バレンタイン・キッス
2011/03/01 Tue
m25
気の置けない間柄であるクリザリット相手なら未だしも、年上かつ目上のオズワルド相手に気安く渡せるわけもない。
いや、今思えば、本当に何気ない風を装って一枚如何ですか?と渡すのが一番スマートだったのかもしれない。けれど今となっては後の祭りだ。
こっそりと真夜中に起きて、キッチンを使う後ろめたさと緊張感は試合のそれとは明らかに違う。
妹に見つかっても父に見つかっても、アウトと言う完全なるオワタ式である。
バーンシュタイン家きっての常識人のロデムが協力してくれなければ、如何なアーデルハイドと言っても完遂は難しかっただろう。
そんな山を乗り越え、谷を越えて用意したチョコレート。
そっと机の上に置いて、退散してしまえばいい筈なのだが、今さらながらに戸惑ってしまう。
手作りのチョコレートに、お手製のラッピング。
どれにも妥協したつもりはなかったが、それでも既製品でないことは一目瞭然だ。
まるで小さな小箱全体から、『好きです』と雄弁な感情が立ち上っている。
差出人の名前などどこにもない、ただ『好きです』とそればかりを伝える代物になってしまった。
アーデルハイドは眉尻を下げて、唇を一文字に結ぶ。隠しきれない感情は作り手であるアーデルハイドにさえ伝わってくる。
これを貰ってあの聡いオズワルドが何も感じ取らないはずはない。
今日、女性社員から貰っていたものも、全て既製品だったのに、これはあまりに露骨で重すぎる。
「やはり、止そう。――…これは私の……エゴの塊だ」
「そうでしょうか、綺麗にできていると思いますよ?」
「ッ!?」
「こんばんは、若」
驚愕に任せ、小箱を持つ手に強めに力を込めながら、振り向くとそこには意中の相手、オズワルドが佇んでいた。
気配を殺して真後ろまで近づいてきていたオズワルドは軽い夜の挨拶を何事もなかったかのように向けてくる。
アーデルハイドは搾り上げられるほど驚いた心臓を服の上から鷲掴みにして、整わぬ心音を誤魔化すように声を上げた。
「オ、オズさん…っ!? どうしてここに…!」
「ちょっと迂闊にも忘れ物をしてしまいましてね、明かりもついていたのでお邪魔させてもらったんです」
相変わらずニコニコと人を食ったような笑みを浮かべる老獪な紳士は、キャスター付きの椅子を引いて、椅子の上に置き去りにされていた帽子をアーデルハイドに示して見せた。
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