俺様のガキとカギ穴とガキ穴とカギと俺様
my boy and key hole and ass hole and key and me.


 蜂蜜と同じような色の髪の、かすかに掛った波に合わせ、つれづれに指で撫ぜて、ぼんやりと和んでいる自分に気付いて、しかし誰に対して邪悪な顔をするのかを考えて馬鹿らしくなる。バノッサを見ている者は誰もおらず、そこでなお顔を顰めて見せるのは自意識過剰の為せる技だと思った。カノンはそうすぐに目を覚ますはずも無いし、つれづれなるままに、ぼんやり、無表情であるいは微笑んで、いたって憚る必要はない。

 膝の上を勝手に枕にして夢を見るカノンを見下ろしていると自分も眠くなってくる。刺を一本一本丹念に抜かれ、こんな状態ならいつもよりずっと素直に、カノンを抱いて「好きだ」と言ってしまうかもしれない。そんな危惧があって、不意に、ずっと撫でていた髪を一束、軽く引っ張った。

「いあっ……」

 何故そんなことをしてしまったのだろうと、涙目で起き上がるカノンを見て、バノッサは悔恨の念に襲われる。自分が馬鹿なことを思い知り、不機嫌になる。その不機嫌は当然のごとくカノンへと向かう。自分の幼稚なあまりに幼稚な精神構造が苦い。カノンの目には、バノッサがまた怖い顔をしているように見える。セックスをしている時以外に笑うとしたらそれは、誰かと敵対しているときにぐらつく精神を持ちこたえさせようとするとき。自分は優位なのだと、それを他でもない自分に知らしめるための。

 美しい顔をしている人なのだから素直に笑えばそれは、本当にほんとうに美しくて素敵なはず。

「何だよ、人の顔じろじろ見んじゃねェ」

 安眠を妨げたことを悪びれもせずに、

「ヒトの膝マクラにして寝てるのが悪ィんだよ」

 と千切り捨てるように言う。

「別に、……怒ったりしてませんよ?」

「ったり前だ。お前が俺様に怒るのか」

「だから、怒ったりしてませんってば」

 舌を打つ、癖のようになっているが、舌を打って快楽を覚えられたことなど一度もない。不機嫌の度合いが増すばかり。それでも、なお、打って、カノンを苛めて。カノンの側に「苛められている」という自覚がまるでなくて、実際これはいわゆる苛めとは構造を異にするものであるから、完全にバノッサの一人芝居であるのだが、バノッサとしても一応は真剣なつもりがあるのだ。

 怒ってるのはバノッサさんじゃないですか、ぼくはバノッサさんのこと怒ったりしませんよ。

 カノンはそう思ったが、眠いのと、言えばまたバノッサのささくれを引き剥くことになるだろうという賢明な判断から、口を噤んだ。そのかわり、膝が痺れて立ちたくないらしいバノッサの首に、いつものごとく纏わり付く。

 カノンはバノッサのことが好きだった。二人は恋人同士だった。しかし、彼らの関係は外の者が見るほど平面的なものではない。寧ろもっと入り組んでいて、尖っていて。……難解な鍵穴と鍵。バノッサにはカノンしか合わないし、カノンにはバノッサしか合わない、なるほどほとんどの恋人同士はそうだろう、しかしバノッサの鍵の形状は比類ないほど複雑で異様に捻じ曲がっており、カノンの鍵穴は奥深くしかし入口は狭く内部は螺旋を巻いている。その鍵はその扉を開く為だけに存在しており、同じものを二つ作ることは出来ない。

 首に絡みついた腕に不機嫌は増すけれど、バノッサはその身体を払い除けたりはしない。実際的な力の強さや、足の痺れとは無関係に、カノンに絡まれてバノッサは身動きを封じられた。

「バノッサさん」

 カノンは自分よりもきつく締まったバノッサの身体を手のひらでさする。バノッサは足の痺れが抜けても、まだ座ったまま、カノンに弄ばれるような気がしないでもないし、そう思えばなお不愉快だが、ただ座ったまま、ずっと、座ったまま。髪を撫でられ、額を撫でられ、喉仏を撫でられ、頬を、鼻を唇を、瞼を眉を耳を。髪の、首の、匂いを嗅がれる。

「……うざ、ってェな」

 そう言う自分の声が、うざったい。

 カノンに誘惑の意図はない。バノッサに甘えるのが好きだからそうしているだけで。ただ、バノッサに抱かれることに嫌悪感は微塵もないから、自分のこの行為が結果的にセックスへと転げ落ちても全く構わないつもりでいた。

「大好きですよ」

 カノンは自分のことを特別と思ってはいなかった。また、バノッサのことを他の誰かと違うと思ったことも無かった。自分たちは歪んでいて、自分たちに合うのは自分たちしか居ないと確信する一方で、自分たちはごく当たり前に在ると思っていた。精神の深いところでがっちりと繋がっていながら、他の恋人から見たら少しも差異のない、当たり前に見えていたはずだ。

 同じ布団で眠る、その前にはいつもセックスをして。それはもう、どちらかが欲に急かされるように求めるものではなくて、互いの気持ちがそこまで持って行かれた後の、言わば生活の一部と化した行為。息をするように、水を飲むように。そしてこんな風に、一緒にいる二人だけの部屋で、なんでもないようなときにも。

 無論、永遠に新鮮さを失うことのない行為。いつでも果肉から滴るように濡れた、甘い、瑞々しいもの。

 少年の裸。

 バノッサの手のひらに、吸い付くような肌は、決して完璧なものではなかったろう。それでも、文句をつける者がもしいたらただでは済まさないと思った。そして何より、この裸を自分以外の誰にも見せるものかと思った。

 一方でカノンも、バノッサの白い裸体をじっと見つめ、吸い寄せられるように額を、胸骨へ預けた。冷たげな身体、一枚下、暖かさが伝わってくるのが嬉しくて、その背中に手を回した。その手の冷たさに、バノッサの背筋が伸びる。

 やさしいひと、やさしいひと、やさしいひと。バノッサの背中をカノンの指は辿る。

「ぼくだけは、バノッサさんのこと、ちゃんと知ってますからね?」

 バノッサは声を荒げて怒鳴りそうになる。やかましい、と。

 それを喉で止めたのは何の力か。

 声の変わりに、自分に納まる細い体を、無意識的に抱きしめられる自分を知る。何をやっているんだろうな。嬉しいなんて、女々しい気持ち、抱いて、寂しかっただなんて、気付くわけがないって自分でも、思っていたような感情、予想外の。

 違う、これは性欲だ。

「エロガキ」

 ベッドに細い体を放る。軋む。

「いっつも思うんだけどなァ……、この俺様を誘うたあカノンお前、やっぱりいい根性してるぜ……」

 引きつるように笑って、

「馬鹿馬鹿しくってよぉ、変態のエロガキだからこそ、俺様の側においてやってるんだ……なァ?」

 見下ろす視線は本人が思っているほど怖くはない。カノンはこくんと頷いて、柔らかく微笑んで、

「おいてくださって、ありがとうございます、バノッサさん」

 軋む。

 少年の肛門を蹂躙して遊ぶ自分に、少年の身体が軋み、ベッドが軋み、それから自分の心が軋む。しかしその軋みを誤解してはならない。ベッドの軋みと、二人の軋みとは、全く性質の異なるものなのだ。

 ひっ、ひっ、ひっ、と、カノンが衝かれてあげる声と、バノッサの衝いて笑う声が、ほぼユニゾンとなって、部屋中を占めて、二人だけ定員の部屋と化して締め切られる。

「カノン」

 ずん、と強く衝いて、

「なァ……、たまには可愛いこと言ってみたらどうだよ……、あ?」

「ひ……ぅ、んっ、そ、そんな……、いっつも……」

「普段はあんま可愛げねエんだよお前。たまーにこういう時、イイ事言うんだ、そこがイイんだ、なあ、言ってみろよカノン」

「そんな……の、知らない、知りません……」

「ヘッ……。正解だ、そりゃテメエで意識してイイ事言ってやがったら反吐が出る。……違え、素直になって、言えばいいんだよ……、カノン、俺様のはいいだろう、なあ?」

「……ん、はっ……、はい……、バノッサさんの、すごい、いいです」

「俺様の食らったら……、他の野郎のなんて食えねえだろうが、なあ、そうだろ?」

「……ほ、他のなんて、要らない、他の誰のも……」

 バノッサは、――何つう目してやがんだこのガキ――赤い、揺れる、ひとみ、それに食われて、喉が疼く。

「ぼくは、……ぼくはっ、ぼくは、バノッサさんだけいてくれたら、それでいい」

 胸をがりがりと爪で引き裂かれるくらいのダメージをバノッサは平然と食らい、そして、もう何も言わず、ただ快感のみ、それ以外の感傷などはすべて排除して、快感のみを追求して、カノンの中を往復することに専念した。

 

 

 

 

 かくして、再びバノッサの膝の上にはカノンの頭がある。しかしカノンはもう眠っておらず、ぼんやりと「幸福」という動作をしている。幸福とはもちろん名詞であるが、カノンはバノッサで「幸福している」のである。

「……バノッサさん、一つ聞いてもいいですか?」

「ダメだ。面倒くせえ」

「そう言わずに、教えてくださいよ。……あのね、ぼくはバノッサさんだけいてくれればそれでいいんです。ぼくの身体に触るのもバノッサさんだけ、お尻に入れてもらうのも、バノッサさんのだけで。でも」

「知らねえぞ、俺様は答えるなんて一言も言ってねえぞ」

「バノッサさんは? バノッサさんはぼく以外の誰かのお尻や、或いは違うところ……ええとつまり、それは女の人の……中に、入れたいって思ってるんですか? ていうか、そもそもバノッサさん、ぼく以外のヒトと、やっぱりああいうことしたいって思うんですか?」

 バノッサは瞬間的に「このガキ馬鹿にしてんのか」と怒鳴りそうになって、すんでのところで踏みとどまった。

 思うかボケ。内心で、毒づいて、舌を打つだけにしておく。

「ねえ、教えてくださいよう、ぼくばっかりずるいですよお。バチ当たんないですよそれくらい言ったって。あんなにお尻の中たくさん出したんだから」

「うっ……うるせえ、黙ってろこのガキ」

 そう、結局怒鳴りつつ、しかし太股の上には未だ、カノンのことをのんびりと寝かせたままである。

 

 

 

 


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