イヴゼロ

サクラの花が散って丁度一週間経ったその日は、朝から雲が厚かった。昼食を終えたジタンがコンデヤ=パタに買出しに出掛け、そのジタンが買い物メモを忘れていったものだから288号が追いかけ、さらに二人とも財布を持っていなかったことに気付いたブランクがさっき出て行ったところ、三十分程して雨が降り出した。傘が全部、玄関脇に揃っていたのを見て、これでは帰ってくるのは夕方だろうとビビは一人、午前中に着せられていたメイド服を着たままソファに座り、本を読んでいるところだった。静かな雨の音を聴きながら、自分の為だけに入れたアールグレイにたっぷりのミルクとひとさじの蜂蜜を入れて、ほんの少し眠たい午後を珍しく一人、「退屈」という少年には珍しい感覚を覚えながら過ごしている。常に側には誰かがいて、そのうちの二人は隙あらばビビの身体に触れようとして、さらにそのうちの一人は何の躊躇いも無く触れてくるような、しかし三人ともかけがえのない恋人であるから幸福な時間が当たり前に自分の尻の下に在って、少し冷ました紅茶のマグカップが指に与えるのと同じ温度で満たされる日々、一人の時間など考えてみると随分久しぶりだとビビは思う。三日前から一ページも進んでいない本、ジタンは「難しいの読んでんなあ」と嘆息交じりに覗き込んで、そのまま「俺の顔のほうが面白いよ」、それは確かに面白いかもしれないけれどと思いながら視線を外したきり。浮遊した不定詞を繋ぎ直して、改めて読み直してしばらくの十数ページ、窓を叩く雨音の向こう側のノックの音を、小さな耳は聴き分けた。

 お兄ちゃんたちじゃ、ない。

 反射的に不審がる気持ちを抱いたのは、まずこの隠れ里に外部から入ってくる者が稀有であるからで、そもそも黒魔道士やジェノムたちは人の家に入るときに、こんな控え目なノックだけで済ませたりはしない。然るに、こん、……こん、雨の足音に掻き消されそうなボリュームで届くノックは、大層品がいい。

 一瞬、居留守を使おうかと思ったのが正直なところだ。すっかり冷えた紅茶を一口飲んで、しばらくそのまま、身を硬くしていた。ノックは十秒ほどの間を置いて、また控え目に響く。ビビは自分の格好を気にしたが、今から着替えている暇もないし、「大丈夫、普通にしてれば女の子と変わんないよ」、それも大いに問題と思いはするが、ブランクの言葉を信じることに決めた。

「……どちらさま?」

 扉越しに、そっと訊ねた、声が女の子のものに聞こえますように。

 案外に高い位置から、声がした。

「占い師です。雨に降られて困っています、……少しの間、雨宿りをさせてはいただけませんか」

 軽やかな、若い男の声だった。

 ビビの恋人たちは、ビビの心身の傷付くことを何よりも怖れて生きている。だからこんな風にビビを一人家に置いて出かけるようなケースは滅多に無く、ブランクは出て行くときに「変な奴来ても開けちゃダメだからな?」と言い聞かせていた。

 左手に、玄関脇の傘立てにいつも置いて在る杖を握る。ビビはこのあたりの地形を丸ごと変えられるほどの力を秘めた、生粋の黒魔道士であり、一人の男だった。

 そっと、冷たいノブを右手で捻る雨音が隙間を縫って小さな耳に響いた。開けた扉の向こう側、黒いローブを頭から被った男が立って居る。目元は影になり伺えない。ただ、すらりと通った鼻筋に、薄く微笑みを浮かべた唇だけが、影の中から浮かび上がるように白く、在った。

「……ありがとう、坊や」

 黒いローブの占い師は膝を突くと、あっさりとそう言って頭を垂れた。ビビはその唇の隙間から覗いた紅い舌に、ぞわりと、腕に鳥肌が立ったのを感じる。杖を握る左手に力を篭めた、プリーツスカートに白いニーソックスの姿を一目見て口に出されたその言葉に、警戒感が炸裂する。硬いヒールの音を立てて飛び退き、油断無く杖を構えて、

「……誰、あなたは」

 精一杯凛と声を張る。

「占い師、ですよ」

 男の身の丈は、ブランクと同じくらい。村に於いても一際小さいことでまず目立つビビよりはずっと大きな相手だ。反射的に右手で印を結んだのは、その男の、ローブの内側から滲み出る魔力の気配が圧倒的に危険な水域に在るものだと、膚が感じたからだ。

「……悪いけど、帰ってください」

 白い口許が、ニィと微笑む。

「僕に風邪をひけと言っているんですか? ……ビビ=オルニティア」

 ビビの中に躊躇は無かった。指をぱちんと弾き、青、黄、赤、三種の光の珠を浮かべる、「ダークフレアッ」、振り上げた細い右腕の先から、占い師の鼻先一点に向けて放たれた三属性の球が殺到し、闇黒の弾となる。花瓶がぐらりと大きく揺れ、家中が軋んで鳴く。

「……ん」

 膨大なエネルギーが集中した弾丸を、ローブの中から伸びた男の真っ白な手が、眼にも止まらぬ速さで掴んで、……握り潰した。行き場を失った力が、男の拳を再び開かせた時、残風がそのローブを波立たせ、掻き分ける。唖然と杖を取り落としたビビは、男が害の無い笑みを浮かべ、ゆっくりとローブの頭巾を脱ぐのを、膝を震わせて見て居るほかない。

「……誤解を招く入り方をしてしまったようですねえ」

 緩い癖の付いた、銀色の髪、氷のような銀色の眼、粉雪で撫ぜたような純白の膚。

男が自分と同じ黒魔道士であることは明らかだ。

「こんにちは」

 にこ、と黒魔道士は微笑んで、ビビに挨拶をする。その笑みを境に、男の身体からは魔力の波動がぱたりと無くなったように、ビビの身体から鳥肌も震えも嘘のように消える。ただ内側に穿いた少女用のパンツが覗けてしまうのも今は忘れて、ぺたんと尻餅をついていた。

「僕は流しの占い師、黒魔道士の純血種、ナンバリングなし」

 すらすらと言葉を紡いだ男の唇が止まった瞬間が確かに在って、其処に気を取られた間に、ビビは抱き起こされていた、「名前はイヴ……、イヴゼロといいます」。

 男の手は、その見目に反して温かく、タオルケットのような優しい匂いがした。魔力の圧迫を消去すれば、288号のような心優しい黒魔道士にしか見えない。ただ――288号も美しいと思う、もちろん美しいことを理由に側に居て欲しいと思うのではないが――男は、恐ろしいほどに美しいとビビは思った。

「雨宿りを、させてもらえますね?」

 イヴゼロと名乗った男は、ビビをきちんと立たせ、スカートの裾についた砂粒を摘み取ると、同じ色をした目を真っ直ぐに覗き込んで、優しいが有無を言わせぬ口調で訊いた。

 

 

 

 

 イヴゼロの睫毛は長い。

透き通った向こう側にほんの少しの紅色を映し出す瞳を、涼やかに彩る。「僕の顔に、何か付いていますか?」、首を傾げて訊く仕草は少し子供っぽくもあったが、どこか水気を帯びたような声は大人の男のそれで、耳に心地良い。慌てて顔を反らしたビビに、小さく笑った。何だか居心地が悪くて、ビビはスカートの裾をぎゅっと握って、

「……ああああなたは」

「はい?」

「あなたは、僕が、こんな、あの、女の子の格好、してても、オカシイって思わないんですね」

「ええ、知っていましたから」

 ビビに、にこりと爽やかな微笑みを向けて、イヴゼロは飄然と答える。

「知ってた?」

「ええ。……雨に降られてこの村を見付けて、……何処の家の戸をノックしたら入れてくれるかを占いました。この家の、スカートを穿いた男の子は僕を受け入れてくれると、水晶が導いてくれたものですから」

 占いが出来るのに、傘を忘れたりするのだろうかとビビはほんの少し訝ったが、水晶が嘘をついていないことばかりは、少なくとも判る。

「……黒魔道士だって、言っていましたよね」

「ええ、黒魔道士、……正確に言えばナンバリングされた量産種とは違いますが」

「……すいません、あの、よく判らないんですけど」

「黒魔道士には大きく分けて三種類います、もちろん、もっと細分化して量産型をA/B/Cと分けることも可能ですが。……僕は純血種の黒魔道士、即ち黒魔道士という種族の、ごく初期に生み出された個体なのです。第一次試作型とでも言いましょうか。僕のような存在を元に、……君も知っているでしょう、黒のワルツ、第二次試作型が創り出されました。ご存知の通り彼らは量産型の黒魔道士たちよりもずっと強い魔力を持っています。しかし僕らのような第一次試作型の黒魔道士は、彼らよりもずっと強い魔力を持つことが出来るんです。……そして、独立した自我を」

「……『僕ら』?」

 ビビの言葉に、ほんの少しだけイヴゼロが目を細めた。相変わらず微笑を浮かべたままで、「ええ」と頷く。

「君も僕と同じ、第一次試作型の黒魔道士です。……とは言え、僕も色々な黒魔道士を見てきましたが、……君が、初めてですよ。僕の他に第一次試作型の黒魔道士が存在するとは思ってもみませんでした」

 その同型種が女装をして暮らしているとも、思わなかったはずだ。イヴゼロは親しみを篭めた微笑を絶やさず、気安く手を伸ばすと、同じ色の髪をそっと撫ぜた。

「そうだ……、何か、知りたいことはありませんか? 未来のこと、僕の覗けることなら、何でも教えてあげますよ」

 イヴゼロの声は静かで、声の向こう側を先ほどまでより強まった雨が覆っている。まだビビは黒魔道士として「同型」と自称する青年の言葉を理解するに至らず、二度ずつの瞬きを繰り返していた。

「知りたいこと、ありませんか? なくしたもの、未来のこと、……明日の天気でも良いですし、……君の大事な人たちのことでも」

 それでも聡明な小さい耳は、言葉の尻尾を逃しはしない。

「……人たち、人、たち?」

 判っていますよ、と言うように、イヴゼロはゆっくりと頷く。

「ジタン、ブランク、そして、黒魔道士TYPE-C288号。君の愛する三人の男性。君はいま、とても幸せなんですね。この家の隅々から、……例えばこのソファからも、君と君の愛する人たちの幸せが優しく漂って来るかのようです」

 その掌に収まるほどの大きさの水晶玉を取り出して掲げて見せる、「これを覗けば全て、手に取るように判るんですよ。君が普段どんな類の幸せの中に在るか、彼らをどんな風に幸せにしているか」、ビビの眼には単なる硝子球にしか見えないが、イヴゼロに其処を通して午前の悦事をそのまま覗かれているようで、身の置き所を喪失する。ブランクにかけられた「魔法」によって乳首も陰嚢も、ペニスの先や肛門の奥に優るとも劣らない性感帯になってしまったことをブランクに曝露されたものだから、今朝は其処ばかり弄くられて気が狂いそうにだった。……何だかまた凄いことを口走ってしまった気がする、そして、いつも以上にはしたなかったような、そんな気もする。

「あああう、そんなの見ないで下さいぃ」

 真っ赤になって、両手で水晶を包み隠そうとしたビビを、イヴゼロはひょいと膝の上に攫って閉じ篭めた。

「……なるほど、君は淫らな身体をしている、……その小さな身体で三人の男の欲を受容し、自らの身体の中で幸福を増幅させる術を、その年で既に体得している。……しかし不安で仕方が無いのですね?」

 イヴゼロはブラウスの上からビビの心臓に手を当てて、内側に刻まれた凹凸を探るようにゆっくりと指を動かした。繊細な指だった。

「……彼らがずっと側に居てくれるのかどうか。もちろん、彼らのことを信じている。しかし、君にはどうしても自分の身体にさほどの価値も在るとは思えない、……自分に自信が持てない。ブランクのように優しくない、288号のように賢くない、ジタンのように強くない、……いいところがまるでない、ただ身体の小さい黒魔道士、何の特徴もない黒魔道士」

 胸骨の向こう側、ビビの全身に行き渡り悩みも寂しさも載せて運ぶ心臓の呟きを、占い師は余すところなく並べて見せた。咽喉が苦しくなって、眼が潤んだことさえ、イヴゼロは気付いてしまったのだろうか、言葉を切って、少しの間、ビビの髪を黙って撫でていた。

「……僕は、君に、君と君の好きな人たちがこれからもずっと一緒に居る為の方法を教えてあげることが出来ますよ」

 イヴゼロはあくまでも静かな声で言う。訊き返したビビに、ただ頷いた。

「但し、ひとつだけ、……条件があります」

 ビビの目の前に、細い指を一本立てた。

「君の裸を貸してください。そうですね、この雨が止むまでの短い時間で構いませんが」

「な」

 ぱく、とビビは言葉を失した。暫し、雨音だけが部屋の中で鳴っていた。

「もちろん、嫌ならば無理強いはしません。雨が止むまで居させて頂ければ、それで結構です」

 押すでもなく、引くでもなく。ただ、

「……自分で言うのも何ですが、僕ほどの占い師はそうそう居ないと思いますがねえ……」

 そう、ポツリと呟いただけ。

 

 

 

 

 全てが事実だった。ジタンが、ブランクが、288号が、「可愛い」と言っては撫ぜて舐めて弄くるこの身体の何処にそんな価値が在るのか、少年は判らない。鏡に映したって、なかなか伸びない身長に増えない体重、「いつか成長期来るさ。ってか今のままだって十分可愛いぜ、なあ、ほら、ちっこいちんちん可愛いなあ」、そんなことを言われながらも、不安で不安で仕方がない。――それは所謂恋の魔法の恐ろしさ――ジタンもブランクも288号もビビからすれば見詰めているだけで胸が高鳴るほどの「いい男」、それに較べて自分は余りにも。

 だから美しいイヴゼロの前に裸で立ち、両眼で上から下までじろじろと見られるのは、苦痛以外の何物でもない。

「……後ろを向いてください」

 ソファに座った占い師の前で、回れ右をした。何処に視線があるか全く判らなくて、背中が尻が、かあっと赤く熱を帯びたように思われた。

「平均よりも幼い、十歳の身体ですね」

 事実だけを述べるように、イヴゼロは言うと、ひょいとその身体を抱き上げる。イヴゼロの腕は華奢だったが、ビビを抱いて歩くことぐらい負担にならないようで、まるで自分の家のように部屋を横切り、多分今宵も爛れた愛の交わし合いの舞台となる寝室で、やっと下ろされた。

同じ黒魔道士として、いつかそれぐらいのことが僕にも出来るようになるのだろうか。

「……あ、あのう……」

「なんですか?」

「……、あ、あの、あの……っ、こういうこと、僕、あの」

「僕が彼らと会うことは無いでしょう、君も彼らに言わなければ良いんです。それに、これは契約条件であって、君と僕とが同価値のものを出し合うことで成立するんです。君が『未来』を欲しないと言うのであれば、僕としてもこれ以上」

「し、知りたいです」

 そのタイミングで言葉を切られることを、知っていたかのようにぴたり、イヴゼロは言葉を止めていた。

「君は愉しむことだけ考えていればいいんですよ、僕も愉しませてもらいますから」

イヴゼロのローブの下は白いシャツにチノパンという、驚くほど平凡な格好だった。ベッドに上がると、優しくビビを組み敷いて、前髪を退かす、額にキスを、一つ。

「……あなた、は、……同性愛者、なん、ですか?」

「ええ、そうですよ。君と同じ、同性愛者です」

 あっさりと言って退けたイヴゼロは、改めて間近にビビの裸を観察する。その真剣な眼は、欲に基づいて舐るように身を這うジタンやブランクのものよりも、ビビの羞恥心を煽る。淡い色の乳首の先、まだ目立たない突起でその視線が止まったとき、尿道にむず痒いような刺激が走った。

 あまり、見ないで欲しい。

 けれど、未来を知りたい。……この先もずっと、僕は三人と一緒に居られるだろうか。男たちが聞けば一笑に伏してしまうようなことを、しかし真剣すぎるほど、ビビは思って居る。

「……っあ……っ、ん、やぁあっ……」

 ひくん、とかすかな震えが身体に走る。止めようが無い電気信号の流れは、視線に晒された乳首を内側からちくちくと突付くように掠める。触れられてもいない乳首は、見る見るうちにつんと尖り、小さな粒の形を為す。

 イヴゼロの人差し指が、其処へ載った。

「んひゃあぁ!」

 露出に慣れないペニスの皮の中を撫ぜられたような、痺れとくすぐったさ、重なり合って「気持ちいい」としか言えない感覚が、ダイレクトに心臓へ突き刺さる。びくんと震えた腰、入ってしまったスイッチ、こうなってしまえばもう自分は、淫らなばかり、ジタンがブランクが嬉しそうに笑い、288号が緊張してしかし、いずれにせよ優しく抱き締めてくれることが、朧にこの身の価値を証明する。

「此処が感じるんですねえ、君は」

 指を離して、イヴゼロが呟く。

「此処は確かに男にとっても性感帯になり得る場所です。しかし、こうまで感じてしまうというのも貴重ですよ? ……なるほど、君の恋人は此処を随分器用に開発してしまったんですねえ」

 もう一度、触って、すぐに手を離す。

「……イザベル=モーニングベルズ、闇暁の鐘。……ブランクの友人の魔女にかけられた魔法ですか」

 また一度、粒を潰して、すぐ離す。

「……イザベル=モーニングベルズの魔法であれば、なるほど確かに三百年経てば効果は切れます。ただ……、残念ながらイザベル=モーニングベルズはいま、アンリという名で立派に……、立派にかどうかは主観に拠るところが大きいかと思いますが、生きています。ですから……、そうですね、三百年で効果が切れるかどうかは」

 今一度、「残念ながら僕には保証できません。尤も、君にとっても君の恋人たちにとっても、それこそ望むところかもしれませんが」

「うやァあぁっ」

 ビビが高い声を上げた。

「意地悪っ、……おっぱい、もっと、いじってよぉっ!」

 途中からイヴゼロの言葉など耳に入っては居なかった。乳首を潰されるたびに心臓は跳ね、全身に熱い熱い血を巡らせる。幼茎は脈拍のたびに震え、力が篭るたび其処からは微量の腺液が分泌される。

「これは失礼、……ですが此処ばかりでは余りに物足りないのではないですか? 此方も」

 右の乳首から脇腹へ、足の付け根を縫って、陰嚢へ。一本の毛だってまだ生えてこないつるりとしたエリア、同様に穢れなきイヴゼロの指は微細な傷もつけずに辿る。

「此処。……此処も気持ちいい。……そうでしたね?」

 きゅうんと二つきりの宝珠が内側に吸われるような気がして、ビビは声を上げる。柔かく、ゆっくりと蠢く袋を摘まれ揉まれ、雨音を忘れる。イヴゼロはヒクヒクと震えるペニスの先に鼻を寄せて、

「腺液の匂いがしますね。……今にも溢れて来そうだ」

 あくまで穏やかに、だがそれだけに悪質な声で言った。

「乳首も陰嚢も、……でも、此方もそうでしょう?」

 袋を弄る指を、茎の裏側から登らせていく。溢れさせた透明な汁に皮の縁を濡らしたビビの陰茎は、その年相応の顔で、精一杯に大人のふりをする。

「あとは、此方ですね。ただ僕は人の此処を弄る趣味は在りません、触りたければご自分でどうぞ」

 と、イヴゼロはビビの足の間には指を入れなかった。

「……とまあ、此処まで君の身体の淫らな部分を一つずつ観察させて頂きましたが。いやはや、大したものですね、この年でこれほどまで……」

 つう、と紅い舌が袋を下から持ち上げ、茎を辿り先端でくるりと円を描く、「既に、完成しているといっていい、立派なものです」。

「うふァあっ……っんああっ!」

 ビビが括約筋を引き絞る、そのタイミングを読みきっていたように、イヴゼロが先端に口をつける。

「ふ、ぁうあ! あっンぅ、っ、あ! あっ……ひあぁ!」

 淫らさが鳴る、済んだ音で鳴る、生温い口の中へ、絡みつく舌の上へ、放つツーバウンドスリーバウンド圧倒的ないっそ絶望的な解放感に苛まれ、頭の芯が白む。

 

 

 

 

 ブランクの指で乳首を弄られて一度、288号を孔路の中に受けて一度、そしてジタンに幼茎を弄られてまた一度、だから早くもこれで今日四度目だ。

それでもイヴゼロの舌に載った精液は、さすがに薄いが口の中で舌の端から零れて舌下へ流れ、口中を幼く蒼い匂いで満たす。「ビビの精液」を飲み込んで、彼は自然、唇が微笑むのを感じていた。

「午前中も彼らとしたのでしょう? それなのにこれほどの量をちゃんと出すことが出来る……、彼らの心を狂わすには十分すぎますね……」

 くすくすと笑いながら、力を失いイヴゼロの膝の上に身を委ねるビビは呆然と、自分が初対面の相手の口中に精液を放ってしまったという事実に押し潰される。

「……ひとつ、いいことを教えてあげましょう。僕ら黒魔道士の純血種は、他の黒魔道士が持ち得ない、ある一つの特徴を持って居るんです」

 人差し指に向けられた眼線をその指をくるりと翻すことで操った。

「一般的には『才能』と呼ばれていますね。……千の努力を上回る一つの才能。君や僕の身に宿る魔力が最たるものですが、それ以外にも」

 薄っぺらな胸板に実る一対は、ブランクの「魔法」によって性感帯となってしまった場所で、先ほど少し触れただけで左右のどちらもがつんと勃起したままで、しかし勃ち上がったところで其れはほとんど麦粒のサイズでしかなく、傍から見れば到底、触れられるだけで甘ったるい声を零し、場合によってはそのまま射精にまで到らしめてしまうような場所とは思われまい。其処が苺よりも淡い色でありながら目を引くのは、黒魔道士特有の肌の色ゆえであり、舌を当てれば甘酸っぱいに違いないと見る者誰もが唇を寄せたくなるに違いない。

 斯様なことを思うイヴゼロも、……どんな味がするのだろう? 吸ったことが無い訳で、そう、興味を覚えずにはいられない。

「才能……、君の場合は、ジタンと、ブランクと、288号に、愛されるための淫らさを身につけ、また彼らに答えるだけの技巧も手にしている。乳首や陰嚢だけで射精することなど当にその一端と言えるでしょう」

 極めて複雑な表情をビビが浮かべたのを見る。そんな頼りないような、危なっかしいような表情にだって、男たちは声にならない喜悦の叫びを上げたくなるのだろうとイヴゼロは想像する。ただ居るだけならば本当に何処から見たってただの十歳児、しかし内に秘めたものはどうにも隠しようが無い。やがてその「才能」は益々以って研ぎ澄まされ、昇華する。

「僕にも見せてもらえますか? 君の、彼らを愛する舌、指、掌」

 耳元で低い声で囁いた。ぴく、と一度肩を震わせたのだって可愛らしい。本人だけが純情なつもり、隠しようのない淫性を、誰一人責めるさえ居なければ傷付く者など居はしないのだ。

「え……?」

「つまり……、君がどのように彼らを幸福にしているか教えてもらえれば、よりリアルに未来を予測することが可能になると思ったのですが」

 純情なのだ、純真なのだ、そして何処までも素直なのだ。イヴゼロは少しばかり胸がちくりと痛んだ。

果たして「自信」というもの、生きるに当たって一体どれほど必要なものか判らないが、多少は持っていた方が良いとイヴゼロは思っている。この十歳の子供の中にはまるで自信が存在せず、だからこそ一人の未来を恐れているに違いないのだが、斯く在ることは謙虚さを生み出す、暗闇の中を手探りで進むような覚束ない足取りで、しかし可愛らしく、愛する者を愛する術を身に付けていく、……純粋さも一つの才能に違いない。

 ビビが、チノのジッパーを下ろす。その手付きは慣れているはずなのに、まだ緊張が伴う。下着の中から取り出した男の性器が熱を帯びているのを見て、戸惑ったように見上げる、左の人差し指の先だけ、触れている。

「君の才能を僕に見せてください」

 ビビは、イヴゼロの性器と顔を二度ずつ見てから、意を決したように唇を寄せた。イヴゼロの露茎の、先端から裏筋へ、細かなキスを落としながら降りて行きながら、指が銀の性毛を潜る。例えば288号という、大人の肉体を持つ黒魔道士にフェラチオをしながら、自分もいつか剥けるだろうか、こんな綺麗に毛が生え揃うだろうか、ビビはそんな自分を想像出来なくて溜め息をついていた。

 陰嚢にしゃぶりつかれて、イヴゼロは思わず零しそうになる声を飲み込む。

 

 

 

 

 同性の性器にこうして口を当て、愛撫すること。何度したって慣れられるものではなく、緊張無しには居られないし、果たして自分の拙いはずの指で舌で唇でどうやったら愛しい人に喜びを齎すことが出来るのかとも思う。だからこそ、恋人たちが自分の愛撫で達して、口の中にほろ苦い精液を与えてくれるのが嬉しい、顔や身体にかけられると、泣きそうなくらいに幸せだ。

 「才能」という言葉をイヴゼロが使った。

 努力の結果だと思っていたビビとしては少々心外なところも在る。しかし結果が伴っているならばどちらでも良いかとも思った。

 恋人たちのために上達した性技だ。恋人たちが……、一応、自分に対しての欲を持ってくれているのであれば、それも彼らを射精に導く助力となるはずで、多少は技巧から差し引かなければならないだろうけれど。

「……ふ……う……」

 けれど、イヴゼロは感じている。……綺麗なおちんちん、と思う。ジタンやブランクも決してうらぶれた印象があるわけではないし、288号の其れは全く以って美しいという他ない。しかし、……この人のはどうしてこんなに? 思いながら、血管の浮き出て、薄紅く腫れた性器に触れている自分が面映いような気になる。

 努力、才能、どちらでも良いが、導かれる「結果」は自分が同じ男であるからだろうとビビは、亀裂に潮の味の蜜を滲ませるイヴゼロを舐めながら思う。此処をされたら気持ちいいと知っている、最も恋人たちが、イヴゼロが、晒す鎌首の裏側は相変わらず皮の向こう側のビビではあったが、其処は働かせる想像力――その想像力の確かさこそが、当に「才能」と呼ぶに相応しかろうが――

 男の性器特有の匂いに耳下腺が痒くなった。早く……、頂戴、口の中をいっぱいに満たして、舌を絡み付ける、「うあ……あ……」、意外なほど細く揺れたイヴゼロの声が嬉しくなる。「僕で感じてくれてる」と思った時に初めて、自分も狂おしいほどの熱を性器に集めていることに気付いた。

 興奮が一気に燃え上がる。

 自分の性器を扱きたい気持ちを堪えて、右手で握ったイヴゼロを扱きながら、先端に当てた舌を小刻みに動かし、たっぷりと唾液を伝わせる。イヴゼロ自身が零す腺液と交じり合って、扱くたびにとめどなく音は溢れ、泡が立つ。

「っン……っ、んあ……! はあ……、あ……! うァあ……っ」

 イヴゼロ、いくんだ……、声の高まり鼓動の高鳴りで読み取った、しかし、少年は未来を知らない。一瞬早く掌の中で性器が弾み、顔に髪に、熱い男の体温が散った。頬が濡れた瞬間に、届く青臭い匂いに、目が廻りそうになる。自分の舌で掌で、射精した男を感じることでビビの中で細胞内部の信号配列を転換させて生み出されるのは、まさしく淫乱の血で、頬を伝う涙のような体温の精液を指で唇へと滑らせて、……その舌は美味しいと疼く。

「……はぁ……、……、……君は、……すごいです、……本当に」

 イヴゼロが前髪をかきあげて言う。ビビはその銀の双眸に、精液を浴びた自分の顔を、思う様吸って欲しくて疼く乳首を、そして熱で弾けてしまいそうな性器を見せびらかした。己の熱に右へ左へ翻弄されて、中空をふわふわ彷徨ったような有り様で、しかしその顔ばかりは何処までも穢れなく、ただこの刹那をどう乗り切ればいいのか判らない切なさで隅まで満ちている。

 イヴゼロはビビの淫らな姿に少しも驚いた様子は見せなかった。

「……君は、男の精液を浴びてオナニーするのが好きでしたよね」

 どうぞ、とイヴゼロに自由を渡され、ビビにはもう止まる理由の一つだってありはしなかった。

 

 

 

 

 ビビは足を崩し、幼い性器を握るのではなく、まず何よりも左の乳首と陰嚢を弄り始めた。「ア……はぁっ、あん、んっ……んん……っ」、精液に濡れた唇を舐り、甘い声を好き放題に漏らす。

「……気持ち良いのですか?」

「んっ……もち、ぃっ……、おっぱいとぉ……、たまたまするの、しゅごいよぅ」

 ひくっ、ひくっと震えながら、ビビは自分の乳首を指先に転がす。

顔を寄せ、その早熟な苺の色をした乳首を観察する。乳輪の中央にぷくりと隆起したところの中央は厳密に言えば僅かに窪んでいるようにも見える。ビビは左手の人差し指の爪先でその場所を引っ掻くように弄ったり、人差し指と親指で摘んだり抓ったり、……連動するように性器と呼ぶには背伸びが過ぎる幼い場所に何度も何度も力を篭め、先端を濡らす。僕が噛んであげたら、それだけでいってしまうんだろうとイヴゼロは思う。ただ今少し、見ていたい。

 視線を下ろして、繊細な動きをする右手の指先を見詰める。生白く、余計な色素の一切混じらない色の膚は黒魔道士特有だが、その中でも際立って白いのが最後の一枚の布に隠されたこの一帯である。僅かな重さは指先に甘ったるく形を歪めて載ることで明らかになる。ビビの指先は繊細に、音もなく蠢動する場所の輪郭をなぞる。時折肩を震わせ性器を強張らせ、「う、はぅ……」声を漏らす。鼻にツンと染みるのは何か、涙がぽろりと零れて、イヴゼロに切なく濡れた眼を向ける。

「元気一杯ですね、君のおちんちんは」

 指で差して、しかし触れない。物欲しそうに涎を垂らす。ビビはこういうシーンでなければ品の良い子供で、美味しそうな晩ご飯を見たって涎を垂らしたりするようなことはない。紅茶を飲む仕草だってメイドの服を着て居ればさながら深窓の令嬢。全て脱がせてしまったのは自分だからで、ジタンやブランクはビビにメイド服を着せたままオナニーさせるのが好きなのだと気付く。捲り上げた清楚なスカートの下、不似合いに淫靡な下着から顔を出す真性包茎、化学変化とでも呼べばいいのだろうか、アンバランスさで男たちの心を惑わす。

「君は優しい子でしたね」

 僕は何でも知っています、言ったイヴゼロに、ぴくんと眼を瞠る。

「そう……、例えば、自分ひとりだけ良くなってしまうことに、……仮令其れを許されていたとしても、躊躇いを覚えてしまうほどに。君は人の心を読み取ることが出来る、人の幸福を祈る。君の一番に愛しいあの三人の未来に自分が居ることが、本当に三人にとって幸せなのかどうか……、不安で仕方が無い」

 目に涙を浮かべて、こくこくとビビは頷いた。イヴゼロは、本当に儚げな少年の涙顔に、胸が詰まる。此処に在る純粋な感情、……誰かを愛することは、狂おしいほどの恐怖を抱え込むのと同義なのだ。

「僕にも、……理由はよく判らないですが」

 微笑が少しだけぎこちなくなったのを、潤んだ目に見咎められることはないだろうとイヴゼロは思う、「君は君のまま居ればいいらしいですよ。短くとも今後十年、君は君の愛する三人と、それはもう困ってしまうくらい幸せに過ごすことが出来るでしょう」、少年が、ほんとうに? 視線で縋る。

「ええ。……そして、申し訳ないのですがその先のことは、僕にもまだ判りません。ですが君が君なりに、今と同じように、彼らのことを大切に思い、愛するための努力を惜しまなければ、きっと君の傍から彼らが居なくなってしまうようなことは決してありませんよ」

 占い師の口調を暫し忘れていた。まだ何か、信じきれないように目線を泳がせるビビに、これから先十年は間違いなく続く幸福な日々を保証する方法が他にあるだろうかとイヴゼロは思案を巡らせる。そして出来れば、更にその先の十年がどんな風に過ぎていくのか、相変わらず四人で幸せに過ごして行くことが出来るかどうかを、誰か読んでくれないか、僕に教えてくれないか。

「……ありがとう」

 淫らな少年が眩く笑って、イヴゼロに抱き付いて、そのシャツに頬をすり寄せる、「ありがとう、イヴゼロ、ありがとう」。

「僕が感謝されるべきことではありません」

 素っ気無い振りをして言いながらも、掌は銀の髪を撫ぜている。

「僕、頑張る。ジタンと、お兄ちゃんと、288号のこと、これからも頑張って幸せにする。……ずっと一緒に居て貰えるなら、もっともっと、もっと頑張るよ」

 ……罪なことをしてしまったか、とちくり、同一の良心が痛む。いや、其処まで頑張らなくても彼らは居なくならないと思いますよ、言いかけて、止めた。その少年が自ら「頑張る」ことすら幸福に思うであろうことは、イヴゼロにも判る。

 不意に、

「……あなたは、とても、優しい人ですね」

 間近にイヴゼロの顔を見てビビが言った。

「……はい?」

「だって、……僕の不安を、全部打ち消してくれた……」

「お礼をしたまでですよ、雨宿りをさせて頂きましたからね。それにこんな風に……、君に悪戯をさせてもらいました。一つ」、イヴゼロは左手の人差し指をそっと立てる、「忠告をさせて頂くならば、……ジタンとブランクと288号の心を護りたいと思うのであれば、あまりこんな風に、簡単に裸になってはいけませんよ? 今回は僕が本当に未来を知る占い師だったから良かったようなものの、世の中には悪意を持って君に近付く輩も居ますからね。優しいのはいいことですが、誰にでもおちんちんを見せたりしてはいけません」

「う、……はい」

「先月トリノに行ったときに、知りもしない男に見せろと言われて見せてしまったでしょう、ジタンの旧い知り合いだと自称する男に」

「な、なんで知ってるんですかぁ……」

「僕は何でも知っているんです。あのときたまたま288号が気付いたからよかったようなものの、もう少し遅かったら危ないところだったのですよ」

 しょんぼり、「反省します……」、素直に言われ、ちゃんと伝わったことをイヴゼロは知るから、もう一度髪を撫ぜた。ビビはまたおずおずと顔を上げて、イヴゼロを見る。

「……あの、……僕も、あなたにお礼したい」

「僕はもう十分してもらいました」

「ん……、でも、したい、です」

 ぴく、とイヴゼロは身じろぎをする。ビビがズボンの中にしまった男性器に触れた、「何を」、左手の指をつぷりと咥えて濡らして、その指は少年の尻へと向かう。

「……イヴゼロの、あの……、おちんちん、もっと、気持ちよくしてあげられたら、その、……おれいに、なる、から……」

 じぃと窓は開かれ、ボタンも外され。華奢な身体を払い除けるだけの勇気をイヴゼロは持って居ない。自分の腿を跨ぎ頬を上気させて股間に手を突っ込み秘穴を弄る十歳の少年は、内側に危険な白い焔を隠し持つかのように薄い色の肌から熱を発し、イヴゼロの頬をじんじんと熱くする。イヴゼロは、稲妻に打たれたように認識する、……ジタンが、ブランクが、288号が、……此れが……。小さな少年の小さな身体、有り得ないほどの勢いでイヴゼロの理性を齧って飲み込んでいく。身体の中心でぴくぴくと震える性器は、ビビの快感の訴えでしかないはずなのに、ダイレクトにイヴゼロのペニスを刺戟する。

「……ダメです、ビビ、いけません……」

 だって、だって、だって。

 イヴゼロは激しい焦りと共に、首を振る。

 ……だって、「イヴゼロ」は童貞だった。一生捨てなくっていいと、別に気にしても居ない、性の悦びは他に幾らだってある。だから彼の、恋人たち以外触れることを許さない場所は、永遠に穢れないままで。

「……イヴゼロのおちんちん、皮もむけてて、きれい……。ぼくのも……、いつかこんな風になれたらいいなあ……」

 まだ、全然剥けないんだ、とビビは摘んで手前に引いてみせる。

「僕、は……っ」

「僕で、……いっぱい、気持ち良く、なって、ね?」

 

 

 

 

 ビビが腰を落とし、ほんの少し締め付けただけで、か細い声を上げてイヴゼロは射精した。つい先ほどまであれだけ冷静さを保っていたはずの人は、微かに震え「あ……、あ……っ」、泣いている。其れを見てビビは、シンプルな喜びが胸に満ちていくのを感じる。ジタンもブランクも288号も、ビビの胎内にはたっぷりと精液を零してくれはするけれど、三人とも自分よりずっと大人であって、だから激しく乱れるようなことはしない。少なくとも、こんな風に涙を零して感じきってくれるような事は無い。……僕はこんなにイヴゼロのこと気持ち良くしてあげたんだと、……そして同じぐらいの幸せを、きっとジタンたちにもあげているんだと、安心する。

「ビビっ、……僕は、もう、いい、からぁ……っ、もう、……もう、帰らないとっ……」

「ん……、でも、まだ、雨、やんでない……よ?」

 胸を重ねて、頬に口付けて、きゅ、締めて、「うあぁ!」、イヴゼロの声が浮く。

「……イヴゼロだけいっちゃうの……、ずるい」

 肛道はイヴゼロの放ったものでぬるぬるする。滑りの良くなった茎は、ジタンと同程度の大きさで熱く、心地良い。奥まで入れると膀胱を下から押し上げられて、むず痒いような快感が陰茎に走り、腰を上げるとイヴゼロの鎌首が内側を乱暴に擦り上げて、それが大層気持ち良い。腰を動かすたびに粘液の音がいやらしく立つ音と、イヴゼロが上げる喘ぎ声を聴きながら、思考をゆっくりと緩めていく。誰かに抱かれるのは、こんな風に本当に幸福なことだ。そして幸せを与えられることだ。

「っンあ……! あっ、……はぁ、あぅ、んぅっ、っは! あ! ああ……ああっ」

 イヴゼロの声を聴きながら、ビビも好きに声を散らす。交じり合って天井にぶつかり跳ね返り降り注ぐ。

「やだぁっ……僕っ、もう、いっ、ひゃ、あっ」

 イヴゼロが泣き声を上げる。其れを可愛いと指摘する余裕はもちろんビビには無かった。

「あ、あ、っあ、で、てるっ、出てるっ、……れてる……いっぱいれてるぅっ!」

 そのシャツにかかってしまう、今何処までも品無き十歳の少年はそんなところにはもう考えは行き渡らず、だから腰も止まらない。此れだって愛情、言い換えて感謝の気持ち、どうにか好意的に解釈されないこともないだろうと信じて、ビビは貪欲に腰を振る……。

 

 

 

 

 雨が上がったら帰ると言っていたのに、夕焼けが覗き、ブランクとジタンと288号が帰ってきたときにもまだイヴゼロはその家に居た。腰がおかしくて立てなかったのである。ジタンたちが見たのはきちんとメイド服を身につけたビビが、ローブを纏った黒魔道士に紅茶を振る舞っている様で、雨宿りをさせてあげたの、お礼に此れを貰ったのと、なにやら薬瓶のようなものを渡されて、ああ、やっぱりウチのビビはお利口さん、ジタンは「俺の教育がいいからだ」と思い、ブランクと288号は「ジタンと一緒に居ながらよくぞ真っ直ぐ育ったものだ」と思う。

「……お邪魔をしまして、申し訳ありませんでした」

 目深に被ったフードの下から、イヴゼロはジタンとブランクと288号を順に見る。288号だけ、何か訝るように自分を見ていた。

「失礼ですが」

 何の瓶だ? 何の薬だ? いい匂い。顔を寄せ合ってイヴゼロに渡されたものを覗き込む三人から少し離れたところで、288号が問うた、「あなたのシリアルナンバーは?」。

 イヴゼロは少しく気が咎めた。ちら、と小さな後ろ頭を見て、それから密やかな声で答える、「黒魔道士第一次試作型、〇〇一号」。

 288号がビクンと身を強張らせる。それから信じられないと言った顔でイヴゼロの顔を見詰め――其れは288号にしては珍しく生々しい表情で、だからイヴゼロはしばらく其れをじっと見詰め返していた――、やがてビビの方を向く。唇は微かに戦慄いていた。

「……どうして」

「……あの子が不安なことを、僕は知ってたから」

「……不安……?」

「『あなたや、ジタン、ブランクお兄ちゃんと、此れからも』、……一度離れ離れになる覚悟を決めたことが在れば、それまで以上に怖くなってしまうんだ。もう絶対に離れるもんかって」

 288号の眼が問う処は判る。

 イヴゼロは安心させるように微笑んだ、「今の僕も、丁度、あの子と同じ。だから……今の僕が求めるのは、僕の未来も大丈夫だという……」。

「『占い師』……?」

「うん、そう。……でも、こんな占い師じゃ困っちゃうけどね。……だって、僕が来たのは、……具体的

に言えば十歳の時の身体のサイズを調べるのが目的だったから」

「……それは……、二人に頼まれたの?」

「違うよ、……三人に」

 ぽかんと口を空けた288号に、またね、とイヴゼロは笑った。288号は何か苦しそうな顔をして、それでも無理に笑って見せた、「うん、またね」。

「それでは、僕はお暇します」

ぱたぱたと駆け寄って見上げたビビの眼に浮かんでいる感謝が胸に刺さった。あの、すみません、ごめんなさい、謝りたいような気になった。

「もう、行っちゃうの?」

「ええ、……僕にも……」

 微笑んで、少年の髪を撫ぜた、「君と同じように、僕を待っていてくれる人たちが居ますから」。

 それでは、失礼します、ジタンにもブランクにも頭を下げて、それから擦れ違いざまの288号と、一瞬だけ目線を絡ませて、家を出た。懐から取り出だしたるは、魔女から譲り受けた、時駆ける魔の花の香……。


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