保健室へようこそ
2010/08/28 Sat
m25
並ぶ二つの椅子が思ったよりも近くて、ヨハンのこめかみにジワリと汗が滲む。
ゲーニッツはギシ、と椅子を軋ませながら腰を下ろし、長い脚を悠々と組んでみせた。
視線で着席を促され、ヨハンも渋々ながら座るが、背もたれの無い丸椅子は如何にも居心地が悪い。
「それでは始めましょうか、ヨハン」
楽しげに瞳を細め、唇を撓らせ笑うゲーニッツは教育者に思えないほどの含みを持っていた。
その“含み”をなんと表現するのかは知っていたが、ゾクリとする視線に晒されて自覚が有耶無耶になる。
ゲーニッツは背中に沈みゆく夕日を背負い、コントラストが非常に妖しい。
薄く笑みを浮かべるゲーニッツから視線をそらしつつ、詰襟に手を掛けると一つ二つと上から釦を外していく。
首元を緩めたというのに息苦しさは変わらなくて、気を緩めてしまえば本人の前で溜息を零してしまいそうだ。
こんな居心地の悪い場所からは早く撤退するに限る。
「……苦しいのですか、ヨハン?」
「いや、そうではないが―――ッ!?」
気遣うような優しげな言葉に声を返そうと口を開けば、ゲーニッツは指を無遠慮に口腔に突っ込んできた。
唐突な行動の意図が掴めず、目を見開いて驚きを露わにするヨハンへゲーニッツは変わらぬ穏やかな口調で言葉を続けた。
「口を開いてください、――…そう、歯を立ててはいけませんよ」
単なる検査だ、健康診断だ。大丈夫、相手は教育者だ。
ヨハンの野生の勘が力一杯警鐘を鳴らすが、ゲーニッツに気圧されてしまう。
実力で対抗すれば分の悪い相手ではない、何もされていない内から逃げ腰になる必要などない。
そんな風に自分を鼓舞し、眦に涙が浮かびそうになるのをグッと堪えて、恐る恐る口を開く。
綺麗に整えられた爪先が柔らかい口内の肉を擽り、唾液が指に絡まる。
ぴちゃぴちゃと立つ水音を喉の奥に流し込まれるようで、舌が微かに痙攣した。
「綺麗にしていますね、口内炎もない」
つぅ…と歯茎まで撫でられて妙なざわめきが腰の辺りを走る。
普段自分でも触れない口の中を弄られ、酷い違和感がヨハンを苛む。
咎めるようにゲーニッツの名前を呼ぼうとしても、歯列が指先にぶつかり、うまく声が出せない。
唇を鯉のようにパクパクと開閉していると、下顎に指を引っ掛けられてグイと強く引っ張られた。
[7] << [9] >>
-
-
<< カタストロフィ
祭祀様は夢を見ない >>
[0] [top]