好きで、どれも欲しいと思ってるんだ」
 その裸に、見惚れるような位置にいられる自分をもっと幸せに感じるにはどうしたらいいのか。幸いの中にいるからこそ幸いの形が見えてこないのかもしれないと少しだけ考えながら、この構造をとりあえず一つ打破してこそ、自分はハヤトを抱いて高いところに行けるのかもしれないとも思う。
 白いシャツに着替えて、キールの布団の上に、一緒に座って、耳元で、囁く。キールが眉を八の字にする、それでもなお、ハヤトは笑っている。二人の唇は引かれ合うようなスムーズさで、重なる。これから積んでいく幾千億万回の射精の切欠にいつもこういう幸せなキスがありますように。まだ十七歳で、そういうことを祈れる相手と出会えた悦びに、ハヤトは少し感じた。


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