彼には何があったか、ビビの惨状を一目見てすぐに理解した。しかし、決め付けてしまうのはよくない、だから一応、聞いた。
「……何が、あったんだい?」
「ジタンが、僕のこと、いじめるんだ」
「……そう」
288号の瞳は遥か彼方を捉えていた。
「とりあえず……、お風呂に入った方がよさそうだね」
ビビの身体……特に胸と尻(とあと性器)を中心として、悪戯された痕跡――バニラアイスの垂れた跡が乾き始めている。早く湯で流さないとあとが面倒だ。特に、敏感な部分はかぶれたりしたら可哀相。
「お風呂はあの扉の向こうだから、入っておいで。……タオルを用意しておくから」
288号はビビが身体に巻いてきたシーツを受け取った。こちらもバニラアイスでベタベタだ。ビビの裸をふと眺める、ジタンに会いされた証、虫刺されのような赤い跡がその白っぽい身体に点在している。それを見て、何となく笑ってしまう。
「……ほら、いつまでもそんな所に居ては風邪をひいてしまうよ」
「うん……288号?」
「何だい?」
ビビは少し迷っていたようだが、仕方なく、言った。
「僕、一人でお風呂、入ったことないんだ」
人間の身体、九歳。確かに、まだ一人で風呂に入るかどうか微妙な年頃だ。ビビの場合は、常にジタンが付きまとっていたわけだから、そういう経験がなくても無理はない。
「しかし……、彼には一度言っておいた方がいいかも知れないな。……あまり君に、無理をさせないように」
湯気が濛々と立つ中、ビビは目を閉じて288号に肌を洗われる。ジタンのような邪悪な心を少しも持っていない者が相手だから、ビビはここのところなかなか見せなくなった安堵の表情だ。
「……僕も、解かってるんだ。ジタンが、僕にイタズラするのって、ただ好きだから……って。でも……、でも、我慢出来ないときだってあるよ?」
「ああ……。解かるよ……」
と言うか、恋人の身体をアイスクリームでベタベタにしてやろうというジタンの発想は何処から来ているのだろう。288号には理解出来なかった。
「……ジタンも、288号みたく真面目ならよかったのに」
288号は苦笑いで答えた。
「彼もきっと、君を愛するということにかけては、誰よりも真剣だと思うよ。 ……背中向けて」
くるりと背中を向ける。尻の回りのバニラの痕跡を手で擦って洗い流す。
「あ、……あの、288号?」
「……ん?」
湯だけではない熱で少し頬を上気させたビビはおずおずと彼を見上げてもじもじと切り出した。
「……その……、さっき、ジタン……僕のお尻、……の中に、アイス入れて………… 」
288号は当然の如く、唖然。
「……そんなところまで……」
「ぼ、僕がしてって言ったんじゃなくて、ジタンが勝手に……」「……解かってるよ」
つい今し方言った言葉がひどく空虚な物であったように感じられてならなかった。
「……どうすれば……いいかな」
苦笑いの288号にビビはますます顔を赤らめる。
(一人で洗った方が……いいのかな…………、でも…………)
「恥ずかしいよぅ……」
「……だろうね」
さぁどうしよう?……288号はふぅ、と小さく溜め息を吐いた。
「なるべく早く終わらせるから……我慢してくれるかい?」
「……ジタンみたいに、変な事言わない?」
「約束するよ」
濡れた髪を優しく撫でて、少し考えた後、288号はビビに、バスタブの淵に手をつかせた。尻をこちらに突き出させて、形の良い人差し指を差し入れ……ようとして、ふと躊躇った。
ここから先は――
「……288号?」
「いや、何でもない。早く済ませよう……。力を抜いて……」
そっと、優しく、傷付けないように、シャワーで湯をかけながらビビの後ろに指を、差し入れた。その途端、くっと締め付けて来る感触が、限りなく新鮮だった。湯だけではなく、先に放たれた精液のせいで、意外と指は滑る。ジタンの精液にあまりいい気分はしなかったが、それを我慢すれば……。
……考えてみれば他の誰かの――生きている裸を見るのは、これが初めてだった。何でそんなことに、今まで気付いていなかったのか可笑しかった。
(ビビの裸ならいつだって見ているじゃないか……)
そんな気がする。それが錯覚だったことを、この反応が気付かせた。途端、何だか恥ずかしい自分を内側で見つけてしまった。
「ん……っ」
「痛い?」
「……だい、じょぶ……」
人の裸体を初めて見て、しかも普通ならば絶対に触れないような場所に指を入れている。ついでに言うならば、相手は同性だしかも子供だ。居心地悪さを押し殺して、彼は指を動かした。指と、流れ込んだ水が立てる決して上品とは言えない音が、浴室に響いてしまう。彼はなるべくそれを抑えようと努力するが、ビビがどうしても動かしてしまう内部のせいもあって、音は止まらない。ビビは真っ赤になって目を瞑り、しかし、
(ジタンみたいに、変な事言わないからまだマシ……)
と耐えていた。理性を何とか保って、立ち上がった自分からも意識を遠のけようとする。しかし、そろそろ、外れてしまいそうになる……、箍が。そうなるともう、恥も何もなくなってしまうから……、早くして……。
「そろそろ、いいかな」
「……ん……んっ」
「……抜くよ」
指に遅れて、流れ込んでいた湯が溢れ零れた。太股を伝う感触が堪らなく嫌で、何とか括約筋を締めて溢れないようにするのだが、結局それは敵わない。つーっと一筋、生暖かい湯が流れた。
「……はぁ……ぁ……ん」
風呂の縁に手をかけて、ビビはへたりこんでしまった。
「……大丈夫かい?」
「ん……っ、……はぅ……」
ふるっと身体が小さく震えた。
(……困ったな……)
ジタンやブランクならばこういうとき(と言うか、洗っている段階で既に)、好機とばかりに抱きしめてしまうのだろうが、288号はそれをしない。プラトニックと言うよりも、単純に彼はこう言った事に特段の興味を抱いていなかったからだ。一応、性別上彼は男性ということになってはいるし、そういう機能もあったが、しかし性的な事を欲する感情は希薄だったから。
「288……ごう」
「ビビ……、大丈夫だよ、ここにいる」
「……288号……、わがまま、言っていい?」
ふぅ、と小さく息を吐いて、頷いた。
「……構わないよ」
ビビは288号に背中を向け蹲ったままで、言った。銀の髪が震えている。
「……288号に、お尻、洗ってもらってただけなのに……僕……」
「……」希薄だった、……希薄である……はずなのに。
「……んっ」
「……君は本当に……」
喉の奥の笑みを少しだけ顔に出して、彼はビビを抱き上げ、縁に座らせた。ビビは恥ずかしそうに目を反らし、ごめんね、とポツリ言った。
「気にしなくていい。……欲望をコントロールする術なんて、持っていない方が普通だよ」
こんな幼い子供にそんなことを求めるのは酷というものだ。
「ただ……、僕は彼じゃないから、……君の期待に答えられるかどうかは、解らないよ」
288号はそう言って、上を向くビビの性器に指を添え、そっと敏感な所を覆う皮を途中まで下ろし、赤い舌で先に触れた。そうすることに何の嫌悪も感じないことから察するに、どうやら自分はビビのことを愛しているらしいなと、彼は思った。
「あぁ……ん……っ……にひゃ……ぅ」
「……言いにくくないかい?」
288号は苦笑して一旦顔を上げた。
「……別に、無理にその名を呼ばなくてもいいんだよ。僕には余り意味を持たない、付けられただけの名前だからね」
「……で、でも……、じゃあ、なんて、呼べばいいの?」
「……うーん……」
そういえばそんなこと、考えたこともなかった。そもそも自分には黒魔道士兵タイプC製造番号288号という名以外、無いのだ。
「お兄ちゃん、って呼んでも、いい?」
「……ああ……構わないよ。……無難なところだろうね」
「おぼえていないくらい、むかしに……、誰かのことをそう、呼んだことがある気がするんだ……。ブランクのお兄ちゃんよりも、ずっと昔に……」
クワンに拾われる以前の記憶は全くない。恐らくはその空白の時期に、誰かのことを――あるいは実兄を、そう呼んでいたのだろう。
「……悪くないね……。弟が出来たみたいで、嬉しいよ、ビビ」
初めて頬にキスをした。何でこういう行為を知っているのかは解からなかった。恐らくは、クジャが自分を造った時に気紛れで忍ばせた無駄な能力だろう。
彼は、再び、出来たばかりの弟の小さな砲身を口に含んだ。口の中で震えているのがわかる、それが堪らなくいとおしく感じられた。
「……大丈夫? 気持ち良いかい?」
「あ、っ、んん……っ、は、……いい、いいよぅ……、お兄ちゃん……ぁっ」(そろそろ…………、なのかな?)
高まってきた声に、更に熱を帯びたビビに、288号は愛を込めて舌を絡める、少し吸う。それが引き金になった。
口の中に迸ったミルクはするりと喉の奥に消えた。かつて舐めたことなど、もちろん無い、不慣れで少し苦しい味が何の抵抗も無しに口の中を通過した事は、ちっとも意外なことじゃないと彼は思った。
「……は……っ、……っ……」
ビビは288号の髪にうっとりと触れて、甘い息。
「……君を満足させることが、出来たかな」
唇を無意識にペロリと舐めて、ビビを見上げて聞く。
「……ん。……す、ごい……、よかったよ、お兄ちゃん……、ジタンよりも……上手、だった」
「そう……。……喜んでいい、んだよね、……きっと」
胸の奥が、ものすごく苦しくなった。思わず押さえて、息をゆっくり吐き出した。一瞬で過ぎたそれは、どうやら身体の中で逃げ場を求めているらしいと彼は悟った。
(……未来……?)
「ビビ」
「ん……、なぁに?」
(未来が僕を、繋げようとしている)
288号は小さな顔の頬に手をかけて少し照れたような微笑みを浮かべて言った。
「……僕がジタンと一緒だったら、嫌かい?」
きょとんとした顔で見つめるビビに、前屈みになっていた身体を少し起こした。
「僕だって……男だからね」
彼自身もどういう原理か分からない反応が、そこにあった。ビビはちょっとだけ、驚いたように目を丸くしたが、すぐに首を振った。
「……嫌じゃないよ」
ビビはするりと縁から降りた。膝立ちの288号と、直立した時の自分と、殆ど同じ背丈だ。ジタンだったら「小っちゃいよなぁ、お前」と何処か甘みを含んだからかいを投げるのだがこの男は何も言わない。ビビは、やっぱり同じじゃないやと微笑んだ。そして、先程自分がしてもらったのと同じように、腹ばいになって288号の分身を口に含む。
「…………」
息の根が止まるような心地がした。途端、自分のしていることがとんでもなく背徳的な行為であるような気がし出す。ビビの顔を見る。 目を閉じ、眉間に皺を寄せて、小さな口いっぱいに男根を頬張った顔に、罪深さを感じる。自分たちの間には多分愛情は成立しない、そう知りながら、こんな行為に及ぶのはきっと間違い。
「……ビビ……」
288号はビビの頭を少し抑えた。ビビは口から性器を抜き、戸惑ったように見上げる。
「……気持ち良く、なかった……?」
慌てて首を振って否定する。
「いや…………、ごめん、その……、本当に……いいのかい? こんな風に……君に」
ビビは身体をお越し288号に唇を押し付けた。あっけに取られた288号の唇の中へ、ジタンに教えてもらった、深い深いキスをする。それから、急に口を放し、しまった、という顔になる。
「ごめんなさい……、お兄ちゃんの舐めたばっかなのに、キスしちゃった……」
288号はまだぼうっとしていたが、すぐに苦笑いを浮かべた。
「ああ……いや、大丈夫、平気だよ。……それよりも……」
ビビは、288号の首に手を回した、下半身の方、熱い物体が存在感を増している。そこを彼の身体に、甘えるようにすり寄せる。
「僕も、したいんだ……、お兄ちゃんと……。僕、ジタンが何度も何度もするから、変に、なっちゃったんだ……。恥ずかしいけど、それでも今は、誰かに抱きしめてもらえるってことがすごく、嬉しい…………」
「……ビビ……」
「お兄ちゃんが、欲しいんだ……」
最大の波が288号を襲った。
胸が押し潰されそうな痛みに眉間に皺を寄せた。目が少しだけ潤んだような気がした。 しかしそれでもどこか不快ではない痛みをゆっくりと飲み込み、溜め息にして吐き出した。
「……お兄ちゃん……?」
「……ごめん。……続きをやろうか」
未来は「道」の上にある。その道は、現在の一瞬一瞬が積み重なって出来ていく。行き止まりなんて見えるハズが無い、ただ細かい砂粒が砂時計の下段へ落ち、零れ、そして道を作る。 僕らが立っているのはまさにそこだ。
「ファイガ」
「……どああああちちちちちちちちちッ」
「……ウォータ」
「冷てぇええっっ、あ、あにすんだテメェぇええッ」
「……もう夜も遅いんだ……。あんまり騒がないでくれないか」
忌々しげにジタンは彼を睨んだが、シーツに包れたビビを抱いているのを見とめて、はっとする。
「あ、あれ? 俺……」
「……ビビにブリザガをかけられたんだろう? ……溶かしてあげたのにその態度は無いよ」
「……ご、ゴメン……その……びっくりしちゃって」
水浸しのベッドの中で座り込む。
「っていうか、このベッドどうすんだよ、こんなビショビショにしちゃって」
「しょうがないだろう、君が熱いって言ったんだから」
「それにしたって……」
裸のジタンはとりあえず自分のトランクスを探すが、それすらも今の魔法に巻き込まれ、ずぶ濡れになっている。先程の一発の余韻を(凍らされていたため)未だに残している彼の下半身に溜め息を吐く288号を睨んで言う。
「ジロジロ見んなよ」
「……見たくないよ、僕だって。早く仕舞ってくれ」
ビビが胸の中でうぅんと288号に擦り寄った。無意識的に288号がその頭を優しく撫でたのを見逃さず、ジタンは内心不愉快になった。この野郎、真面目ぶってて、意外と裏じゃ何やってんだかわかりゃしねえな……ビビによく言っとかないと――実際には自分の方が百倍何やってんだかわかりゃしない人間だということに気付かない。
「…………ジタン。この子が愛しいのはすごくよく解かるけど、でもあまり無理をさせちゃいけないよ。君の中に、大好きなビビを思い通りにしてしまいたいという気持ちがあるのも、十分理解出来る。だけど、ビビの気持ちを、もっと考えてあげるべきだと思うよ」
「な、なんのこと……」
「……お尻の穴の中にアイスクリーム入れたりしたら、いけないと思うな」
「…………」
「……まぁ、パジャマ姿で合成屋から出てきた君を見かけた時、やるんじゃないかとは思ったんだけどね。……止めなかった僕も悪かったよ」
ジタンはかあああっと赤くなって俯いた。コイツには、オナニーしているところを目撃され、ビビとの喧嘩を仲裁され、すっぽんぽんで凍り付いてるところを溶かされて、……果ては変態的(と自分で自覚している)プレイをしたことまで知られ……。
「……ん? ちょっと待て。……俺が凍り付いてる間、ビビはどうしてたんだ?」
今度は288号が固まる番だった。
「…………え?」
「え? じゃねえよ。俺が凍ってる間、ビビどうしてたんだよ。……なんであんたんトコ行ってたんだ? ……っていうか、ビビ濡れてないか? 何やってたんだ?」
「いや……別に何も」
「何やってたんだ?」
「……ふぅ」
288号は首を振った。
「……察しの通りだよ。この子の身体を洗ってあげた。あまりにベタベタだったからね。それに、身体の中にあんなもの入れたままだと、変な病気になってしまうかも知れないだろう?迷ったけど、勝手に洗わせてもらった。本来なら君がするべきことだって解かってはいたけど、ついでに余計な事までしてしまうだろうからね」
「一言多い」
はぁ、とジタンが息をひとつ。
「身体の中って……、マジ、中洗ったの? 嫌がんなかったか?」
「いや……。大人しくしてくれていたよ」
「本当に洗っただけか?」
「もちろん」
「ほんとーに、洗っただけなんだろうな。指しか入れてねぇだろうな」
「……もちろん」
「その空白が気になるけど……、まぁいいや、ご苦労さん」
ジタンが両手を差し出す。
288号は赤子を扱うような丁重さでビビをジタンに渡した。
ジタンがゆっくりと胸に小さな身体を抱く。
その表情に288号は目を見張った。
(……参ったな)
ジタンは口元にうっすらと笑みを浮かべ、見たことも無いほど優しい光を瞳に湛えていた。それは、母親のようで、父親のようでもあり、全ての「守護者」の要素を含んだものに見えた。ビビの全身を暖かな泉に浸すような、優しさが身体に満ちるとこういう表情になるのだろう。
「愛してるって、そういうことかい?」
「ん?」
「……いや、何でもないよ」
見上げてきたジタンの表情はいつものそれに戻っていた。
「……じゃあ、僕は帰るよ。それじゃあ、お休み」
「おう、おやすみ」
辞去してくるりと背中を向けて、一瞬立ち止まり肩越しに振り返る。 苦笑いを浮かべて。
「今夜はもう……ね?」
「わぁってるよ」
ジタンは舌打ちをして、答えた。どこか愉快そうな響きがあった。