まるでこの世の果てのように
2010/09/30 Thu
m25
呼吸も、声も、時間も、ともすれば心臓を打つ脈すら忘れそうになる一瞬。
喉は荒野よりも荒れて乾き、息を震わせて立ち尽くすしか出来ない。
「本当なら迎えに行きたかったのですが、我らが主だけを残していくことは出来ませんからね」
穏やかな声は風に乗り、青い法衣は強風の中でも緩やかにウェーブを描く。
しかし、その足元に影はない。
「さ…、」
紡ぎかけた言葉を言いきるのは躊躇われて、不敬にも語尾が風の中に消えた。
吐いてしまうと消えてしまいそうだった。瞬きをすれば夢から覚めてしまいそうだった。
荒れた城壁は今まで見たどんな景色より光り輝いて見えて、一等の舞台となる。
「極東から大分離れてしまいましたので、来るかは賭けだったのですが」
吹き荒ぶ風が空さえ動かす。
ゆっくりと笑う顔をしかと視界に納めたいのに既にぼやけて上手く像を結ばない。
まるで芝居のように緩慢に片手を差し出されて、グスタフは覚束ない足取りで距離を削る。
「お待たせしました、グスタフ」
グスタフは声に誘われるまま、前のめりに倒れるようにして冷たく質感の無い手を握り締めた。
握りしめた五指が確かめるようにグスタフの手を握り返し、包み込む。
冷たく、人のものでも、この世のものでもない掌はグスタフの冷え切っていた心を溶かす。
全てを振り切って、一族の目的すら余所にして、がむしゃらに追い求めた掌がグスタフの何もかもを癒していく。
感情を御しきれず、口を開けば先ず嗚咽が零れる。
しっかりしなくては、と己を奮い立たせ、気を込めて声を喉から絞り出す。
それでもグスタフの低い声は、やはり震えてしまっていた。
クスクスと密やかに、茶化すように笑う声すら懐かしく、グスタフの心臓を鷲掴みにする。
「……お帰りなさいませ、ゲーニッツ様」
なんとか吐き出した言葉は、余りにもありきたりで、率直で、グスタフの心からの本音だった。
ゲーニッツは縋るような手を、愛しむように掌で強く、強く握りこみ、双眸をやんわりと撓める。
途端、透明な雫を零しだす忠実にして愛しい部下へ、ただいま帰りました。と優しく告げたのだった。
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