お前の困惑の理由が全て俺たち三人ならばいいと思う。

 器用なものだとは思う。

 しかし、不器用であるよりはずっといい。

 ジタンと288号はもう一つの寝室で窮屈に寝ているはずだ。ジタンもそう無節操な男ではない――自分というものがありながらビビを抱き、更にそのビビを絡めて自分と三人、そこに288号まで加えて四人でセックスをすることに何の抵抗もないことを無節操と呼ばなければ――から、大人しく寝ているだろうか。いや、夕べ288号にビビに関しての質問攻めを食らったから、あいつも案外同じ目に遭っているかもしれない。とは言え、今夜の俺には関係のないことだと、ブランクは膝の上にまだ湯温の名残に包まれたビビを載せ、後ろから抱き締めて、早くも満ち足りた気になっている。ビビのバランス感覚は本当に大したもので、それは卑怯でも狡猾でも何でもなく、ただこの子の優しさによるものだと三人がかりで社会に主張する。夜の底の温度は少しく上がったけれど、まだその身の冷えることに怯えないではいられないブランクだから、着せたばかりのパジャマを脱がせないまま、抱き締めて夜の入口を歩いている。

 この家にはベッドが二つとソファが一つ、ベッドの片方はセミダブルであり、今宵ブランクがビビを抱くのはそちら、要するにそれだけのスペースが必要だからだ。元々ソファで寝かせていた288号をジタンがベッドに入れてやるのは、遠慮がちな彼に、ちゃんとこの家に居場所を与えてやりたいから。あの男、すっかり家族の趣だ、……しかしビビが喜ぶなら、同じように喜べるブランクである。全く同じプロセスを経て、今この時間にこうやって、元々は自分のものではなかったはずの少年を、恋人として膝に乗せているのだから文句など浮かぶはずも無い。

 独り占め。

 この夜の時間は掛け替え無い。舌から鼻へ抜け、両眼を潤ませて心の芯を痺れさす、ビビという少年を、愛と欲に任せて抱く夜には、男の感じ得る最上級の幸福が詰まっている。ジタンならば遠慮なく「大好き大好き」と飾ることも忘れて言い募り、もうキスの一つや二つしているはずだ。夕べもジタンは狂おしい愛情に理性を委ねてビビを愛しきったはずで、……膝の上の軽すぎる体重を思う。風呂上り、密やかにあくびをしたのを、ブランクはちゃんと見て居た。

「……疲れてる?」

 だって、恋人だから。いつだってベストコンディションで居て欲しいと考えるのは自然だ。まだほんの十歳児、世界最強の黒魔道士だけど、でもまだほんの、十歳児。そこらの同い年と較べたって、背の小さいことでまず目立つような。

 ビビは何を言われたのか理解して、首を振る。

「元気だよ」

 賢く優しい子、していることの質を問えば意義も揺らぐが、そういうときのビビは凛々しく、大層男らしい。

「でも、夕べだってジタンとしたんだろ? あいつ、288号来てから独り占め出来ねえって零してた。だから夕べみたいなときはきっと……」

 ううん、とビビはまた、首を振る。

「夕べは、すぐ寝たよ。昨日は昼間四人でしたでしょう? でもって、ジタン、明日は僕お兄ちゃんとこで寝るから、お兄ちゃんに任せるんだって言ってた」

 ほんの少しだけ、頬が染まっている。回顧する昨日と、予定として組んでいたこの時間、ブランクは掌に意味を渡されて、その重さに暫し呆然とする。

「……お兄ちゃんは、遠慮するから、って。……ジタンが居るところに来たからって、……288号は新しく来たからまだ時間が少ないからって、すぐ自分のこと二番目とか三番目にしちゃうから、……だから、あのね」

 ビビは自分のパジャマの裾を掴む。ブランクがコンデヤ・パタへ買い物に行った際に、買って来た新しい紅いパジャマだった。

「今夜は、……お兄ちゃんと一杯するといい、って、ジタン、言ってた」

 その裾を、掴む、弄る。細い指も、そもそもその指を動かす力すらも、今夜はブランクの物だった。

「……明日のお買い物は、288号が行くって」

 少し、ビビが俯いた。それから意を決したように膝から降りて、ブランクの胸にしっかりとしがみ付く、「だから、……ちょっとくらい、寝坊しても、いいんだって、ジタン、言ってた」。

 言葉の端々に覗く言い訳も、ジタンが許せば事実以上の何物でもない。こみ上げる溜め息が気道に痒かった。

 間借り人の自覚が無いわけではない。ビビと短からぬ時を、少なからぬ夜を、重ねて至る今も尚、演出者としての自己定義を忘れたことはない。側に居られるだけで幸せとまでは言わないが。

「俺が何の遠慮もなしに抱いたりしたら」

 時折ブランクがはさみを入れる銀髪、少し伸びて、固有の癖で毛先はくるりと巻く。

「ビビ、壊れちゃうよ。ちょっと控え目なくらいが丁度いいんだ」

「僕、壊れたりなんかしないよ」

 胸の中でビビが言う。息の温度は、生命力を感じさせた。共に過ごした時間、これから過ごす時間、一分だって無駄には出来ない、息の一つだって逃せない。躊躇いで重ねる数秒がブランクに浪費という言葉を思い知らせる。

「お兄ちゃんがいっぱい、いっぱい、幸せになってくれたらいいなって僕、思うから」

 そんな言葉が鼻の奥でぷちんと弾ける。衝動が指先まで至る前に、緩やかな力で抱き締める、……石鹸に包まれた優しい優しい、……美味しそうな……、匂い、咽喉を擦って息が溢れて、ブランクの頬肉はどうしても持ち上がる、どうしても、甘ったるくなる。

 ビビの右手がブランクの頬に、耳に、触れた。

「好き」

 ビビが笑う、「お兄ちゃん好き、好き」。

 指先がぴくんと震えた。

「……いっぱい、いじめちゃうよ?」

 ゆっくりと横たえて、誰の眼にもこれから始まる危うい行為への欲に滾っていることなど判りはしない。ただビビはにこと笑って頷く。

「いっぱい、悪戯しちゃうよ? ……平気?」

「平気。だってお兄ちゃん優しいもん、いっぱいいっぱいしていいよ」

 パジャマのボタン一つも外さないで言うビビは、この瞬間に於いてもまだ、世界で一番純真無垢な少年であるように見える。このままこの子を抱いて何処までも、しかし抱いた瞬間から頭から真ッ逆様。

 天使にしか見えない柔かい頬にキスをして、「ビビは感じすぎるとおもらししちゃうからなあ」、その唇の触れたところを紅く染めてブランクは言う。

「も、もうおもらしなんかしないもん……」

「したっていいんだよ、俺は別に。ビビの可愛いとこ見るの好きだからさ」

「可愛くないもん……、おもらしなんて……」

元々肌の色が雪のように透き通って白いものだから、本人の意思とは裏腹に、真っ赤に茹で上がった顔は何処を舐めたって苺の味がするように、ブランクには思えた。

くすりとブランクは笑う。この子に向かう愛情を、どう足掻いてももう、止めることは出来ない。立ち上がろうかどうしようか迷ったのは、それでも温かな血の通う人間だから、結局立ち上がったのは、この子を愛する為だけの悪魔になれる自分を是認するから。

いつものようにブランクは途方も無いことを考える。俺はこの子が好きだ、大好きだ、この子のことが好きで病気になるのは怖くないし、この子に殺されるのだってきっと平気。そんなことを思った自分を知れば、益々自分を愛してしまうような子が、狂おしいくらいに好きだ。このベッドの上、罰を受ける覚悟は、この子の舌に甘い蜜を齎した後ならばさほどの恐怖心も無いまま腹の底に決めてしまえる。

 引き出しからごく小さな小瓶を取り出して、戻ってきて、改めてビビと視線の高さを合わせる。「これ、何だか判る?」と訊くより前に、顔が近いからという理由でキスをした。

「……わかんない、なあに?」

 鼈甲色の瓶はビビの人差し指ほどの深さ、中には透明な液体が半分ほど入っており、ビビが瓶を揺らすとそれはほとんど粘り気も濁りもないようで、さらりとした泡を弾けさせる。コルクの栓で封じられた瓶にはラベルもなく、中に入っているものは単なる水のようにも見える。だがブランクが薬種取り扱い心得を持って居ることをビビは忘れたわけではない。風邪をひいたときのみならず、ベッドの上においてもその技術は時折発揮され、夜の色を重ね塗って濃くしてみせる。

 何の不安も無いわけではない。この恋人が決して自分を決定的に困惑させるような真似をしないと判っていても、例えば先日はブランクに指摘されたように、感じすぎて失禁をしたし、その夜自分がどんな具合だったか、ジタンに穿り返されては真っ赤になって目に涙を浮かべた。

 それでも。

「ビビのことを、最高に幸せにする薬」

 傷だらけの顔に微笑まれると、心がふわりと温かく、根からふわつく気になる。ブランクの顔や体に縦横走る乱暴な縫い目の跡、恐ろしい物を見たように目を反らす人の居ることを、ビビは悲しく思う。ブランクはビビの知っている限り誰よりも優しい顔をした人だ。今はヘッドギアを外しているせいで、意外と癖のない紅い髪が目元までかかって隠しているが、本当はその鳶色の目、とても綺麗で、優しい光を放つことを知っている数少ない人間の一人であることを、ビビは誇らしく感じているのだ。

 ブランクはコルクの栓を外す。「舌出して」、言われて反射的に「苦くない?」、問うた。

「俺の薬が苦かったためしがあるかい?」

「……初めてのときの、あの毒消しは苦かった……」

「そうだっけか。でもそれ以外は?」

「……苦くない」

 ブランクは小指の先に一滴垂らし、それをビビの舌に載せて。

耳元で、「……」、囁いた。

「……ん?」

 何の味もしない、と思った瞬間のことだったので、ビビは訊き返したが、ブランクは微笑んでいるばかりだ。

「飲んだ?」

「……ん。ねえ、これ……、何のお薬?」

「魔法使いの薬。……これはね、ビビ、……ビビの身体を俺が、思い通りにしてしまうお薬」

 くすりと笑うと、ブランクはビビの柔らかな髪を二度三度と撫ぜた。ビビは目を丸くして、ブランクを見上げる。

「そう……、例えば、ビビ、お前の頬っぺたの色」

 今は落ち着いて白く透き通り、繊細な肌目を観察するのに好都合。

「俺が耳元で囁けば、その瞬間に紅くなる」

「え……?」

 ブランクは首を屈め、「……」、ごく小さな声で、囁く。ぴく、とビビの身は震え、

「ほら、……もう紅くなってきた……、もう薬が効き始めたんだな」

 ビビは全く訳が判らず、自分の頬に触れた。ブランクがにこにこと嬉しそうに微笑みながら自分の顔を見て居るのが、急に恥ずかしく思え始めた。自分ではそんな意識すら抱いていなかったのに、気付けば頬がぼうっと熱く感じられるようになる。

純真無垢な子供にだけ通じるブランクの魔法は、かけた当人すらどの程度の効果を発揮するかを読むことは出来ない。ただ、小さな悪巧み――この子が今夜「元気」で、俺の幸せになることを望むと言ってくれるなら、俺は俺の倍はこの子を幸せにしてあげないと、正直生きてる意味も無い――

「最初に言ったのは、悪魔の呪文だ。これはね、俺が知り合いの魔女から教えてもらったの」

 本当に紅くなった耳先を指で撫ぜた。

「この魔法と薬があれば、俺はお前のことをたっぷり幸せにして、ちょっぴり恥ずかしがらせることが出来る。

伝説の大魔女、……神との契りを交わしながら悪魔に魂を売り、天罰を飼い馴らし、両方から求愛された挙句に一人の男を愛して命を落とした……、神堕としのイザベル=モーニングベルズ、死神イザベル、闇暁の鐘……、彼女の秘術と秘薬の技法は禁忌として全ての魔道書から除外されているという噂ぐらいは聞いたことがあるだろう?」

 ビビが、口を開けて数秒間を置いてから、慌ててこっくりと頷いた。

「……俺がタンタラスで、タンタラスに入って盗みをやるようになるよりもっと前のことだ。ダゲレオ、判るな、あそこで俺はたまたま悪魔の魔道書を盗み出した。高く売れるだろうと思ってさ、でもどんなこと書いてあるか気になるわけ。……つい出来心でさ、開けて、載ってた呪文を詠んじゃった。そしたら」

 ブランクは声のトーンを落として、「……永き眠りからわらわを揺り起こすのは誰かえ」、おどろおどろしい魔女の声を模してみせた。

「イザベル=モーニングベルズの魔法は凄いもんでさ、死してなお、魔道書の中に記された呪文の文字列に自分の存在を止め置いていたんだね。……ありゃあ魂消たなあ、だってこっちは何の用もないからさ、いいよ、早く帰ってよって言ったんだけどさ、……もういいばあさんなんだよ? なんだけど、すげえ迫力で、わらわを喚び出しし者にわらわの力を授けんとか何とか言ってさ、……それ以来俺は、お前たち黒魔道士とも違うし、召喚術とも違う、……けど魔女のお墨付きの魔法を使えるようになってしまったという訳」

 ぽかあんとビビがまた口を開けて数十秒。かたりを終えたブランクはビビを抱き締める。

「俺は平和主義者だから、この力をお前の幸せの為に使う。今夜お前が一杯いっぱい、気持ち良くなるために使う」

 腕の中から解放して、ビビをベッドの上に横たえる。ビビは思考が上手く組み立てられないように、落ち着かなく目線を泳がせるばかりだ。当たり前のように接し、ジタンといつも、……正直あまり知能指数の高いとは思えないようなやりとりを平気でしているブランク「お兄ちゃん」にそのような過去が在り、またその身の中に恐ろしい魔女の力を秘めているなどと、……一度だってそんなこと、想像したことがなかった少年である。

 しかし、とビビは思う。この人の薬は、確かにびっくりするぐらいによく効く。プリズンケージの毒に冒された時に飲まされた薬を筆頭に、例えばちょっとした風邪を引いたときも、ブランクの作った薬をいちどき飲めばあっという間に熱が引く、先々月にジタンが風邪をひき、「あんたの薬苦いから飲まねえ」と駄々を捏ねてこじらせ、辛そうな咳が何日も何日も続いたときにも、観念してブランクの調合した薬湯を飲んだら二日待つことなく快復した。……そしてビビにとってどうしても鮮烈なのは、あの「砂漠の光」の模造品の威力だ。

 ブランクの悠然とした微笑には、ビビの意識を吸引しその掌の上で転がすことで生じる余裕が漂う。

「俺が命令したら、お前の身体は俺の言ったとおりに動いてしまう」

 くるりと指を回す。その指は、身を強張らせるビビのパジャマの股間にそっと着地して跳ねた。ビビの頭は既に真っ白であり、思考は空転状態にあった。

「……ビビは、俺が指を弾くとおもらしをしてしまう」

 ビビの鼻先で、ブランクがぱちん、と指を弾いた。

 ぴくん、とビビの体が震えるのと、ほぼ同時だったろう。

「あっ……」

 二枚の布の内側から淡くせせらぎの音が溢れ出したのに遅れて、そのズボンの股下に見る見るうちに染みが黒い手を広げていく。意志をそのままブランクに奪われたように、ただ呆然と生温かい液が自分の下半身を濡らして行くのを、ただ呆然と見下ろしていた。

「おもらしはもうしないんじゃなかったっけ?」

 ブランクの優しげな微笑は、悪魔と神を袖にした魔女が宿ったかのように、いっそ凄まじいと言ってもいいほどのものだった。当の本人は、ただ指を弾いただけ、そして、内心はただ、可愛いなあ……、ただ小さく可愛いものを愛でる気持ち、ただそればかり。ビビは震える唇でぱくぱくと、「ちがっ、違うもん、これは……っ、違うんだもんっ」、事象に対して言い訳にもならない言い訳を並べる。

「でも、……じゃあ、これは? ……いい匂いだな? 温かい」

涙目が、……ああもう、ブランク自身サディスティックな処の在ることも認めざるを得ない愛欲の底を固める。

「そっか、じゃあおしっこじゃない何かってことにしておこうね。でもびしょ濡れのパンツは脱いでおこうな」

 くしゅくしゅと銀の髪を撫ぜ、たっぷりと水を吸ったビビのズボンを脱がせると、「みんなには内緒」、あくまでも微笑みは優しく、ビビの悲しみを吸い上げる。ぐっしょりと水溜りの出来た布団の上掛けとあわせてベッドから落とし、その肌すらほんのりと温かく感じられるようなビビを改めて膝に乗せる。

「すごいだろ……、俺は魔法使いなんだ」

 ブランクはビビの耳元で呟いてパジャマのボタンを下から順に外し、胸から腹へ掌で降りた先、濡れて竦み上がった性器に触れる、「今夜はこの魔法の力でお前のことを一杯いっぱい、気持ちよくしてあげるからね」。

「は、恥ずかしいのはやだよう」

「けど、お前は恥ずかしくっても気持ちよくなれちゃうだろ? 中途半端な状態で満足出来る? 適当で良いならいい加減にやって終わりにするけど」

 覗き込まなくても、その目の移ろいをブランクは全て掌の上に収める。

「……恥ずかしくても一杯気持ちよくなれた方がいいだろ?」

 黙って待つつもりの数秒も楽しさが伴う、きっかり四秒で、ビビが頷いた。

「ふあっ」

 仰向けに横たえ、小さな耳朶に唇を掠らせて、いっぱい、いっぱい、いっぱい、気持ちよくしてあげる、誠実に、誓いとともに、囁いた。

「ん、あっ……! ダメだよぉっ……」

 ビビはおとなしい子だけど其処は「膝小僧」、ビビは平均よりも痩せているけれど其処は「太腿」、舌先で上がり、早くも乾き始めた名称不相応の部位を丹念に、左から右へ、右から左へ、舐めて辿る。

「どうして?」

「だっ、てっ、……っ、おしっこだもんっ、おしっこっ、濡れてるからっ……」

 下肢から見上げる目線にビビは両目から涙を零す。

「おしっこ?」

 微笑の奥底に毒の在ることは否めない、少しだってビビの誇りを傷つけないで居られたかと問われて、真っ直ぐには頷けない。右往左往の末にそれでも確かに彼が頷くのは、自分の愛情に微塵の疑いも差し挟みはしないからだ。

「……お兄ちゃんもジタンも変だよ……っ、おしっこなんて、汚いのにっ」

「ビビの身体の何処を探したって汚いところなんて無いよ。自分の身体のことをそんな風に蔑んじゃダメ」

 即座にそう言葉を並べその重さで少年を圧倒し、足の付け根、陰嚢の陰に舌を突っ込んで舐め上げる。少年の言葉を止め、羞恥心を減らし、代わりに幸福で満たす為の。

舌先に鼻先に感じるのは紛れもなくビビの零した理性の味で、其れを以って「いい匂い」だの「美味しい」だのと言う自分は、確かに胸を張って世界に誇れるようなものでもなかろうが、少なくともビビの、この愛しい少年の恋人という立場に今宵君臨している自分であれば、これ以上真ッ当な在り方もないように思える。少なくとも、こうして自分の舌先で拭われることで幼茎を恥ずかしげもなくぴんと勃たせてしまうような子の恋人であるならば。

 ほぼ毎夜働く小さな精巣に感謝しながら、陰嚢を唇で吸った。一本の毛だってまだ生えては来ない場所を、何と呼ぼうか。どす黒い男の欲に対応する術を身につけながらも、ビビの姿態はあくまでも清らかで曇りがない。自分のその場所が日夜に恋人をどう弄くろうかそればかり考える原動機となっていることから考えれば、ビビにそんな思想の在るはずもないから、この中に在るものが生み出しビビに自分たちに幸福を与える薄い白蜜は甘くないはずもなかった。

 今日のおやつはこの子が288号と一緒に作った蜜柑のゼリーだった。

 其れを舌に載せたブランクはこの夜を思い、卑怯なことをしてでも幸せにしてあげるのだと誓った。そのときから働き続けているブランクの陰嚢の奥が、今更のようにまた疼く。彼の腹筋の内側を駆け、肺の下を擽り、咽喉から熱い息となって溢れた。

「んっ、にぃ、ちゃぁっ……」

 小さな手にパジャマの裾を握り、ビビが天井に向けてか細い声を放つ。

「もぉ……っ、そこばっかり、やだよお……」

「そこ?」

「……、そ、こ……」

「ここ?」

「っひゃ! ぁん! ん! たまたまぁ、ばっかりっ、しちゃやぁ……! おちんちんもっ、ひっ」

「ここもおちんちんと繋がってるんだからさ、……いっつもあんまりしてあげないから、公平にしないとな?」

 薄い皮の向こうにビビの魂を司る珠が二つ、……ほんとうに二つきり、収まっている。ビビが怪我をしないことをいつだって願っているけれど、とりわけ此処が痛いのは本当に辛い、しかしビビだってこんなに可愛いけれど男であることには変わりないわけで、あの腹の冷え吐き気を伴う痛みと無縁で生きていられるわけもないだろう。この夜との繋がりさえアヤフヤな痛みを思ってブランクは舐めながら、

「俺が指を一つ弾くと」

 右手をビビの鼻先に掲げ、「ビビは、このちっちゃくて可愛いタマタマだけでいっちゃう」。

 ぱちん。

 軽やかに乾いた音を弾けさせて、ビビの身が一つ、震えた。肝心な部分を除いて齎される快感に、細いがまろやかな丸みを帯びたビビの腹がひくっひくっと蠢く、「う、や……っ」、身に起きた異変に、ビビが焦ったような声を上げる。

「んあんっ、やぁあん、やだぁあっ、おちんちんっ、し、っ、んっ」

とめどなく漏れる愛らしい声を耳で受け止めながら、ブランクは執拗に柔かく傷付きやすそうな袋を口に含み、舌で内側の珠を持ち上げる。当に目と鼻の先で、陰茎に粘り気を帯びた涙が伝っていた。

「ふ、あっ、うやぁああ……、ダメっ、たまたましたぁっ、らぇっ、うあぁんっ」、

 組替えた回路は正常に作動した。袋から口を外す、ビビの腰が痙攣し、少年自身の腹に胸に、夥しい量の精液が跳ねて水音を立てた。

「う……はぁ……、あう……」

 自らの放ったシャワーを浴びたビビの細い身体を見ては、口の中にどうしても唾が浮かぶ。少年は自分の理解範疇を超えた快感に慄いてすら居ながら、それでも「お兄ちゃん」のすることだからと信じきって居る。愛の蜜壺に浸った様、抱き壊してしまいたいような欲が沸点に達する。

 それでもブランクは一つ息を吸って、細長く吐いて。

「タマタマだけでいっちゃったね。どんどん大人になってくなあ、ビビは」

 『魔法使い』の眼で掌握する裸の身体の、薄い胸板がゆっくりと上下している。少年自身の精液が滴形に散ったところに、薄鴇色の粒が未だ柔かいままで溺れている。美味しそうだと判じたのは恐らく・所謂・須く、恋をする魔法、かけられた少年にかけられて、俺はお前を愛すると命だって賭けられる。

「うにゅっ」

 じゅっ、と唇で精液ごと吸った。同性の精液でありながらビビの其れはちっとも不味いと思わない。例えばジタンの味との差違を見出そうとも思わないしジタンの事だってそれなりに可愛いと思っているブランクであるが、これはもう、格というよりは枠の違いである。とろりとした体液の味の向こう、舌に応じて潰れる幼芽の、まるで奥底から湧き出ているのではと思わしめる甘味を伴う塩気がやがてぷつりと形を為して、舌に引っ掛かる。唇を外し改めて見れば、其れが其処に果たしてどういった形で存在するのか――女体に関しての知識は最低限しか持っていないブランクである――ビビの小さな小さな乳首からは甘いミルクだって出てきていいように見える。……ビビのおっぱいからミルクが出てきたら、そりゃあもう吸って吸って吸いまくって迷惑がられるんだろうなあ。

「っん、……んん……っ」

 執着するように、何度も何度も舐めた。その度ビビが欲の熾火に新しい酸素を吹き込まれるように身を震わせ生甘い声を漏らすのを訊いているうちに、ブランクの方針は固まった。

「ビビは……、おっぱいされるの好きだよなあ」

 殊更其処に限ったことでもあるまい、実際には先程のように陰嚢だって感じるし、金銭運の無さそうな小さな耳も華奢な首も、もちろん穢れ無き印象の尻の穴は言うまでもない、試したことはまだないがその足の小指の先でだってビビは感じてしまうのではないだろうか、だが、ブランクはそういう言葉を選んだ。

「……俺も、ビビのおっぱいするの好きだな。ビビの此処さ、ちっちゃくて、……ピンク色って言ったら勿体無いような色してる。……なあ、不思議だよなあ、男の子の此処はさ、別に何が出るって訳でもないのに、ほんのちっちゃな粒なのに、見てるとこんなに胸が苦しくなる、耳の先が熱くなる、舐めたくって吸いたくって食べちゃいたくってしょうがなくなる」

「ふゃん!」

 また一度、少し強く吸った。紅くなって、困惑して、それでも自分の勃起した乳首が恋人に一体何のメリットがあるのか判らないまま、ビビはブランクを見上げる。実際この恋人たちはいつも自分の乳首を吸いたがる。いつだったか真似をしてブランクやジタンの乳首を吸わせてもらったこともあるが、その興味の根拠を理解するには至らなかった。結局「お兄ちゃんたちがしたかったらしてくれていい」、僕だって気持ちいいし、……そんな怠惰な結論で満足している。

 ブランクはちょっと待っててなと立ち上がると戸棚から何やら瓶を取り出して戻ってくる。透明なガラス瓶の中にはたっぷりと、随分と粘度の高そうな液体が入っていて、とろりとした泡が立っている。

「……ああ、これは只のローションだから安心していい」

 コルクの蓋を開けて、掌に零す。にちゃにちゃと音を立てて温めてからビビの胸の上に垂らし、伸ばす。すべすべの肌において、ただその乳首だけがぷつりと指に引っ掛かる。

「う、う、おにい、ちゃん……」

 ほんの少しだけ嫌そうに、ビビが声を上げた。慰めるように粘液を纏った指で半勃ちの幼い茎を握り、掌の中で揉みしだいた。これぐらいの狡さは許してもらえる気で居るブランクである。

「そろそろ俺の魔法のネタも尽きてきた。だから最後にね、一つだけ」

 手の粘液をビビの身体で拭って、

「俺が指を一つ弾いたら」

 びく、とビビが衝動に耐えて身を竦ませる。その様は本当に、ブランクに左右の均衡を失わせるほどに愛らしい。この子一人であらゆる戦争も社会問題も人権問題も解決するような錯覚に陥った。

「……ビビのおっぱいは、感じて感じて大変なことになってしまう」

「ふえ」

 パチ、と指を弾き、困惑するビビの前でブランクはズボンを脱ぎ、己が性器を晒して見せた。既に焔熱を帯び、天を刺すように反り立った其れに、ビビの理性の床が崩れる。

「今、お前の一番の性感体はおっぱいだ、でもって俺の一番感じるところは判るよね?」

 ベッドの上に足を広げて座って、ブランクは言った。ビビの首筋がぼうっと紅い。

「う……、あ……」

 指が宙を彷徨う。かすかに震える唇から、はっ、……はっ、今にも踏み外してしまいそうな息が甘酸っぱく漏れる。少年の眼はブランクの性器に縛られたように吸い込まれる。

「……どうしたらいいか判らない?」

「……あ、う……」

 銀色の眼が泳いでいる。自分の中に生じた欲と目の前に歴然と存在する欲を見比べて、一体何をどうすれば良いのか……。

「……一緒に気持ち良くなろうぜ?」

 与えられたヒントに、はっとビビが眼を向ける。その聡明さは斯様に俗っぽいことに関しても十分に発揮されるのである。

 少年はブランクのペニスを掴み、腫れたように紅い頭部を粘膜を纏ったような自分の乳首の先に押し当てた。

「うあっ……」

 熱く太い塊で乳首をぬるりと捏ねた途端に、尻の奥から脳天に向かって突き上げるような快感が走った。どうして? 考える暇などない、其処から先はもう止まる必要も無いし、そもそも止まることなど出来はしない。

「あ、あっ、んっ、んんっ、んっ、おっぱい、っ、すごっ、ぃっ、おっぱいぃっ」

 左手の肘を突き、右手で掴んだペニスの先端を右の乳首へ擦り付ける。複雑に入り組んだ男性器の先端裏部に存在する凹凸に引っ掛かる感触に、頭から堕ちた蜂蜜地獄、止まらない止められない。

「……っく……」

尿道口の僅かなくぼみに乳首を宛がわれ、ブランクの咽喉がわずか苦しげに鳴った。

「ぅ、にいぃちゃんっ、おにいちゃんっ……っ」

 ビビの腰は歯車が外れたようにがくがくと揺れ、其処を覗き込まなくたって肛門をきゅうっと搾っていることも判る。

「おっぱいだけで……、いってごらん」

 くちゅくちゅと音を立てて、ブランクのペニスを左右に動かして乳首を擦る。理性的であることに一体どんな意味がある? そんな風に言って今の自分の姿を見せたら288号も判るだろうかと下らないことを考えた。

「でもって、俺のこといかせてごらん……」

「う、あ、っ、あっぅんっんん! ん! んんにぃっ」

 其処はビビの身体の芯から感じきる場所になっていた。ブランクはビビの柔かい掌とプツリと尖った乳首と平べったい胸板の感触に包まれて、十分に満ち足りる。ビビはブランクの茎を指で抑え鎌首を乳首に擦りつけながら、あらゆる自由な発想を超えて天に昇る。

「おにいちゃっ、んっ、あっ、んっ、んぅ、んふあ! いぃっ、へひゃぅっ、ひっひゃっ、ふぁっ、あぁあんっ」

 ビビの声が一際高く弾み、シーツの上へ精液が零れる。ビビの五指と平たい胸に挟まれたまま擦られていたブランクもようやく限界に達し、そのまま引き金を引いた。ビビの顔へ、多量の精液を散らしながら、自分が本当に魔法使いなのかもしれないと、漠然と記憶を辿っていた。

 イザベル=モーニングベルズに会ったことがあるのは本当のこと、だが其れは果たして「会った」と言うべきかは判らない、本物だったらもう三百歳を越えるおばーちゃんのはずで、五年前にトレノの街角でブランクが見たのは二十代半ばほど、艶やかな肌に真っ赤な口紅をした占い師、彼女はブランクが名を訊くと「イザベル=モーニングベルズ」と答えた。占いなんてと思ったがその眼に篭った意志に射貫かれつまらぬことを訊き、小銭を払おうとすると「金などいらん、だがそうだな、お前の魂を舐めさせて貰おうか」……。あのとき受け継いだ力が無かったとも言えないではないか、ブランクは思いながら、小さく笑いたいような気になった。

彼女のような魔力が在ったなら、俺は本当にこの子のことをもっともっともっともっともっともっと幸せにしてあげられるんだけどなあ……。

「おっぱい、気持ちよかった?」、顔に振り撒かれた精液を薄らんだ意識の中でも舐めながら、ビビがこくりと頷いた。

「俺も、ビビのおっぱいすっげえ気持ちよかった」

 潤んだ目に微笑んで、ぐりぐりと銀髪を撫ぜる、「うあああう」、ほんの小さな落し穴、こんなにストンと落ちてしまうような子で、素直って素晴らしいことと思いつつ、……お前を幸せにする方法がまた一つ見付かったなら、本当に本当に良かったなあ。

「実はな、ビビ。俺がイザベルから貰った魔法さ、……かけ方は知ってるんだけどね、解き方は教わってないんだよね」

「……え……?」

「んー、まあ時間が経てば忘れちゃうんだろうけどね。だから、そうだなあ、イザベルが死んだのはアイツが三百歳の時だったっていうから、……多分三百年後には魔法も解けるさ」

「……さんびゃ……」

「だから、心配することない。まあ魔法が効いてる間はさ、俺とジタンと288号でお前のタマタマもおっぱいも、もちろんお尻の中もさ、お前が幸せになれるようにたくさんしてあげるから、それはそれなりに期待しておいてください」

 お前の困惑の理由が全て俺たち三人ならばいいと思う。そうすれば世界はきっと、お前には優しいものであるはずだから。

 仕掛けた落し穴に飛び込んだ。ブランクはべとつくビビの裸を抱き締め、譲ってもらった「今宵」と呼ばれる名の時間、魔力の一片さえ宿らぬ指で、それでもまるで魔法のようにビビを悦ばせることで、一分一秒でも長く延ばそうと心に決めた。


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