エバーグリーン

「ッたくよォ……」

 悔しいけれど、恥ずかしいけれど、

「ふ、あっ……あ!」

「こんな縮こまったモンで俺様どうにか出来んのかよ、ええ?」

 認めたくないけれど、認めよう、君のことが大好きだと。

「んっ……やぁ……っ!」

 傷ついて泣いたせいで、普段以上に小さくなってしまったカノンの砲身を、バノッサは無愛想なふりの手で、かなり丁寧に弄る。徐々に、ふわりと柔らかく解れ、ひとまわり、ふたまわりと成長を始める。

「ば、のっささ……っ」

 しょうがねえ奴とあざ笑うようなやり方を敢えて択ぶこともなかろうに。どうしたら素直に笑えるのか方法を模索するには自分はとっくに大人だった。

「言ってみろよ……、何がしたいってェ……?」

 全く。

 自分の一体何処にどんな、何が、あるんだと。カノンに聞けば判るような気がして、教えてくれるカノンを好きになるのは無理もない。尖った耳をぐいいと引っ張って意地悪く尋ねて、そんな俺様でも愛しいと言う、小さくもどこまでも強い命だ。

 潤みを帯びた目で自分の心の中をぬるぬるにしていく過程で、たくさんの細かなどうでもいいものを軽く飛び越える力が産声を上げるのを聞く。

「……バノッサさん……のっ、……おしり、っ……、欲しい、です」

「……なんで」

「好き……だからっ、バノッサさんのこと、綺麗って、思うから、……好きだからっ、です……っ」

 『綺麗』と『可愛い』はそんな大差ねェよなア?

 カノンが間違っていることが万に一つもないとすれば、要するに自分は正しいのだ。カノンを可愛いと思う、そして、好きだと思う、自分には必要な存在と思う、出来れば自分もカノンにそう思われたいと思っていて、今この瞬間にバノッサは全てに安堵を感じる。未来、十年先、二十年先、何とかどうにか、カノンと一緒にいられればいいや。

「……ぼくっ、……うまくっ、出来るって、思っ、て……」

「ああ?」

「いっつも、して、もらってるからっ、……だから」

 妙な自信持ってんじゃねえや。少しおかしくも思えて、そして、勝手に解釈できる、そうかよ、俺様がしてやってんの、気持ちいいって思ってんのかよ。

「バカカノンがよォ」

 羞恥心が少しもないわけではないし、恐怖心というものも、久しぶりに抱いている。興奮するとどうなるかわからない相手だ、痛くされるのかもしれない。もとより、快感とは程遠い物を得てしまうような気もする。それでもいいと自分を暗闇へ誘う細い腕と指の白い触りごこちの良さを一番知っているのがバノッサだった

「……バーカ。バカカノン……エロガキがァ……」

 撫でてみる軽く柔らかく滑らかで優しいカノンの髪、涙の跡の残ったカノンの頬。自分の指に、カノンが喜び、自分もまた喜ぶ。カノン、だ。

 カノンと一つになることにバノッサは喜びを覚えた。覚えた喜びの数に見合うほどカノンを幸せにしてやれているかはわからない、寧ろ至らぬ自分なら、ちっとも足りていないに違いない。この感情を口に出すことがこの先もし本当になかったとしても、バノッサはカノンが愛しいから、不器用でも、無愛想でも、代替表現を求めよう。出来れば積極的に。

「……好きにしやがれ」

 いいよ、抱いていいよ、お前のしたいようにしたらいいよだって僕だって、お前のこと僕の好きなようにしてるんだからさ。

 そんな殊勝なこと言いはしなくても、自ら俎板の上に裸で寝そべった。ギリギリのところで、お前のせいにしちまうからなそこんとこ覚悟しておけよと、せめてもの逃げ場は確保しておくのだ。

 カノンはぐすりと鼻を啜る。それから、バノッサの、カノンにとってはどうしても広い胸に、頬を預けた。

「……バノッサさん……」

 性別無関係に、胸には休息へ誘う何かがあるはずだ。かつて本当に紐というか鎖というか物理的に繋がっていた相手に抱かれていた場所はどうしたって胸だろう、異性でなくともいいから心音を聞きたいと思うのだろうか。

 しかし性欲も在る。カノンはそっとバノッサの胸に手を這わせた。希薄な肌の淡色の乳首に、自分の指が歩く様を水平に見ながら、……うわあ、うわあ、うわあ、また興奮しているカノンがカノンの中にいる。

 既にカノンに体のあちこちをなぞられたり撫ぜられたりするのには慣れつつあった。とは言え、……尻の穴付近を縦横無尽に舐められた事だって在るとは言え、その「先」を見据えてされなければならないというのには、バノッサのように妙なプライドを抱える男には少なくとも我慢の併存するものであることは避けられない。「普段から俺様がしてることじゃねえか」と飲み込み「愛してるって言えねんだろ」と落ち着けて「だいたいよォ、気持ちよけりゃいいじゃねェか。相手は他の誰でもねェ、カノンなんだしよぉ」と納得する。それでも、カノンの細い腕がひょいと自分の足を広げて、緊張と興奮のハーフ&ハーフの顔で目で「……お尻、慣らします、よ?」とまだ声変わりもしないガキの声で言われれば、また一つひとつの鎮静作業に没頭せざるを得なくなる。

 どっちが楽だろうと考えた。こうして、足の間に入られる、若しくは、四つん這いにでもなって……。顔見られないほうが楽だろうか、あるいは……。考えるのが面倒臭くなって、結局バノッサは四つん這いになることを択んだ。自分がするとき、楽な体勢なのはどっちか。

「バノッサさん……あの……、……お尻しても……」

「……一々許可取ってんじゃねェ」

 なんだか、普段好き勝手やってンのが、申し訳なくなってくンだろうがよ……。

「……大好きです……」

 ヘッ、と笑って、無理にそれに背を向けて、それでも背中から抱きつかれるぬくもりに貪欲な自分がいる。

 股の間、カノンがそっと広げた。

 何が楽しいってんだ。

 自分がカノンの尻を覗くのを楽しいと思う、もしそれと同じ気持ちを抱いてくれているのなら、それほど幸せなことはない。そんなことを考えながら奥歯で噛み締めたはずの声は、呆気なく鼻を抜けて音を孕んだ。カノンが尻を舐めている。

 まだ風呂にも入ってない己の身体を舐める命を心底疑いたくもなるのだが、ああ、確かに洗う前のカノンの匂いも好きだと思って、今日はシャワーを浴びせなかったのは自分である。

「……んん」

 字面にしてしまえば、俺様の出してる声もカノンの出してる声も、全く同じ物だよなあ。自覚はする、腹は立たない。悦ばしいとも思わないが、少なくとも……気持ちいいことは、確かだ。同じように単純な心の宿った、全く違う形の体、神経系はまた同じ。

 時折、カノンの鼻から吐かれる息が、普段は閉ざされたままの場所をすり抜ける興奮の証が、バノッサを困らせるくらいに盛らせた。一応、バノッサの男根も硬くなっているわけだ。カノンのそれが本人困るくらい熱く硬くなっていることは、描写するまでもないことだ。

「……か……っ」

 指が、当てられた。

 烈しい興奮に刈られているはずのカノンが、それでも無理なやり方を択ばないことに、バノッサは感謝しつつ、ああやっぱりするよなあ、したいっつってたし、いいよっつったんだもんなあ、するよなあ、いまさら、やはり、恐怖心は存在すると自覚する。

 入ってくる。

「……!」

 声を殺して、ゆっくりと息を吐いて、……落ち着け、落ち着け、落ち着け、カノンに心配かけンじゃねェ、……いいか、意地でも声出すな。

「バノッサさん……」

 シーツを、破くくらいに握り締めている。

「……っせェよ……」

 カノンが、焦ったように指を引いて、またぴちゃぴちゃ音を立てて底を撫でた。汗がにじみ始めた。そしてその汗はただ緊張感からくるものに過ぎず、カノンにそこを舐められていることに対してではないことを、バノッサは知り始めていた。カノンの手が股の下から入り、バノッサの砲身をとらえた、触られて握られて初めて、自分が悦んでいるのだと判った。

「う……んん……ッ、んっ……!」

 ゆるりゆるりと扱かれながら尻の穴に舌を捩じ込み、アア、カノンはこんなに気持ちいいのか? 俺様がしてやることで、こんな風に気持ち良くなれてんのか? 案じる、そして、もしそうだったならどんなに嬉しいだろうと夢想する。カノンが自分の愛撫でこうまで強く悦びに頬を当てることが出来ているならば、せめてカノンのために生きている時間が俺様にもあるのだと、救われたような気持ちを抱く。

 また、ゆっくりと指が入ってきた。危険性を秘めた指だと思う。考えていればいつも、自分はなんて乱暴にカノンの中を広げていたか。それは人間か鬼か、その差でカバーしきれるようなものではなかったのだと思い知る。カノンがこんなに慎重に、行きつ戻りつしてバノッサの苦しまぬように広げているのが判るのに、それを超える緊張感をまだそこに大いに感じるのだ。悪かったな、ごめんよ、許してくれ、喉の割れそうな声で謝ったって、まだ足りない。誰にも触れられたことのない場所の、更に奥、晒されたことのない場所に入り込んだ少年の細いはずの指が、凄まじい太さに感じられる。かすかな指のカーブが、ありえぬほどの凹凸と感じられる。しかし、その指が確かに根本まで入りきったとき、自分の括約筋が烈しくそれを締め付けて、逃がすまいとしていることに気付く。そっとカノンが指を引いて逃れようとするのを、嫌だ、いやだ、そう駄々を捏ねるように渾身の力で締め付ける自分を知る。

 カノンの指が中で折れ曲がった。尿意のような鋭い反射が男根に走る。カノンは空いた手で変わらずバノッサのそこを撫でている、カノンの指先は、バノッサの亀頭をなぞる、その動きの滑らかさに、自分が呆気なく腺液を漏らしていることが判り、しかし恥ずかしさよりも、カノンを飲み込んで始めて知るカノンという存在の強さに、恍惚となり始める。腰の後ろを舐められて、

「……あ……!」

 悩ましい、自分ではっきりと認識できるような声が自然と生まれた。

 カノンの興奮している息が、舐める辺りを這い回る。ことによってはその息に撫ぜられるのが、一番強い快感を呼び込んだ。

 指が、増やされる。一本目の挿入よりもスムーズに、中へ入れられた指に、バノッサは強く射精を望んだ。そうっと、そうっと、中で動いている、臆病そうに、ふるえながら動いている、自分が黙れと言ったから、カノンは無言で、しかし男性的な烈しい興奮と、そしてバノッサへの愛情に基づく配慮で、慎重に慎重を重ねて指を動かしている。

 痛烈にカノンに愛されている自分をバノッサは感じた。涙さえ零れてきそうな感覚だった。

 カノンが俺様を愛している。

 判っていたつもりだったのに、いま、この瞬間に、まるで初めて生まれたような感覚だった、それが四肢を貫くのだ、自分の生きている理由が総てカノンに集約されるようにも思えて、そして少しの恐怖心もなくなって、「入れて欲しい」と思ったのだ。それは、快感を求める気持ちでもなかった。ただ、カノンの精液が欲しいと、思った。自分の中にカノンの精液が出される、もちろん、いつもカノンがひくひく善がるようにはいかないだろう、痛みの伴う可能性は否定しがたい。それでもだ。直腸へカノンの精液が放たれて、その殆どが外へ流れ出てしまうとしても、ほんの僅かでもいい、吸収したい、自分のほんの少しでもいいから「カノン」という一部が欲しいと。

 自分ならば三本で慣らすところを、カノンは二本で指を抜いた、急激な冷たさをバノッサは感じる。

「……ばのっささん……」

 震えた声に、……心底、愛しいと、本気でお前を愛していると、念じながらバノッサは、横に倒れ、仰向けになり、笑った。

「……何てェ声出してやがる……、泣いてンのかよ」

 カノンは頬を濡らし、それでも、体の中心では幼い性根に熱を孕ませ、震わせている。

「……ばのっささん……、ばのっささん……」

 微笑んでいる――バノッサは気付く――、俺が――、……微笑んでいる。――今――、確信を持てる誰よりもカノンを愛しカノンに愛される男として――俺がカノンに微笑んでいる――

「バーカ……」

 弱ったな、微笑みながら、バノッサは弱る。弱ったな、参ったなァ、おい、どうすんだよ、なア、こんなよォ、当たり前な……ガキか俺様は。

「バーカ……、泣いてンじゃねェよ、……バーカ……、バカカノン……」

 ああ、微笑んでいるのな、俺様。そうかい、カノンが好きかい……、嬉しいかい。

 よかったね。

「入れてぇんだろォ……?」

 凶悪と言うか、醜悪と言うべきか、とにかくそういう形をした自分の、無様な姿を見て、興奮している少年がこの世に一人でもいてくれてよかったと、簡単に幸せになれる。

 命が入ってくるのだ。カノンが入ってくる。繋がる。痛い、苦しい、熱い……、どうしてこんなんが気持ち良いんだ、カノンを疑う、そんな自分を疑って、我慢する。我慢という、自分に一番不釣合いなことを択ぶほど、バノッサの心は清らかになっていた。

 いッてぇ……。

 苦しんでいる素振りだけは、絶対に見せまい。

「ンだよ……、そんだけで満足か」

 俺様は全然ヘイキだぜ、笑い声すら立てて。

「動けよ……、俺様が満足出来ねェだろうがよォ」

 苦味が伴うそれでも生々しく甘ったるい声をバノッサは出して、カノンを盛らせる。

「ん、ん、……っ、んん……」

 入れただけで苦しいバノッサの内部に、カノンは強い快感を覚え、腰を留めざるを得ない状況になっている。ぼくのために存在してくれるバノッサさん、神を見るに近い思い。

「……バノッサさん……っ、……バノッサさんっ、ぼくっ……」

「……ンだよ」

「大好きです……、だいすきです、だいすきです」

 ぽろり、ぽろり、涙が零れる。一番泣いちゃダメだろ、そう、バノッサは思う、しかし、カノンの泣き顔を見ていると、どうしてか、自分も泣きそうになってくるのだ。胃の辺りがちくちくする、それは、肛門に刺激を受けているからでは絶対にない。

 切ない、……ときめく、とか……、胸がキュンとか、……そういう言葉では絶対説明したくない、バノッサはそう思って、ただ、それ以上の言葉を思いつけるようになるまで、飲み込んでおくことに決めた。赤い鼻の俺様の、「恋人」の抱いてくれることを、今はただの男として悦びと感じられればそれでいい。

 そして終りは不意に訪れた。

「あ……、ああ、あ!」

 びくん、とカノンが腰を奮わせて、バノッサの腹の底には何とも言えぬ不快な圧迫感が広がる。それを理由に嘔吐しても許されるような。

 文句も何もかも飲み込めたから胃液も飲み込んで、落ち着いて考えればこれこそがカノンの精液と、かすかに自嘲気味に嬉しいとも思う。

 カノンが、そっと、退いた。バノッサは肛門がじんじんと麻痺しているように思えた。せっかく放たれた精液が溢れ逃げていく、それでも、きっとほんの少しでも、俺様の一部になる、それは願ったことだったと、青く考える。

 カノンはひっくひっくとまだ泣いている。

「満足かよ……」

 こくん、頷く。

「だいすきです」

 答えになっていないようで、ちゃんと答えになっている。

「バノッサさん、だいすきです、ぼくは、あなたが、だいすきです」

 そう言うカノンの泣き顔を、嬉しさばかりで見上げる自分を、そしてカノンを、否定する神ならいらない、だったら住む場所がこの世界の外だったとしても別に構わない。

 カノンはじっとバノッサの身体を見詰めて、鼻を一つ啜る。

「……ばのっささん」

「……あ?」

「……ばのっささん、……だいすき、です」

「……あー……、って、おい」

 のろのろと、その身体に、跨って。

「ばのっささんも、きもちよくなってください」

 ある程度の硬さと柔らかさを持って腹に寝ているバノッサの男根に手を添える、するすると撫でると、すぐにバノッサのそれは再びきつく勃起した。

「……おい、カノン……」

 カノンは何も言わず、するりとバノッサを飲み込む。

「んんん!」

 白い喉を仰け反らせて、

「おいッ……、いいよ、無理してンじゃねェバカカノン、おいってばよ」

「んん……っ、ふぅ……うっ、んん!」

 純粋に真っ直ぐしか行けないものだから、カノンの愛情はすべてバノッサへ鋭いベクトルとして突き刺さる。バノッサが感じることが出来なかったならば、自分が気持ち良くなれたことが申し訳ないことになる。だから、と。

「……カノン……っ」

 すぐにバノッサは、カノンの凡そ殆どを納得する。自分を包む肉に有り難さを感じて、自分がカノンにもらえて嬉しかった、カノンの一部を取り込んで悦んだ、同じ素敵な感情をカノンにもまたあげたいのだと痛烈に思ったのだ。尻の中はまだじんじん熱い、それでもだ。休む暇があるくらいなら、こうして一秒でも長く自分たちが繋がっている連続普遍性を築きたい。

 愛してる、言葉ではわかりっこない感情をわかった積りになって、二人はぐったりと重なった。

「……ばのっささっ……」

 胸の中で泣く命を、どうしても抱き締めることしか出来なくて、それ以外には繋がって、どうにか判ることの出来る場所まで行きたいなと心より祈る。抱き締めて、かすかな流れの渦を孕む髪を、自分の物と信じられなくても自覚ある、優しい動きの指が撫でる。いい子、ほんとうにおまえは、いい子だね、俺の大切なカノン、俺の大切なカノン。

「……あいして、ます、バノッサさん……ぼくはっ」

「あー」

 ぎゅう、としっかり身体を重ねさせて。

「ぼくは……、あなたを……、愛しています」

 耳の近くでそう語らせる。どんな痛みがつきまとっても、欲しい言葉なのだと、身を持ってバノッサは知った。


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