魔法の言葉

 ビビ=オルニティアはたくさんのパンツを持っている。

 洗濯を含む家事は、「料理をジタンにはやらせない」という不文律が成立している以外はその日その日で分担して行っている四人である。その日、洗濯を担当したのは288号だった。

 四人の男、しかも大概服やベッドを汚すような過ごし方を好んでする彼らである、洗い物の量は一般よりもかなり多い。288号はようやく春めいてきた陽射に煌くシーツやシャツの類を眺めながら、冒頭のようなことを思ったのである。

 ブランクやジタンはあまり服にこだわりがなく、「着やすけりゃ何でもよくね?」と言って憚らない。だから彼らの服の量はあまり多くない。288号も黒魔道士のローブの他には、いつまでもブランクのものを借りているのは心苦しいからとずいぶん前にコンデヤ・パタで買い込んで来た服を着回していて、それで事足りる。幸いにして三人の男たちは体型に大きな変化の起こりにくい体質であって、新しい服を買いに行く必要に駆られるシーンは少ないのだ。

 そして体型が変わらないのはビビも同じであるはずなのだが、この家におけるビビの服は、本当に着るのが一人なのかという疑いを挟まれる懸念があるほど多い。

 大雑把には「普段着」と「おしゃれ着」に分けられるだろうか。

 その「おしゃれ着」が半端な量ではないのだ。別に社交界にデビューした訳でもないし、そもそもこの一ヶ月を振り返ってみてもコンデヤ・パタに二回買い出しに行った以外は何処にも出かけていない。しかもその往復にビビが来ていたのは黒魔道士の服であった。そして付け加えるなら、ビビだって三人同様、リラックス出来る格好が好きなのだ。

 ……どうして僕は今日、四枚もビビのパンツを洗ったんだろう……。

 そう、極端に量が多く思えるのは、パンツ、なのだ。ビビは別にそうそう汚すような、はしたない子供ではない。それなのに、どうしていつもこれほどの枚数を洗う羽目になるのだろうかと288号は考える。白やベージュといった大人しい色の洗濯物の中で、ビビの穿いていた下着というのはピンクだったり赤だったり青だったり緑だったり紫だったりして、其処だけ春が先に訪れているかのような趣である。

 そして今は、四色の花びらがひらひら舞い躍っているようにも見える。切り株に腰掛けて、288号はしばし口を開けて見ていた。

「おお、ご苦労さん。昼飯チーズパイでいいよね」

 背後から近寄ってきたのはブランクだ。粉っぽい匂いがふわりと届く。朝食後から何時間も生地を捏ねて作るパイは、ビビの大好物である。

「何してんの?」

「……いや……、うん、……パンツ多いなあって」

「パンツ? ……ああ、パンツ」

 穴の開いたジーンズのポケットから取り出した煙草に火をつけて、ブランクは笑う。

「何かなあ、気付いたらとんだ衣装持ちだよな」

「昨日、君が洗濯したばっかりだよね? それなのにどうしてあんなに溜まってるんだろう」

「ジタンの馬鹿が隠し持ってたやつ。今朝全部出させた」

「……ああ……、ああ……、そういうこと」

「何か最近枚数足りねえなあって思ってたんだよ」

 ジタンが何のためにそれらの下着を隠し持っていたのかということについては、……判りすぎるくらい判る自分が苦しい288号である。変態のことが判るということは僕だって変態ということの証明に繋がりそうで。

「あんたはどれが好き? あそこに並んでるのも並んでないのも含めてさ」

 ぴ、と洗濯物を指差してブランクは問う。何が、と問い返した目に、ブランクはいつものように穏やかで悪戯っぽい微笑みを浮かべて、「ビビの持ってるパンツの中でさ」。

 春浅い風に靡いている四枚、左から、ピンク、白、緑と白のしましま、そして薄いブルー。誤解を招かぬよう書き添えておくと、ビビはもちろん男の子なのであって、男の子が本来穿くような無味乾燥――しかしジタンは言う、「それも捨てがたい」――パンツだって持っている。しかしブランクがジタンがあれもこれもと買い込んでくるうちに、いまやビビは下着に関してだけは「女の子」の要素が多い子である。

「僕は」

 288号は立ち上がって、溜め息混じりに言う。

「普通のが一番いい。あの子だって窮屈だろうからね」

「そうかなあ。……まあ『穿かない』ってーのもありだと思うけどな」

「そういうことを言ってるんではなくて」

 とぼけたように笑い、ブランクも立ち上がる。彼の赤毛を撫ぜる風はまだ少し冷たくて、首を竦めた。

「まあ、あれだ、あの子はどんなパンツだって穿くだろうよ。俺らがそれで喜ぶこと知ってれば、寧ろ自分から『穿きたい』って思うさ、あんたが何も言わなくってもね」

「そんなことは」

「いいじゃん、あんただって変態なんだ、ビビが心底から愛する変態なんだよ。そのことを認めちゃえ、な、素直になーれ」

 くすくす笑って、更に抗弁しかけた288号がしかしそれ以上言葉を発さぬことを判っているようにブランクは平然と身を翻し「風はまだ冷てーな」と呟きながら家に戻っていく。

 

 

 

 

 288号は午後、庭の花壇を耕した。ジタンは昼寝をし、ブランクはビビを連れてチョコボでコンデヤ・パタに行った。夕飯は288号がミートローフを拵えた。味は上々のものであったと自覚している。

 そして今夜ビビは288号と一緒に寝るのである。

 風呂にはブランクが入れた。ジタンと一緒に入るのではそれだけでビビが疲れてしまうから、彼の隣に少年が眠る夜以外は大抵ブランクか288号と入ることになっている。

 そういった、習慣の余白に何を吹き込まれたのか、288号は当然勘ぐるのだ。

「……まず、訊いていい?」

 ベッドの上で本を読んでいた288号の膝の上が今夜のホームポジションと言わんばかりに、ちょこんと跨いで座ったビビは首を傾げる。

「どうぞ」

「うん、……ブランクに、何を言われたの?」

 288号の問いに、ビビは屈託なく微笑む。

「えっと、『今夜はサービスしてあげなさい』、だったと思う」

「サービス……」

 ブランク、君は何かを勘違いしているよ、とても重大な勘違いを。

288号は僕が女の子の格好すれば、きっといつもより嬉しくって、積極的になってくれるからって……。僕、ね、『お兄ちゃん』にももっと、その、素直に、思ったままに、して欲しいなって思う。そのためだったら僕、頑張る」

 288号はビビが淫乱だとは未だに思っていない。思わないように、している。とても純粋な、年相応に透明で、性的などころか寧ろ純朴な普通の男の子だと、信じるようにしている。ただ三人の男たちのことが好きで好きで好きで仕方がなくって、そのために出来る限りのことをしたい、仮令その小さな身体に自ら負担を強いるようなことになったとしても、その結果三人が幸せになれるのなら平気だと。

 そういう、美しい心根を持った子だと、288号は信じたい。

 そう、この子は単純に、僕を喜ばせようとしてお風呂上りにメイド服を着ているのだ。

 ただそれだけ、シンプルで、透明な、愛情。

「だから、これもね」

 だがそんな自分の考えが、時に揺らぎそうになる。

 この子は実は、小さな身体の中にとんでもなく淫らな種を備えていて、……或いはそれはもう芽を出して綺麗な花を咲かせているのではないか、と思える瞬間が訪れる時は確かに在る。

 ぴら、とスカートの裾を捲られて、穿いているその下着に思わず目が釘付けになる。

「今日、買ってもらったんだ。こういうの穿いたらお兄ちゃんはきっとすごく嬉しいかなって……」

 きっとブランクはそんな少年のことを褒めたのだろう、「恋人のことを大切に考える、お前は優しくってちょっとえっちな、すごくすごくすごくいい子」と。

 そして更に、「言霊」をビビが得ている可能性を288号は懸念した。

 表情のすぐれない288号の顔を、ビビは心配そうに覗き込む。

「……ひょっとして……、288号はこういうの、好きじゃない? もっと違うののほうがよかった?」

 瞬間的に、自分が愚かなことを考えてしまっていたと気付く。

「いいや……」

 端的に言って、何が重要かという選択は極めて容易なものだ。其処からして既に違えるような真似は、288号にだって出来はしない。

「……すごく、……僕は、嬉しい、んだと、思う。……君が、僕のために、僕らのために、そんな……、だって、自分で穿きたいって思うわけじゃないでしょう? そうじゃなくて、きっと僕が嬉しいって思ってくれるから穿いてくれるんだよね?」

「ん? ん」

「……それが、嬉しくないはずがない。ただ……、うん、僕は、君がどんな君でも、大好きだから」

「うん? ……ん。僕もお兄ちゃんのこと、大好き」

 安心したように微笑んで、ビビが膝立ちをして288号の頬を、小さな掌で包む。ふんわりとした緩やかなカールのかかった銀の巻き毛はもう乾いていて、部屋に存在する飴色の光を集めて金よりももっと高貴な色に煌いて見える。

 黒魔道士特有の銀色の眼、奥には微かな紅が覗ける。

 瑞々しい頬、唇。はっきりと「天使のようだ」と評することに、288号は躊躇いを感じる。天使なんて見たことない、ただ少なくとも自信を持って言えるのは、「天使」なんて存在が仮に居たとして、其れがこの子より美しい可能性はきっと、とても低い……。

 長い睫毛を伏せて、ビビが唇を当てた。そのまま抱き締めると、やはり風呂上りらしく、幼い身体はふわりと心地よい温かさを288号の胸に与える。キスはすぐに熱を帯びた。先に唇を開けたのはやはりビビの方で、甘えるように唇を二度三度と舐めて、ようやく288号が扉を開ければ精一杯舌を伸ばして、薄荷の匂いを絡み付けてくる。その仕草は凛々しくもあるが、288号が控えめに舌を返して小さな口の上顎を舐めた、それだけでぴくんと肩を震わせる。

「……あう……」

 ビビが、スカートの上から股間を押さえる。

「……いつものより、ちょっと、窮屈……」

「それは……、うん、そう、だろうね」

「お兄ちゃんたちが穿いてるみたいなパンツなら、きっと楽なんだろうなって思う。……でも……、なんか、おちんちんスースーして落ち着かないんじゃないのかなって思ったりも、するよ」

 それは君の穿いているスカートの方が余ッ程。

 一つ、息を堪えて、288号は言った。

「もう一回、……見せてくれる?」

「え……?」

「ビビの、今日穿いてるパンツ、僕に」

 ああ、変なことを口にした。せっかくビビの甘い舌で蕩けかけた舌が、じりっと苦味を覚える。

 ただビビは、嬉しそうに頷くと立ち上がる。そして丁度288号の眼の高さに在るスカートを、捲って見せた。

「こんなの。……えっと……、ちょっと、変、かな。普段のの方が、よかった……?」

 瞬時には何とも答えられない。

 大抵の女の子のパンツは、ビビは持っている。ジタンの好きなしましまパンツは素朴で平凡で、だからこそシンプルな愛らしさがある。レースのついたピンク色がブランクの好みだということは、ビビに教えてもらったことがある。

 だが、今宵少年が穿いているものは、288号の知る下着の中で最も卑猥なフォルムだ。いや、フォルムというよりは、果たしてこれが下着と呼べるのかどうか、彼には覚束ない。

 だって、もう、ほとんど布じゃないじゃないか!

 ブランクに対して諸々言いたいことが溢れかけた。だが、恥ずかしそうに、それでも自分のために、スカートを捲って見せたビビには何の罪も無い。

「……透けてるね」

 結局彼に言えたのはそんなこと。

「ん……、だから、あの……、うん、ほんとは、ちょっと、普段より、恥ずかしい」

 極めて薄い生地は半透明で、白の向こう側にビビの性器の様子がほとんどダイレクトに覗けてしまう。そしてその生地の面積もまたずいぶんと小さい。少し、大きくなりかけた幼茎が既に布の中で突っ張っている。

「この……、腰の、とこ、リボンなんだ。だから、一人じゃ上手に穿けなくって、ブランクお兄ちゃんが結んでくれたんだよ。でね、お尻は」

 くる、と背中を向けて、細く小さな、しかし丸く愛らしい弾力を秘めた尻をビビは見せる。

「こんなふう」

 白い尻に白いレースが食い込んでいるさまを。

 そして改めて、スカートを上げたまま元の通り、288号に振り向く。はにかんだように微笑んで、それでも隠そうとはしない。

「……すごく、……うん、可愛い、と思う。すごくえっちで、可愛くって……」

「こんなカッコでも僕のこと、288号は好きって言ってくれる?」

「もちろん……。いや、あの、僕はね、ビビ。君の事、大好きだよ。君が本当に可愛くって大好きで仕方なくって……、僕にも性欲が在る、だから、君を強く思えば思うほど君を抱きたい気になってしまう。でもね、僕は仮に自分が男でなくっても君のことを好きになってると思うよ?」

 勃起しながら言っても本当の気持ちだと思うし、ビビは判ってくれるはずだと。

 スカートをふわりとひらめかせて、腿の上にビビが座る。

「僕も288号が好き。288号が女の子だったり僕とえっちしてくれなくっても好き。でも288号がしたいって言ってくれるのは嬉しいし、288号が喜んでくれるならするよ? こういう……、えっと、えっちな格好もする」

 そんなことを言うときの微笑みは、どこまでも透き通ったものであり、言うなれば「pure」という言葉がもっとも合致する。つまり少年は悪意も善意もない、ただ自分を好きになってくれた人を好きになる――無論、ビビだって相手を選びはするが――し、相手の欲に対しては真ッ直ぐに返したい。

「大好き」

 愛し合いたい、楽しいから、大好きだから、幸せだから。愛し合うという行為そのものを、……そんな喜びを僕にくれる人を。

 そういう気持ちを持った少年を――288号のような男であっても――愛しく思わぬはずがない。

 ビビが温かい指を頬に当てて、288号の唇にまた唇を当てた。今度はもう、288号だって何を堪える理性もない。絡めた舌を伝いビビの唾液が口へ滑らかに滑り込む。互いに決して巧みではないにしても、熱を重ねて炎に変えることは容易い。

「お兄ちゃん……」

 既に濡れた眼でビビが、また立ち上がる。今度は少しく恥じらいながらスカートを捲り上げた。半透明の下着の中で性器はくっきりと勃起している。恐らく仄かに赤らんでいるのだろうが、薄いが確かに白さを持った下着の布のせいで、色は何処までも清純だ。

「して欲しいの?」

 訊けば、素直にこくんと頷く。

「でも」

 指を、当てただけ敏感にぴくんと震える。

「せっかく可愛いパンツ穿いてるところを僕に見せてくれてるのに、脱がせてしまうのは勿体無く思える」

 鼻を当てれば、下ろしたての布の向こうから、性欲を持て余した幼い性臭が漏れて馨る。抱かれる夜には――無論普段から――よく洗っているはずで、288号の形の良い鼻に届くのは主に石鹸の香りであるはずだが、既にじわりと漏れ出しているらしい腺液と、どんなに洗っても消えない少年の性器特有の匂いは確固として存在する。

「ひゃ……ンっ……、んっ、おにいちゃ……! おちんちん、かいじゃやっ……」

「いい匂い。……洗わなくたっていいくらいだよ、ビビの身体はすごく、いい匂い」

 少年の股間に鼻を当てて匂いを嗅いでいる自分が、傍目にどう映るかということはこの際一旦脳の外に置こう。

 いまは可愛がればいい。

 可愛がりたいんだもの、可愛いんだもの、大好きなんだもの。

「ふ、あっ、おはなっ……、おちんちんくしゅくしゅしちゃダメだよぉ……!」

 良くぞ此処まで薄く仕上げられたものだと288号は思うが、決して高級な生地を使っている訳ではないだろう。肌触りは少しざらついており、実際のビビの性器の持つ、瑞々しい膚のテクスチュアとは程遠い。

 ビビ自身もそれが気になるのかも知れない、「おにいちゃん……っ、おちんちん、……ちくちくして、むずむずする……!」、好悪両方の意味で。

「ちくちくしてむずむずして、気持ちいいの? ビビの……、おちんちんが震えてるの、よく見える。皮の先っぽから液が溢れてそこだけ生地が濡れて、……透き通ってるみたいに見える」

 スカートの裾を握る指に、きゅっと力が篭った。嫌ならその手を離せばいい、このベッドに居る理由だって覚束ない。

 それでいてこの少年がそんなことを思いつきもしないし、今夜一晩傍に居て過ごすことを予め決めていたことを目の前の人が喜ぶのなら、少年は何処までも凛々しい決意に基づいて行動する。

 288号の指が、しゅくしゅくと音を立ててビビの性器の上を、在るや無きやの布越しに滑る。ざらついた布の向こうから、時折ビビが押し返すような力を伝えるたびに、窮屈な中に押し込まれその下腹部にぴったりと押し付けられた茎は泣くように弾む。元より小さな陰嚢は竦んだように上がり、少年の射精が近いことを雄弁に物語っていた。

「いきたい?」

 ビビが小さく開いた隙間から、泣き声の混じった吐息を漏らしながら、こくこくと頷く。こうして欲に何処までも素直な姿を、「淫乱」と呼ぶことだって可能だろう。どんな君だって好きだよと心の底から言った時点で、288号がビビの淫らなことを否定することは最早不可能だった。

 それを共に寿いで居ればいい、一緒になって遊べばいい。

「そう……、判った。でも、……うん、やっぱり脱がせてしまうのは勿体無いな、このまま僕に、君が射精するところを見せてくれる?」

「……このまま……?」

「うん、……嫌かい?」

 恐らく少年は、自分の視線に当てられたペニスにざらつく布地以上にちくちくとした刺激を覚えているに違いない。288号と比して分泌量の多い腺液は、性器が上を向きまた先端まですっぽりと皮に覆われているにも関わらず、茎を伝い、下着はぴったりとその性器に張り付いている。288号の指には僅かに湿っぽいような感触を届ける。

「……ん……、いい、よ……、この、まま……っ」

 ありがとう、と言うだけ言った。

「ひァあんっ!」

 舌を、当てる。ほんの微かな潮の味を覗けば、其れは湿った布を舐めているのと変わらない。ただ、内側から堪えようのないビビの震えが確かに伝わってくるし、蜂蜜のような声はシャワーのように降り注ぐ。

「ひ、っ、いっ、はぁっ……! お、にぃちゃっ、おにぃっ、……ぃンっ……!」

 髪一本ほどの厚さの布が、妙に分厚く感じたのは、ビビの震えがあくまで「向こう側」で起きたことだと、精液の味がすぐ届かないせいだ。288号は自分の頭に掴まることでどうにか身を支えるビビのスカートを捲って覗く下着の中、茎を使って精液がとろとろと這い、べっとりと布に白く付着するのを間近で眺める。匂いだけが、何にも遮られることなく彼の鼻腔を満たしていた。布はどんなに薄くても布であって、さすがにビビの精液を外にそのまま漏らすことはなく、余韻の震えを繰り返す陰茎を濡らしているばかりだ。

「……あ、う……」

 ビビが、膝を付く。濡れた視線と正面からぶつかって、また、キスをした。冷んやりとしたぎこちない舌に比して、自分の体温が痛々しいほど高まっていることを教えたら、ビビは何も言わずに288号の膨らんだパジャマのズボンに顔を寄せ、すんすんと鼻を鳴らす。

「……欲しいの?」

「ん……、お兄ちゃん、してくれたから、僕も……、んん、ずっと、お風呂出たときからずっと、お兄ちゃんのおちんちんしてあげたかった」

 細い指で、288号のウエストを引っ張る。

「だから、ずっとね」

 288号のペニスは、その年齢の男にしては色の薄さと銀の性毛相俟って、汚い印象を与えない。それでもビビの顔を隣に置けば、幼い少年の相貌の清らかな印象を強める。

「……ずっと……、お兄ちゃんのおちんちんのことで、頭の中いっぱいになってたかも……。さっき、いくときも、……いったらお兄ちゃんのできるんだって思って、すごく、どきどきした」

 ジタンもブランクもそうであるように288号もこの少年にフェラチオをさせるのは、好きだ。ビビの口は、ジタンに言わせれば「すっげー上手」でブランク曰く「割と上手」、288号は何とコメントして良いのか判らないが、その口で射精まで至ってしまう以上は悪い評価は少しも出来ない。

 その唇を舌を、時には頬や額や鼻まで、穢してしまう自分を罪深く思わぬでもないが、少年の愛らしい顔と行為のギャップ在ればこそ、快感は増幅する。

「……ん」

 先端に露を浮かべていた自覚も無いが、ビビは唇を当てて、ちゅっ、と音を立てた。それから唇から舌先を出し、吸う音を立てながら尿道口をちろちろと舐める。

 息を止めながら柔らかな癖で跳ねる銀髪の後頭部を眺めていたら、ビビが不意に顔を上げた。上目遣いに288号の顔を窺って、彼自身、自分の浮かべている表情の自覚も皆無だったが、「いっぱい、気持ちよくなって欲しいな。ここ」、と288号の陰嚢を、ふに、と下から指で持ち上げる。

「に、溜まってるせーし、僕、好き」

 288号に言えたのは、

「……あまりそういうことを言ってはいけないよ」

 などという、間の抜けたもので。かけられた言葉と同時にペニスをひくつかせてしまった時点で彼に発言権などなかった。

「言わないよー……、お兄ちゃんたちにしか言わないもん、こんなこと」

 ふわり甘く桃の香り馨る微笑みに、遅れて今度は亀頭を丸ごと口に含む。口の中で288号の性器が強張るのが嬉しくてたまらないと言うように、小さな鼻にかかった喜びの声をビビが漏らす。互いの反応が積み重なって、結論へと導かれていく。

「……僕は……、ビビは、すごく、上手だと思う」

 ぷあ、と顔を上げて、右手はごく自然な動きで288号の性器を扱く。唾液が絡み、手の動きに伴って卑猥な音が立つ。「じょうず?」と首を傾げて訊きながらも手は澱むことなく288号を愛撫している。

「その……、そうやって、するのが。……すごい、上手だって思う」

 君は淫らだと、間接的に伝えるようなものだ。

 だがビビは褒められたことを照れるように顔を伏せて、ほんの少しの言い訳をする。

「だって……」

 まだ右手は止まらない。言葉を捜す間に、顔を傾けて茎に舌を伝える。照れ隠しにそんなことをする意味を、きっと君は知らないねと、内心で思いを呟きながらビビの言葉を待っている。

「……好き、だから、だよ。僕、は、その……、おちんちん、好き。お兄ちゃんたちのおちんちん好き。だから、どうしても、おちんちん気持ちよくなって欲しいし、僕にして欲しいって、思って欲しい、から」

 そこまで言ったところで、さすがに恥ずかしさに耐えかねたか、ビビは288号のペニスで口を塞ぐ。もう288号も言葉を求めては居なかった。思えば馬鹿なことを口にしたものだ。どうしてもその言葉を貰いたかったのかもしれない。

 ん、ん、と鼻を喉を鳴らしながらビビは288号を扱く。充足感さえ伴うような快感は、短いはずなのに絡むようなビビの舌の動きにやがて行き場を失う。しかし288号はジタンに比べれば遥かに、そしてブランクと比べても多少は我慢強い。感じる悦びは負けていないはずだが、それは絶対的な身体能力の差でしか説明できない。

 それだけに長くビビの呼吸を制限してしまう自分が心苦しくもある。「大好き」な男性器を口にしている間、ビビだって烈しい興奮の中に居るはずなのに。

「……ビビ」

 特別な手入れなど何もしていないのに、甘い巻き毛は指の隙間を滑らかに抜ける。

「僕も、君のこと、してあげたい。……というか、君の……、お尻が見たい」

「ふえ?」

 びっくりしたように、銀の双眸を丸くされる。それは大変に気まずく恥ずかしいことだ。

「……だから、その」

「僕のお尻、見たいの?」

「……うん」

 ビビはくすりと笑う、288号を責めるようなことは一言も口にはしない。その代わりに、

「でも僕も、お兄ちゃんのおちんちん見てたい、もっとしたいし、まだせーし飲ましてもらってないよ?」

 そういうことを、言うのが平気ならば。

 288号の身体の上に逆さまに乗って、スカートの股間を晒すことだってビビには何の躊躇もなく出来る。陰嚢をぎりぎり収められるスペースから急激に切れ込んだ股下のラインはほとんど一本の細い紐でしかなく、僅かにあしらわれたレースの存在意義さえも危うい。こんなものを女性が穿いたら、とぞっとする。そもそも男の子が穿くこと自体、この下着の存在意義を危うくする行為ではあるのだが。

「あ、でも」

 完全に288号の顔の上に跨いだところでビビは訊く。

「……僕、せーし……、パンツにおもらししちゃったから……、くさく、ない?」

 288号の下腹部に頭を当てて、片手で身を支えながらスカートを捲り股間を覗きこむようにすれば、ビビの前髪は垂れて聡明な印象しかない額が覗く。288号はどうにかビビの顔に照準を合わせて、

「臭くなんかないよ、大丈夫」

 と、辛うじて安心させるように微笑む。

 この視界が自分は好きだ。確かに再び下ろされたスカートの緞帳の中には精液特有の匂いが立ちこめる。自分のものならば嫌で嫌で仕方が無い匂いが、恋人のものならばという気持ちは、恐らくビビが一番理解しているはずだ。

 288号の腹の上に乗った少年は、ジタンに「おしおき」と言って、あの後時折思い出しては288号の背筋を寒くするようなことをした。あれがビビの本性だったとしたらたまらないと思ったし、自分はジタンとは違うのでああいったことをされても嬉しくないとも。

 だが、懸命になってジタンを喜ばせようとしていたビビは、健気ではなかったか。

 其処に宿っていたのが愛情ではなかったとして、その名前を288号は知らない。

 だからこそ少しの羨ましさだって、眺める眼には伴った。

「ビビ」

 指を、双丘に食い込む紐に沿わせて撫ぜる。ビビの肛門の短い皺が、どうにか隠せるほどのかぼそく頼りない紐だ。ビビに届くように、スカートを捲って288号は呼ぶ。

「精液が乾いて、布が少し硬くなってきてる」

「……ん、ちょっと、がびがびする」

 ビビは答えながら、唾液塗れになった288号の精液を指でぬるぬると撫ぜていたところだった。

「終わったら、ちゃんとお風呂で洗って、……僕、また穿くよ。お兄ちゃんが好きになってくれたなら、何度でも」

「うん、洗ってあげるよ。……でもね、ビビ」

 言葉を紡ごうとする舌は痺れる。しかし飲み込めばきっと喉が痛む。

「今ここで洗うことだって出来るよ……、そう思わない?」

 ぴくりとビビが手を止めて、再び覗き込む。また、眼を丸くする。こんなときに見せられる無邪気な顔が、288号には痛みと感じられる。

「……お兄ちゃん、して欲しいの?」

「……うん」

「おもらししてるとこ見たいの? お兄ちゃんも?」

「……あんまり確認しないで。恥ずかしいから」

 ビビが288号のペニスから手を離した。ちゅ、と恋人の薄い腹筋に唇を当ててから、

「……したら、僕にもごほうびくれる?」

 と訊く。

「ご褒美?」

「ん。あのおもらしはね、ジタンが可愛かったからのごほうび。……僕が今夜してあげるのは、お兄ちゃんが今夜すごくえっちになって、いっぱいしてくれるっていう、約束」

「……ん、うん」

「だから、……僕が、したら、お兄ちゃんも」

「え、ちょっと待って、僕におもらし、を、しろ、と?」

 表現の希薄な男の、周章狼狽振りが面白かったのか、ビビはくすくすと笑う。

「お兄ちゃんはしなくていいよー。でもその代わり、おしっこじゃなくて、せーし、僕にいっぱい頂戴。お顔もお口もおっぱいもおちんちんもお兄ちゃんのせーしでベタベタにして。でもって、お尻の中、お腹の中も、いっぱいくれるって、約束」

 ビビが、小指を立てて右手を伸ばす。288号が結ぶのは、要するに今夜の約束。

 満足したようにビビが起き上がると、「スカート、濡れちゃったらダメだから」とスカートを脱ぎ、ブラウスも脱ぐ。

 ビビがブラウスを脱ぐ途中からぽかんと開いたままだった288号の口に、ビビが気付く。

「……あ、そっか」

 ――今更そんなことに――改めて照れたように、ビビは少し其処を隠す素振りを見せた。

「これもね、ブランクお兄ちゃんが買ってくれたんだよ。てゆうかね、一緒にセットになって売ってて、僕はパンツだけで良いって思ったんだけど、ブランクお兄ちゃん、『せっかくだから一緒に使いなよ』って。……これもね、ひとりじゃ着られないから、お兄ちゃんに後ろ、止めてもらったんだよ」

 其れは288号の記憶が正しければブラジャーとかいうものだ。大人の女性の胸当て。

 このパンツのサイズから想像するに、ビビと同じくらいの女の子のために作られているものだ。そんな子にこんな下着のセットを用意する「世界」というものを、288号は計り知れないような気になる。

「こんなのつけるのはじめて……。変、かな……?」

 ただ288号は首を横に振るのみ。パンツ同様透けていて、フィルタをかければビビの早熟苺の乳首は更に淡く儚げな色となる。

「変じゃない、とは思う。けれど正直、……何と言えば良いのか」

 今更ながら、ビビは愛らしい顔をしている。「女の子のように見える」とはよく言ったもので、それでもビビはちゃんと凛々しい男の子の顔をしてもいるのだ。女装がきっちりと似合う半面、美しい立ち姿がそれでも「女装」の域を出ないのは少年の少年たる所以であって、どんなに愛らしい下着を身に付けて、その身体を女同様に取り扱うことに躊躇いがなかったとしても「少年」すなわち「男の子」である。

 パンツまでは許容できて、ブラジャーになると抵抗が在るというのは妙な話だ。

「いや、うん、……可愛い」

 ほっとしたように、ビビは微笑んだ。

 まだ彼らには過ごした時間が足りない。こんな風に互い、少しずつ探り合うようにして安心を得ていくほか術はない。裸になって膚を重ねてさえこうなのだ、例えばあと十年も経ったならと288号はふと考えた。「あの子」と「僕」はもう当たり前のように、穏やかでそこそこ淫らな日々を過ごしているのだろうか、と。

 ビビが顔に跨ったことで、思考は止まる。膝立ちして足の間に288号の顔を挟む格好となって、ビビは見下ろす。

「えと、……こういう、感じかな……、ジタン、これで多分、すごく嬉しくなってた、よね?」

 ついつい、口が開きッ放しになってしまう。

「え。あの、え、……その、顔の上で?」

「……だって……、その、ジタンとしたときこのあいだ、こうやって……」

 自ら進んでとんでもないことをしようとしていたことに気付いて、ビビが真ッ赤になった。288号は首を起こし、「ひゃんっ」、ビビに高い声を上げさせた。確かに下着には乾いた精液の濃厚な匂いがこびりついている。

「……そこまで言ったつもりは無かったんだ。ただ、ビビがするところ、見ることが出来たら僕は嬉しいなって」

 足の間から抜け出して、ビビの背中に回る。妙にくすぐったいような可笑しさが浮かんで、ついつい笑ってしまいそうになるのを堪える。それでも喉が鳴って、ビビを恥ずかしがらせ更にその羞恥心を煽るのが楽しいことのように思えてくる。普段はブランクやジタンがそういったことを口にするのを傍で聴いてビビが可哀想にすら思えているはずなのに。

「確かに、間近でおもらしするところ見られたら、それはとても贅沢なことだね」

 言って、「独り占めにするのが勿体無いくらいに」、もう思いつきのまま、288号は行動する力を得ていた。

「お、おにいちゃっ……、にゃっ、な、にっ」

「うん……。せっかく脱いだのに申し訳ないけど、もう一度服を着て」

 戸惑いながら、再びブラウスに袖を通したビビを抱き上げるのは容易い

 そして臆病な288号でも勇気を出せるような少年だ。

 外は、さすがに寒いか。しかしビビの膚は熱を帯びて熱く、其れは自分も同様のこと。風邪を引かさなければ多分、大丈夫、「何をしてもいい」とビビはきっと言う。

 黒魔道士の村で一番の宵ッ張りがこの家の三人である。ビビに黒い革靴を履かせ、表に出た。パジャマとメイド服が手を繋いでいるところを、見咎めるものは恐らく居ない。

「お兄ちゃん……、僕」

 きゅ、とスカートの前を押さえてビビが困惑した声を上げた。

「おしっこしたい?」

「ん……、だって、もう、すぐするんだって思ったから……」

 さすがに息は白い。スカートの内側にはいつも以上に冷気は侵入してくるはずだ。

「それじゃあ此処で、出来る?」

 え、と顔を上げる。

「……此処、で? お外で?」

「そう、此処で。大丈夫だよ、誰も来ないし、僕しか見ていない。ビビが可愛いパンツから零した恥ずかしい水溜りだって、明日の朝には乾いてしまうだろうし」

 ビビは「嫌」とは言わない。交わした約束は下らなくても絶対に護る。

「……う、ん……」

 はぁ……、と口元から白い息がふわり、流れて静寂の夜に消える。

「わかった……、此処で、する……」

 身体に、ぞくぞくとした震えが奔っている。スカートの裾を持ち上げて覗かせた下着の中で、性器は縮み上がっているように見える。今は性欲よりも排泄への欲求の方が強いらしい。

「……見える……?」

 は、は、と浅い呼吸を繰り返すビビは、とても危険な存在に見える。

「見えるよ、もう、すぐ出そう?」

「ん、……おしっこ出る……、我慢できない……、出していい?」

 屈んで、288号は促す。

「いいよ、……こんなえっちなパンツを穿いて、女の子の格好して、お外でおもらししてしまうような、悪い子を僕に見せて」

 ビビの身体に再びぞくぞくとした震えが奔るのが見えた。この状況に、自分がしようとしている行為に、倒錯し陶酔し、しかし未だ泌尿器は小さいままだ。その興奮が弾けたとき、どれ程淫らな有り様を見せてくれるのだろうと想像するだけで、288号の舌下からは唾液が滲んだ。

「……は……あう……うう……」

 声を零しながら、ビビが放尿を始めた。

 下着の中で鳴るせせらぎもさることながら、湯気だ。少年の身体が帯びた熱は液体の形で表出し、外へ零れ出し、一群は太腿を伝いまたある一群は直接下着の前から溢れて足元の下土に水溜りとなる。触れればきっと熱いのだろうということは288号にも容易に察しが付く。そしてそれだけの熱量を放出してもなお、ビビの身体は燃え尽きるということはまるでない。

「たくさん出るね……、まだ止まらない?」

「ん、……だって、っ、がまん、してた……」

「そう……、偉かったね。でも本当は此処でもまだ我慢してなきゃいけないんだよ? こんな風にね、トイレまで我慢できないでお外でおもらししちゃうのは悪いことだよ」

 こういうことを、288号は――当の本人は思考が正常に回らないくらい興奮しているのだが――あまり表情を変えずに言う。

「だ、って……ッ……!」

 下着から溢れる液体の勢いが、ようやく収まって来た。これだけの量を溜めていたのだとすれば、288号が言い出さなくてもセックスの最中で失禁していたはずだ。

 ビビだって「予定」のうちに入れていたのだということを、288号は何となく、理解する。

 無意識の内にビビに迷惑を掛ける、

「……悪い子だけど、可愛い。……逆かな、可愛いけどやっぱり君は悪い子かもしれないね。見てごらん、パンツ、びしょ濡れだ。足元の水溜りも、すごく大きい」

 288号の言葉は、自然とビビの膚を舐る。導かれるように自分の下半身と足元を見たビビの身体に、放尿を終え熱を逃した故のものとしては強すぎる震えを催した。

「うあっ……、ひゃっ、あっ、や! あっ……」

 スカートの裾を握り締める手に力が篭る。288号は小さく微笑んで、「せっかく洗ったのにね」と、何処までも落ち着いた声で言う。ビビは膝をガクガクと震わせながら、自分の身に起きた現象を、どう解釈したらいいのかまるで判らない。

「……可愛い子、だけど悪い子。……ええと、整理しよう、ね。ビビは、メイドさんの洋服、つまり女の子の格好をして、誰が来るか判らないようなお外で、恥ずかしいパンツを見せながらおもらしをするのが気持ちよくって、そんな自分のえっちなところを見て射精してしまうような、要するに可愛い子だけどすごく悪い子なんだね」

 288号は自分が発している言葉がどれほど――ビビに対してではなく――「酷い」ものかという点について、ほとんど無意識だった。彼の性器もビビのはしたない姿を見れば弾けそうな熱を帯び、先程から何度となく震えている。腺液で下着に染みがついていてもおかしくないくらいだ。

「あ……う、だ、って……」

「言い訳する必要はないよ。そんな君を……、僕は可愛いって思う、本当に、すごく可愛いって思う」

 288号は言って、ビビの身体をひょいと抱き上げた。まだ熱の余韻があるから良いけれど、これからどんどん冷えていってしまえば風邪は美しい身体を見逃さないだろう。

「お風呂に入ろう。……この格好の君もすごく綺麗だけれど、何も纏わない裸だって、僕はすごく、綺麗だって思う」

 ビビの、下着は脱がせた。二種類の液体でぐっしょりと濡れた其れを見て、ジタンは「美味しそう」と言うのだろう。

 288号も、さすがに口に出しはしないけれど、少しはそういうことを考える。一先ずは浴槽の縁にかけておく。洗う暇など今は無い。

 柔らかな湯気で、浴室内も過ごしやすい温度である。288号は着ているもの全てを脱いだ。ビビは、まだパンツと靴下を脱いだだけだ。屋外での失禁からそのまま射精にまで至ってしまったことは未だ恥ずかしいらしく、顔が紅い。

「洗ってあげるよ。スカートを上げて」

 縮み上がった性器に、冷えてしまった太腿に、湯を掛けて行く。一般的には「汚れた」場所を掌で洗い流していくとき、もったいないと思うような人間が一つ屋根の下に暮らしていることを、ビビも含めてきっと幸せと呼ぶのだ。

「……お兄ちゃん……」

 ブラウスのボタンを外しながら、ビビが小さな声で、言う。

「ん……?」

 後ろ手に、とても不器用にブラジャーのフックも外す。

「……あの……、約束、覚えて、る?」

 288号は落ち着いた手付きでビビの足の指先まで洗い清めながら、「うん」と答える。ビビが脱いだメイド服一揃いを受け取って、洗面所に置いて、戻ってきてもなお彼はビビの眼には、まだまるで興奮していないようにさえ見えてしまうのだ。

 だが、288号は微笑む。幾度も書き重ねられた通り、彼は感情が表出しない。その静かな微笑みに含まれるものの量を、ビビが察知出来ないはずがない。

「悪いメイドさんだね、ビビは。……いや、もうすっぽんぽんだからメイドさんじゃないか」

 二度の吐精の後でありながら、そしてもう夜も更けていながら、少年が小さな身の中に宿した劣情は収まるということを知らない。その熱に呼ばれて、288号の膚も焼ける。タイルの床に膝を付いたビビの手を取り、288号は自らに触れさせた。

「僕の精液が欲しいんだったね……。いいよ、僕のでよければ、一杯あげる」

 その頬に、額に。

 細い首を、胸を、自分の体液で汚す。ビビの性器は当にその瞬間を待ち侘びるように再び勃ち上がっていた。両手で288号の性器を包み、先端をぱくりと口に含む。すぐに硬くなり、上を向いた性器を見るときのビビの表情を、288号は「淫ら」以外の言葉では括れない。口の中に溢れる唾液を紅い舌で288号のペニスに伝わせて濡らし、柔らかな掌で音を立てて擦りながら裏筋に幾度も幾度もキスをする。下がる袋を口に含むときには茎への愛撫がお留守にならないようにと、左の人差し指と中指で亀頭を挟んで扱く。

「……ビビは、僕のおちんちんが好き?」

 銀の髪に触れ、唾液に濡れた顔を上げさせる。ビビは蕩けたような微笑で、こっくりと頷いて、

「大好き……、お兄ちゃんのおちんちん、大好きだよぉ……」

 と。どんなときでも素直なところが君の美点だと、288号も素直に思う。

「んとね、お兄ちゃんの、おちんちん、……おっきくって、いい匂い」

「君の、涎の匂いじゃなくて?」

「ん、だって、判るもん……、僕の大好きな、お兄ちゃんのおちんちんの、匂い」

 そうか、ビビは長いことジタンと一緒に居るから、少なからずその影響を受けるところだってあるのだろう……、288号は思う。ジタンは常日頃から「ビビのちんちん超好き、なぜならとてもいい匂いだから!」などと平気で言う。

 もっといい所を見習えば良いのに、……と思ったところで其処が殆ど唯一のジタンの「いいところ」かもしれないと288号は思う。

 だから、

「僕も、ビビのおちんちんは大好きだよ」

 288号も言う。普段の自分ならば絶対に口にしないようなことを、

「ビビのおちんちんは小さいね、皮も剥けない。でも、すぐに感じちゃって、……そうだ、おもらしして感じちゃうような、恥ずかしいところだ。だけど僕は、すごく可愛いって、思う」

 言う。

 ビビは恥ずかしさを隠すように、また288号のペニスを咥えた。欲しくて欲しくて溜まらないと言うように、どこまでも欲深に、激しい口淫に耽る。顎が疲れたときには、また巧みな指先で先端を刺激するのだ、

「いっぱい、いっぱいかけて、ね? 僕に、お兄ちゃんのせーし、いっぱいくれなきゃやだからね?」

 甘えた声を垂らしながら。

「うん……、大丈夫だよ、そんな心配しなくて、ちゃんと……」

 実際問題、まだ今宵は一度も吐き出していない。長らく激しい興奮の中に在った上で、これほどの快感を味わわせられればそう長く耐えられる自信もない。

 ビビが三度、口に咥えた。両手で竿を扱きながら、「大好き」なペニスの先端から滲む腺液の味に酔い、早く早くと、鼻にかかった声を漏らしながらフェラチオをする。

 纏わりつくような舌、唾液、ビビが立てる音、どこまでも、食欲。

「……本当に……、悪い子だ、君は。だけど君がそういう場所に居るなら……」

 僕も、降りていくから。

「あう」

 ビビの口から腰を引いた。期待に煌く目を伏せて、ビビは口を開けたまま待つ。288号はそのまま射精する。自分を心底から欲しがっている恋人の、顔面に炎の凝固体と化した精液をぶちまけた。

 この夜のしばらくの時間、自分の為に何処までも淫らで在ろうとしてくれた。メイド服を着、内側には淫らな下着を身に着け、自分の求めるままその下着を自身の失禁尿で汚してくれたビビへの感謝の気持ちすら、其処には篭った。

「うあぁ……、す、ごい……、おにーちゃんのせーしっ、いっぱい、いっぱい出てる……っ、あはっ……、おちんちん、びくびくしてるっ」

 顔面に夥しい量の精液を浴びながら、ビビは無邪気に笑い声を立てる。顔を掌で拭い、その手を舐め、胸を撫で、「あう……、僕、も、おちんちん、びくびく……」と震える自らの性器を握る。288号を濡れた目と唇で見上げて、恋人の精液に塗れた掌で性器を扱き始めた。

「んあっ……ふっ、うンッ……、っはぁ……っ、おちんっ、おちんちんっ、しゅごいっ……おにぃちゃんのせーしでぬるぬるだよぉ……!」

 今君の浮かべている笑顔が、他のどんなときの笑顔より一番素直で美しいものと、僕は思う。……288号は自分の呼吸がまるで落ち着かないことに気付く。

 雄の性臭を身に纏わせたビビは、握った自らのペニスを扱き上げながら、唾液と精液の混じった液体を唇から垂らしながら陶然とオナニーをする。自分の掌の中から湧き立つぐちゅぐちゅという品の無い音さえも愉しむように、寧ろ288号の耳にもっと届けるように、甘い声を散らしながら。

「……気持ちいい?」

 そんな姿を見せられれば、射精直後であろうとも288号の熱の勢い、収まるはずも無い。「……いいよ。ほら、ビビは僕のおちんちんが大好きなんでしょう?」と、その眼前に濡れた性器を突きつける。先端からは残滓とも先走りともつかぬ粘液がじわり滲んでいた。

 ビビは迷いなく288号のペニスに食いついた。その味と匂いは少年の性欲を益々盛らせ、性器を扱く腕の力となる。

「んっ、んぅう、っ、ぷぁ、あっ、おにいちゃっ……、いっちゃうっ、僕もういっちゃうよぉ!」

 最後までその声は喜色を纏っていた。ビビは288号の性器に頬を当てたまま射精した。膝に精液が跳ね、伝うのを感じながら、288号はずっとビビの銀の髪を撫ぜ続けていた。

 この夜の終わりが見えない。終わらせなくても、終わらなくても、いい気で居るくせに、数秒に一回288号の脳裏に過ぎるのは、「でも、寝かせてあげなくちゃ」という優しい大人としての思考だ。そして其れを押し流し、いくらだって続けてやろうと思わせるのが、目の前の淫らな少年でもっともっと愉しみたいという、穢れたなりに見目麗しい大人の欲。

「ねえ、お兄ちゃん……」

 自慰で射精した直後でありながら、ビビは尻を向けて誘う。

「お尻ぃ……、おちんちん、欲しい。お兄ちゃんの、ナカダシ、して欲しい」

 小さく、引き締まり、それで居て愛らしい柔らかさを秘めた臀部に手を当てて、

「一体君は何処でそういう悪い言葉を覚えてくるのかなあ……」

 と溜め息混じりに言う。

「ん、悪い言葉じゃないもん……。ジタンもブランクお兄ちゃんも、僕に、必要な言葉だからって教えてくれるんだもん」

「必要……、か。……うん、確かにそう、かもしれない」

「ん。お兄ちゃんたちのおちんちんが僕のお尻の中に入って、いっぱいせーし出してくれることは、僕にとっても、お兄ちゃんたちにとっても必要なことだよ」

 意志の篭った声でビビは言う。その言葉にこうも簡単に流されて、頷いてしまう自分で居ていい場所を、そういう力学の働く磁場をビビが作り出す。世界の住民はビビを入れて四人限りだから、その法に従うばかりだ。

「……わかった。僕もビビの中に入りたい。入って、ビビのお腹の中に僕の精液を注ぎこみたい」

 素直な気持ちが一番真ッ直ぐに伝わる。顔を寄せた288号の鼻先で、ビビの肛門がひくひくと蠢いていた。

「っあ……ぅンん……っ」

 舌を当てた、それだけで、くいとビビが尻を288号の舌に擦り付けるように動かす。勃起したままの性器を摘んで優しく動かしてやりながら、舌先で丹念に濡らして行く。君の此処が濡れるような場所でなくて良かったと288号は思う。行為に伴ってどうしても発生するこの手間だってビビを愉しませることに繋がると思えば。

「ビビの……、お尻。洗っちゃったからもう……、おしっこの匂いも味もしないね。せっかくだから洗う前に舐めてあげればよかったかな……」

 肉の中で緩やかに存在を主張する尾骶骨、ぷっくりとしている一方で肉厚感はなく、かといって硬いわけでもない。小さな小さな尻に鼻を埋めて愛でていれば、ビビの内側で欲が未だまるで治まる気配もなく炎となって揺らめいているのを感じることが出来る。

「ん、ん、っ、おにい、ちゃ……っ、指っ……」

「ん? 指、入れて欲しいの?」

「んんっ……、指、じゃなくてっ、……おちんちんっ」

 弄るペニスの皮をほんの少し剥いて、咎めた。

「おちんちん入れるためにも、まずは指で少し慣らしてあげなきゃね?」

 つぷりと侵入した指で入口を広げる。ビビは浴槽の縁に縋り付いて、伸ばした細い腕を湯の中に浸す。震える両の太腿の間に下がる陰嚢は微かに強張りを帯び、幾度目かの射精を待ち侘びているが、せめて288号の熱を身に受け容れるまではと、おしっこを我慢するように自らのペニスをビビは握った。

 少年の頑なな肛道は、しかし持ち前の淫らさ器用さによって288号の指を徐々に受け容れ、人差し指に加えて中指も半ばまで飲み込む。内部の粘膜はいかにも傷つきやすそうだが、其処を火傷するほど強く擦られるのが嬉しいと少年は言う。それも、其れ自体が焦熱を帯びた男の性器で擦られるのが嬉しいと。

 もちろん、其処に愛情が伴っていないのは辛いに違いないのだ。誰のでも良いと言うわけでは決して無くて。

 相性、というものだろうか。ビビと、ジタンの、ブランクの、そして自分の。相求め合うとき何の障壁も無く、繋がることが出来る。他の二人に比べて背が高く一回り大きなペニスを持っている288号であっても、小さな小さな身体をした恋人と。

 さあ、もう思考を止めよう。繋がろう。目一杯に愉しもう。

 遊ぼう。

「うぁ……はぁっ……ああ……!」

 指を抜き、迷い無く挿入した身体、その背が弓なりに反り、そのまま動きを止める。後孔の肉は絡みつき、一気に収縮した。

「まだ……、全部入ってないのに」

 288号は笑みを含んで言葉を垂らす。

「ビビの一番気持ち良いところだって届いてないよね? それなのに、我慢できなくって精液おもらししちゃったの?」

 漏らす、という表現はあまり相応しくないかもしれない。ビビの性器の先端からは、僅かに湧き出た精液が、震えに応じて糸を引いて零れ落ちただけだ。

「あ……う……、っんひぁあっ、らっ、だめっ、まだっ、奥そんなしちゃダメだよぅ!」

 288号がそのまま腰を進めたら、慌てたように声を上げた。其処にはビビの理性を完全に崩壊させる核がある。ペニスの先端で其処を突付き「だって、僕がもう我慢できないよ。君のことを、もっともっともっと可愛がりたくって仕方ない」、腰を無遠慮に動かす。

 繋がったところで泡が立つ。今の射精は次の快楽の呼び水となる。288号を巻き込んで、いっそ大きな渦となる。288号はビビの身を起こし、細い足の踵を浴槽の縁へと引っ掛けて両の乳首を弄る。繋がったところは幾度もきつく締め上げられて、解ける懸念はまるでない。

「君の此処を、空っぽにしてあげる」

 片手で陰嚢に触れて、288号は囁く。

「そして……、一緒にいい夢を見よう」

 はしたなく両足を大きく広げた格好で、288号はビビを下から突き上げる。核を壊されて完全に恍惚の状態となったビビは、無邪気な嬌声を上げて288号に揺さぶられながら、全身を震わせて至上の快楽へと身を委ねる。少年が身を任せ切っても支えられるくらいには、288号も一応は男の肉体をしていた。

「あう、うぁっ、あ、っ、っあっ、あぅ、おしっこっ、おしっこぉ……っ」

 泣き声で言うビビ、勃起したままの幼い茎から小さな噴水が上がる。288号はビビの幸薄そうな――それだけに自分たちが幸せにしなければならない――小さな耳を噛みながら、くすくすと笑った。

「またおもらししてるね、……本当に君は、悪い子、いけない子、可愛い子」

 288号は自分の耳に届く声がまるで自分のものでない響きのように思える。それを訝る暇も無く、ただビビの乳首を咎めるように抓り、その放物線が乱れるのを見て愉しむことに夢中になっていた。

 

 

 

 

 翌朝、288号が目を覚ました段階でビビはまだ夢の中に居た。あれだけはしゃいで遊んだ後でも、288号はきちんとビビに清潔なパンツとパジャマを着せて寝た。288号がベッドから起き上がると、少しくサイズの大きいパジャマを来た少年は薄く目を開けて、きゅっと288号のパジャマを掴む。さすがに顔は白いが、恋人からの口付けを享ければにこりと幸せそうに微笑んで、安心したように目を閉じ再び眠りに就く。

 浴室に、前夜の名残が放りっぱなしになっている。ブランクとジタンが起きてくる前に片付けておかなければと思ったから、彼だって腰やそもそもペニスが鈍く痛むし肩までだるさが詰まっているようなこんな朝でありながら、ちゃんと起きて来たのである。

 だから、浴室の戸を開けたところで腰を抜かしそうになった。

「ビビの、ビビのおしっこ、ビビのおもらしパンツ、おもらしパンツ……」

 ジタンがオナニーをしている現場にぶち当たったから。

「あ? ……何見てんだ、邪魔すんなよ」

「いや、あ、あの……」

 ごめんなさい、などと口篭りながらドアを閉めた。朝っぱらから心臓が止まりそうになる。取り込み中ならば仕方が無い、せめてブラウスやスカートだけでも引き上げて、ジタンに聴こえているかいないかは別にして「今日の洗濯も僕がやるから」と言い残して、288号はそそくさと居間へと退散した。すっかり目は覚めてしまったが、一応コーヒーを飲んでおこうと。

 居間にはブランクが居た。紅茶のいい香りが漂っている。「おう」と軽く手を上げた彼は、意地の悪い笑みを浮かべて「夕べはお楽しみでしたねえ」と言う。

「……何のことだろうか」

「あんたも吹ッ切れると結構やるもんだね。俺たちだってまさか外に連れてっておもらしさせるとか思いつかねえよ」

 愉快そうに笑うブランクに、自分の頬に浮かんだ赤を見抜かれていると悟って、288号は憮然と溜め息を吐き、ティーカップに紅茶を注いだ。

「楽しかったんでしょ? ならいいじゃん」

 ブランクの言葉にどう返答したらいいか判らないでいるうちに、ジタンが「ああすっきりした!」と爽やかな朝の笑顔で戻ってきた。

「これ、サンキュな」

 かぴかぴに乾いて黄ばんだパンツを288号の頭に乗せて、上機嫌のジタンは「ミルクティ飲もうっと。ちんぽからミルク出したんだから補給しないとな」などと馬鹿なことを言う。288号は頭に乗せられたパンツを開いて、……それからブラウスなどと纏めて抱えて立ち上がる。これほどまで汚れてしまったものを洗って回復することが出来るかは覚束ない……、そんな彼の思いを見透かすように「また新しいの買って来りゃいいさ」とブランクは言った。

「っつーかさ、どうだったよ」

「……なに?」

「なに、って。夕べ、楽しかっただろ?」

 屈託無く問われると、何だかすごく恥ずかしい。288号は黙って、それでも彼は人の良さで隠すわけにはいかない、こっくりと頷いた。

「そっか、なら良かった」

 ブランクはにっこりと微笑んで、紅茶の最後の一口をくいと飲み干す。立ち尽くす288号の肩に手を置いて言霊使いは「これからも素直で居たほうがきっと楽しいぜ?」と囁いて、「これ、漂白剤ね」と小瓶をポケットに押し込む。

「したら、朝飯作っかなー。おいそこの猿、オムレツ作るから卵取って来い」

「誰が猿だ」

「どっから見たってテメェは猿だ」

 などと、ジタンと悪態を付き合う。288号は今しばらく呆然としたままで居たが。

 一先ずは、洗濯。


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