『中間報告』 

「テープは動いてるわね。では、私は退室するので、後は自由に話すように」  某月某日の昼下がり。食堂は急ごしらえの会議場になった。  ゾフィは録音テープをセットして早々に退室し、結局食堂に残ったのはラルフの 担当のオノマ、サラサ、ヴィヴリオ、ソコラタ、光子、それとアンナの6人だ。  キョロキョロと首を左右に動かしながらソコラタが言う。 「あら、エクリシアさんはいらっしゃらないんですか」  左手で頬杖をつき、右手を挙手しながらオノマがつまらなそうに答える。 「はーい、わたしが誘いに行ったけど『お勤めがありますので』だってさ」 「さてと……」  テーブルの傍らに立っていたアンナは一応、全員の顔を見回すようにして言う。 「では揃ったようだし、私は入り口に立つことにしよう」 「アンナさん、どこに行くんですか。ここに座ってください」  ソコラタがアンナの背に声をかける。 「いや、今日ゾフィに頼まれたのは警備というか、見張りのためだから…」 「違います。お仲間だから呼ばれたのですわ、さ、私の隣にどうぞ」  パムパムと椅子を叩き、着席を促す。 「お仲間って、あの…」  ソコラタが答える。 「勿論、ラルフさんとの事ですわ」  アンナがいつもの冷静沈着な軍人のイメージから想像出来ない程の慌てっぷりを 見せる。  早足で皆のいるテーブルに近づき、言う。 「え、え、え、何で知って…あぁまさかゾフィー……」 「ゾフィーさんに聞かなくても、バレバレですぅ」  サラサが無邪気な笑顔を見せる。  口をあわあわさせながらも、ソコラタに手を引かれ、アンナがストンと席につく。 「で、どうすりゃいいんだ、ラルフの事みんなで話せばいいのか」  背もたれに寄りかかりカタンカタンと椅子を揺らしながら、オノマが言う。 「それでいいと思う」  ヴィヴリオの言葉に、早速ソコラタが口火を切る。 「不思議な方ですよね、私の心の凄く近い所にいてくれるような、まるでラルフさん が天使核を持ってるようにさえ思えるような」  オノマが頷き、続ける。 「今まで体を合わせたどの男より、一番近くに感じるんだよ」 「まるで、分かたれた片翼に巡り会えたような」  光子が独り言のように言う。我が意をえたりとオノマが叫ぶ、サラサも言う。 「そう、それ!」 「サラサも、サラサも、そう思う!」  皆の同意を得られた喜びよりも、事実を述べる辛さが光子にとって勝る。  「でも、みんなの片翼にはなれないんですよね……」 「……そうだね」  誰とも知れぬ、肯定の声。  アンナは皆の話を聞きながら、誰にも気付かれないように、そっとため息をつく。 昔のラルフを知っているという小さな優越感は真逆になる――わたしが彼のことを近 しく感じられるのは、一方的な思い出からに過ぎない。抱かれている時の至福よりも、 離れている時の孤独を思い出す。  そんなアンナにオノマが急に思い出したように言う。 「ところでさ、いくらあたしらの間でバレバレだからってさ、仕事中に思い出し笑い はまずいんじゃないかと思うけど」  俯いていたアンナが顔をあげ、自分を指差しながら言う。 「え、わ、わたしが……?」  皆がいっせいに頷く。ヴィブリオが後を続ける。 「うん。自分の職務中はともかく、ベイカーがつまんない自慢話をしてる時なんか、 たまに」 「そうだったっけ」  火照る頬を両手で押さえ込む。  離れている時は寂しいばかりだと思っていたのに、無意識のうちに幸福を噛み締め ていたのか。  甘くなった自分が情けないようで、愛しいようで混乱する。  ガタッ。不意に食堂のドアが開き、ラルフが顔を覗かせる。 「ゾフィ、話があると聞いたけれど……って皆、勢ぞろいしてどうしたの」 「主役のお出ましだ、とりあえず座ってもらおうか」 「どうぞ、こちらに」  ヴィブリオが仕切り、光子が席を作る。 「これって一体何かな」  背中を丸め加減でおどおどと椅子に座る。 「んー、せっかくラルフがいる事だし、みんなの事一人一人感想を言って貰うとか」 「感想っ!?」  早速逃げ腰のラルフ。 「いや、やっぱり、それぞれの魅力というものがだね……」 「そういうのは私の国では『八方美人』と言います」  光子が俯きながらもきっぱりとした口調で言う。 「ラルフは君の国で言うところの光源氏きどりなのかもね」  ヴィブリオが毒舌調で。 「ラルフさん!」  彼の顔をしかと見据え、ソコラタが言う。 「な、何かな」 「皆さんと話をしたところ、私の所の滞在時間が一番短い事が判明しましました」 「そう、だったかな……」 「私との時間は気詰まりですか?」  哀しげに眉を寄せるソコラタ。ラルフは両手を広げしどろもどろに答える。 「申し訳ないかなと……ほら、こういうのまだ慣れてないみたいだから、さ」  ぷいとそっぽを向いて拗ねるようにオノマが言う。 「どうせ、こっちはあばずれですよー」 「え、ちが……ちゃんとチェスとかもしてるだろ」 「僕、ラルフの時には本読むのやめたのにな」  正面を向いたままヴィブリオがぼそっと言う。  オノマがおもむろに腕まくりをする。 「こうなったら仕方がない、今、全員、順番にしてもらって、比べてみようか」  まるで押さえつけてでもしようかという勢いで。 「ちょ、ちょっと待った。いくら俺でも、一度に八人は無理」 「数、多くないですか」  光子が首を傾げる。 「そうだよ、あ、まさか、ほかの人の担当の子にも?それとも、ゾフィーにまで!?」  アンナもたまらず口を挟む。  「や、え、ち、違う。あの…ただの数え違い、そう、数え違いだってば」 「ま、追求するのはやめとこう」  必死なラルフ。その様子に免じたのかオノマが話題を切り替える。  「ふう」  ラルフは助かったとつい露骨に安堵の息をつく。 「それよりもさ、ここらで確信に切り込んどこうか」  いや、むしろ更なる窮地か。 「そんな強引な……」  バン! ラルフの真正面に座っていたオノマが机を力強く叩き、前に身を乗り出す ようにして力強く言う。 「ともかくっ!」  ラルフの掌が汗で湿る。  小首を傾げながら可愛らしく、しかし、見る人が見たらヤクザが因縁をつけている ともとれそうな角度でラルフに顔を近づけながら、オノマが言葉を続ける。 「結局、誰が一番のお気に入りなの? ラルフ」 「やっぱり、それか」 「ゾフィに聞かれたくなかったらテープ止めておきましょうか」  カセットデッキに手をかけながらソコラタが助け舟ともつかぬ事を言う。 「いや、それじゃ意味無いだろ」  ラルフが一応つっこむ。  ヴィヴリオも眼鏡の位置をクイッと人差し指で整えながら。 「答えてくれるよね、ラルフ」  珍しく食い下がる。  ラルフは考える――みんな好き! などと言っても許されないだろうな、本音なん だけど。  それぞれを違った形で俺は好きだと思ってる。その中の『一番』か…。  ラルフは口を開く。 「俺は――」  ドタッ、ドタッ、ドタッ  突然の靴音がその持ち主にふさわしく、下品に所内を響きわたる。 「もしかして、ベイカー? 予定より早いよな」  オノマが怒ったように言う。横柄を音にしたような声が聞こえてくる。 『ガハハッ、訪問予定が一箇所キャンセルになってな、娘たちに早く会いたくなった のだ』 「恐らく、どっかの女に袖にされて、それで、お早いご帰還になったんだろうね」  ヴィブリオが冷静に分析する。 「あ、俺、任務に戻らなきゃ」  ラルフがこれ幸いと席を立ち、急いで部屋を飛び出した。 「あ〜逃げたぁ」  残された皆が声を上げた。  追いかけるのを諦めた、ソコラタが椅子に座りながら呟く。  「つまるところ、この調査は何が目的だったのでしょう」  オノマがガタンと脱力したようにソコラタの隣りに座り、答える。 「そりゃ、ラルフが担当になってる私たちのこと知りたかったんだろ?」 「本当にそう思われますか?」  肩をすくめ、オノマが言う。 「さあね。軍のやる事何ざ、わからねえよ」 「……」  ヴィヴリオは無言のまま、腕を組んで壁に寄りかかる。 「ラルフの答えって――いや、今はいいか」  アンナが言いかけ、口をつぐむ。  テープを止めることもなく、ぽつりぽつりとその場にいる者が本音を洩らす。 「でも、あの瞬間、ラルフさんの心の中にはきっと誰かいらしたんですよね」  ソコラタの呟きに答えるでもなく、サラサはいう。 「ラルフは、皆の事を大好きってしてくれてるの…」  傍らに立つ光子が続ける。 「まるで神様の愛の様に…」 「軍の思い通りなんか冗談じゃないって思ってたけどさ……それでも、ラルフとの赤 ちゃんだったらほしいかも」  おなかを軽く撫でながらぽつんとオノマが呟いた。  皆黙っている。恐らく、同じことを考えていたのだろう。      * * * * * * * * * * * * * *  「――このように、みんな、健やかに育っています。誰が、というわけではなく、 ほぼ均等に」  姿勢を正して、ゾフィーはアラフニからの次の指示、質問を待つ。 「なるほど、報告ご苦労。下がってよい」  一礼して退室する。誰もいないと思われた室内で、アラフニが話し掛ける。 「以上だそうだ、感想は」  隅に控えていたエクリシアが姿をあらわす。 「…このままでは、いられないのですね」  呟く横顔は白い。内に流れる血の色すら感じさせないほどに。 「そうだ。誰も時を自由にはできない。たとえ、本当の天使であっても」  アラフニが口の端を少し上げる。皮肉めかした笑顔にも見える。誰に対してなのかは 分からない。  エクリシアが俯いて呟くように、それでもアラフニの目はしっかり見つめつつ、言う。 「もう戻ります。礼拝堂での用がありますので」  今度こそ所長執務室の中はアラフニだけになる。席を立ち、窓辺の方へ歩み寄り、そ して呟く。 「ラルフ、君はいずれ誰かを深く愛するのだろう、きっと。だからその結果を私は受け 止めよう。それが――いかなエゴイストであっても――やはり私の務めなのだから、そう だろう?」  アラフニが眺めやる、窓の外。  様々な思い、言葉、感情、それらを隠すように雪は降りつむ。  いつ、春が来るのだろう。  いつ、雪は融けるのだろう……。                 〜 Das Ende 〜

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