君の微笑みのために

「素直になればいいのに」

と、ジタンは笑う。俺らなんて凄い素直だからさ、もう、そのまんまぶつかって、でもってちょっと鼻血出したりして、でも結果的にビビのこと幸せに出来てると思うし。みんなハッピーならそれでオッケーでしょ。

 288号の甦生から一ヶ月が経って、先日のように三人がかりでビビを可愛がることも日常に組み込まれた。ビビはその日の気持ちに合わせて、ブランクのベッド、ジタンのベッド、そして288号の眠るソファを選んで眠る。もちろん三人四人で眠る時だって在る。

 288号がこの一ヶ月、ビビと二人きりで眠る夜は数えれば十三あった。ジタンとブランクが占有した日、三人四人で眠った日と較べて大幅に多いのは、ビビが甦生したばかりの288号との新鮮な時間を尊重し、また288号の元であれば早い時間からぐっすりと眠れると考えるところもあるだろう。逆に言えば288号はジタンやブランクのように膝の上に載せたビビを可愛がることは余り得意ではなく、例えば先日ジタンが感心半分呆れ半分で見ていたように、自分から膝の上に乗って来た少年を眠るまで撫ぜて眠った後も撫ぜて、欲のないはずもないがそれを封じ込めてしまうような、奥床しくまた暢気なところに起因する。

「あんたはビビとしたくないの?」

 煙草を指に挿んだブランクに首を傾げられた。

「したくないなら、無理にするこたあないと思うけどさ」

 相応しい言葉を捜して、しかし、賢者は朦朧と胸元で混ざり合うものから一つを抽出することが出来ない。

 ジタンが、ブランクが、ビビを抱くようになった経緯を彼は知らない。ただ、元は二人とも異性愛者であったらしいということは聞いた。ビビという一人の少年と、無限に近い数の居る全ての異性を天秤にかけて、この二人がたった一人を選んだことには288号は感動すら覚えている。では自分はどうか。元々、感情というもののシステムがよく判らない。それは理論ではないし、詩人の言葉のように何か他のもので形容出来るものでもなかろうと思う。ただ一つ言えるのは、膝の上に二十キロ台の軽い身体が安心しきって身を委ねているのを見ると、自分の中で大いなる対立が生じてしまうということだ。

丁度、左右の肺が違う動きをするように、息苦しくなる。

「したくないってことはねえべさ。だってあんたちゃんとビビ見て勃ってるもんね?」

 ジタンが言う。288号はうーんと唸って、椅子の背にもたれた。帽子を脱ぎ、癖のついた髪を手櫛で直した。

「可愛いと思ってる、あの子のことは、本当に」

 ジタンとブランクが、あの少年の隅々まで舐めたい、可愛すぎてどうにかなりそうと、真剣な目をして言うことには、恐らく彼ら以外の思考生物としては一番判る位置に居るつもりだ。ジタンがビビを愛し、その死をどれだけ恐れていたかを見ていれば、ビビに纏わる全ての者が最大限幸福になればいいと思うのが自然だろう。

 そしてそのターンは自分に廻ってきているのだということも、薄ボンヤリと、判っている。テーブルの上にはブランクがコンデヤ=パタで買って来た一番美味しいコーヒーをジタンが淹れたものが、まだ湯気を揺らしている。ビビはものつくり大好きな黒魔道士たちと一緒に288号の服を作っている。いつまでも、明らかにサイズ違いのブランクの服や、だいぶ草臥れた黒魔道士の服ばかりではとビビが提案したことだ。実際、この村の黒魔道士もジェノムも、今では当たり前のようにこの村で作られた服を着て生活している。「黒魔道士の村」というネーミングも、そろそろそぐわなくなってきた頃だ。

 ……自分も幸せになっていいのだと、柔らかなカップの湯気が言う。

 しかし舌に載せて、苦くないわけではない。若い果実のように弾ける馨り、酸味のよく効いた液体に、映る自分の顔色はどんなだろう。

 綺麗な顔だ。

ブランクとジタンは、不思議な気持ちも興味も総動員して288号の顔を見る。ビビが成長したらそんな顔になるのか、……おそれいりました、そんな気持ちになる。実際、黒魔道士たちの顔というのは皆悔しいぐらい整っているようで、ジタンは試しに村の黒魔道士たちの帽子を片っ端から外して廻ったことが在る。村の黒魔道士たちは概ね子供のように純真無垢な者ばかりだから、浮かべる表情も子供のように屈託のないものだが、つんと澄ました顔になれば、その次に口が開かれるまでは凛と冴え渡る冬の未明の空気のように張り詰めどこか冷たさが伴うが、目元の線は決して険のあるものではない。肌は磨かれた水晶の透明感を通して林檎の赤味が一滴染み込んで居るのが見える。ジタンが確認した限りでは、ニキビ及びニキビ痕の在る者は一人としておらず、うち三人に、鼻の頭及び額へ油取り紙を押し当てて調査したところ、その皮膚は必要最低限の油分だけを備え、「うわあ俺今すっげえぎってる!」、思春期真っ只中のジタンの頬には丁度ニキビの大きいのが居座っていたわけで、すっかり自信を無くした。とにかく皆美青年揃いの黒魔道士たちの中でも、怜悧なる288号はその形作る表情のどれ一つ取っても良い。ブランク以外の男――もちろんビビのことは単なる男とは思っていない――にはそう欲情しないつもりのジタンをして、「あ、いいな、いいな、すっげえいいな」、思わず地団駄を踏みたい気にさせる。そんぐらい綺麗な顔してたら何だって出来ちゃうべ、怖いもんなんて何もないべ、そう思うのは持たざるものの羨望鏡で、当人は自分の顔など見ることは出来ないし、ジタンもブランクも十分過ぎるほどに良い男だと思うし、しかしジタンとブランクがビビに愛されるのは外見ゆえではまるでないというところまで、288号は思う。

宝の持ち腐れだと、もどかしく思わずには居られない。あんたがすれば、ビビは俺ら二人だけがしてやるより、もっと幸せになれるはずなのに……。

二人に独占欲の無いわけではない。だが、求めるのはそんな利己的な幸いではなく、ビビの喜び、ビビの微笑み。ジタンとだけ結ばれているところへやって来たブランクに、一緒に居ようと言ったビビの顔が、天使よりもずっと神々しく見えたから、ジタンは何の文句もなく元彼を迎え入れるに到ったのだし、ジタンとビビのそんな気持ちに頭を垂れる気持ちを今もブランクは持ち続けている。同じ目線で、288号、あんたも一緒に居ようぜ、一緒に幸せになろうぜ、そう考える。全てはビビの微笑みのために。

然るに、焦点に居る288号が素直にビビを愛せないのは由々しき自体ではある。無論、セックス抜きに論じることがどうしたって出来ないこの屋根の下、ビビがその幼い身体に備わった淫欲を抱え込んで膚の内側を腫らしたまま暮らしていくことが、幸せであると二人は思わなかったし、また性欲を持て余しながらも耐える二人を見て、ビビだって幸せであるはずが無かった。

288号にもビビを弄って欲しい、もっともっと、もっともっともっと、幸せにしてやって欲しいと、二人は希求するのである、……ひたすらに、ビビの微笑みのために。

「抱きたいという欲はあるよ」

 溜め息と共に彼は言った。苦笑がどうしても伴った。

「あの子の甘い体、隅々までこの指で歩いてみたいと思っている。だけど、ね……、どうしてだろうね。普段とまるで違う気になってしまう。僕の手は、あの子に触れるとき、氷のようにぎこちなく、錆びついた鉄のように硬く粉っぽい膚触りをあの子に与えてしまう」

 288号の、手袋を外し――手の甲には黒魔道士の刻印が今も痛々しく残っている――いかにも繊細そうな細い自らの指を見る様すら、一幅の絵になるようにジタンとブランクは思う。同じようにしたって、また皮が剥けたとか、マメが出来たとか、そんなことを気にしているようにしか見えないだろう

「……俺の目には、あんた普通にビビ触ってるように見えるんだけどなあ? ってか、俺よりもずっと上手にしてるように見える」

 昨日、四人で愛し合った。ビビは288号の指の動き一つひとつに敏感に身を震わせて、ああ俺もそんな風に出来てるかなあ、ブランクに思わしめるほど、ビビを愛らしい声で鳴かせていた。

「この一ヶ月、あの子に触れている間、……思うように動いたためしがない」

 悲しげに溜め息を吐く。どんなもんをあんたは目指してるんだろうな? ブランクが思いを巡らせて、ふと、ジタンを見る。心底同情したように眉間に皺を寄せて、同じ屋根の下の同輩の幸福を祈っていた。

「……お前さ、ちょっと288号に触ってみ」

「はい?」

「いいから。ちょっとでいいから、ビビにするみたいに触ってご覧」

 無防備に口を空けたまま暫く動こうともしないから、煙を吹き付けた。ジタンは渋々立ち上がり、理由の不分明なまま288号の傍らに寄り、「……何しろっての」、ブランクを睨む。いいからビビにするみたいにしろよともう一度言われて、やれやれと肩を上下、させてから、288号の滑らかに潤いつつもさらりとした質感の膚に、ジタンの右手の指が触れる。288号はさほど緊張している様子もなくジタンに頬を触らせるが、元々表情に乏しいほうで、ぎこちないと自評するビビとのセックスの時だって、緊張を他の三人に気取らせない。だから、あれで案外困惑しているのだろう。

「そのまま。……ビビとしてるときお前そんな遠慮しねえだろ、とっとと服脱がせ」

「……うるせえなあ…….」

 ジタンはちらりと288号の銀の双眸を伺う。ビビに似て、綺麗な目。ビビがこの人に似ていると言った方がいいのだろうか。いずれにせよ、自分が少しく緊張していることは字認めざるを得ない。変な気分になりそうで、息を整えてローブの襟元からボタンを外して行く。雪色の膚を開き、その薄い胸板に指を当て、288号がぴくりと僅かに身を動かしたところで、「ご苦労」と煙草を消しながらブランクが言った。ジタンは自然、はー、と長居溜め息を吐いた。

「ジタン、感想」

「あんたなんでさっきからそんな偉そうなんだよ」

「いいから、感想」

 舌を打って、元の椅子に腰を下ろしながら、「緊張しました、以上」、ぶっきらぼうに答える。288号はまだボタンも締めないで、きょとんとしている。

「あんたはビビに恋をしてんのさ」

 ブランクは断じた。

「俺もコイツもさ、もう恋って次元じゃない。ビビは大事な大事な恋人で、まあ『恋人』って呼び方は恋してること前提かもしれないけどさ、何か、自覚としてはそれよりももっと上。『愛人』って呼び方は嫌だからしないけど、……家族ともちょっと違う、でも、酸素みたいに無きゃ困る、その微笑を太陽みたくあったかく感じて日々生きてる」

 ブランクの難解な言葉を、288号は音も立てずに飲み込みながら訊いている。ジタンは訳が判らない。

「多分、単純な慣れだろうとも思う。恋をしてる相手に触ろうとすれば、緊張しねえほうがおかしいしさ」

 コイツの指、緊張してたべ。一応コイツも不器用でもさ、ビビのこと鳴かせられる。ビビとあんたは違うけどさ、気構えと指の動きはやっぱり連動すると思うんだ、……ブランクの語る言葉を288号は素直に聞き、ジタンはそんなことを伝えるために妙なことをさせられたと憮然と唇を尖らす。まだ288号は胸元のボタンを留めていない。

 全てを上品に飲みきった288号は、一つ、うん、と頷いた。

「君の言う通りだと思う。……でもね」

「緊張しないのは無理だよ」

 288号の言葉を、ジタンが遮った。

「俺だって最初んときはガチガチだったしさ。でもね、あの通りビビは感じやすいしさ、ぎこちなくたって大丈夫だよ」

「寧ろ、あんたの中に『上手にやんなきゃ』みたいに自分追い込んでる気持ちがあるんじゃないの?」

 ブランクにも言われて、うん、と、ことごとく素直に288号は頷いて、「そうかもしれない」。

「やること自体は楽しいんだろ?」

 静かに頷いたのを見て、「だったら」、ブランクは笑う。

「すぐに慣れるさ。ビビだってもっとあんたに抱かれたいって思うから、夜にあんたのとこ行くんだ。たっぷり可愛がってくれたらいいなと俺は思うよ」

 288号は、また頷く。彼の存在ゆえに、傍から見れば平凡な会話に花を咲かせる午後のティータイムである。

 

 

 

 

 ビビの微笑みのために。

 変態と切って棄てればそれで終いのジタンとブランクが、その実、拝みたくなるような崇高な精神に基づいてビビを抱くのだということを288号は知っている。彼らに彼らなりの欲の在ることは否定できないにしても、彼らの欲は誰を傷つけることも無い。ビビという、確かに愛らしいかもしれないが、しかしあの子供よりも麗しい見目をした少年だって広大な世界にはたくさん居るはずだ。そして彼らの生はまだまだ長く、ビビ以外の誰かと巡り合う可能性は無限にある(ビビに至ってはその何十倍だってある)。それでも、

「ビビと居られりゃそれで幸せ」

 笑って言って退ける心は、何処から見たって美しい。

 ジタンとブランクに問われるまでも無く、288号の中にビビに対する性欲が無いわけではない。288号の解釈能力を超えた十歳児の愛らしさは、精一杯理性的且哲学的生命体であるつもりの心を掴んで揺さぶって離さない。

ブランクに指摘された通りかもしれない。288号は三つ目の席に座り、ビビに恋をしていた。だから、……そう、だから、君の微笑みのために。しかし、自分がこの席に相応しい男なのかどうかは全く覚束ない。自分が来たことによってジタンとブランクがビビを触れる時間は単純計算で十六パーセント減少している。即ち三十三パーセント、ビビの幸福が減化することは避けられないのではないか。

――キ、ミ、ノ、ホ、ホ、エ、ミ、ノ、タ、メ、ニ、……――

考え出したら止まらない悪循環、君が心底笑ってくれないなら、僕は仮令君の三十三パーセントに指紋をつけて生きたとして、幸せになんてなれないのかもしれない。

 そんな風に思っていては、せっかくブランクが「ビビと一緒に使いなよ」と渡してくれた甘酸っぱい花の香りの入浴剤だって立場が無い。反対側の季節の太陽の色をした湯の中で、ビビは288号の胸に背を任せきり、ジタンが教えたに違いない歌を口ずさむ。透明な声は湯気の浴室に響き渡り、芳しく288号の鼓膜を蕩かせる。両手を、ビビに言われてその細い腹の、へその前で組んで。

 何をすればこの子が喜ぶかは判っている。自分が何のために此処に居るかも知っている。義務の一つさえ果たせないで、それでも思い人を微笑ませたいと、思う傲慢を誰が笑う。笑ってくれれば、そこで一つのハピネスが生まれる。Life is not easyと言い聞かせ、それでも生きることそのものがハッピーだと言い張れるために、大袈裟に言うならば、……君が生きていてくれるこの世界に僕は生きている、……それがハッピーでなくて、じゃあ一体何?

「せーかいにーおとーされたー、ぼくのー」

「……新しい歌だね?」

「んー。そばーにー、あなたーがーいて、くーれーたーかーらー」

 何処までも、何処までも、透明に、歌った瞬間から消えて行くのが奏での定め。甦りの夭折者はふわつく自分の魂がまたこの肉の器に収まり直して当たり前のように可愛らしい命を腕の中に包み込む不思議を、少年の歌声に託して思った。

 ビビが肩を出した、歌が、終わった。

「暑い?」

「うん、……288号は暑くないの?」

「……言われてみれば、確かに暑い」

 くるり、とビビが腕の中で向きを変えた。不安そうな銀の眼が、同じ色を覗き込んだ。

「……へいき?」

「……ん?」

「……その……、上手く言えないけど、……288号の身体は」

「……、ああ、うん、そういうこと……、問題はないと、思う。ただ、まだ慣れていないのは事実だろうね」

 あがろう、とビビは立ち上がった。288号の、ほとんど目の高さに、幼い茎がふるりと揺れた。288号の指は繊細さをそのまま表すかのように細く長い、ビビにその類の誇りがあったと仮定して、しかし親指ほどもないことは288号も否定しがたい。此処においても彼は、他の二人とはまるで違う。目の高さにある、ただそれだけで据え膳と断じてしまうような男ではないのだ。ただ其処がほんの少し揺れたから目が行っただけと、すぐにビビを見上げて立ち上がる。立ち上がるとビビは、彼の胸ほどしかない。

「……元気で、居てくれなきゃ、ダメだよ?」

 自分の髪ぐらい自分で拭けるよ、だから288号も早く自分の体を拭いてとビビが頼むから、まだその髪先が湿っぽいようにも見えるが、ビビが心配そうに見上げるから、まず服を着た。こっち、とビビに手を引かれて、台所へ連れて行かれる。

「お風呂から出たらお水を飲まなきゃだめ。そうすると身体の中が綺麗になるんだよ」

 知っているよ、とは言わないで、素直にコップに注がれた水を半分飲んで、ビビに渡した。ビビはまだどこか心配そうに見上げるが、やがて納得したように、水を飲み干した。

「そしたら、お布団行こう……、っわう」

 僕は大丈夫だよ? こんな風に君を軽々抱き上げられるぐらいの力もある。

 細身の288号の腕に、ビビの小さな身体はこれ以上無いぐらいの安定感で収まる。それでも288号は、あの二人はもっと上手に君を抱くんだろうねと考えずには居られない。ジタンがブランクを認め、更に自分まで認めてしまうことは、ほとんど驚異的と言っていいような気が、288号はするのだ。

 愛しいという気持ちが、身体の隅々まで満ちる。僕の体重の十割、君への思いで出来ている。

「……甦って良かったと、思うよ」

 石鹸にも、洗ったばかりのパジャマの匂いにも、消されないで微かに揺らぐビビの匂いを嗅いだ。

「君にまた会えた」

 胸一杯に吸い込む、肺胞一つひとつが覚醒する。指先まで恐らく君のもの。軽い身体、思うのは同じこと、いつだって同じこと、……温かな身体が冷めてしまうことのないようにと、ビビと、ブランクと、ジタンと、同じこと、君の身体が。

 抱えたまま、ベッドに入った。冷たくて伸びた背筋は、互いの体温を求めるために、あるいは護るために、丸くなる。

 ジタンならば、ブランクならば。

 ここでどうするだろう?

ジタンならば、ブランクならば。

 較べる思いがビビの中に無いわけではない。どうしてこの人はこんなに平気なのだろう? 僕には288号を衝き動かすだけの力は無いのかもしれない。「んなことねえべさ」、ジタンはビビの銀の髪先へ口付けて言った、「こんなに可愛くって可愛くって可愛い男の子、世界中何処探したって見付かんねえさ。ただアイツが俺らよりちょっと奥床しいってだけでさ」。288号が自分を触りたいと欲してくれていることは、ビビにも判る。その指は優しすぎて、……無理をさせている、負担になっている、ビビは胸が苦しくなる。其の舌が甘過ぎるものだから、一層思いは切なく、酸っぱく。

「俺らならそんな我慢なんて出来ないけどねえ」、ジタンは小さなビビの身体を苦しませないギリギリのライン、しかし充足させ切るだけの力を篭めて抱き締めて、言う、「アイツはそれが出来ちゃう、ただ、それがお前にとってはちょっと寂しいんだよな?」、ビビと一緒の入浴即ち裸の付き合い、身体を洗う手はどこにだって伸びる。

誘ってやればいいじゃん、ジタンは言った。

「……ぼく、が?」

「出来るだろ? だってお前は俺らのことハッピーにするために、いろんなことして見せてくれるじゃん。それをそのまんまアイツにもやってやればいい」

 双眸に複雑な光が宿るのを、ジタンは見逃さなかった、「何か問題?」。

「……288号の、迷惑じゃないかな、って」

「迷惑?」

「ん。……僕と、……、あのね、僕は、ジタンと、お兄ちゃんと、するの、幸せだよ?」

「ありがと、俺らも幸せ」

「……でもって、288号と、するのも、ね?」

「そりゃあ、うん。えっちな子だもんな?」

 耳を唇で挟まれて、小さく首を竦ませて震えた様は決して淫乱には見えない。いや、淫乱の自覚もないし、ジタンもブランクもそう呼ぶことはないはずだ。

「でも、……288号は、別に僕としたくないんじゃ、ないのかなって」

 ジタンはまじまじと、そう言ったビビの顔を覗き込んだ。それから苦しげに顔を歪めて、溜め息を吐く、「……ほんとに、お前は、可愛い子なんだからなあ……」、ぎゅう、と抱き締めて、そんなことを言った。

 ジタンの言うことを信じるビビである、だから此れまで幾度か二人で寝て、そういう類のことを重ねた夜は、いつだって自分が誘った。「してほしい」と言うことにはもちろん恥ずかしさが伴う、苦しさが無いわけでもない、それでも、……もし仮に、本当に288号が僕とすることを、楽しいと思ってくれると言うならば。

 ベッドの中、六尺程の288号の胸の中に顔を埋めて、ビビの足先は彼の膝下辺り。

 やりたいようにやってみればいい。アイツだってお前に誘われたら嬉しいはずだよ?

 ジタンの言葉が耳に甦る。ざわつく血の音が焚き付ける。ゆっくりと鳴る288号の鼓動とはあまりに不似合いな韻律が、少年が誇りと共に持って居る自覚のある羞恥心を刺す。この人にはまだ匂いが無い、と意識して、ジタンやブランクが、そして恐らくは自分も、持って居るはずの生命に端を発する匂いを探して、鼻を押し付けた。確かな体温に安堵し、この人は生まれたばかりだからまだそういう匂いと縁遠いのかもしれないという考察に至り、早くその匂いを嗅いでみたいと思った。

「ビビ?」

 布団の外側から、声がした。「苦しくないかい?」、指が長い分、案外大きく感じられる掌が背に載せられた。自分の手はまだ小さくて、指だって対して長くなくて、……今はもう眠ってしまったけれど、弦楽器を弾くのがとても上手だった黒魔道士が居た、憧れたけれど、自分の指は簡単な和音だって上手に鳴らすことは出来ないのだった。せめてあなたに温かさを分けて上げられたらいい、そう思うのに、どうしよう、少し汗ばんでしまって、その背中にあてがうのが恥ずかしい。

 288号はビビの身体を抱えて、自分の腹の上に載せた。全く重たくないわけではない、ただ、自分の胸で呼吸を塞いでしまうよりは余ッ程いいと。ぱっちりと丸くなった目に、大丈夫だよと微笑んで見せた。

「一緒に寝ると、温かいね」

 感情が表に出ないのは果たしてどの程度良いことなのだろうかと考察する。考えに基づいた行動しか出来ないものだから、結果に至るまで想定して、其処から出外れた事態と衝突した際に、初めてこの心臓は跳ね回る。

 甦りの理由はこの子を抱くこと? そうは、思わないけれど。それでも、そのためだけに生きて居たっていいはずだ、この子を幸せにするためにだけ、在っていいはずだ、この子の存在はそんな物思いをそもそも許すように288号は、ジタンとブランクとビビを見ていて思わずには居られない。冬を越えた彼らに永遠の太陽が降り注ぐのは、真理に等しい。自分が彼らの太陽とは思わないけれど、少し冷たい風が吹きそうなときに傍に立って、風除けになるぐらいの役に立てればいい。

「っひゃ!」

「……冷たかった?」

幾度か、抱いた。その度に、もう少しスマートに出来ないものだろうかと情けなくもなる。ジタンに、ブランクに、ああまで励まされても尚、思い切りが悪い。本当は浴室の中でその膚に触れようと思っていたなんて言ったって、信じてくれないだろう?

「……キスを、しよう」

 声は、震えることも揺れることもなく、あくまで平板なままに出た。恋をするというのはかくも難儀なものか。果たして傍から見た自分が、そんなココロオドルシチュエーションの渦中に在るようには、見えないだろう。

 指先に触れるビビの背中はまだうすぼんやりと温かく、288号がそっと指に歩かせるたび、微かに震えた。

「……288号……?」

 ビビの頬は紅かった。布団の中に篭った熱が染めたのだ。まだその色を共有出来ない自分であることは寂しくもあり、申し訳なくもある。

「ビビが、ゆっくり眠って、いい夢を見られるように」

 自分の体温が残る場所へ、小さな身体を横たえた。ビビの耳の先も紅く染まっているのを見つけて、其処に触れたらぎゅっと目を閉じられた、思わず零れた「ごめん」に、ビビが首を振る。

「……今日は、僕から、するから」

 ビビの了承を得ないまま、唇を当てた。ビビの、緊張していることが具に伝わる唇だった。恋をするというのはこういうこと? 問うても教えてくれない気がするから、黙っていた。ただ、唇を重ねるだけのキスを一度、二度、三度、繰り返して、ビビの唇に花弁一枚分の隙間が開いたのを感じる。ビビがいつも自分にしてくれるように、……ビビのように上手には出来ないという自覚はどうしても在ったが、舌を、唇の隙間へ差し込んだ。

「んっ……」

 閉じられた瞼に力が入り、眉間に皺が寄った。たじろぎそうになった気持ちを叱咤して、積極的な姿勢を維持するためには、息継ぎが一度必要だった。少年の口の中は生温かく、命というものの持つ潤いや柔らかさを288号に考えさせるための材料が揃っていた。その咽喉の奥から微かに漏れる息は仄かに甘い粒を隠し持って居るかのようで、288号の舌をずいぶんと擽ったくする。互いの口腔が甘さで満たされた頃、ビビの舌がおずおずと差し出され、288号に絡み付く、大丈夫だよと言葉には出さず、前歯の裏を上顎を、舐めて応えたら、不意を突いてビビの両腕が首に回った。掌の温かいことが、嬉しかった。舌から伝った自分の唾液が少年の口腔に這い入り込んでゆくことが、酷いくらいに蠱惑的なことであるように思えた。ビビを汚していく、僕が汚していく、君が汚れていく、僕で汚れていく、そんな想像に、興奮を覚えた。口許から鳴る、ちゅ、ちゅ、る、濡れた音は、食事の時には立ててはいけないと信号が警鐘を鳴らす、だけど僕はビビを食べてしまいたいくらい可愛いと思うけど齧って痛がらせたりはしないよと、288号は言い返した。

「……んはぁ……っ……」

 次に唇を離したのは、ビビの息継ぎのためだった。濡れた唇に、上下する薄い胸板を見て、少し、いや、少しばかりではない、可哀相なことをしてしまったか、気が咎める。ただ、ビビの首へ回された腕は緩んだだけで、288号のパジャマの襟を掴んで離さない。涙目で見上げる目元まで、命の色が染めている。

「好き、だよ?」

 ……綺麗だなあ。

微笑んで、288号は言った。

「君のことが、大好き」

 君の微笑みのために、僕にだって出来ることがある、いくつだって、きっとある。一つずつこなしていくことが、君の側に、当たり前の顔して居る為に必要な事だろう。

288号……」

「好き」

 腕を解いて、その小さな手の甲に口付けて、林檎の味がしたって不思議のない頬に耳に、キスをした。目許は涙が零れて塩辛いが、掻き分けて甘さを探せる舌を自分が持って居るらしいことを知った。

 ビビが、再び腕に力を篭めた。しっかりと抱き付いて、ほんの少し震える。さらさらの銀の髪の下に手を入れて、何遍だって撫ぜたく思った。小さな小さな耳朶を擽るだけのボリュームで、「抱いていい?」、密やかに頷いたのを感じたら、胸の中で火花が爆ぜて、熱さを感じる。照れ臭さだってある。心臓はやっと追いついたように、少しだけ、歩みを早くした。

 これまでは、少年が脱ぐのに任せていた、全て委ねていた、今日からは。一つひとつボタンを外していく指が慣れるまでかかる時間の短からんことを、288号は願う。ウエストにはゴムが入っているのに、その身には緩く感じられる、スムーズに脱がせられるのは有り難かった。先程まで風呂で見ていたものと到底同じとは思えない、狂おしいまでに整った肌目に、大雑把に触れたりしてはいけないと思ったから、指で触れるより先に唇を当てた。ビビの身体はほんのりと温かく、甘く、塩っぱかった。

 ジタンとブランク、どうしていたっけ。彼らはこの子をどんな風に鳴かせていたっけ?

 壊れそうなほど細い首にキスをして、目を引かれたのは薄い胸板に一対実った乳首だった。小指の爪の先ほどの、小さな小さな粒、何の為に其処にあるのかも288号には判然としなかった。ただ、雪色の肌に、一つ先の季節から呼び寄せて載せたような桜色の乳輪に、臆病そうにごく小さく突起したものを見て、ジタンが、ブランクが、そっと弄ってこの子を震わせていたことを思い出す。そう言えばまだ僕は、一度だってこの子の此処を舐めたことがない、思った瞬間に、答えは出ていた。

「んっ、はぁっ……!」

 解答の正誤に巡らせるはずの意識が飛んだ。唇を当て、……此処だけ、少しだけ、他より、甘い……、そんな考えを覆うように、ビビが喉を反らして声を上げた。反射的に唇を外して、見下ろす。一層赤味の鮮やかになった頬を見て、何故だか288号の胸は左右の感覚もなくなるほど、目が回った。何も考えず――それは彼にしては非常に珍しいことで――再びビビの乳首に唇を当てた。つい今しがた、その粒は彼の舌に応じて柔かく潰れたはずなのに、ぷつりと力を孕み、舌先に粒の感触を心地良く与える。目を反対側、ビビの右の乳首に移し、そっと指先を当てる。一度、二度、彼の指の下で乳輪の中に埋もれたが、やがてその指先にしこりに触れるような感覚を与え、指を外せば微小な楕円球の形を為してつんと尖った。

 ビビの唇からは間断なく甘く濡れた声が漏れる。

「……此処も、こんな風に勃起するんだね」

 驚きさえも伴いながら、指先で幾度も幾度も、粒を転がした。人間と等しい構造の身体を持って生きていて、器官一つひとつのレーゾンデートルは理解しているつもりでいて、しかし自覚を伴って生きる道は未知との遭遇が幾らだって転がっているのかもしれない。

「さっきまで、何とも無かったのに……。男の子の此処が、こんな風に性感」

 ぎゅ、とビビが288号の手首に爪を立てた。濡れきった目からは今にも涙が零れそうだ。

「……っ、だっ、て、っ……、いじ、るんだもんっ、ジタンもっ、ブランクお兄ちゃんもっ……!」

 その顔を見れば、反射的に「ごめんなさい」しか言えない。

「……嫌だったんだね、……ごめんね、知らなかったから。判った、僕はもう、しない。君の嫌なことはしないよ」

 ビビがはっと顔を上げた。二度唇が言葉を紡ぎかけて止まる、だが三度目は止まらなかった。

「……いや、じゃ、ない……」

「え……?」

「……いやじゃ、ないよ、おっぱい……、されるの、いやじゃない……」

 真っ赤な顔を見詰めつつ、ひょっとしたらこの視線一つだって罪になるのかもしれないと288号は思った。自分に出来るのは、……するべきなのは、ただこの子を幸福にすること、そればかり。ならば目を反らして、辿り着いた先の下半身で震える幼い茎に視線が辿り着く。此方をされれば気持ち良くなれることは先刻承知である。

「どっちが……、いいのかな」

 あまりにも無知な自分が恥ずかしいが、訊かないままで一生ビビに不満を抱えさせてしまうようなことになっては自分が甦ったことに一分の意味も無い。

「……おっぱいと、おちんちんと、ビビはどっちが気持ちいい?」

 どうしてだろう、虐めているような気持ちになる。ビビは微かに震え、路地裏で人と遭遇した子猫のような目を、ただ288号に向けていた。だが其処に288号が安心するのは、ビビが決して非難がましい目をしているのではなく、どうしても引き出せない言葉をもどかしく思うという第一種、そして第二第三、288号には見出せぬ幾つもの感情に右へ左へ振られているのだということが判るからだ。

 やがて、ビビはぎゅっと目を瞑って、「どっちも……!」と声を絞り出した。

「どっちもぉっ……、してほし、っ……おっぱいも、おちんちんも、気持ちぃからぁっ……」

 ビビの声はどろどろに融けた飴のように288号の頬へ散り、熱く垂れた。ぴくん、ぴくん、哀しげに震える性器の先、覗く尿道口にも涙を浮かべて、ビビは泣いていた。理由は、288号の辿り着ける場所にはなさそうだった、ただ、可哀相なことをしてしまったらしいことだけは判る。ビビがどうしてか、自分を責める気はないらしいということが判るのが、余計に悪いように思える。

 もっと、頭、良くならなくては。

 この子のために、そのためだけに。

「うやっ……!」

 右の乳首に唇を当てて、右の掌でビビの性器を包み込んだ。先端の当たった親指の腹が滑る、「……これで、いい? ……間違っていない?」、訊く自分の声の頼りないことが情けない。ジタンのように、ブランクのように、自信を持ってビビを幸せに出来るようになるためにはもう少し時間が要るようだ。

「っに、っんっやあっ……にゃんっ……!」

 性的な欲に基づいた行為であることを、288号は忘れていた。パジャマの中の彼の性器は確かに勃起していたが、ほとんどそれは意識の埒外に在って、どうしたらいい? どうしたらいい? そればかり繰り返し問いながら、答を探求している、「……気持ちいい……?」、僕は、……君を幸せにしてあげられている?

「ぃっ、もちいぃよぉ……っ、ぅああぁんっ、んぁっ……! ひゆぅっ、ひっ……いっ、……きゅっ」

 つまるところ余裕なんて何処にもない、セックスの必要条件を満たしていない。ジタンもブランクも、砂漠の光の力を駆りずして此処までビビを乱れさせはしないはず、然るに彼は舌で指で、無垢な心と無知ゆえに生じる興味で、ビビを天辺へと運んで行く。

 彼の親指を弾くように、ビビの性器の先端から白蜜が噴き出された。指が濡れた、その意識を端に、無意識のうちにバウンドを数えていた。吸い付いていた薄っぺらい胸を上下させて、ビビは呼吸のたびにかすかな声を漏らし、涙を溢れさせる双眸を288号に向けた。

「……大丈夫?」

 銀色の、潤みきった目に自分がどんな風に映っているか興味が無いではなかったが、「七回も出して……、おちんちん痛くない? 大丈夫だった? 僕、まだやり方が覚束ないから、痛い思いをさせてしまったかもしれない。普段もこんなにたくさん弾」、こうして288号はビビを泣かせた。

「……ビビ……」

 ジタンのように優しい欲に任せていない、ブランクのように愛に基づく悪意もない、288号の斯様な在り方が、ビビには一番酷く思えることを、彼は気付かない。288号は狼狽しきって――しかし内面の同様は一分も表出させることはなく――自分のやり方にますます自信を亡くしていく。やはり君たちのようには出来ないよと、あの二人に縋りたい気になって、それでもどうにか通したままの背骨に基づいて、猿真似をする。

「ふやぁっ……!」

 ごめん、ね? 謝りながら、下腹部に飛び散ったビビの精液を唇で掬い取る。自分のものに比べると薄く、量も少ないように思う。少年の年齢と日々重ねる激務を思えば妥当であろうか。舌に乗る味は、それが同性の性器から搾り出された液体であることなど嘘のように苦くない。ジタンが嬉しげに舐めるのは変態嗜好ゆえのものと思っていたが、そうではないらしい。もっとも、ひくひくと震えるビビを見れば、この少年から齎されるものはどんな形であれこの舌に辛いものであるはずがないと288号はすぐに納得するに至る。胸にずっと、ちくちく刺さって感じるものさえ、甘酸っぱい。

「……僕は、もっと君を、幸せにしてあげたい」

 祈るような気持ちで288号は言った。

「もっと、……もっと。それが出来なかったら、僕は生まれてきた理由を自ら否定することになってしまう。だから、ね、……もっと上手に出来るように、頑張る」

 こんな少年に、あんなことをする、こんなことをする、そんな彼らや自分が正しいかどうかを疑うのはやめようと、288号は思った。どんなプロセスを踏んだとして、今が間違った形ではなく、無限に幸福を広げていくならこんな日々を続けていくことが一番に大事なことだと信じられる。

「でも、僕にはやり方が判らない。いつも君任せじゃいけないって……、だから僕なりにやってみようと思ったんだけど、……泣かせてしまっては、ダメだね」

 両目はまだ濡れてはいるが、泣きやんだビビはじっと288号の顔を見詰めた。少年の目には、こんな行為には不似合いなほど生真面目な表情のまま自分を見、謙虚な言葉を連ねる彼が、段々と不思議な存在へ変じていくように映る。ジタンならば自分が裸でいるというそれだけの理由で全て許されたつもりになって、実際ビビも全てを許して、共に淫らに踊る夜を幾つも重ねて来たのだが。

 288号はまだパジャマのボタンさえ外していない。

 洟を啜って、頬を拭いて、ビビは起き上がった。

 パジャマのズボンの前は、まるで落ち着いている。林檎色に染まっている自覚が在る自分の頬とはまるで対照的に、白皙は平穏無事、寝顔のように純真無垢。

「……やり方なんて、ないよ」

 288号はごく浅い皺を眉間に寄せて、相変わらずビビの顔を見詰めている。

「……288号が、楽しいって思ってくれるなら、それで……、僕だって、楽しい……」

「でも、君は……、泣いていた」

「……泣きたくって泣いてるんじゃないもん」

 ほんの少し、唇は尖った。ついさっき散々舐められた胸の先が、ちりり、疼いたように、ビビが右の拳で其処を擦った。

「ただ……、恥ずかしくって、でも、恥ずかしいのって、あたりまえのことだし、少しも恥ずかしくなかったら、たぶん、……こういうのと違うって、思うし……、僕だってよくわからないよ、でも……、嫌だから泣いたんじゃなくって……」

 ビビの頬は、またすぐに紅く染まる。288号は其れを見て、自分の無力さを嘆くよりも先にしなければならないことが幾つか在るらしいことを知る。それが何なのか、彼の知識の中に見つけられはしない。全く持ってジタンとブランク、彼らの柔軟かつ斬新な発想力には感服する。

「……僕は、こういう、……あなたや、ジタンたちと、するえっちは、好きだから」

 ビビは、俯いたまま喋る。綺麗に透き通った声をわざと篭らせて、細い太腿へ落としていく。

「恥ずかしいのとか、ちょびっとだけ痛いのとか、含めてぜんぶ、大好きだから……。だって、わかんないけど、僕がああいう……、こういう、ふうに、なれば、幸せになってくれるから」

 冬のまだ終わらない夜の、ベッドの下の床には冷気が流れ、油断をすればいつでも風邪をひける。昼の春めいた陽射に膚を熔かした残雪も夜にまた凍り付く。288号はビビの言葉をゆっくりと飲み込みながら、華奢すぎる白い肌が冷えてしまうことを怖れ始めていた。

「僕は、だから、……あなたの好きなようにしてもらえれば、それで……」

 欲ではない、衝動でもない、ただ抱き締める理由は彼にとってまず「其れ」だった。

288号、僕は、あなたのしたいようにしてくれれば、幸せになれるよ」

 抱き締められた理由をどう解釈しても構わないと、288号は思った。自分のほうがまだ少しは温かく、存在意義を見出せたような気になる。よく晴れた夜ほど冷え込みは厳しくなる、この寒さはもう何週間かは続くだろう、僕と一緒に眠る夜には、君が風邪の心配をしなくてもいいように、僕の体温を少しでも分けてあげられたらいい。

 ただ、ビビはほんの小さな声で、言葉を継ぎ足した。

「……僕の、持ってる欲を、別にしたら」

 ん? と腕を緩めて覗いた。ビビは紅い頬のまま、彼のパジャマを掴んでいる。

「……僕は、僕だけじゃなくって……、一緒が、好き。一緒に良くなるのが好き。……ううん、それだけじゃなくて、誰かが気持ち良くなって、幸せになってくれるのが好き」

 だから、と指先が意を決したように288号のパジャマのボタンを外しにかかった。隙間から入り込んだ両手の指は288号の膚を滑り腰の後ろへ伝い、ズボンのウエストの中へ忍び込み、腰骨を辿って前に戻る。

「だから、……その、ジタンやブランクお兄ちゃんのことするのが、好き」

 ビビの指がくすぐったくて、しかしその手を止めることも出来ないまま、288号は身を硬くして少年を抱き締めたまま、黙っていた。「……たってない……」、呆れたような、感心したような、感動したような、少し傷付いたような、……ずいぶん複雑な溜め息がビビの唇から漏れた、「お尻、ちょっと上げて?」、言われた通りにしたら、するりとズボンを下ろされた。身を屈めシーツに手を付き、その顔の前、まじまじと自らの性器を見詰められるのは、この行為に不慣れな288号の羞恥心を底から突き上げる。ジタンもブランクも楽しげにビビの眼前に自らのものを見せびらかしては触れさせるが、あれは一体いかなる神経の為せるわざか、まだまだ学ばねばならぬことの多さに、少し、くらくらする。

「……ジタンたちは、知ってるのかもしれないけど……」

 ズボン脱いで。座って。言われるがままの自分だが、謙虚は美徳と彼は信じる。あくまでもビビを幸せにするために、……教えを請う立場なのだ、自分は。

「僕は……」

 足の間に這い入ったビビは、垂れる288号の性器を改めて両手で包み込むように握り、先端に鼻を寄せる。ほんの微かな声で「これが、好き」と呟いたのが、ビビの指の隙間から288号の茎を辿り、染み込んだ。

「でも、……誰にも言ったら、ダメなんだからね? ……288号」

 ビビの指は冷んやりとしていて柔かく、まだ両手を離されたらくたりと倒れてしまう288号の性器を性欲とは別種の心地良さで包む。匂いさえ届くような距離で見詰められて、却って縮こまりそうな懸念さえ在る。

「……いつも、あなたは、こうだね」

 「あなた」は自分なのかそれとも自分の性器なのか、彼には判然としなかった。

「僕が裸になっても、たってない。触っても、すぐにはたたないし、……ジタンはすぐなのに」

 喘ぐようにビビが顔を上げて「僕は、つまんない?」、288号に訊いた。

「……ひょっとして、僕と居てつまんないから? 僕が側にいても、あんまり何にも、ならない? でも僕がしたがるから……、さっきは仕方なく」

 慌てて首を振った、その目が潤んだように見えたからだ。

「違うよ。僕は君のことが大好きだ」

「でも」

「大好き。だけど、……まだ自信が、無いから。どうしたら彼らのように君を幸せにしてあげられるか、ずっと考えてる。だから今日だって、さっきだって、上手に出来るように試みた。でも、ごめんね、どうしても……、緊張してしまう」

 一瞬、ビビの口がぽかんと開いた。

「緊張?」

 屈辱感に苛まれながら、288号はただ頷くほか出来ない。

「仕方が無い事だって、ブランクは言っていたよ。彼が言うには、僕は君に恋をしている。どういう種類の感情をそう呼ぶのか、僕にはいまひとつ判らないのだけど、恋をするとこんなふうに、理屈抜きで大好きな気持ちも真っ直ぐに出せなくなるんだって言っていた。本当は彼らのように、……いや、出来たら彼らよりも上手に、君のことを気持ち良くして上げられたらいいと思っている。それなのに、ね……、悲しいくらい、僕は何も出来ていない」

 自分の感情の顕れない顔で「緊張」「大好き」「恋」「悲しい」などと言ったところで、其処に誰がどれだけの重さを感じてくれるものだろうか。ビビは足の間からただ口を空けて288号のことを見上げ、しばらく呆然としたままで居た。信じてもらえないかもしれないな、漠然と288号は思い、目を反らした。此処まで昂ぶった羞恥心ですら、彼の頬を紅く染めることはまるでない。僕の顔は心に平気で嘘をついてみせる……。

「……んっ……!」

 不意に、くすぐったさがくるりと円を描いた。見下ろせば、ビビの旋毛、両手で包まれた性器の先を、ビビが舐めたのだと気付くまで少しく時間を要した。

「……ビビ……、僕は……」

「好きなの」

 生温かく湿度の高い吐息が濡れた先端を撫ぜた。

「僕も、あなたが好き。だから、あなたが気持ちよくなってくれるのが幸せ」

 言って、ビビがまた性器に舌を這わせる。左手が茎から下がり、袋を弄る。右手が茎を緩く握って上下に扱く。首を傾けて、茎に舌を伝わせる。妖しく染まった目元は目にしたもの全ての理性を壊す類のもの、288号の胸さえ、微かに、確かに、揺さぶられる。

「……ビビ……」

「うれしい」

 ビビが呟く、幾度かまた亀頭に細かなキスを落として見せて、左手を離して濡れた唇と舌を掠らせながら、「あなたが、こんなにかたくしてくれたのが、うれしい」、ひくつく陰茎に愛の言葉を垂らす。

「……こんな在り方は、変?」

 ビビの手に従って、288号は仰向けに横たわった。その身体をあべこべに跨ぎ、ビビが足の間から訊いた。

「僕は、こんなふうに、……こんなふうにね、ジタンや、ブランクお兄ちゃん、それに、288号、……好きって思う人に、気持ち良くなってもらいたい。でも、こんなふうなの、……普通の、僕と同い年の子はしてない」

 ビビの開いた足の間からは、ビビの全てが覗けていた。見たことも無い光景に半ば圧倒されながらも、彼の耳はビビの言葉を的確に拾い、その意を抽出することを忘れはしなかった。一年と少し前、まだ九歳だったビビを抱きたい抱きたい抱いてしまいたいという欲をジタンから告白された際には唖然とし、しかし悩んでいる十六歳の少年の姿があまりにも痛々しくも思えて、ある種の無責任さに基づく言葉を投げたのは288号である。そんなことをビビが知っているとも思えないが、胸が痛まなかったと言えば嘘になる。

 見上げるビビの身体の中心、足と足の間にある小さな蕾は本来ならば永劫「出口」でしかない場所のはずで、しかし今は「入口」としての用途も持って居る。二人の男に代わる代わる侵入され、このところ自分も幾度かその身に押し入ったことから考えれば、其処がそんな無垢さを保っているのは奇蹟的なように見える。

「でも、僕は、……されるの、好き」

 ビビは言いながら、再び288号の性器にしゃぶりついた。

「大好きな人のおちんちん、こうやって、ね、舐めたりするの、好きだし……、恥ずかしくっても、……大好きな人にだったら、お尻、いじってもらうの、好き。僕のこといじるの好きな人が幸せになってくれるし、僕も……、一緒に幸せになれるし……、だから」

 ビビは言葉を切って、288号の男根を咥えた。もう、何も言わなかった。288号はまだ横転して後頭部をしたたかに打った時のように目を回していたが、かちり、かちり、かちり、的確に当てはめた結果、するべきことは一つだけ。

「ん、む……っ」

 「出口」であると頭では判っている、排泄器官であると。黒魔道士の身体の特性故にか? それとも、もとよりそういうものなのか? 288号は考えないことにした。思考回路を働かせて居ては、この嗜好すら認められなくなるのかもしれなかった。残酷な未来にまで思いを馳せ、それを現実化するための必要条件を用意して、叶えるのはなんと馬鹿らしい。其れよりも今はこの愛らしい少年の尻を舐め自らは小さな口へ性器を突っ込み何処で区切りをつけるかは少年任せだが次はきっとこの舌先震える小さな小さな孔の中に僕はこの性器を突き入れて性的快感を享受するのだ、斯様な形の思考をすることを「興奮」と呼ぶ。

 相変わらず、そんなことをビビには思わせない彼ではあったが。

「んんあ……ぁあっ、っみゅ、んっ、なぁっ、したあぁっ、つっこんだら……っ」

 両親指で広げて顕わになる少年の蕾の内側は淡いピンク色で薄っすらと濡れている。其処に舌を当てて突き入れようとすると、環状筋が泣くように震えて拒む。だが再び試みれば、心地良い重さの扉を開くような感覚で舌は管状の器官の入口、深さにして彼の舌の丁度半分までを受け容れる。味に就いて検討するような余裕はまるで無かった。

「ひぅんっ、んっ……はぁあああっ、おしりぃっ……、おしりの、なかあぁっ……!」

288号の思考は急速に回転しているはずなのに、まるで形を無そうとしない。ただ、ただ、たた、からからからから空転し、伸びやかに空回るばかりである。ただ、拒むように、受け容れるように、……矛盾する動きが舌を、湿っぽい音と共に孔から零すのを、楽しいと、思った。

「う、はぁっ、はぁ……ぁっ、だめだよぉ……、そんな、奥までぇ……」

「……どう、して?」

「どうして……って、……、だって、だって、なか、きたないもん」

 ジタンが、ブランクが、こんなとき何と言うか、288号は検討する必要もなかった。ただ恋人を恋しく思う、ビビという少年を愛しく思う、感情任せの言葉をそのまま紡げばよかった。

「そんなことはない、君の身体の何処も彼処も、……汚いところなど一箇所だってありはしない」

 288号はもう立派にビビの恋人だったかもしれない。

「ふやあ!」

 ビビの口はもうすっかり、喘ぎ声を漏らすばかり、役立たずなんて思わない、何て愛しい命と288号は定義し暴走する感情を楽しく御する。叶った恋愛感情はゴールなく「次は何処へ連れて行ってくれるの?」と小さな小さな穴に唾液を塗し、指を押し当てる。

「あんっ、あなぁっ、なかぁ……! は、い、って……っ!」

「……気持ちいい? 僕は、間違ってない? ……これでいい……?」

 機械のようだと、自分で何だか面白くも思えた。彼は少し、笑っていた。恐らくはブランクが浮かべるような形ばかりは優しいようなものではない、普段の自分が浮かべているはずのものともまるで違う、もっと、きっと、ずっと、悪いもの、けれど、悪くないもの。

 答えを用意しきれないビビに、「自分で考えろ」と言われているのだと解釈する。なるほど僕らがこれから生きていくこの世界には、朧な「答」の輪郭だけが用意されていて、それに触れて、感じて、舐めて、感じて、嗅いで、……繰り返しで自ら学んでゆく……、面倒臭いとは思わないけれど合理的であるとも言いがたい過程を経てこそ辿り着けるもの、それを真理と呼ぶ。

 そして少し、我が侭になる。

積み木が上手に積めないよう稚拙な苛立ちが288号の中でぐるり駆け巡った。僕もされたい、君の手で君の指で君の舌で君の唇で―君のすべてで―気持ち良くなりたい君で、イ、キ、タ、イでも君のことをよくしてあげなくちゃ君のことを幸せにしてあげなくちゃ君のことを何より優先できないでどうして僕は生きているのだ!

「……288号……」

 指を止めたまま、空転思考に没頭していたか。だから自分はと、嘆き節も掻き消して、股間から覗くビビを見た。

「……つながろ……、ぼく、……もう、あなたのこと、してあげられない」

「……え?」

「っんっあ! ……う、ごかしちゃ……っ、だからぁっ、一緒……」

 下がる袋はかすかに蠢き、288号は冷たい自分の鼻を押し当てて其処の匂いを嗅いだ。ビビが腰を弓のように反らせ、甘い声で鳴く。この期に及んで選ぶべきものはただ一つ、まだ一つ。

「ひっ、んっ、ひとっ、つに、……ひとつに、なればぁっ……、一緒、っ、なる、気持ちぃくぅ、っん! ……うぁああんっ」

 触れてもいない茎がびりびりと奮えたと思った、遅れて、胸に生温かい滴がとろりと糸を引いて零れる。ビビは288号の下腹部に頬を当て尻を高く上げたまま、二度目の射精をした。288号は少年の身体の仕組みがまた少し判らなくなって、怜悧な生き物に不似合いなぼんやりした表情で、まだ指を孔に咥えさせていた。

「……ひ!」

 何のための指か、暫し288号は判らなくなっていた、「一緒」という言葉の意味を反芻していた。彼の持つ無限に近い語彙をして、未だ欠落の在ったことを恥じさせる、

「……入れていいの?」

「いま、は、ダメ……」

 ビビは小刻みに震えながら、か細い声で言った。恋愛をするには、ビビを善がらせるには、288号はまだ純粋すぎたかもしれないし、従順すぎたかもしれない。彼はビビの震えが納まるまで、抜いた指をどうすることもせず、待っていた。

「……このあいだだって、入れたじゃない……、なのにどうして訊くの?」

 ころん、と身体から降りて、ビビは288号に少しばかり寂しいような怒ったような声で訊いた。

「今こうしてる時は、僕の身体は……」

 目を伏せて、鋭い銀の光をビビは瞼の中に閉じ込めた。288号は愚か者の自覚で、ビビの両足の間に入った。開かれたビビの眼は、熱を帯びて潤んでいた。滑らかさを感じさせる涙が目尻に膨らみ、睫毛を揺すって転がり落ちた。それでも微笑む気持ちの理由を、288号はまだ判れない、いつか判れればいいと思うが、そんな日が来るかどうかも覚束ない。

 ビビが笑った。

「大好き」

 可憐なものを見て居る。288号は今しばらくその表情を目に焼き付けて居たいと思った。身体は許さなかった。小さい身体は自分の体重ですら潰れてしまいそうだからもっとずっと繊細に扱わないとと、言い聞かせながらも押し入る腰のスピードは少しも緩まらなかった。ビビが薄ら紅い喉を反らして声を上げる、しかし其処に喜色の混じっていることは288号の耳も聞き分ける。

「……ふ、あぁ……!」

 奥まで突き入って、きつく締め上げられる。「大丈夫?」、問う余裕を見失って、抗うように腰を引き、また奥へ。肛路は288号のペニスの裏から表から、湿度温度相俟って苛む。ぎこちない動きながら、彼の腰はもう止まらない。こんなにこんな風に、恋をしている。

「ひゃぁんっ……! んっ、んあぁっあっ、あっ、う、ふぁ、あっ! ひゃっ」

 自分の腰の動き一つで淫れ狂う様は、面白いと言えば面白いということになるけれどいまひとつ据わりが悪い。しかし決して神聖なものではないし、可愛いなどと安易に言うのは誤りであるように思える。唇が紡ぐ「好きだよ」がどれほどの重量になるか、彼には判らない。

 ビビが肩に爪を立てても、何も冷めることはなく、彼は腰を振り続ける。壊してしまうことを怖れたくせに、どうしてこんなに壊したくなるのだろう? 全く、この世には判らないことが多すぎる……。

 君と一緒に生きていって、少しずつでも判って行けたら其れが一番いいね。

「ひ、りゅっ、っんっ、んにゃ……あっ、で、……っれ、るぅっ……!」

 彼は射精の間際に誓いのような言葉を呟いていたかもしれない。この身が朽ち果てるまで、君を幸せにし続ける……、君の微笑みのために。

 余韻の津波に意識を翻弄されながらも、自分に絡めた腕を解くことはなかった少年の為に。

「ひ、……っ……ふ、あぅ……うう」

 解けるのが嘘のように、布団の上に横たわる仰向けの少年は、何処までも愛しい愛しい自分だけの物のようだった。実際には指紋がくっきりと見えるほどに現状三分割された所有権の一番小さなものに触れているだけに過ぎなくても。

「……大丈夫?」

 とは言え、多少の反省もある。罪悪感がちくちく刺さる。ビビの尻の穴からとぷんと泡だった自分の精液のかたまりが吐き出されたのを見て、せめて其処に血が混じっていなかったことに安堵する。塵紙でほの紅い場所を能う限りそっと拭きながら、もういっそ二度目のお風呂に入れてあげた方がいいのだろうかと考えを巡らす。ジタンやブランクがどうしているかはまだ知らない、明日には訊いてみようと思う。そして訊くより前に、ありがとうを言わなくては。

 そんなことを考えるよりも先に、まずこの子に。

「……ありがとう、ビビ」

 まだ向こう側に在る意識を緩い力で握ったビビが、ぼんやりと眼を向けた。

「僕は……、君が、好きです。何度だって言う、君のことが大好きです。だから、君を幸せにするために必要なことなら何だって出来るようになります。頑張ります」

 ビビは何度か瞬きをしてゆっくりと起き上がる。座り直して、じいっと288号の眼を覗き込んだ。其処に自分が映っているのを確認したように、時間をかけて覗き込み、にこりと微笑んだ。その笑顔はほんの数分前まであんな行為に溺れていた少年の浮かべるものとは思えない、天使のように穢れがない。そして288号は、あんな風に乱れたビビだって天使よりも無垢なのだと情報を上書きする。

「僕も、好きです」

 両手をぎゅっと、ずっと小さな両手で握られた。288号の頬は相変わらずほとんど色付くことはなく、表情も機械のように冷たい。ただ、ビビに握られた指の先は、まだ温かかった。

「ずっと一緒に居て下さい、居させて下さい」

 少し寒く感じた同じ瞬間に、ビビは288号の膝に乗った、288号はビビを抱き締めた。

「僕も、あなたが笑えるように、出来ることは何でもするよ?」

 僕は十分すぎるほどに幸せだし、笑っているつもりだよと言うより先に、唇にふわり舞い降る体温、もっと、もっと、ビビが少しく我が侭な振りで言った。


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