顔射

 ふと気付くと、ビビの顔にかけてしまうブランクでありジタンである。何故と問われても、はっきりとした答を容易に用意することが出来ない。ビビの顔がその年代の少年にあるまじき愛らしさと色気を秘めたものであることは、実はそれだけでは何の答にもなっていないだろう。ビビの顔が可愛い、美しい、のであれば、何故それを精液で汚す必要があるのだ。

 しかし二人は知っている。ビビが、自分たちの精液を浴びてなお、欲情する、「いい子いい子」といつも頭を撫でているけれど、実際には大変いけない子であることを。自分の到達が、ビビに伝わって、スムーズにビビを盛らせるきっかけになればいいと。だから例えばそれは顔射という形を借りるのだ。

 罪の意識もまた、一つの理由にはなろうか。「ああ、やっべ、俺思いっきりぶちまけちゃった……」、射精の快感は嘔吐のそれに似ているかもしれない。理由も無く(実際、理性や状況を無視したら、理由などないに等しいだろう)堪えていたものを解放する。その際、まやかしの「理由」じみたものが、射精の瞬間から甦る理性によって、自分がいましていることが何なのかを思い知らされる。「やっべぇ、ビビの顔、めっちゃ汚してるよ俺の精液で、俺のちんちんから出たので、メチャメチャ汚してるよ」、酒がそうなら、例えばビビの舌だってそうだ、時限的な快感の性質。

 ビビが唇を、鼻を、柔らかな頬を聡明な額を、時に銀の髪や、その長いその睫毛にひっかかってしまうことすらある。平べったく薄い胸にも流れて落ちる。自分の成分が恋人の身体に付着する。そんな単純なことに、二人は無意識のうちに拘泥するのかもしれない。

 ブランクは、ビビのフェラが一等上手だと信じる。卑猥な顔を見下ろしながら、そう信じられる。

 ――優しく聡明で俺を愛するこの子は――舌の唇の動き一つとして手抜きをしない。指先まで神経を通わせて、――俺のちんちんを、今――咥えている。――無駄に太くって、苦しいだろうに――咥えた口を離さず、舌を絡める動きのなんと淫らなことか――そしてなんて綺麗なんだろう――。息継ぎのために外しても、なおその舌先を――俺の――尿道口に――俺の――裏筋に――俺の――カリ首に這わせて、熱い息を――俺の――男性器に這わせる。恐らく多くの男にとって――そして俺にとって――これ程に幸福感を与える口淫はなかっただろう。

 幸福、イコール最上。

「ビビ」

 ぺたりと浴室の冷たい床に座って、自分の快感に滅私奉公する恋人を見ていれば、どうしてもその欲求が芽生える。

 湿った髪の先を指に纏わせながら、それが次第に、堪えようのないものに変わって行くのを思う。

「なあ、ビビ、……目ぇ、瞑って」

 何のためかを知っているから、ビビは素直に瞑る、そして、ずっとその根本を、下腹部を、陰嚢を、撫ぜていた手を下ろした。

 衝動そのままの勢いを帯びて射たれた精液がビビの顔に散る跳ねる。

 自分の身と心で生じた欲望をビビは知る。

 精液という形になって顔を濡らす心の在り処を知っている。

 雄々しく荒い息を吐いて、ビビの顔を見下ろすブランクは罪深さと最上級の喜びを感じ、ビビの鼻の頭に付着した精液と亀頭とが淡い一本の糸で繋がるのを見た。儚く消える幻のような質感の糸が、証程度に立てば良い。そんな幻想的なことを考えるのは一瞬で、後は、男性系の満悦が溢れ出すに任せる。

 赤い頬っぺたに精液の白が似合う。ビビの吐息がかすかにブランクを撫ぜた。興奮の熱を伝える。

「すっげぇ」

 ブランクは喉を掠れさせて笑った。

「すっげぇ、やらしい、ビビ、……すっげぇ可愛い」

 頭の良くないジタンが何かにつけて「超」を使いたがるように、「すっげぇ」を立て続けに三度も使った。ビビが眉間に皺を寄せて、指で拭い、その指を舐める様を見て、また、そう、もう一度。

「……嫌?」

 ふるふる、首を横に振る。

「嬉しい?」

 こく、と頷いたのを見て、調子に乗ることを許された気になる。

「俺の精液、顔にかけられるの、嬉しい? 幸せ?」

 ルールなどないのに、そうするべきと信じているなら、それは最高に正しい。ビビは頷いて、自分で自分の顔を綺麗にする、まるで猫が顔を洗っているかのように。最後はブランクが清潔な布で丁寧に拭ってやり、口も拭いて、キスをした。ビビのへその下、欲しい欲しいと言っている。先端を隠す柔らかな皮をそっと降ろす、それだけでブランクの首に回した手に、不器用な力が篭った。

 弱い亀頭の先、密やかな亀裂に、涙のように隆起した蜜に人差し指の腹を当てて、撫ぜた。ヒクンと震えた体、その顔の前に、指を見せる、親指と擦り合わせると、細い糸をなす。ビビの、今、とても卑猥に在ることの証。

「ん……っ……」

 小刻みに、いくつかの痙攣、ビビが起こす空気の動き。

「こんな、なぁ、糸。引いて、ビビがえっちな子だってのバレちゃうな」

 その言葉を、ビビは否定しないのだ。

 この血の繋がっていない兄というよりは恋人が、否定しないから。

「ホントに、可愛すぎるよビビ」

 ブランクはビビの幼茎から指を離した。本当にこれが無かったなら女の子だ。だけれどこれがあるから男の子だ。こんなに可愛いビビのならあったほうがいい、あってくれて本当に良かった、「愛してる」。

 ビビは何よりその言葉に触発されたように、射精した。か細い声を幾つも零して、ぼくも、あなたが、だいすきです、そういう言葉が水溜まりのように出来る。

 

 

 

 

 すうすうと眠る小さな子を見ながら、ブランクは外に煙を吐き出すために、首を傾げた。不思議と満たされた感情の根底に、この子を汚した喜びは確かにあるのだ。自分の精液を顔に浴びることを少しも疑問には思わない。そしてあの瞬間何よりも俺自身疑問に思っていない……、ことを、疑問に思っている瞬間。

 とは言え、ビビは、困るくらい美しい。美しいから、汚したくなる。それは男のシステムだった。ちっこいカラダのちっこいちんちんから出て俺の喉を焼く精液がどんだけ強いかお前ら知ってるか? 誰に言っても知らないと答えられそうな事を、ブランクは積極的に言いたいような気持ちになる。

 き、とノブが捻られて、眠そうな顔のジタンが入ってきた。

 もう終わったの。

 寂しがってんじゃねえや馬鹿。

 ジタンの顔にかけたいと、思わないわけでもない。要するに曲がりなりにも好きと思う相手なら、自分がこんだけこんな風になったと、あんな感じに、する欲求も生れて仕方の無い事かもしれない。

 またかけたの?

 ジタンの問いに答えなかった。静かに向かいの椅子に座り、同じように煙草を吸い始める。不思議なもので、「またかけたの?」、問われて、はいそうですよとすんなり答える気にはあまりならず、どうせお前だって普段かけてんだろうがよ、唇を歪めたくなるのだ。ビビの顔に射精したのは、ジタンの方が先だった。しかし、それは特に何かを説明するものでもない。……恐らく、は。

 しっかりとしたノッチを入れてビビを抱いて生きていくことを決めてしまった自分の在り方には少しの懐疑の余地もない。

 なんでだろう?

「ん……」

 ビビが人肌を恋しがった。二人同時に腰を上げて、邪険な視線を一往復させて、結局背中側にブランク、腹側にジタン。眠る裸を護る為だ。

 ……恐らく、は。

 男がなぜ男であるかとか、ビビはどうしてあんなに可愛いのかとか。人間の根幹を揺さぶるような問題に発展していくであろうかすかな悩み。それに割ける時間が幸いにして彼には在って、恐らくその欲求が欲求に過ぎなくとも、その拠り所としてビビの顔を誰より愛しく思っているのも確かである。存分に使える時間がこの恋人たちにはあり、誰もそれを責めたりはしない。無論、手放しで歓迎するわけでもない。好きにするがいいと、一歩引いたところで皆生きているのだから、ある程度の閉鎖的な空気もまた、認められる。

 「とりあえず」ビビの夢の中でもビビが笑っていられますように。顔射されたビビがその夜に苦しそうだったためしがない。少なくとも悪いこととは思っていないに違いないと、二人は確信し、例えば今夜ならブランクは安堵し幸福な気持ちになる。


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