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バレンタイン・キッス

2011/03/01 Tue
m25


あのポーカーフェイスを得意とするオズワルドがあんな蕩けそうな顔をしてみせたのだ。きっと相当な好物なのだろう。
別に女性と張り合いたいわけではないが、なんだか驚くほど御誂え向きに思えてしまう。
例え、バレンタインデー当日の今日、既に大量のチョコレートを貰っていたとしても。

「………でも、手作りだぞ。これ」

ジッと手元の小箱を見詰め、じんわりと頬に朱色を引くと切れ長の双眸を眇める。
本当は、無難に既製品にするつもりだったのだ。
現にローズに付き合わされて出向いたデパートで良いものをゆっくりと見繕おうと思っていた。
しかし、出かけたデパートは来たるべきバレンタインに向けて、アーデルハイドの予想を大きく超える規模の催事場を設けていたのだ。
見るからに甘そうなチョコレートたちが所狭しと陳列されて、その間を瞳に星を浮かべて、頬を染め上げた所謂恋する乙女の群れが流れている。
女性客の多い所に無理矢理引きずり込まれるのは、ローズの荷物持ちをしているだけあって慣れているが、流石に今回は熱気が違う。
百戦錬磨とはいかないまでも、死闘を掻い潜ってきたアーデルハイドですらたじろいでしまうような気迫がそこかしこに満ちていた。
本当なら、オズワルドが好みそうなものを一つ選んで買っていこうと下心をもっていたが、女性率九割九分九厘の現状でレジに並べるわけがない。
周りを全く気にせず我が道を突き進むルガール・バーンシュタインの血は殆ど妹のローズが持って行ってしまったのだ。
なまじ、恵まれた容姿を持っているアーデルハイドはそれでなくても注目の的なのに、その上、チョコレートを選んで会計など、最終工程までの間に何度羞恥で死ねるだろう。
今もおにーさまーと天真爛漫に笑顔を見せながら、どこの誰とも知れないご婦人方を押しのけ、チョコレートを物色する妹が、その時は少しだけ眩しくも羨ましく見えたのだった。
なにはともあれ、勇気と無謀は別物だと割り切ったものの、それでもオズワルドの穏やかな笑顔が忘れられず、アーデルハイドはこっそりと食品売り場で何の変哲もないミルクチョコレートを一枚購入した。
98円とお手頃価格だが、あまりにもお手頃すぎる。
しかし、それさえもローズの眼を盗んでカートに忍ばせるのにどれほど苦労したことか。
更に人に渡すのならば、流石にこのままハイと渡すわけにはいかない。

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[Serene Bach 2.23R]