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誰がために終業ベルは鳴る

2010/11/03 Wed
m25



ソファに腰掛け、長い足を組んで座っている後ろ姿は嫌になるほど見慣れたもので、クローンゼロは意識せず低い声で問いかける。
日付変更線よりも前に階下へと下りたはずのオリジナルゼロは、その声に振り返ることなく片手を上げて見せた。
肩越しにチラつかせた長い指で支えるのは、ハードカバーの蔵書だった。

「読書だが」

最初に行動で示され、次いで言葉で念押しされて、クローンゼロの眉間に皺が寄る。
読書をしていたことは事実だろうが、そんなものは自宅でも出来る。
空調すら節電モードになっているエントランスにいてまですることではない。
何より、クローンゼロはもちろん、オリジナルゼロも明日――既に今日だが――も仕事なのだ。
未だ朝日は昇っていないとはいえ、あと数時間もしたら否が応でも出社しなければならない。
そんな場所に留まり続ける酔狂に苛立ち、クローンゼロの声が一層低くなった。

「こんなところでか」
「そうだ」

まるで獰猛な獣の唸り声のような言葉にオリジナルゼロは悪びれた様子もなく、短く返すと本へ栞を挟んだ。
静かすぎるエントランスに、閉じられた本の音が嫌に響いて聞こえる。
苛立ち、壮絶に睨んでいるクローンゼロの視線に気づかないはずはないだろうに、オリジナルゼロの背は平時と同じくピンと伸びている。
柳のように向けられる感情を受け流し、ソファから身を起こすと、そのまま何事も無かったかのように自動ドアへと足を向けた。
その背に盛大な罵倒と、不条理な八つ当たりをぶつけようとクローンゼロが口を開きかける。
しかし、その瞬間を狙っていたかのように、オリジナルゼロが何かを投げて寄越してきた。
振り返りもせずに投げられたそれを、クローンゼロは難なく片手で掴む。
ぱし、と軽い音とともに、僅かな衝撃が掌に伝わる。

「なんだ…?」

訝しげに視線を掌へと下ろして投げられたものを確認する。
それは、クローンゼロが愛飲しているメーカーの缶コーヒーだった。
何を何処まで知っているのか分からないが、流暢な字体で『ノンカフェイン』と描かれている辺りに殺意を覚える。
けれど、殺意を向けるべき相手はさっさと自動ドアを潜って朝にはまだ早いオフィス街へと姿を消していた。
力任せに缶コーヒーを握り締めると、ベコ、と重い音がして硬い缶が歪んだ。

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[Serene Bach 2.23R]