夢見の時間

 冬の朝は、空が降りて来てすぐ其処に在るみたいに、青っぽく見える。

 ビビがそんなことを言ったのを聞いたことがあるのは288号だけである。何故って、他の二人は冬の空が清冽な青で彩るような時間に起きて来ることはまずないから。まず288号が六時頃に目を覚まし、どうせ何処かへ出掛けるわけでもないのだが身嗜みを整える。整えきった頃にはブランクが寝起きの煙草を咥えて起きて来る。朝食はだいたいいつも彼が作るので、煙草で目を覚ましてからパンを切ったりコーヒーを入れたり。ジタンが起きて来るのは家の隅々まで香ばしい朝食の匂いが行き渡る頃で、いい加減起きないかと288号が揺すり起こしに行っても大抵は「ヴアァ……」と人間未満の声で唸ってすんなりと起きようとはしない。彼はビビを抱こうと抱くまいと性的に夜更かしをするので、いつも大寝坊なのだ。黙って、きちんとベルトを巻いて、ちんこを出さないで、双頭剣でも構えている様は大層二枚目のジタンなのだが、これは仕方が無い。

 ビビはと言えば、その日の朝、誰のベッドで目を覚ますかによって起きる時間が異なる。ジタンと共に寝れば、これだけ長く濃密に「恋人」であるはずなのに相変わらず独り占めの夜にはビビとベッドから転げ落ちんばかりの愛し合いをするので、眠るのも起きるのも遅くなる。ブランクも小さなビビの身を蜂蜜壺の奥深くまで漬け込むようなやり方で愛するけれど、其処はジタンより少しだけ大人の彼、溢れんばかりの愛情を抱えていながら、全てをビビに委ねるような真似はしないで、腹八分目で十分だといつも比較的早い時間に寝かせている。だからビビはいつも、ブランクと一緒に目を覚まし、時には朝食の支度を手伝ったりもする。

 そして288号の場合、……彼は性的に淡白な訳でもないのにビビを抱かずにただ一緒に「寝る」だけで平気な男なので、ビビも自然と早起きになる。

 何れの場合も、日によってはするべきことを全て終えた昼下がり、魔法書を読む時間を昼寝に当てたりもするし、太陽の高い時間から夜のような愛し合いをすることだって在る。ただ、其れは別の話、此れは朝の話。

 またずいぶんと早い時間に目を覚ましてしまったものだと288号は思う。カーテンは薄ら明るくなっているが、まだ五時を少し廻ったぐらいか。そっと置きだして外を覗けば、村は浅い海の底に沈んだかのように、濃淡の青、弱々しい光がようやく届いているばかりだ。

隣ではビビがまだすうすうと寝ていて、その小さな耳が心配になるぐらい部屋は寒い。布団をきっちり被せているし、パジャマだって脱がせていない288号だが、ジタンはいつかこの子に風邪をひかせてしまうのではないかと心配になる。

 夕べもこの銀髪の賢者はビビを抱かずに眠った。繰り返すが、彼は性的に淡白な訳ではない。ビビを抱くということ、考えるだけで心踊るぐらい好きなことだ。しかし心優しく賢きこの男、そして決定的に理性的なこの男、贔屓の天秤は自分が軽い。ジタンと、ブランクと、するときにこの子がどれだけ身に不相応な無茶をして居るかを知っているから(そして自分も彼らと三人でビビを弄るときには無茶をさせてしまうから)、自分の隣に居るときぐらいは、真ッ当な十歳児の緩やかな睡眠を与えてあげるべきと考えるのである。

 必然的に288号の寝る時間も早まる、起きる時間も。顔を洗って歯を磨いて戻ってきて、パジャマから着替えて、……諸々の衣服を眺め渡して、そう言えば今日は買い出しの当番だったと思い出す。チョコボでコンデヤ=パタまで駆けるのだ。新調した黒魔道士の衣服に着替えて、もちろんまだ帽子は被らないが。

 そして、静まり返ったリビングのソファで、自分の為だけに淹れたコーヒーを飲む。室内でも吐く息の白いような時間に、こんな風に温もりを独り占めして居るのは何とも贅沢な気がする。

 と。

 自分の寝ていた部屋のドアが開き、目を擦りながらビビがスリッパをぱたぱたと言わせて、トイレに行く。自分が起こしてしまったかと悔やんでいたところ、戻ってきたビビが「おひゃよう」

 くしゅくしゅと目を擦りながら言う。緩やかな癖のある髪のあちこちが跳ねている。

「おはよう。……そんな格好じゃ寒いよ、それにまだ早い」

「ん……、288号、は?」

「目が覚めてしまってね。二度寝は得意じゃないんだ」

 ビビはぱちぱちと瞬きをして、ぱたぱたと部屋に入ると、少し時間が掛かって自らも黒魔道士の格好になって戻ってきた。いつも通りのセーターでも、メイド服でもバニースーツでもなく、黒魔道士の装束。

「お揃い」

 にこ、と笑って、288号の隣に腰掛ける。288号がマグカップを差し出すと、砂糖もミルクも入れないコーヒーを、こくんと飲んで、ちょっと眉間に皺を寄せる。

「寝なくていいの?」

 うん、とビビは頷く、「疲れてないし、一人で寝てても寒いし」。ジタンかブランクの布団に潜り込んだらきっとほんわかと温かいに違いないが、そういうことは選ばない。まだ「夜」の続きの時間で、この身体はあなたの側に在るものだとビビ自身が定義する。

「……久しぶりだね、その格好」

288号が着てるの見たら、僕も着たくなった」

 まだ跳ねたままの髪を、指でそっと梳きながら、ビビの雪色の膚がこれだけの早起きでもたっぷりとした睡眠時間ゆえに、瑞々しく潤っているのを288号は見る。この指先で不用意に触れては傷つけてしまうのではないかという危惧すら浮かぶほどの透明感が在る。ビビがまだほんの十歳の、ひ若い子供に過ぎないからだと思うとき、その顔に精液を振り撒きたがるジタンの倒錯、責めたいような、共感したいような。

「……ね、288号」

 隣、ぺたんと寄りかかり、心地良い重さをかけてビビが言う。

「夕べも、しなかった、ね?」

 288号はその顔を見下ろせないまま、手にしたカップの中を覗いていた。半ばほどまで減った緋色の液体は、熱を冷まして、しかし柔らかな湯気と馨りを漂わせる。

「……前も、言ったよね? 僕は簡単に壊れたり傷付いたりしないよ」

 ビビは愛されることには貪欲な子供である。その指が喜んで自分の身を歩くとき、大いにビビも喜んで、相手を幸せに出来ると思えばどんな格好だってして見せるし、その分だけお返しを欲しいとも思う。

 そんな少年のことを、288号は他の二人同様、よく知っている。この子の欲しがるのに応じて、自分も欲しがればいいのだと判っている。ビビの在り様を「淫乱」などという言葉で括りたくはないが、塩っぱくて苦くて不味いはずの自分の精液を啜って笑う無垢な顔の前では少しく難しい。

「ジタンやお兄ちゃんと一緒のときには、288号だってすごくえっちなのに」

 マグカップの中でコーヒーがぴちゃんと跳ねた。

「……僕が、えっち?」

「うん、すごくえっち」

「……そうだろうか、あの二人に比べたら」

「あの二人が非常識なぐらいえっちなだけで、288号だってちゃんとえっちだと思うよ」

 288号の表情はあまり変わらない。感情の起伏に乏しいわけではなく、ただ顔に顕れないというだけのことだ。ビビはそういう彼のことをよく知っているので、にこと笑って頬に手を伸ばす。

 288号は大いに戸惑っている。自分が変態性欲に駆られてビビを抱いているとは思っていなかったから。寧ろ此れは純粋な愛情だ。愛情が自分の中に納まりきらなくなったとき、其れが性欲という形を持って表出するだけだと判じていた。だが自分がどう思おうと、ビビは「ビビのちんこはマジうめえ」と言い切るジタンや言霊でビビの乳首や陰嚢を開発したブランクと288号を同じに括る。

 ただ、

「僕も、えっちなんだと思う」

 ビビは言う。

288号と同じに、えっちなんだと……、思うよ。だから……、なんだろ、僕たちが四人だけで居る処なら、其れは全然恥ずかしいことじゃないのかなって、思ったり、するよ」

 そう在ることが良いことか悪いことか、288号には判らない。

 ビビの重さが膝に掛かる。驚くくらいの儚さ軽さ、無理に抱けば壊れてしまうことまで危惧する。ジタンが、ブランクが、恐ろしいほどの性欲で以って少年を抱き、少年が喜悦の声をとめどなく溢れさせるのを目の当たりにして、ようやく自分も同じようにしていいのだと知る。

「おはようのキス」

 まだ浅い海の底に沈んだような村の、小さな家の、リビング、温かいのが互いの体と息と舌だった。

「……誘われてるの? 僕は」

 ぎゅ、と首に纏わり疲れて、288号は呆然と訊く。ビビは応える代わりに、

「……この間ね、お兄ちゃんが言ってたよ。ほんとはえっちするのって、夜じゃないほうがいいんだって」

「……ああ……、うん、身体が覚醒してしまうからね、安眠の妨げになる懸念がある」

「ほんとは、……だから」

「……でも、朝からするのも、どうなのかな。……判らないけど」

「うん、お兄ちゃんもそこまでは言ってなかったよ。……だから、僕も判らない」

 銀色の視線が絡んだ時間を一瞬と呼ぶには長かった。ただビビは288号の膝の上でベルトを外して、ぶかぶかのズボンを膝まですとんと落す。細い太腿は白い。あまりにビビの膚が無垢なので、跡をつけるのが憚られるのは三人の共通点だった。

「……脱ぐの、僕だけ?」

 真面目な顔をして居るつもりも無いし、かといって不真面目な顔をして居るつもりも無い、ただどういう表情を浮かべていればいいのか判らなくて、結果的にいつもの無表情、心音を確かめられては困る今だ。白い下着から片足を抜く、其れがどんなに可愛かろうと、大好きな相手の物であろうと、十歳の少年の泌尿器に過ぎない、然るにジタンがブランクがおかしくなる、だから、288号もおかしくなっていい、いや、それでなくてもおかしくなっていい。

「……288号」

 焦れたように、ビビが言う。仕方なさを装うつもりも無いが、いつもタイミングは少し遅れる。こんな小さな少年にリードされる自分は少し、情けない。ベルトを外したら、ビビの手が伸びて、ボタンを外しに掛かる。銀色の性毛をたくわえた288号の性器は、自動的にビビの前に晒された。

「……やっぱりたってないー」

「ん……?」

「……ジタンはいっつも最初からたってる。お兄ちゃんだって、時々は……」

 見下ろすと、だらしなささえ伴って自分の性器、ビビの掌に載る。その小さな掌に一番相応しくないものだ。

「……いじってもいい?」

 両手で包み隠されてビビに訊かれて、さすがに申し訳ない気にもなる。男として、これでいいのか、大切な相手に、こうまで任せきりでいいのか。

 頷く代わりに、288号はビビの性器に手を伸ばす。

「一緒にしようか」

 指先を、ビビの包皮の先端に当てる。まだ僅かな力が篭るばかりの幼い性器であるから、先端にはぷくりと皮が余っている。ツンと尖った其処は、耳朶よりも柔かく甘い摘み心地を指に教えた。

「してくれる、の?」

 うん、と子供のように288号は頷いた。ビビも右手を288号の性器に絡め、少し力を入れて握ったり緩めたり、まだ柔らかな其処を起こすように、刺激を与える。時折キスをしながら、……ビビの性器が立ち上がるまで、ほとんど時間は要らなかった。

288号の、おちんちんって、綺麗、だよね」

 不意に、そんなことを言う。純粋な銀色の視線は、熱を半ばまで帯び始めた性器にぴったりと当てられたまま、ぶれない。

「ジタンのも、お兄ちゃんのも、大きくてカッコいいけど、……288号のはなんだか……、すごく、綺麗。……毛も、銀色でわりと……、まっすぐで……」

 自分を保つものは羞恥心かもしれない。ビビを愛する為ならばビビに愛される為ならばと、ジタンとブランクがとうの昔に脱ぎ捨てたものこそ、288号の足の浮力であり、また粘着力かも知れない。そんな靴は脱いでと、裸足のビビは笑う。

 言葉で舐られているようだと、思った瞬間に留め金が外れる。

「……ビビ……」

 そもそも勃起した状態で保てる物って何だ? 賢者は賢者で在りながら答えを出すことは出来ないのだ。

「う、……ン……やっ、剥いちゃダメだよ……っ」

「綺麗なのは、君のほうだと思うよ?」

 指先、触れるのは憚られる、舐める時にだって緊張する、敏感に過ぎる粘膜質、甘酸っぱい果物のような匂いを感じ取れる鼻は三人だけが持っていればいいし、他の誰かが持っていれば嫉妬に狂う。

 指を離せば、包皮はくるんと先まで覆う。

「こんな風に、つるつるで、……すべすべで。余計なものが何も無い」

「……ん……、でも、僕は、288号みたいなのがいいな。いつか僕も、ちゃんと剥けるようになればいいなって、思う」

「いつか。……うん、いつかでいい。いつかそうなったら、それも変わらずとても綺麗なものだろうし、今は今で、こんなに愛らしい」

 一番始めは何処だったろう?

「……ッン……んっ……!」

 ビビを可愛いと思った、最初の瞬間は。初めて見たときには、まだそんな瑞々しい、色味を伴う感情を抱けない自分だった。この小さな子供の、怒りや悲しみに触れる度に、流れる血に温度が塗り重ねられて、気付けば「生きたい」……。心が生きる欲と書いて性欲だなどと、ビビの皮の先端を悪戯に摘んで引っ張って、288号は思う。

「……んもう……っ、いたずらばっかりっ……」

 ぴんと立ち上がった其処、今度は指先で降りて、柔らかな陰嚢の音もなく蠢くのを、指の背に載せる。

「君は、僕に悪戯、してくれないの?」

 自分の性器に掛かっていたはずの両手は気付けば、崩れそうな身体を支える為に288号の肩をぎゅっと掴んで離さない。周知の如く陰嚢は肛門性器乳首と並ぶビビの最大の性感帯であるから、くしゅくしゅと指の背に撫ぜられるだけで意識の幹は熔け、言語を統率する楔が外れる。陰嚢を余ッ程ドラスティックに開発された者でなければ片鱗を味わうことすら出来ない感覚――ある種の「トランス」状態に在ってはビビに其れを言葉で表現しろと言った処で詮無いが――にその身を焦がして、

「あ、ん……ッゥンっ……ンッ! ひゃ、はぁっ……あっ……」

「ほら、よだれ、垂れちゃうよ」

 淫れ狂う身を抱き寄せて唇を塞ぐ。開けっ放しだった口の中はひんやりと冷たいが、舌はとろとろと熱い。指を離してやると、安堵の息を漏らすが、その濡れた目は既に名残惜しむように288号の指を見る。

「……いじわる」

 尖った唇に言われて、また少し、戸惑いはするけれど。

 しかし戸惑った顔などしたこともない。288号はいつだって表情に乏しい。しかし賢者自身には明確な想像がある、この日々の行く先、三人と同じように笑ったり泣いたりする自分がきっと居る。

「ごめんね」

 悪いとは思わずキスで謝る。唇の端に滲んだ笑みで背負う罪は苦い味に砂糖とミルクを注ぐのだ。

「僕ばっかり、ダメ」

 まだちょっと不機嫌を装って、ビビはにうと288号の頬を優しく抓る。すとんと膝から降りて、つんと288号のペニスの先を指で突いて「おあずけ」、ズボンを上げてベルトを締める。おあずけはいいのだけれど、お腹がすいているのは君のほうじゃないのなどと、余計なことは言わない。288号がそういう男であるところまで想定してビビも言うのだ。裸足をぺたぺた言わせてすぐに戻ってきた、手には透明な小瓶。ブランクが調合して作る粘液である。水に何かと何かを混ぜて作るらしいが、薬の知識は288号には無いのでわからない。

「……何をする、の?」

 に、とビビが少し強気な光を眼に宿す、「いたずらして欲しいんでしょ?」、まだ勃ったままの288号の性器の先端をぺろりとひと舐めするとき、到底十歳とは言えない淫靡な色が頬に差す、「いたずら、するの」。きゅいと蓋を開けて、掌に取った粘液はにちゃにちゃと細い指の間に糸を引く。その両手のまま、少年は性器を包み込んだ。

 ぴく、と288号が身を震わせたのを、微笑みながら見上げる。

「冷たい? ……でも、すぐあったかくなるよ」

 無邪気と言っても良い。普段はジタンやブランクにそんな風にされているのだろうか、相手の反応を伺うとき、其の顔はほんの少しだけ大人びた。

ぬるぬるの両手で上下に擦るのが、銀髪の少年。

 288号が世界で一番愛らしく思う、銀髪の少年。

「……我慢なんて、しちゃやだよ? 僕、……あなたの側に居るときは、あなただけのものだよ?」

 所有権を全面的に委譲して、心の自由までも託して、……其れを幸せとビビは呼ぶ。

 君の心は君のものと言いたい288号は、しかし僕の心は君のものとも言いたいので、結局何も言わないまま噤むべき口、微かに開いた隙間から生温かく、コーヒーの残香を伴った息を漏らす。不規則な呼吸と共に波打つ胸に、ビビが年相応の悪戯心をますます膨らませて、とろりとした涎を先端に垂らす、左手は鎌首の下できゅっと握って、右の掌で擦り込むように撫ぜて。

「……ビビ……、あの……」

「それでもあなたは我慢するんだよね」

 仕方ない、そういうあなたも好きと、ビビは優しく微笑む。

「……だって、……君は、綺麗だ」

 288号の言葉に、少年は首を傾げる。

「君の身体は、汚してはいけない気がする。いや……、気がするだけではなくて、本当に汚してはいけない」

「だけど、僕のことを汚すのは、288号だって好きでしょ……?」

 そうではいけないのだが。

 絶対にいけないのだが。

 288号が頷くのを見て、ビビは微笑む。

「三人だけだよ」

 言って、「……最初は、一人だけだったけど」、付け加える。しかし愛情に貪欲なことが、少年の人格的な問題となる訳ではない。生き死にの細い境界線の上を、小さな足でバランスを取りながら歩くことを予め要請されていた九歳の無力な少年だったからこそ、今在る自分が生きているのならば、好きと言う男のために何もかもを擲つことだって出来るのである。

 ビビが、再び膝に乗る。勃起しきった互いの性器を見比べて、大きさの違いフォルムの違い、一緒に並べていいようなものではないという自覚に基づいて、288号が少し腰を引くのをビビは許さない。皮を途中まで剥き降ろして、痛いくらい敏感な先端を288号の亀頭に当てた。

「ンぃ……っ」

 熱の塊二つ、伴う痛みを超えたところに悦びが在ることを知っているから、ビビの動きに躊躇いは無い。

「……ぼく、はぁ……っ」

 濡れた手で288号に冷たい思いをさせぬようにと、ぬるぬるを自らの臀部に纏わせてから頬を包んでキスをした。

「がまん、出来ないよう……。あなたの……」

 キスとキスの境目に、コーヒーが褐色の余韻を残す。

「おちんちん、欲しいの、我慢出来ないよ……」

 稚拙なと言い切ってしまっても問題の無い腰の動きで、自らの幼芯に粘液を移す。ビビのもどかしいような震えに呼ばれるように湧き出る288号の蜜を欲しがって、亀頭にまた擦り付けては悦声を上げる。

「……288号、ねえ、……おふとん、行こうよ……」

 耳元で、濡れた囁きを零された。

「え……?」

「もう……、声、出ちゃう、から……。いっぱい、声、出したい、から」

 言葉の終わりに耳下を舐められて、保つ必要のあるものがどれくらい在るだろう。粘液の小瓶を持ち、ズボンも上げないままで抱き上げて、ベッドまで運んだら、人肌が一番温かいとビビが言うから全て脱ぎ捨てた。美しいのかもしれないが、何一つ特別なところもないような一対の――というには大きな体格差があるが――恋人の裸があるばかり。ビビがくいと押すだけで288号はベッドの上、仰向けに倒れ、その身に冷たい粘液を垂らされても何も言わない。すぐにビビの身が重なる。温かいというよりはもう熱い身体を重ねられて、すぐに快い体温を封じ込めて、粘液は心地良く温まった。

「あ……は……っ、ぬるぬる……、すごい、ね」

 僕は……、淫乱などという言葉は決して使うものか。

 ビビの物とは違う、何故付いているのか判らないような乳首にビビが吸い付いて、舌先で弾いて遊ぶ。別に気持ち良くもない、思った刹那に腰がヒクンと揺れて、「きもちい?」、ビビが訊く。掠れた声で「うん」と応えるときに、意地も捨てた。

 カーテンごしの光が白くなる。一番鳥が鳴くまでどれくらいだろう。それまでは他に何の音もなく、粘液の絡む音と、ビビの囀る声を訊いているだけでいい。

 太腿の上で、ビビが身を起こした。てらてらと光る身体の中央で揺れる性器に、きっと伝う涙がある。288号の視線が其処を擽るのを、ほんの少しだけ照れたように手で隠したがそれも少しの間だけ。反り返った288号の性器に、小さくとも二つの雄の証明が入った袋を押し当てる。

 其処は柔かく、ひんやりと冷たい。すぐ側に破裂しそうな熱の在ることが嘘のようだ。

「ふあ……ン……ん……」

 そのまま、身を重ねたビビは腰を前後に揺すり始める。不器用な動きでも、陰嚢から全身に行き渡る快感に甘ったるく身を捩り、声を漏らしながら、288号に複雑な心地良さを与える。

陰嚢が性感帯といっても、中の珠に届くわけでもない、だから性器から繋がるその袋の柔肌そのものの感覚が鋭敏になっているのだろう。だから撓む袋を288号の亀頭に擦りつけるというやり方でも、ビビは唇から甘ったるい声を間断なく漏らす。

 互いの身体はぬるぬる、この朝が寒かったことなどもう忘れている。価値の優先順位もどこかへやってしまった。288号はビビの腰を止めさせ、仰向けに横たえると太腿を閉じさせる。既に粘液はビビの太腿にまで達していたし、288号の性毛もぐっしょりと濡らしていた。終わった後は朝風呂に入ろう、だけど今はそんなはるか先のことは忘れていよう。

「う、ふぁあっ、あ! ん!」

 閉じた太腿の間に、性器を差し込む。茎の裏側で陰嚢を擦ってやると、ビビはもう盛大に喘ぎ始めた。

「うぁう……っ、い、ッくっ……いくっ、いくよぉ……っ」

 言葉よりも太腿の痙攣が288号に伝えた。普段よりも少し遠い、しかしダイレクトな大腿筋の圧縮、微かに息を詰まらせたところ、ビビの足が緩む。少年の腹部に少年自身の搾り蜜、零れて馨る、……こんなに小さくても、可愛い顔をしていても、この子はちゃんと男の子なのだなとほぼ白で塗り潰された288号の脳裡に今更そんな情報が塗り重ねられる。

「んう……、288号、変なこと……、しないでよう……」

 赤らんだ顔で微かな意地を張るように唇を尖らせた。陰嚢だけでいくことはもちろん初めてではないが、「こんなの……、ジタンだってしないよ……」。

「ごめん」

 素直な288号は此処でもあっさりと謝罪してしまう。

「君を見てたら、……反射的にこうするべきなんじゃないかって、思ってしまった」

「……謝っちゃやだ。僕、怒ってるんじゃないもん」

 よいしょと起き上がり、ぬるぬるの残る288号の性器を掴んで、「もっと」、朝霧よりも白い身体に流れる蜜も馨らせたまま、「さっきの……、288号が気持ちよくなれるなら……、して、いい、よ?」。

 して欲しいの?

 聞くのは野暮だと判るのは自分が賢者だからでは決して無い。

「でも、あの、288号、気持ちよくなれないなら、しなくても」

「好きだよ、ビビ」

 していることの可笑しさを取り繕う効果も無いほど素直すぎる言葉は、ただビビをこっくりと頷かせ、その頬に甘ったるい色を浮かべるだけで十分、それだけで言って良かったと288号に思わせる。

 再び、その細い太腿を閉じさせ、粘液の光る処へと「挿入」する。冷んやりと、火照った性器に心地良くやや硬く締め付けて、裏筋には柔かい袋の感触、その先、勢いの収まる気配を見せない幼茎を当てる。気持ちいいかと問われれば、その胎内や口中に包まれることに比べれば確かに劣るが、事此処に到ってもまだビビの快楽を優先させたい。288号の性器がぬるりと擦るだけで、ビビの太腿はぴくぴくと強張り、見下ろせば「綺麗」と言われはしても醜く見える自分の肉茎と、愛らしいとしか言いようのないビビの性器とが重なって濡れ震えているのは奇妙ながら美景とも言える。思えばこの性器を咥えるビビの顔が、背徳と共に悦びを与えることを経験上知っている288号である。

 腰を痛めてしまいそうだなあ。

 自分のではなくて、ビビの。

 それが言い訳であると仮定するよりも、定義するのを自分だとすれば。

「う、やっ、な、なに?」

 小さな身体は細い腕でも上手に扱えてしまう。自分よりも腕力に優るブランクやジタンはもっと上手にするはずだと判りながらも、くるんとうつ伏せにして、粘液の伝った後の孔に指を入れる。肉の緩んだ処はなくても、粘液は括約筋の鍵さえ容易に開けてしまう。判ってるよ、こっちも気持ちよくなろうねと、ペニスの先で下がる袋と反る細い陰茎を刺激してやりながらも、やや性急な指の動きを抑えられない。滑りが良いものだから余計に早まってしまう。

「ひ、ぅ、ン! んやっ、あっ……あっ、ダメっ、おしりぃっ、そんっ、なっ、しっ、ひゃ、らっ、あっ!」

 噛まれながらも指は動く。「此処?」、訊くまでも無いことを二人が訊いていたことを思い出す。結論の先まで見えていながら、薄目を開けて「見えていない」と言い張るのは少なからず性格が悪いかと思いはすれど、求められればどんな性悪にだってなって見せるつもりだ。

「うぁンッ……、んぅう……、う、はぁっ……ア、はぁああ……」

 噛まれる隙間を待たずに一番奥まで指を突き入れれば、がくんと身を保っていた肘を崩しそうになる。片手で身を支え、ぐいと抱き上げて背中を舐める。ビビの中を駆け巡る温かな震えは288号が時折この少年を見ていて感じる類のもので、だから再び身体をベッドに跪かせて、「好きだよ」と囁く。

「あう……」

 指が抜かれれば、言われるより先にビビは尻を上げる。ベッドに転がる小瓶の蓋を三度開けて、掌にとって冷たさを和らげてからたっぷりと知りに纏わせ、ぱっくりと物欲しげに開いた孔へ、指に伝わせて注ぎ込む。ビビの其処がひくつくたびに微かに泡だって零れ出すのが、夢見の時間としては不適切に卑猥だということを、今だけは288号も考えない。

 入れるよと、断る暇も無く、腫れた肉茎を突き入れた。

「あ……、ア……、あ……!」

 冷たく、狭く、しかし温かく柔かく濡れた場所は、三人の男たちにとってのみ、居心地のいい場所である。肛路の輪郭の少しぐらいは、男根に似た形になるのだろうか。しかし穢れないこの子のことだから、不変の美しさを保っていたっていい。見下ろす背中はやはり余りに小さく、接合した部分を見ると眉間に皺が寄るぐらい痛そうだが、ビビは喜悦の声を上げる、「……うぁあん……」、温かく柔かく濡れて、「……おちんちん……っ、す、ごいっ……、おっきくってぇ……っ」、快感の共有を思えば、ほとんど「有り難い」という感情しか浮かんでこなければいいと思う288号の脳裡には、いくつもいくつも邪な欲に基づく言葉が並ぶ。そんな在りようはどれほど理知的で繊細な男だったとしても、一言「変態」と括られてしまう。

 しかし、その顔をビビは美しいと思う。

 後ろから突かれながらも、その顔を見たいと願う。

 ただ、そんな願いは叶わなくてもいいし、どうせ後から幾らだって叶うのだ。

「……すごい、……ビビの、中、……気持ちいい……、どう、しよう……」

 止まらない、止められない、例えば「情熱」と呼ぶのなら、そういう類の美しい感情が。細い指で濡れたシーツを握り締める恋人をこんなアンフェアな形で抱いてそれでもその細い指が握り締めるのが単なる布ではなくて自分たちの幸せの宿る褥のシーツなのだと思えたならば。

 288号は鎌首を擦り茎部を握るビビの胎内が、ほとんど自分と同じ体温であることを感じる。稚拙な力で締め付けて、幼茎を刺激してやることすらしていない自分を許すように、鼓動を返す。

「もう……、出るよ、……ビビ、出る」

 出して、というような意味の音声をビビが発する。ほとんど言葉未満の其れを嬉しんだときに、夢から醒める。熱い熱い塊を情動そのままに放った瞬間から、288号はただビビが好きなだけの馬鹿な男から、理性に拠って動く賢者となる。

「……っはあ……ぁ、あァ……ン……ン……っ」

 ビビの包皮の隙間から溢れたのは、ほんの少しだけ。あれほど大胆に腰を振っていた男は、同じ顔で慎重に腰を引き、小さな身体を両手で支えて、シーツの乾いたところに横たえる。タオル、タオル、……タオル、……いや、それよりもシーツを剥して、お風呂にも入れてあげなくては、ひとまず風呂の火を焚かなくては、……黒魔道士の服は濡らしていないからあのまま着れば良いとして、それまできっと寒いはずだ、どうしよう?

288号……」

 ビビが、そのまま成長すれば恐らくそうなるはずの繊細な指を掴む。

「キス」

 濡れた手を伸ばして、……それはただ原始的な温もりを求めるだけの生き物、ある種では銀髪の賢者とは対極に位置する生き物、しかし、同じように原始的な感情を彼が持つがゆえに、……その胸は痛む、甘く、甘く、甘く、甘く、甘く。

 そしてどれほど賢く在ろうとも、忘れては何の意味も無いのだと気付く、「くっついたらあったかいよ……」、唇を重ねて、そのまま、熱を逃がさぬ身体でビビが抱き着いた。抱き締め返す腕が在るのだ、風呂が沸くまでその身を冷やさぬ熱が、自分にだって在るのだ。

「……288号、元気いっぱいだったねえ」

 くす、と耳元で少年が笑う。

 きっと無様な自分だったと思っても、「嬉しい」と言う子の居ることを、忘れたら賢者でだって居られない。


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