どこから何処までを「恋人」と呼ぶのかは知らないが、少なくとも自分たちはもう「友だち」ではなくそうなのだという自覚は、二人の間にしっかりと芽生えていた。二人きりになれば、こっそりとキスをして。仕事をしながらも、手を止めて、お互いの顔を意味もなく見つめてしまったり。傍から見たら、双方共にちょっと最近おかしいぞと思わせるに十分な在り方。実質は、クレプスリーも知らない。ミスター=トールは気付いていても、口には出さない。ただ、ひっそりと微笑んでいるばかり。エブラは幸せだったし、ダレンも幸せだった。そのダレンの笑顔を見ていると、エブラはもっと幸せになって、だからダレンにもっと幸せになってもらいたく思うのだ。春が過ぎ、夏が近づき、二人は熱くなる。しかし、また冬が来たって、この気持ちが冷たくなることなど決して無いと、二人は信じることが出来た。拠り所などどこにもなくても、自分の側にもう一人いる、そのことが何よりも証左になると信じられたのだ。
コーマック=リムズただ一人、彼だけは、幸せそうな二人を見て、その事情を知っていながら、心から祝福してやることが出来ないまま、三ヵ月半を過ごしていた。気持ちは、悪い。しかし、二人に冷たく当たったりは、決してしない。エブラと顔を合わせれば「よかったね。な、頑張んなよ」と頭を撫で、ダレンと二人きりになれば「ここんとこずーっと生き生きしてるなあ?」と、核心を反らして、笑ってみせる。人がいいのとは、少し違うのかもとコーマックは感じながらも、温い自分の気持ちの、熱くならないことを、そして、万が一にも噴き零れることの無いことを、静かに念じていた。
エブラに全てを教えたのは、この男だった。
エブラ=フォンがまだ小さな、緑色の少年として、シルク・ド・フリークにやってきた頃、少しだけ年かさのコーマックは、エブラがダレンにとってのそうであったように、第一の友だちとして、そしてサーカスの先輩として、面倒を見てやるよう命じられた。
正直なところ、緑色のヘビ少年に対して、恐怖と好奇を混交した気持ちを抱いていた。初めて見た時の印象は、ぎょっ、ただそれだけだった。ヘビ少年といっても、ああ、そうか、やっぱり人間なんだな、でも、人間だと思えば思う程、その鱗は異質なものとして感じられる。どうしよう……、こんなの、どうやって「世話」すればいいんだ? 途方に暮れていると、そのヘビの子供は、ぷいと横を向いて、テントの隅で蹲って、泣き始めた。
突然のことに、もちろんコーマックは驚いた。
「お、おい、何だよ、どうした」
何を言っても泣くばかりだから、コーマックは、言葉が通じないのかと心配になった。しかし、それでも、しつこく声をかけているうちに、泣きながらもリアクションがあることに、安堵した。まだ、話は出来るんだ……。
「痛いの?」
頭を振る。
「じゃ、じゃあ……、何か、辛いのか?」
頷く。
「ど、どこが、どんな風に辛い?」
頭を振る。
「どうしたんだよ。なあ、おれ、……、どうしたらいい? なあ、ちょっと、……」
しかし、言葉がわかってくれても、こんなドッグ・ポリスマン状態では、こっちだって泣きたくなってしまう。
しようがないので、気味悪く思いながらも、その黄緑色のぼさぼさの髪の毛を、そっと撫でた。もう、これ以外、思いつかなかったのだ。泣いた子供を泣き止ませる方法なんて、コーマックにはこれ以外。
頭に触れられた瞬間、ヘビ少年は全身を痙攣させるようにおののいて、泣き顔を上げた。
鱗で常に湿り気を帯びている少年の頬に、涙は筋ではなくじっとり滲むように跡をつけていた。正直、ちょっと、怖い、そう思いながらも、コーマックは作り笑顔を浮かべて、
「ぶったり、しないよ、な? 怖くないから、エブラ、おれ、おれコーマック。よ、よ、よろしくな?」
手を、そーっと伸ばして、差し出す。エブラはまだ脅えたような顔でその手を見ていたが、やがて、その手に縋りついた。そうして、嘘のように、泣き止んだのだ。
「……どうして、急に泣いたの?」
コーマックは、出来るだけ優しくエブラに訊ねた。
エブラは喉に絡むような声で、
「……、ひとと、話したことが、ないから、こわい」
そう答えた。
「……そう、なの?」
「人が、怖い」
「人が怖い?」
「みんな、虐めるから」
ああ……、そうだった。コーマックは、ミスター=トールに言われたことを思い出す。この子、前のサーカスで虐待されてたって。だから、優しくしてやれと言われていたんだっけ。
「……ここには、エブラのことを虐めるような人は誰もいないよ。そんなに怖がることないよ」
エブラは、コーマックの手を額に押し当てたまま、祈るようにじっと黙っていた。
「……エブラ?」
「……ありがとう」
「え?」
「撫でてくれて、ありがとう……、コーマック」
思えば、本当に臆病な子供だったなあ。でも、だからあの頃、エブラはすごく可愛かった。弟が出来たようで、人より偉いのだと自覚できる快感を、コーマックは満喫していた。
初めて指を噛み千切って見せたとき、やっぱり怖かったらしくて、倒れちゃったんだっけ。それで、ミスター=トールに怒られた。だけどそのすぐあとで、あいつ「また見たい」ってせがんで。すっごい、キラキラした目で見てたよな。
思えばおれはエブラが大切だったんだ。
大切だと思うからこそ、いまでも優しい自分で在りたい。エブラの頼りになる、兄貴的存在でありたいと、心からコーマックは願った。それは、ダレンに対してエブラが抱いていた気持ちと、まるで同じ。純粋な肯定、受容する気持ちだ。
ただ、こんな自分は果たしてどうだろうかと、今は考えているコーマックだ。自分は、男らしいのか。それとも、女々しいのか。どうせなら、男らしくありたい気持ちはある、他方で、何が男らしいのか、そんなの人それぞれの誤解によるのだから、信用ならない。行動を起こすこと自体への是非が、自分の中で判然としない以上、二の足を踏んで目の前の幸せを見ているほか無い。何を今更。エブラを自分のものにしたいだなんて。
こうなるであろうことは、想像が付いていた。自分はきっとあとで、寂しい思いをするようになると。エブラはダレンのほうだけを見るようになる。仲良くなったなら余計に自分にアドバイスを仰ぐことなどなくなるだろう。自分はダレンよりも軽んじられる、そう考えると、怒りにも似た感情がコーマックの中には生まれるのだ。アレだけ優しくしてやったのに、なんだ、おまえは、おれのことを、そんな簡単に捨てちまうのか。ヘビもどきのおまえみたいなのを、あんなに大切にしてやったのに、なんでそんな、情のないことを、おまえは、この。
そう思えば思う程、自分の中の汚い部分が喜ぶ声をあげるのを聞くのが嫌で、それは封じた。しかし、エブラがダレンに、まるで昔の自分のような顔をして、話をしているのを見ていれば、やはり気持ちは平らかではなくなる。
気持ちは、ダレンへの嫉妬心なのだ。ダレンのあるポジションにエブラがいて、エブラのあるポジションに自分がいることこそが、本来の形であり、自然なのだと思っていたから。何でそこにダレンがいるんだ。しかし、そう仕向けたのはほかならぬ自分だ。エブラがダレンに好意を抱いていることに、唯一気付いていた、この自分だ。そうして、ああしたら? こうしたら? きっとうまいこといくよがんばれよ、応援してるからさ。馬鹿かおれは。
しかし、今になって、またエブラのことが好きという気持ちは、嘘をついてでも隠す覚悟がコーマックにはあった。もう、昔の自分とエブラではない。人は変わる、少しずつ、しかし、確実に変わる。それをコーマックはよくわかっていた。もう、エブラは臆病なあのエブラではない。一人の男としての自覚と強さを持ち合わせた、新しいエブラなのだ。昔のエブラは、エブラの中にはまだいるのかもしれないが、そうそう顔を出してはくれない。そうして、そのエブラこそが、コーマックの愛した相手だった。自分に強さと自信をくれる、あの臆病な瞳が、一人でいるのを怖がる、小さな緑色の少年こそが。
でも。どうして今更、言い出せる? 目の前の幸せの形を前にして。
エブラの幸せを壊したいなどと。
エブラが欲しい、などと……。
だから、口が裂けてもおれは、エブラには言わない。コーマックはそう決めている。その時は自分の頭、かちわってやる。試したことが無い。二度と頭が生えてこないかもしれなくても、それくらいの覚悟でいるのだ。
大好きなエブラ。その、エブラのためにだ。
久しぶりに街へ出た。見た目はふつうの人間と変わらないから気軽な物だ。上空は夏の匂いが漂っている、夏の空は豪快で、広いカンバスにいろいろの模様を思い思いに散りばめたように見えるものだ。雨雲も青空も太陽も風の紋様もすべて、同じ空にある。
「おまえは何を買いに行くの?」
ガムをやったら、テントから離れて十五分は経とうかと言うのにまだくちゃくちゃやっている、味なんてもうないだろうに、固い吸血鬼の歯には、味は無くとも噛めるものというのは心地がいいのかもしれないなどと考える。
ダレンは、ポケットからメモを取り出し、読み上げた。
「ゴム」
「ゴム!?」
「髪結ぶゴム」
「……ああ」
「それと、ポテトチップと、コーラのボトルと、スモークチーズと、オニオンのピクルス。ティッシュペーパーに、シャンプーと……、あと、いや、うん、以上」
「そう。多いな」
「うん。ちょっと多い。でも、夕方の仕事、全部あいつやってくれるって言うから、しょうがないけど」
恋人のための買い物を、疎まずにする姿と来たら、幸せそのもの、この子に何の罪もないとわかっている理性と、わかっていない感情は、コーマックの心の中に温度差を生み、形ばかりは優しい微笑をその涼やかな顔に貼り付ける。
「うまくいってるんだね、あいつと」
「え……?」
戸惑ったようなダレンの顔を見れば、癪に障るし、理不尽に頭を引っ叩いてやりたくなる。
「つきあってるんだろ? エブラと。……毎日が楽しいだろ、恋人いるとなあ、わかるぜ」
ダレンは、見る見るうちに頬を染めて、コーマックから目を反らした。何がわかる? 全部わかる。全部自分で経験済みのことだ。エブラはちょっぴり臆病だけど、知っている誰よりも優しい。人の痛みを一番知ってる。そういう人間と一緒にいるのは、心が休まる、幸せで。
ましてやエブラは自分より弱かった。自分が守っているという優越もあった。教えてやることが山ほどあって、毎日が退屈しなかった。そして、自分のほうが強くて、頭も良かったから、エブラは自分になついていたのだと、コーマックは今も思っている。
『憎たらしい。それなのに、どうして簡単におれじゃなくてダレンなんだ?』
そんな気持ちだって抱こうというもの。
しかし、そんな自分をエブラは嫌うだろうから、怖がるだろうから。
「……なあ?」
「うん……、それは、……まあ。ぼくは……」
歯切れの悪い返事に、いじわるな自分になりそうな予感がする。
「あいつ、どんな感じなの?」
しかし結果は、自分を虐げることにしか繋がるまい。
「あの、ベッドでさ。どんな風な感じになるんだ?」
「……」
ダレンが前を向いたまま、耳まで赤くしている。
「へえ、っていうか、あれなんだ、もう、しちゃったんだ? そうだよなあ、出来るもんなあ」
「なっ……、ひ、卑怯だぞ」
「卑怯? 何が卑怯さ」
くすくすと笑って、
「教えてよ、ダレン。あいつ、どんな感じなんだい?」
「そんなの……、言いたくない……」
「ダレン可愛いから、けだものみたくなってるんじゃない?」
「別に……」
「気を付けろよ、あいつも時々、見境なくなるときあるから」
「エブラは優しいよ」
堪えきれなくなったのか、ダレンは言って、それから顔を顰めた。
「優しい?」
純真な子供を玩弄する愉快さはタバコのように、美味いのに煙い。コーマックは芯の冷えていくような心持になりながら、なおもダレンの口から聞きたがった。
「優しいって? へえ、優しいんだ。どんな風に? なあ、どんな風にするの?」
「そ、そんなの、どうだっていいだろ、関係ないだろコーマックには」
「うん、関係は無いけどさ。あ、安心しろよ? おれ、同性愛には偏見全然ないんだ。純粋に、別に、おまえたちじゃなくてもいい、でも、どういう風にするのか知りたいだけ」
「……そんなの、……本でも買って読めばいいだろ」
「ばかだなあ。本に載ってるのなんて全部片っ端から完璧な嘘だよ」
そう、あんなにキレイじゃないし。
大変だったんだぜ、おまえは知らないだろうけどな!
エブラに全部教えたんだおれは。おれが全部教えたんだ。なのに、あいつはその知識を全ておまえに。
「……いや、実際さ、正直なところね、ちょっと心配なんだよ」
「……心配?」
「うん。エブラがおまえに痛い思いとか、やな思いとか、させてるんじゃないかって。でも、優しいんだ? じゃあ、安心だな。エブラ、ちゃんと考えてるんだね」
「……、うん。エブラは……、うん。ぼくは、エブラが痛いのより自分が痛いほうがいいからって言うのに、それなのにいっつも心配して、……」
ぶつぶつと、呟くようにダレンは言った。
「うらやましいなあ、おまえたち、幸せそうで。ほんとうに」
言葉を、笑顔で吐き捨てることが出来る。人間って言うのは本当に素敵な構造をした生き物だよ。
「ダレン、コンドームは買わないの?」
「……」
「多分だけど、さっき言いかけた最後のやつって、……だろ?」
「……」
「おまえみたいな子供が買ったら、店の奴に文句言われるぜ? いままで言われたこと無い?」
「……、いままでは、エブラが持ってるの使ってたから。昨日の晩、それが……、もうなくなっちゃって……」
「じゃあ、おれが買ってやるよ。あ、金はいいって。おれのほうが持ってるんだし。な、プレゼント。おまえたちの未来に祝福あれ」
ダレン、教えてあげようか。
エブラが持ってるやつって、おれがあげたの。……こんなおれの末路に祝福あれ。
「傘も買ったほうがよかったかな?」
早い夕立に、靴屋の軒先を借りて、べたつくアスファルトの匂いを感じながら、二人は並んで空を見上げた。靴の中に入った水が気持ち悪くて、コーマックは足の指をむずむず動かした。ダレンは荷物を置いて、少し濡れてしまった髪を書き上げて、険悪な色の空を見上げる。
「……でも、戻れば置き傘いっぱいあるじゃない。……ぼくが自分のお金で買ってくるのに、無駄な物買うとクレプスリーが怒るんだ」
「ああ、あの人。そうか、そうだろうなあ。あの人はおまえの保護者みたいなもんだろ?」
「……本人がそのつもりなだけだよ」
濡れたジーンズの裾を折り返すためにしゃがみ、ハーフパンツのダレンのふくらはぎに、虫に刺されたような跡を見てしまう。
「ダレン、これ、エブラ?」
「え……? あ、違……、虫さされだよ」
「まあ、そうだろうね。場所が場所だし」
いちいち見せる、初々しい反応。エブラはしかしこれに悦べる余裕も無いのだろう。あの子はベッドではいつも、いっぱいいっぱいだろうから。
「……あのさ、コーマック」
本当に虫刺されであることは見ればわかる場所を、強調するように掻いたりなどしながら、ダレンはコーマックを見上げて訊ねた。
「コーマック、……あの、知ってるかどうかわかんないけど」
「なに?」
「……エブラには、ぼくが訊いたってこと、内緒にしておいてくれる?」
「うん? ……まあ、よくわからんが、いいよ、秘密にしておこう。それで?」
「うん。……その、ちょっと、気になって……る、訳でもないんだけど、でも、あの……」
「なんだよ」
「うん……、あのさ。……エブラって、……昔に、男の恋人がいたの?」
コーマックは叩きつける雨音を一旦頭から排除して、今の言葉を反芻した。
ああ。あいつ、そんなことまでおまえに言ったんだ。
「……さあ、なあ?」
コーマックは肩を竦めた。
「いたとしても不思議じゃないよなあ、そりゃあ」
「……」
「ただ、今はおまえがあいつの恋人なんだろ? だったら、それでいいじゃないか。誰にだって昔のいろいろはあるんだから、気にする必要ないと思うぜ」
「……うん」
物騒な色の雲の隙間を、青空が除き、今年初めての蝉が鳴き始める。水溜りを避ける必要も無い靴の二人は、並んで歩いて帰る。
短パン一枚でエブラが、サーカスの入口に立って、ダレンを待っていた。
「一緒だったんだ?」
「うん」
「そっか、雨で大変だっただろ」
「雨宿りしたから」
「そう。荷物持つよ。コーラ、冷やしてくる」
「うん」
ダレンから買いもの袋を受け取り、エブラは車へと駆けて行く。ぼさぼさの長い髪を、今夜はゴムで纏めて舞台に立つのだろう。
おれがあげたゴムは、なくしちゃったんだ?
「……コーマックだろ?」
ダレンが俯いて、言った。
「なにが?」
「エブラの昔の恋人って、コーマックだろ? わかるよ、そんなの」
「んー?」
思いつめたような表情で顔を上げて、コーマックを見た。
「ぼく、コーマックから」
「ばっかだなあ……、ダレン」
コーマックはくすくす笑って見せた。
「エブラの恋人だったやつはね、もういないよ。ダレンがここに来るだいぶ前に出てったから。今はインドにいるって話だけど、どうだろうな。いつか出先で会うようなことがあったら、エブラに新しい恋人が出来たよって、話しておくよ」
コーマックはダレンの頭を撫でて、自分のテントへダレンを置いて歩き始めた。
舞台が終わって、髪の毛を結んだエブラがやってきても、コーマックは悠然とタバコを吸って、その後ろ髪にゴムが巻かれて、普段よりもすっきりした印象のヘビ少年の姿を見ていた。
「ダレンに言ったのか」
「言ってないよ」
「ダレンが……」
「嘘ついた。おれ、嘘ついたよ。言ったらダレンが嫌がるだろうと思ったから」
「……ばればれだったよ」
「それでもつかないよりはマシだと思ったんだよ」
コーマックはタバコを灰皿に押し当てて、最後の煙を吐き出した。
「別に悪いことなんてしてないんだぜ? おまえも、おれも。なあ、勝手じゃないか。後から来たダレンにとやかく言われる筋合いは無いんだ。それに、もう終わった話さ。おまえはダレンが好きなんだろ? だったらそれでいいじゃないか。おれのことは関係ない。……だいたいおまえ、臆病すぎなんだよ、悪いことなんて何もしてないのにそんなびくびくしてるんなよ。いくつだよおまえ、大人になれよ」
髪の毛を引っ張って、引き寄せて。
「痛……」
「そんなことでダレン守れるの? おまえはもう守ってもらう立場じゃないんだぞ」
何で、頑張れなんて、頑張るななんて、言っちゃったんだろ。エブラを手放したくなかったなら、ただ、「無理だよ」って言えばよかったのに。失ってからそんなことを思わせるなんて反則だろう恋心。
いくつだよおれ……。
「……コーマック、……痛いよ……」
「知らん」
手を離して、二本目のタバコを取り出した。
「……おれは、どうしたらいいの? コーマック……」
「知るか」
「コーマック」
「……おれは、おまえの恋人じゃない。恋人じゃないけど、おまえの友だちだし、おまえのことはダレンよりも解ってるつもりがある。……毅然としてればいいんだよ。おまえは、いいか? おまえは、何も悪いことなんてしちゃいないんだからな。友達同士でも恋人同士でも、相手の心をどうこうすることなんて出来ないんだ。昔のおまえがおれのことを好きだった、それで何の問題も無いだろ。ダレンにはそう言ってやれ。ついでに、今はダレンのことだけが好きだって、言ってやればいいだろ」
「……コーマック」
「……もういいだろ」
タバコを深く吸い込んで、吐き出して、
「行けよ」
冷静に考えれば判かることではあるのだが、この世から恋人がいなくなるというのは、自分を一番に考える他人がいなくなるのと同じことだ。喪失感に、いくつだよおれ、泣きそうになった。
忘れていくことが出来るって、羨ましいよ、エブラ。
無邪気なおまえが、また今、おれ、こんなに好きなんだ……。