心身相互占有


 薄暗い、湿っぽい、黴臭い、そんな部屋、居心地が悪いなら、居心地を良くする努力をすればいい訳で、カノンは掃き掃除拭き掃除、風を通し空気を入れかえて、タンスの裏の綿ぼこりも見逃さない。カノンが部屋の美化に勤めている間はバノッサと言えども所在なげに、路地に転がるバケツをひっくり返して煙草を吸って時間を潰す。

「終わりましたよ」

 ひょい、と窓からバノッサが顔を出す。ああ、と答えつつ、別に勝手にしやがれ俺様は部屋が綺麗だろうが汚かろうが別に、と考えて、しかしカノンが、向くベクトルが自分の望むものとは違っても、一生懸命やってくれたんならまあそれを見てやるのもいい。それでも大儀そうに立ち上がり、ゆっくりゆっくりと扉を開ける。

 ほんの二時間前まであれほど乱雑に散らかっていた自分たちの部屋が、見事に片付いている。

 建物自体の古さはいかんともしがたい。だが、あれほど汚れきっていた部屋が、今は見違えるほどだ。

 眠れりゃあいいんだよ、夜露凌げりゃなんでもと言っていたバノッサではあったが、シーツだって「元々これは白だった」と説明しなければならないほどまで劣化していて、肌も髪も白いバノッサが眠るとバノッサの体がうすぼんやりと浮き出て見えるような有様には、さすがにそろそろどうにかしなければならないかという予感は何となく漂っていた。取り替えられたシーツに、毛布に、掛け布団、その白さ、そして、なんと柔らかそうなことか。

「ねえ、やっぱり掃除すると気持ちいいでしょう。これからぼく、もっとこまめにやりますよ」

 カノンはエプロンを取って、充実感溢れる微笑を浮かべた。

「フン……、勝手にしやがれ」

 と言いながら、相当に嬉しさがこみ上げてきてしまうバノッサは、自分の顔が妙な色を作らぬよう努力した。

「じゃあ、バノッサさんシャワー浴びてきてください」

「ああ……、あァ?」

「だから、シャワー浴びてきてください。お風呂場も綺麗にしましたから」

「……何でこんな昼間ッから風呂浴びなきゃなんねェんだよ」

「えー、だって、それは」

 カノンはにこにこ――バノッサに言わせれば「ヘラヘラ」――笑いながら言う。

「せっかくお布団も綺麗にしたんですよ? 寝る前にはちゃんと体綺麗にしてくれなきゃ困りますよ」

「そ、そんなのは……、何も今入んなくたっていいじゃねェかよ! 夜ンなって寝る前でも……!」

「ダメです。バノッサさん眠くなるとお風呂なんて省略してすぐ寝ちゃうじゃないですか。だからシーツ汚れちゃうんですよ。ね、ほら、行きますよ、ぼくも一緒に入って背中流してあげますから」

「っ、よせ、バカ、引っ張んな……って、……脱がすな! おい!」

 せっかく綺麗にした部屋、ばたばた騒いで埃を召喚しながら、義兄弟、というよりは、まるで一組の恋人、というよりは日の浅い夫婦のようにも見える二人は、ずるずると浴室へ入っていく。片手でバノッサの服を大雑把に脱がせて、カノン自身も簡単に裸になって、確かにタイルの目地まで綺麗に磨きこまれて眩しいほどの浴室に二人で入る。カノンに無駄な抵抗をしたから、バノッサは肩を上下させる。

「つっ、めてえなこのバカ!!」

「はい、ガマンがまん、すぐ温かくなりますからね」

「っ、バカこの……っ、……ぶわ!」

 鼻の穴にダイレクトで飛び込んだシャワーのぬるま湯に涙目になり、カノンの笑い声はことさら憎たらしく感じられる。しかし、抵抗の出来るような相手ではない。自分の言うことなら何でも聞くが、その強さは自分を遥かに上回る鬼の子だ。

「……カノンッ」

 必死の思いで、なんとか腹の底から声を出す。びくっ、とカノンの体が強張る。そして、鼻を抑えるバノッサに我に返り、慌てて、

「バノッサさん……、バノッサさん、っ、ごめんなさい、ぼく、……調子に乗りすぎました、ごめんなさい」

 おろおろして、バノッサの顔を覗き込む。

「……いい……、バカが……、気を付けろ」

 何とか目を擦って涙を引かせて、息を取り戻す。

「壁薄いんだからな、あんま大声出させんじゃねえ。他の連中に丸聞こえになんだろうがよ」

「……はい、ごめんなさい」

 しゅん、となって、眉を八の字に寝かせる。そんなしおらしい顔を見ると、なんだかこれ以上文句を垂れるのが可哀想な気になってきてしまう。他の誰に対しても強気で傲慢な姿勢を崩すことなく貫くバノッサであっても、この小さな子供にだけは、必要以上に強く出ることが出来ない。

 一度だけ、怒りのままに叱りつけて怒鳴りつけて、泣かせてしまったことがある。

 あれは、可哀想な事をしたと、今思い出してもバノッサの胸は痛む。カノンはバノッサよりも真っ白な顔になって一人でこの部屋を出て行った。帰ってこないので心配になって探しに行くと、町の外ではぐれに囲まれて倒れていた。傷は、ほとんど無かった。空腹で倒れただけに見えた。しかしバノッサは震えながらカノンを抱き上げて連れて帰り、死ぬほど困惑した後、謝った。あの時の恐怖はもう味わいたくはない。

「……だいたい……、背中流すっつったのはテメエだろうが、何ボサッとしてやがる」

「え……あ」

 腰掛けにどっかりと座って、

「とっとと洗え」

 背中を向けた。

 いつでも基本的に不機嫌でささくれ立っているバノッサに、カノンはもっと笑えばいいのにと言う。バノッサ自身にも、どうして自分は不機嫌なのか、理由はよく判っていない。根本的な性格の問題によるところが多かろうが、それに加えて彼の生きてきた環境にも大いに問題があろう。そんなバノッサの側にずっといるカノンも、この男の優しく微笑む顔などそうそう見たことはない。

「力加減、どうですか? 大丈夫ですか?」

「……ああ」

 真っ白い背中をごしごし洗う姿は、義兄弟以上に兄弟的であり、また牧歌的である。その実二人は、さりげなく恋人同士であって、バノッサはそれを言えば全面的に否定するだろうが、「義兄弟」という名目に縋っていつまでも側に置いておくつもりである以上、確信犯的に恋人ということになる。刺だらけのバノッサを丸くするカノンの役目は緩衝材であり鑢であり恋人なのである。いわゆる正式な「愛の告白」的言葉の一往復はまだでも、二人は既成事実として、出来ている、出来上がっているのだ。

 恋をしているとか、愛しているとか、バノッサにそういう実感はさほど明瞭にあるわけではない。それでも、何となく、カノンの側は落ち着く。不機嫌な顔をいつもしていても、他のどんなときよりも心が疲れない。部屋を綺麗にして、浴室を綺麗にして、自分の体も綺麗にしてくれるカノンが、途方を亡くすくらい可愛いと思うのは、当然の解として導き出されるだろう。自分の側にカノンがいるということが、かけがえのない当たり前だということくらい、バノッサにだって判っているのだ。

 柄にも無く和んでしまう。鏡に映った顔をカノンに見られたくなくて、俯いた。

 その視界に、細い手首の腕がサイドから差し出された。

「カノン?」

「綺麗に洗ってあげますからねー、じっとしててください」

「……おい、コラ、どこを……!」

 言うまでも無く、言えないようなところに泡だらけの手が伸びる。

「ここも、綺麗に洗ってあげないと。不潔にしてて変な病気とか罹ったら嫌でしょう?」

「っ、大きなお世話だ、自分で洗うッ」

「ダメです。バノッサさんいい加減だから、いい加減にしか洗わないでしょう? それにバノッサさんのここが変な病気罹って困るのは、バノッサさんだけじゃないですから」

 そう言われては、その細い手細い指に絡みつかれても文句は言えない。

 文句を言いたいと思うのは、何とか体面を保ちたいと不必要にでしゃばるプライドだけなのだが。

 ともあれ、プライドが高かろうが性格が悪かろうが、局部を石鹸のついた手でぬるぬるされたらほとんどの人間がそういう反応を示すはずであって、バノッサは悪くない、――彼は勃起した。

 手に触れるものの硬さでバノッサの変形を知り、嬉しく思いつつもカノンは緩やかに、ただ洗い清める行為を続けた。勃起したほうが洗いやすいのも事実であって、カノンとしては、誘うつもりはあまりなくとも誘いに乗ってこられるのは大歓迎であるから、手つきをやや変えて、そこを撫でつづける。

 と。その手に、ぬるま湯がかかって降りてきた。バノッサが蛇口を捻ったのだ。

「もういい、バカ!」

「もういい、んですか?」

 カノンはくすくす笑いながら、もう泡のながれてしまったそこを、なお撫で擦る。

「もっともっと、綺麗にしなくてもいいんですか? それに、腕やお腹はまだ洗ってませんよ?」

「前は自分で洗えるからいい」

「そんな、遠慮しないで下さいよ。せっかくぼくがいるんですから、ぼくのこと使ってください。ねえ、義兄さん?」

 悪魔……ではなくて、鬼か。

 バノッサは急所を柔らかく捕まれているから、憎たらしくても反駁が出来ない。もとい、憎たらしくもないのだが。

「ね? ぼくに任せてください。あの部屋みたいにバノッサさんのことも綺麗にしてあげますから」

 カノンは邪悪さなど微塵も滲ませず、再び手に石鹸をとって泡立てる、そして、その手は今度、バノッサの胸と腹を這う。バノッサはカノンの手のひらの感触を、ただ蛇口に手をかけ、白い指がなお白くなるほどに握り締めることだけで回避しようと試みる。しかし、その白い裸において一箇所薄赤く火照った部分が目に入り、理性などどこかに吹っ飛びそうになる。熱い息を吐いている自分が判る。心臓が高鳴っているのが判る。そしてそれらはカノンもとうに判っている。カノンの唇が背中の何箇所かに跡をつけて回っているのが、判る。

 カノンの指が、粒状に突起したバノッサの乳首を行過ぎる。人差し指中指薬指と通って小指の腹で弄る。

 乳首で感じるなんてなあ……、変態じゃねェか。

 と、言ったのはバノッサ自身である。ところが、されてみて判った、なるほど……、納得した、言葉で虐げたことを悔いた。

 カノンはますます勢いに乗って、バノッサの肩から耳へと舌を歩かせる。耳朶を舐めて、

「バノッサさん、気持ちいいでしょう?」

 息の音でささやく。

「カノン……てめェ……」

「もうちょっとだけ、ガマンしてくださいね。……たまにはぼくにもこういう、活躍の機会与えてくれてもいいじゃないですか。ね? ちゃんとバノッサさんのこと気持ちよくしてあげてるじゃないですか」

 そう言って、シャワーを取り、蛇口を掴むバノッサの手をそっと退かして、丁度いい温度の湯をその体にかける。

 上気した白い裸、恨めしそうな白い目、カノンは心底カッコいいと思った。そしてそこに宿る心は、愛らしい。他の誰がなんと言おうと、ぼくはそう思う、カノンは決める。

 そして、ぐったりしたバノッサの身体を、

「っ、お、おい、おい!」

 後から、力任せに抱き上げる。

 いったいその細い腕はどういった構造になっているのか。

 本当に軽がると、身長体重ともにカノンを大きく上回るバノッサを持ち上げて、彼の暴れるのもものともせず、水滴を垂らしながらベッドへ向かう。

「あ、ぼくまだ体洗ってないや……」

 バノッサを下ろす直前で気付くも、……まあいいや、と濡れたままのバノッサの身体を、ベッドに下ろす。そしてその裸に、裸を重ねる。口付けをする。

「かの……っ」

「はい」

「……カノン……、っ、この、バカ……」

 にっこり微笑んで、

「大丈夫ですよ」

 何が大丈夫なものか、とバノッサは声を荒げようとする、それをまた短いキスで塞いで、

「手順はどうでも、結論はいつも一緒です。バノッサさん、ぼくはあなたのものだ」

 そして、バノッサの乳首へと、口を当て、そっと吸う。

「う……」

「……気持ちいいでしょう? ぼく、いっつもバノッサさんにしてもらって、すごく気持ちよくなれるんですよ」

「……いい……、ッ、すんな、そんなこと……」

 このまま行ったら、その先は……! バノッサは渾身の力で、ぐっとカノンの肩を押した。ようやくカノンの上体が僅かに浮いた、その隙に、溺れそうな流されそうな体を叱咤してその小さな檻から抜け出す。カノンは物足りなさそうな顔でバノッサを見る。バノッサは、気付けばもう涙目になっていて、そんな自分が異様に思える。要するに自分もカノンと同じなのだという結論に至れる程に冷静だったならば、こうまで悲しくもならなかっただろうに。

「……嫌だったですか?」

 イヤに決まっている、そう怒鳴りかけて、じゃあ俺様は何か、テメエでイヤと思うことをカノンにしてるっつうのか?

「……っ、うるせえ」

 答えが見つからないで、

「お前はなあ、俺様にされてりゃいいんだよ! 生意気なんだよ、弟の分際で、何だ、俺様の上に乗っかって……、チクショウ、このバカカノン!」

 子供みたいに当たって散らして。しかしそんなバノッサにカノンは不愉快な気持ちになどならない。

「じゃあ、してください」

 いたって、素直に、あっさりと、

「ぼくにしてください、バノッサさん」

 言ってのける。

「ぼくも、……バノッサさんにするのも楽しいし幸せだけど、バノッサさんにしてもらうのもすごくすごく幸せで、嬉しいですから」

 「弟の分際で上に乗っかって」、しかし、立場が正常な形に戻ったところで、いくらでもそのケースには出会う。例を挙げて説明する必要もない、これから繰り広げられる騒動。

 基本的にベッドへ誘うのはカノンの役割である。バノッサもカノンとの性行為は嫌いではないのだが、どうにも流されてばかりなので消極的であるため、かようなアプローチをしなければならない、とカノンは思っているのである。

「してください」

 微笑んで。

 恥ずかしそうな素振りなど少しも見せない、というより、別にちっとも恥ずかしくなどのないのだろう。

 バノッサは後には引けない。肉体的にも精神的にも退路を立たれた状況で、カノンの檻から、結局逃げ出せてなどいなかったのだと気付く。

「んっ……」

 されたことをし返しつつ、やはりこういう形のほうがベターであることを確信する。

 カノンの乳首は甘いと思い込む、自分のは甘くないと想像する。舌には甘いものをくれてやったほうがいいはずであり、だからこっちのほうがずっといいのである。

「……はぁ……、ん」

 大体、自分はカノンのように耳に心地良い声を出すことは絶対に出来ない。その声を聞いただけで心がざわめくような声、一体どこからどうやって出ているんだかと訝る。実際カノンはまだ十代の半ばにさしかかろうとしているところ、変声期も迎えていないのだから、その声は声として在るだけで一種の掛け替えの無さを孕んでいる訳で、その上このように、震え、か細く泣くように、揺れ、拒むように求めるように、甘酸っぱく聞こえる声にあらぬ欲望を募らせてもそれはバノッサの罪ではない。ほの甘い乳首にいつまでも吸い付いて味わっていたいと思う一方で、舌先に引っかかる粒の感触と鼓膜を刺すカノンの甘え鳴きに、バノッサは先刻カノンに弄られたまま一度の放出もまだ迎えていない部分が痺れるように痛み、急きたてる。軽く噛んで執着を捨てて、バノッサはカノンの下半身へと顔を移す。カノンももう勃起していた。肌色の性器の先端に、敏感そうな肉が覗く。不規則に震えていて、まだ鈴口に露は浮かんでいないものの、快楽を待ち望んでいるらしいことは一目見て判る。そんな場所を通り過ぎて、太股を持ち上げて裏筋を抜けて、皺が寄り薄いピンク色に見えるカノンの秘蕾へ顔を寄せる。そう言えばカノンは身体を洗っていないのだということに気付く、乳首を舐めているときに、かすかに漂っていた汗の匂いを嗅ぎ取ってはいた。しかしその匂いは嫌悪の対象にはなりえなかった。寧ろ、バノッサはそれを歓迎する。

「……お尻……、バノッサさん、してくれるんですか?」

「……悪いかよ」

「いえ……、あの、だったら、ぼく起きたほうがやりやすいですよね?」

「……そ、そりゃ、そうに決まってんだろうが、気がきかねえヤツだな、とっとと起きやがれ」

「ぼく、まだバノッサさんのおちんちん、しなくてもいいですか?」

「……あア?」

「まだ、触っただけですから。バノッサさん、一回も出してないし、……入れてもらえるんならぼく、すぐにでも入れて欲しいけど、ゆっくり、あの、楽しみたいってゆうか……」

「……っ、この、色ボケのバカガキ……!」

 言われてみてそう言えばそうだとも思う。

 射精の直後は次への欲求というのは一時的に低下するものだが、精子の量にまだまだ十分な余裕がある状態であれば、インターバルを置けば。バノッサはまだまだ若い。

「……乗っかれよ」

「はい」

 結局、その身にカノンを載せる。但し、逆さまに。

 他の多くの男がそうであるように、バノッサも実はこの体勢が好きなのである。されながらする、あるいは、しながらされる、という関係が、とても平等に思える。景色もいい、気持ちもいい。これでカノンがもう少し清楚で恥ずかしがってくれたなら、もっとやりがいもあるだろうが、まあいい。

 バノッサの顔の前で、カノンは――一応、やはり、多少は恥ずかしがりながら――足を広げて、晒す。

「……ヘッ……、こんだけ遊んでるくせに、綺麗な色してやがんな、相変わらずよお」

「遊んでなんかいませんよ。ぼく、お尻してもらうの、バノッサさんだけですよ」

「ケツは、か。ヘエ……ってことは何か、他のところは他の連中が」

「違いますよお、ぼく、身体、全部バノッサさんのものです。ぼくの身体に触っていいのはバノッサさんだけ」

「……フン、解ってるじゃねえか」

 形のいい尻、その中央部の頑なな入口、舌で舐める。汗の味がほんの少しの刺激となって、バノッサを楽しませる。

「あ、ん……」

 バノッサの耳を衝く声。もっと聞きたい、鳴かせたい、そう思っているのに憮然とした声で、

「鳴いてねえで、口でしろ」

 と命令する。

 カノンは忠実に言いつけのとおりに。バノッサの男根はすぐ、カノンの柔らかい口腔に包まれた。生温かい頬の内肉と舌、そのぬめった感じ、バノッサは息を飲んだ。唾液が纏わりつく感触までリアルに感じられる。じゅっ、と吸われて、その途端にいきそうになるのを、何とか堪える。あまり早く行ってしまうのは、悔しい、沽券に関わる。せめてカノンをもうひと鳴きさせてから。だから何とか、理性を片手で掴んだままで、バノッサはカノンの尻に口付け、舐める、唾液が伝ってカノンのペニスを濡らす、その頃にはもう先端に浮かんだ滴と交じり合う。指を押し当てて、ぐいと挿入すれば、たちまちカノンの口からバノッサの性器が飛び落ちる。

「あ、あっ、あ……あ! ひっ……ん」

 イイ声が上がって、カノンの、バノッサに添えた左手の指に不必要な力がかかりそうになる。それを押し留めて、振るえながら、背中をゆがめながら、それでもなお、バノッサの亀頭に唇を当てて、震える舌を出す。

「ん、ふっ……ぅ、あん、……あっ……」

「オラ、ちゃんとしゃぶれ、心を篭めてな。俺様の入れて欲しかったらキチンと奉仕しな」

「んっ、は……ぁい、……ん、ん、ん……っ」

「……どうだよ」

「んぁ……、ん、おいしい、です」

「バカ、そんなこと聞いてんじゃねェ、ケツの中をだな」

「あ、……お尻……っ、いいです、……気持ちいい、すっごく……いいです」

「だろうなア、こんだけ俺様の指ギウギウ締めてなあ……、俺様に痛み味あわすなんていい度胸してやがるぜ、だがな、許してやる……、テメエだけは、特別にな」

 満足した。

 バノッサは指をテンポよく前後に動かし、慣らせる。カノンは縋りつくようにバノッサのペニスを口に入れて、鼻から声を抜かしながら、舐め、扱いた。

 もうバノッサは未練なく、カノンの口へと精液を放ち、カノンから指を抜いた。

「……ん、ふ、……んん」

 射精したバノッサのペニスを口から出して、舌の上にもたらされた味は飲み込んで、しかしぐったりとなおバノッサのペニスに手を添えている、カノンも射精していた。

「……俺様の身体汚しやがったな」

「だ……、だって……」

 何とか、体を支えて、バノッサの身体から降りる。バノッサの心臓のあたりに、白靄が零れている。

「……バノッサさん……、ぼくの一番、いいところ、あんな、ぐちゅぐちゅ音するくらい……」

「言い訳すんじゃねえ。とっとと綺麗にしろ」

「……はい」

 カノンは休憩時間も与えられず、自分の放射した精液を舐める。

「濃すぎだ、お前の……、そんなにタマってたのかよ」

「……んん」

 ゆるいゼリーのような精液を、カノンは眉間に皺を寄せながら飲み下す。味は、バノッサのものも自分のものも大差ないように思えるが、やはり自分のもののほうが飲み込むときに抵抗がある。

 しかし、自分の身体の中で幾千もの微細な二種類の意図が絡まりあっている様を思うと、こんなグロテスクとも言える行為にも快楽が舞い降りる。

 一分か二分か、しばらく静かな時を経て。

 バノッサは半身を起こし、立ち上がった自分のペニスを親指で指差す。カノンは頷いて、バノッサの身体を大股開いて跨ぎ、膝を支えにそろそろと手を添えて、バノッサの肉塊を自らの尻肉と同化させる。

「……ああ……あ、はぁ……ん」

 腹の底をぐぐと持ち上げられるような感覚は、決して身体にいいことではないことを物語っている。

 しかし自分の命はバノッサのためにあるのであって、例え痛くっても構わないとカノンは決めていた。

「……動け」

「……ん……」

 腰を上下させて、見っとも無い姿を晒して。せっかく綺麗なベッドなのに、これでは汚れてしまうだろう。そう考えながらも、カノンは腰を振る、洗えばいいんだと思って。バノッサさんの寝るベッドだし、つまりはぼくの寝るベッド、洗うのは別にいや洗わなくてもいいくらいぼくとバノッサさんの愛し合った跡が残っているくらいが丁度いいのかもしれないだってぼくはバノッサさんのもの。

 首輪は言うまでもなく占有の象徴。裸になっても外されることはない、こんなものはなくともカノンはバノッサのもので、実際にバノッサは首輪などしていなくとも、カノンのものだ。それでも、それでも、カノンはしているこの首輪を気に入っていた。

「バノッサさん……ッ、んっ、ぎ……っ、ぅあ、あっ、ん、ひぃ」

「……良いぜ、カノン……お前ン中……、やっぱりエロガキだよ、お前……、すっげ……」

 行為に行為以上のものを見いだすのは難しいかもしれない。しかし汚い言葉で罵りながらバノッサの気持ちは裏腹なことを思っているし、カノンはただいやらしく鳴きながら言葉にならない言葉を零しつづけている。

 カノンの腰が上下するたび、カノンの下腹部を彼自身の性器が叩く音がして、それが溜まらなくバノッサの官能に触る。どういう趣味をしているんだかな俺様は。そう思いつつ、カノンの立てる色いろな音、それはもちろん声をも含んだ音に、色いろと感じられる自分は十分自覚している。カノンの息遣い、カノンの鳴き声、繋がったところで泡が潰れる音も。

「バノッサ、さ……、ぼく、っ、もッ……、イク……っ、ん、んあ、あ、ひ……っ」

 二度目の射精でも、やはり精液の零れた先はバノッサの身体。

 もうバノッサは何も言わず、ただ自分の到達を見据えながら、カノンの零したものを指に乗せて、舐めた。甘く優しい味と感じてしまう、まるで蜂蜜を溶かしたミルクのようだと、ポエマーになった気分で、バカかよ、バカかよ、バカだよ、そう判っているさ。

 亀頭の先端から茎の根元まで、カノンの肛門を感じて。

 その感じはそんなものとは縁遠いはずのバノッサをも、詩的感傷に浸らせるには十分なものだ。

 射精、小さい体へ、叩き付けた。

 

 

 

 

 結局かえたばかりの布団は汚れたし、洗い立ての風呂に二回も続けて入る羽目になったのだが、掃除をしたのがカノンなら、汚すきっかけを作ったのもカノンであり、その処理もまたカノンが全てこなしてしまうのだから、バノッサとしては四回射精した際に浪費した体力と精液がマイナスとなるだけで、しかしそれを凌駕する快感と幸福を得ているのだから文句など言えようはずも無い。それでもなお、ぶちぶちと何かを言わずにはおれないのがこの男の悪いところであり、カノンにとってはいいところになる。

「エロガキが」

「エロガキです」

 ちゃんと浴槽に湯を溜めて、肌を重ねて二人で入る。バノッサの腕の中にはカノンがいる。まるでシートベルトのようにその腹部にバノッサの手が回っている。しかしそこにはカノンの手が添えられていて、要するにカノンが半強制的にベルトを締めさせているのだ。

 だがバノッサも、カノンが「してください」と言うからしたくなくなるのであって、ただカノンが何も言わず、自分と向かい合うような形で、やや距離を置いて座ろうものなら、無理矢理にでもこうしていたに違いないということは、否定できない。

「インラン」

「インランですよ」

 そんなぼくでも愛してくれてありがとうございます、口にはしないが、バノッサの肩に頭を委ね、猫なら喉を鳴らすし、犬なら尻尾を振っているはずのカノン、非常に満足した気分。

 対するバノッサも、もうカノンの手に抑えられなくても、ベルトは外さない。

 ただ、こうして二人で入浴している以上、当然まだ全裸の二人。また誘われる可能性を、多少は危惧するバノッサではある。

 

 

 

 

 



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