AM AM

 バノッサは冗談が嫌いだ。

 笑うという行為そのものが嫌いな訳では決してない。快楽は十人並に好む。ただその性格が、この頃かなり丸くなってきたとは言え元が元、人の心を虐める快楽というものに目覚めて長い。欲しいものを力で手に入れる、その結果よりも、力で誰かを捻じ伏せるという行為自体に快楽を覚え、笑みを浮かべていたかもしれない。

 そんなバノッサは、冗談が嫌いだ。冗談によって笑わせられるのは、自分の心を揺さぶられるも同じであって、基本的に余裕を持って居たい、自分の軸がぶれるのは嫌だ、そう考えるバノッサなのだ。とりわけ、下らない冗談には憤怒を持って対応する。

 ただこの下らないばかりか品もなく知性もあまりあるとは言えないような冗談を前にして、バノッサは怒りすら表現出来ない。例えばハヤトが古典の資料集を引っ張り出して来て、『奥の細道』のタイトルを見て、キールに「肛門もある意味奥の細道だよな。な?」などと嘯き、その夜の性交の際には「俺の奥の細道」などとのたまうに至っては、キールはそのあまりの品の無さに行為中でありながら珍しくハヤトを叱りつけた。或いは例えばソルが笑い話の一環として「スワッピングってのがあるんだってな。カップル入れ替えて。だから俺がハヤトとやって、お前はキールと」と言ったら、トウヤはにっこり笑って「そう、キールくんが相手か、成程ね」としみじみと呟いた。その笑顔の壮絶さにソルは背中が凍りつきかけた。

「おかえりなさい、バノッサさん」

 カノンの外見が十七歳男子としてはあまりに性の捉えどころ少なく、十五歳男子と言っても十五歳女子と言っても通用しそうであることは周知の如くであり、その外見もまた、従順なる心根同様、バノッサの愛したいと思うところではあったが、この少年は多少の問題をちっとも問題と捉えない悪い癖があった。問題を問題と捉えて心を悩ませるよりは、笑い飛ばしたほうが良いという考え方は、結局のところこの少年がバノッサを遥かに上回る快楽主義者であることを端的に示しているといえたろう。そしてまた合理主義者なのだ。どうすればバノッサを効率的に幸せにすることができるか。誇り高い、言い方を変えれば意地っ張りのバノッサを幸せに、心地良く、するためには、少年は手段を択ばない。結果としてバノッサが幸せになるならば、それがどんな滑稽なことだったとしても、躊躇なくやってのける、その点では成果主義者でもあった。

 ただ少年の冗談を作り出したのは少年自身ではない。身に付けているものはハヤトが持って来た。そして今後用いる予定のものは、ソルが持って来た。結論から言えばこの二つのことはキールもトウヤも知らず、バノッサにも最後まで隠し果すことが出来るのだが、もしもバノッサの耳に入ったなら、ただでは済まない。

 味噌汁の蓋を開ける。具は大根、味噌は赤だし、バノッサの好みの味噌汁である。鍋で炊く飯にはスーパーマーケットで買ったささやかな贅沢である五穀が彩りを添えている。主菜は香ばしい匂いを立てるさばの塩焼きで、大根の葉を炒って作ったふりかけも食卓に並ぶ。バノッサが帰ってくるタイミングで丁度出来上がる、いつもの幸せな晩ご飯だ。

「手ぇ洗ってうがいしてきて下さいね」

 バノッサは言われて、素直に洗面所に向かう。手洗いうがいを済ませて、それから座布団を敷き、膝を立てて卓袱台の前に座る。カノンが飯を盛り、皿を並べていく。明日は休みなので、缶ビールも並ぶ。バノッサは無言で蓋を開け、缶の口から直接飲んだ。喉を超えて麦の薫りが響いた。冷たい溜め息を吐いて、

「クソガキが」

 低い声で呟いた。

「クソガキです、バノッサさんだけのクソガキですよ」

 にっこり笑って、「食べましょう」。バノッサが箸をつけなければいつまでだって待つ、それが苦痛ではない子供だから、バノッサは碗を掌で包み、口を付けた。「いただきます」と、カノンがゆっくりと食べ始める。

「……どういうつもりだ、何処でそんなもんを」

「どういうつもりも何も……、似合いませんか?」

「知るかよ、テメェでどう思ってやがんだ」

「自分じゃ判んないですね、鏡見ないと忘れちゃいますし。でもちょっと季節を択びますよね、今が六月で良かったです」

 飄然とそう感想を述べて、場の空気はとろりと濁る。

「……クソガキが」

 バノッサはそう、何度か呟きを繰り返して、飯を食べ終わる。食べ終わったら、立て膝のままで煙草を吸う。

「風邪ひくぞ」

 人が折角優しさを見せているのに、

「六月ですから」

 答えになっていない答えではぐらかされる。皿を洗う後ろ姿を眺めながら、どうにもこうにも、恒例行事のように繰り返される悪い冗談に、眉間、皺が寄る。その行動の根拠を知っている、そのベクトルの向きも知っている。素直に答えてやればいいと、世界はバノッサを笑う。

 皿を洗い終えて、手を拭きながら戻ってくる。

 裸にエプロン一枚だけのカノンの下半身は完全に顕になる。

 バノッサは目の前に開かれた自分の未来の可能性をどうしても否定出来ない。自分は恐らく五年先も十年先も、今とちっとも変わらず瑞々しく愛らしいカノンを側に置いてニヤケ面を浮かべそうになるのを堪えるのだ、或いは幸せすぎて涙ぐみそうになるのを悪態ついてやり過ごすのだ。

「あ」

 カノンはバノッサの目線に気付き、にっこり笑う。

「やっとちゃんと見てくださいましたね、ぼくのこと」

 半分ほど短くなった煙草を、まだ指に挿んだままのバノッサの隣り、座布団も敷かずぺたんと座る。エプロン、ふわりと揺れた。

一応注釈を加えると、ハヤトが持って来たこの品は、ハヤトが元々自分でキールに悪戯してやろうと思って買って来たものだが、例の如くお堅いバノッサの義弟はハヤトのそんなアイディアを知るや、熱を出して寝込んでしまった。それでカノンに廻ってきたのである。

 白の、シルクではないがさらりと手触りのいい薄生地のエプロンは、カノンの裸体の前部を太股の辺りまで覆い隠している。ところどころが適度な柔かさを持つカノンの幼い身体であるから、斯様にアブノーマルな格好をすると本当にその危うさが際立つ。身体の幼さとは裏腹に、また普段の言動からは意外なことに、一応は中身は十七歳であるから、内奥から滲み出て隠しようのない性の匂いは、確実にバノッサの鼻腔を満たし、惑わせる。

 煙草を灰皿で揉み消し、立てた膝に肘を当て頬杖を付いて、バノッサはカノンを見る。無邪気であるはずがないのに、無邪気に見えるのはどういう訳か。百八十はあったはずの言わなければいけないことが一つも出てこないのはどういう訳か。結局は自分にも同じように性欲があることで説明がついてしまうのも、また切ない話。

「……疲れてンだよ、俺様はなァ、昼間一日身体使って働いてきて……」

 こっくり、カノンは頷く。頷いた上で、

「だから、ぼくはこういうカッコでバノッサさんの帰りを待つ訳です。バノッサさんの疲れてることは、精液舐めればすぐ判りますし、舐めなくても判りますし。だから、お手間を取らせることなく、もう、スムーズにバノッサさんに愉しんでいただけるようにって、思って」

 無論バノッサは行為自体は好きだ。カノンの技は巧みだし、何よりカノンを愛している。愛する相手と性交することを上回る幸せがどれほどあろうか。

「でも、バノッサさんはぼくのこと気にしてくださいますよね? もっと乱暴して頂いてもぼくは全然構わないのに、いっつもすごく優しいです。優しすぎるくらい優しいです。遠慮なくぼくのこと玩具にしていただくためにこういう格好をして、バノッサさんを誘う訳です」

 カノンは頭がいい。悪知恵が働くと言うべきかもしれない。いずれにせよ、バノッサが致命的な損害を被るようなことは何一つ無い。

「ぼくはバノッサさんのことを愛してます。バノッサさんに愛されたいと思ってます。バノッサさんを愛するために、バノッサさんに愛されるために、ぼくはどんな格好だってしてみせますよ」

 とは言え、それが裸にエプロン一枚という格好に答えとして現れるのならば、もっとこう、……なあ、バノッサは思わずにはいられない。

「……歯ァ磨け」

 言って、バノッサも立ち上がり、洗面所で歯を、ごく丁寧に磨いた。それなのに、もう一本煙草に火を点ける。身体にはまだ余裕がある一方で、精神は今や遅しと待ちわびているカノンは、上手に焦らす人だと感心する。バノッサにだって気持ちの準備は必要なのだ。

 バノッサは仏頂面のまま、煙草の火がちゃんと消えたのを確認して、カノンの腰に手を回した。身につけているのはごく当たり前のエプロンであるから、前はきっちりと布が当たっていても、後ろは当然、紐が腰と首に見えるだけで、背中も尻も遮るものは何も無い。エプロンをしたまま繋がることだって出来てしまう。カノンがこういう格好をして誘ったのなら、この布をさっさと脱がせてしまうのはカノンの気持ちに応えることになるだろうか? バノッサは考察しながら、唇を重ねた。いつものとおり、柔かく潤った唇だった。

 どっちにしろ正解だと気付く。体裁を気にせず犯せばそれで喜ぶし、カノンの気持ちを汲み取ったならまた嬉しいと思うようなカノンなのだ。

「……ん……、ふっ、……んぁ……はあ」

 舌を絡みつけて、ふっと引いて見る。唇の外まで、カノンは舌を伸ばして求めた。目は閉じて、ほんのかすかな皺が眉間に寄る、瞼の端が湿った。バノッサは目を細めてその表情の断片を見逃さない。自他共に認めるのがいいことかは知らないが残念ながら自他共に認める淫乱であるカノンは、その実いつだって性行為に伴う初々しさを消さない。キス一つで目を潤ませるように、いつまで経っても処女性を失うことはないのだ。

「ん……、きゃ」

 唇を離して、エプロンの布をするりと辿った。薄く滑らかな胸板、心臓を交差点とした十字架を上から下へ、臍の窪みと生甘い輪郭の腹部まで降りたら、来た道を戻り交差点を右に折れて、布越しにもかすかな粒の膨らみを判別出来る胸の飾りで一息付く。人差し指と中指で布を張ると、早くも勃ち上がりつつあるカノンの乳首はその輪郭を薄い布の上に浮かび上がらせた。

「あん……」

 インランがァ……、耳元でそう囁いてから、中指で優しくその粒を引っ掻いた。布を隔てて、もどかしさと共にカノンの腰の辺りへ痺れを走らせる。その反応を一つ、見守ってから、カノンの唇へ再び唇を重ねた。何も言わずに舌を出してくる。カノンの舌は甘味すら湛えているようだった。かすかな薄荷の匂いの向こうに、カノンの匂いがする。カノンの身体のところどころから醸される、カノンしか持たない匂いだ。その匂いをもっと嗅ぎたい、そう思って、唇を離し、耳を舐め、首筋に鼻を当てた。下半身ならもっと濃厚だ、そう思いつつも、物事にはやはり守るべき順番があり、それをルール通り守ることにも、一定の意義を認めないこともないと、バノッサは考える。

 エプロンの下半身、カノンの幼根は既に布を持ち上げつつある。ふと考える。こういう場合エプロンというのは下着に当たるのだろうかと。だとしたら射精までには脱がせてやるべきだ。だが、カノンは何処までを想定しているのだろう。布にそのまま射精してしまえばどうなる。それは「みっともない」が世間一般で使われる意味とはどうしても異なる。限定的にこのフィールドにおいては。

 考えているうちに、カノンが少し、身を捩って引いた。

「……あのね、バノッサさん、ぼくもバノッサさんのこと、気持ちよくしてあげたいです」

「あア……? 生意気言ってんじゃねェよ」

 カノンは身を引いて立ち上がる。

「でも、ぼくバノッサさんに気持ちよくなってもらいたいです。ぼくの身体も心も、ぜんぶ、使って」

 台所の戸棚を空ける。サラダ油かドレッシングでも入れるのが相応しいようなプラスチックの透明容器は、透明な液体がたっぷりと入っている。にっこり笑う。どうしても無邪気に映るのが、悔しい。何にも悪くないのか、悪いのは俺なのか。虚ろな問いを飲み込んで、自己責任で悦ぶのが得策。

「ね、バノッサさん、裸になってください。ぼくが気持ちよくしてあげます」

 とぷん、とボトルの中で揺れる粘性の高い液体は、要するにローションである。成程、とバノッサは苦く辛く酸っぱく、そして甘い微笑みが浮かびそうになる。どこで手に入れたのか。これも補足すると、カノンの部屋に遊びに来たソルが「お前たちはこういうの使ってないのか。……こっちの世界には便利なものがたくさんあるんだ」と、手土産に置いて行ったものだ。「つまりソルお兄さんはこういうの使ってるんですね?」等と問いを投げかけなくとも、ひょいと持ってこられるのだから、トウヤの部屋にはまだストックがあるのだろう。あの真面目なトウヤお兄さんが自分でこういうものを買いに行ったんだろうかとちょっと気にはなったが、それは聞かないことにしたカノンである。

 バノッサは言われるがままに服を脱ぐ。だが、ボトルをカノンの手から奪う。

「楽してんじゃねえ。テメェで善くしろや」

 いつもながら筋肉の陰影によって描かれる男性的な逞しさとその肌の白さによって醸される幻想的な美しさとが混じり合ったバノッサの体に、カノンは見惚れる。トン、とボトルを卓袱台に置く。カノンはその音にはっとして、バノッサの身体に手を伸ばした。

 皮膚の下に感じられるのはまず、血の存在だ。この肌を少しでも傷つけたなら赤い血が流れる。だから大切なもの。そしてその次に感じられるのは息衝く筋肉、自分のためにそこは傷つき、毎夜修復に追われている。だから、かけがえのないもの。

 触れるだけでこれほど胸が苦しくなるような身体がここにある。

 六つに割れた腹筋を撫ぜながら、ところどころには口づけも落す。この綺麗な人がぼくの恋人と、いつだって自覚していることを改めて、贅沢に思い知りながら、まだシャワーも浴びていない下半身に辿り付く。間違いなく汗の匂い、汚れていないはずがない、ただ、どうしよういい匂いだ美味しそうだ、ぐるぐる、頭を欲が過って、早く欲しい早く欲しい早く欲しい早く、自分の欲ばかり優先させそうになる。

 息を一つ整えて、自分が今何をすべきか、カノンは改めて判断する。既に勃ち上がっているバノッサの男根に、唇を当てた。

 白い体の一部分として、そこは一般的な男性の同じ場所よりも遥かに美しい印象を与えるだろう。今は巡りの良い血に伴って、薄ら赤く腫れている。こんなところまでこんなに綺麗なのはずるいと、カノンは茎の裏、走る筋を辿るように舌先を這わせた。先端の亀裂に浮かんだ滴が目に入る。反射的に先端を舌で掬った。かすかな潮の味、量は僅かでも感じられる粘り気、自分の舌に齎されたほんの些細な感覚に、カノンは熱い熱い息を吐き出し、バノッサに這わせた。

「咥えろよ」

 軽く髪を引っ張られて、……もちろん、そんなことをされなくとも咥えていた。バノッサは顎を引いてカノンの顔を見る。自分の性器を頬張って愛撫するカノンを見て、嘲るような笑い方しか出来ない自分を恥じた。表情を司る筋肉がそう覚えこんでしまっているのだから、二十代半ばにさしかかろうとしている今、直す術もない。直そうと無理をすれば、余計不機嫌になりそうだ。

 だから、そのまま言った。

「……すげェなぁ……? カノンよぉ、……俺様の咥えてるテメェの顔」

 最高にエロいと誉めてやろうと思った、ところで言葉に詰まる。咥え込まれた中で、舌が動いた。

「エロガキが……」

 だから、それだけで留まる。

 実際、あんな粘液を使わなくとも、カノンはバノッサのことを十分に善く出来た。それだけの技術と愛情を持っているのだ。

 その一方、自分はどうだ? カノンは敏感だ、早漏だ。ただ、それは全てを満たしはしない。男の場合、射精という形で行為が終わることは揺るがない。だが、射精すればいいかと言えば、そうではないことはもちろん身を以って知っているバノッサだ。極力いい形で、幸福に、射精して、本当に満たされたと言えるのだ。自分の技術にそこまでの自信を持ってはいないバノッサだ。カノンがあれだけ乱れるのは、単にカノンが敏感だからだ、プラスアルファで自分を愛しているからだ、と冷静に考えている。

 カノンの背中のエプロンの紐が、一生懸命にフェラをするカノンの頭が動く度、揺れた。ほんの少し躊躇いの後、バノッサはカノンが卓袱台においたローションボトルの蓋を開き、その背中に垂らした。

「ひう、ふぃ、んっ! んやっ、ば、ばのっささっ……!」

 冷たさに思わず口から出してしまったカノンに舌打ち一つで再開させると、背中に粘っこく流れる粘液を指に絡めて、カノンの体の前へと忍ばせる。エプロンの上から、糸を引くローションを纏った指で乳首を撫ぜた。ぴく、とカノンの身体は素直に反応する。その尻がほんの僅かに震えたのも、気のせいではなかったろう。

「こんなアホみたいな道具まで持ってきやがって……、エロガキが」

 とろりとした液の面積を広げて、薄布を更に濡らして伸ばしていく。カノンの心臓がバノッサの指に生のリズムを刻んで教える。酔い痴れたい、感じきりたい、欲に駆られながらもカノンはバノッサから口を離さなかった。幸せにしたいという一番大きな欲がその舌を動かしていた。

 カノンの指は自分の背中から胸へ垂れるローションを掬って、バノッサの陰嚢へ塗りつける。滑らかな感触で包み込み、中の珠を優しく擦り合わせる。其処がかすかに張り詰めるように蠢いた。

「エロガキが」

 幾千億年前から同じ快楽に負けるなら恥ずかしいことではない。先端に袋に齎される愛撫の優しさに酔えと言われているのだから酔えばいい。カノンの乳首を弄っていた手が止まった。愛撫に集中出来るカノンは、頭のスピードを上げる。唇と肉茎のわずかな隙間に唾液が漏れて音を立てる。バノッサであっても、普段ならば聞きたくないと思うような類の音だ。今は新たな燃料となる。

 カノンの身体がかすかに強張った。その口の中へ流し込まれた蜜を、相変わらず頭を舌を動かしながらも、一滴たりとも逃さぬように吸い飲む。堪えようのない快感に息を乱し、バノッサはカノンの甘い色の髪を引っ張った。赤い亀頭の先端とカノンの唇とが、糸で繋がる。唾液と精液が交じり合って出来た泡が、口許に一つ、弾けた。

 くん、と喉が鳴った。唇を一つ舐めた。

「正直に言ってもいいですか」

 起き上がると、胸元はローションでべっとり濡れて、乳首の粒が透けて見える。着ているのは幼い双眸のカノン、その体、平たく痩せた胸、幼児体型、ふざけ切った景色。

「バノッサさんの精液ぼく、すごく好きなんですよね。一般的に言う美味しいっていうのとはちょっと違うかもしれないですけどでもぼくの舌にすごくあってててててて」

 どの面下げてそんなことを言うのか、この柔かい頬っぺたがそう言うのだ、悪びれもせず、どころか、にっこりにこにこ笑いながら言うのだ。

「ひっぱらないでくださいよぉ……」

 頬を擦る、何て摘み心地の頬だろうか。

 憮然としたバノッサに、カノンはまた笑う。冗談ではない、と思う。そして冗談ではない今は確かにあり、困ったことに、困惑させられている。解放感ばかり心地良く、本当は全ても心地良く、でも吸わずにはおれないという顔で煙草に火を点ける。愛情希薄にすら見えるバノッサにも、ちゃんと判っていると、バノッサには何も判らないまま、構わないと、膝立ちする。バノッサの吐き出した煙が、その滑らかなラインの腹部を這って進んだ。

 その部分の布を、カノンは摘み上げて、腰周りを晒した。バノッサの目の高さにきんと固くなった性器を見せる。皮に半ばまで覆われ、先端ばかりを覗かせる亀頭、そういうものは隠しておいた方がいいと誰しもが言う、多分バノッサも言う、だが見ている、見詰めている、手を伸ばすのを、堪えている。臍の辺りまで捲って見せるのは、冷静と情熱を二つながらバノッサに委ねるためだ。「いじってください」とは言わない、ぼくはバノッサさんのものだから、全てをバノッサさんにお任せします。

 バノッサは今一息紫煙を味わってから灰皿に押し潰した。

粘液を揺らすボトルを掴み蓋を開け、手のひらにたっぷりと載せると、そのままカノンの下腹部を撫ぜる、それを二度繰り返す。カノンの下肢はあっという間に粘液に塗れた。光を陰嚢へ塗り伸ばし、握って砲身も濡らす。そのまま扱いてやろうか、そう思って二度、茎をスライドさせたところで止め、足と足の間に手を入れた。

「ん……、んん」

 ぎゅ、とエプロンを掴む胸の前の手に力が入る。「力抜いてろ」と低い声で咎めて、中指を差し込んだ。

「んあ……!」

 肌の表面とはまた違う種類の湿り気を帯びた内部は、バノッサの中指を迎え入れるかのような、拒むような。バノッサは奥へ奥へと歩みを進め、指を曲げる。厳密に言えばどうかは判らないが厳密には言わないから、指だって舌だって陰茎だって差し込むことに躊躇いのない腸壁を擦り、押し込むと、其処にカノンの身体を痺れさすスイッチがある。びく、とカノンの性器が弾んだ。

「ん、やっ、……あっ……!」

 嬉しくて、バノッサは笑う。

「此処か」

 思わず、問う。指も執拗に、その場所を刺激する。カノンはエプロンの前を落とし、バノッサの頭に縋る。エプロンの裾を捲り上げ、カノンの根元に暖簾のようにかけて、バノッサはその動きの観察を試みる。

カノンの性器の先端からは、薄く粘る液体がトロトロと茎を伝って零れてくる。触れてもいないのに、もう射精まで少しの間もないように見える。力の行き場を失って張り詰め、薄皮の一枚向こうに白く濁った快感が覗けるようだ。包皮の縁を伝い、裏側を流れ、やや引き締まる動きを見せる陰嚢まで跡を記す。それを見て、一層唇を笑いの形に歪める。とどめをやろう、些か乱暴かと思いつつも、カノンのその場所を、ぐいと指で押した。

「っ、いっ、あっ……っ、バノッサさんっ……! それ、っ、しちゃ、だめ……!」

 何がどうダメなんだ、趣味の悪いことを聴こうと思った。ただ、カノンはそれすらも待てなかった。烈しい電流が、カノンの手からバノッサにも伝わってきた。

「っ、ひぁ、あっ、ああっ……!」

 ぴ、とバノッサの頬に一滴跳ねた、残りは畳の上に球を成す。カノンは指を抜かれる際、一際高い声を上げた。

「……インランが。俺様が触らなくてもいけんじゃねェか」

 優しく嘲笑い、どこもかしこも濡れそぼった性器の皮を剥き下ろした。生赤く腫れて、精液にコーティングされたその場所は、精液の色のせいで、妙に甘い味がしそうに見える。いや実際甘いのだろう、カノンが言うように。愛する者の精液は例外なく、この口に。

「ひゃぅ、あっ、あっ……ダメっ、バノッサさんダメ、ぅああ、あっ……!」

 小便を漏らされる前に、口を外した。カノンはずるずるぺたん、畳に腰を落とした。涙目で、赤い頬で、自分を見る顔が、どうにもこうにも可愛すぎて、それをはっきり確かめたら冗談でなく顔が緩みそうだから、バノッサは嘲笑のまま顔を逸らし、新しい煙草に手を伸ばした。

「指でそんだけよくなれりゃもう何もいらねェだろ」

 冷淡に言っても、ふるふる首を振って、入れてくんなきゃイヤです、欲を欲のまま口にする。

「指だけじゃ足りないです。バノッサさんのおちんちんの熱さと太さと長さがなきゃイヤです」

 三段構えで賞賛されて嫌な気分のする男はそういないが、本当に何処までも淫乱で在る自分を自分で肯定し続けるつもりらしいのには、少しく閉口する。カノンは真面目そのものの表情で言うのだ。安易に否定するのは可哀想でもあり、バノッサ自身にとっても得策ではないのだ。カノンの淫らな姿を前に、無事でいられはしない。

 クソガキが、と前置きをして、その背の予定の場所に、座布団を敷いた。足を持って上げる、女物のエプロンの裾から、相変わらず覗ける少年色の性器が浮かない。こんなアンバランスな姿をしていて、全てが調和するのも貴重なものだろうとバノッサは見下ろしながら思う。素晴らしいまでのバランス感覚で、バノッサの官能をチクチクと刺す。

「んっ……はぁ……あ……」

 既に指で弄った後だったから、慎重さを半減させて這入ったトンネルの、入口を見る。自分の直径分、大きく拡げられているはずだが、其処の周囲に装飾するようなものがないぶん、突き入れていく間は継ぎ目をはっきりと視認しがたい。自分はカノンの奥から生えている茸のようなものか。

「……バノッサさん……」

 カノンはバノッサの腕を頼りに上体を起こし、胸に頬を寄せた。腰が痛くないかと気にしてやろうか、そんな風に心を動かすほど、カノンのそんな様子は愛らしく映った。

「思いっきり、ぼくの中、出してくださいね?」

 にこ、と笑う。

 クソガキが、口の中でまたそう呟く。どうやら俺はよっぽど「クソガキ」が好きらしい、そして「エロガキ」が愛しいらしい。ただそういう性質を持つのがカノンでなければいけない、どうしてもいけないらしいと、しみじみ思う。

「愛してます」

 カノンが腕を解かないから、そのままそっと、背中を予定通りの座布団に落として、腰を動かし始めた。

 淫乱と貶しつつも、内部は質素な広さだ。バノッサ以外の性器ではカノンを正しく幸せには出来ないだろう。バノッサが幾度も突き入る事によって出来た、カノンの内部の輪郭は、バノッサの性器が往復することによって最上の刺激を得る。

「あっ……、あっ、んっ……んぁう、っ、あん! あ……、はぁっ……」

 乱暴な言葉や邪険な瞳とは裏腹に、動き方の質はかなり優しい方だろう。時折その顔のあちこちに唇を落としたりなどしながら、この時間が長引けばいいと、明日も仕事の自分を忘れ、バノッサはゆっくり、ゆっくり、腰を動かす。最深部で自分はカノンと本当に一つになる。吸われているような気になる。

「……っ、く……」

 淫猥な動きで絡みつくのは、貪欲なる証と判りながら、その欲を満たすところに自分の幸せも同居している、腰振って、突拍子もないこのタイミングで少しばかりこの場借り言葉遊び、性欲の生み出す周期、その溺れるような蕩けるような甘さ辛さに一歩踏み出す勇気、持って、互いの心の中から汲み出す空気、生まれた空白を埋めるため継ぎ足すブギー、鳴らして声嗄らして綺麗で卑猥で瞬間的カリ首勃つbonnie。送り込まれるbxxby hatchの一歩手前で「一人じゃヤダ」って手を伸ばす。だからしょうがねえ行こうかねえ。

「ばの、っさ、……っん!」

 お前の望みのままに、俺の心赴くままに。それすらも、声すらも出せず、同じ種類の快感、全く不思議なくらい今日も機能スクライブ、俺らだけでなくスクールライフ送り夢見る彼らもがっちりスクリューハマって第三者見りゃ言うスクリューボール。

「っ……く……、う……」

 タイミングを計らなくても同じところに同じ瞬間辿り付いて、巡る巡る、繋がったところで行き場をなくし、精液はカノンの内部を満たした。射精の間中、終わってからも、重ねて絡めた唇と舌の上に載る互いの吐き出した息を吸い込みあって、ふっと気が遠くなり、気付いたときには、次のキスを待って寂しがっていた。

 それもようやく一段落ついたとき、カノンはまた冗談を言う。

「こうやって……ね、バノッサさん、聞いてます?」

「……うるせーな……、何だ」

「こうやって、ずうーっと、繋がったままでいられたらいいなあって思うんですよ。今だけじゃなくて、ずうーっと。明日の朝も、バノッサさんのお腹の前で繋がったまんまで、お仕事についていけたら幸せだろうなって思うんですよ。ここから、ずうーっと」

 夢見る少年の夢を見る目はとても尋常で、バノッサを戸惑わせる。一瞬でもこいつの夢が叶えばいいのにと思ったのだから、限定的な意味では、確かに凄い。

「アホか」

 言い捨てて抜いた。バックでしたくなったらどうすんだ、そん時ゃ腹の上で独楽みてェに回るんか、ならいい、けど万が一にもねェが俺様のケツん中が疼いたらどうすんだ、俺様を満足させられンのは前も後ろも後にも先にもテメェしかいねェだろうが。

 考えを同じ次元で転がせる以上、バノッサも大いに冗談を解する。詰って、もう一度キスしてから抜いたのだから、大いにロマンチストだ。

「あーあ……」

 カノンは溜め息混じりに言って、ほんの少し寂しげに笑い、塵紙で自らを拭き取った。それから、バノッサのものも丁寧に拭き清める。そしてそこまでして、初めてエプロンを外した。

「カノン」

「はい?」

「ンなもん着たって意味ねェぞ、俺様には……、見ちゃいねェ、そんなもん」

 カノンはにっこり笑った。

「意味なくても、着ますよ、ぼくは」

 全て見透かし、笑って言うのだ。照れるなら照れるでいい、それも隠してくれていい。ただカノンは、自分が扇情的な格好をすればバノッサは案外素直にそれに釣られることを知っている。少しの恥ずかしさもない訳ではない、バノッサの為なら我慢できるというだけで。そして、バノッサが答えてくれるから報われるというだけで。実際、裸にエプロン一枚巻いて、バノッサが知らん振りして寝てしまったら、そんなに痛々しく居た堪れないこともないだろうと思う。

 そして、次は、と思う。

 次は何だろうなと、バノッサも思う。今のところはまだ、悪い冗談で済ませられているが。カノンが本気でやっていることをよく知っている。このガキは自分が喜ぶと判断したなら何だってしてしまう。命令すれば犯罪にだって進んで手を染めるような漆黒の無垢さを持っている。裸エプロン一枚、次は、何だ?

 エロ下着か……。

「バノッサさん、明後日のお休み、一緒にお買い物行きませんか?」

 カノンは微笑んでバノッサの顔を覗き込む。

「バノッサさんの新しい服、買いに行きましょう。ぼくも服買いたいです」

 バノッサは大儀そうに起き上がり、そっぽを向いて煙草を咥えた。


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