なぜかロンリー……、もっとロンリー!

晴れて恋人同士となったわけだが、この村の連中にそのことを自慢しようと思っても、唯一の哲学的生命体である288号以外、ジタンの望むようなりアクションをしてくれる人物はいないのだった。全世界に向けてこの喜びを発信したいからいっそ手紙でも出そうかとも思ったが、しかしそこまでやって煙たがれるのは望む所ではないので、やめておく。
「ビビ?」
 台所から呼ぶと、魔法の本を読んでお勉強中だったとしても、
「なあに?」
 反射的に本を閉じて、こっちを向いてくれる。
(まさか「呼んでみただけさ♪」とは言えないよなあ……)
「うん……、あのさ、そう、味見てくれる? スープの」
「うん、いいよ」
 スリッパの明るく軽やかな音を立てて恋人は、求めに応じてやって来た。ジタンはしばし、幸福をギウギウ噛み締める。噛めば噛むほど、甘酸っぱい味が出てきて、キュンとなる。
 キュン、この擬態語は本当に便利で、「キュン」だけでほかにどう言えばいいかわからないけど、「とにかくキュンなんです」、そう、伝わるはずだ。ジタンは確信をもって、胸をキュンとさせる。
 スプーンに掬い取って、ふうふう吹いて冷ましてから、みずみずしい少年の唇にあげる。その、唇を尖らせて吸うのを見て、ちょっとこう、どきりとする理由が、ジタンの中にはあった。ビビはこくんと飲み込んで、笑顔になる。
「いいんじゃない?」
 一、二、三。三秒待ってから、ジタンは、
「おおそうか。じゃあ晩飯はコレで行こう」
 と。言うまでも無く三秒間、ビビをじっ、じっ、じっ、見つめていたのである。
「期待してろよビビ。おいしい晩飯、お前のために作ってあげるから」
「うん、がんばってね。ジタンのご飯、おいしいから僕大好きだよ」
 ちなみにたとえば、今のような科白などは、
「ジタン、(中略)大好きだよ」
 と、彼の耳は翻訳するものだから、必然顔はだらしなくなる。うん、そうかそうか、それじゃあラヴラヴディナーのはじまりだ! ばかげた歌詞を即興で考え、いい加減なメロディを口笛にする。僕は君がとっても大好きで、こんなに困っているんです、ララ、ライララ。みっともねえ。自分で思いつつ、しかしこの類のみっともなさなら喜んで。
 ただ……、出来ればな。ジタンはふと口笛を止めて、このところの懸案事項について思いを至らせた。
 こんな俺のみっともなさを、布団の上でも見せ付けてやりたいんだけどなあ。
 健全に育ち、不健全な知識をまっとうに吸収してきたジタンだから、小さな恋人と共に在る日々、男として正当な欲求が身に宿ることを、誰も責められはしない。この、抱えることを余儀なくされているものは、重くてとげとげしくて、長いこと中に入れておくことは出来ない。一定期間ずつ、ジタンは自分の手で、遠くのお山の向こうに棄ててくるのだが、その行為と来たら、たまらなく物悲しいのだ。
 多くの場合、同じベッドに眠る恋人の身体を、起こさないようになぜながら、するのだ。息の声で「ビビ」と読んだり、「愛してるよ」と唱えたりしながら、忙しなく右手を動かす。そして、射精に至るのだ。している最中は、ビビとつながりあっているような錯覚を得られる、……のだが、し終えた後はまるで、ビビとは別のベッド、いや、別の部屋で眠っているかのような寂しさを感じてしまうのだ。これは、たまらない。
 しかし、ジタンは288号のありがたいアドヴァイスを素直に汲んで、ビビにはまだ早い、その身体は性行為には耐えられない、そう判断し、「直接行動」に踏み切ることはしていなかった。しかし、幾度、その一線を越えようと思ったか知れない。特にたまっているときなど、性的な要素など何一つ無いはずの笑顔をみただけで胸の鼓動が早まる始末であった。しかし、鉄の意志で「ビビの身体のため」と耐えるのである。が、言うまでも無くこれは非常に辛い。
 時として冷静に考えて、ビビを観察してみると、自分の胸のあたりまでしかない背丈、あどけないしぐさに、変声期には程遠い声など、どれをとってもまだまだ「子供」。ましてや性行為などとんでもない。「そんなこと許しませんからねッ」と、倫理観のすこぶる強いおばさんに見張られているような気になり、悄然としてしまう。
「ビビ、な、キス、しよう?」
「うん、いいよ」
 素直に求めに応じて、膝の上に上ってちゅっと音を立てて。可愛いキス。な、俺、ほんとは舌入れてさ、ビビ。そんな気持ちを懸命に隠しつつ、ジタンはキスを終える。ビビは、ただここには親愛の情があるばかりですというような、純粋で汚れを知らぬ笑顔。そして、苦しいジタンに、
「大好きだよ」
 と。
 こんな日々が地味に続いているのである。
「風呂沸かしてあるから、一休みしたら一緒に入ろう」
「うんいいよ。じゃあ僕、タオルしたくしてくるよ」
「あー、いいいい、俺がやるからそんなことは。ビビは待ってて」
「そう?」
 晴れて「恋人宣言」する以前から、二人でいっしょに入浴するのはあたりまえだった。ジタンはビビの下半身に目が行き、ビビはジタンに甘やかされるのが楽しくてたまらない。以前からずっと代わらぬ、幸せなバスタイムである。
 でも、さあ。
 もっとこう、何ていうかなあ。恋人になったらお風呂ももうちょっと、なんだ、色っぽくなるもんじゃねえのかなあ……。石鹸でぬるぬるとかしたら、楽しいだろうになあ……。
 ビビはジタンの前で、何の抵抗も無く裸んぼになる。可愛いお尻に、何度ほお擦りしたいと思ったことだろう。その幼い陰茎、しゃぶったらおいしいだろうなあと、変態的衝動を抑さえるのは並大抵の努力ではない。
「ジタン、早く」
 しかし、傍から見たら、「いい兄弟」、睦まじい仲良し兄弟。
 これでも俺たち恋人なんですッ。
 ……むなしい。
 性欲があり、恋人と絡み合いたいと思うのは自然な形だと、ジタンは思うし、ジタンだけではない多くの人間がそう考えている。そしてそれは、ただ愛情に起因するものだ。そして、無くてもいいものでもあるのだ。
 セックスなんて、しなければいけないものではない。まず、共に在りそれを楽しむこと。その中にあるべき行為なのだ。
 と、理屈は大いにわかっているのだが。
 タオルを巻いた下半身は、ビビに背中を洗ってもらいながら、いい加減、好い加減になっている。なかなか、理屈どおりに行かないのが、恋である。
「ありがと。もういいよ。じゃあ、ビビ」
「うん」
「お前の身体も綺麗にしなきゃな」
 恋人同士なのだから、誰に許しを公庫とも無いのだが、ジタンはどこかで誰かに謝りながら、この、ビビの身体を洗うときだけ、ビビの肌を思うように撫でまわす大義名分を与えられたような気になるのだ。言うまでも無く、洗うだけ、彼の頭の中で切実にしたいしたいと願っているようなことは、決してしないけれど。
 手のひらで石鹸を泡立てて、ビビの肌に滑らせる。
 アカスリが痛くて嫌、そう言うビビでよかったと思う。
 洗うだけであっても、触れるだけであっても、やはりジタンにはとても甘美なひととき。白い肌が、自分の手の中にある、そう考えて、顔を密やかに綻ばせる。
「……じゃあ、……じゃあビビ、足、広げて」
「ん」
 従順に、細い足を肩幅に開く。恋人同士は真正面に向き合っているから、ジタンは目線をその場所にくぎ付けにしたい思いを、「洗う個所を見るため」の理由で、しっかりと叶える。
「洗うよ」
 泡だらけの手で、まずそのひ弱そうなものを包む。ジタンばかり、意味無く緊張する瞬間だ。白っぽくて、滑らかで、可愛らしくて、まだ「性」としては男と女の間を行きつ戻りつしているような状況なんだなと、ジタンは思った。
 柔らかなそこをジタンに包まれて、執拗に撫でまわされていれば、ビビの中にだって、幼いながらも、俄かに力がこもり、勃起する。この間、ジタンはじぃいいいっ、と、ビビのものを凝視している。
 しかし、やはり射精するには至らない。いや、そこに至らせる勇気がないのかもしれない。あるいはしつこくしつづけたならビビも、白い蜜をこの舌にくれるのかも。だがそうは思えど、自分が洗うのを、純粋にきょとんと見つめている目が痛くて、続けられなくなってしまうのだ。

やや失望しつつ、ジタンはその股の間に手を差し入れる。袋の裏側から尻のほうまで、丹念に手で味わうのだ。そこは独特のさわり心地で、なんだか他の場所以上に傷つきやすそうに思える。

しかし、ジタン=トライバルは自分の中にあるものがどういったものなのか、ちゃんと理解している。危険な牙、爪、一つ間違えればビビのことを傷つけてしまうものが、間違いなく根を張って存在している。しかし、絶対に傷つけるものか、俺はビビを守るんだ、その信念があればこそ、こういった危険な行為にも踏み切る。英断とは言いがたいものであることを自覚しつつ、しかし、これもまた俺の恋心と、ジタンは誇りにすら思っている。
 泡立てた手のひらで、慎重に股の間をなぞる。可愛らしい声で、ビビが笑う。
「くすぐったいよぅ」
「そう? ちょっと我慢な」
 自分の邪悪さは、ビビの純粋さと対比されれば余計に際立つ。ちょうど、光と影。ビビは天使のようだ、だから、自分は悪魔になるのだろう。指先が、その無垢な穴をそっと撫ぜる。
 「そんなこと」など、考えたことも無いビビのその場所は、ジタンが触れると愛らしく窄まる。わざとらしくないよう、そこにそっと指を差し入れるが、頑ななそこはその指の侵入を許しはしない。ジタンはそこで諦めて、股下から指を抜いた。
 これだけで満足出来るはずもない、しかし、ジタンはそれだけで満足することを、自分に強いる。使命感にも似ている、そう、自分はビビを愛しているから、ここで終わりなのだ。強い欲求不満、腰巻タオルの中で勃起した男根、上がる呼吸、浮き出る蜜、噴出す汗、早まる鼓動、だが、耐える。ただ、それだけの欲望を抱くほどビビを愛しているのだということだけを、心に留めて。
「はい、綺麗になりました」
 おどけてそう言う。そうして、頭のてっぺんから、ビビにあわせた温度のお湯を流す。無邪気な喚声が上がって、浴室の中にこだまする。いまこの狭い部屋の中は、世界で一番にぎやかな場所になっていることだろう。ジタンは笑いながら、ビビを抱きしめた。抱きしめたその腕の指先までも神経を伝わせて、細く柔らかな身体を、可能な限りの力で抱きしめ、その肌触りを、感じる、そして、使う。
「はー……」
 自分の肥大した性器をばれないようにしつつ、いわゆる「お姫様抱っこ」をする。小さくて軽い体だから、楽々に出来る。
「キスしてくれる?」
「うん」
 邪悪を隠匿しつつ、さわやかな笑顔でたずねるものだから、ビビはジタンの正体をまだ、知らない。知らないで、その唇を何なりとと差し出す。無論、ジタンはまだ、人間だから、ここで噛み付いたりはしない。歯を食いしばって、毒の舌の出ないように堪えるのだ。
 はー……。
 内心で長い長いため息を吐いて、
「じゃあ、出ようか、風邪ひかないうちにな」
 優しい自分は、誰のために? 少なくとも、本当の意味で優しくない割に、自分のための優しさではないことは確かだ。




 凍えそうな夜なんだなあ。ジタンは窓の外にゆっくり積もっていく雪を眺めながら、グラスに入れたウイスキーに口をつけた。味など解ったものではないが、「君なら飲めるだろ?」……288号が折角くれたものだから、ソーダで割って飲んでいる。枕もとに光が当たらないように付けられたあめ色のランプに、不必要な気障ったらしさが浮かび上がる。内心では、これからはじめる自慰のことを考えていてもだ。目を閉じればさっきまで自分の腕の中、無警戒、キスまでさせてくれたビビの裸がある。そうして、ここには無様に勃起した自分がいる。
 無駄と思いながらも、少しでも、自分を嫌いにならないようにしようと、「それ」以外のことを考えようという努力もした。しかし、どうにもならなかった。
「ありをりはべりいまそかり、ありをりはべりいまそかり、ありをりはべっ……、舌噛んだ……」
 諦める。どうせ自分なんてそんな程度だ。どうせ汚らしい生き物なんだ俺なんて。よろよろと、ビビの眠るベッドに入る。そうして、抱き寄せ、ズボンの中の尻に手のひらを乗せる。そこはひんやりとして、さらさらしている。柔らかくて、少し押すとそのまま凹むが、心地よい反発力もある。さわり心地として、他の場所と格段に違うということは無いが、やはりビビのお尻を触っているのだということが、ジタンには嬉しいのだ。その邪な心が躍る。
 そうして右手では、自分のパジャマをずり下ろして、せかせかとペニスを握って動かす。熱くてウイスキー臭い息がビビの鼻に掛けられる。その小さな耳に、愛らしい頬に、口付けをして、名を呼ぶ。ビビ、……ビビ、俺の大切な恋人。
 勢いがついてくると、その布団を剥がして、ビビのズボンを下ろし、ボタンも全て空けて、ほぼ全裸に近い状態にする。
 ここまで来ると、眠りの深いビビでも、さすがに目を覚ますことがある。
「んー……、なに?」
 しかし、自分が裸にされていること、ジタンが切羽詰ったような目で自分を見ていることに、ビビはコレと言った疑問は抱かない。
「何でもねーよー……、ビビ、いい子は寝なくっちゃ」
「んー……んー」
 ちゅっ、とついでに余計なキスまでして。
 その長い睫の天使のひとみが閉じられる。再び悪魔の刻となる。寝息が規則的になるまで待って、その乳首を舌先で舐める。小さな胸は、そんなことの意味を知らなくとも、やがて粒状の突起を得て、ジタンの舌先に引っかかる。甘いような、しょっぱいような、石鹸の香りに酔いしれて、舌を脇腹、臍へと移していく。その間、二度、顔を上げて、ビビの唇を舐める。
 眠る本人と同じようにくったりと寝ているペニスを、丸ごと口に入れる。そこだけまるで、別の生きものであるかのように蠢いて、ジタンの願うように、ふっくらと形を変えていく。口の中で容積を増したそれを出して、愛撫する。

ジタンはビビの裸体を見下ろして手淫する。愛しい気持ちが暴発し、どうにかなりそうになる、その寸前に、快感がこみ上げてくる。いけないことだと知りつつ、涙目になりながら、ジタンはビビの身体へと、煮え滾る精液を滴らせる。
「ビビ……、ビビ……、ごめんよ」
 たまらない後悔に苛まれ、その身体を優しく優しく拭いながら、口をついて出てくるのはただ、謝罪の言葉ばかり。この夜に在る自分の体が、本当に夜・闇・魔、そういったものを纏ったものであることを知り、狂おしい。パジャマのボタンをちゃんと留めて、改めて見下ろした天使は、すうすうと安らかな寝息。かすかな声で、
「ジタン……」
 この少年に愛されているのだ。
 ジタンはそれを知り、顔を抑える。そうだ、俺はこの少年に愛されているのだ。なのに……こんな。
 これほどまでなるのも、この少年への愛ゆえに。愛すればこそ。
 しかし、愛すればこそ、このようなことの、少しでも少なくなることへの努力をするべきではないのか。
「わかんねーよ……。俺、わかんねーよ。ビビ、お前としたい」
 道を外れているのは解っている。しかし、その外れた道が「人」のそれだったりは、まさかしないだろうな。
 ジタンはビビのことを抱きしめて、そう思うのだ。

こんな夜は、なかなか眠りにつくことも出来ない。自慰行為は激しい興奮を伴う。身体が泥のように疲れていても、頭の中の腫れぼったい感じがおさまるまでは、眠れない。そうして、その下がりつつあるテンションと共に、ジタンは激痛の後悔を味わうことになる。それはオナニーなんてするんじゃなかったという、十分前のものから、この子と出会わなければ良かったのにという、根源的なものにまで発展する。優しい、柔らかな頬っぺた、そこにキスしたいなどと、何故俺は思ったのだろう。それを恋と呼ぶのだとしたら、恋とは一体なんだったろう。手紙に記せなかった俺の思いは、どういった形で昇華するのを望んでいるのだろう……。
 しかし、そんな風に真剣に悩みながら、どこかで甘えている自分を、どうしても否定できない。自分はビビの、誰より一番側にいる権利を持っている。自分しか、ビビをこうやって抱きしめて眠りに就くことを許されていないのだ。これは喜ぶべきことであり、ビビがこれを望んでいるというのは、揺らぐことの無い事実である。俺を必要とするビビが、俺が必要とするときに答えてくれないはずはない。「愛」「想」、字面の意味はどうであれ、それが情って奴だろう? ……こんな風に、甘えている。そして、いいや俺はビビに愛されている俺もビビを愛しているだから……。
 だから……、何だろうな、ビビ。
 お前といられる日々は、俺が何よりも強く求めていたはずのものなのに、なんでだろう、こんなにも寂しい。

 

 


 あまり頭が良くないと、自覚し始めたジタンにもうすうす分かるのは、ビビにはやはり、「まだ早い」のだということ。入浴の際も含め、チャンスがあるたびにその裸を観察することを忘れない彼が、そのことは一番、理解していてしかるべきなのだが、願望が邪魔をするから、「いやでももしかしたら」「ひょっとすると万が一にも」と、見苦しくあがいてしまう。根本には、自分の経験があった。ジタンの初めての射精は数年前であり、その直後にブランクの手によって、「性の快楽」を覚えたが、いまになってよくよく思い出してみると、そういえば当時の自分の下半身には、毛は生えていなかったし、亀頭が露出していたこともなかった。そう、無理に剥こうとして激痛に泣いた覚えがある。少なくともそんな状態でも、ブランクの、いま考えてもありゃけっこうデカいぞおい、というペニスを身体に飲み込むことは出来たのだし、理論上、九歳、多分もうすぐ十歳のビビが、自分のコレを飲み込むことは不可能であると断言出来るかもしれないが、出来ないかもしれないではないか、と。
 しかし、浴槽の中で、風呂上りに、暇なときに、とりあえずいつでもどんなときも、その小さな尻を両手で包み込めば、その妄想がやはり妄想に過ぎないのではないか、という考えが、ジワジワと頭に染み込んでいくのだ。こんな所にこんなもの入れちゃったら、やっぱ泣いちゃうだろうなあ……。
 ジタンにとっては、ビビの泣き顔こそが、この世で一番恐れるべきものなのである。仮にジタンに清水の舞台からダイヴする勇気があったとしても、ビビを泣かせる勇気はない。恐らく、挿入まで弾けそうなほどに勃起していたとしても、ビビがぽろぽろ泣き出したのを見るなり、それはエノキダケと見まごう程に萎縮してしまうであろう。
 自分に、全てを壊す度胸の備わっていなかったことを、ジタンは感謝している。
「ジタン?」
 昼下がりのアイスコーヒーを二人で、ソファに座って飲みながら、ビビがちょっと照れくさそうに言う。
「なあに?」
「……うん、……あのね」
「なんだよ」
 ビビはじっとジタンを見つめる。ジタンも、もちろんじっと見つめ返している。
「たまには、僕から、言うよ」
「ん?」
 一度、躊躇うように下を向く。そして、上目遣いになって。
「……好きだよ」
 ビビが、言った。
 俺はこの幸せな日々を、「つらい」と言う傲慢を、わがままを、どうしたら許してもらえるだろう? こんなに日々は満たされている。ねえ、俺が望み、必要とする言葉を俺に与えてくれる、俺の天使と共に歩み始めた日々を、どうしたら俺は「つらい」ものじゃなく、「さみしい」ものじゃなく、出来るんだろう?
 悪いのは、俺か……?
「ジタン?」
「……ああ、ビビ。俺も……、俺も大好きだよ、世界で一番、宇宙で一番、俺は生まれたときからずっと、お前のことが好きだよ」
 だとすれば。ジタンは思う。
 自分の性欲こそがそもそもの諸悪の根源。こんな欲望さえ無かったなら、こんな狂おしい熱に浮かされて、最悪の場合にはビビを泣かせることまで視野に入れて考える必要もない。浴室で身を焦がす邪悪な衝動も、夜に自分を突き落とす絶望的な孤独感も、味わう必要は無い。ビビと自分は、ずっとずっと、清らかで平穏な恋人同士として在り続け。
 いや、そんなものは、嘘だ。自分はやっぱりビビと、いつかはきっとセックスをしたい、したいと思うだけではなく、恐らくはするだろう。いつのことかは分からないが、確信を持つ。
 そして、コレは自己弁護ではなしに、そうなることは自然であると、ジタンは思う。そうでないことを望む二人がいたとしてもだ、やはり、互いを好きになるということは、互いの身体をもまた、好きになるということで心同様、求めるようになるのが自然なことであるはずだ。そうして、どんなもの同士でも愛し合うようになれる以上、これも、男女の性差も、大人子供の年齢差も超越して、存在する真理であると思うのだ。
 実際にそう出来るかどうかは別として。……そう、それが問題なんだよなあ。


 


「うん、僕もそう思うな」
 288号はいつものごとくさわやかに笑う。
「君たちを見てると、やっぱり僕はそう思う。君たちの間にはちゃんと愛があるから、すごく勉強になるよ」
 その言い方が全く外連のないものだから、ジタンは少し照れくさくなった。
 コーヒーをどうぞ、と、木目の生きたテーブルに置かれる。
「僕は、……僕が大人でも子供でも、人間でもないからこう思うのかもしれないけど、やっぱり愛し合うことに年齢や性別は関係ないよ。君たちを見ているとそうとしか思えない、君が考えている通りだろう」
「うー……」
 ジタンはコーヒーに笑いを浮かべた。
「それはそう、と信じてはいるんだけどね」
 そう出来るかどうかは全くの別問題なのだ。ビビのことは、かつてジタン自身がウジウジと悩んだように、「心を相互に通わせる」という意味で想いあっているし、真心を受け止めるという意味でも、愛し合っている。この関係はハッキリ言って非常に良いと断言できるはずで、ジタンが考えていることは間違いないし、288号の言うとおりである。しかし、実現するためには余計な障壁を一杯いっぱい越えなければならない。それは、どんな形の恋愛であっても同じ事だろう、が、同性愛、ましてや相手の年齢がまだ十歳という状況であれば、その障壁の枚数は余計に増えるように思える。
 大体、十歳ってな。ジタンは時折冷静になって、唇を歪めて笑ってしまう。十歳。十才て。……せめてあと五年あとに出会っていたなら、などと愚にもつかぬ事を考える。たった五年の差が何になると。いや、結構、どうにでもなってしまうのだろう。
 ビビの身体に触れて自慰をする、なんて罪悪感の伴う行為だろうか。しかし、せずにいられない愚かしい心。ここにはちゃんと愛があって。互いのことを好きだと想いあっていて。ずっと一緒にいたいと想っていて。それでもなお、越えられないものがあるだなんて信じたくない。つまらない縛りでこの思いをどうにかしろというのは、とても罪なことではないのかと、倫理というものを定めた姿亡き者を張り倒してやりたくなる。
「うまいこと説明は出来ないけど……」
 288号は少し恥ずかしそうに微笑みながら言う。
「僕は、神様なんていないと思っているんだ。神様がいたら、もっと違った形で僕たちは在ることが出来ただろうから。それに、僕たちがこうあることの罪を、見えないどこかの誰かに押し付けたいとも思わないしね。だから、誰かがどこかで見張っているなんてことは考えないほうがいい。仮にそう考えたとしても、考えることが万一出来たとしても、君の心は君だけのものだ。神様や法の有無に限らず、そこに在る心を、君が抱いている心を、誰も制約したりは出来ないよ」
「……思い切ったことを言ってくれるね。もともとはあんたが言ったことがあるから、俺、出来なくなったようなものだぜ?」
「それは……、いや、君に言ったことはすべて、僕の考えた本当のことだよ。僕個人的な意見としては、やっぱりまだ、君がビビを抱くのは早いように思う。あの子は、年齢がどうこうという問題以前に、身体がそういう準備をまだ、整えていないんだよ。縦しんばあの子が君を求めたとしても、君はそれに答えてはいけないと思う。それがやっぱり優しさなんだと思う。これは間違いないだろう?」
「……まあ、そうか」
「だから、逆にね、ビビの身体がそういう準備が整っていて、そういう行為に耐えうる状態にあって、君が責任を持ってあの子を幸せにして上げられるという、条件が整っているならば、僕はどんな事をしたって、例えば性行為をしたって、ぜんぜん構わないとは思うよ?」
「……うーん」
 ジタンはコーヒーを飲んで天井を仰いだ。物作り大好きな黒魔導師たちが、器用にも不器用な形に組んだ天井の梁を見てから、急に288号に目線を向けて、性急な問いを投げかけた。
「……あんたは、あとどれくらいと思う?」
「……ビビが、可能になるまで、だね?」
「うん、そう。ビビが俺とえっち出来るまで、あとどれくらいかなあ」
 288号は内心で苦笑い、しかしそれを外には出さないで、少なからずの友情を感じているジタンのために、真剣に考えた。
「難しい質問だね……。うーん……」
 ジタンは心底真面目な表情で、288号の答えを待っている。その目は、期待と不安で光っている。
 こりゃあ、下手なことは言えないね……。
「……多分、……もうしばらくかかるんじゃないかな」
「えー……」
 あからさまにがっくりと肩を落とす。
「うん、……おそらくは。男の子が二次性徴を迎えて初めての射精をする、その平均年齢は大体十一歳から十三歳、遅い子だと十四歳くらいまで待たなくっちゃいけないものだからね。あまり短期間で夢がかなうことを期待するのは得策じゃない。裏切られる可能性のほうが高いんじゃないかな」
 ジタンは泣きそうな目になって、うなだれた。それがなんだか、非常に情けなくてかっこ悪くて、とてもかわいそうに思えて、288号はすぐに慰めの言葉をかけた。
「大丈夫、待ってみればすぐだよ。今の生活は君にとって、性の問題以外はとても充実して幸せなものなのだろう? なら、きっと時間はすぐに経ってしまうよ。それに、君が一人でする時だって、ビビに手伝ってもらえば? こんなことを薦めるのは胸が痛むのだけど、どうしても、性的快感をあの子と共に味わいたいのであれば、それしか方法は無いと思うよ。あの子の身体を傷つけないやり方で、なら、君たちくらい愛し合って、将来を確認しあった仲ならば、僕はもう構わないっていうか、しょうがないと思うよ。それに、あの子だって、君を幸せにしたいと思っているはずだ。君が幸せになりたいと思うことのためになら、少しくらいなら我慢できると思うよ?」
 288号は困ったように笑った。ジタンの目に暗い光がはっきり宿るのを見て、なんだか辛かった。かわいそうだな、と、そんなことを思ってしまった。そんなことを思う権利は愛を知らない自分には無いのに。
「応援しているよ、僕は。君たちのことが大好きだからね」

 

 


 鵜呑みにするほうもするほうだ、とんでもないこと、自覚はあるのに、しかしやろうとしているのだから、一言で言えば馬鹿なのだ。しかし、夜になればやはり、そういった欲求が目を覚まし蔓延るに都合の良い状況になるわけで、例えば何ともなしに下着を取り替えるために裸になってしまう少年を見て、青年にはまだ遠い少年は、絵画的表現なら鼻血を噴きそうになるのだ。
 こんなときにも。
「あれえ……?」
 歯を磨いているジタンのところへ、ひょいと顔を出す。
「ねえジタン、僕の新しいパンツ知らない?」
 歯ブラシを口にくわえたまま、ジタンは、
「はんふのいあんえにはいってない?」
「なかったよ」
「んや、さんあんえのおふのほう」
「ん、見てみる」
 スリッパの軽い音が遠ざかっていって、ジタンは歯ブラシを取り落としてうずくまって、はあはあと荒い息を吐く。反則だ反則だ、あれは反則だ、そう呟きながら。危うく歯ブラシをそのまんま飲み込んでしまうところだった。
 少し大きめのパジャマを上だけ着て、下はすっぽんぽん。ちらちらと裾から覗き見える部分、手に持つは、引きずったパジャマのズボン。よくぞ俺、平常心を保っていられたものだ。自分で自分を誉めてやりたい。
 そうして、いまのようなことを何の意識もなく出来てしまうような子なのだなと、少し暗い気持ちになる。やろうとしていることが、やっぱり凄くいけないようなことに思えて、頭を抱える。そう、あの子はまだ何も知らない、真っ白なやわらかく透明な子供なのだ。自分のように薄汚れたりなどしていない、子供なのだ……。
 しかし、288号が言ったように、ちょっとくらいなら、我慢を強いても良いような気がする。自分はこれだけの我慢をしているのだから……。これは甘えだろうか、自己中心的な考え方だろうか。
「あったよー」
 ビビは大きいズボンをちゃんと履いて、やってきた。が、洗面所に入った瞬間、ズボンの裾を踏んづけて、
「わ、わ」
 転びかける。それを、さっと抱き上げて、ジタンは溜まらず、蜂蜜のような匂いのする身体に顔を埋めた。
「あ、ありがとう、ジタン……」
 甘い中に、ちゃんと人の身体の匂いがする。今日は寒いから風呂をサボタージュしたから、しっかりと感じることが出来る、汗のにおいだったり垢のにおいだったり。それを深いなどとは思わないほど、好きなのだ。そうして、ビビも同じように思ってくれているのだということを、ジタンは知っているつもりだ。一緒に寝るベッドのタオルケットを、いつまでたっても洗いたがらないのは、自分と恋人の匂いが強く染み付いたものであり、その匂いが一番落ち着くから。
 ジタンは勃起した。
 切なくて涙が出そうになった。
「気をつけなくちゃな」
 微笑んで、そっと床に降ろす。
「ん、ごめんね、ありがとう」
「俺もすぐ行くから、トイレ行ったらお布団の中入って待ってて」
「うん」
 床に落ちた歯ブラシをすすいで、もう一度歯を磨く。鏡に映った自分の顔は、懸念していたよりもかっこよく、期待していたよりはかっこ悪い。こんなモンなんだろうと思う。
「あー……、好きだ好きだ好きだ、すっげえ好きだ……、えっちしたい……」
 ありのまま口に出して、額をごつんと鏡にぶつけた。どうしたらいい? きっと。
 どうもしないほうがいいのだ。
「ジタン、なにしてるの?」
 いつの間に、後に立っていた。
「……お前も、何してるんだ? トイレは? 行ったのか?」
「うん、行ったよ。ジタン、一緒にお布団行こう?」
「……、うん、そうだね、そうしようか」
 泣きそうな微笑を浮かべて、抱き上げて、二人の寝室、二人のための寝室へ、向かう。
「一人でお布団入ると寒いんだもん。ジタンと一緒ならあったかいよ」
「ああ……、ん、そうだね」
 ビビの言うとおり、ひやりと冷たいシーツに入ると背中が伸びる。ジタンは、その冷たさをビビに味あわせたくなくて、腹の上に抱いたまま、布団に入った。そうして、ビビを抱きしめた。ビビは甘えるように頬を、ジタンの首へと押し当てて、それから嬉しそうにジタンの顔を覗き込んで、キスを寄越した。ジタンは、肺とか胃とか心臓とか、とにかく胸の周囲にある器官が、一斉にぐしゅぐしゅになるような気分を味わった。
「えへへ……、ジタン、大好き」
 屈託など無いのだ。邪気など無いのに。
 しかし、天使の微笑が悪魔のそれに見えてしまう。重病だ。
「うん、うん、俺も大好きだよ。幸せだ、俺は。俺より幸せな奴はいないよ」
 震えた声で言う。ほんとうに泣きそうになってしまうのだから、仕方が無い。
 ビビはそんなことなどつゆほども知らず、右の頬に右の頬を当てて、耳元で、
「僕も幸せだよ」
 そんなことを言う。ジタンは重ねた頬に与えられた瑞々しさに震えた。その産毛の一本一本まで、自分は感じ取っているように思った。
「く……」
 奥歯でかみ締めた幸せは、酸っぱすぎて、何だかよくわからない声が出てしまう。
 頭の中では桜の花が咲いている。綺麗な花びらが、しかし風に吹かれてきらきらきらきら、舞って散っていく。
 これはもう、駄目だ。
「ビビ……、あのさ、一つ、お願いがあるんだ」
 顔を上げたビビはきょとんとした目。
「なあに?」
「……うん、あのね……。ちょっといいかな」
 起き上がる。膝の上でじっと自分を見つめる銀色の目に、胸がこれでもかこれでもかというほどに締め付けられる。きしむ音がする。
 銀髪を優しく撫でる。
 それから黙ったまま十秒以上考えて、膝の上からビビを降ろし、なおもためらいつつも、意を決してその手を取った。
 その手の細いことに、手のひらの傷の無いことに、ジタンは声を上げて泣きたいような気分になった。が、もう遅い、ジタンは触らせた。
「……ビビ、俺、ここ、腫れてるんだ」
「え?」
「俺ね、ビビのことが好きで好きで好きでしょうがなくって、ビビのことを考えてるとこうなっちゃうんだ。これはね、でも、ビビのことが好きだからっていうのもあるけど、半分は俺がすごくイヤラシイから。俺、すごいえっちなんだ。イヤラシくって、ビビにやらしいことしてみたい、そういうこと考えてると、こうなっちゃうんだ」
 ビビは大きな瞳でジタンの目を見つめた。ひどく堪えた。謝罪の言葉が口から出かけた、が、その意味もこの子には伝わらないかもしれない。
「いやらしいことって?」
 ビビの問いに、ジタンは自嘲的な笑みを浮かべながら、
「例えばね。性的な事……つってもわかんないよね。うん、だから、お前のことを裸にして、おっぱいとかちんちんとかお尻とか、舐めてやりたいとか、若しくは舐めてもらいたいとか。……あるいは、お前の中に入れたいとか……」
「入れるって?」
「入れる……、うん、あの、……。ええと」
 言わないほうがいいと思った。言ったら引かれるか泣かれるかどっちかだろうと。しかし、隠したって意味は無い、延期させる意味も無い。自分が思っているありのままの気持ちを言ったほうが潔いと、ジタンは思った。
「うん、あのね、俺のちんちん、ビビのお尻の穴に、入れたいなって」
 ビビはきょとんとした顔のままだ。
「ふ、普通はさ、男と女はさ、男の人のちんちんをさ、女の人のね、その、女の人にしかない穴があるんだよ、そこに入れて、性行為すなわちセックスをするんだよ、そ、そうすると気持ちよくなれるから。だけど、ほら、さ、ビビも俺も男の子だろ? それでも、普通の恋人同士と同じように気持ちよくなる権利はあるわけで、だから、その、男の人にもある穴を使って、セックスをするわけ」
 しどろもどろになっていると、ビビに触ってもらっているのに、ペニスは枯れていってしまう。
「……やわらかくなったね」
 ビビはありのまま口に出すものだから、痛い。しかし、素直になろうと腹を決める。
「……ビビも、もう十歳になったんだよな」
「うん、なった」
「じゃあ、こういうことも、ちょっとずつ勉強してかなきゃいけない。大人になるにつれて、いろいろ知ってかなきゃいけないことも増えてくし」
「うん」
 ビビは相変わらずジタンのペニスに手を当てながら、こくんと頷いた。
「単刀直入に、言うとね、……ビビ。俺は、ビビとセックスがしたいんだ」
 ビビはちょっと首をかしげる。
「だけど」
 ジタンは続ける。
「だけど、ビビの身体はまだ、セックスが出来る体じゃないんだ。大人になるにつれて、セックスが出来るような体になっていくんだ。ビビはまだ、準備が出来てない」
「うん? うん」
「俺は、ビビと一緒にいるとき、えっちなことばっかり考えてる。素直に言う、恥ずかしいけど言う、俺はビビとセックスがしたいんだ。だけど今はまだ、出来ない。だけど、お前に俺を、気持ちよくしてもらいたいんだ」
 全部言い切ると、何とも言えずスッキリする。秘密とはそういうものだ。
 ビビはじっとジタンを見つめ、小さく笑った。
「じゃあ、ジタンはえっちなんだ」
「ああ、まあ、そういうことになるだろうね。いや、っていうか、男はみんなえっちなんだよ? ビビも、今はそうじゃないだけで、あと二年もしたら、俺とおんなじでえっちになっちゃうよ」
「んー、そうなの?」
「うん。ついでだから教えておこうか。ビビ、ちんちんはね、おしっこするだけの場所と違うんだよ。男はね、大人になると、ここから『精液』つって、白いどろっとしたのが出てくるようになるの。その『精液』の中にある『精子』はね、ほんとは女の人の身体の中にある『卵子』とくっついて、赤ちゃんを作るためにあるんだ。だけど、その『精液』を出すとき、出す過程で、男は凄く、たまんないくらい気持ちよくなれるんだよ。そして、セックスの過程でその快感を味わうことが出来るんだ。ここまで分かる?」
「なんとなく」
「で、セックスって言うのは、単純に言っちゃえば男の人と女の人で、赤ちゃんを作るための行為なわけ。だけど、もっと重要な存在意義があってさ、何だと思う?」
「……?」
「例えばさ、ビビ、さっき俺にキスしてくれたよね? あれは何で?」
「ジタンのこと好きだから」
「そう、ありがとう、そうだよな。俺もビビのことが好きだからビビにいっぱいキスしたいと思ってるし、実際してるよね。これと同じ事がセックスにも言えるの。セックスも、好きって気持ちがすごく重要。もちろん、セックスをする事自体、快楽を伴うものだから、その気持ちが無くってもしちゃう人はしちゃう、けど、やっぱり俺は、『好き』って気持ちがセックスの重たいところだと俺は思う。だから、俺は、そう、やっぱり、お前のことがすごくすごく、大好き、だから、お前に気持ちよくしてもらえたらいいな、お前もいっしょに気持ちよく慣れたらいいなって思うんだ」
「僕も、ジタンを気持ちよくしてあげたいって思うよ」
 ビビはさらりとそう言った。
「……そう」
 可愛すぎるその顔に、見とれてしまう。
「……俺のこと、気持ちよくしてくれる?」
「うん、いいよー」
 めまいを覚える。そうして、遅れてやってくるのはまた罪悪感。いや、痛みを与えるわけではないのだから、しかし俺は余計なことを教えてやいないか、でもこれくらいはきっと許される、背徳的な行為。
 うるさいうるさい、神様なんていないんだ、俺にはビビがいる、愛しているビビがいる、ビビが愛してくれている、それだけが本当だ!
「……ありがとうな」
 二度、キスをして、それからズボンを下ろした。今は萎んでいる。
「ビビ、……イヤじゃなかったら、俺のちんちん、直接触って、撫でてくれる?」
「撫でるの?」
 小さな手のひらが、はじめてジタンのペニスに、直に触れた。ひんやり冷たく、柔らかな手のひらに包まれて、ジタンはこの世のすべてを敵にまわしてもいいとすら思った。すごく惨めで、すごく鬱陶しい言い方をするならば、念願叶ったり。
 しかし、なんと言う罪悪感であろうか。ちゃんと立てるかどうか、心配だ。事実、三十秒ほど、ジタンのそこはうんともすんとも言わなかった。が、ビビの手がいたずらをするようにすらりと撫でたのをキッカケに、底の方から、芽が種子の皮を破り、土から顔を上げるような生命力の強さにも似た微動が起こり、やがて双葉が開くように、むくむくと勃起をはじめた。
「あー……、おっきくなってきたよ?」
「ん。ビビが撫でてくれて気持ちいいから、大きくなってきたんだ」
「僕、あったかいとおっきくなるんだと思ってた」
 ビビは撫で撫でしながらそんなコトを言った。
「ん? あったかいと?」
「うん。だってジタン、お風呂でおっきくなってたから。だから、あったかいとおっきくなるんだろうなって、そう思ってたの」
「……!」
 なんてこったい。
「あああ、あ、そうなんだ……、ああ、そう、知ってたんだ……、はは」
 少なからず、いや、多すぎるほど狼狽して、ジタンは引きつった笑いを浮かべるのがやっとだ。ビビは大して気にも止めず、
「思ってたんだけど、大人になると毛が生えるの?」
 などと、まじまじと観察する。
 ごくんとつばを飲んで、ジタンは頷いた。
「うん、うんそうなんだ、大人になると毛が生えるの。ここだけじゃないよ、ほら、俺、わきの下、生えてるでしょ? いろんなところに毛が生えてくるの、髭とかもそう」
「ふうん……。じゃあ、僕もおちんちんに毛、生えてくるかなあ」
 ジタンはうっと言葉に詰まった。見慣れたツルツルの不毛地帯に、自分と同じようにもじゃもじゃの毛が、ビビの場合は銀色の毛が、生えてきたらと思うと。
 今の段階では、ちょっと、想像の範疇を越えている。
 いや、やがてビビがもう少し成長したら、それもありになるのだろうけど。
 今の段階では、ちょっと、想像したいとは思わない。
「……俺は、ちょっと勝手なこと言っちゃうと、ビビのツルツルのあそこの廻り、すごく可愛いと思うんだ。俺、ビビの……、ツルツルの……あそこ、……うん、すごく……、あー……、可愛いと思うよ、うん」
 これではまるで「そうです僕って変態なんです」と公言しているようなものだ。いや、行動がすでにしているようなものか。
 いや、違う、自分の思いはまた、別のところにある。それを忘れてはいけない。
「だけどね俺は、ビビ、お前のちんちんがツルツルだから好きなんじゃないよ、他の子のツルツルのちんちん見たって俺なんとも思わないもの。そうじゃなくって、ビビのだから、ビビのだから、すごく可愛いって思うし、大好きなんだよ。忘れないで」
「ん? ん。ありがとう」
 ジタンの言っていることの異常性に少しも気づかないで、へらり、ビビは微笑む。
 これだけの罪悪感があってなお、この行為を止めようと決められないのを、愛情のせいにするのは卑怯だとジタンは……、ジタンでも、思う。単純に自分の意志の弱いことを、愛情という便利な言葉で正当化しようとしているだけに過ぎない。いや、愛のあることは仮に認められようとも、それはこれとは別の筈だ。
 他方で、セックスに愛が必要なのは紛うことのないことだが。
「……ビビ、あの……、あのさ、俺に、ビビの裸、見せてくれる?」
 通りすがりの変なおじさんがこんなことをビビに言ったら、俺は二秒以内に撲殺一歩手前まで行くだろうと思う。
「うん、いいよ」
 こんな素直、こんな簡単。ひょっとしたら通りすがりの変なおじさんにも見せてしまうかもしれない。さっき洗面所で見せたような無防備を、俺以外の誰かの前でされたらたまらないとジタンは思った。そうして、存在すらしていない変なおじさんを本当に殺してやりたいほど憎らしく思う気持ちと、激しい嫉妬までが胸の中に生まれた。数秒間、顔が赤らんでしまった。
 ビビは本当に何のてらいも無く、さらりと裸になってしまう。上から下まで、隠すことなど何もしない。銀の髪の毛先から、やわらかなラインの輪郭、透き通って向こう側まで透けてしまいそうな銀の瞳に、整った鼻筋とみずみずしい唇。偏執的に片っ端から見ていくと、ジタンはなぜだか自分の性器がより硬くなってくるのだった。首、細い首、何度吸い付きたいと思ったことか分からない。細くて華奢な肩からは、細い腕。胸板なんてものはまるでなくて、薄っぺら、雪の色だから熔けてしまうんじゃないかと不安になる真っ白な肌に、桜の花びらのような乳首が。舐めたい。自然な感じにくびれた腰、いつも抱きしめたとき、その細さに自分の強さの必要を意識する。そうして、ちょっと目を下げればビビの身体の中で今のところ唯一男性的な部分が、当然のようにおとなしくそこにある。年齢的に考えれば当然の事ながら毛など生えていないし、剥けてもいない。しかし、ほんの少し、いつもよりもふっくらしているように思う、ジタンは自分の都合のいいように、俺のに触れて少し興奮したのだろうと解釈する。思わず摘み上げてしまいたくなるようなほどの大きさに、皮の向こうがわ密やかな亀頭の存在がフォルムに現れる。その裏側から、始まるのは二本の足。自分の半分の太さしかないような綺麗な足だ。ただ、右の膝に、転んだときのあざが一箇所目に付いて、それが痛そうで、早く良くなることだけを祈った。小さな足の指先まで見つめて、ジタンは、激しい興奮に身を振るわせた。
「可愛いな……、ビビ、ほんとに可愛いよ」
 泣きそうな、かすれた声で、ジタンはそう言った。
「……あのさ、ビビ。ビビの身体、触ってもいい? 舐めてもいい?」
 ビビは目を丸くした。
「舐めるの?」
「……うん。ビビの、おっぱいとかちんちんとかお尻とか、俺、舐めてみたい。どんな味するのかなって思うし、俺の舌で、ビビがちょっとでも、ひょっとしたら気持ちよくなれるかも知れないから……」
 少し考えてに、
「おっぱいだけなら、いいよ」
 とビビは言った。ジタンはこのわりとすんなりの了解を、俺だからこそと信じた。他の誰にもこんなことはさせるまい、ただ心から愛しく思いあう俺だからだと。
 ジタンは、はやる心を抑えて、ビビを横たえ、まず、いつもどおりキスをして、それから薄色の乳首へと、唇を当てた。
 自分が始めてここを吸われたときに、どう感じたかを、なぞるように思い出す。相手はブランクだった。あのときは、あちらにこういう知識があり、こちらには無く、しかし身体の準備だけはしっかり整っているというある意味では最悪の状態だったから、ああいった結果になり、今でもブランクとは遠からず近からずの関係が続いているわけだが、そのときのことを。
 自分よりもあいつのほうがよっぽどよこしまだ。
 そんな自己弁護をしつつ、ブランクの舌先が自分の乳首を舐めたときに、自分はそこに熱を感じた。乳首の内側に、小さな熱の粒が、ぴちぴちと爆ぜたように感じたのだ。今も、誰かに舐められたなら同じ感じを覚えるに違いない。
 どうだろう、ビビはそれを感じてくれるだろうか。ちら、と上目で見て、ジタンは自分の甘い考えを愚かしく、可笑しく思った。だから、諦めようって。俺はどうせオナニーで十分だよ。
「どんな感じ?」
 それでも顔を上げて聞かずにはいられない。ビビはちょっと考えて、
「なんかねえ、くすぐったい感じ、おっぱいじゃなくって、……んーとね、全然関係ないところが」
「全然関係ないところ? どこ?」
「んー……、腰のあたり」
 小さな光を見た気がした。自分が味わう感覚と多少の相違はあれど、これはこの子に何らかのセクシャルリアクションをする機能が既に備わっているという証拠ではないのか。もちろん、ここですぐさま挿入に踏み切ったりするほどジタンは愚かではない。あくことなく乳首を舌で転がし、粒状に膨らんた乳首を、まじまじと見つめ、尿道の辺りにちくりと痛みを感じる。
 可愛いおっぱい。思わずそんな素っ頓狂な言葉を口に出して言いそうになるのだ。
 ジタンは異性の身体に、いまはもうほとんど必要を感じていない。だから、ふくよかで柔らかなバストなど、視界には入らない。そんなもの、そう、あえてこう言う、「そんなもの」より、例えばこんな、ビビの平べったい胸のほうが、よほど可愛い、よほど感じる。確かに、さわり心地は硬いし、胸があるからと言って、する側からすれば、例えば挟むとか擦るとか、少々下世話な話だが、ともあれそういったメリットはない。が、それでも構わないと思える何かの存在を、確かに感じることが出来るから、ジタンは平べったいビビの胸を愛でた。
「ビビ、見てごらん、自分のおっぱい、触ってみ」
「……?」
「乳首とんがってきてるだろ?」
 指摘された場所を、新鮮な目で見て、ためしに指で触って見る。
「ほんとだ……。なんで?」
「うん、なんでだろうね。でも、乳首ってね、触ってるとこうなるんだよ。俺も同じ。……触って見る?」
「ん」
 ビビは起き上がって、小さな手を伸ばし、ジタンの厚い胸板の乳首に触れて見た。またも罪の意識が上がってきて、ジタンは瞬きの回数が増えた。そのうえ、
「わ……」
 ジタンの真似のつもりだろうか、ビビは唇を寄せて、ジタンの乳首を吸い付いた。ちゅっ、と音を立てて一度キスをして、それからジタンがしたように、舌の先に転がす。たどたどしい動きではあるが、決して下手ではない。腰へ流れていく微弱な電流を、ジタンは感じて、危うく妙な声を出してしまうところだった。すんでのところで身を引き、作り笑いをする。
「な? ほら、ほら見てごらん、乳首、俺のも硬くなったろ?」
「ほんとだー……。ねえ、男の人の身体って、触られると硬くなるのかなあ?」
 子供らしい発想を、場違いながらほほえましく思う。
「かも知れないね。まあ、ビビもそのうちきっと、わかるようになるから……」
 言って、再び横たえる。
 きっと、うん、きっとそのうち。わかるようになって欲しいなと、祈るわけだ。私利私欲のためばかりではなく、ビビの幸せのためにも。
「でも、ビビのだって硬くなるんだよ?」
「えー……?」
「してみようか?」
 そう言って、ごくり、つばを飲み込んで、ジタンは顔を下ろす。一連の行為の間に、少し緩んでいたそこはまた、ごく一般的な十歳、あるいはそれよりももっと幼く見えるほどに縮こまっている。自分の親指と同じ程度しかないフォルムは、描かれた天使のそれに似ている。しかし、あれよりもずっとリアルで、またジタンには色っぽく艶っぽく見える。
「ビビ……、舐めるよ……?」
 ビビは、さすがに戸惑った。
「……そこも? ほんとに? ……洗ってないよ、今日、お風呂入ってないのに。汚いからだめ」
「気にしないよそんなこと。ビビのちんちんだもん、ちっとも汚くなんかないよ?」
「んー……、でもお……、なんか、自分で汚いって思ってるとこなんて、舐められるの、恥ずかしいよう」
 正常であり、また同時にやや偏った感覚を、ビビが持ち合わせているらしいことに、ジタンは新鮮さを感じた。そうして、ちょっとだけ意地悪をしたって許されると(既に十分非道なことをしているくせに)思って、ぺろりと舌先に、乗せて見た。
「きゃあ」
 本当に、そんな可愛らしい声を出して、腰をよじる。
「やだよぅ、そこやだ、駄目だよぉ」
 目に涙、浮かべているのを見て、可愛さに胸が苦しくなりながら、弁解の微笑で微笑む、銀糸を撫でる。
「どうしても? すごく可愛いんだよ、ビビのここ。俺のと違ってさ……。だから、舐めてあげたくなっちゃうんだ。舐めたら、きっとビビも、少しは気持ちよくなれると思うんだけどな」
 駄目? と、意識的に上目遣いをして尋ねて見る。
 ビビは、頬を赤くする。今日はじめて見せた、ビビの恥ずかしそうな表情だ。そしてこれは、きっと今後何度でも見たいと思う、「性的な恥ずかしさ」に染まった表情なのだとジタンは思い、嬉しくなって、じっと、じいっと見つめて、今日のこのときのことを俺は一生忘れないと誓う。
 やがて、ビビは小さく頷いた。
「……いいよ……」
「ありがとう。……じゃあ、ビビ、楽にして。まだ、気持ちよくなれるかわかんないけど、万が一にもなれたら、ビビも嬉しいだろ?」
「……ん」
 縮こまったそこが緊張している。ジタンはそっと、口の中にそれを入れた。実際には深夜、ジタンが自虐的自慰行為をしている際にも、舐めたり吸ったりしている場所だが、ビビがちゃんと起きた状態でこんなことをするのはもちろんこれが始めて。だから、緊張するし、興奮もする。
 洗っていないから汚い、とビビが心配するほど、汗の匂いはしない。ジタンにはそれが少し残念に感じられた。が、ほんの微かにだが、鼻の奥へと届く、体液の匂いを感じることが出来る。時にビビの脱いだ下着を、わざわざ洗濯籠の中から引っ張り出して顔を埋めそのまま自慰をするなどの変態的行為を行うにつけ、ビビの身体からはフェロモンが出ていると信じているジタンである、その、微細な香りにも、激しく興奮し、反応した。
 その上に、ビビの性器が、やや元気になってきた。親指程度しかない平常時に比べて、ジタンが口の中で転がしているうちに、徐々にだが容積を増し始めたのである。ジタンは一旦口から抜いて、「ほら」と指差して見せてやる。
「ビビのも大きくなってきたよ?」
 ビビは、少しまだ赤くなりながら、しかし、自分の身体に起こった変化の正体を知らないから、ものめずらしげに自分の性器を見る。
「ほんとだ……。舐めてもおっきくなるんだ……」
「っていうかね、気持ちいいと大きくなるんだよ。ビビ、舐められて少しは気持ちいいだろ?」
「……ん……、うん、たぶん」
「そうか。嬉しいよ、俺で気持ちよくなってもらえて」
 そうして、ジタンは再び、終わりの見えない口淫を再開した。
 ビビの身体から、丁度九十度くらいまで勃起したそれは、人差し指程度の長さにまで成長した。しかし、もちろんまだ皮は剥けず、敏感な部分はすっぽりと包まれたままである。これでは口で気持ちよくなるにも限度が設けられるが、それでもジタンはめげなかった。愛らしい小さな震えを見せる性器をいとおしく思い、舐め、撫でる。先っぽに余った包皮の先など、他の少年のこれをいつ見たって面白くも何とも無かろうに、ビビのものだと思うだけで、それがこんなに胸を震わせる。
 激しく自分のを扱きたく思う、そしてビビにかけたく思う。その欲求が攻撃態勢に入ったヘビのように舌をチロチロさせて、ジタンの心臓を舐めた。
「……もっと、気持ちよくなってきた?」
 掠れた声で尋ねる。
「……んー……、わかんない」
「……そうか……。でも、見てごらんよ、さっきよりまたもっと、大きくなっただろ?」
「あ……、ほんとだ……。不思議だなあ……」
「……俺のも」
 ジタンのペニスはもう、臨戦状態に突入。ギンギンに硬く、熱く、宿主はそれを持余して、開放することしか頭になくなる。本当ならばもっとビビに悪戯、いや、ビビのことを愛でて気持ちよくしてあげたいのだが、ここまで来てしまっては仕方がないとジタンはただ目先の欲求を優先させた。
 獣のごとく、「入れ」ないだけまだマシだと、勝手に決め付ける。
「ビビ、ねえ、俺の、すごいでしょ?」
「ん。すっごい、おっきいね」
「……、うん。ビビのこと気持ちよくしてたら、すっごいえっちな気持ちになっちゃったんだ。……ビビ、俺のこと、もっと気持ち良くして。俺……、ビビにかけたい」
「かけたい?」
「うん……。さっき、『精液』の話しただろ? あれ、俺、もうすぐ出ちゃいそうなんだ……。だから、ビビに気持ち良くしてもらって、精液出して、……ビビにかけたい」
 ビビは首を傾げた。
「何で?」
 ジタンは改めて聞かれると、まったく論理的な説明が出来ないことに気付いて立ち尽くす。いつも睡眠中のビビの身体にかけてしまうが、それはどんな欲求ゆえなのか、実は正体は不明だ。ただ、ティッシュに出してしまうよりは、その身体にかけたほうが、小さな身体を汚した実感が湧くし、実際にするときにも中に出さないで腹に出すことだってあるだろうからリアルだ。
 しかしそう考えて見ると、この身体を汚したかったのは俺はと、罪悪感がある。
 汚す、そう、精神的にだけではない、物理的にも。たまたま精液だからいいような気にもなるが、ビビの腹の上に自分の小便をひっかけられるかと自問すれば、首がもげんばかりに横に振るだろう。
「……、いや……、ごめん、いや、なんでもない。自分でするよ」
「いや、べつに、……かけたいなら、かけてもいいけど、なんでなのかなって思っただけだから」
「……理由が見つからない」
「んー? そうなの? ……じゃあ、まあいいよべつに」
 ビビは特に拘泥する様子もなく、ジタンの顔を見上げる。
「僕、どうすればいいの? どうすれば気持ち良くして上げられる? さっきジタンがしてくれたみたいに舐めればいいの?」

この上なく気持ちいい罪悪をジタンに味あわせながら、ビビはつぶらな瞳で見つめてくる。ジタンは唇を戦慄かせ、どす黒い欲望を抱える自分を自覚する。しかし同時に、だからこそこの銀色の美しい目が曇る時の決して来ない事を、誰より愛しい少年に約束する。
 だから、そう、陳腐な言い方だが、責任を取るのだ。
「うん……、舐めて、くれる? あ、嫌だったら、いいけど」
「へいきだよ。ジタンのだもん」
 うわっ、と目を覆いたくなった。ハート型の心臓が胸の外に、人体の構造を無視して飛び出しそうになった。
「ほんとに?」
「うん」
 ビビは深呼吸をひとつして、ジタンの砲身に顔を近づけた。あわわわわ、ジタンは自分がしてくれと言ったくせに、烈しく緊張する。そうして、その唇がジタンの亀頭を包み込むに至って、情けない声をあげた。
「あぅ……」
 それにびっくりして、ビビは顔を上げた。
「だいじょぶ? 痛かったの? ごめんなさい、僕、わかんないから」
「いや、いやいやいや、そうじゃなくって……、いいんだ、それで、それでいいんだよ」
「……そうなの? ……ジタン……、ホントに僕で気持ちよくなれる?」
「うん、うん、なれる、なれる。絶対になる。ビビがしてくれるんだから、絶対なれる」
 妙なところで力みこんでがくがくと頷く。ビビは自信なさげに小さく笑うと、もう一度、口を開けて、ジタンの「すっごく、おっきい」それを口の中に容れようとした。が、無論少年の小さな口に全部は収まりきらない。ビビは亀頭の部分だけを、口の中に入れた。
 そうして、ジタンが指示をしないうちから、舌を動かし始めた。
 包まれた中でぬらりぬらりと亀頭を這いずり回り、粘っこく絡みつくかのような感触に、ありえないほどの快感を覚える。口でされるのなんて、いつ以来だ? 考えをめぐらそうとするが、思い出せない。息を飲み込む。
 ちゅ、ちゅ、音を立てて、ぺろぺろ舐めて、時折ほんとうにいとおしそうにキスをしたり、また舐めたり、それら全てが、全く無意識の行動。苦しいほどの快感が、見る見るうちに器に満ちていく。
「ビビ、……、ビビっ、もう、もういいっ、離してっ」
 ジタンがそんな泣き声を上げても、ビビとしては訳が判らないから、すぐには反応できない、ぬるり、と口から抜くときに唇に引っかかる、それすらも快感となり、それこそがトドメとなる。
 表面張力で保っていたものが、たらりたらりと零れ落ちた。
「ん!」
「う、にゃ!?」
 だが実際には、零れ落ちるなどという甘いものではなく、それは例えが悪いが、ほとんど引き金を引いた水鉄砲。ビビの口に、顔に、とどまらず髪も胸も濡れるほど、迸った。尿道が熱く爛れてしまいそうなほどの、思いの固まりは、ジタンが思うよりも一瞬早く撃ち出された。
 精液で汚してしまったことの方が、余韻を味わうことなどよりも大事だ。ジタンは全身を熱くしながら、ビビの顔を拭くべく、タオルケットを引っ張った。
「んー……、すっごい、べたべただよぉ……」
「ごめん、マジ、ほんとにゴメン! すぐ、すぐ拭くから……」
 ビビは小さな手で顔に付着した精液を不器用に拭う。その唇についたのを、白いのを、早く拭きたい、その一心でジタンはなかなか引き抜けないタオルケットを諦め、自分の手で、唇を拭いてやった。
「ん!」
「あ、あ、舐めちゃダメだって、ビビ、舐めちゃダメ!」
「ん、ん、だって……、ん……、なんか、にがぁい……」
 汚いから駄目だよ! そう言いかけて、じゃあ何か、俺は、汚いものをビビにひっかけたっていうのかと。いや、事実、清潔かどうかには大いに疑問を呈するが。
「……と、とにかく、いま拭くものもってくるからちょっと、そのまま待ってて」
 サイドボードの上に載ったペーパーを箱ごと持ってきて、迅速かつ丁寧に、ビビの顔を、胸を、髪を拭った。
 ビビをキレイにし終える頃には、なんだかぐったり疲弊してしまったジタンだ。
 そうして、罪悪感罪悪感罪悪感罪悪感罪悪感罪悪感六度も書くと本当に鬱になる感情に支配されて、俯く。
「……ジタン?」
「んー? ……えへへ」
 実体の無い微笑を浮かべて、膝の上に載ってきたビビの頭を撫でる。求められたキスには、口淫の後ではあったが、応じる。
「ジタン……、僕で、……気持ちよく、なったの?」
 心配そうに尋ねる。射精した直後のジタンが何だかがっくり来ているので、不安になってしまったのだ。ジタンは頭を優しく撫でて、耳元にちゅっとキスして、くすぐったいのが理由でもとにかく微笑ませてから、
「すっげえ、気持ちよかった、よ?」
 なんで、なんでそんな嬉しそうに笑っちゃうんだよ。ジタンはビビの笑顔に一頻り枕に顔を押し付けて奥歯で噛み殺し、それからビビを身体の上に載せた。大して重くもない。抱き上げたままだって、これなら出来そう。しかしそんな思い上がりも、今は少し痛い。ビビはジタンの頬に頬を擦り当て、それから何の考えもなく、口付けをしてきた。ジタンは一瞬固まったが、仕方がないことと、それを甘んじて受けた。これくらいが何だ。
 好きだ好きだ好きだ、大好きだ、大好きだ、ああ、愛してるんだ。
 ごめんね。なのにこんなことをして。
 しかしどこかでまた、臆病で卑怯な心は「でも優しく本当に愛してくれたじゃない。ビビは俺のことがそれくらい好きなんだよ」……プラスとマイナスを行き来する、覚束ない関数グラフ。
 ジタンは目をうつろに天井に移した。その顔を、ビビが不思議そうに覗き込む。
 少年の身体にすっぽり乗っかってしまう子供の背中を優しく撫でる、ちょっぴり冷えてしまったか。ジタンは布団を膝から捲り上げて、肩まで覆った。
「重たくない?」
「全然……」
 ビビのくれる重さが、俺に明日もあればいいなと、そんな風に思うのだ。
 愛してる愛してる。
 愛してる。
 俺はお前を愛してるんだ。
 この気持ちを伝えるためにも性行為はあってもいいんじゃないかと、性を年齢を超越して在っていいんじゃないかと、例えば288号に縋る。あの知性的な男は理性に基づいて、「それもありだと思うよ」、そんな風に笑うに決まっている。
 性行為は愛の象徴だ。互いの心を受け取る方法だ。「どうすればこのヒトのことをもっと愛する事ができるだろう」、その方法論だ。恥ずかしい事だって出来る、汚い事だって平気、痛い事だって辞さない、一連の覚悟は、この人のためならと、その一途な気持ちにのみ成り立つものだ。形の上では好きでもない相手とだって可能かもしれない、なんの思いいれもない相手とだって。しかし、やはりそこに純然たる親愛の情があればこその行為に違いないと、そうであって欲しいと、ジタンは思うのだ。
「おやすみ、ビビ」
 既に返事は返ってこない。寝息ばかりが、穏やかなリズムでジタンの耳に届く。今一度の罪悪感を味わい、少年も目を閉じた。

 

 

 

 

「で、……ほう、……ふうん、……そうか、なるほどね……」
 興味深そうな顔で288号は頷いた。ジタンはみっともなくにへらにへらと笑みを崩さず、膝の上のビビの髪をここ十分弄りつづけている。おかげで朝、寝癖を解かしたかいもなく、いまはくしゃくしゃだ。撫でられている当人はしかも、ジタンにいっぱい撫でられて嬉しいと思いこそすれ、何でジタンがこんなに嬉しそうなのか、そして何で288号はそんな顔をして僕を見るのか、その理由にはまるで思い至らない。
「まあ……、なんつうの、最悪にグッドタイミングっていうかさあ」

「願ったり叶ったりな訳だね」
「欲を言えば昨日の朝だったらよかったけどねー」
 288号は少し考えて、
「恐らく、君が昨晩にしたことが最終的な引き金になったんだろうね」
 と分析する。
「ビビの身体は僕らが思っていたよりもずっと大人だったんだ」

 ジタンは俯いて、ビビの髪の甘い匂いを一頻り嗅いで、それから拳を固めて、
「んっ……もー! すっげすっげすっげ可愛かったんだから! なあビビ?」
「え? ええ?」
 シーツに零れた白い蜜。した本人は、「ジタン、ねえねえ、見て、ジタンにしてたみたくいじったら、僕も出たよ白いの」、朝っぱらから鼻血を出した思春期真っ只中が約一名。変色したハートに矢が刺さっているさまは、今も288号の目にしっかりと映る。
 当のビビは困惑気味。あまり品のよくない恋人に、「おそろい、な、ビビ、これ俺とおそろい」、キャッキャと騒がれて、ようやく意味を知る。しかし、それが理由でこんなにジタンがはしゃぐ理由は見当がつかない。おそろいになったのがそんなに嬉しいの?そんな程度の認識で。
「まあ……、僕に言えることは相変わらずのことだよ、あんまりビビの負担にならないようにね」
 ぎゅう、とビビを抱きしめるジタンは、がくんがくんと頷く。
「もちろんッ。俺、ビビのことホントに好きだからそんな、無理なんかさせないよ」
「……んー、まあ、君のことを信じるほかないけどね」

 288号は微苦笑を浮かべて、でも良かったねとジタンとビビの頭を、撫でた。
「288号、俺ね、一人になんなくってよかったなって、今すっげえ思ってる」
 ビビの髪に鼻を突っ込んだままのくぐもった声で、ジタンはしみじみと言った。
「俺、すごく寂しかったよ。ビビと一緒にいるのに、することで頭がいっぱいで。そんなことないって信じてるのに、なんだかさ、ビビはホントに俺のこと好きなのかどうかって。たかがセックスのことでそんなこと考えちゃってた」 膝の上のビビが顔を上げて、
「僕はジタンのこと好きだよ?」
「うん」
 解かってるよ、と微笑んで、だけどその一つが叶わないだけでも人間だいぶ違うもんだとも思う。たかが、されど。
 もちろん、もちろん、身体より心。精神愛。そしてそこから始まるのが全ての愛。そういう思想の持ち主のジタンだ。それでも、やはり、なんというか。身体の一部分だけでも言う事を聞かないというのもしようのない事実。やるせない真実。
 だからね、俺は……。
「ビビとセックスしたいんだ」
 288号はもう、クスクス笑いながら立ち上がる。
「やりなさい、大いにやりなさい」
 したい、したい、したい、こうして、したい、抱き合っていたい、大好きだから、いつもいっしょに居たい、心からしたい、だけじゃなく身体でも愛し合いたい、君と、いつだって一緒に。
「ん?」
 ビビはきょとんとした顔。

「ビビ、愛してるぜ」
 返事より先にくれるキスが、俺の答えだと。ジタンは抱きしめる。
 ただ辛うじて、さすがにこんな真昼間からするというのは品が無さ過ぎるとも思うので、とりあえず今晩。約束の夜まで、昼間しか出来ないラブラブを謳歌しよう。
 春が来た。春が来たら陽気が良くなって、頭の中に虫も湧くさそりゃ。 ビビは、幸せそうなジタンを見て、嬉しそうに笑う。その微笑が答えだ。
 ジタンが幸せになる、ビビが幸せになる、世界が幸せになる。


 



もちろん最初は痛がるものだ、これは誰だってそう、自分だってそう。しかし、快感は皮の中に密やかに存在するもので、それをそっとそっと剥いていけば、瑞々しい甘味が零れだす。
 その甘味をビビが知ってから一週間が経つ。その間交わった回数は十回を数え、これは平均と比べても、またもちろんビビの身体の幼いことを考えても、十分に多すぎると言える。しかし、ビビは最中にも決して「嫌!」とは言わず、ぎゅっとジタンにしがみ付いて、少年を泣かせるほど嬉しがらせる。理由は、下世話な話になるがジタンの下準備が巧みで、長い時間をかけて解きほぐして念入りに濡らしからでないと容れないという慎重さだ。常識的な恋人たちの多くがそうであるように、ジタンもまたビビが痛みに顔を歪めるところなど見たくない男だから、快感に程よく辛そうな顔を見たいがために、一生懸命になるのである。
 無様なほどに勃起しているからには、心底の衝動が在る。しかしそれを抑制し、恋人を苦しめてなるものかという決意も併存する。本当に愛したいと思う心があり、本当に愛されたいという自己中がある。全てを叶えるとしたら、ちょっとの我慢を自らに強いる。早く容れたい早く容れたいの情動を抑え、甘やかなキスを繰り返し、すぐ緊張したがる小さな身体のビビの、相対的に狭い其処を柔らかくしてゆくのだ。あまり我慢強くないと自覚しているジタンは、しばしば鎌首を持ち上げた欲望に甘えそうになる。しかし、我慢しつつどこかで、この指の感触も悪くないと思うことに幸福を感じる。
 そんな風な夜が続く。幸せな幸せな。
 そうして今夜も、先に布団で待っているビビの元へ。
 ビビと第ニ義の「抱き合う」ことをするようになってから、一時期はオナニーの前に呑んでいた晩酌も止めた。ビビの前でロックグラスを傾けてカッコつけてみたい気持ちもあったが、それのせいで立てなかったりしたら勿体無い。それに、酒よりビビだ。ウイスキーよりも口に熱く、喉を焼き、胸に甘いものを俺にくれる。何より翌朝に少しの頭痛もしなければ二日酔いも無い。それでいてもっと酔えるのだから、これほど素敵なことも無い。
「ビビ」
 ドアの影からひょいと顔を出す。
「んー」
 ジタンを見て、ビビはにっこり笑う。セミダブルベッドの半分を、ちゃんと空けて待っていてくれる恋人に、ジタンは足をもつれさせながら飛び込んだ。
「きゃあ」
「んー……、んー、可愛いッ」
 パジャマのおなかに顔を埋めて、甘えん坊の猫のように鼻を摺り寄せる。どうしてか、いつ嗅いでもビビは甘いミルクの匂いがするのだ。これは子供特有の匂いなのか、それともビビだからなのか、ジタンには判断できなかったが、少なくとも大好きな匂いの一つだ。もっとも、ジタンにしてはビビの髪の毛の先からつま先まで何処を嗅いでもいい匂いになってしまうのだが。
「くすぐったいってばぁ……」
「んー、だって、可愛いんだもんビビ、なあ、すっげえ可愛いよ」
 無差別賞賛攻撃。これに弱いビビは、白いほっぺたを少し染める。
 ジタンがビビを評して、口癖のように言う「可愛い」は、それこそ「可愛い」という言葉がひどく抽象的なものである以上、無限の解釈が可能なものではある。ビビのどこをとっても、誰が見ても、結局言葉に困って「可愛い」と言ってしまうのは明らかだ。ひとつひとつ分析していったなら、それこそ紙幅が足りなくなってしまい肝心な事が書けないから幾つかに留めておくが、その銀色のサラサラした髪、優しそうで大きな銀色の瞳、ふわりと甘いカーブを描くほっぺた、無条件にキスがしたくなる唇、そんなところか。
「……ジタンー……、ジタン、も、カッコいい……よ?」
 ジタンは動きを止めて、腹いっぱいにビビの匂いを吸い込む。
「俺の何処がカッコいいよ」
「えー……。んー……、とね、おなかの筋肉が割れてるところ」
「……」
 そんな微妙な指摘をされて、ジタンとしてはちょっぴり首を傾げたくもなるが、そうかそれじゃあこれからも日々鍛錬して筋肉を落とさないようにしないと、そんなことを考える、お手軽な構造の精神、しかし、その分それだけ微笑む回数が増えて幸せになりやすいのだとしたら喜んで、そんなジタン。
 嬉しくて嬉しくて、愛しくて、ビビの唇を啄ばんだ。
 ビビも、嬉しそうなジタンを見て嬉しそうに、唇を重ねる。
「……んー」
「ん、……ん」
「ん」
「ん、……。んっ、ん……」
 ビビは、まだまだ知らないことがたくさんで、ジタンに教えてもらわなければならない事が山積み。しかし、ジタンの教えてくれることは嬉しくて、みんなビビの欲しいものだ。
 小さな小さな身体。「友達」と「恋人」で、キスの味も仕方も違うのだということも、つい最近に知ったばかり。ジタンの舌と自分の舌が、おんなじ味でよかったと安堵したのはつい先週。無理もないまだ十歳そんな小さな身体幼い心。そんな子相手に欲情してどうにかしようというのは異常。しかしそんな無情な主体無き一般論は愛情の前には無力。
 ジタンのくれる全てを欲しいと思うから、指ほどの脆弱な性器に血を集め、鼓動も吐息も早め。
「や……、くすぐったい……」
「でも笑ってないじゃない」
 くすぐったい、とは違う、けれど、言葉にするならばそれしかない。「恋人のキス」をされただけで、耳朶の下あたりがこそこそと感じる。
「……だって……」
 ビビは困ったようにジタンを見た。ほっぺたの赤いその顔に、ジタンはこの子供を愛している理由を最低七つは挙げることが出来たろう。
 だがこの時に至って御託を並べるのは無粋というものだろう。
 真っ白い肌によく似合う、赤いパジャマのボタンを一つずつ、焦らずに時間をかけて外していく。ウイスキーを一気呑みするのは馬鹿な話。もっと美味しいビビなら、ゆっくりゆっくり、こういうプロセスも大切にして、酔いに溺れていきたいのだ。
 ビビはジタンの妨げにならないように、時折腕を抜くのを手伝う以外は動かない。これは義務感ではなく、ビビ自身の義務感。ジタンの求めには応じたい、応じるのが嬉しいという少年自身の気持ち。
 パジャマのズボンを下ろすときにも、ちゃんとビビは両手で身体を支え、尻を上げる。健気な少年の一挙一動に、ジタンは息を振るわせた。
「ひゃ!?」
 思わず、その下半身、パンツを下ろすより前に、顔を摺り寄せる。さらさらの太股にほお擦りをして、下着の上から嗅いで。もう、ちゃんと硬くなって、俺を待ってくれている。ジタンは、感動とはこれを言うのだと、自分の辞書に書き加える。いわゆる変態的行為に興ずる。
 変態でもビビが好きなんだから良いとは思うが、しかしあまり変態で突っ走りすぎて当のビビに嫌われては困るから、適度なところでやめて、最後の一枚を下ろす。
「……ビビ、俺がいないときオナニーした?」
「え?」
「……オナニー、ほら……、一人でちんちん弄って気持ちよくなってさ。精液出すの」
「うー……、うん、してた……」

あの朝も、夢精ではなく自慰によってだ。詳しくは書かないが、十歳は「朝立ち」した自分の幼根に、前夜ジタンにした愛撫と同じものを施し、到達したのだ。だから、仕方に関しては本能的に知っている部分で行なえる。
 今日も、だから、既に一度。
「……なんで判るの……?」
 ジタンは得意げに笑う。
「匂いで。ビビのパンツ、おしっこだけじゃなくて、精液の匂いもしてたからさ」
「ちゃんと拭いたよ……」
「後からね、またじわじわ出て来るんだよ精液って。ほんのちょびっとずつだけど。でも、ビビのおつゆの匂いはすぐ判っちゃうよ」
 つん、と反り立つペニスに、悪戯するように指を這わせる。
「ね、ビビ……。見せてよ」
 その指も離して、ベッドの上にちゃんと座り直す。
「ビビ、どうやって一人でしてたの? ビビのしてるところ見てみたいな」
 ビビは素直に頷く。
 その行為がどんなものか、まだ正しく理解していないからだ。
 しかしジタンは、その必要も無いと考える。人間は元々裸だったのだし。子供など、裸が自然の姿とでも言えそうだ。
「……ジタンも、触ってくれる?」
 気にかかることといえば、そんなこと。
「もちろん。ちゃんといっぱい触ってあげる。約束するぜ」
「……ん」
 約束だよ? という顔をする。ジタンはもう一度頷いた。
 ビビは、自分のペニスに細い指を絡ませた。意識的に恥ずかしいとは思わなくとも、やはり心のどこかで、恐らくは本能的な部分が無意識的に感じている羞恥心に、そして隠し切れない興奮に、目を反らしながら、
「はう……、ん、っ、ん……、んん……」
 しゅっ、しゅっ、そんなほんの微かな、ビビの手のひらと性器が擦れ合う音。ジタンは馬鹿みたいに正座して胸をどきどきさせて恋人の姿を見る。これは何というか、贅沢すぎるのではないかと不安になる。
「そうやってちんちん扱いてたんだ?」
「……ん、こう、やって……っ」
「気持ちよさそうだな……、ビビ、可愛いよ」
 ビビは切なげに、頷く。
 ジタンは身を乗り出して、ビビの耳を、舐めた。小さなみみたぶを、軽く噛んで、舌の上に載せて。
「ひゃう……」
「もう、くすぐったくないでしょ?」
「ん、ん……、僕、もう……、出ちゃいそう……ジタン、出ちゃいそう……」
 キュッ、と自分のパジャマを握る手に篭る力がそのままジタンの心臓を掴む。
「うん。おつゆ出てるからわかるよ。ねえ、ビビ」
「ふえ……」
「ちょっと、手、止めて。……今のうちにお尻慣らしちゃおうな」
 足広げて? そんな問いに、素直に従ってくれる。
「んっ、や……」
 さすがに舐められる行為には、まだ不馴れなところが残るらしく、出てしまいそうな声をどうにかしようとして口を手で抑える。苦笑して、その手を退かして頭を撫でてあげれば、泣きそうな目になって見上げて、ジタンの胸は天地創造の瞬間のように大混乱。
「よく濡らさないと痛いぞ?」
「……う……」
 そう言われては仕方なく従うものの。
「んっ、ふぅう……、あ、あんっ……、っん、んーっ」
 前を自分で弄っていたときよりも、遥かに盛った声をあげる。どうもこの子、こっちの方が素質在るのかもしれない俺にとっては幸運なことに。そんな下衆なことも考える。
 銀の花の小さな蕾に、舌で唾液をまぶす過程、酔わせているのだか、酔って行くのだか。
「じたぁ……っ、もお、……ガマン出来ないよぅ……」
 切羽詰った声が降ってきた。
「しょうがないな……」
 白い肌に、微かな紅が走ったようなビビの顔が、その震えた声が、たまらない。ジタンは興奮を気取られないように微笑み、膝の上にビビを座らせて、後からキス。キス一つに、ビビの身体には妙なパルスが走る。手を伸ばして、指で摘んで皮の上から少し扱いてやっただけで、
「んぁっ……あっ」
 ジタンにとって世界で一番大切な心臓が、ジタンのためだけに動いた。
 気持ちよさそうな、少し辛そうな、吐息が零れて、力を失う身体の重さが、ジタンに心地よい。
 幼根から迸った精液は、ビビのものであるというだけで、甘いクリームのようにも見える。
「気持ちよかったなあ? ビビ?」
「ん……」
 臍に溜まりそうな蜜を指に載せて、そのままビビの小さな唇に。んっと噤んだ口に擦り付けて、その唇を舐める。舌が出れば、只のキスではなくなる。ビビとしても、舌を出さないわけには行かなくなる。舌と舌が滑らかに重なり、唾液と精液が交じり合い、二人の口の中で、ジタンを酔わせるカクテルが出来上がる。ビビの震えも涙もしがみ付く強さも、全部が肴になって。
 言うまでもなく、みっともなく勃起しているのだ。しかし、まだそれを黙っている。やはり、ビビよりも「大人」であることをアピールしたく思うからだ。そんなことを考える時点で、もう子供に違いないが、ジタンはカッコつけてビビの頭をそっと撫でてから、ようやく自分の着衣を脱いだ。
「……まだ、するの?」
 一度いって、身体を弛緩させているビビは、困ったような顔で訊ねた。
「って……、うん。俺まだ出してないだろ? ビビだって一人じゃなくって、一緒に気持ちよくなりたいって思わない?」
「……」
 俯いて、ぽつり、
「おもう……」
「じゃあ決まりだ。な?」
 焦ってシャツを脱いで、ズボンも脱いで、パンツも脱いで。
 ビビの言うところの「すっごくおっきい」それを、他の誰も誉めやしないから、ここぞとばかりに見せびらかす。ビビはやはりじいっと見てしまうのだが、それは感心や羨望などでは勿論なく、ただ「珍しい」というだけのもの。まだ、それを欲しくて欲しくてたまらないということも無い。勿論、「それ」の与える快感は身をもって理解してはいるが、そこまでの淫乱でもないのだ。
 ジタンはまたビビの足の間に潜り込んで、小さな蕾を舌先で舐めた。
「ん!」
「さっきあんまり慣らせなかったからね」
 唾液をよく塗りつけたら、指を差し入れる。
 意外と柔軟なものなのだな、と、他の誰かのを弄って初めて理解する。もっと頑なでキツキツなものかと思っていたけど。
 そう言えば俺も一人で弄ってたっけなあ。
 懐かしくもなく思い出される。その一応はかつての、或いは現在進行形での「恋人」に、罪悪感無きにしも非ずではあるが。きっと許してくれるだろうこれほど可愛いビビ相手なら。
 当のブランクもまたビビに酔っていることを、ジタンはまだ知らなかったが。
「や……ぁん、んっ、んっ」
 やはり尻の方が感じるのか、痛みがすぐに快感に負ける。痛みの涙を浮かべる隙も無いまま、感じ始める。
「ビビの中、いいな。あったかくて、せまくって」
「んん、……っは……」
 指を二本に増やしても、負けることなくしっかりと食いついてくる。ゆっくり動かせば、粘りのある動きをして、締め付ける。
「んー……っ、ん! はっ……、あっ」
 気持ちよすぎて流れる涙が可愛い頬っぺたを濡らす様を、ジタンは呼吸のあがりそうなのを堪えながら見る。息を呑み唾を飲み、自分も二箇所で涙を浮かべながら。
 なじんできた指を抜いて、寂しげに口を閉じていくところを観察して咆哮を上げそうになるのを我慢して、「すっごいおっきい」ものを掲げる。
「濡らして」
「……ん」
 勿論、少しは痛いお尻を気にしながらも、ビビはそれに口を寄せる。浮かんだ液を見て、
「ジタンもおつゆ、出てるよ……」
 と涙目で言う。
「うん。おんなじだな、お前も、俺も」
 ぱくんと吸い付いて、どうやらこれは天性らしい巧みな舌使い。れろれろと回し動かし、ジタンのして欲しいところを全てカバーする。
 ビビ自身の外見と、している行為との落差。女性は男性のギャップに惚れるという話をジタンは聞いて一時期参考にしたことがあったが、あれは男性同士でも十分通用することではないのかと異議申し立てを行ないたい気分になった。
 しかし、あまり続けられてしまうと、敢え無く口だけで出してしまいそうだ。このところ毎日のようにしているから、やはり連発は避けたい。逆に、ビビが毎日、自分の手も含めて何度もいけるのは、若すぎるほど若いからか、病み付きになっているのか、それとも、天性のものなのか。いずれにせよ、ジタンにとってありがたくないはずが無かったが。
「ありがとな」
 口を、ティッシュで拭く。拭いておかないとキスが出来ない。
「じゃあ……、ビビ、おいで」
 ビビは頷いて、ジタンのあぐらの上に、そっと腰を落としていった。
「……、さすがに……、やっぱまだ、慣れないか、きついね」
 しかし、その分だけ、切羽詰るほどの圧迫感、勿論快感に直結しているのだ。ぎうぎうと締め付けられて、吸われているみたい。この快感はほかでもないビビが、自分のお尻でくれているのだと思えば、同様に心も締め付けられて苦しくて痛くて涙が出そう。息をするのも緊張を伴う。しかし、そうしてやっとのことで出し入れする一呼吸を、彼は小さな恋人に捧げたく思うのだ。
「大丈夫?」
 やっと腰を落として、震えながらしがみ付くビビに、そっと聞く。
 いつもこのとき、頬っぺたが濡れていて、さっきまで元気だったアソコが大人しくなってしまっていて、ジタンとしては、自分が望むことの途方も無さに直面して、全身が恥ずかしさで熱くなる。ごめんよごめんよ、謝るくらいならば、いっそしなければ良いのにとも思う。しかし、繰り返し繰り返し、何度も自分の思いを、本当はやっぱり正しいのだということを、自分が信じるために、同じ事を頭に響かせる。
 こういう形で味わう幸せの在る事を、俺は知っているんだから。
 ビビに、それを教えてあげたいから。
 無論、そこには自分の欲求も介在していよう、しかし、純粋な気持ちのちゃんと在る事は、誰にも否定なんかさせないつもりだ。
「ぃ、して、ぅ……るっ、ジタン……、あいし、てる、よぉ」
 両手両足総動員しっかりしがみ付き全身全霊抱擁体勢。目を潤ませながら、ジタンもしっかりと抱きしめる。
「……本当に。ビビ、俺、お前を、絶対、幸せにするから」
 力が緩む、濡れた瞳が、濡れた瞳を見て、どちらも我慢出来ずに、キスをした。
 細い太股を、ジタンは両手で支えて、そっと、引き上げる。
「んっ……! あ! あ!」
 びくっ、びくっ、と引きずり出されるような感覚に、跳ねるのを、優しく支えて、細かなキスを交えながら、セックスをする。
 その、小さなペニスが、再び上を向いて、小刻みな痙攣をしているのを見て、嬉しくて、安堵する。そして、
「ビビ、……動かしても、いい?」
「ん、ん、……んっ」
 がくん、がくん、がくんと三度も頷いて、もう一度しつこくもキス。
 この小さな身体を愛するのに、いくら優しくても優しすぎることはないのだろう。
「ジタン……っ」
 愛し過ぎる。
 何度目かのキスをした、ビビが震えた、放たれた精液が、ジタンの腹にかけられた。生暖かい、男の証、自分の恋人の、欲望の証、自分を愛している何よりも確かな。
 ジタンも、たまらなくなってビビから自分を抜き取って、その細い腹へ胸へ、精液を放った。
 そして、そのまま覆い被さり、濡れた頬を、また、キス、キス、キス……、キス。
「……ビビ……」
 その名をこんな至近距離で呼べる幸せに、また胸が熱くなる。
 起き上がって、改めて見下ろした幼い身体に、自分の垂らした精が散らばっていて、それがとんでもなく卑猥で申し訳ない。あわわわって気分になる。ごめんなさいなどと今更の謝罪を唇が紡ぎそうになるのを止めて、ティッシュで拭う。
 ゴミ箱にぽいぽい投げ入れて、改めて覆い被さって、溜め息一つに、温い肌を重ねたときにだけ味わえる悦びを詰めこんだ。
 こんな、心から安心しているときにも、両手両足に妙な力をかけて、ビビに重たくて窮屈な思いをさせまいと努力するのだから、本当に恋の力はすごいなと、ジタンは神秘的な物に触れた気分。大切にしよう、この気持ちを。自分を寂しさから救ってくれる恋人への思いを。
「……ジタン?」
「ん?」
「……んー……」
 胸の左耳を擽る、甘酸っぱいような声。
「愛してるよー……」
 両手両足の妙な力も抜けてしまいそうな一瞬を回避して、ジタンは喉に絡みそうな「うん」を言うのがやっと。
「……僕、ちょっとだけど……、なんでジタンが、えーと……、なんていうんだっけ」
「……セックス?」
「うん、そう、セックス、したがるのか、わかったような気がするんだ。……ジタン、そのかっこ辛いでしょ」
「平気だよ」
「……」
「ごめん、手がちょっとしびれてきた」
 横に、仰向けになる。
「……乗っかってもいい?」
「うん、勿論」
 たいした重さではなくとも、愛の分だけやはりずっしりと来るように……思っただけ。
「気持ちいいのは気持ちいいんだけど……」
 ビビは話の続きに戻る。ちょっと考えて、ジタンの胸板に頬を乗せて、小さな耳をぴったりとくっつけて。
「でも、たぶん、それだけじゃないよねって。……あのね、おんなじだから、ひとりでもふたりでも」
「同じ?」
「ん、気持ちいいのは一緒。だけど、ひとりよりもふたりの方が、ジタンといっしょのほうが、僕はいいなって思うの。それはね、一緒に気持ちよくなるって事が、嬉しいから。それが大切だなって思うから」
 えらく意味の掴みづらい言葉であっても、ジタンの耳にはそれが真実として伝わる。ビビの伝えたい気持ちそのままが、すんなりと胸の中、鍵のかかる引き出しに収まる。
「大好きだよ、ジタン。僕、ジタンとこういうことするの、なんだか嬉しい」
「ビビ……」
 にっこり、にっっこり、音が出るくらいに笑って、見つめる銀色の目は自分を写していて、そうやってみると自分の顔というのも案外見られたものかもしれないなんて思ったりもする。
 お腹とお腹、胸と胸がぴったりくっつきあうこのポジションで、名前を呼べる価値を、噛み締めて、しつこくも嬉しがる。
「ちょっとお尻、痛いけど……、でも、慣れるよきっと、すぐに。そうしたら……」
 ビビは、ちょっと照れくさそうに笑った。
 誘われてジタンも笑う。膝のあたりにくしゃくしゃになったままの毛布を手繰り寄せて、ビビの肩まで覆う。
「大好き、大好き、ビビ、大好きだよ」
「ん……、大好き」
 二人でいられる。二人で寝られる。当たり前のことがこんなに幸せなのは、当たり前じゃなかったことが、晴れて当たり前になったからだ。裸の肌を、重ねて眠れる、こんな毎日を、ずっと夢見ていた。それはただ思春期特有の性欲だけによるものではないとジタンは自覚していて、たくさんの理由相俟って、いつでも抱き合っていたいと。拠り所はほぼ全て、ビビが好き、本当に好き、その気持ちばかりで。

眠りに落ち、ようとしたその、瞬間にビビの、口からぽろりと零れた。

「……ジタンがくれる気持ちよさが、僕は大好き。……ブランクお兄ちゃんがくれたのも、気持ちよかったけど……」

 ジタンはぱかっと目を開いて、しばらく天井をじっと見ていた。

 何を言ったのか、今、この子は。

「ジタンとして始めて、僕、わかったような、見えたような、そんな気がするんだ、……ジタン、大好きだよ」

 何を言っているのかこの子は。

「……え?」

 うつろに声を上げて、ジタンはむっくりと起き上がった。

「……ビビ……、……え」

 舌がもつれる、こんがらがる、舌が怖がる。

「……ビビ、セックス、するの、初めてじゃな……」

「ん? ん、三回目、かなあ。一回目はね、覚えてないの。だけど、二回目にブランクお兄ちゃんとしたときに、『なんか覚えてる』って感じがあったから、一回目があったんだと思う。だから、ジタンが三回目」

「……、ブランクと……?」

「ん、ブランクお兄ちゃん」

「ぶ……ブランクと……っ、いつ、いつだ、ビビ、それ、いつの話……」

 血相を変えて詰め寄るジタンに、ビビはビックリして目を真ん丸くする。ジタンははっとして、自分を抑殺し、冷静さを持ち直して、

「……いつ、したの、ビビ。俺に教えてくれない?」

 やんわりと問う。

「んーとね……、そう、ジタンと初めて会ったばっかりのとき、うん、そう、あの、魔の森だっけ、あそこではじめてジタンと一緒にたたかって、僕、毒にやられちゃったでしょ? あれをブランクお兄ちゃんが、セックスして治してくれたの」

「なっ・……」

 ジタンは石のように固まる。

 あ、あ、あ。

 あんの野郎……!!

 俺はあんたの恋人じゃなかったのか!!

 っていうか、ビビを汚しやがって!! 俺の、俺の恋人のビビを!!

 矛盾した二つの怒りがぼっと燃えて、しゅっと消えた。ビビがじっと自分を見つめ、ちゅっと音を立てた優しいキスをしてきたからだ。

「……あの、ジタン、怒って……る?」

 不安げで、少し悲しそうな銀が、自分を見つめている。全く邪気のない、自分の意図せざる所でジタンを傷つけてしまったのならば悲しい、そんな気持ちがそのまま純粋なひとみの色に表れているようだった。

「……べつに、なんにも」

 ジタンは奥歯のむずがゆい感じを覚えたが、くっとそれを噛み締めて、ビビをきゅっと抱いた。

「俺、いいんだよ、幸せだから。でも、ビビ、あれだよ、あんまりそんなたくさんの人とセックスしちゃダメだよ? セックスって言うのは、大好きな人、愛してる人とだけ、するもんなんだからさ」

「……ん、だから僕、ジタンとするよ?」

「んー、ありがとう。大好き。俺も……、うん」

 ブランクは?

 まあいいや……、あの人強いからあの人はあの人で。きっとどうにかするんだろ。

 満たされている。

 ビビが此処に居る、俺の胸の腕の中に。余計な要素はいらない、その事実だけでほんとに十分。

 もう寂しくなんか無い。あんなに、こんなに、好きな子と二人でいつでも一緒にいたのに、どうして自分は寂しいなんて感じていたんだろう。あのときから気持ちは変わらないし、状況も大して。しかし、心はこんなに、あったかい。身体二つがちょっぴり繋がっただけなのに、どうしてこんなに、あったかい。心に基づく愛だとは、ジタンも確かに思うけれど、心の宿る身体がなければ、それは伝える術も確かめる術も持たない。ましてや、こんな年頃の男では。頭の十中八九が下関係で埋まっているような、十七の少年では。
「ほんっとに……、愛してる」
 かつての言葉が空虚だったとは言わないが、今のその言葉は、より確かで、より本物だ。
 ジタンは自分でもそう思う。


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