素直

ジタンは、僕がジタンの事好きじゃなくてもいいのかな。

ビビはふとそんな事を思った。そしてすぐに泣きそうになってしまったので、慌てて打消した。ぎゅっと布団を掴み、首を振った。そんなハズない、そんなハズない。

ジタンは言ってくれる、いつだって。ビビの小さな顔の頬に手を当てて、真っ直ぐ目を合わせて、ゆっくりと。

「俺は、お前のことが、誰より、好きだ」

ジタンはいつもそう言う。そう言って、ビビを膝の上に乗せて、誰もいないことを見計らって、ぎゅっと抱き締める。その延長線上にある行為に及ぶにはまだ早すぎると、彼にしては賢明な判断をしてジタンは、唇を重ねるところで止める。

はじめはこの行為にすら抵抗があった。同性どうしであるからという訳ではなくて、単純に、この行為の持つ意味が分からなかったからだ。上気してしまう顔も解からないビビが俯いて、どもりながら訊ねると、ジタンは明るく笑って、

「抱っこの延長線上」

と答えた。

たくさん、キスをされて、たくさん好きだと言われて、いつしかビビの心はジタンだけになった。

クワンを失い、何も解からず、偶然出会った人は、空白だらけのビビの心を、とても簡単に埋めてしまった。

頭をポンポンと撫でてくれて、手を繋いでくれて、面白い話しを聞かせてくれて、優しく抱っこしてくれる、ジタンという名のお兄ちゃん。今まで、クワン以外の誰かに、こんな風に愛されたことなどなかったうえに、まだほんの九歳であるビビは、すぐにジタンの虜になってしまった。これも無理の無いことだろう。仲間たちの中で、いつもジタンを目で追ってしまう(これは実際、ジタンも同じなのだ)。ジタンを見つめて、ほっとする。他の誰かと話してると、何だか寂しい。ジタンが一人になると、慌てて駆け寄って、手を繋ぐ。

ジタンの左手は自分のものだと思った。

「……大好きだぜ、ビビ」

「…う、ん……」

言われるほどに幸せになれる不思議な言葉だ。他のみんなも、自分のことを好きだとは言ってくれる。けれど、ジタンの言葉は特別なのだ。鼻がツンとなって、目がじわっとなって、男の子なのに泣きそうになってしまう、そんな力が篭っているのだ。僕も、ジタンのこと、大好きだよ。

僕の言葉の中にも、同じ力があるのだろうかと思う。言えばジタンは「ありがとう」と微笑んでくれる、しかし、同じような気持ちを、彼も抱いているのかどうかは解からない。一人よがりの気持ちだったら、とても寂しい。 それに、ジタンはビビの言葉をあまり待とうとはしなかった。

「商業街の武器屋にデッケェ剣があってな」

彼はどんな時でもマイペースだ。自己中心的でもあるのだが、少なくともビビの瞳には、ちょっとのことでも動じない大人に映った。

「そのデッケェ剣を、むか〜しツンツン頭の奴が振り回してたんだぜ」

色々な話しをしてくれる。世界の話、動物の話、タンタラスの話……、それら全てが、ビビにとっては新鮮で面白い。だから、聴いている分にはとても幸せだ。ずっとずっと聴いていたいと思う。しかし、「好きだぜ」の後に始まるこれらの話を聴いているうちに、いつも自分の気持ちを言葉にして、返事をする機会を逸してしまうのだ。話の途中に、ダガーが、エーコが、…外を歩いていればモンスターが、入ってきてしまう。結局、自分の想いはどこかへ飛んでいってしまうのだ、……とても面白くない。要は未熟な嫉妬なのだが――この気持ちは、年の離れた兄や姉が結婚するのが悔しい弟の気持ちと同じだ。まだ幼いビビは、我侭だと知りつつも、ジタンに自分だけを見ていて欲しい。

ジタンは、ひょっとしたら、僕の言葉は要らないのかな……。

そんな事を俄かに思い付いたりする。

ジタンは実際、ビビの言葉を求めない。単純に彼の、自己中な部分ゆえのことだとは知らないから。

ビビが伝えたいことは山ほどある。ジタンが話してくれた時間と同じくらい、ジタンへの想いを語ることも出来るだろう。

ジタンのことが大好きなんだ。

ジタンは僕に、初めて「同じに」話し掛けてくれた。僕がさみしいとき、こまってるとき、すごく上手に、僕を勇気づけてくれる。抱っこして、頭を撫でてくれる。ひとりで泣いてた僕を見つけて、ずっと隣にいてくれたよね。戦っているときに転んだ僕を、危ないのに助けに来てくれたし、バケモノだって言われた僕をかばってくれた。

僕も、ジタンのことが、大好きなんだよ。

幼く純粋な、ビビの気持ちを求めているのに、それでも自分の気持ちを相手に伝えたいと思うジタンの気持ちは間違ってはいない。自分の話を聴いてくれて、とても嬉しそうに笑う小さな想い人が、恥ずかしくなるくらい感動的だから、ついついそれにハマってしまうという気持ちは誰もが持っている。結果的に大いなる自己中心的人物を生み出していることには気付いていない。そしてそれがビビの想いを導き出せずにいることにも。

彼がビビの言葉を聞きたいと思う時は、気紛れで、きっと本人は何でもなく想っているに違いない時。

あれだけよくまわる口を持っているジタンだから、きっとよくまわる頭も持っているに違いない。だったらいつか気付いて、ビビの言葉を渇望する時が来るだろう。ビビが待つべきはその時だ。実際、ジタン自身がビビにベタ惚れなのだから、彼が放っておくはずがない。
 そう遠くない先に、ビビの唇からジタンの幸せが零れる日がやってくる。

布団の中で、待ち続ける。早く朝が来ないかな……。

だってそれは明日かもしれない。


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