して見せろ、というからして見せた。大したことではないのだが、無邪気にはしゃがれると何だかこそばゆいような気もするのだ、「すっげ……」、凄くない凄くない何も凄くない、思うのだが、そもそも普通の呼吸がひとつ出来るということにしたって、ひょっとしたら価値があっていいと。ともあれバノッサは、自分がもはや何にも特別なところのない一人の男だという自覚が在って尚、「バノッサさんはすごいんです」と胸を張って言う存在が一人居る。

 嫁とでも恋人とでも呼べばいいが、そのカノンがいない平日の午後というのはバノッサにとっては退屈な時間なのだ。休みは極力重ねるようにしてはいるけれど、個人主義の常に罷り通るような社会で生きているわけでもない。だからこうして退屈で憂鬱な午後、明日の仕事を念頭に体力の温存を心掛けている時間に、とりわけ彼の体力を奪う術を恋人同様に持った男がやってくることは、それでもバノッサにとっては決して不快なことではない。

 新堂勇人は午後一時半、テレビも観ないで二つ折りにした座布団を枕に早めの午睡を始めようとしていたバノッサの部屋のドアを勝手に開けた。もとより鍵を掛けていなかったことが間違いの元であるのだが、一応腕に覚えのある身であるという以上に、盗まれるような高価なものは何一つない部屋であるがゆえの油断である。「大学はどうした」、横たわったまま訊いたバノッサに、ハヤトは平然と「天気が良いので休講」と答える。いかなバノッサとはいえ、これだけの時間をこちらの世界で過ごせばそこそこに詳しくなっていて、ハヤトが「自主」という単語を省略して言ったのだということくらいは判っている。勝手に冷蔵庫を覗き、それからほとんど専用の体を成しているマグカップに茶を注いで、座ったところで「お前も飲む?」と訊く。飲むと答えたってどうせ入れはしないくせに。

 そして起き上がり煙草を吸い始めたバノッサにハヤトは言ったのだ、「輪っか作れる?」。

「あ?」

「煙で、輪っかさ、籐矢が言ってたよ、お前作るの上手だって」

 トウヤはそれを上手に出来ない。出来なくたって何も困るものではないし、出来たからどうしたという気も在るバノッサだが、今よりもう少し昔、カノンが喜ぶから幾度か請われて作って見せたことがある。

「ガキが」

 と言わずもがなの毒を一つ煙とともに零して、吸った貴重な煙で肺を満たさずに結局作って見せるのだから、バノッサは彼が思うよりも幾分人がいいのだ。

「どうやってんの? コツとかあるの?」

 煙草を吸わないハヤトにどこまでの興味があるのか、バノッサには判然としないがどこまでも無邪気に彼は訊くのだ。

「さあな、知るかよ」

 どうやって呼吸すんの、と言われるぐらいのものか、いやもう少し進んだところ、例えばどうやって口笛吹くのと。

「なあ、もういっぺん」

 もう大分短くなってしまった煙草を見て、舌を打つ、「いいじゃん」と強請られて、鬱陶しくて、鬱陶しいという思いをその表情に委ねることをしたってハヤトはまるで平気なのだ。結局灰が折れる前にバノッサが折れて、最後のつもりで輪を吐き出した。

「おー……」

 浮遊するドーナツ状の煙の中央に、ハヤトがそっと指を入れる。たちまち乱れる気流に、煙の輪は呆気なく壊れるが、ハヤトは手品を見せられた子供のように無邪気だ。バノッサは肺の寂しく鳴くような声を聴いた気で、満ち足りぬまま煙草を灰皿に押しつぶした。

「……で?」

「はい?」

「何で来た」

 バノッサが枕にしていた座布団を奪い取って―押入れの中には自分のものがあるくせに―枕にして横たわる、へらりと笑って、「暇だったからさー、キールも出掛けちゃってるし」。それは翻訳の必要もないくらい、自分を暇つぶしに使う豪気な宣言だ。しかしもともと、バノッサはこの男のこういう素直なところは嫌いではない。といって、トウヤの素直でないところだって嫌いではないのだ。

 続けてハヤトは、珍しく凝ったことを言った。

「あとー、近所の銭湯が今日は休みなんだ」

 前回来たときは、あまりに素直すぎて却ってバノッサが気分を害したことを覚えているのだろう。

 ハヤトとキールの暮らす部屋はユニットバスであり、浴槽に湯を溜めて浸かるには工夫を要する、たまにはゆっくり浸かりたいと思ったときには、アパートから歩いて十分ほどの銭湯に入りに行くのである。一方でバノッサがカノンと暮らすこの部屋は古いながらもバスとトイレは別であり、だから夏場を除けば大抵、彼らは浴槽に湯を溜める。もちろん、ハヤトはそんなことだって熟知している。キールやトウヤ、そしてソルも含めて、月の四分の一近くこの部屋で過ごす彼らであるから。

 だから彼らのことを、バノッサは乱暴に総括出来る、「淫乱」と。或いは「変態」と。カノンの病気が伝染ったに違いない。実際あの子供は―実はもう「子供」と呼んでいいような年ではないのだが―其れまではそこそこに奥床しい性生活を送ってきたであろう少年たちにとっては毒の花で、人生経験その他において長けるバノッサはどうにか御することは出来るけれど、そうでなければあの甘く幼い雄性を管理することを自ら放棄したような在りようの前で、常人の理性など濡れた薄紙のようなもので、誰もが持つ性欲は透けて覗き見えてしまうし、そもそもカノンの指で理性には穴が開く。六人の関係が単なる友人ではなくなって、カノンの裸に彼らの指が自由に往来するようになって、犯されたのは寧ろ彼らの方なのだ。

 もちろん同情はしない。

 迷惑な顔はする。

「……カノンは今日仕事だって知ってンだろうがよ」

「うん」

 タオルを勝手に箪笥の抽斗から出す。どんなに洗ってももう煙の臭いが取れない、バノッサのバスタオルだ。

「知ってるよ」

 其れを膝に乗せて、ハヤトは正座する。

「だからさ、言ったじゃん俺、お風呂入りに来たんだって」

 バノッサは煙草を欲しがる右の人差し指と中指を宥めるようにぱきりぱきりと骨を鳴らして、「四時になれば鶴の湯が開く」と近所の銭湯の名を口にした。

「ああ、ダメ。六時半には帰らないと、だから遅くとも五時過ぎにはここ出ないといけないからさ」

 勝手を言っているという自覚があるに違いないことは、判る。しかしそんな申し訳なさを、ハヤトはおくびにも出さず、徹頭徹尾素直である。「いいじゃん、一緒に入ろうよ」と、口にするときハヤトの目には何とも淫靡な色が混じり、其れを見るバノッサは改めて、毒されていると感じる。

 寂しさを埋める午後の使者は、カノンと同じ、天使と悪魔、両方の羽を背に宿して、実はそのどちらでもなく、もっと性質の悪いものなのだ。浴槽に栓をして水を入れ、ライターでガスに火をつけて、「なー、それ、懐かしいなあ」、覗きこむハヤトがいつも言う、レバー式の点火器を操作する。再び部屋に戻ると、ハヤトは灰皿の載った卓袱台を、部屋の端に寄せていた。まだ彼のマグカップには半分ほど緑茶が残っている。

「バノッサ」

 くすくすと、侮るように笑う声が癪に障る。お前は何も怖くないと言うように無防備に抱きつき、「ああ超煙草くせー」と頬を当てる。百八十超と、ハヤトのプライドに配慮して「百六十代」とだけ言っておく、骨格からしてまず違う、だから男同士であったとしても、バランスがいい。もちろんバノッサに最も似合うのはその腕に嫁か妹か―「もっといいものです」―と見紛うほどにぴったりフィットするカノンであるし、ハヤトが一番美しく見えるのはキールを挑発するように微笑むときなのだが。

「なあ、あのさあ、……ええとね」

 今更何を恥じるというのか、「……アア?」、頬を紅く染めるようなお上品な存在ではもうないくせに。

「ちんこしゃぶらせてもらってもいい?」

 強すぎる眼は、その歳の男としては錯覚を感じ得るぐらいのものだ、カノンは例外中の例外であるにしても、トウヤ、ソル、そしてこの男にしたってそうだ、その身で男を受け入れることを覚えた男だけが持ち得る、凶悪なほどの迫力だ。「開き直る」という態度、自分の裸を晒すことでいっそ胸を張って、「俺を愛して」と言えることが、その身に必要以上の強さを宿らせてしまうに違いない。キールがあれほどの知識と見目を持って、未だに自信を持ったことがない理由の一端は其処にあるのかもしれないなとバノッサはふと横道に逸れて思う。六人の同性愛者が居て、「専属」は彼だけだ。

 勝手にしろと言われて嬉しそうに膝を畳についたハヤトがベルトに手をかけるのを見下ろしながら、「お前、キールのこと抱いてみろよ」と思うがままに口にしてみた。

「無理だよ、だってあいつは俺の旦那様だもん」

 多分ソルも、もちろん「旦那様」という言葉は使わないにしても、同じような返事をするのだろうと想像する。

 たまにカノンに身体を「預ける」或いは「貸す」ことをしているバノッサは、しかし何も言わなかった。言う余裕もなく、ハヤトがトランクスの中から陰茎を取り出したからだ。

「すごいなあ」

 子供のような感動の言葉を、ハヤトが吐く。

「……何がだ」

「何がって、これが。やっぱなあ……、毛が銀色とかずるいよ」

「意味が判ンねぇ」

 くるり、一房摘んで、

「籐矢も俺も日本人だからさ、で、キールは黒髪じゃない? ソルは茶色だけど。銀色とかさあ、めちゃめちゃ年取らなきゃ無理じゃん」

「蹴ってやろうか」

「いや、そういう意味じゃなくってさ、……俺だってじーさんのちんこ咥えるのとか無理だよ。そうじゃなくて、お前のは格好いいなあって思う訳」

 指の動きがカノンに似てきたな、と思う。バノッサの性器が緩やかに力を集めて、自分の掌の中で肥大化し、はっきりと脈音を指に届かせるほどになるまでハヤトはじっとバノッサの性器を見詰めていた。

 見下ろすまでもないことだが、確かめないのは少し悔しくて、「なん」、足の指先で品のない正座をするハヤトの足の間を探った、「何だよ」、其処も、やはり品も節操もなくてバノッサは安心した。

「何でテメェは男の此処見て勃起すンだろうな?」

 まだ、ハヤトには言い返す余裕がある、唇の端に皮肉ッぽい笑みを浮かべて、「お前の弟のせいだ」と、……バノッサにとって「弟」はキールとソルとカノンとトウヤと、目の前に跪く男だってそうだ、いずれにせよ、人のせいに出来るのならば今はしてしまおう。

 そして同時に、ほとんど閃くように気付くのは、この男の指は、能う限り精確にバノッサを最も幸福にするカノンを模したものであるのだということだ。そのことに気付ければ、もう一段、二段、上まで解釈を連ねて行くことは可能である。

「……テメェ、人を実験台にしてンじゃねェよ」

 口を開けて、バノッサを収めようとしていたその顔のまま「あ」とハヤトは見上げる、

「あーっと、気付いちゃった?」

「当たり前だテメェ、人のこと何だと思ってやがる」

 れ、と舌を出して、「上手くなりたいしさぁ……、もう大分上手くなったと思うんだけどね、でも、お前が一番さ、ほら、何ていうか、我慢強いじゃん? お前が気持ちよくなれたら合格かなあって」、合格も何も在るか。

「カノンが教えてくれたからさ、……いや、もちろんカノンほど上手にはなれないと思うのね、それはしょうがないと思うのよ。だけどさ、俺だって努力はするし、……恋人のためならね、あの子がそうするようにもっともっとエロい『俺』に価値を見出したくもなるんだよ」

「あんなのになってどうすんだテメェは」

「あんなのて」

「あんなのだろうが、あんな……、エロガキの淫乱になって何が楽しいんだよ」

「えーでも俺はカノンのこと尊敬してるもん、あれくらい愛情に忠実に居られたら素敵じゃん?」

 バノッサだってそう思っている、思ってはいるのだが。

 無論、彼自身、自分が愛情に忠実ではない人間だとも思ってはいない。

「まあいいや、多分大分上手になったと思うから」

 お喋りは途中で打ち切って。

 ハヤトはバノッサの陰茎を、咥える。

 ……エロガキが、と口を付いて出かけたが、恐らく其れを言えばきっとこの男は喜んでしまうのだ。何処かの誰かのように。バノッサの好きな子供のように。

「……クソが」

 この世は無駄なことばかり、とバノッサは自分の陰茎を咥えるハヤトを見下ろして、定義する。根元の少し黒くなった茶髪、つまりそれだけ髪が伸びているのであって、しかしこのところ伸ばすことに執着しているのは、少しでも愛らしく見られたいという欲があるからだろうか。最も、そんな努力が虚しいことはハヤトだって理解しているに違いない。新堂勇人は何処からどう見たって男なのだ、女装をすれば――しなくても――女と間違えられるカノンとは骨格からして既に違う。

 だいたい、と耳糞をほじるぐらいの仕草を伴いながらではないと、恐らくバノッサの口に出来ない類の言葉を、しかし脳内で並べる、……必要ねーし。カノン自身がどう思うかは脇に置くとして、バノッサはカノンが女だったらと思ったことは一度もないし、ハヤトやトウヤ、弟たちが決して「妹」ではないことを、悲観的に捉えたことは一度もない。

「ぷあ……、……マジ、でけー……」

 眉間に皺を寄せて、それでも笑う顔を見て、其れはもうパウダリーに、円滑に、バノッサは快感を掴む術を持っている、バノッサだけではない、彼の「弟」だって同様に。

 キールがこれで我慢できるはずがないと思う。そもそもこれまでだってキールがハヤトの口で墜精しなかったはずはないのだ。

 努力する姿は仮令どんなに下品なものであったとしても美しいと、信じられないが、とりあえずこのケースに於いては肯定してもいい。

「んー……、バノッサ、ちんこ、気持ちい?」

 遠慮することなく唾液を纏わせて、息継ぎの為に休む時間は作らず、握って先端を自らの舌に擦り付けるようにして刺激する。白い膚の其処ばかり紅潮して、血管を浮き立てて脈動する様はいっそグロテスクでもあるはずなのに、ハヤトは目元を紅くして、あの子供のように。

「カノンが……、バノッサのガマン汁好きなんだってゆってたな……」

 尿道を茎の上から辿るように、下から舐めて上がって、蜜を求めて尿道口を舌で穿るように舐め、唇を当てて吸う、「……俺も、割と、好きかも。……しょっぱくって……、ほんのちょびっとだけなのに、でも、口ン中でヌルヌルしてんの、好き」。

 それでも、例えば駅前で待ち合わせするときなど、時折携帯電話を開き見たりなどしながら佇んでいる新堂勇人の姿に文句のある人間のそうはいないことをバノッサは知っているのだ。「ハヤトお兄さんかっこいい」と、……思わず、といった感じに口にしたカノンは慌てて「でもバノッサさんの方がかっこいいです」と言わずもがなのことを注ぎ足した。トウヤとキールは「かっこいい」という言葉が当てはまる顔ではない、ソルもまた違う、カノンはもちろん違う。バノッサは三白眼の凶悪な顔をしている自覚が在るから、カノンの審美眼が、自分を見るときだけ誤作動を起こしているのだと決め付けている。

「う、は……、すっげ、バノッサのちんこ、すっげー……、熱くって、弾けそう」

 そして同じハードで在る以上、浮かべる表情が品性を欠いたものであっても、質まで悪くなるわけではないのだ。

「さいご、……ちゃんと飲むから……、ん、と、それとも、かけたい? どっちでもいいよ、お前の好きなほうで」

 口の周りが、頬が、唾液で濡れている。それでも笑顔が、覚悟を決めきった男の在り様として、凄惨なほどに強さを纏う、何て扱いに困る、何て性質が悪い、何て厄介な――

「クソガキ……」

 ぐい、と髪を掴んで口の中に突ッ込んだ。喉の奥にさえ届いたはずなのに、ハヤトは眼に涙を浮かべただけで一瞬さえも拒まなかった、新たに浮かんだ唾液で硬い硬いバノッサの肉茎を煮溶かすように舌で擦りつけながら、そのまま息が止まることさえ恐れていないのではないかと思わせるような、深い、深い、愛撫を。

 そして傷つけることが耐えられないバノッサだ、自分のものではないから。自分が貸すように、自分も借りている。

 だから、「あぶ!」、口から抜いた、

「んなっ、ひゃ! あっ、ちょっ、まっ、ぷぁっ!」

 その顔に、ぶちまけて、……とッ散らかった現実そのままのような、化粧。

「……ばかッ……、ぶぁ、マジで……っ、鼻入った!」

 片目をつぶってぎゃあぎゃあ喚きながら、ティッシュで顔を拭く。「……好きにしろっつったのテメェだろうが」、息を飼い慣らしながら、バノッサは言う。

「言ったけどー……、口ン中出るって思うじゃん、あんなギリギリで抜くかなぁ……?」

「油断してンじゃねェ、クソが」

 毒づいた。

 安易な予測に基づくならば、この子供はきっとこういうことを、平気で人に言いふらす。この後帰ってきたとしたらまずカノンに「なー、お前の彼氏に顔射されたんだけどー」と言って、多分カノンが言うのは、

「それはそれは、おめでとうございます」

 皮肉でも何でもなく、羨んで。

 そしてソルは、

「阿呆」

 と苛立たしげに言う、そもそもソルに対してはどこか自慢げに言うに決まっているのだ。

 トウヤは、

「ふうん」

 と大して興味もないように言うだろうから、「だからー、俺それくらいフェラ上手くなったってことなの!」とハヤトは馬鹿げたことを言い募るに違いない。その後の展開については、バノッサは責任の持てる領域ではなくて、「じゃあ僕も評価してあげようか」となるか、「僕だって上手なの知ってるよね?」と言って此処に来るか。前者は勝手にしやがれ、後者は微量の迷惑を伴う。

 さてキールはどんなことを言うだろう。

 あれはあれで、十人並の嫉妬を持ち合わせている男だ。男の嫉妬は醜くて、強くて、怖い。一方でキールはバノッサのことをほとんど怖がっていると言ってもいいぐらいだから、其れを表出させはしないだろう。よって嫉妬の刃は全てハヤトに向かうことになる、……陰険な男の嫉妬ほど性質の悪いものはなかろう。

 其処まで諒解した上で、ハヤトはそう言うに違いないのだ、此方も此方で大層性質が悪い、以前この男が言っていたのを聴いたことがある、「あいつさあ、俺が誘わなきゃ『しよう』ってなんないんだよ。俺そんな魅力ない? 俺ぶさいく?」。そういう男とセックスをして聞き苦しいくらいの声を存分に上げるためには、例えばバノッサやトウヤのようにハヤトに対して必要以上の友情と必要最低限の愛情を持って接する存在にだって、きっと価値が在る。

 ちーん、と洟をかんで、「あー……、青臭ぇ……」、唇を尖らせてハヤトは言った。それからベルトを外して、「……あ、やべ」、短く、口走る。

「……あンだよ」

「ガマン汁」

「……知るかよ」

「いや、何か、最近俺、身体が節操なくなっちゃってる気がする。昔はさ、お前のちんこ咥えてこんな硬くなったりしなかったのに」

 に、と笑って言う、「きっと順応性が高いんだよ、俺。リィンバウム行っても全然平気だったしさ、お前たちがこっち来てからも、すぐ『当たり前』にしちゃったし、もうすぐ始まる新しい生活だって俺は多分、平気な顔して泳ぎこなしてくんだろうなあ」。自分の淫らさを最大限上手に換言して、ハヤトはベルトを外した。上はまだTシャツを脱いでいなくても、平気でそのままジーンズとトランクスを太腿まで下ろす。

「二回続けてとか、出来る? 二十六歳大丈夫?」

 挑発的に、笑う。その頬がそれでも何処か柔らかさを伴うことを知っている、バノッサの指は、知っている。

「……殴られてェのかテメェは」

 言って、布団もまだ敷いていない、どうしようと、考えるよりも先に上げるべきだった自分のジーンズが、太腿に引っ掛かったまま、訴える。

「クソが」

 と唯一の意地を張り、座布団の上に――「男にしては小さい」とは言ってやろう――ハヤトの尻を載せて、寝かせる、箪笥からローションのボトルを取り出して放る。

「カノンは俺の師匠だよ」

 ハヤトは言う。思い出したように上を脱ぎながら、

「あの子がさあ、色々教えてくれるから、……なー、授業料払ってないのに、色々教えてくれるから、俺、どんどん上手になってくよ」

 言う。その眼は笑っているが、ほんの少し暗い陰を見つけることが出来る。

 この男は今後益々淫らになっていくだろうとバノッサは確信に近い予感を抱く。キールに対して深すぎる愛情を持つハヤトの傍に、カノンのような極端な存在が居るということは幸か不幸か、多分そのどちらでもあるのだろう。淫らさを誇りにするなんて間違いだと、言ってやりたいのだがバノッサは恋人を、彼なりに尊重して居る。バノッサの「エロガキ」という罵り言葉がカノンに全く通用しないのは、カノンが其れを嬉しい言葉として受け止めるからだし、バノッサもまたカノンがその研ぎ澄まされた色気のリミッターを自分にだけ外して淫れ狂って魅せてくれるのは、抗う術を探すことさえ馬鹿らしく思えるほど、嬉しいことだから。

 思うにキールは損な男だ。

 テメェの為に此処まで、ドの付く淫乱に成り果てたいと願う奴が傍に居て。

 カノンからもソルからも、キールに抱かれたという言葉は聴いたことがない。六人で過ごす夜に、雪崩を打ったように結果そうなって居ることも在るけれど、ハヤトがするようにカノンだけが居る部屋に来て寝て帰るということは一度もないようだ。

「……へへ、すっげー、ぬるぬる」

 掌でにちゃにちゃと粘液の音を立てて、無邪気にハヤトは笑う。この男は何処までも無邪気に見えて、しかしそれ以上に何処までも考えているに違いないのだ。しかしあの臆病な男のためにバノッサが脱げる肌の枚数など限られているのであって、だからせめて、「師匠」である少年を貸したり、自分の身を貸したりするのが関の山だ。

 真実が一枚下に息衝いていてもだ、其れが土の中から芽吹き、結果的に幸せの花を咲かせて、其れが仮令どんなにみすぼらしくとも「綺麗」と笑えたら最高なのだと、六人がかりで信じている。

「……う、ン……っ、……ん、ん……」

「何独りで善がってンだよ」

「ん……、カノンが、教えてくれた……、此処」

 言って、「其処」つまり「底」を弄って、「うぁっ」と声を上げる。恐らく「馬鹿」と言ってやるのが一番良いのだが、言える口をバノッサは持っていないのだ。

「テメェが善くなるのなんて知るかよ、とっとと拡げろ」

 上体を畳に預けて、薄ッすらと紅潮した頬を歪ませるようにハヤトは笑う、「入れたい?」、カノンに習ったに違いない、「バノッサさん、……僕の、お尻、とろとろですよぉ……、でも、バノッサさんのおちんちんが、入ったら、ぎゅうって……、思いっきりぎゅうって、締め付けちゃいます」……。

「バノッサさん、僕の、お尻あいたたたた!」

「踏むぞテメェ」

「もう踏んでんじゃ……、いたたたたたごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 足を退かした。

「大事なもん潰れちゃったらどうすんだよ……、二つッきゃ入ってないんだぞ」

「三つも四つも入っててたまるかよ」

 カノンには七つくらい入ってたっておかしくない、と正直「どうか」と思うことを二人で考えた。

「大体な、テメェにあのガキみてェな器用な真似が出来る訳がねぇ」

「んー、まあね、カノンはちょっと天才的だからな」

 素直に同意して、しかしバノッサの肩に右の踵を乗せる、「俺は努力型」と言う。言葉を選ぶ根拠には、カノンが愛し愛されの天賦の才のみで成り立っているという誤解が在る。あの子供だって実際は、バノッサが言葉で括ることなど到底出来ない量の努力の上に立って居るのだが。

「だから、頑張るの。昔は出来なかったことも、一つひとつ覚えて、出来るようになってくの。大好きな恋人のため、大切な友達のため、そして愛されたい俺自身のためにね」

 下らないとは思っていない、下らなくないと信じている。独特無く倫理無く、ただ哲学だけは一人前に持っているものだから余計に厄介なこのコミュニティの象徴を、バノッサは支えるために抱くのだ。

 不器用なやり方で。

「お……」

 ひた、と押し当てたら、ハヤトが笑った、「……ちんこ、熱い」、嬉しそうに、笑った。

「俺で……、硬くなってんだよな? ……俺の身体でさ、裸で、硬くなってくれてんだよな? ……すげー嬉しいよ」

 一昨日の敵が昨日の友なら今日は何と呼ぶ? ハヤトがいつだか嘯いた「町田ラヴァーズ」とはなんて便利な言葉だ。自分を含めて言ったに違いないから、バノッサも負担分の六十度をきちんと持って、六人揃って真円を描く。

「ゴチャゴチャうるせぇよ……」

 押し込んだ肉の塊の帯びる熱が、極限まで高められた友情と、適量の愛情によって裏打ちされている、安定感が抜群で困る、こんなに甘ッたるくて、バノッサが困る。首を逸らしてバノッサを受け止めたハヤトが、最奥部まで拡げられて、「はぁ……」、喜悦に塗れた溜め息を吐いて、そろそろと視線をバノッサの顔へ向ける。

「……やっぱ、でかいなぁ……、もう、あれだ、……真ン中からさ、焼けて、二つに裂けちまいそう」

 両手を、よろりと伸ばす、「バノッサ」、顔を顰めたって、最早優しい表情としか受け止められないことを知っているし、そこまで理解するバノッサのことはハヤトも知っている。その上でも、バノッサはやっぱりそういう表情を浮かべるし、ハヤトはバノッサが満足するまでその顔を見てやる時間を惜しまない。ようやくバノッサが丸めた背中にその両腕を廻させて、ハヤトの伸びた襟足から指を差し入れて支えるに至って、バノッサは耳元で響くハヤトの息遣いに思いのほか余裕が無く、弾んでいることを知る。

「バノッサ、……なあ、ほっぺた、キスしていい?」

「……好きにしろよ」

「ん。でも、お前のちんぽ咥えたし、せーし飲んだ」

「……やめろ、……おい、コラ!」

 へへ、とハヤトはまだ笑う、「もう、しちゃったもん」。もうクソガキではない、大人の男としての悪意で以ってハヤトは、それでもとびきり無邪気に、ことによってはカノンよりも愛らしく笑って見せる。

 これも普通の一日。バノッサの歩く背中を見て、仮令コートのフードを被って銀髪が見えなくとも「バノッサだ」と判る男たちの歩く、普通の一日。

「動いて」

 と言われるまで動かない優しさを抱えた男の過ごす、普通の一日、望まれるままに訪れる一日だ。

「……ッう、あ……、す、げっ……ン! おっき……、っは、あっ……! ン、んっ、ん! すっげぇ……、あ、……あ、やば、……っ、俺……、バノッサっ、俺もう、……やばい」

 息の音で訊いた、

「んっ、もう……、ッ、ちゃう……やばい……、う、あ……! あ……、……あ」

 バノッサを置いて行く、しかし、抱き締めた腕で拘束する、「ん……ッ」、責めるつもりもなく、しかし慰めるつもりもなく、ただ内奥で動いたバノッサの欲の矛先に、ハヤトはまた、かすかに、微笑む。

「……後ろだけでいけるようになったんだよ、……すげえだろ」

 誇るようなことじゃない。

 だけど、誇ったっていい、何処までも貪欲に自由に、お前の愛しき者或いは者たちのために、容さえ変えて在ることで抱ける誇りならば、他の五人が是認する。愛する者がするように、愛される者として、同じことを、その身体で射精する。

 そして第一声が、

「お風呂」

 なのだ。

「……おお、すげ、バノッサ二回目なのにいっぱい出たたたた!」

 その鼻を摘んで捻ってやってから、まるで苦くないことが悔しい溜め息を吐き出して、バノッサは浴室を覗く。蓋の隙間から手を突ッ込むと、お待ちしておりましたとでも言うように適温の風呂が沸いている。ただ、その前にしたいことが在る、裸のまま畳の上に尻を落として、煙草に火をつける。起き上がったハヤトが期待に満ちた眼差しを送るから、その顔面に向って煙の環を吐き出した。


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