バレンタイン・キッス
2011/03/01 Tue
m25
妄想やら葛藤やらに意識を奪われていたアーデルハイドは、影になっていた椅子の上までは気が回らず、今さらながらに気が付いた。
「え、はぁ」と我ながら間抜けな相槌を返してしまう。
「若こそ、こんなところで何を?」
「あ……、」
表情を隠す赤いサングラスの向こう側で、鋭い瞳がきらりと光った気がした。
アーデルハイドの机はオフィスが見渡せる窓際であるが、今いるのはオズワルドの机の前である。
幾ら残業と言う切り札を持っていたとしても、あまりに不自然な立ち位置だった。
「ええっと、これは…ですね…」
「私に何か御用ですか?」
「そう……いう、わけ…では…」
穏やかな笑みを張り付けて問いかけてくるオズワルドにアーデルハイドはタジタジと顎を引く。足の裏を床にくっつけたまま、後ずさりしそうになる。
オズワルドは高低差のある視線を合わせるように少しだけ上体を傾けて、それが酷く様になっていた。
明らかに挙動不審なアーデルハイドを見咎め、オズワルドは手元の小箱を指摘する。
「速達ですか? メール便ではないようですが…」
「これは……。確かに届け物なんですが…――」
厚みのある宅配物はオズワルドの担当ではない。
無論、人手が足りない場合はオズワルドも手伝うが、基本的に速達関係はバーンシュタイン親子の担当だった。
煮え切らないアーデルハイドを促すように落ち着いた低音で先を促す。
「でしたら、伝票だけ今切ってしまいましょう。明日の朝、一番に届けられるように」
「オズさん………」
「若が気になさる荷物なら、なおさらですよ。ですから、本日はもう帰ってきちんと休んでください」
身体に障ります。と普段の激務を知るオズワルドはアーデルハイドを気遣うように手を差し伸べた。
アーデルハイドは真紅の瞳を見開いて、次いで僅かに目尻に熱を溜めた。
好いた相手に気遣われて嬉しくないはずがない。
アーデルハイドは躊躇いながらもそろそろと小箱をオズワルドに手渡した。
手慣れたオズワルドは箱を揺らさぬように片手で重さを確かめ、机の上に置いてあった伝票を引き寄せる。
節張った長い指が万年筆をペン立てからサルベージして、流れるような文字を伝票で刻んでいく。
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