小さな体、君に、キス。

排尿終了、すっきりとした表情で夜空を見上げ、ジタンは夜気を胸いっぱいに吸い込んだ。

そう言えば、こんな夜だった気がする。空が青くて星が綺麗で、空気がひんやり冷たくって、だけど熱い肌を冷ましてはくれなかったんだ。

「……ジタン?」

「んー? いや、何でもない」

ジタンがブランクに初めて抱かれた夜。あの夜の事は、忘れたくても忘れられない、別に、悪い思い出があるわけではない、寧ろ、あの日目覚めた自分の中の知らなかった部分は、たまに歓迎したくなることもある。

少なくとも、ああいう感じは、なかなか、普通に生きていては感じられないものだ。

……普通に、生きている、か。

小さな体に詰め込んだ悩みを、考えて、考えて、

どうにかしてどうにかしようとしているこの子にとっての「生きる」と、俺にとっての「生きる」は違うんだ。そう考えると、酷く滑稽な気がして、けれど生きているという事実が酷くなまなましい。

互いに生きている、命、であることは変りないけれど、例えば俺は、何となく生きている事はないか、感じた時に一番、生きていると感じているじゃないか、

それはすごくいい加減じゃないか?

ビビは、悩んでいる、悩んでいるという事実から解放されれば、きっと何か良い事が起きるに違いないと信じて、悩んで考えている。

ジタンにその悩みの真の意味など、どう望んでも理解出来るはずもなかったが、例えば、こんなちいさなからだ、悩みごとに押し潰されてしまっては可哀相だと考える事くらいは出来た。

コイツは、そうだよな、何かって言うといっつも悩んでる。

もっと世の中楽しい事あるのに、そういうの、探した方が絶対良いのに。そう考えるものの、自分の体に対する漠とした不安の支配力の強さなど、ジタンには想像しか出来ない。それに、彼自身は少し、物事を軽く明るく考え過ぎる傾向がある。

だが、……楽しい事だって、いくつかは、あるんだよ、そう教えてやる事は、逆に、自分にしか出来ないような気もした。

色んなものを見せてやりたい、いっぱい笑って、いっぱい遊んで……、

そうしている間はきっと、幸せだ、それはそして、刹那なものじゃない。楽しい記憶として長く残るものだ。

「な、ビビ」

「…………え?」

「いいから」

「え? ……ええ?」

小さな手袋の手を握って、ジタンはエーコの家とは逆の方向に歩き出した。歩幅が全く違う二人、ジタンに引っ張られて、ビビは転びそうになりながらも、必死に付いていく。

「転ぶなよ」

「う、うん…………うぁ」

言った先から、小石につまづいてバランスを失う、あぶない、そう思った次の瞬間には、ビビはジタンに、片手で抱き上げられていた。

「やっぱし抱っこしてった方がいいかな?」

軽々と抱き上げられて、ビビは落ちないようにしっかりとジタンにしがみ付いた。

「あ、あの……」

「いいから。ちょっと川の方行ってみようぜ」

ひょいひょいと岩場を駆け下りていくジタンの腕のなかは、ハッキリ言って乗り心地最悪。揺れるしつかみ所はないし、ビビは目をぎゅっと閉じて、ただこの、ガルガントよりも恐ろしい乗り物から早く降りられる事を願った。

「着いたぜ」

河原に下ろされた時には、乗り物酔いの一歩手前。

目が回り、足元も危うい状況だった。蹈鞴を踏んで、ジタンに支えられた。ようやく落ち着くと、ビビは、ジタンからしたらとても危険な、無垢な表情で聞いた。

「……寝ないの……?」

「ああ、寝るぜ。でも寝る前に、な。目が冴えてきちゃったからさ」

ジタンはクスッと笑うと、ビビの三角帽をずらして、額に唇を当てた。

「ジタン……」

もうキスをされることには慣れた。慣れたけれど、多分ずっと慣れきることは出来ないとビビは思う。

くすぐったいような、暖かいような、少し、冷たいような。ジタンは優しくビビを抱きしめると、もう一度、頬に口付けた。

「間近で見てみなかったんだ。キレーな川だよなぁ」

「……う、うん」

月明かりにも、ビビの頬が仄赤く染まっているのが解かる。ジタンは膝の上に抱いたまま、帽子を外して、その髪をそっと撫でた。

不慣れながらもビビは、少し前から自分に与えられた椅子に身を任せて、目を閉じる。

閉じてすぐ、寝ちゃだめだ、と目を開ける。しかしジタンに優しく撫でられているうちに、また瞼がだんだんと重くなってくる。

いけない、また開く、しかし再び……、夢と現を行ったり来たりする、夢の入り口で短めのドラマを見る、しまった、また目を覚ます、そう時間が経っていなかったことに気付く。

「……寝てもいいぜ」

苦笑混じりのジタンの声に油断して、何度目かの往復では遂に、復路をさぼった。

ジタンの胸に頭を預けて、無意識に触れながら。

「…………」

まいったな。

……かわいい、メチャメチャ。

起こさないようにそっと立ち上がり、抱っこしたままゆっくりと皆の休むエーコの部屋へと歩き出した。

 ビビ、かわいい。

 胸の中で静かな吐息、ガラスのように壊れそうな命が自分の中で息をしている。この華奢な睡眠を俺は絶対に壊してはならない。ただ、そっと。ナイトとして、俺は、この胸の中の命を、運ぶゆりかごとなる。誓ってもお前を起こすものか。

 どんどんお前が好きになっていくよ。いかんなあ。

 俺十六歳、お前……九歳。

 好きになるのは自由だ。それを形にするのが問題なのだろうとジタンは考える。キスまでは、許されているはずだ、構わないはずだ。だが、それ以上が問題なのだ。すなわち、性行為。つい今しがた見た、摘んでどうにかしてしまいたくなるような幼い茎、先端まで皮に包まれて、……なんだかぷにっとしていて……、愛らしいのは事実だ。しかし、それを見たからといって官能に触るかどうかと問われれば、否だ。明らかに自分の専門外。ブランクのそれとは真逆の位置にあるようなものだし、それを胎内に納めたいとはあまり思わない。

 ……ん?

 別に、俺が入れたって。

 ――ここから、ジタンの思考回路は思わぬスピードで働き始める。

 誓ったとおりに、ビビをそっとベッドに寝かせて、その寝顔をじっと、じいっと見つめながら。誰かが見たら、鬼気迫る表情は寝込みを襲う寸前のもののように映ったに違いない。

 あの小さなちんちんをどうにかしてしまいたい。

 唇が声を出さずにそう紡いだことに気付き、ジタンは愕然とした。

 今まで何度だって見てきた。ダリの宿屋からずっと一緒に風呂に入っているし、ビビ以外の小さな子供のちんちんだって見たことはあるし、実際自分だって何年か前までは毛だって生えていなかった。何ら微妙な感情を抱くようなものではないはず。というか、抱いてはいけない対象のはず。あんなん、おしっこする為以外のなにものでもない。

 しかし、しかし、しかし。

 しかしだ。

 すうすう、胸が痛くなるような甘い寝息を立てるその存在は、ジタンの中で質量を増していく。可愛い。可愛い。可愛い。

 一応は、ブランクと言う男がいて、それは……。

「んん……」

 ジタンは思考を止めた。ビビの瞼が動いて、うっすらと暗闇の中、光を吸い込んだ銀の瞳が開かれた。それはジタンを捉えて、引き寄せる。

「……ビビ……」

「……ジタン……、どうしたの……?」

 その瞳に誘われるように、ジタンは顔を寄せる。

 無意識に、……、息を止めていた。

 柔らかい……。

「ビビ……、一緒に寝てもいいかい?」

 声を潜め、ドキドキしながら問う。

 考えてみればこれ、生涯初めての告白。

「……ん……?」

「……俺、……、あの、ビビと、一緒に寝たい……」

「んー……、いいよー……。僕も、ジタンと一緒に寝たい……」

 あったかいから。せいぜいそんな意味に違いなくって、ジタンはもちろんそれを飲み込んでいるから、切なくなる。切ないなんて、まるで、恋してるみたいに。

 恋をしているみたい。

 

 

 

 

 翌朝目を覚ました二人を、他の仲間たちが唖然として囲んでいた。ビビは目を丸くするみんなに、にっこり柔らかな笑顔で、「おはよう」……、そしてジタンは、まだ寝ぼけまなこを、ビビの「おはようのキス」で、ぱっきりと醒ます事になるのだった。

 


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