「俺はホモじゃない。女の子の方が断然好きだ」
ジタンは言い切る。
「そーかそーか、そりゃあよかったな」
ブランクは諦めて余計な事は言わない、そのかわり。
「わかったから、早くパンツ脱いで、ケツ出せよ」
ジタンがブランクの手によって、ひとつオトナになってから少し経った。あの夜、少しイイ感じで、ひょっとして恋に落ちてしまったんではないかと苦笑とともに歓迎したブランクだったが、しかし翌朝二人で目を覚ましたあとはまたいつも通り、女好きのジタンに戻っていた。
まあ、それはそれでいいや、俺もホモな訳じゃないし。ブランクもそう納得して、いつも通りの生活に戻った。だが、それから五日経った夜、再びジタンはブランクの前に現われたのだった。
「言っとくけどッ、俺は絶対っ、ホモじゃないんだからなっ」
「解かってるよ、くどいな」
けど、ホモじゃないやつがケツ弄って欲しくて男のところに来たりするもんかね、ジタンを全裸にし、見下ろす。立ち上がりかけた一部分、じーっと見つめてやると、恥ずかしさを隠すために不機嫌に。
「早くやれよ」
「見られてるだけで感じちゃうのか?」
「馬鹿言うな、早くし……」
悪態はキスに呑み込まれる。ブランクが忍び込ませた舌に舌を絡めているうちに、下半身は反り立つ。
「は……ふ、ぅ」
どうしようもねぇ。 同じようにブランクも、ジタンの裸を見て持て余す。舌を絡めつつ、下に指を絡める。
「ジタン、お前、俺の事嫌いだろう」
「……嫌いだ」
「だろうな」
好きだったら、こんな殺生なことするはずないもんな……。ブランクは、何とも報われない自分の想いを振り払い、とりあえずはジタンの望むままにしてやることにした。
「尻、弄って。こないだみたいに」
「じゃあ、四つん這いになって、ケツこっちに向けな」
そういう要求にも、素直に答える。恥ずかしい部分を晒しあってるお互いだから、余計な事を言うのはもう抜きにしよう。ジタンの尻を割り開き、蕾の部分を舌でなぞった。
だけど考えてみたら俺の感情は「好き♪」っていうよりも。出来るだけ一緒に居たいとか、甘い言葉を囁きあったりとか、そういうのは自分たちには似合わない。
自分たちはある程度の距離を置いて、眺めあって、「あー、あんな馬鹿な事してやがる」なんて思ってるのが楽で健康的。いや、ブランクもジタンも、内心甘い時間を共有してみたいと思う部分がないではなかったが、それは自分たちに「似合わない」のではなくて「似合いようが無い」のだ。
無理に着て顰蹙を買うくらいなら遠慮しといたほうがいい、ただアンバランスなこの間柄を面白おかしく過ごせるに越した事はない。
何せ、――俺たちは男と男、だから。
誰もいないアジトで、例えば、他の眼を気にしながらキスをする。それは、互いに対してキスをしたいと願ってのことではなく、ただ、したい、から。
しかしながら、この状況はやはり、考えて見ると好ましいとは、…言い切れないのかもしれない。
どうせなら、離れるかくっつくかした方が。
「同性愛否定はしねぇんだろ、お前も」
「……ああ」
「でも、自分は違うよ、と」
「そう」
「なるほど、ね」
どう? と煙草を見せる、ジタンは首を振る。
口いっぱいに煙を入れて、そのままキスをする。むせ返るジタンにケラケラ笑う。
「俺はお前の事、好きで嫌いだ」
一段落してブランクが言う。
ヘッドギアを外すと待ってましたと言わんばかりに赤毛が顔に降りかかる。大儀そうにそれを掻き揚げ、後ろに流す。濃紺の眼を細めて、微笑む。
「……何だよ、それ」
「何だと思う? 考えてみな」
「わかんねー」
考えるのが面倒くさいだけだ。要するに、わざわざこいつのために時間を割くのは、勿体無い。
「要するにさ」
ブランクはぴんと指で煙草を弾き飛ばした。地面に赤い火花を散らして転がる。
暫くは微かな熱さを帯びていたようだが、やがて黒く消えた。
「俺はお前の身体があればいいってこと。…お前もそうだろ? 自分はホモじゃねーけど、気持ち良いのは好きだ、セックスは楽しい。生憎お前のセックス出来る相手ったら、今んとこ俺しかいねえ。だから、俺に頼るほかねー。……だから俺に頼むわけだ。好きでもねえ相手に、な」
「別に楽しくなんか無い。…イタイし、苦しいし、嫌な要素の方が全然多い。夢精したくないってだけのことだ」
ふん、といじけたような微笑みを浮かべてジタンは吐き棄てた。
「だったらオナニーで済ませろよ。…この間教えてやっただろうが」
「部屋でやってて誰かに見られたりしたら嫌だろ」
「別に、珍しいもんじゃねえから誰もからかったりしねえよ」
「とにかく俺は嫌なんだ」
どうだか。もう少し突っ込もうかとも思ったが、そういうことにしておいてやろう。
「ジタン」
「何だよ。……もう戻ろうぜ、そろそろ、みんな心配する頃だし」
「もー少し、居ようぜ、ここに。俺、お前と一緒に居たいよ」
「何……」
つい、見詰め合ってしまった。髪の毛の向こうに隠れた瞳でじっと見つめられて、言葉に詰まる。全身のツギハギと不格好に大きいヘッドギアに眼を取られがちだが、こうして見ると、ブランクは一応、カッコつけて格好が付く程度には、美男子なのだ。じっと見つめらて、例えばこうやって頬に触れられてしまうと、無意識的に目を閉じてしまう。
クスッと笑う声がした。
「何だよ、ホモじゃん、キスして欲しいんだろ」
「……!」
パーではなくてグーで殴ってくるあたりが、男相手だと違うのだった。
「……痛ぇ」
「俺はホモじゃないって言ってんだろーが」
「……はいはい解かりましたよ、ジタン君はホモじゃないのね、へいへい」
「絶対俺はホモじゃないんだからな。男には興味なんか無い、俺はホモじゃないんだ」
半分、自分に言い聞かせるような響きがあることに、ブランクは密かに苦笑した。
じゃあ、俺も多分ホモじゃねーんだろうな、と。
「なー、確認しとかないか?」
ブランクは立ち上がり、手を離すとまた下りてくる前髪をふっと拭き上げて、言った。
「宙ぶらりんじゃヤだろ、少なくとも俺はヤだ。だから、俺たちの間で、ルール決めとかねえ? ルールって程堅苦しいもんでなくてもいいけど。俺は、お前の存在を気にしてイイ女ゲット出来ねえのは遠慮したい」
「賛成」
「俺たちは、友達、な? トモダチ。トモダチだから、相手が溜まってたら、協力してやる。協力して、気持ちよくして、抜いてやる。んで、普段はそーゆーことしてることは一切、忘れる。んな事覚えてても、役にゃ立たねえからな。それから、この事は未来永劫、俺たち二人だけの秘密だ。口が裂けても、言わねえ。いいな?」
何だか自分で自分の首を絞めてるようにも思えるが、ベストな事だと考えるしかない。
自分が多少我慢すれば、一番いいものが手に入るんだと思おう。
「……約束な」
「ああ。約束する」
ニッと笑って、ジタンの前にしゃがみ込む。
「なんだよ」
「ん? ……決まってんだろ、誓いのキス」
ルール自体が既に中途半端だから、いくらだって加筆修正して、都合よく変える事ができるはずだ。例えば、無理矢理に二人は恋人だと記しても、なあなあでOKにさせてしまうことも、可能だ。だが、妙な、男気とでも言おうか、そういうものが渦巻いて、案外にがんじがらめにしてしまうことを、ブランクは理解した。
「……何か最近、兄貴とジタン、仲悪くないズラか?」
「俺もそう思うッス。あ、また……」
二人の視線の先、些細な事で取っ組み合いの喧嘩を始めるまるで子供のような二人。
マーカスとシナは止めるに停められず、二人の気が済むまでやらせる事にした。
「だからッ、俺は入れなくていいっつったろっ」
「うるさいっ、入れてやっただけ有り難く思いやがれこのガキッ」
机を挿んで噛み付かんばかりの勢いでぎゃあぎゃあと喚き散らしている。
「……何の話してるズラ?」
「コーヒーにミルクを入れたとか入れないとか……」
「…………」
「味が全然ちげえんだよっ」
「知るかよっ、大体コーヒーにミルク入れねえなんて人間じゃねえよお前ッ」
延々続きそうな口論に呆れて、シナはくるりと背を向けた。
「後片付けは頼んだズラ」
「ちょっ、待って、ずるいッスよ!」
これでいいのだ、反対の賛成。天の邪鬼だな俺たち。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
あまりに早口で悪口を捲し立てたから、二人とも肩で息をする。
「……まぁ、……その、なんだ」
埒があかない、ブランクがムレて暑いヘッドギアを外し、額の汗を拭った。
「……解かったよ、今後は気を付ける」
こくんとジタンが頷いた。一口飲んで、はぁ、と息を付く。そして、ふと気が付いたように。
「……ブランク」
「なに」
「……今夜」
「解かったよ」
互いに、何だかよく解からない関係になってしまった事を密かに歓迎していたりする。
不自由ないことは、少なくとも悪い事ではない。例えば、マーカスやシナが気付いていないことだが、…喧嘩ばかりしていても、以前より一緒にいる時間は間違いなく増えているのだ。
「トモダチ」か。
………やな感じだな。どう考えたって、頭に「セックス」が付くじゃねぇか。
とは言え、トモダチじゃないのに入れることを考えたら、今の関係がやはり良いのか。
答えはまだまだ出そうに無いが、とりあえず精液はすぐに。
「ん、あぁっ」
「…は、ッ」
どういう関係だっていいじゃないか、と、頭が真っ白になった瞬間に生じた開き直り。
それが案外、一番、俺たちに似合ってるのかもしれない。ファジーで、いいじゃん、と。
……それに、愛情は友情の延長線上って考え方も、出来るしな。