アルマゲスト

 うろこが、ぼろぼろと床に落ちていくのだ。ぼろぼろ、ぼろぼろ、ぼろぼろ。エブラは泣いている。涙がさかさまに額から髪を濡らす。唇を噛み締めてこぼれてしまいそうな涙以外のもろもろを全て飲み込もうとする。
 蛇のうろこの下には、人間とかわらない赤い肉がある。うろこと肉とをつなぐ皮を大きく剥がし取られて初めて、エブラは自分の人間の証明をする。
 男が、エブラの目の前に刃物を揺らめかせる。そうして何事か、同じ科白を何度も何度も繰り返し、自己陶酔にひたるようなそぶりを見せながら、不意にエブラの顔を、ナイフで鋭く切り裂いた。ざくり、びしり、ばりばりばり、音が、音が、聞こえる。突き刺して、肉を裂いて、うろこを飛び散らせるナイフの音。
 悲鳴。
 エブラは目を開いた。そこには男の壊れた笑顔も鮮血もなく、灰色の天井があった。
「あー……」
 エブラは大きくため息を吐いた。隣ではダレンが向こうを向いて眠っている。無意識のうちに、自分の顔に触れてしまう。深い切り傷は、ようやく塞がっては来たが、未だに薄皮一枚隔てた向こうに激痛の存在を感じ取ることが出来た。部屋に月明かりが差し込むから、まるっきりの暗黒ではないことを、感謝しつつ、エブラはもう一度、長くため息を吐いた。そうしてもう一度ダレンを見る。ああ、ダレンがいる。
 ダレンがいてよかった。ダレンがおれを守ってくれる。
 残忍なるバンパニーズのマーロックから受けた拷問は、そう容易に忘れられるようなものではない。もともと、引き取られたサーカスでも道具のように扱われ、虐待と呼んでも構わないような暴力に晒されていた経験がある、自分に対して向けられる刃には、ふつうの者が抱くよりもずっと強い恐怖感を覚える傾向はあった。しかし、あのマーロックがエブラに行なった拷問は、かつてのサーカスでの虐待が甘く優しく思えるほどのものだった。この傷が、そう簡単に塞がるとは、エブラ自身にも思えなかった。
 一人で眠るのが怖いって?
 ダレンは笑った。でも、長く笑いはしなかった。エブラの次の言葉が出るよりも早く、いいよ、枕を持ってくるから待ってて。そう言った。自分でも泣きそうなほどに情けないと、エブラは言って、眠りに落ちるまでずっとダレンに弱音をこぼしていた。そうしてダレンはからかいながら片っ端から片付けていってくれた。なあ、ダレン、おれ、自分がこんな弱いなんて、知らなかったよ、思ってもみなかったよ。
 弱いのはみんないっしょだよ。ぼくだって、身体がちょっと強いだけだよ、ずっと、弱いままだよ、きっと、みんな。
 ダレンの科白に、涙が出そうになる。うん、うん、横になったまま頷きながら、枕を濡らしかけて、ちょっとトイレに行ってくるとか、水を飲みに行ってくるとか言い繕って、外に出た。
「やっぱり、……怖かったよ……」
 今でも、ダレンには隣で寝ていてほしいと思う。甘ったれだ、自分でそう解っている、赤ん坊じゃあるまいし、いつまでも震えてるんじゃあない。もっと自分を強くもて、エブラ=フォン……。しかし、駄目なのだ。一人で怖い夢を見て、目覚めたときに隣に誰もいなくって、本当に自分がたった一人で在るということを思い知るのは、今のエブラには耐えがたいことなのだ。かつてエブラが同じように弱かった頃、そのお守りをしていたコーマック=リムズが、笑っていた。エブラ、オムツがいるなら買ってきてやるぜ。だが、その科白をただの冗談とも受け取れないほど、エブラの心は痩せていた。
「怖かったよ……。怖かった」
 そう、呟く。ダレンは眠っている。眠っているダレンに、すがりつくように言う。いいんだ、眠っていてくれていいんだ、だけど、おれの話をちょっと聞いて。辛かったんだよ、おれ。辛いんだよ。
「なあ、……こうやって、ナイフ、目の前にしてさ。言うんだよあいつが、マーロックが。笑いながら、『ええ、どうだ、言えよ、言えよ、なあ、どうだ、言えよ、クレプスリーはどこにいる、クレプスリーはどこにいる、言えよ、ええ、どうだ、言えよ、言えよ』、あいつ、同じ言葉何度も言うだろ、すごく怖いんだ。頭の中で何度も跳ね返って、わんわん言うんだ。そうして、マーロックがおれの顔にナイフ、この、頬っぺたのところ、刺して、下に向かって、……おれ、つるされてたから、目のほうに向かって、引き裂いたんだ。あれが一番、……あれがいちばん、怖かったよ。目が零れ落ちたかと思ったんだ……」
 ヘヘ……、そう笑って、エブラはぶるりと身体を振るわせた。
「ダレンが助けてくんなかったら今ごろ、本当に、どうなってたんだろうなおれ。ダレンがいてくれて、本当によかったよ」
 寒くも無いのに震える身体を自分で抱きしめて、エブラは呟く。細い両目から涙が溢れ、こぼれた。
「ダレンがおれのそばにいてくれてよかった」
 そう、嗚咽交じりの声で呟く。これは感謝の気持を篭めた、祈りの言葉だ。ダレンにありがとうを、いっぱい篭めた、祈りの言葉だ。
 なあ……。
 もう、声にならない。
 なあ、ダレン。おまえは、優しいね。デビーと上手く、いけなかった。残念だっておれは思う。だけどね、どこかで、デビーにおまえを取られなくってよかったって思うんだ。ダレンがおれと、もう遊んでくれなくなるんじゃないか、デビーのことばっかり考えて、おれのことなんて何とも思わなくなっちまうんじゃないか。不安だったよ。だけど、だけどおまえは、おれのために来てくれた。そうして、おれの願いをかなえてくれた。
 デビーはどう思っただろう、お前がマーロックをはめるための計画の一端を担わされた彼女は、あの夜を境に二度と、おまえに会えることはなくなった。彼女は寂しがるだろう、悲しむだろう。
 だけどおれは、ダレン、ダレン、ダレン、うれしいんだよ。
 おれが手にした幸せはおれの苦痛と引き換えに。震えがとまらないほどの恐怖が、それでもおまえの記憶につながっているから。
「う……」
 噛み殺した嗚咽に、耳のいいダレンが目を覚ました。エブラは慌てて毛布で顔を拭ったが、涙の匂いを逃すような半バンパイアの嗅覚ではない。
 ダレンはすぐに起き上がり、エブラを見た。
「……エブラ……」
 目をこすって、エブラのほうを見る。
「……おきてるの?」
「なんでもない、大丈夫だよ、ごめんな起こして」
 エブラはくしゃくしゃの笑顔を、ダレンに見せた。夜目の効くダレンには、冷たい月の光に浮かぶ頬の傷跡とともに、この上なく痛々しいものとして写る。
「また、泣いてたんだね」
「子供みたいだろ」
「ぼくだって、サムが死んだとき泣いたよ……。泣くのは恥ずかしいことじゃない」
「……でもおれ、おまえよりこれでも、ちょっとは大人なんだぜ? それにサムが死んだときはおれだってさんざん泣いた。おれ多分、泣き虫なんだよ」
 エブラは言って笑いながら目を覆った。
「泣き虫な蛇人間」
 ダレンは苦笑しながら言った。
「ぼくより大人なのにね、年上なのにね。泣くんだ、そんな風に」
 エブラは、目を覆ったまま、笑いながら泣いて、頷いた。くっ、くっ、と、妙な音がその喉から聞こえてくる。
「……怖かったんだね」
 エブラはくぐもった、ひどく聞き取りづらい声で答える。
「怖かったよ」
「……でもエブラ、ぼくが助けに行ったとき、まず怒ってたじゃないか。なんで自分よりデビーを取らなかったんだ、なんて」
「そりゃ……、そりゃだって、おまえ、あんな……、楽しそうだったじゃないか、デビーとデートしたって話をしたときのおまえは、にくたらしいくらい嬉しそうだったから。なのに、あんな、デビーの命をやるから、なんて言われたら……」
「建前だったとしてもね、マーロックをはめる計画の」
 ダレンはエブラの言葉を遮って、言った。
「ぼく、そんな計画がなくってさ、クレプスリーの助力も無いような状況で、でも、言ってかもしれないっていま思う。そりゃあ、彼女はとても好きだよ。だけど、だけどさ。そうじゃないんだ、問題は。……やめようよ、そもそも命を天秤にかけること自体まちがってる。ぼくはもういやだな」
 ダレンは自分の命と、友人の命を天秤にかけて、友人の命を選んだために半バンパイアになったのだ。
 はあ、とエブラは、ため息を吐いた。そのため息も震えている。ダレンは自分の布団から出て、エブラの布団の上に座った。うろこに覆われた、緑色の手を取って、握る。
「約束するよ、エブラ」
 ダレンは、凛とした声で言った。
「またエブラが何かひどい目に遭いそうなときには、ぼくは前よりもずっともっと早く、エブラのことを助けに行く。エブラが怖い目を見る前に助けるから。……いや、そうじゃないな」
 ダレンは少し考えて、エブラの顔を上げさせて、その目をまっすぐに見て、言い聞かせるように一言ひとこと区切って、
「ぼくは、なるべくエブラの側から離れないようにする。いつもエブラの側にいて、エブラに危ないことがないように見張ってる。そうすれば、大丈夫だろ?」
 そう言ってエブラの頬を拭う。蛇少年の頬は、ダレンが拭っても拭っても、濡れつづけた。
「泣き虫エブラ」
 エブラはしゃくりあげながら、頷いた。
「だいじょうぶだよ、ぼくいるよ」
 優しく言って、ダレンは両手でエブラのことを抱き寄せた。自分より一回り大きい体にぼさぼさの長い髪は、かさばる。かさばるけれど、ダレンは腕の中に閉じ込めて、戸惑うように震える、湿った身体を撫でてやる。
「ダレン」
「うん……。大丈夫、大丈夫だよ」
 腕の中の鼓動が、ゆっくりゆっくり、落ち着いていくのをダレンは聞いていた。エブラはただ、感謝の気持ちを篭めた祈りを、自分の神様に向けて贈るばかりだ。神様なんて、エブラには一人しかいない。
 震えが止まった。エブラは急に恥ずかしくなってきた。泣き顔を見られたのは仕方ないにしても、こんな風に、子供みたいにダレンに慰められて。胸が温かくなって、とても、優しい気持ちになる。この場所は居心地がいい。温かなダレンの香りがする。神々しいような気になる。エブラはまるで、天使が自分のためだけに誂えたゆりかごに寝そべっているような気になった。
 しかし、この場で眠るのはどうにも、勿体無く思えてしまう。もう少しこのままこうしていたいと、願う。
 だが、その願いもむなしく、月光が彼の目に差し込んだ。ダレンが顔を覗き込んで、微笑んでいるのが見えた。それもまた、エブラには嬉しいものだ。
「泣き止んだ?」
 エブラは苦笑いして、目をこすった。少しまぶたが痛い。明日の朝は他の連中にも、泣いたことがばれてしまうかもしれない。適当な言い訳を考えておこうと決める。
「サムが死んだとき」
 エブラは座りなおして、ダレンの言葉を聞いた。
「エブラ、ぼくのこと抱きしめてくれたの、覚えてる? ぼくがいつまでも泣いてて、エブラも泣いてて、抱きしめてくれた。ちょっと苦しかったけど。……覚えてる?」
「いや……、ええと。……覚えてるよ」
 あの時の自分の中の情動もいっしょに思い出して、ほろ苦いような顔になる。
「ぼくが悲しいときに、エブラは一緒に泣いてくれたから、ぼくもエブラが辛いときには少しでも、分かってあげたいって思う。ね、風邪ひいたときでも、側にいてくれるだけでだいぶ違うもんね、エブラが風邪ひいたときはぼく、隣にいるよ」
 ダレンはそして、エブラの顔をじっと覗き込んで顔を近づけた。エブラはダレンの言葉がじわじわと胸に染み入っていくのを、ぼうっとなりながら感じていた。熱く感じられる目で、ダレンの顔をぼんやり見て、それがどんどん近づいてくる。そうして、寸前で、気付いて、飛びのくように身を引いた。
「だ、だ、ダレン、なに、どうしたの」
「……どうしたのって。……」
 エブラの心臓のスピードが、また速まっているのを聞いて、ダレンは思わず吹き出してしまった。
「なにそんなビックリしてるのさ。ただのキスだよ。小さいころさ、ぼくが怖い夢見たときにはママがよくしてくれたんだ。そうすると、不思議に怖い夢を見なくなる。ただのキス、だけど、魔法のキスなんだ。同じ魔法をぼくが使えるかどうかわからないけど、だけどエブラがちゃんとゆっくり、いい夢を見て眠れますように、そう、祈ってするから」
「で、でも……」
「でも、なに?」
「いや、……だって……、その……ダレン」
 本当に無意識で言っているの? そう言いかけて、口を噤んだ。要するにおまえがしようとしたキスは、おまえがデビーにしたのとはぜんぜん違うキスなんだね? 聞くのは怖くて出来ない。「あたりまえじゃない」と笑われるにしても「いっしょだよ」とまじめに言われるにしても。いずれの衝撃にも、今の自分では耐え切れないというおかしな自信がエブラにはあった。
 それに、……いや、ここは、してもらっておけば、いい。優しい友達が自分の為に、祈りを篭めて口付けをくれるというのだ。ダレンからもらったキスなら、きっといい夢を見られるに決まっている。
 そう、落ち着こうとするのだけど、エブラの心臓はどきどきどきどき、急スピードを刻む。収まるどころか、加速していこうという勢いだ。それを聞きながら、ダレンはいたずらっぽく笑う。変なエブラだなあ、ああおれは変だよダレンおれ、いますごく、変。
 涙はもう乾いている。
「別に逃げなくたっていいだろ、血を吸うって言ってるんじゃないんだから」
 エブラの腕を引っ張って起き上がらせる。エブラは、ダレンがはじめてデビーとキスしたときみたいに、ふるえている。初々しいこと、ダレンはひそかにそう思う。
 引き寄せて、臆病な動物を慣れさせるように、その頭を、背中を撫でる。そして、頬に触れた。刻まれた深い傷。ダレンはそこを舐めた。バンパイアの唾液には治癒力がある。半バンパイアであるダレンのそれは、まだ未熟なものではあったが、それでもダレンは、その傷が早くちゃんと塞がるように、祈ったのだ。
 そして、細かくふるえている緑の唇に、唇を重ねた。
 エブラが感じたダレンの唇は、羽毛のように柔らかで、優しく、温く、滑らかで、自分のがさがさの唇には一番不似合いに思えた。きんきらの衣装を来た綺麗な王様が、生ごみをかき集めて作った玉座に座っているみたいだと、考えた。そしてダレンの感じたエブラの唇は、思っていたよりも甘く、しっとりとしていて、ざらついたりもしない、自分ときっと同じくらいのものだと。ほとんど何の抵抗もなかった。
 エブラは呆然と、唇を離したダレンの顔を見ていた。ダレンは舐めて濡らした友だちの頬を、指先で撫でて唾液を擦り込んだ。指で感じる蛇の肌はどこか冷ややかなのに、唇で感じたエブラの唇は、とても温かくて、それが冷血動物の身体だなんて、まさか思わない。
「エブラ? へいき?」
 ずっと、震えながら、自分の顔を見つめているエブラの顔の目の前で、手のひらを振った。エブラはびくんとして、
「ああ」
「へいき?」
「ああ、ああ、ああ。平気だ」
 余韻が残っているのだ、ダレンが残した、唇の余韻、少しの唾液と、温もりが。
「心臓、ほんとうに大丈夫? 壊れちゃわない?」
 ダレンがそう心配するほど、エブラの鼓動は早かった。エブラは途方にくれたような顔になって、こくんと頷いた。彼は一度ダレンから目を離すと、もうダレンのことを見ることが出来なくなった。心臓が震えている。額と頬が発熱している。
「いい夢、見られそう?」
 邪気の無い顔で聞かれて、エブラは、ただこくんと頷いた。
「……大丈夫か? 手、握っててあげようか。それとも、エブラの布団でいっしょに寝てもいいよ」
「い、いや、それは、いい。それだけは勘弁してくれ」
 エブラは過敏に拒絶した。
 そんなことされたら、どうなってしまうかわからない! 眠れるはずなんかないじゃないか!
「そう? ……じゃあ、もう平気だね。よかった」
 友だちは、微笑む、微笑んで、エブラをまた、抱きしめた。エブラは身体をこわばらせる。
「エブラがもう、怖い夢にうなさらなくても済みますように」
 手の力は程なくして緩んだ。エブラは怯えたような目でダレンを見上げる。
「……なんだよ、……しないほうが良かった?」
 エブラは首を横に振る。それに遅れて長い髪が揺れた。
「……嫌じゃなかった……?」
 ダレンは少しく不安になって、エブラに聞いた。エブラはうんうんと頷く。そうして、あらぬ事を口走って、顔を真っ赤にする。
「おれはダレンにキスされて嬉しいよ」
「……?」
「……あ、あ、いや、……、だから、おまえのことは、誰より大切な友だちだと、おれは思ってるって事さ」
「ああ……、うん、ぼくもだよ、エブラのことは大好きだ」
 エブラは、大きく深呼吸をして、「寝よう?」と。言葉はもう、震えたりしない。
 並んで布団に入ると、何も言わずにダレンの手がエブラに差し出された。エブラが戸惑って、その手に触れかねていると、ダレンが「握って」と誘った。
 言われるままに、そろそろと手を乗せると、強い力で握られる。
「こうして、手をつないでれば、エブラに何かあったとき、すぐに助けに行ってあげられるから。夢の中でも」
 ダレンのその手のひらの魔法、そして何より優しい抱擁と口付けの魔法のお陰で、その夜、エブラはもう悪夢にうなされることは無かった。単純に、空が白むころまで、目が冴えて眠れなかっただけのことである。しかし、もうマーロックに味合わされた痛みは、遠くに消えていった後のように思えた。ダレンが舐めてくれた傷は、早いうちに塞がって、元よりも少し丈夫なうろこで覆われるだろう。
 鼻を啜って、エブラはダレンの寝顔を見た。
 おれの勇者さまだ。おれに強くなれる魔法をかけてくれる、ダレンはおれの勇者さまだ。いっしょに見たアニメに出てきたヒーローみたいに、クールに思えた。
 ……どうしよう。ダレン。
 途方に暮れてしまう。手のひらの穏やかな温かさを、いとおしく思いながらも、出来れば触れないほうがいいんだろうと、そう考えている。しかし、ダレンのほうから、しっかりと抱きしめてくれているみたいな力をかけてくれる。
 ため息を吐いた。
 全ての傷が塞がろうとも、この悪夢から逃れられようとも。
 コーマックにからかわれようとも、ダレンに呆れられようとも。
 エブラは固く、決意する。
 どんな風に思われたっていい。おれは、ダレンに守ってもらう。ダレンといっしょに眠って、夢の中を、守ってもらうのだ。
 そうして、自分が得ようとしている幸せの犠牲になった者のことを考え、胸が詰まる。


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