アニメ版のTVでの最終回のあのシーンの後、どんなシーンが続いていったのか。
 それこそ「僕らの知らない物語」で考えるのなんか野暮だけど。
 それでも浮かんでしまった物語。書かずにはいられないのは、さがだから。
 まあ、ありえない話なのは百も承知の。

                           『snake legs』  

 言葉もなく、互いが触れ合うのはわずかな面積。それでも心を通わせられる。そんな初めての 経験を僕は戦場ヶ原とした。  それから再び僕らは仰向けになり星を見る。心地よい沈黙の時間。 「あと残された時間は――」  彼女が口を開く。 「お父様が再びあの駐車場に戻ってくるのは今からだと40分後。実際には5分前には待機してい るでしょうけれど」  唐突な言葉。  「もしかしてこのひと時が名残惜しい?」  夜空に視点を置いたまま、聞いてみる。 「………」  回答なし、これは……あ、まさか踏み込みすぎた。剣の達人相手に半歩分余計に間合いに入っ てしまったばかり、ばっさりと斬られる未熟な武士か。あるいは雉も鳴かずば撃たれまいにの方 が近いか。 「……」  えーと、沈黙が怖いですよ? 戦場ヶ原さん? とりあえず謝るか……いやいや、そんな必要 はないはずだ。ならどうする。「実は僕が名残惜しいと思ってたからつい言っちゃったんだ」と か。あざといか。 「……」  OK。あと、3分待とう。3分このままなら……謝ろう。 「……」  生意気言ってすいませんでした! ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさ……。 「阿良々木君」 「何かなー♪」  軽いムードを装ってみた。無駄な努力。男には無駄だと分かっていてもせねばならない時があ るんだ、あー、あるんだとも。  ついでに精一杯の笑顔を戦場ヶ原に向けてみよう。 「ふっ」  あ、鼻で笑われた。戦場ヶ原が手を伸ばし、僕の頬に触れる。今更と言われようとも顔が赤く なる。彼女が手をつと頬から離れ、代わりに僕の耳たぶを弄ぶ。  車の中での事を思い出す。耳に流し込まれた言葉……うあ、六根清浄、六根清浄……。  絶対に僕の動揺に気づいてるはずなのに、彼女はそ知らぬ顔で言う。 「例えばこのままもっと激しく感情をぶつけ合うように先程の行為を続けていたら。あなたは、 もうどうしようない位、この先にあるステップを踏みたくなってしまうのかしら」 「そ、それはどういう意味かな」  僕の耳たぶには触れたままで。 「そうね、理性を失ったなどという言い訳にもならない理由で、蛮勇を奮い、事後の事も考えな いような愚かな行動に移り、あなたが大事に守りつづけていた童貞を捨て去ろうと言う気分にな るのはどういう時なのか知りたかったという意味になるわね」 「ぼぼぼ、僕はそんな、今の今までそんな事微塵も考えてなかったぞ」   はて、という表情を戦場ヶ原は見せて。 「発言の大体の意味はわかったけれど『ぼぼぼ』がわからないわ」 「とちっただけだ!」  大体、戦場ヶ原だって処女じゃないのか……などとこの童貞乙の僕が言える訳もなく。 「阿良々木君、あなたが私の事をどう思っているかはまるきり予想もつかないのだけれど。 こう見えても私、青姦『は』まだしたことないの」 「僕の顔はいつから、心の掲示板になったんだろう……いや、それよりも今の『は』の強調の 意味は!?」 「『私はマルクスの資本論の2巻はまだ読んだ事が無い』という言葉であなたはどういう事実を 導ける?」 「ん。1巻は読んだけど2巻は読んでいない」 「そうもとれるわね、だけど」 「違うのか」 「実際はマルクスの資本論の1巻も読んでいない」 「あ……」 「これは嘘になるのかしら」 「えっと、それは」  僕が何かしら答える前に戦場ヶ原が。 「嘘よ」  嘘、なのか。  そうか、つまり戦場ヶ原は……ん? 「結局、その嘘はどこに掛かるんだ」  すっと手を僕の耳たぶから離し彼女は口を開いた。  「私は『マルクスの資本論』は全巻読んでいるから」 「え、そこ?」 「……」  空を見たまま戦場ヶ原が再び沈黙する。  また、何か言おうものなら僕は戦場ヶ原の口撃で心は穴だらけになるのだろう。  ふぅ。  溜息は心の内に飲み込んで僕は目をつぶる。  さっきまではあんなに、ムーディだったのに。もう、今はいつものような振りまわされっぷり。  はかなかったな……にんべんに夢と書くやつで。 「阿良々木君」  戦場ヶ原の声が聞こえる。 「目を開けて」  何で? 「折角の星空なのだから」  ああ、そうだったっけ。   自分のまぶたの形を意識するようにゆっくりと目を開ける。  いちめんのほしぞら  いちめんのほしぞら  下手なパロディだけがやっと浮かぶぐらいの、それだけ見事な。 「やっぱり、凄いな、それだけしか言えない」 「いくら揺さぶっても阿良々木君は阿良々木君のままだったわね……」  実は本気で誘ってたとか? ……なんて、口にしなくてよかったかもしれない。  僕は読唇術が使えるわけじゃないから確かな事は言えないけれど、戦場ヶ原はその後、声には出 さずに、『よかった』と続けてたように見えたから、だから代わりにそのまま返す。 「ああ、僕は僕にしかなれない」  戦場ヶ原がどこかチェシャ猫を思わせるように目を細め笑うと、すっと立ち上がる。 「それに。どちらにしても、後残りは15分をきったぐらい、移動時間を考えれば阿良々木君がどん なに早漏がすぎたとしてもこれだけの時間ではもう、何も出来ないわね」  ……また、読まれた。向こうは読心術が使えるらしい。不公平だ。  僕が上半身起こすと、戦場ヶ原が手を差し出す。  「ここは……んがっ!」  さっき受けたのと同じ、後頭部への加重。 「また、頭を押さえられるのか」  別に帰り道ぐらい普通でも今さら……。 「二人の間に少しは謎が横たわっているぐらいが丁度いいのよ」 「そんな事されなくても、普段の戦場ヶ原の行動も頭の中も謎だら……痛っ!……わかった、もう 何も言いません」  まあ、いいさ。あの星空はあのシーンはもう心に焼きついてるから……だから戦場ヶ原、その時 折。思い出したように爪を立てるのはどうにかならないか? それにしても。 「なあ……さっきの会話はどこからどこまでが本気だったんだ」  天上からのお答え。 「会話時間までも計算に入れた、高度な冗句だったかもしれないわね」  全く。お前には適わない。

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