ステアケイス、ゴー。

 裸はもう珍しくない次元に突入、してもなおキールは目線を泳がす。見ろよってほっぺたに触って、ハヤトは目線を独り占めにした。

「お前の裸だ」

 一枚の布にも遮られない、ありのままの姿をハヤトは見せて微笑む。その微笑に色んな種類の形容詞をつけては頭がおかしくなりそうになるキールだ。

「この裸は、お前の物だ」

「僕は君のことを物だなんて思っていない」

 まだ、トランクスを穿いたまま突っ立って居る。

ハヤトのを半分あげて、そこに母が継ぎ足しを買ってきて、一応これはもう俺のものじゃない。けれど意識して時に、わざと間違える。「なんでそれを君が穿いてるの」困惑した顔が見たくて、そして授業中だってキールといたくて。男同士だから出来るようなやり方は、冷静に考えなくてもちょっと危険、と判ってもなお、したい、ハヤトは駆られる、焦がれる。このままだと「キールのトランクス」は引出しからなくなってしまう。もちろんそのあたり弁えて、俺よりキールが穿いた方が似合うと判断したトランクスには手を出さないハヤトだ。

「思えよ」

 言ったハヤトに、本気で首を横に振る。

「思えないよ。だって君は僕にとって二人と居ない大切な人だから」

「……そんな本気になるなよ」

 だけど、本当は本気で嬉しい。表情が把握できないくらい、顔寄せて、キスをした。嬉しいな、子供みたいに純粋な気持ちになって、しみじみそう思う。すっげぇ、嬉しいな。この喜びを来世まで持って行きたい。既に時空を一つ超えられたのだから、それだって可能だろうとハヤトは考える。いや、実現してみせると空に約束をする。それは十七歳の特権だった。

 舌を突っ込みながら、キールの腰が逃げないようにしっかりと背中、手を回して、トランクスを引き下ろした。もちろん、戸惑ったように舌が逃げる。それを許さないで、まるで強姦するように口の中で暴れて、自分の、笑ってしまうくらいの純粋さで勃起した性器を、背伸びして押し付けた。

「勃って」

「え……?」

「俺がこんななってる。勃てよ」

 冷静でいられるのが憎らしい。

 しかしキールは既に冷静さなど失っている。心臓の音を聞かれればそれは一発で瞭然となることで、まだ計算能力の働くハヤトの方がよほど冷静だった。

 経験で幾らでも上達する愛撫を施しつつ、キールの首を舐め、肩を舐め、乳首を舐め、膝をつき、眼前のそれにキスをした。西洋人の方が東洋人よりでかい、それくらいの知識は当然持っている。はてキールは西か東か。顔はこっち寄り、なのだけど、それにしてはと思う。これが入るんだもんな。そりゃあ痛いだろう。だけど、それでも欲しい、痛いのに欲しいって何だろうな、俺ってマゾだったのかな。だけどマゾでも欲しいんだから、それはもう……。キールが好きという以外の何物でもないのだった、そしてそれはほとんど何事も無かったかのように、はじめからハヤトの中に在ったかのような顔で、土から芽を出し、茎を這わせ、ところどころに小さな蕾が息衝いている。

 フェラチオをされれば男、当然勃起するわけで、キールはハヤトを喜ばせた。とにかく歯を当てないように……リズミカルなのがいい……、たっぷり、濡らして、細かいことは気にしないで。細かいこと気にしたらそもそもちんちん口に入れる時点で気にするもの。これから風呂に入る予定のキールのペニスはキールの匂いで、ああ、いい匂いだなあ。変かな。自分の脱いだ下着など嗅いだこともなければ嗅ぎたいとも思わない、けれどハヤトはキールを匂いまで欲しいと思うような存在に堕す自分を寧ろ、高く評価したい。今なら変態と言われたって怒らないぜ……。

「ハヤト、もう、いいよ」

 自分を口一杯に頬張った恋人が申し訳なくてたまらなくて、キールはやっとそう言えた。その景色もまた見ていたい、そう思う心と切ない格闘をした末にだ。

 ハヤトはもちろん応じない。どころか、エスカレートする。

 食卓では絶対に出してはいけないような音を、浴室やベッドの上ならば許されるだろうと、思いっきり出す。その音に感じてくれキール。そして、キールは呆気なくその音に我を失う。泣きそうになる、ああ、なんで、そんなに、上手になってしまったんだ君は……! 僕が悪いんだね、僕が、こんなことを教えたから。僕が、君のこと好きだなんて言ってしまったから、僕が君の前に現れたから、君が僕の前に現れたから、僕の気持ちに応えてくれてしまったから、君が悪いんだ、君が……。

「ハヤト……っ、ダメだ……もう……っ」

 その瞬間のハヤトの目はとても嬉しげだったろう。

 喉を鳴らしてから口を離す。キールが泣きそうな目になって、

「もうっ……なんでっ、何で、飲んじゃうんだよっ」

 そう、子供のように不平をぶつける。

「美味しいんだもん」

「美味しいはずないだろう!」

「美味しいさ。キールのオタマジャクシ美味しいよ。……俺のはまずいかも知れないけど」

「そんな……ことは……、っていうか、お風呂に入るんだろう? こんなことを……」

「ああ、風呂に入るんだよ。でも、風呂に入るだけじゃなくってもいいよな」

 またそんなことを言う、困らせる。だけれど興奮している、勃起している、ブレーキは結構緩めに作られている、……十七歳!

「気持ちよくなったな? キール」

「え……? う、うん……、って」

 ハヤトは自分を見せる。ご存知の通り、と笑う。

「今度はお前が俺を気持ちよくする番です」

 脅迫してるみたい。キールが嫌がらない、いや、嫌がれないことを知っててこういうことをするのだから、性質の悪さと来たら半端じゃない。

「……そ、そんな、格好でいつまでもいたら、風邪を」

「ひかないよ。大丈夫」

 根拠なくそう言うし、ひいたら看病してもらうつもりだ。立ち上がって、手を引っ張る。裸のまま、ずんずんと、廊下を挟んで向かいの自室に入り、手を引いたまま、ベッドに仰向けになる。キールは腰を屈めたまま、止まる。

「抱いてよ」

 ぐいと引っ張って、抱き寄せる。少し熱いはずのキールの身体が、あんまり熱く感じない。もっと熱くなってよと、耳元に囁く、「俺のお尻弄って」。

「ハヤト」

「これ以上言わすな。俺だって少しは恥ずかしいんだ、『お尻』とか言うの」

 キールが、少し暖かくなった。

「怖いならちんちん入れてくんなくてもいい。でも、ちょっとくらいは。明日のために」

 恐らくまた、一ヵ月後くらいになるんだろうな。一ヶ月で済めばたいしたもんだ。

 制服のズボンを引っ張り、キーチェーンを手繰り寄せてサイドボードの引き出しをあける。未開封のまま大人しくしまわれたローションが出てくる。乱暴にそれを千切って開けて、中のチューブ、へえこんなんなんだ……、少し見てから、キールに渡す。

「はい」

「……はい、て」

「しなさい」

 もう、ちゃんと四つん這いになってるんだからさ。

「……ハヤト……」

「なんだよ」

「僕は、君のことが、好きだ」

「ありがと」

「けど、僕が君を思うとき、僕が君に好きだからしてあげたいっていう手段が、常に君を喜ばす結果になるとは限らない。それは、逆もまた然りで。でも、僕が君に痛い思いをするようなことがあっても、君にそうさせるだけの気持ちがあることを、嬉しく思う。ただこれは、君に押し付けられるような類の気持ちじゃないとも、思ってる」

 キールは割合スムーズにそう言っている。ハヤトは枕に肘を突いたままの体勢で、黙って聴いている。

「本当に、自分でも男らしくないことは、判ってる。今だって、君の……体を、裸を、見て、すごく興奮してる。のに、こんな風に、……余計な……事を、言って、君の期待に答えられない」

「十分に応えてくれてるじゃん、キールは」

 ハヤトはそんな風に、言って笑う。さあ、あとは任せた。

 観念したように、キールは溜め息を一つ吐いた。暴走出来ない機関車は敷かれたレールに忠実に。それでも、愛に惑いポイントを間違えるのは悪いことじゃないと、ハヤトの宣託を飲み込む。

 冷たい粘液を手にとる。手のひらで温めてから、ハヤトの左の尻にそっと、濡れた手を当てた。

「……お……」

「冷たい?」

 ハヤトは首を振った。意外なほどぬるぬるしていることに驚いただけだ。なるほどな、ぬるぬるしてるもんなんだな……。そうか、サラサラよりもぬるぬるのほうがよく滑るものな。

「触る、よ……」

「……ん」

 人差し指か、それとも中指か、どっちだろう。どうでもいいかもしれないこと、だけれどハヤトは積極的に拘った。キールがはじめて俺の尻の、どまんなかに触ってる。感じる、というよりは、くすぐったい、そして、やっぱりちょっと、恥ずかしいかもしれない。けれど、敏感な場所では在るに違いなくて、やがて一緒に気持ちよくなれるように、どうぞ俺を開いてください、そんな気持ちで、足を閉じない。

 さっき自分の口が立てたような、ちくちくいう音、今度は自分の出口が立てている。こっちの方がよっぽど品が悪いなあ。まったくもう、困ったものだ、下品な方が嬉しいでやんの……。

「うわ」

「痛い?」

 そして世界はあっさりと拓かれた。焦ったような声に、首を振る。

「痛くは無い……、でも」

 嘘をバラさないために、笑う無理をした。

「ゆっくりね……」

「……うん……」

 人差し指と中指と、どっちが細いかな。小指なのかもしれない、というか、これが小指だったら逆に困る、太い、太いってば。ハヤトは自分の指を見た。ほんとにこれかよ。

 自分の肛門の中、一ミリが判る。ごく僅かな動きも、ハヤトは飲み込んだ。

 俺はいまキールと繋がってる。

 感動的だった。

「好き」

 内奥にもそういう言葉が巣食っているのだと現象から知る。

「ハヤト……」

「好き。キールのことすごく好き」

 笑えた。

「だって、こんなことしてくれるんだもん。大好きだよ」

 実際、あんまりそんな、気持ちいいもんじゃない。それが判ってもなお、もうしばらく入れてて欲しいと思った。強烈な圧迫感と排泄感があまり大きな問題ではないと思えるほどに、もっとずっとすっげぇ巨大問題、ああ、困った、参った、俺はキールが本当に好きだ。

 ゆっくり、ハヤトの中からキールの存在感が消えた。その瞬間、枕を掴んで握り締めて、寂しいと感じた。

「……大丈夫……?」

 ハヤトはぱたんと身を倒した。その性器が勃起していないのを見て、後悔する。

「だから、やめようって……」

「嬉しかったよ?」

 仰向けになって、手を伸ばして、導く。自分の心臓の音を聞かせてやりながら、笑う。

「キールの中指がどんな形してるかすっげぇリアルに判った」

「いや……人差し指」

「そう、人差し指」

 ハヤトはクスクス笑いながら、キールの頭をくしゃくしゃ撫ぜた。

 もうちょっとしたら、もっといいバランスになれるよな。需要と供給ドンピシャリのパーフェクトバランスプラスラヴ。まだちょっとそこに至らない、理由はシンプルにキールの度胸とハヤトの度胸があまりにアンバランス。

「いいよ、少しずつ出来るようになってけばいいんだもの」

 大きな一歩前進と言っていいだろう、キールにしては上出来だ。一歩ずつ。「好き」って言ってキスしてちょっとずつえっちなこともするようになって。階段をゆっくり上がるように。

「ここからはいつも通り」

「……するの?」

「俺まだ出してないし」

 申し訳なさそうな顔をするキールの髪をまたぐしゃぐしゃ撫ぜた。幸せに急ぐ必要などない。


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