今宵も恋人

 背景が何処であったとして自分に抱かれる誰かが居てくれる生活が幸せであることは判るだろう。一般的に「恋人」と呼ばれるその唯一無二の甘い甘い甘い匂いと味の存在は、翼を持ったって虹の向こうまで飛ぼうと思わなくなるほどにまるで四十一度のお風呂のお湯みたいに心が緩み頬は綻び明日を生きる糧になることだって判るだろう。人間が時間の流れの中で生きていくにあたって物や人を当にその時間によって喪って行くことを余儀なくされるなら明日が来ることだって恐ろしくなるけれど、「一緒だよ」と言ってくれる存在が体温感じられるほどに膚を重ねて傍に居ることを意識すれば力が生まれることだって判るだろう。

 だから判るだろう世界、俺は今夜もビビとセックスがしたい、判るだろう。

 四人で暮らす家で暖炉が在るのはリヴィングだけで、それではさぞかし夜空に星の煌くこの季節には寒かろうと思われがちだが、其処は本気になればどんな魔法だって使いこなせてしまう、しかし優しく小さな黒魔道士を中心とした家、壁のランプに灯るのは変哲のない火ではなく、そこからじわりと部屋をゆるりと温かさを広げている。各部屋そういう構造であって、腹を出しっぱなしにして眠るようなことをしなければ風邪とも寝冷えとも無縁、そして裸で抱き締めあえばもう十分すぎるくらいに、ウォーム、ホット、ハヴアナイスベッドタイム。

 そしてもとよりブランクよりも体温の高いビビである。布団の中でゆたんぽみたいにぬくぬく、温かい、少年の銀の髪に雪色の膚に頬を寄せて過ごす、それも良い。だがやっぱり、どうしたってね、うん、求めて求められて求め合って、掌重ねたって俺の方がまだずっと大きくって、でも、欲を持ってやって来る。

 これだけの関係が完成した後ならば、もう言う必要もないと判っていて―言えば言うほど何だか軽くなりそうという懸念も在りながら―それでも言うのだ、「好きだよ」、言うとき未だに照れくさい、俺ってこんな甘ったるい人間だったんだろうかなあ、知らんうちにこんな感じ、でもビビが笑う、「大好き」、小さくてぽかぽか温かい掌をブランクの頬に当てて言うのだ。

 意地悪をしてやりたい、めちゃめちゃに困らせて、泣かせたい。そういう極端な欲は、ビビの顔が間近に見るまでもなく聡明でまた清純で、一瞬浮かぶ衝動が顔を赤らめて消えるようなものであるから、いつも「ほどほど」のところで足を止める。あくまで「ほどほど」、もちろん意地悪はするし困らせるし泣かせもするのだけれど、その心身に深い傷をつけるような真似は絶対に出来ない。

「ねえ、お兄ちゃん」

 いつものパジャマ姿で、カーテンの隙間から窓の外を覗いていたビビが呼ぶ。今日は飛び切り寒い夜、雪でも降り始めたかとベッドから降りてブランクも窓辺に寄り、ビビの細い指の差す方へ視線を送る。真ッ暗な庭に揺れるのは、下着数枚にサイズ様々な衣類だ。

「……凍ってるんだね、ひらひらするんじゃなくて、ぶらぶらしてる。落ちたら割れちゃうかも……」

 ビビが呟く。もちろん昼間洗濯をしたのはジタンで、竿に寒い寒いと震えながら干していたのはブランクも目撃している。悪気が在るとは言わないが、悪気がないからいいというものでもない。この、愛情に溢れ、同時にとても怠惰な暮らしの中で、家事の占める比重は高いのだから、自分に割り振られた責任を持ってやるというのが四人の心の根にはあるのだが、しばしばジタンはこんな風に、呆れるようなミスをしてみせる。

 ブランクは舌を打って、溜め息で窓を曇らせた。

「……まあいいさ、明日の朝あいつに片付けさせるから」

 それより、とブランクの曇らせた窓に指で線を引くビビの銀髪をくしゅっと撫ぜて、

「するか」

 と。

 行為自体は日常にほとんど埋没していて昼夜の差もなく、下手をすれば場所も択ばずにするのだけれど、こうして二人きりの夜にはやはり「特別」という気持ちが自分の中で重くなることをブランクは感じる。昼は大抵他の二人も混ぜてするのだ、だから二人きりという時間はビビを中心に正三角形を描く男たちには、四日に一遍だけ来る特別かつ貴重な時間。

 ビビにとってはもちろんその全ての夜が昼が特別。

 ジタンがどういう風にアプローチするかは知らない、288号がどうかということも知らない。ただブランクは、余裕綽々のつもりで何処かに、子供のように高鳴る胸を持て余して居る、まるで始めて恋をした少年のように純度の高い感情で、喜びというよりは嬉しさで満ち溢れている。

 ビビが顔を上げて、頷く。何でもない、何でもない、当たり前のこと此れは「生活」と少年だって判っているはずなのに、きっと毎夜そんな風に頬を染める。純真な振りをしているのではない、断じてない、本当に純真なのだと、ブランクは他の二人の加勢を得て言う。

 抱き上げる体重が日々少しずつ変化していても、腕はその軽さに慣れてしまったし、抱き上げたときにちょっとびっくりしたように丸くなる眼だってもう、何度も何度も見てきたものであるはずなのに、その微かに震える瞳にさえ心は躍る。

 今宵もブランクは恋をする、三日ぶりに恋をする、今日も昨日も一昨日も、一度ならず膚を重ねた相手に今夜もまた。この身体丸ごと自由にしていいよと権利を与えられて、この心丸ごと痺れて酸っぱい。

「……俺な、俺だけじゃなくて、俺たちな、嬉しいんだと思う」

 膝に乗せた少年の、丸く瑞々しい頬を指でなぞりながら言う。

「すっげーすっげー、嬉しいんだと思う。小躍りしたいくらいにさ」

 この気持ちが、多分恋愛をする上では最も大切なのだとブランクは思う。

 この家ばかりではない、全ての恋人たちが互い愛し合う根拠は、その「嬉しい」というシンプルな感情なのだ。だって誰かが俺のこと好きって思ってる、それなら俺だって、同じくらいの「嬉しい」気持ちを彼乃至は彼女に贈りたく、なる。嬉しい気持ちを齎す存在になりたいと、思う。

 そういうことを考えると、この当たり前の日常に訪れる夜は、益々特別なものとなる。もとより恋人同士として過ごす時間に、平凡なものなどありはしないのだ。

「キスしていい?」

 こっくり、恋人が頷く。頬をもうひと撫ですれば、眼を閉じる。一連の流れも感情も、何度繰り返したって変わることはなく、其の度に更新されるのだ、単なる儀式ではなく、命を繋げる呼吸のように尊い。

 唇が触れ合うだけだったとしても。

 初めてキスしたのはいつだったっけ? 思い出せないくらい重ねていても、此れがまるで初めてみたいに。

 ブランクは今宵もビビに恋をする。

 

 

 

 

 ビビは今宵もブランクに恋をする。

 「怖い顔」と思ったことが、そういえば一度くらい在ったかもしれない。縦横に走る縫い目は圧倒的で、大抵の者はその迫力に尻込みする。しかしその眼に宿る優しさを、ビビは知っている。顔の形などでは説明しきれない怖さを、知っている。

 唇が離れて、そろそろと目を開ける。そういうときには大体、ブランクは微笑んでいて、真ッ直ぐに視線がぶつかると照れくさくて仕方が無くて、思わず逸らす視線を捉えもせずに逃がすくせに、行き場を失ってまた戻ってくることを知っている。

「唇のかさかさ、治ったな」

 人差し指が、つうと撫ぜた。乾燥する冬の空気で、本来ならば潤いを帯びている少年の唇も少しく乾いた。其れを最初に気付いたのは288号で、ジタンが「じゃあ俺が潤してあげる」と舐めて、保湿軟膏を作ったのがブランクだ。まだ幼い口元に小指で軟膏を塗るときの眼を見れば、きっと誰もブランクを「怖い」などとは思わない。

「……えっと……、あの」

「ん?」

「……あの、ね、灯り、消してもいい?」

 部屋は暖かな光で煌々と明るい。目の動きも唇のかすかな震えも見取られてしまうのは、相手が誰であれ、気恥ずかしいものだ。

「一つくらいは残しておこうよ。お互いの顔くらいは見えるようにさ」

「……ん」

 指を閃かせれば、音もなく灯りは、枕頭の一つを除いて消える。飴色の光を背にしたブランクの顔は黒くなった。ただ静かに、微笑んでいることだけがその温度で判る。

「……灯り消したってことはさ、裸にしてもいいってことだよな?」

 核心を突かれた気になって、呆気なくビビは慌てる。もちろんそうだ、して欲しいし、したい、そのために今夜はあなたの恋人、だけど、「よいしょ、と」。

 ブランクはビビを膝に乗せたまま、飴色の光に相対し、膝の上のビビの向きを変えた。頼もしい胸板に背中を委ねる格好になって、頬が染まるのを見透かされたような気がして、思わず手は、ブランクの膝に落ちた。「大丈夫」と、何が大丈夫なのかビビには判然としないが、髪を撫ぜられる其れだけで、安堵に至る。

「……っン……」

 腹に手を乗せられただけだ。その手が、パジャマの上から微かに動いただけだ。ゆっくり、滑るように、腹から胸へ、撫ぜてゆく。「……いい匂いの髪」と囁かれて、小さな身体に宿る困惑はそのまま鼓動のスピードに変わった。

「ビビはさ……」

 拍数を数えられている自覚が在る。

「……自分でリード出来るときもドキドキしてるけど、それは、ああ、興奮してんだなって判るんだけど。こういう風に俺やあいつらにされてるときは、緊張してるんだよな」

 やっぱりまだ、ときどき、怖かったりする? 訊かれて、何と応えたら良いのか判らない。確かに今だって、緊張している。しかし、怖さではない。としたら、何だろう?

「嫌なときあったら、嫌って言ってくれていいんだぞ? そのほうが俺たちだって幸せなんだから」

「嫌なんじゃなくて……」

 でも、判らない。

 触ってもらえるのは、抱いてもらえるのは、キスしてもらえるのは、それだけで幸せなことだ。泣いてしまうくらい、幸せなことなのだ。

 そして同時に、ありがたいこと。

 この身に余る、と思うのだ。この少年には相変わらず、極端なくらいに自信がないので。

「……嬉しい」

「ん?」

「嬉しい……、んだけど、でも、こんなに嬉しい気持ちになっていいのか、わかんない、から。お兄ちゃんに、みんなに、ぎゅって、してもらえるだけで、もう、いっぱいなのに、……それ以上にいろんなこと、……気持ちよくとか、してもらって、それがすごく嬉しくって、……でも、こんなに嬉しくていいのか、わかんなくなっちゃうから……」

 奥床しいね、とブランクはからかいの響きではなく言う。

「お前は、すっごくいい子だ」

 其の掌は、ビビの髪を包む。柔らかな癖のある銀髪を撫ぜて、小さな小さな耳を辿り、頬へと行き着く。

「こんな俺らみたいなさ、何の価値もないような連中のことを、真剣に『好き』って言ってくれる。こんないい子が他に居るか? 世界中で一番お前が好きだよ」

 言われて、胸が、もうとっくのとうにいっぱい、だから、あとは零れるしかなくて、其れは溜め息でも声ではなくて、涙という形。

 恋人のキスが耳に頬に降り、そして囁く、涙すら甘いと、心底からと確信できる声で。

「……あ……っ」

 パジャマの上着を捲られた、ズボンのゴムを下げられた。まだ、硬くはなっていない性器は幼稚なフォルムで、其処をじっと見下ろされていることに羞恥心が募る。だがブランクは指先で、ウエストゴムの当たるだけで情けなく拉げる小さな性器の先をくすぐるように撫ぜて、「可愛いなー……」と嬉しげに言う。

 例えば用を足すときに、自分で触っても何も感じない。

 同じ動きであっても、恋人の指はやはり違うのだ。

 信じられないくらいに繊細な動きの一つひとつは、このひとの前では何の変哲もない自分の存在が宝物になるのだと錯覚できる。

 飴色の光がビビの身体を舐めた。

「……恥ずかしい……、よ」

 顔を手で隠して、やっとのことで言う。何度、こうされた? 一体どれほどの時間を重ねてきた? それでもこの心は、僅かに抗う。まるで今夜初めて恋をする少女のように。

 

 

 

 

 その清純性に胸がざわめく。ブランクが強く握ればたちまち壊れてしまう命に触れるとき、指が途轍もなく不器用になることを、意識しないでは居られない。せめて傷をつけぬように、壊さぬようにと、息も止まりそうなほど、……この夜の特別であることを意識するとき、ブランクもまた、一人の年幼い少年のように緊張をする。

 今夜は少し、変だな。

 始まりのときに、意識してしまったからかもしれない。

 だけど、きっとこれもいい。また違う夜が訪れる、今日と同じ夜は二度と来ない、ならば、たまにはこんな風に、めちゃくちゃ意識する夜だってあっていい。

 苦しいくらいに緊張しているし、興奮している、……俺は、恋人を、抱くんだ……。

「ひう……ン……っ」

 パジャマのズボンと下着を太腿まで脱がせて、臆病な指で摘んでそっと動かす。内側に何らかの力が生じたのが感じられた。はじめは希薄だった其れは、やがて確かな存在感をフォルムそのものに発現させ、やがて、俺がそうなるように、ビビがこうなるのだと理解したときには、自分がもう叫び出したいくらいの喜びの中に居ることに気付いて。

 嬉しくて、たまらなくなる。

「……すげー、もう……、なあ、すげー、可愛い……」

 ビビは両の掌で顔を覆ってしまった。

 小さくとも其れは男性器、自分と同じ物である。とは言え、こうまで印象が違うものかと思う理由は、何もサイズが小さいからとか、皮が剥けていないからとか、毛が生えていないからといったものではないのだとブランクは何となく、判っている。この先五年十年十五年と経って、緩やかにビビが大人になって行った後に、仮にこの性器が自分よりも大きく成長するのだとしても、やはり同じ言葉を口にしてしまう自分がブランクには想像できた。

 何でって、だって、恋人だもん。

 先端に向けて、耳朶よりも柔らかな包皮を摘んで擦り合わせてみたら、小さな身体がぶるりと震えた。刺激に対しての耐性が無い内側には、濡れた舌でなくては触れることも憚られる。皮の上から愛撫を届けるくらいが丁度良いのだ

「……は……っ、ん……んんっ……、ん……っ」

 艶かしい声を掌の隙間から漏らす恋人を責めるのに夢中になれば、自分の欲は激しく呼び起こされ、ああ、もう、ダメだ、今すぐにでも挿れちまいたい、そんなラディカルなことまで考える。きっとビビだってそう望んでるさ、だったら我慢する必要なんか。

 しかし、そう思ったとしても、初恋の夜には相応しくない。

 そんな度胸だって今のブランクには無かった。

「お兄ちゃん……!」

 この掌で、茎も袋も納まってしまう。先端を摘んでいた指を離し、大切に、大切に、撫ぜる。ビビの掌は口を塞ぐのを諦めたように、ブランクの左手がほんの僅かな脂質感をたたえた腹を撫ぜる妨げにならぬようにとパジャマを掴む。何故腹を撫ぜるのかという理由を、この少年は理解しているに違いなかった。

「……お兄ちゃん、……お兄ちゃんっ、もう……!」

 思うが侭の命に与える自由、そういう権利をブランクは持っていた。小刻みな震えは何度も掌を伝い、一瞬だけ、行為に不似合いな安らぎが満ちる。

「……気持ちよかった?」

 訊くときの臆病さも、頷いてくれたときにあっさり満ちる微笑みも、恋人としてこの夜を過ごすためにはきっと欠くことのできない要素だ。

 じんわりと温かい体からゆっくりとパジャマを剥ぎ取り、ベッドの上に横たえる。光に舐められてほのかに色付いているようにも見えるその肢体をじっと見下ろしていたら、寂しげに両手を掲げられる。

 体重を掛けぬように収まれば、ぎゅっと掴まる。

「……好き」

 か細い声が、この耳にだけ届くように言った。

 性の宿った身体なのだ。こんなに、切ないくらいに可愛い、しかしビビはちゃんと、男の子。

 自分と同じだからこそ感じ取ることも出来る。その胸の裡でざわざわと鳴るのはこうして身を重ねることで再び募る性欲だ。

 ブランクは平べったい胸の、触れれば潰れてしまうような粒に舌を当てた。

 

 

 

 

「ン……ぅ……」

 そっと、舐められただけだ。

 それだけで、血が、熱くなる。全身を行き渡って、心臓へと戻ってきたとき、その顔の一番近いところにある鼓動を恋人に届けて、喜ばせる一つの音をなす。

 胸、おっぱい、乳首、どういう言葉を用いても同じ場所だが、「何の特徴も無い」、だから自信だって無いその場所を恋人が吸った瞬間、ビビの身体はまた一度、熱を上げる。

 ブランクの舌が、ぷつりと尖った粒を、ぷつぷつと、働きの備わっていない乳腺が微かに在るばかりで色も薄いサークルを、舐めてなぞる。

 薄い膚の一枚下で、血は益々腫れぼったい熱を帯びた。まだ、片方の胸にほんの僅かな刺激を与えられただけだ。

 それなのに、ビビは欲の昂ぶりをそのまま身体の形で表現するような、浅ましい自分が止められなくなる。

 恋人の喉の奥で微笑が潰れた。

 いつも温かい掌が下肢へと巡り、触れられた途端に冷たくて身を強張らせたのは、自分の身体がはしたないほど熱く熱く、欲に茹でられている証だった。

「……すっげ、ほんとに、……もう、可愛いなあ……」

 掠れた声でブランクが言う。「可愛い」という言葉できっと何もかも許したつもりなのだ、だからきっと、許されたつもりになっていいのだ。

「……恥ずかしいよ……!」

 ブランクの視線が恥部を彷徨うのを感じる。

「お前の身体にこうやって触ってると、……お前の身体をこうやって見てるとさ」

 薬の知識を持つ賢い人の眼が、甘く揺れる。

「……お前も知ってるだろうけど、男の身体に乳首が備わってる理由ってよく判ってないらしいんだな。でも確かなのは男の身体が元々女の身体をベースにして作られてることで、だから、『みたいなもん』だっていう理由以外に男に乳首があることは説明が出来ない」

「……ん。本で読んだこと、あるよ」

「うん、人間の体にはまだ判らんことが一杯ある。けど確かなことは、お前が男の子でも、こんな可愛い乳首がついててよかったってことだよ」

 真面目な顔をして言って、それから噴き出すように笑った。そんな風に言われて、一体どんな顔で居ればいいのか判らない。思わず胸を手で隠したビビに、キスをすることでまたガードを崩す。易々と腕は退けられて、はっきりとした理由を纏って其処に宿る粒を間近に覗かれて、再び吸い付かれて、

「うやう……っン……、おにぃちゃ……っ」

 はっ……、と少年の胸板を、熱い息が這った。背中から腰にかけてを走る震えに、声が蜂蜜で煮溶かしたように蕩けてしまうのは幼い意志では止めることも出来ず、

「僕……っ、おっぱい、でないしっ……、おにいちゃん赤ちゃんみたいだよぉ……!」

 そんなあやふやな言葉で責め返すことが出来るくらい。

「赤ちゃんか」

 ちゅ、と音を立てて、ブランクが上目遣いをする。そんな仕草を敢えてして見せて、「ビビ、赤ちゃん欲しい?」。視線の一瞬でも泳いだのを、恐らくブランクは見逃さない。静かな微笑を浮かべて、

「なあ……、それだけはなあ、あげられないけど。でも、その代わり俺ら三人がかりでお前に何でも用意するつもりで居んだ。俺らは完璧じゃない。でも、完璧じゃない俺らなりに、お前のことを幸せにしてあげなきゃって思う」

「……僕、赤ちゃん、要らないよ。お兄ちゃんたちずっと一緒に居てくれるなら、それだけで」

「うん……。だけど……、だからね、俺は、……俺たちは三人居てよかったって思う。お前のことを幸せにしたい幸せにしたいってどんなに強く思ったって、俺のこの両腕だけじゃ限界が在る、けどね、あいつらが居てくれて、俺の届かないとこまでお前のことを幸せにしてくれて、俺が護りきれないとこまでお前を護ってくれるってことは、きっとすっげー喜ばしいことだって、幸せなことなんだって」

 俺ら三人の手に掛かれば世界だって変えられるよ。

 ブランクは言う。

 しかし、何も変わらなくたっていい、ビビが今のままで幸せに笑ってくれる夜が昼が変わらず訪れるならば、ただ変えぬこと、この「今」を護ることさえ怠りなくして居ればいい。

「……僕は……、三人が、仲良しで、うれしいなって、思う」

 ビビは少し気を落ち着けて、言う。言葉を切ってすぐにまた乳首を吸いかけたブランクが、口を開けたまま目を向ける。

「んっと……、あの、ね。きっと、素敵なことなんだよ、好きな人のことを好きな、人のことを、好きになること、すごく、素敵なことなんだよ」

 ブランクは「うん」とビビの言葉を全肯定した。

「俺らはこれからも永遠に、お前が『素敵』って言うこの形のままで居るよ」

 そして再び、胸のささやかな飾りに甘い刺激を与えられる。ビビはもう止めず、その頭を抱いて、心臓へダイレクトに届くような官能へと沈む。

 

 

 

 

 美しくって淫らな子、しかしきっと辛いくらいの賢さをビビは持っている。ブランクは舌で指でビビのことを愛でながら、相変わらずの小さな身体から溢れんばかりの艶の存在を肌に感じる。

 甘く漏れる、声、声、声、

「ふ……ぅ、うン……っ、ん……、んっ……」

 声、声。男の身体をしている自分が、同性にこうして身体を這われて甘ッたるい声を零してしまうことを、聡明な少年が疑問に思わなかったはずがない。いや、恐らくもう随分前に、ビビは自分のされていることのおかしさに気付いたのだとブランクは思う。日夜あれだけ書物を読み、288号や自分とも対等に知識の遣り取りが出来る、……確かに色々と抜けているところはあるけれど、単純にその知識レベルは大人のそれだ。遡ってまだ九歳だった自分にジタンが、ブランクが、したこと、その「言葉」であったり「動機」であったりを精査しなかったはずがない。

「……おにぃ、ちゃ……っ……あ……、っ、おっぱい……、あつい……ッ、あつい、よぅ」

 その上、自分がジタン、ブランク、そして288号と三人の男に囲まれて斯く在ることを、一度も疑問視しなかったはずもない。

 然るに、ビビは今、斯く在る。

 ただ、自分を愛する者たちから注がれる気持ちに応えたいと思うがゆえに択ばれる、一つきりの覚悟。其の姿は確かに小さく愛らしく淫らに過ぎるものであったとしても、他のどんな男よりも、凛々しいものだとブランクは思う。こういったことをジタンたちと確認したことは一度も無いが、きっと連中も判っているはずだと思う。

 お前は、すっげーすっげー可愛いけれど、同時にすっげーすっげーカッコいいよ、ちゃんと、もう、ちゃんと、ねえ、紛うことなく、外れることなく、逸れることなく、何処までも男の子、だよ。

「……お兄ちゃん? どうしたの?」

「……んー」

 仮令乳首を弄られてこうまで感じてしまう子であったとしても、だ。お前が男の子で良かった。

 他方、男の子であるからこそ、抱き合うことには負担を伴う。しかしそれだけに喜びも大きくなるんだと、ブランクは言い張る気だ。そしてビビはきっと言う、「負担なんかじゃない」、とても男らしく、言う。

 細い足をひょいと持ち上げて、「んひゃっ……」、ひとつ愛らしい声を上げさせて。

「もう……、挿れたい。挿れてもいいか?」

 ビビが、ぱちぱちと瞬きをした。ジタンに比べれば遥かにクール、そしてクレバーな男は、そういった科白を口にするときの男の顔がどういうものかということくらい、想像する。だからもっとスマートに、言う術だって持っている。

「……ダメ?」

 余裕がなくなっている自覚が在る。本当に、どうしてか、今夜はおかしい。色々と申し訳ないくらい、格好が付かない気がする。ジタンならばもっと素直に言うのだろう、「だってさ、ビビが可愛いんだもん、超可愛いんだもん、しょうがねえべさ」、其処まで口にするのが本当である気がするし、普段の俺ならばそういうことを口に出して言ってもまだ諸々を保てる自信だってある。

 しかし、今夜は自信がない。

 ビビがぼうっと紅くなった頬で、こく、と頷く。

 

 

 

 

 指が、這入ってくる。自分の身体の中に、指が。

「……力抜いて……」

 何でお兄ちゃんが息を止めてるんだろう、そういえば、ジタンも288号も、そうだ。少年の肛門の中に指を挿入するときには、いつも息を堪えている。

 痛くない、と言えば、嘘になる。

 ……もっと痛いくらいが本当だ、もっと痛くたって良いくらいだ。その後に訪れる甘美な快楽と比べて、僕の払うリスクは余りにも軽い。

「お兄ちゃん……、ンッ……、好き……、好きだよ」

 今夜はいつもより、そう言いたい。もっともっと、言いたい。この言霊使いに遥かに劣る言語能力でも総動員して、もっと、もっと、もっと、あなたが好きだと言いたい。

 朧に、そういう夜も在るのだとビビは知る。きっかけがどこだったのかを考え始めたところで、新しい唾液が其処を伝い、指が中で微かに曲げられて思考は止まる。

「……ふ、ァンっ……、んっ……! お尻っ……、おにいちゃ……っ、お尻ぃ……っ」

「痛いか……?」

「んん、じゃなくって……っ」

 薬を調合する、器用な指、美味しいご飯を作ってくれる。ジタンのほうが少し無骨で、しかし288号ほど細く白いわけでも無い。ただ男を抱き、悦びを与えることには極端に長けた、それだけで十分過ぎるくらいに美しい指だ。爪の綺麗に切りそろえられた清潔な指先はビビの腸壁を撫ぜるように擦り、ビビが真ッ赤になって息を声で濡らしたら、更に声を導き出すように緩やかに前後させる。ビビだって抱かれ慣れた身体をしている訳で、時折ぴりりと走る痛みを、大人のふりしてたまに飲む―しかしミルクと砂糖をたっぷり入れる―コーヒーの苦味のように、心地よい。

「……いいよ」

 ブランクが腹に口付けをして、言う。

「……お前の好きなタイミングでいって、いいよ」

 ふるふる、ふるふる、首を振るのは、第一にそんな勝手な自分で居たくないと。第二に、指だけじゃ満足できないと。半々の感情のどちらが重ければいいかなどとは、もう考えないことにしているビビである。

「たんまっ……、お兄ちゃんっ……、指、抜いてぇ……!」

 極まった声を上げたビビの請いに、簡単に答えるようなブランクではないはずだ。ただ、あっさりと彼は、指を止めて、それから名残惜しそうに指を抜いた。拡げられた場所は閉じられているのが自然、しかしビビにとっては愛しい者の肉塊で塞がれているのが本当だから、

「ビビ……?」

 そうする、のは、イレギュラー。

「……いっしょ、に、ね? 自分で、すれば、……ほら、……だいじょぶ」

 自分で、自分の其処に、触れる。ブランクの唾液で湿った場所の中央、隙間に指を入れて、……途端、入れなくてもいい力が入ってしまう。

「すぐ……、ぅンっ、すぐ、だからぁ……、お兄ちゃん、の……っ、入れる、ように、なるんだ……から」

 ブランクが、「……うん」、辛そうに、嬉しそうに、笑って頷いた。額に垂れ、相貌を隠す、紅い髪の先の揺れに心臓が刺激された。

 まだ、セックスに慣れていなかった頃には考え付かなかったようなことも、考えるようになった。それは行為をエスカレートさせるという意味である一方で、愛情が深くなるという意味でもある。初めはただ、気持ち良過ぎておかしくなって、それだけで一杯だった点から考えるに、余裕が出来たということか。一人で幸せになるだけでは足りない、……「二人」ですることだ、「恋人」と。

 ビビは気付く。

 どうしてか、こんなにどきどきする理由に触れた気になる。そして、小さくくすりと笑いたくなるほど、胸の中がくすぐったい。

「……僕、ね、……大好き。……お兄ちゃんのこと、大好きだよ」

 指を抜いて、足を開いて、腕を広げて、

「一緒に、気持ちよくなろ。お兄ちゃん気持ちよくなったら、僕、気持ちよくなれる。僕だけ先に出しちゃっても、お兄ちゃん気持ちよくなれないんだったら、ほんとは僕も気持ちよくないから」

 今宵も僕はこの人の恋人なのだという、幸せな事実がビビにそう言わせる。誰にも揺らがせたりするものか、僕らの形、誰にも触れさせてなるものか。もし誰かが僕らを哂うなら、僕がこの身を呈してでも三人のことを護ってみせるよ。

 そういうことを、年幼いこの少年は考える。

 

 

 

 

 今宵もこの子が俺の恋人、ブランクは抱き締めて膝の上に載せた小さな小さな身体に凝縮された感情を熱として捉え、焦がされながら、だけど俺はこの子を焼き尽くしたりしないように自粛する必要があると、時折学び直す。三人の男に代わる代わる―或いは同時に―抱かれているビビは確かに淫らでまた恐らくは随分と丈夫な子なのだ、しかし同量の愛情の遣り取りだから保てるバランスであることには疑いようも無い。独占しようとは思わない、……ビビにとって必要なのは、「俺」ではなく「俺たち」なのだから。ただ、それだって気を配って。

 綺麗事を並べた上で更に胸張って理想論を打つような難儀な仕事だ。ビビという一人の少年を中心に置いて、少年から齎された愛情に応えることを第一義とし、自らの強すぎる感情は調整する。しかし壊さない程度ではダメなのだ、絶対的に足りないのだ。ジタンが、288号が、きっと無意識的にそうするように、俺も、壊すくらいの気持ちで、ぎりぎりで護るように。

 だってほら膝に乗る体重はこんなに軽いしこの身体はこんなに小さいし少女のように美しい銀色の瞳から涙が溢れる。

 だけどこんなに、強い。

 キスをしたいと強請られた唇に応え、息継ぎのたびに「好きだよ」とか「愛してる」とか、言葉にしなくては居られない。贋物でも言霊使いの名が泣くか。しかし、言うことで幾重にも濃くしていくのだと、子供のようにブランクは思う。

 そして自分の快感を覚えながら、忘れる。ビビの身体のどれほどが満ちているのか、何処がまだ足りないのか、計ることに躍起になっているうちに、呆気なく、理性は濡れた布のように脆く破れた。

「……っ……お……にい、ちゃっ……」

 ぎゅう、とその細い腕でしっかりとしがみ付かる力と、自分の腹部が少し濡れたことの方が気持ちよかったのかもしれない。息を荒く弾ませながらも優しく抱き締めて、髪を指で梳いている間、思考はほとんど止まっていて、それでも一連のするべきことを遺漏なく出来る自分で、せめて在れて良かった。

「……大丈夫か?」

 接続を解いて、布団に横たえる。紅い頬を涙で濡らしたビビは、気丈にも頷く。尻に塵紙を当てて「力抜いて」と髪を撫ぜて、零された自分の精液が思っていたよりも多量であるのを見て、確かにbランクの腰の辺りはふわつくような快感がまだ纏わりついて去らない。

 そして、驚くほどに満足している。ビビの隣に横たわり、まだ余熱を帯びた腹部を撫ぜながら、なんだかとろりとしてくるのだ。ビビもそれは同じ様子で、少し眠そうな眼をしている。

「……あー……、なんか、ごめん」

「……ん?」

「その……、何か、普段とちょっと違ったな。普段だったらもっとお前のこと、メチャメチャ気持ちよくしてあげてるのに、何か……、何だろうな、今日はちょっと、勝手が違った」

 じいっと、銀色の双眸が見上げる。

 少年は何か言いかけて、すぐに言葉を止める。そして、

「僕が『もっとして』って言ったら、もっとしてくれる?」

 悪戯っぽく笑って、問う。ひょいと起き上がり、ブランクの上に乗って、キスをして、ちろり、舌を出したらすぐに顔を引く。

 

 

 

 

 眼を丸くしたブランクの耳元に唇を寄せて、

「まだ、足りない。もっと、もっともっとお兄ちゃんのおちんちん、僕、欲しいな」

 ビビはある種の確信を持って言って、……途端、この身がびっくりするぐらい欲深く「恋人」の熱を求め始めるのを感じる。


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