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温泉郷へようこそ

2010/10/13 Wed
m25


一定距離を保ち、追いかけてくる浴衣姿のゲーニッツは酷く恐ろしい。

「お前、いい加減にしろっ」
「貴方こそ、こんな深夜に走り回って非常識だと思わないんですか?」
「お前が追いかけてくるからだろうがぁっ!」

注意を受けながらも赤い髪を振り乱して、夜の旅館内を疾走する。
何とか距離を稼ぎたいところだが、なんと言っても相手は風のように素早く移動できる手段を持っている。
ヨハンが走り去った後方から、ひっきりなしに風が切れる音が響いてきて、否応なしに追っ手の存在を認識してしまう。
必死に逃げる足に力を込めるが、身に纏っているのは着慣れない浴衣で、長い裾が足へ絡まり大層走りにくい。
ゲーニッツも同じ服装であるにも関わらず、ひょうがを乱用し、じりじりと距離を縮めてくる。
段々と互いの距離は埋められ、ヨハンが角を曲がる為に僅かに減速した瞬間を狙われ、逞しい腕に捕らえられた。

「ひぃッ!」

そのまま身体を抱きしめられて、ヨハンは素直に鳥肌を立てた。
今までの経験上、この状態になってしまえばどうなるかなど想像するまでもない。
下手をすればこの場で酷いことをされそうで、ヨハンは顔から血の気を引かせた。

「―――……?」

けれど、予想に反してゲーニッツの手は何処にも伸びてこず、更に忍び込むことも無かった。
ただヨハンの身体を抱きしめ、背後から肩へ顎を乗せて荒い息を整えている。
確かに全速力で館内を疾走したが、ゲーニッツの息が切れるほどの距離は走っていない。
むしろ、風の力を得ていた分、肉体の疲労はゲーニッツの方が少ないはずである。
疑問に感じたヨハンは後ろを振り向きかけ、次いで、ハッと気付いたようにゲーニッツに声を掛ける。

「お前、もしかしてさっきの―――エルクゥたちの怪我が…?」
「地味なくせに、煩いですね、どうでも良いでしょう。そんなこと」

にべにもなく切り捨てられると確かにそうだが。と一瞬引け腰になるが、仮にも元チームメイトを見捨てては置けない。
暴力的で自分勝手で我侭で訳の分からないことばかり言うが、
ヨハンにとってはれっきとしたチームメイトであり、ことあるごとに背中を任せている相手なのだ。
普段なら一目散に逃げたい所だが、相手が弱っているなら話は別だった。

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[Serene Bach 2.23R]