オロチ様が見てる
2010/11/04 Thu
m25
穢れの無い白の真ん中に、流れるような字体が中央に踊っている。
力強く、それでいて自由さを感じさせる文字は見覚えがあった。
染まらない白に、明暗を際立たせる黒。
厚い胸板を覆うそれには、『無に還ろう』と筆字で書かれた。
「どうしました? グスタフ」
楽しげな声をがっくりと下がった脳天で聞いてもグスタフは復帰できない。
衝撃から立ち直れないグスタフを見てゲーニッツは更に楽しげに笑気を漏らす。
黒髪が左右の視界を閉ざし、グスタフの目の前は名実ともに真っ暗だった。
その特徴的なTシャツはグスタフにも見覚えがあった。
何に感化されたのかは知らないが、いつかオロチから配られたものである。
液体窒素も驚きの瞬間冷却に気力を振り絞って耐えるも、背中側には『我、イグのんと共に在り』と書かれていることを思い出してしまう。
グスタフも持っているので知っているが、着たことは未だかつてない。
一族の長から受け賜ったものだと言う恐れ多さ半分、ごく普通の美的感覚を持つグスタフに「これはない」と思わせるセンスの無さ半分。
ゲーニッツが着ている理由は分からないが、グスタフの心を毎秒、勢いよくへし折ってくる。
腕を止めてしまったグスタフを唆すように笑うゲーニッツの声が脳内によく響いた。
「おや、続きはしないのですか?」
誘うような声はグスタフの理性を焼き切るほどに艶めいている。
ただ無慈悲な行書体が視界の端で邪魔し、脳内でオロチボールが騒ぎ出す。
まるでグスタフの反応を楽しむように笑みを口元に敷いたゲーニッツが龍蛇の眼を細めた。
「しないのでしたら、休みたいのですが」
もしかして、わざとなのですか。祭祀様。
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秘色の糸 >>
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