保健室へようこそ
2010/08/28 Sat
m25
気分は最悪、ルガールから慰めの飴を貰うまで片膝をついていたほどだ。
Mr.風…一体何者なんだ……。
昨日の忌々しい記憶を掘り起こし、掌を握り締めたまま、夕日に視線を向ける。
若干現実逃避しかけている背中に、聞き慣れた、しかしなるべくなら聞きたくない声がとんできた。
「遅いと思ったら、そんなところで何をぼーっとしているんですか」
「うわぁああっ!?」
いつの間にか保健室の前まで来ていたヨハンは、扉の合間からひょいと顔を覗かせたゲーニッツに驚きの声をあげた。
不意を突かれたと言うのもあるが、如何してもこの保険医を前にすると悲鳴じみた声が上がってしまう。
振り向けば、青い服の上から白い白衣を纏ったゲーニッツが視界に入る。
「おやおや、そんな悲鳴を上げて怯えなくても、今日は健康診断ですから注射なんてしませんよ」
「なんで、私が注射などで怯えると思うんだ」
子供じゃあるまいし。と驚きを誤魔化すような言葉を付け足して、僅かに顎を引く。
人の良さそうな笑みを浮かべて手招きするゲーニッツを警戒しつつも、保健室へ足を踏み入れた。
扉を潜ると微かな消毒液の匂いがして、夕日に室内が染まっていた。
常ならぬ雰囲気を漂わせる保健室に、遥か昔に味わったような懐かしさを感じてしまう。
ガシャ
「…………」
珍しくノスタルジーに浸っていたヨハンの背中に聞こえた不穏な音。
一瞬で血の気が引く。今、小さく鳴ったのは鍵穴の音ではないだろうか。
いっそ気のせいであってくれと願いを込めながらも、内心では冷や汗が止まらない。
既に逃げたい。今すぐ逃げたい。もう、おうちに帰りたい。健康診断などしなくても2タテ3タテ余裕のラスボスです。
直接何をされたわけでもないのに、ヨハンの中を危険信号が駆け巡る。今にも回れ右して走り出してしまいそうだ。
しかし、現実のヨハンには背中に刺さる視線に身が強張り、鞄を取り落とさないことだけで精一杯だった。
「先ほどから何を怯えているんです? とって喰われるとでも思っているんですか」
「……怯えてなどいない」
まるで心中を見透かしたような声を掛けられて、ヨハンは気圧されぬように態と硬い声を出すと鞄を来客用のソファへ放る。
ゲーニッツは密やかに笑いながら白衣を翻して、診察用の椅子を己の椅子と対面させるように用意した。
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