十キロの握力

 ジタンはナマケモノで、ビビはマジメで、ブランクはちょうどその中間と言ったところか。性質的に言えばブランクの方がジタンよりビビに近く、だから「テメェも寝てねぇで手伝えや」とソファで粗大ゴミになるジタンの頭を蹴っ飛ばし、心優しいビビは「お兄ちゃんが手伝ってくれるだけで嬉しいよ」と笑って、ブランクを切なくさせる。

 そんな風に今日も、二人で玄関の掃除をして、「アイスでも食べに行こうか」、ブランクの提案で、アイスクリーム屋に出かけた。ジタンは責任放棄の罪悪感からか、一時間ほど前にチョコボを駆って出掛けた。

二人でぺろぺろやりながら、小川縁の芝生に座る。ビビはもう半袖で、これから夏にかけて、シャツとズボンの日焼けの跡が彩られていく。脱がせたときに真っ白なのがたまらないなどと思うのは、男である以上、ブランクも避けられない変態嗜好である。だから性欲に関してジタンを笑ったことはないはずだった。

「可愛いよな、半袖半ズボン、夏の日焼け跡」

 素直に自分がどういう生き物かを認め、ブランクは言った。周囲にいるのは黒魔道士にジェノムたち、そう言った方面に興味があるようにも思えない。ブランクの聞いた限りでは、288号というのが唯一哲学的思考をしていたそうだが、彼ももういない。何の心配もなく、そういう話をすることが出来た。

「そう……なのかな」

 ビビは、川面に目線を映して言う。嬉しいのを隠すときに、口を尖らす癖を、ブランクはもうよく知っていたけれど、あえてそれを指摘はしないで、その唇の甘さを想像しながら、アイスを舐める。

 自分たちのような存在と過ごす時間が重要だと、ビビは判断してくれているのだろう……、ブランクは幸せに想像する。ビビはブランクに、ジタンに、少しずつ、似てきた。無論、皮一枚剥いた内側のみが。芯と表層は、少しも変わっていない。「男の子だから」、多少、或いはかなり、性行為を愛好するようになってきていることは、疑いようもない。それを「インラン」とは言わないブランクたちであるが、個人的にはちょっぴり「インラン」のほうが嬉しいなどとブランクは思っている。欲しがってくれるビビの目、それ以外のことを考える余裕が瞬間的になくなるくらい魅力的なのだ。

 ブランクは、言葉さえなければ優しく大人っぽく見える微笑で、

「うん。夏にお前のこと裸にするの、すごい興奮するんだよ」

 言葉を交えるから下品に見える微笑を浮かべる。

「……そう、なんだ」

「そうなんだ。でも、冬にお前のことを裸にするのも好きだよ。お前のことを裸にするのが好きだよ」

「……そう……」

 ジタンが言う、ブランクが言う。同じ言葉でも多少、趣は異なる。そこにフィルタの存在をビビは認める。ジタンを信頼していないのではない、ブランクを尊敬しているのだ。しかし、ジタンを尊敬していないわけでもなかった。

 ブランクの指は銀の髪を撫ぜた。さらり、ふわり、風に踊る。怒った?そう問うと、ぱちりと銀の目を瞬かせて、首を横に振る。さすがに「僕も夏や冬にお兄ちゃんに脱がせてもらうの好きだよ」とは言わない、が、その透き通るような氷色の瞳に紅い欲望が流れていることを、二人の恋人たちは良く知っていた。中身までも、好きなのだった。

 だが、ビビを「インラン」にしないためにも。

「ビビ、好きだよ」

 ブランクはその手を引いて、立ち上がる。二人とも、もうアイスクリームは舐め終わっていた。

「ビビが舐めたい」

「……え?」

「ビビを舐めたい」

 ブランクの足が、ゆっくりと家へ向かって歩き出す。ビビは、それにスムーズなスピードでついていく。チョコボはまだ帰ってきていない。掃除をして多少の汗をかいた、埃もかぶったかもしれない、だったらまず風呂に入るのが礼儀か。しかし、その間にジタンが帰ってきてしまったら独り占めできないし、ビビの汗の匂いなら全く気にならない。自分の汗の匂いが気になるが、ビビがそれを嫌がる素振りを一瞬でも見せたら浴びることにしよう。

 玄関の扉を開けて、もう「舐められる」ことを覚悟、というよりは歓迎気味のビビは、ブランクが扉を閉めて、両手を広げると、そこにふわりと納まった。ブランクは軽々と抱き上げて、そのままベッドに運んだ。

「僕……、汗、かいてるし……」

「汗なら俺もかいた」

「……おにいちゃんのは……」

「ビビのなら」

 まずは、やっぱりキスからだった。いつ考えても不思議で、考えることにも飽きないのは、これほど同じことを繰り返してもなお、日常に埋没したり、飽きたりすることのない事情。毎回違う快感を味わうわけでもないのに、そして数え上げたら一万回くらい経験しているかもしれないのに、どうして今日もしたくなる。つまりきっと、ブランクは考える、つまりきっと、喉が渇いたりお腹が減ったりするのと同じようなものだと。きっと俺らは進化していて、他の連中の気付けぬ価値に深いところまで気付いてしまっているから、そりゃあもう、もっと、もっと。

 小さな手、指がブランクのシャツを引っ張る。キスを終えて、ビビにばんざいをさせて、シャツを脱がせる、寝かせて、ズボンをパンツと一緒に、下ろしかけて、ズボンだけにしておく。

 ブランクの趣味に関しては、ジタンよりもビビのほうが第一人者であろう。ジタンのことは愛していても恥部を進んで晒そうとは思わないブランク。だけれどビビはブランクを「大人」で「お兄ちゃん」と思い、それが少しも揺らがないで信頼しきっているから、多少、崩れてももうブランクの中に不安はない。

「ん……」

 すん、とビビは微かに腰を揺らす。ブランクの体温が吐息が、ほの温かく遠くに感じられる。もどかしいのは事実でも、素直には言わないで、僅かな時間でもブランクに委ねる。

 こんなの、そんなの、何が楽しいの?そう問うてみたい気がある。そうすれば、すごく気持ちいい答えを「お兄ちゃん」がくれることを、信じきっているからだ。洗濯籠の中から引っ張り出して面妖なことをしているジタンを目撃したこともあるし、ブランクは自分からそれを認めた。

 「変態」という言葉を、もう一生使わないつもりのビビだ。使う理由が判らない。

「……可愛いな、ビビ……、におい嗅がれて大きくしちゃうんだ?」

 ブランクは意地悪く笑って、下着を指差した。昨日の夜、一緒に入浴した後、穿かせた白いブリーフタイプの。

「んん……だって……」

「だって?」

 嬉しいから。

 ブランクは一から十まで正しく拾い上げて、微笑む。

「いい匂いだ、……うん、やっぱ……、いい匂いだな。可愛い、すげえ大好きだ」

 するりするりと指で撫ぜられる。此処、と。ビビはまだ十歳だ。十歳に許された可愛さだと、ブランクもジタンも信じるから、ビビも同じところから同じものを見る。

「……僕の……シャツとか、パンツとか……、その……あの、汗とか」

 欲に負けてビビは言った。それを満足させるように、ブランクは微笑む。

「おしっことか?」

「う……ん……、……そんなの、なんで……?」

 ブランクは、ジタンは、この類の行為にまだ明るいとは言えないビビにとっても「奇妙」なジャンルを好んでいるのかもしれないと容易に想像が出来るほどには、奇妙だった。ひょっとしたら二人きりの時には物凄いことをしてるのかもしれないと、ビビがどきどきするくらいに。

 ジタンが「そういう行為」を好きな理由は、よく知っている。「そういう場」を、ビビは直に見られたことがあるからだ。そして聡明なビビが想像するには……、要するにジタンが見た「そういう」話を、ブランクにしたのだろう、そしてブランクがそれに、思いのほか拘泥してしまった。……あくまで推論だが、ビビは複雑な心境にならざるを得ない。出来ればビビ自身は忘れてしまいたいようなことだから。端的に言えば、ビビはジタンと出会い、行動を共にしたあの旅の途中で、一度だけ――これはビビのプライドのために強調するべきだが――本当に一度だけ、有体に言ってしまえば失禁したことがあった。

 ジタンの言葉を借りるならばそれは「んもうッ、本ッ当ッに!マージーでッ、超、超ッ、可愛かったんだからな!!」ということであって。それを聞いたブランクが何らかのジェラシーを感じるのも無理からぬことではあったろう。事あるごとに「でもあんたは見たことないだろ?俺はあるんだからな!しかもビビのパンツ洗って乾かすところまでしたんだからな!」などと自慢をしてくる。

 そして今も時に、「ビビのおしっこするとこ見せて」などと、いつ誰に後頭部ヒザを入れられても文句を言えないようなことを、平気でほざいていることを、ブランクは知っている。

「可愛いんだもん」

 答えになっていないような答えを、ブランクはとりあえず言った。今ではすっかりジタンを追い抜いた気でいるブランクであって、それは強ち的外れでもない。即ちブランクも「見た」からであって、「ジタンには内緒だよ」と小指を絡めあったからで。だからジタンが鼻高々に言うのを聞くたびに内心「バーカ」と嘲笑う。

「な。あと五年もしたら、いろいろ問題が絡むようになる。でも今お前がまだちっちゃくてすげぇ可愛いからオッケーなんだよ」

 だから、ね。ブランクはするりと撫ぜた。

「すっげぇ、可愛い」

 「超とか言うな馬鹿」とジタンを詰る自分は「すっげぇ」を連発して語彙の少なさを露呈する。

「でも、そういうのなくても、フツーのでも俺は大好きだからね。ビビはフツーにしてるだけで、すっげぇ可愛いから」

 そして、するんとブリーフを脱がせる。愛らしい大きさの幼茎が、ぴんと上を向いている。先に、微かに蜜が見える。ここから出るもんは俺全部大好きだよと、しゃぶりつく。

「んやぁ……」

「んー?」

「……っ……おにぃ、ちゃん……」

 ほっぺた染めた顔が見たくて、口を外し見上げた。

「ビビのここ、美味しいよ」

 下衆な科白を喜ぶビビの存在を、二人の恋人たちは大いに肯定する。そして「インラン」にはしない、変態二人が責任を負う。

 人間は素直であるのが一番格好いい。十九歳のブランクはそう信じる。二十五くらいになっても変わらないまま在れたらいい。

 「淫乱」と言うと、随分と刺々しい。一方で自認する「変態」もまた、ビビに言われたら困ってしまう。しかし、ビビが淫乱である責任は二人で負うつもり。そして、二人が変態であることも、ビビは進んで背負う。だから、混ぜて「変乱」?「淫態」?なおのこと酷くなる。

「ひゃぁう……ん……っ、はぅ……、あぅ!」

 くんっと力が弾み、ブランクの口の中はビビの味で香りで、満たされる。

 愛らしい輪郭は、自分やジタンのものとは明らかに違い、優しさすら孕んでいるように映る。攻撃力で言えば殆ど無い。のに、俺の胸をこんなにも貫く物体由来愛情。ほぼ完成された自分の肉塊は、不可逆性の悲しさだけを抱えるばかりと思える。

「……おにい、ちゃん……」

 こく、とブランクの喉仏が動いたのを見て、ビビは泣きそうな顔になる。悲しさ辛さ恥ずかしさを超越した嬉しさだ。にっこり優しく微笑まれて、「美味しかったよ、ありがとう」。それで胸が一杯になるような人間になったことを、ビビは実は、心から喜ぶ。そしてそれが「淫乱」だと知っている。ああ、嬉しいなと、どこかで漠然と思う。

 お兄ちゃんたちにつりあう僕になれたかな。

「可愛いよ、すっげぇ……本当にビビは。お前は。……どうしてそんなに可愛いかなあ」

 見上げる目に射貫かれて、ブランクは馬鹿を自覚しながら何度も可愛い可愛い連発して、その小さな頭を抱きすくめた。何度も言うが、ビビにはそれが幸せでたまらない。

「……お兄ちゃん……、あのね……、僕」

「ん?」

「……僕……」

 小さな手で、「お兄ちゃん」の長い指を二本まとめて握った。

「もっとして欲しい。その……、お兄ちゃんが欲しい」

 理性を砕く握力はを計れば十にも満たない。

「……俺が欲しい?」

「うん……、あの……ね、僕……」

 ビビの目をじっと見る。ビビは、微かにその目を逸らし、

「お兄ちゃんのおちんちんが欲しいよ……」

 微かな息混じりのその声すら、爆音となる。ブランクは、三秒ほど息を止めてガマンして、……それから、ぎこちなく、ビビの前髪を上げて、キスをした。

「……もう……、上手なんだから」

 困ったように、言う。

「こんなに可愛くって、……どうしようって言うんだ。もう」

 困惑したいと思って困惑をする訳だから、まず何よりも、礼を言おう。

 ありがたいありがたい、拝むような気持ちで、甘そうに見える乳首を摘んだ。

 ビビが、小さな口の中、きゅっと唇の内側を噛んだ。

 銀の髪、目、真っ白な体だから、そこも白っぽくて、だけれど、微かな紅も差す。甘く摘んだら、少し引っ張った、指先で転がした。既に彼自身が認めているとおり、ビビが乳首を弄られたときに見せる表情というのは彼の脳髄の色を染めるようなものだから、あっさりとブランクは落ちる。

「うにゃ……」

「ん?」

「んん……」

 その眉間に皺が寄る回数が一度でもいい、少なくなることを望んでいるくせに。目尻に潰れた涙を舐めたいなんて。

 いつもの階段を上がって、腹の上にビビが乗る。遠近感が狂いそうな差のある身体一対。ビビの胸の奥まで突き破らんとしている自分の肉体が、恐しく思える瞬間に、ビビが手を伸ばし、ブランクの手を求めた。起き上がって、小さな身体を抱き締める。

 どうぞ、俺の後頭部は今、ご覧のようにガラ空きだ。俺とビビとの幸せをぶち壊したいなら今が旬。

 いつものように抱き果せたら、世界が俺らを認めた……と。

「……あ……あっ、んん!んっ、ぁうんっ……ひうっ、あん!あっ……」

「すっげぇ……愛してんよ、お前のこと、最高……すっげぇ……、やべぇ気持ちいい」

 爪の立つ痛みさえも反転する。窮屈すぎる胎内が、全部頂戴と、絞り吸い出すような動きにブランクは思え、見下ろす体はあまりにも美しく、幾度目かの精液が散った。その声を聞き表情を見、そして、出して、確かに言った肛門の動きに、素直に従った。

「ビビ……!」

「あん……っ……」

 けだものの類の荒さを孕んだ熱い息を、ブランクはビビの首に巻きつけた。ああ、すっげぇな。宇宙で一番すっげぇ。こんなのアリかよ、なあ。こんな可愛いんだ。

「偉そうに言わせてもらえば……、な……、ビビ……」

 今しばらく、繋がったままでいたいのは、ビビもまた同じだったから、全身微細な熱い針に刺されながら、黙って、身体を震わせていた。

「……俺も……、何人か……、五六人?もうちょっといたかな。……まあ、六人か七人くらいか……、つまり……、あれだ、……お前とこうやって出会うまでに、抱いた、人の、数」

 その中には、一応、……一応、ジタン=トライバルも含まれている。

「……ん……」

「そん中で……、男はお前と、あのクソボーズだけだ。……でもって……うん、アイツにはアイツのアイデンティティがあるから、もうこう言っちまう……、お前が一番、すごいよ」

 そう言われた瞬間だけは、そうするべきだと解釈したから、ビビはきゅっと腕に力を篭めた。ここで「ジタンよりお兄ちゃんのがすごいよ」と言ってはいけないことにはなっているけれど、この瞬間ならそれが正解だ。

「大好き……お兄ちゃん、大好き」

 ビビが幾ら幼くとも、ブランクの言葉を全面的に信じられはしない。もちろん童貞であるビビは女の身体を知らないし、そもそもその裸を見た事だって無い。見たいとも思わないが、そして触れたいとも思わないが、ひょっとしたら男にはない素晴らしい物を持っているのかもしれない。そして、その身体の前では自分など塵同然の価値しか持てないかもしれない。

 しかし、だけど、それでもなお。

「うん、ビビ、大好きだよ。お前のこと大好きだ」

 そう言って、

「……もう一回、してもいい?な、……入れっぱなしにしてたら……何か俺、また……さ」

 笑って自分を求めてくれるなら、都合よく信じてもいい。そう思えるくらいには、ビビも大人だった。自分に突き刺さったブランクの男根が熱く感じられ、それまで優しく、濡れた性器に添えられていただけの手のひらが、不意に甘く溶かすように動き始めた。それが理由の「愛してる」が嬉しく感じられるくらい、もうビビも。

 そして、……ああホントにもう、

「すっげぇ好き……ああもう……愛してる、本当に……、ビビ、お前が、好き過ぎてヤバイ」

 ブランクは、愛情で何もかもを生み出すことが出来ると信じられるくらい、少年だった。そして何よりも二人して、随分と律儀なほどに、生活には勤勉で、性欲には忠実で。その結果の幸せを後ろから跳び膝蹴りで壊すような野暮は許されない。


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