戦 い の 日 々 に「見ててくれたんだ。どうだった俺?」 戦士長との特訓に一区切りをつけたカズキが汗を拭いながら私の方に歩いて来る。 「大分フラフラだな、疲れたろう」 「うん、きつい…でも、わかるんだ、俺は強くなってる」 ぐっと拳を握り締め、その手を見つめるカズキに言う。 「そうだな。でも、それは戦士長が指導してくればこそだ」 素っ気無く。聞く人によっては、むっとするだろう言葉にカズキは笑顔で返事する。 「わかってる。俺の自己流だったら1年経ったってここまで辿り付けやしなかった。 ブラボーは凄いよ。流石に本当に格好いい人だ」 優等生の答え。とは言っても、計算などではなく、カズキの場合は本気でそう 思っているのだろう。 「……それでさ、俺、ブラボー見てると思うんだ……男は少しぐらい秘密があった方が いいんだよ」 背を向け無意味に格好つけるカズキの姿が言っては何だが面白い。 つい、からかってしまう。 「秘密って例えば小学5年まではおねしょをしていたとか?」 「何で斗貴子さんがそれを!?」 ぐるりとこちらに向き直り想像以上に焦った様子を見せ、カズキが言う 「まひろから聞いた」 「うぅっ……また俺の恥ずかしいところを知られてしまった…うあ…眩暈まで」 右手で真っ赤になった顔を覆い、よろめく。 いつもののりに慣れたものと笑って自分の座ってるベンチを叩きながら言う。 「まぁ、鍛錬の疲れもあるのだろう。少し休むといい」 腰掛けながらカズキが言う。 「でも、ちょっと嬉しいかな」 私は目をみはる。 「恥ずかしい過去を知られて?」 「ち、違うよ!」 カズキは首を傾げ、にっと笑って言う。 「まひろ達とも仲良くしてくれてるみたいだからさ」 そう、いつだってカズキはみんなの事を考えて。 「あ、わんこ」 カズキが指差した先には茶色の毛が柔らかそうな子犬。 子犬がこちらに向かって駆け寄ってくる。短いしっぽを力一杯振りながら。 「こいつよく見かける。なつっこいんだよな」 私の前にちょんと座り、尻尾を振っている。 「ん、おなかでもすいてるのかな」 しかし、上げられるような物は生憎無かった。 「ほら、残念だが私は何も持っていないぞ」 両方の手のひらを見せてやるが、構わず手のひらを舐めてくる。 「はは、くすぐったい……しょうがないな、こいつは…」 私が笑って犬の頭を撫でているのを、ぼんやり眺めていたカズキがぽつりと言う。 「……犬になりたい」 再び目を見開いて私は言う。 「君はそういう趣味か」 「えっ!?」 顎に手を当て思案するポーズで続ける。 「年上ばかりでなく隷属趣味まであったとは……」 「…いや、そうじゃなくって!…俺はただ斗貴子さんに」 両手をばたばたさせてカズキが必死に弁解する。 「私に?」 「触れただけでその笑顔にさせてあげられたらなってさ」 カズキは自分の膝に手を置き一気に立ち上がる。 そうして私に再び背を向けて言う。少々ボリュームの大きめな独り言のように。 「今の俺じゃ斗貴子さんの寝顔にすら触れられそうもないし……こんな下心丸出しじゃさ、 全力で反撃されたりして」 振り返って私を見る。真面目な顔で、なのに優しい目で。 「今の笑顔がいつでも俺の前で……斗貴子さんが無防備でいられるような……上手く言え ないけどさ、そんなのを今の俺じゃ」 「無防備なんかじゃない」 私はカズキの言葉を切る。冷たいと思われたって仕方ない。言葉を続ける。 「もしこうやって頭を撫でてる次の瞬間、この子が私に殺意を持って襲い掛かるのなら、 私はなんのためらいもなくこの子の息の根を止められるだろう」 「……」 私たちの間に流れる重い空気に気付きもせずに飛んできた蝶に子犬は気を取られ、走り 去っていく。 「行っちゃったね」 「丁度いい」 「え?」 「もうそろそろ休憩時間は終わりだろ?」 「あ、そうか。よーし、もう一頑張り! 俺は皆に追いつかなきゃ、斗貴子さんにだって」 カズキが走り出し、私はその背を見送る。 戦いのさなかに君に背中を預ける時。勿論笑顔なんかはこぼれていないけど。 その瞬間、とても心地よいんだ。 頼れる味方は今までもいたけれど、どんな時よりも独りじゃないって実感してる。 君は気付いていないだろうけど。 いつか君と向き合えたらいい。その時が来るまでまだ時間はかかるだろうけど、それでも。
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