ラヴァーアンダ−カバー

 この少年は喜んでいるのだ、自分の考えることに、自分のすることに。稲妻のようにキールを駆け巡った少年の感情の証拠は、横隔膜の辺りで後悔から幸福へと転じ、しゃっくりのような笑いが溢れ出しそうになった。どうしてもっと早く気付かなかった。自分の愚かしさを責めるよりは、気付けたことに価値を見出そう。

キールは全ての色を顔から排し、言う。

「待たせてごめんね、ハヤト」

 約束の時間に遅れた。大遅刻だ……、本当ならばもっと早くにしていなければならなかった。「お前が臆病だからさ」、ハヤトはどうしようもない自分でも待っていてくれた。心から愛すべき人に、一番に何をしたらいい。愛しているなら愛せばいい。それ以外何の必要もない。愛することに配慮など、あまり必要ないのかもしれないとキールは初めて学んだ。

 そのことに触れることが出来てよかった。だいぶ遅れてしまったけれど、知ることが出来た。もう、一分も無駄に出来ない気になる。早くハヤトを、全身全霊を以って愛さなければ。十七歳と二ヶ月十六日のハヤトは、今日しかいないのだ。

 突き動かされるように、ベルトも外さず、カッターシャツを引っ張ってハヤトの腹に口を付けた。ハヤトは声を出さず、その口づけを受け、その唇が舌と共に辿った路を濡らしながら、上がっていくのを放っておいた。幾度かキールらしい、静かな口づけを挿まれている間、そっとブレザーのボタンを外す。

「……跡、付けるなよ……?体育も部活も……人前で裸になる機会いっぱいあるんだから」

 キールの耳にはそんな必要事項すら興奮を掻き立てる要素と成り得た。酷い、と思う。ハヤトの裸は僕のものなのに僕だけのものなのに僕だって見ないようにしているのに他の男どもの無遠慮な視線に晒されて。だったらいっそ僕の齧った跡でも見せてやればいい。ハヤトは僕の恋人だと、そして僕がハヤトのものだと、互いに所有し合う生き物だと、二人で一つなのだと、全世界に。感情だけに止まらなかった。ハヤトの心臓の左下をキールは吸った。ハヤトはそれに気付いても、止めなかった。

「……ったくもう……」

 僅かに笑みさえ含んだ声が、

「……最初からそう出来るのに、どうしてしない」

「本当にね」

 ハヤトの乳首に舌を這わせて、その微かな変化を捉えながらキールは言った。息がハヤトを撫ぜるような、いやらしい声で。

「……どうして、……ねえ……、僕は愚かだ。もう君に手伝ってもらわなきゃ、いくことだって出来ないのに」

「……俺は自分でちんちん扱けばいけるけどなあ……」

「じゃあ、僕でなきゃいけないようにしてあげる。君の何もかもが、僕なしでは満たなくしてあげる」

 依存しきり、互いが擁立し合う。作用反作用、支点力点作用点、たがいのからだのこころのどこにでもすくうことのできる、僕らのシステム。

 ハヤトは冷静なつもりでキールを見ていた。無論、体のあちこちは不意に動く。それでも魔法にかけられたようなキールに比べれば、まだ平気のつもりだ。

 キールが凄い、色っぽい。どきどきするくらい、色っぽい。「色っぽい」が不適切と判っても、少年はそれ以外に言葉を持っていなかった。興奮に目許をほのかに染めたキールに劣情を催す。

男相手に「綺麗」や「可愛い」は誉め言葉でなかろうとも――俺はキールにそう言われりゃやっぱり嬉しい、カノンもそうだろうと思う、でもって、キールは綺麗だ――

そしてこの期に及んで、キールは優しい。いいよ優しくなんてしてくんなくって。キスを何度も何度もくれる。ハヤトを連れて行くキスだ。高いところへ、ここよりもっと、いいところへ。

 裸になるのが恥ずかしいのは知恵の木の実を食べちゃったからだったっけ。だとすれば俺は今凄く純粋な人間なんだな。ああだから「アダムとイブ」か。愛し合う者たちが愛し合うたび運命感じて息弾ませて、今俺が感じてるみたいに「超特別」って震えるなら、人間の本質は歴史の始まるずっと前から、そう変わっても居ないんだろう。

 ハヤトの下肢を辿り、そこにある匂いと味を独占しようとしている、嗅いでいる、舐めている。ハヤトは多少の羞恥心こそ覚え、それでも気持ちよさに感けて眼を閉じたまま息を吸っては吐く。靴下と一部の衣服だけの引っかかった中途半端な自分の姿は誰にも笑わせはしない。世界で一番特別な自分の恋人が、こういう俺の姿見て感じんだ。

 そして黙っているつもりのハヤトの唇からはいくらでも声になりきれない音が漏れる。

 逆レイプの夜は意識していた。自分の喋る声がどうしても上擦るのを、そしてそれがキールを盛らせる材料になると。全てはキールを射精させるために必要なものだった。

「キール」

 今のは自分の声?という、それくらい、それくらいの感じで。

「ねえ、キール、俺、いきたい。ちんちんもっと触ってよ」

「……まだ、ダメだよ」

 足と足の間から声が這い上がる、包皮の髪ほどの隙間を縫う、尿道がツンと沁みる。

「……どうして?」

「君が物事を考えるように、僕も考える」

 顔を上げた。すごい視野。ぴたり、指先が体の中心部に触れる。「ここへ」、指はすぐ離れる、ハヤトは一つ空振りをする。キールがとろりとローションを垂らす。こいつ、ポケットの中に忍ばせてやがったのか、嬉しいぜマイラヴァーイルスタイルIT’S DA 変態キール、一斉処分セールKEEP FXXKiN’ DA HOUSE,  YES YES Y’ALL、当然コンドームもポケットから出てくる。すごいな。覚悟決めてたんだな。嬉しいな。ごそごそやって、ズボンを脱いで、スマートじゃないかもしれない。けれど、それでもなおキールの顔は綺麗と思うハヤトである。

「入れるの?」

 キールは少し笑った。

「怖いの?怖がるの?今更?」

「いや……」

 ハヤトは目を伏せて笑った。

思いっきり可愛く、言ってやった。「優しくしてね?」、そして精一杯に意地悪く、「初めてじゃ、ないけど」。

許されるとわかっていたならば、こんなに待たせなかった。

しかし、許されないと思っていたわけでもなかった。

心の仕組みは、キール一人が考えたところで解決するようなものであっては困る。

 無垢な体だ。既に一度自分で拓いたはずでも、あの射精はただ頭がくらくらしただけで、同じ酔うならやはり自分のペースで酔いたい味わいたい。人間に与えられたのが肉と肌だけでなく、目も、鼻も、耳も、あるなら、全部を遣って。そんな願いが一つずつ排除されていったときに射精したい。

「入るよ」

「うー、うん。……あのさ、その前に一ついいか」

「なに?」

「いちいち確認とってんじゃねーや。そういうところが、何かなあ。俺がお前好きだって言うの、疑ってるわけじゃないんだろうけども、……いちいち聞くな。バカ」

 ただ、ハヤトは毒っぽく言って、手を伸ばした。「つないで」と、その手が言っていた。

「嫌になったら嫌って言うから……。言われてから考えろよ、勿体無いだろ時間が」

 黙りこくってキールは答える。右手と左手がまず絡み、僅かに遅れて、二つの肉が干渉し合う。

 優しくしろと、冗談でも頼んだからか、過激な入り方はしない。それでも、サイズが変えられるわけでもない。ハヤトは喘ぎ、他に何処に力を入れられよう、……ただ、握ったキールの手、骨が鳴るほど強く、きつく。

 今は、キールのよさは自分の苦しみに繋がる。それを判っていて望んだのは、いつかキールのよさに重なる日が来ると、キールが連れて行ってくれると、信じているからだ。

 ハヤトが少しでもよくなってくれるようにと、キールは奥まで辿り着いて、動きを止めた。あまり急激に動くのは良くない、……自分のためにも。こんな幸せな感触はあるだろうか。ハヤトの無意識が自分を締め付ける。ハヤトの心のハート型を手のひらに載せているようだ。少年のペニスは辛うじてまだ硬い。繋がったまま、一つ息を整えて、ローションを零す。冷たいと泣き声を上げた、優しく微笑んで、粘液と手のひらでそこを包み込んだ。

「僕のリズムが……、君に、此処で伝わる」

 ハヤトは呼吸をする、基本的に心臓が動いている。心臓とは異なるリズムを択ぶかのように外れそうになりながら、キールを咥え込んだ部分は収縮し、ハヤトは震える。自分の体の一部分が意図通りに動かないのだ、即ち、自分の身体ではないのかもしれない。そしてキールの声は自分の脳内に反響し、そこで生じたかのような錯覚を催させる。「これから僕が君の中へ出せば、解けても僕らはずっと一緒だよ」、ゴム着けてるくせに。

 あとはただ、夢だと思うばかりか。揺すられながら、本当に一つになれる気がした。子供なんてもんができない分だけ俺らは俺らだけ見てられんだ、正しくないような妄想でも。ただその分だけ「ナマ」判んないのは寂しいか。

 思考停止を余儀なくされる、あとはただ、

「……好きだ、キール、……好きだ、好きだ、好きだ」

 上下左右の住人に聞こえない程度に大きな声で、そう言い、自分の耳で聞き、本当のことだと信じるに至る、赤子のように「俺は言っている」認識を、新堂勇人十七歳。


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