清澄蜂蜜微少年!

 公的にはブランクも知らない「ことになっている」記録であって、つまり口の軽いジタンは自慢げにそれを話してしまった訳だが、敢えてビビを傷つけるようなことをしたいとは思わないブランクであるから、ジタンにそういう話をされたことを黙っている。正確に言えば、ジタンと、そしてジタンから教えられたブランクの二人だけしか知らないことであって、ビビはそこに救われている。

 普段以上にプライベートな話であるから、場所は秘す。そもそも、ジタンはそこが何処での出来事だったかということよりも、「ビビが可愛くって死んだ」、それさえ記憶していればいいようなことだったから。時間も、ジタンは知らない。恐らく夜中の一時とか二時とか。他の誰もが夢の底にあるべき時間帯で、その数分前まではジタンも、そしてビビも、同じように夢を見ていたのだ。

 そんな時間、ジタンがむっくりとベッドから起き出した理由はごくシンプルだった。尿意を催した、ただそれだけだった。うっすらと目を開けて、めんどうくせぇな、そう、理性と反理性の間を一往復して、仕方なく立ち上がる。十六になって寝小便垂れる訳にはどうしても行かない。眠い目を擦って、宿の部屋を出て、廊下を一つ折れた先のトイレへと向かう。冷えきった、しかし清澄な空気ゆえ月が眩しい、そしてその月が丁度満月だったことは、ジタンも覚えている。

 めんどくせぇな、人間。ションベンしなくていいような身体だったら超便利なのにな。一々行かなきゃいけないんだもん、アホ臭ぇよなせっかく飲み食いしたモン結局全部出しちまうんだから……、などと、などと、考えたりなどしながら、夢の続きの気分で排泄を終えて、トイレを出、また元の通り廊下を折れて、自室のドアを開ける。

 ところで、宿泊の際の部屋割は全てジタンに任せられていた。必然的に(この当時はまだ「そういった」関係ではなかったが)大好きなビビは自分の部屋に寝かせる。ダガーとエーコはやはり女性同士ということで同室をあてがう。二人部屋の場合、フライヤがあぶれることになるが「別に気にはせん」と言うからスタイナーかクイナかサラマンダー。要するに自分がビビと寝ることが最重要であって、それ以外は特に気に留めていないというのが実情だ。しかしその努力ともいえないような努力の甲斐あって、ビビを自分と同じベッドに寝かせるのに成功しているジタンである。

 だから、今夜も自分の部屋にはビビがいる。自分の寝ていたベッドですやすや寝ている。とても寝相が良くて、目が醒めるといつも、ぴったりと自分の体に寄り添うように眠っているのが、片思いする男にとっては困るばかりに、愛らしい。ああ、早くベッドに戻ろう。そんでもって、ビビとくっついていい夢見よう。昼日中から寝るまで、ずっとビビのことを考えているものだから、なかなか夢では会えないけれど、その分ずっと近くに。

 がちゃ、とドアのノブを捻って、開けた。腰の高さ、とんっ、ぶつかった。

「ひゃぅっ」

 ビックリした声がして、見る。……ビビがいた、ころん、と床に尻餅をつく。

「あ、ゴメン……」

 咄嗟にジタンは謝って、助け起こすためにしゃがみこむ。

「……じ、じた……っ」

 喘ぐように、ビビが、その声が、見上げた。大きな目が、潤んでいるのを見る。

 もとより、ビビに恋をしている訳だから、小さな少年の大きな目の浮かべる表情には誰より敏感であるつもりのジタンだ。それで、すぐさま異変に気付く。その反射神経の良さ、そんな自分を少し、好きになる。そして、すぐにまた、拾い上げる。

 床が濡れて。

「……え?」

 ビビの手が、ぎゅっとパジャマの前を握る。その場所を中心として、ビビが尻餅を突いた場所に、何かを零したような水溜まりが生じ、その面積を、じわりじわりと広げていく。

 回転の鈍かったジタンの頭が、ようやくスムーズに回り始める。そして、咄嗟にほざいた一言は、

「……だいじょぶ、だから……」

 だった。後から考えればそれは、説明の出来ないところから出た言葉だったろう。しかし「だいじょぶ」は「だいじょぶ」なのだ、「だから」どうしたというのはさほど問題ではなく、とりあえず「だいじょぶ」、自分もビビも大丈夫ということを、定義しておく必要は確かにあった。

「っ……ふぇ……っ」

 更にジタンは恋心の反射で動く。ビビの頭を二度、自分に出来る最高の優しさを篭めて撫ぜてから、

「ごめん」

 と謝る。頭を下げる。

「ごめん……、俺のせいだ」

 そうすることが出来る自分が、好きかも知れないとジタンは思う。

 恥ずかしさをはじめとするもろもろのマイナス感情が、ビビの目をこれ以上濡らす前に、その銀髪を撫ぜた。優先順位が何処にあるか、自分の護りたいものが何か。ジタンは愚かな少年だが、把握することにかけては卓抜した才能を持っていたかもしれない。床を拭くことよりも、まずビビと約束することが一番最初だと、彼は信じきった。

「大丈夫……、誰にも言わない。内緒、な?」

そしてそれは、正解だった。大きな目を潤ませて鼻を紅くしたビビは、唇をきゅっと噛み締めて、こくんと頷いた。九歳の少年にはそれが一番重要だった。仲間たちにはフライヤがいる、ダガーがいる、そして誰より、エーコがいる。エーコは自分よりも年下だ。あの子がしないのに、自分がこんなことをしてしまう。取り返しのつかないことになるような、恐怖感がビビの中に突如として生れ、支配しかけた。その黒い霧から、ジタンは救い上げた。

「……風呂、入ろうか。俺も寝汗かいたから入ろうかなって。な? サッパリして、もうひと眠りしよう」

 ごくスムーズな言い方だった。ジタンはそっとビビを立ち上がらせると、濡れたパジャマのズボンを脱がせた。普段ならばじいっと見詰めてしまう変態も、ビビがこんな風に悲しげに泣いているのだ、優先すべきものはちゃんと択べる。

「泣くな。な? 俺が悪いんだから。ごめんな」

 そして、渾身の優しさで抱き締める。ビビにとっては、それが何よりありがたい、大人の言葉だった。

 

 

 

 

 さて時は移ろう。あれ以来、幸いにもビビはオモラシもオネショもせず、日々をジタン、そしてブランクと二人で過ごしている。ジタンは時折ビビの失態を思い出しては、「あー」と甘ったるい溜め息を吐いてにやけ、くくくと訳の判らない笑い声を立ててはブランクに気持ち悪がられている。ブランクはジタンに、ビビのそういった姿のことを教えられ、確かに愛らしいことは愛らしいとは思う一方で、ビビからすれば一種のトラウマでもあろうに、それをあんな風に喜んでいる様というのは果たしてどうなのかと、疑問視する部分もある。

 三人は、ほとんどの場合、一緒に寝る。だからこの家には一つしかベッドがない。キングサイズのベッドの上、ビビはまだ身体が小さいし、ジタンとブランクはぎゅうと両方からビビを抱き締めるので、寝相の悪いジタンが転がり落ちるという心配もない。三人で暴れても十分に対応できる。その分、三人分の汗だの体液だのを吸い込み、無関係の人間からしたら頼まれたって寝たくないようなベッドに仕上がっているが。

 ただ今夜に限っては、そうではない。

「ったりー」

 ジタンは尻尾をばたんと振って、溜め息を吐いた。愛用の小刀を腰に刺し、夜も更けようというのに、戦闘準備完了。

「まあそう言うなって。お前がいるからこの村の平和は守られてんだ。なぁ?」

 森深くの黒魔道士の村、人里離れたところで身を隠して生きるには最適の立地ながら、半面、霧去りし今でも魔物が迷い込んで来ることが多い。平和な日々も、時として村のすぐ傍で魔獣が咆哮しつつ彷徨している様子が目撃されたりする。そして今朝、村の囲いの一部が、竜と思しき生き物によって破壊されたのを機に、ジタンが討伐に向かうこととなったのである。

「ジタンが一番強いんだもん、みんなジタンのこと頼りにしてるんだよ?」

 ジタンは、ビビにそう言われて、ちょっとだけ、寂しげながら、微笑む。腰を屈めて、ビビと同じ視線になって、「ほんとにそう思ってくれるのか?」と尋ね、ビビが頷いたら、優しい力で抱き締める。それから一つ背筋を伸ばし、溜め息を飲み込む。ほんとはお前たちにも付いて来て欲しいんだけどな、甘えた弱音も一緒に。

 万に一つも怪我をする危険はないが、それでもブランクが居れば心強い、ビビがいればもっと。「一番強い」と言いはしたが、ビビには苛烈な魔法を操る力がある。しかし、子供は寝なきゃ。でも、ビビを一人家に寝かせて不安がらせるのもどうか。となれば、ブランクにも残ってもらわなきゃ。

「じゃあ……、しょうがねえ、行ってくるか」

「気をつけてね?」

「ああ……、判ってる」

 こういう時の、少し鋭くなったジタンの顔は意外と、と言っては失礼だが、格好いい。三枚目の振る舞いをし、性欲を抑える努力をしないから誤解されがちだが、ビビもブランクも、ジタンのことはちゃんとカッコいいと思っているのだ。

 ジタンを見送って、ブランクは自分のなすべきことを判っている。ビビを不安がらせないため、優しい愛に溢れた時間を提供してやること。ジタンの目覚ましも兼ねて、既に入浴をした後だから、二人でベッドルームへ移動して、後は、言葉の意味を互いによく判っていない「おやすみ」を言い合って。

 隣りの息の規則正しさを疑いながら、ベッドの中で、手が動く。

 もちろん、ビビから誘うということはまずない。だが、ビビに淫らな側面があることを、ブランクもジタンも知っている。恥ずかしくてそれを出したくないというのなら、俺たちが恥をかけば良いというのが二人の考え方で、「ビビ大好き!」「いい匂いするんだよなあ」「おっぱい超可愛い」「お尻もマジやばい」、そんな風に捲くし立てて、変態の仮面を被る。

「……ん……!」

 ブランクは右に眠るビビの腹に、左手を置いた。

「寒くなってきたからな。お腹冷やさないようにしないと。……お腹壊しちゃったら俺らとえっちも出来ないぞ?」

「う、……うん」

「俺の掌、暖かいだろ」

「……ん」

 ビビの身体は細いが、所々が適度な柔かさを持ち、男二人の掌を満たす。

パジャマの上から自分の温度を移し、ビビに安心を齎すと共に、ブランクは端緒を切った。十分に掌を当てたら、その手を、心臓の上へと動かす。とく、とく、とく、普段より心持早い音が、これから始まることへのビビなりの期待感を表しているようだ。

 ブランクは肘を突いて、ビビの顔を見た。布団の縁を握って、ブランクを見上げる。銀色の目は、その中に幾つもの水晶の反射を秘め、えもいわれぬ優しい光となって見るものの胸を照らす。

「困ったなあ」

 ブランクは溜め息混じりに言った。え? と、戸惑ったような声を上げたビビに、本当に困った笑いを浮かべて、

「お前が可愛くって、可愛くって、可愛くって、困った」

 そんなことを言った。ビビは困惑の度合を深くする、目が細かく動く、ああ愛しい、一つ一つの動きの要素の何処を如何見たって、ブランクにとって、もちろんジタンにとっても、ビビは可愛すぎた。

 もうちょっと撫ぜていようか。

 そう思ったけれど、無理だった。その身体に重くないよう、胸と胸を重ねた。銀の髪と小さな耳の匂いを、嗅いだらくすぐったそうに首を竦めた。ふざけて、半分真面目で、髪を噛んだ。細い腕が、ブランクの頭に伸びた。ブランクの銅色の髪の中を、す、と泳いだ。背中に熱い電流が走り、もちろん辿り着くのは下半身。喉の奥で笑いを止めて、ビビの顔を見る。

「……お兄ちゃん」

 うん、と、何が「うん」なのか判らないまま、言った。ただ、ビビはそれで、目をそっと閉じた。正解だった。

 大きさも質感も異なる二つの唇がそっと重なった。重なることで一つの欲が満ちると、次の欲への路が開ける。数秒重なったままだった唇は、離れた次の瞬間には、開かれてまた重なる。ブランクは高さにすれば中二階の欲のために、暫しその小さな唇を啄ばむように吸う時間を設け、それから舌を出した。

「……っは……ぁん」

 ビビの口の中は、揃いの歯磨きの香りがして、温かかった。小さな身体の口の中の舌は、やはり自分よりも小さく、食べるものと間違えないようにと自分に言い聞かせる。

 巧みに口中を支配するブランクに対し、拙いながらも愛を以って、ビビも返す。その舌に舌を重ね、絡めようとするその努力自体がブランクを喜ばせた。

「……ビビのキス、好きだよ」

 ブランクは唇を離して言った。ビビは既に紅潮した頬で、自分が果たしてどれほどブランクを満たせたか、全く覚束ない気持ちで居る。ブランクはビビの横に元のとおり仰向けに横たわり、「俺の上においで」と手招きする。ビビはすんなり、小さな身体をブランクの上に重ねた。

「ね、ビビ、俺にもっとキスして。俺のこと気持ち良くしてよ」

「……え……?」

 下から手を伸ばし、前髪を撫ぜ、額を開く。

「ビビのキスでもっと気持ち良くなりたい」

 ブランクに優しく微笑まれては、ビビはそうせざるを得なくなる。ビビにとって、そしてしばしばジタンにとっても、ブランクの微笑みは胸を貫くほどの威力を持ち得た。ぶっきらぼうだが知的で、ジタンに比べれば大人で穏やかで、心根は優しい。だが素顔の笑顔を間近で見せるのは、ビビとジタンに限られる。「僕はこの人に愛されている」、多少傲慢であったとしても、そう信じることが出来るのだ。

 だから、唇を重ねた。

 「お兄ちゃんがいつもしてくれるように」、そう心がけながら、舌で唇を舐め、吸い、口の中へ入った。

 こうしてみると、自分の舌の短いことに気付かされる。ちっとも思うように動かないことがもどかしく感じられる。同じ人間の口、もちろんパーツのサイズに差違はあろうけれど、お兄ちゃんはどれだけ僕のことを愛してくれているんだろう、幸せに気が遠くなり、申し訳なくもなり。

「な、ビビ」

 調剤に料理にと手先の器用なところを随所に発揮するブランクであり、今のビビの髪を切り整えるのも彼の仕事である。適度な軽さで、水に濡れれば愛らしい細かな角を立てる銀の髪の中へ、ビビがしてくれたように手を入れる。さくり、と砂糖の音がする。

「もっとしてよ。俺のこと、もっと気持ち良くして?」

「……気持ち、良く……?」

 きょとんと聞き返したその無垢なる表情が、ブランクの心をくすぐり躍らせる。両手で頬を包んで、掌に当たる瑞々しさを満喫しつつも、どういう風に幸せになろう? 考えている。

「俺がいっつもビビにしてあげてるみたいにさ」

 ブランクに、ネコになる趣味はない。ジタンとビビが可愛いと思っていればいい、ただそれだけで、楽をしている自覚もあるが、あまり賢くはないがそれなりに愛嬌と格好よさを備えたジタンと、天地が引っくり返って元に戻る際に地表に残された綺羅星のしか思えぬ愛らしさを持つビビを、抱くというやり方で愛せることに何の不満もない。関係性を変えようという気もない。

「ダメかな」

 それでもこんな提案をするのは、単にビビが自分に愛撫をする際、どんな愛らしさを見せてくれるのかという点に興味があったからだ。

 ビビは困ったように眉を下げる。それでも、三秒経ってブランクが動かないと見るや、緊張した手付きでブランクのパジャマのボタンを、一つずつ外していく。顔を縫う派手なツギハギ模様は、その胸にも縦横に走り、初見の者には迫力を与える。浴場で会ったものなど、ツギハギの身体の上に鋭い目付きに片眉のブランクを見て、コソコソと道を譲る手合いもいるぐらいだ。

 ビビはちっとも怖くない。優しくて頭が良くて、いつも穏やかに、時に激しく、愛してくれる「お兄ちゃん」だからだ。ジタンを「ジタン」と呼ぶビビにとって、ブランクは世界でたった一人の「お兄ちゃん」であり、心の底から甘えることを許してくれる存在なのだ。

「上手に……、出来るか、自信ない……」

「うん、上手でなくってもいい。ビビがしてくれるってことが俺にとっちゃ重要だからさ」

 賢いからか、愚かだからか、もちろんビビは前者と捉えるが、ビビの理解能力を超えることを、ブランクとジタンは時に口にする。基本的に、自分の身体のどういったあたりに二人が興奮する要素があるのかを、この少年は判っていないのだ。裸になると嬉しがってくれる、それはそれで嬉しい、けれど、裸になるのは恥ずかしい、何故って、見せたくないと自分で思っている部分を見せることになるから。自分の見せたくない部分は、二人だって見たくないだろうと思うのだが、……なぜ?

 透明感ある白い肌を持つビビと比べ、ブランクの肌は二色とも濃い。褐色の部分も肌色の部分も同じ手触りで、境目にはずいぶんと乱暴な縫い目が走っている。小さい頃に大火傷をしたと、聞かされたことがある。

 ビビは今一度、キスをして、唇を頬へずらした。「自分はこうされている」、教科書などない分野だが、先生は二人、ブランクとジタン。どういう風にしてくれたかを、回顧し分析し、模倣するのが最適手段と考える。頬を舐めた舌は耳へ。ブランクのかすかな吐息が、小さなビビの耳に届く。耳朶を唇で挿み、音を立ててキスをし、軟骨の内側へ拙い舌先を差し入れると、ブランクの喉は音を生んだ。

 自分ならば、もう、恥ずかしさよりも快感が上回って、声を上げてしまうところ、ブランクは掠れた息混じりの声を、一つ上擦らせただけだ。しかしその音は「気持ちいいよ」と、一瞬止まったビビを安心させるために齎された言葉よりも、ずっとビビを興奮させた。

 ビビは少しのことを学ぶ。

「……お兄ちゃん」

 自分とは比べ物にならないほど逞しい胸板に頬を寄せ、

「好き」

 ジタンに、ブランクに、抱かれて、揺すられて、危うい視界で見上げる、その表情が好きだった。自分の身体の隅から隅までを見詰めて、恍惚を手繰り寄せるプロセス、快感と愛情が、他でもないこの身体から生じているのだと信じられる悦びを、頭の芯まで味わう。

 その一方で、二人が何を見、何を考え、在るのか、今一歩近づけた気がした。

「うん、好きだよ」

 ブランクは優しく微笑んでくれる。

 彼の左の乳首は肌色の上にあり、右の乳首は褐色の上にある。ミルクを纏った苺の色をしたビビの乳首とは色が違う。

男とは言え愛しい相手の乳首を前にビビは思う。黒魔道士は霧に生み出された。人間はお母さんのお腹から生まれてくる。どちらにしても、おっぱいをもらうときのことなんて覚えているわけもない。けれどジタンがお兄ちゃんが、僕のおっぱいを好きと言う、触りたい吸いたいと言う。して快かった思い出が、心のどこかに根を張るのだろうか?

されて嬉しい気持ちがある。何でだろう? 僕は男の子で赤ちゃんなんて出来なくて、おっぱいだってあげられないのに、それでも誰かに甘いものをあげたいと思うから?

単純に気持ちいいからというだけでは片付けられない気のする、答えなき行為の断片だ。ただ、すべきことと飲み込んで、幼い唇を、ブランクの乳首に当てた。ブランクが、ジタンが、いつも少年にするように、唇を当てて開き、舌で粒を捏ね回す。時折強く吸い、甘く噛み、少しでも快いように。

「ビビ……、なあ」

 ブランクが、甘く囁いた。

「……触って、俺の……」

「え……?」

 ブランクに手を導かれ、降りて行った先、パジャマのズボンの上に触れる。そこは、ほのかに熱を孕み、疑いようもなく固くなっていた。

 お兄ちゃん、勃ってる。

 当たり前のように齎された現象を前に、ビビは全身がかっと熱くなる。少年の幼い性はブランクへの愛撫でとうに刺激され切っていたが、同じように恋人が、自分でその場所を腫らしていることが、途方もない幸福であると、その瞬間、稲妻が走るように理解する。つまりこれが、男であることの幸せか。頬も熱い、耳も熱い、だが、自分の意味をビビは知る。ただ、やはりビビは「欲しい」、男かどうかは今ひとつ覚束ないことを考えずにはいられなかったが。

 パジャマのゴムに手をかけると、ブランクは助けるように腰を浮かせた。いつもしてもらっている通り、ズボンと下着を下ろすと、熱を帯びて在るブランクの性器に目を奪われる。「僕がこうしたんだ」、意識すれば、困惑するほど嬉しくなる。

「お兄ちゃん……、……僕」

「お前の思うように」

 銀の髪が指先で踊り、聡明な目許は淫らな赤に染まる。髪を上げ、額を開けば、一層幼さを増す相貌は、邪気のないように映るが故に危ういが、その内奥にはどんなに揺すり動かしても、倫理が矯めようとしても、生まれたときから根を張りその身体の隅々まで行き渡り、男の身体を欲しがる赤い血が音もなく流れる。欲に応じて、細い首筋からは甘く花の香りが漂う。ブランクやジタンの、欲の矛先を小さな身体へ誘い寄せる。

 硬く勃ち上がったブランクの性器は、ビビが小さな手をそっと添えると、待ち侘びていたかのように一つ、ひくりと震えた。

「……ビビが、そうやってなあ。俺やアイツのちんちんをさ、そりゃあ大事そうに触ってくれんの見てると……、マジでやばい」

 パジャマ一枚、脱がないまま、小さな手でブランクの性器を握って、深層を知っているはずのブランクの眼にすら、無垢に映る双眸をぱちりと瞬く。

「やばい……?」

「うん、マジでやばい。お前みたいな可愛いお利口さんが、こんなえろいことしてくれてんだもん。感じんなって方が無理だよ」

 ビビは、男性器を握った自分の右手を見た。

 自分とまるで違う。本当に自分に付いているのは同じ物なのかと訝る。自分の性器を、恋人たちは指でそっと摘んで扱うのに、今少年の掌に与えられるのはしっかりとした握り応え。

「大事なものだよ?」

 銀色の眼は、この行為の価値を最大限に高める真剣さを帯びていた。

「僕の……、大事なものだよ? えっと……、もちろん、お兄ちゃんの大事なものだけど……、でも、僕にとっても、大事なものだよ」

 ブランクは微笑んだ。その微笑みは、どことなく無邪気で、どこまでも優しく、ビビの胸の奥を甘酸っぱい柑橘系の果汁で満たす。同じようにこの人を幸せにしてあげることが、僕の今、ここに在ることの意味だ。

 躊躇いなく、キスをした。

「……最高に幸せだよ」

 ブランクの言葉が、耳に優しく快い。

 拙かった口淫、舌唇の使い方、本人の努力次第でいくらでも巧みなものとなる。少年は「上手くなりたい」と思った。「お兄ちゃんたちを喜ばせたい」と思った。

 赤い舌が、ブランクの性器を昇ったり降りたり、添えた指は、繊細に動かして茎を撫ぜる。自分の性器ごしに見えるビビの顔、頬と目許の染まった色以外は、一生懸命なその目つき、どこがどう卑猥に見える?アイスキャンディを舐めるより、ずっと丁寧に。

 綺麗だなあ。しみじみ思いながら、綺麗さに包んだ、あまりにもの快感が、弾けそうになる。

「……ん……、お兄ちゃん……」

 しゅくしゅくと、握って動かしながら、自分の表情を伺う眼がどこか不安げで、またどこまでも真面目で、本当にこのままいっちまっていいのかなと迷う。思う時も在る、こんな小さな子供に、と。しかし、肉体の大きさと経た時間と心に重ねた経験の襞は一元的に律せるようなものでもないと思っている。小さな身体の君にキス、重ねた唇で喜びが溢れ、お互いの顔を濡らしたなら、気にすることがナンセンスなケース。

「ちゃんと……、気持ち……いい?」

 本当に気遣っての言葉だったから、また「やばい」、生々しい言葉が喉まで出かかって、それを飲み込み、こくんと頷いた。

「……もう、出そうだ。……出さして」

「……うん」

 黒魔道士の姿をしていた頃は、目深に被っていた帽子のせいで表情はあまり伺えず、だから多くのものはビビの素顔をよく知らない。ただ、意思表示に乏しい、喋るのが得意ではない、気が弱い、そういった要素から、元の顔の形以上に暗い印象を与えていたことは否めない。

日々、ジタンと共に一番ビビの顔を見ているブランクだから、そんな巷説には惑わない。ビビは、可愛い。とにかく、可愛い。世界に向けてブランクは発する。

そんな顔で、ぱくん、咥え込まれて、愛情持って舐められたなら、早漏のジタンでなくとも、息が乱れる。熱を帯びたブランクの鼓動を口の中で感じる、「お兄ちゃん、いくんだ……」。舌を、更に絡めて、吸い上げて。

とん、と甘く、優しく、上顎を叩かれた。ふわり広がる青い苦さ、いつからか苦しみではなくなった。自分の作り出した熱が育ち、弾ける。経過を結果を検討すれば嬉しさばかりが胸を打つ。

 大人の味のミルクを飲み込んで、上げた顔を、ブランクがじっと見ていた。赤黒く濡れた肉茎の横にあるのは、どうしても無垢な少年の顔で、快感を得てしまった後になって「悪いことしたなあ」、そんな罪悪感が齎される。

「……気持ちよく、なれた?」

 ビビは、ただそれだけを気にする。ブランクがうんと頷いたから、安堵し、「……よかった」、その笑顔に胸は熱く、切なく。

「大好きだよ」

 ぺたんと座り直して、言った。それから、ブランクの表情を伺うように、おずおずと、

「……あの……、してる最中、だけど……」

 上目遣いで、僅かに口篭もる。

「……僕……、おしっこ、行って来てもいい……?」

 何だか、にわかに心が和んだ。身体からのシリアスな訴えに応じての言葉だが、口に出すとやはり恥ずかしく、ブランクが笑顔になると、頬がこれまでで一番、赤くなった。

「じゃあ……、一緒に行こうか」

「え……?」

「させてやるよ、俺が」

 行こうぜ、と立ち上がり、ズボンを上げて、軽々抱き上げる。ビビの身体は人懐っこい猫よりも上手にブランクの腕に収まる。

「暗くて寒い夜でも」

 足取りは軽やかで、声は明るく。

「一緒なら怖いことなんかないだろ」

 十歳になった。本当なら、こんなことを怖いなんて、思ったりしてはいけない。思っているつもりも、ない。しかしふとした瞬間に暗闇は本当に恐ろしい顔を見せ、心を飲み込まれるような気にすらなる。もちろん、一人でトイレに行く事だって出来る。だがその足取りが緊張を孕み、ぱたぱたとスリッパの足を走らせて帰ってくることを、ブランクはよく知っていた。こうしてやることに、何の問題も伴わないと思っていた。

 だが、トイレのドアを開けて、一緒に入ってしまうことには、さすがに問題が伴うとも思う。

「えっと……、あの、お兄ちゃん……?」

 便器の前で、すとんと下ろされる。

「我慢してたのに、俺の先にしてくれて、ありがとな。やっぱりビビはいい子だ」

 頭を撫ぜられて、何を聞くべきだったのか、見失う。ただブランクはビビの後ろに膝を付き、便座の蓋を上げて、

「お、おにい、ちゃん……」

 パジャマのズボンのウエストに指を入れて、するりと太股まで下ろす。躊躇いなく、流れるように成されたブランクの動きに、ビビはその行為のおかしさを、指摘する余裕もなく、ただ呆気に取られるばかりだ。

「俺のフェラしててくれた割に、勃ってないんだなあ。……でも集中力切れればそんなもんか」

 全部脱ぎ捨てて快感を得るために、尿意は邪魔なものでしかない。ベッドの上で放尿だとか、互いの尿を引っ掛け合うとか、深いところまで愛し合っていても、一先ず明日どこで寝るか検討せずには、そんな派手なやり方を択ぶにはまだ至れない。

 柔かく垂下るビビの性器を、その肩越しに見下ろす。平時には、自分の指ですら、傷つけてしまうのではないかと思う程、幼いばかりの輪郭で、性器というよりは泌尿器だ。そして、限定的にそういう使われ方をするべき場所にしか見えない。しかし、この肉体に宿る心は、淫らさに自ら身を躍らせたいと願うのだから、きっとまだ、自分は、間違っていない。

「出ないよぉ……」

 ビビは困惑しきって、甘えた声を上げた。膀胱の辺りは排尿を求める刺激でちりちりと疼くが、とうの蛇口と水道管が、ブランクの指が其処にあるという一点において、上手く開けないのだ。

 この人たちは、ときどきとんでもなく、変なことをする。

 判っていて、それでも幸せで、一緒にいるつもり、でも、解るかと問われれば、解らない。

 そう例えば、ジタンはビビの穿いたパンツを洗濯せずに後生大事に引き出しにしまっていて、それを大掃除の際にビビは見つけてしまって、烈しい混乱の中に陥った。「こんなの……、何に使うの……?」、ジタンは悪びれもせず、「使い道なら十通り以上ある」と言い切った。ブランクは馬鹿にしていたが、共感したようなことも言っていた。ビビ自身が汚いと思うものですら、ビビの要素であるというただそれだけの理由で、ブランクとジタンには愛情要素となりうる。ブランクの放った精液を躊躇なく飲み込んだビビにも、同様の心のベクトルを持ってはいたが。

「大丈夫。俺の指だと思わなきゃいいんだ。いつもしてるみたいに、さ」

「うう……、いつもって……」

「おしっこしたかったんだろ? あんまり我慢すると身体に良くないんだぜ。な、見せてよ」

 ビビの小さな耳に差し入れるように、ブランクは促がす。

「……ジタンみたいなこと言わないでよお……」

 泣きそうな声で言われて、さすがに可哀想かと気の咎める部分もある。

 しかし、すぐにジタンには見せているのだろうと、思い至る。

「いっつも言われて、でもしちゃうんだろ? なあ、たまには俺に見せてくれたってさ。……ちょっと縮こまってるな、そんな緊張すんな」

 手の肌の色だって、ジタンと違う。自分の言ったことの難しさを解っていながら、ブランクはずいぶん、変態的と自覚しつつも「見たい」と鳴く腹の底の欲に拘った。ビビの放尿を見るのは初めてではない、失禁を見たというジタンのことを羨ましいとは思うが、それ以上のものをビビから何度も貰っている気も在る。だが、この瞬間にふと、生まれてしまった欲を、どうにか出来るほど人間は強くもない。

「それとも、こうやって摘まれるのが恥ずかしいか。なあ?」

「ふえ?」

 くるり、百八十度その身を回して、ぱたんと便座を下げたら、ひょいと抱き上げて座らせる。ビビの身体の小ささゆえに、こういった一連の動きはごくスムーズに行なわれ、ビビは成す術もない。気付いたときには、膝の高さからブランクが微笑んで見上げていた。

「……お、お兄ちゃん……」

「これなら俺ノータッチ、な?」

 この人たちは、ときどきとんでもなく、おかしなことをする。

 だが、そんなときに与えられる微笑が、どうしてか、ビビの眼に「カッコいい」と映る。誇りを始めとする余計なものをかなぐり捨てて、平然と裸を晒すような種類の笑顔が、誰の目にも醜かろうはずもなく、ブランクはただ無意識に浮かべる顔の形に過ぎなくとも、ある種の効力は発揮する。ビビは耳まで真っ赤になって、困惑しきって、……恐らく、泣いて喚けば出て行ってくれるだろう、「嫌い」と言えばすぐに聞いてくれるだろう、判っていて、それを択ぶことの出来ない自分を、とんでもなく奇妙だとも思えない。

 聡明かどうかの自覚はなくても、判らないことを前にすると、元々あまりない自信が更に揺らいで、目が潤む。どうしてお兄ちゃんがこんなことをするのか、判らない。説明して貰っても、よく、飲み込めない。大好きな人の願い、出来る限り全て叶えたいと、いつでも思っているけれど。

 しかし、困惑したふり、判らないふり、全てを既に、判っている。

だから、心を緩めた。

「……っん……」

 ぽたり、ぽたり、ぽたり。

やべえ、すっげえ、可愛い、……でも口付けて飲んだら泣いちゃうだろうな、おぞましいと自覚はありつつも愛するが故と定義する衝動を何とかやり過ごし、ビビがぎゅうっと眼を閉じ、同じ力でパジャマを握りしめるのを心底愛しく思いながら、静かな水音と共に零れる滴を見詰める。なお躊躇い、戸惑いを帯びるような、勢いの乏しい清流だったが、やがてその心の素直さに従うように、ごく薄い肌の色と同じ、耳朶のように軟らかな包皮の先から、確かな一条の筋となって溢れ出した。仄かに捩れた細い、檸檬色の液体はビビに解放の安心感と取り返しのつかない羞恥心を味わわせ、ブランクの眼にはこの上なく愛らしく映る。何か卑猥な言葉で可愛がってやろう、そう思うのだが、ぽかんと馬鹿のように開いた口は閉じられず、目の前の、考えてみれば自分自身でも見たことのあるような景色に、ただ見とれていた。鼻に届く例えようのない匂いすら、自分のならば息を止める、ビビのならば、花よりも。

 我慢していたのだろう、本人の意思とは裏腹に、流れが途絶えるまでには少しの時間を要した。勢いが失われ、最後の一滴が搾り出されたのを見て、ブランクは「ありがと」、優しい声で言い、その割にはあまり優しさを感じさせぬ動きをした。

「う、や、え、な、な、なに?」

 まだ濡れた性器を、人差し指で下から掬い取り、摘んで揉んだ。

「ビビ、最高」

 そして、顔を寄せて、ぱくんと咥え込む。

「だ、ダメっ、汚いよぉ」

 汚いもんか、何がどうして汚いもんか。お前のちんちんお前のおしっこ、俺やジタンに限らなくとも、汚いはずがあるもんか。

 ブランクは信じきって、舌を動かす。鼻腔へ、外から内から届くビビの匂いに、腹が満ちる。吸うに応じて柔かく伸縮し形を変える幼い性器は、やがて抗うように熱と硬さを帯び、ブランクの上顎を突いた。

「……は……っ、ん……」

 息には、甘い声が混じり始める。

「おに……ちゃん、っ、ダメだよぉ……、きたないし、くさいし……っ」

 身体を捩り、水洗のコックを、やっとのことで捻った。飛沫を上げて、ブランクの顎の下ビビの尻の下、水が流れていく。ブランクは顔を上げて、ビビの細い下腹部に一つ、跡を記して、

「勿体無い、いい匂いだったのに流れちゃった」

 平気な顔して、世界から逸れる。握った手を離したくないビビは、しっかりとついていく。

「……いじわる……」

 ぼそ、と小さな声で言ったのは、せめてもの抗い。ぴんと勃たせた性器が、全ての言い訳よりも雄弁だった。ブランクは左手でその頬を下から撫ぜ、耳を擽って、

「ここで続きする?」

 首を横に振られるのを待ってから、立ち上がり、抱き上げて、

「部屋の方がいいよな、温かいベッドで、いっぱい続きしような」

 小さな身体を司る指令の色を、把握しきることなど出来ないけれど、ビビが嫌がってはいないことだけは判る。トイレにパンツとズボンを置きっぱなしにして、白いお尻を丸出しにしたままベッドまで軽い足取りで戻り、一口でぱくん、また咥え込んだ。

「ふやう……!」

 人差し指をその顔の傍へ掲げる。ジタンを幼い頃より満足させてきたフェラだから巧みで、ビビは呆気なく理性を手放しかけて、それでもその指の理由をちゃんと飲み込んで、舌を這わせ、たっぷりと濡らす。いい子、と一度口を止めてちゃんと伝えてから、無垢な肛門の開拓を始めた。

「……ひゃ、あっ……っ、んっ……!」

 ブランクが初めてビビを抱いたのは、既にジタンがビビを習慣的に抱くようになってからずいぶん時間が経た後で、更にそれから短からぬときを経て今、拓こうとして、決して緩んでいないことに感心する。まだ幼い体ゆえに、瑞々しく引き締まり、ブランクの指を噛む。それでも平均よりは大きいはずのブランクの性器をしっかり飲み込み、窮屈な思いばかりではなく感じさせる辺りには、少年の身体に宿る淫性を垣間見ることが出来よう。

「あっ……、あ! ……あ!」

 口の中で精一杯背伸びしていた性器が、腰と共に震え、

「ふあ……!」

 本当に精液かと訝りたくなるような、甘さの液体をブランクの舌へと零した。厳密に言えば、やはり青い香りと苦い

味でしかないものが、付加価値によって如何様にも味を変えることを、ブランクはよく知っていたから、ビビがしてくれたように、出来るならそれ以上に、心をこめて、しかし躊躇いもなく、飲み込んだ。その間、差し入れた指はぎゅう、ぎゅう、ぎゅう、ぎゅう、何度も何度も、きつく握り締められる。ああ、こん中入んだよ、絶対……、知ってるけど絶対、気持ちいいって……! 子供のように心臓がどくどく足をもつれさせ、鼻息だって荒くなる。

「……ん、……あ! んっ、やぁ! あっ、やっ」

 解れかけたタイミングを狙って、中で指を動かした。「ちょびっとだけ我慢……、な」、優しく語りかけながら、紛らわせるために滑らかな細い茎を丁寧に舐めて、ふわふわのマシュマロのような手触りの袋のところどころを吸った。中に入った二つだけの宝珠は、身体のサイズの比からすれば当然とは思えど、心細い小ささで、よくぞ自分とジタンの欲に付き合ってくれていると、ありがたくて拝みたいような気になる。思いを込めて、何度も舐めた。

 射精したばかりではあるが、内側の性感帯を弄られれば、休まる暇などない。それに加えてブランクの舌が絡むのだから、ビビはとびきり淫らな声のまま、また新しい炎を焚き始める。ブランクは片手でパジャマのボタンを全て外してビビの胸を開き、差し込む指を増やした。

平たい胸に、まさしくうすピンクと形容するほかないような乳首が心臓を対象軸に実って、吸えば甘いこと、吸わなくても判る、でも吸った。改めて性器を見れば、先端に余韻とも腺液ともつかぬ粘液が滴となって浮かんで光っている。指を握る力の篭るたび、震え、光は尾を引く。指で摘んで、皮をそっと剥き下ろした。まだ剥け切らないことを歓迎するような人種であるジタンとブランクだが、仮令剥けたってこの子が好きと言える自信は今から身体に満ち満ちている。ただ今は、あまりに危険な色の、粘膜に覆われた亀頭に、ふっと息を吹きかけ、ビビが泣き声を上げるのを愉しんでいる。茎の肌を、皮の縁を、舐められるだけで涙を零すほど感じるのだから、生甘い色の其処をじかに舐めれば、ビビの理性は葉っぱのように揺さぶられる。内から外から、性欲を刺激されて、羞恥心の衣を脱ぎ捨てた。

「もう、がまん、ムリだよぉ……」

 泣き声、しかし、甘く、甘えきって。

「我慢してたの? ……しなくていいよ、欲しいならそのまま言ってご覧」

 ひくひくと震えて、唇はへの字に曲げて、泣いている顔は泣き顔、でも、何故泣くのと問われても、恐らくこの子は答えられまい。

「……お兄ちゃんの……っ、お尻に、っ、ほ、しぃっ……、お尻の、穴のっ、中ぁ……っ、ん、っ、してほしいよぉ」

 そう言われたときに、最上級の笑顔が出る。

「そっか、……俺のこれが欲しい?」

 指を抜いて、改めて、晒した性器は、危険な熱を帯び、ビビの身体には明らかに大きすぎる。

 しかし、ビビはこっくりと頷いて、誘われるように起き上がり、ブランクの性器に触れる。ブランクが何も言わぬ前に、それを舐め始めた。銀色の眼は貪欲さを帯び、その舌から伝う唾液そのものが快感を増幅する媚薬であるかのように錯覚する。茎から傘へ、小さなキスを幾つも落とし、傘の裏へ舌を這わせたと思えば、両手で包み込んで、ブランクの先端にも浮かんだ滴を、唇で吸い取り、一杯に頬張って、頭を動かす。卑猥と思いつつも、健気さも伴うビビのフェラチオに、ブランクもまた、理性を失いかける。

「……いい子」

 ぎりぎりのところで止めて、深呼吸を一つ。

「入れて欲しかったんだろ?」

 普段はあまり欲を発揮しない子だ。だから、たまに素直に言ったなら、全部叶えてあげたいというのが、大人二人の共通意見だった。横たえて、自分は今からこの身体に入る、愛を抱いて、誇りを捨てて、丸裸になって入る、幸福を言い聞かせて。

「あ……、あ! っあ! ……んん! はぁ……あ……、あ……」

 開かれゆく喜びにビビが喉を反らせ、震えるのを見下ろしながら、入る。接合部分、一杯に広げられたビビの後孔と自分の性器が、まるで違う色で、それでも一つになっていくのを見て、それを美しい以外の言葉で表現出来ないか、考えている。そしてビビに言ってやろう。

 だがそんなアイディアも、ビビの身体が自分で埋まり、頬に額にキスをしたら、ぎゅっと首に腕が絡んだ、その瞬間に飛んで消えた。

「ビビ……」

 言葉が出てこない。ただ、腰は動いた。両手両足でしがみ付いたビビは、ブランクの腰の動きを背中で支える。かなぐり捨てたはずの理性がふと芽を出し、「こんな烈しくしたら」、腰のスピードを緩めかけると、焦ったように、

「やめちゃやだぁ、もっとぉ……」

 涙声で強請るから、また捨てる。

「なか、出して、くんなきゃやだよぉ……!」

 苦笑も嘲笑もせず、ただ、愛しいとだけ、微笑んで。

 頭の芯からじわじわ白くなっていくような快感に駆られ、雄の本能も忘れて、射精の後しばらく動かず、ビビの中から抜くこともせず、ブランクはビビを抱いていた。

 

 

 

 

 ジタンが帰ってきたのは日付が変わった頃だった。やはりドラゴンは居た。もはや無駄な殺生は好まぬような気分で日々を過ごしているから、適当に脅かして追い払った。どうせあいつらやっちゃってんだろうなあと思って部屋を覗いたら、案の定、三人で寝るためのベッドの真ん中で、二人は裸の身をくっつけあって、灯りもつけたまますやすや寝ていた。シーツのくしゃくしゃ具合から察するに、人のいないのも忘れてずいぶんお楽しみになったご様子。ちえ、と呟いて、汗を流すためにシャワーを浴び、歯を磨いて、鏡を見ながら「もうちょっとカッコよかったらブランクに負けないのに」などと下らぬことを考える。多少の空腹も在ったが、寝る前に食うと太るとブランクが言っていたのを思い出したから自重、トイレに行って寝るだけにする。

 そのトイレに、ビビのパジャマのパンツとズボンが落ちている。

 決して頭のいい人間ではないジタンだが、その瞬間ばかりはかなりリアルに、何故ここにこんなものが落ちているのかを描くことが出来た。落ちていたズボンとパンツの向きと、降りたままの便座から、ブランク、どういったことをビビにしたのかは、探偵でなくとも判ろうというもの。

 ……あの野郎。

 ビビの失禁を目撃したのは自分だけだと散々自慢しておきながら、狭き心の持ち主は、早速新たな嫉妬の炎を燃やし、一先ずパンツはポケットに入れて、何しに来たんだっけ、そうだしょんべんしにきたんだ、用件だけは済ませて、部屋に戻った。

 ビビの足元からそうっと忍んで、タオルケットの中に潜り込む。

「……ビビたん」

 そっと囁いて、柔かく、宿主と同じく睡眠中の性器を摘んだ。

「ん、……んー」

 眉間に皺が一つ寄って、眠そうに眼が開かれる。ジタンの顔を見ると、もやっとした声で、

「……おかえり……」

 と呟き、ジタンのキスを黙って受ける。

「ビビ、ブランクにおしっこ飲ませた?」

「……えー……? のませてない……よぉ」

 妙な時間に起こされて、ビビといえども機嫌はあまりよくない。その上でそんな質問をされれば、平時であろうがビビであろうが、機嫌は損ねる。だからジタンは手早く、「そっか」と灯りを消して、

「飲ましてよ」

 下半身に忍び込んで、幼根に口を近づけた。

「んー……」

 鬱陶しげに、ビビが寝返りを打つ。見事その膝を顎の下に受けて、ジタンは声も無く悶絶する。

「そんなに飲みてえんなら……」

 ブランクがむっくりと起き上がり苦しむ金髪の頭を掴んで、寝起きの不機嫌なテンションそのままで、

「飲ましてやらあ……」

 無慈悲に男根をその口に、突きつけて。


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