『 T H E E V E 』雪緒がいる部屋の前、銀次は片膝を立てるようにしてしゃがむと一声かける。 「お嬢、失礼しやす」 「はい」 返事を聞き銀次が障子を開ける。 「お勤めご苦労様です。着替えを済ませましたら食事を」 雪緒は席を立ちながら首を横に振り答える。 「いいえ。服はこのままでいいです。着慣れてますから」 暗い色のセーラー服。確かに学生時代も雪緒は一日を制服姿で過ごす事が多かった。 そのせいもあってか、何着か制服の替えも用意してある。 「馬鹿ですよね。学校に戻ることなんか無いくせにいつまでも制服なんか着てて」 「いえ、お嬢にとっての正装ですし、あっしも見慣れてやすし」 銀次のとりなしにも彼女は繰り返す。 「馬鹿ですよね……あんな目にあった時も、やっぱり制服着てたくせに……」 静かな口調で、しかし、きっぱりと銀次は言う。 「狂犬は皆、死にやした。一匹足りとも残っちゃいやせん、だからその話はもう終わりに しやしょう」 雪緒がさらわれた日。雪緒は狂犬どもに襲われた。そう、あれは最早人でない。 極上の獲物を投げ込まれ、われ先にと襲い掛かる……獣だって少しはルールを守るだろう。 『穴は馴染ませとけよ。処女を高く買うようなきもい奴らよりいきなり野菜でも突っ込むよう な変態野郎に売り飛ばした方が面白えからな』 その無責任な言葉に連中はたがを外し、次から次へと覆い被さり、あるいはバックから自身 の欲望のままに膨れ上がった男根を雪緒に突っ込んだ。 当り前のように順繰りに雪緒の中に白濁液を注ぎ、待ちきれないものは別の穴に、あるいは 彼女の柔肌を汚した。 『段々と感じてきたんじゃね』 裂傷を更に広げられる苦しみしか今の自分には無い。 『おら、大分飼い馴らされてきたか、尻まで振って』 違う、ただこの時間が早く終わって欲しいだけ。 ――諦めた方が楽になれるのだろうか。 「お嬢」 控えめに銀次が声を掛け、雪緒は我に返る。 「……」 忘れろ、口で言うのはたやすい事だ。口で言う事と現実との差は大きすぎて、だから、ただ 彼女は口をつぐむ。 「……」 彼女の無言に付き合うように、銀次も押し黙る。 「ねえ銀さん、こちらへ来てくれませんか。私の近くに」 不意に沈黙を破り、雪緒が微笑みながら言う。 「へい」 銀次が立ち上がり、部屋に入る。 「私の眼鏡、またヒビでも入っていませんか」 彼女が今、掛けているのは新調した眼鏡のはず、不思議そうに銀次は首を傾げ、答える。 「? ……いえ、別に」 くるりと背を向けると窓の向こうの世界を見つめながら雪緒は言う。 「では、何で、こんなに世界が壊れて見えるんでしょうね」 「お嬢……」 雪緒の事を背中から抱きしめてしまいたい、そんな思いを無理に押さえ込む。 代わりに背をかがめると雪緒の肩に手を置き、振り向く雪緒に笑いかけ、もう片方 の手の人差し指で自分のサングラスのフレームをつつききながら軽い調子で言う。 「……それを言うんだったら、俺の世界なんざ曇りっぱなしでさ」 「フフ、それなら、外してしまえばいいのに」 雪緒は微笑みながら、油断している銀次の顔から素早くサングラスを奪い取る。 「あっ……」 自分の右手で顔をなぞりながら、雪緒から背を向けるようにして銀次が言う。 「……見ちゃいけねぇ、所詮、人殺しの目でさぁ」 回り込むようにして、雪緒は再び銀次の前に立ち、言う。 「私は、この眼差しにずっと守られてきたんですね」 銀次は黙って視線を上向きに逸らす。 「……銀さん、私を抱いてくれませんか」 控えめに、それとも戸惑うように一歩だけ雪緒は銀次に近づく。 「私が明日も立っていられるように。ヒビがこれ以上広がって、足元から崩れてしまわないように」 彼女の言葉をただ、呆と聞く銀次に彼女は下を向き、訊ねる。 「穢れた女はお嫌ですか」 我に返り、彼は答える。 「お嬢さんは――綺麗です」 お世辞でも慰めでもなく。銀次の心底からの言葉。 地に生える草の強さを、道を歩く者がはっと足を止めずに入られない野の花の美しさを雪緒は 持ち合わせていると銀次は思う。 どんなに多くの男たちに乱暴に踏みにじられようとも、再び背筋を伸ばして立ち上がる強さを しなやかさを。 銀次は雪緒のほうを向く。目を細めながら、眩しいものを見るように。 雪緒の姿は闇に身を置く銀次にとって、健気でいとおしすぎて。 そんな彼の思いを恐らく、わかっているだろうに、雪緒は悪戯っぽい微笑みすら見せて 銀次の顔を覗き込むようにして言う。 「ちゃんと私の目を見て言って下さい」 銀次は珍しく戸惑いの表情を浮かべ、軽く自分の頭を掻きながら尋ねる。 「……グラサン、返してもらってもいいですか」 雪緒はサングラスを後ろ手にまわして、隠すようにして再び微笑んで、言った。 「……駄目ですよ」 そのまま、ことりと机の上にサングラスを置いた。 銀次は黙って一歩雪緒に近づく。 それから両手を大きく広げ、雪緒を優しく抱きしめた。 肩越しに銀次は庭を望む。何時の間にか雪が降り出していた。 視線は合わさないまま、外の景色に視点を置いたまま、銀次は言う。 「お嬢は綺麗です――あの雪のようにどこまでもまっさらです」 雪緒も又、銀次の広い背中にそっと手を伸ばす。 「父が死に他の者達も後を追う中で、私だけが白のままでも……」 雪緒は俯き、銀次の胸板に自分の額を軽く押し当てる。 「その上、後に続いた出来事に大きな力にいいように翻弄されて……ふふ、私はやはり所詮 果敢ない雪なのかもしれませんね……」 寂しげな口調、慌ててフォローするように彼は何か言いかける。 「お嬢、あっしはただ…」 「雪緒と呼んで」 それだけ言って彼女はただ縋り付くようにしっかりと銀次の着物を掴む。彼が自分を名で 呼んでくれるはずはないだろうと思いながら。 「……雪緒」 「え……」 名を呼ばれ、驚いて顔をあげた彼女の唇に銀次は自分の唇を重ねる。 ほんの一瞬だけ動揺するように肩を震わせた後、雪緒は目を閉じる。 銀次は彼女の肩を両手で掴む。彼女を安心させるために、そして自身もこれが現実である 事を確かめるために。 互いの唇の柔らかさを確認するように何度も角度をずらしながら、そうして互いの体温を 共有する。 銀次が舌を挿し込み雪緒の中を探り、雪緒もまた自らの舌で銀次を迎え入れるように絡め ていく。 自然と息が荒くなっていく。 銀次は右手を雪緒の制服の上衣の裾から潜り込ませるとブラジャーを外し、乳房を掴む。 「あっ……ん……ん」 不意をつかれた行動に雪緒は思わず声をあげるが直にそれは甘い溜息に変わる。 激しく愛撫しながらも指先は繊細に乳首をなぞる。 雪緒が目を潤ませる。足元がよろめき銀次に身体をもたれさせる。 受け止める銀次に彼女の火照りが伝わってくる、しかし。 そっと唇を離し、雪緒を抱き締めた格好のまま言う。 「お嬢、やっぱり、あっしは……」 あれだけ雪緒が思いを込めた口付けにも、体から力が抜けてしまう位のの激しい愛撫を 雪緒に施してやっても銀次の股間は平常のままだった。 緊張して勃たないなどと銀次がうぶな訳ではなかった。 ただ雪緒は彼にとってそれほど大事な汚しがたい存在であるという事だ。ましてや彼にとって 今の彼女を抱く事はどこか弱みに付け込むような卑怯な振る舞いにも思えていた。 「銀さん……失礼します」 雪緒は銀次の前に跪くと両手で銀次の着物の裾を左右に開く。 「お嬢」 彼の戸惑いをあえて無視し、彼の下着をずり下げる。 「雪緒、ですよ」 雪緒は左右の内太ももに両手を添えて、目を閉じゆっくりと顔を彼の股間に近づけていく。 「お嬢、そんなもったいな……」 彼の語調に焦りの色が混じる。それに彼女はわずかに笑み、それでも動きは止めない ついに棹の先端に彼女の唇が触れる。 銀次が小さくうめき声をあげる。 「こんな事しちゃ」 雪緒の肩に手を置くが、彼女は気にしないでというように軽く首を振る。 それから唇で彼の表面を撫でるようにして鈴口を包み込んでいく。 「く、あたたけぇ……」 柔らかいままで下を向いていたはずの銀次のそれが充血し、張りをもっていく。 雪緒は舌で先導するように裏筋をなぞりながら、銀次を口中に導く。 「ぐっ……雪、緒」 快感にたまらず銀次は雪緒の肩をぎゅっと掴む。 「……ん、ん!」 一気に高まった銀次の怒張が雪緒の喉を激しく突き、彼女をむせさせた。 「す、ま、ねえ、わざとじゃ……」 苦しげな眉毛になお一層の興奮を覚える自分が腹立たしい。 けなげにも雪緒は舌での愛撫を続ける。雪緒の唾液と銀次自身のぬめりのせいでくちゅくちゅ と湿った音が響く。 時に激しく吸われ、かと思えば優しく丁寧にカリを舌先でなぞられる。そのたびにビクンビ クンと銀次のそれは反応する。 「く、かはっ!」 本能が彼の中で暴れ始める。 己が怒張を女の中で激しく動かし、快感をむさぼりたい。 目の前の女に存分に快楽の嬌声を上げさせたい、何度も。 俺はこんな野卑な欲望をぶつけてしまっていいのか。 少女の衣服を剥ぎ取り、無理に大人の女へと変えさせてしまう、今の俺はあの獣のような 野郎共とどこが違う? 後ろめたさ。 髪の乱れるのも気にせず懸命に奉仕する雪緒の髪を梳いてやりながら頬に触れる。 上目遣いに雪緒が銀次を見、嬉しそうに笑む。 後ろめたさを、身分の差を忘れさせるかのような聖母の笑顔……この思いのまま俺は。 「雪緒……」 愛しい気持ちだけで雪緒を抱ける。 張り詰めた気が弛んだせいか、不意に切羽詰った感覚が股間を襲う。 出来る限り平静を装って銀次は雪緒を引き剥がそうとしながらいう。 「もう、その辺で。口の中に出しちまったら」 「……」 雪緒は口に含んだままで銀次を見上げる。構いません、このまま出して頂いても。目はそう 言っていたが、そうはしたくなかった。 「もう、いいんでさぁ」 雪緒の肩に手をおき、多少、無理に離す。 精液の一滴だって無駄にこぼしたくない、全部を雪緒の膣内に注ぎ込みたい……まるで経験 したての男が初めて惚れた女を相手にするような青臭い考えだ。 そんな理由を話せる訳が無い。苦笑を浮かべる銀次を、雪緒は不思議そうに見上げる。 銀次は自分も膝をつき、雪緒と目を合わせる。 「今度は俺がする番……」 銀次が言いかけるのを雪緒は首を横に振り、彼の口を指先で塞ぐ。 「私も、もう、して欲しいです」 どちらからともなく二人は互いの服を脱がせあう。 直接触れ合い、体温を感じあうために。 銀次は丁寧に両手で彼女の眼鏡を外してやる。 「銀さん」 時折、雪緒が銀次の頬に手を当て撫ぜる。 「……雪緒」 見れば雪緒は笑みこそ浮かべているが、その瞳の奥には不安が宿り、そのたびに銀次は安心 させてやるように軽い口付けをしてやる。 「ん……」 何度か目のキスで膝立ちしていた雪緒が力の抜けたように腰を落とし、左手を畳につき足を 斜めに崩す。 軽く背をそらし胸を突き出した格好になる。 銀次は誘われるよう胸に顔を近づけ、その形の良い乳房を吸う。 彼女の乳は柔らかくしかし舌で押してやれば心地よい弾力を持って押し返す。 雪緒は吸われた乳首から下腹部までピリッと電気が走るような快感を覚え、そしてなお身体 が熱くなっていく。 反射的に逃げそうになる雪緒の身体を銀次は彼女の腰に腕を回ししっかり押さえつける。 「……ふぅ……あ…」 彼女の喘ぎ声に、舌先の感触の心地よさに、ただ無心に乳房をむさぼる。 愛をそこに感じられるから、彼女は束縛を歓ぶことが出来る。 雪緒は右手で銀次の頭を優しく包み込み囁く。 「……銀さん、私を愛してくれますか、この身体ごと」 肯首の代わりに銀次は雪緒をゆっくりと畳の上に押し倒すと、右手で雪緒の左の太腿を抱え あげる。 「あ……」 銀次の行動に期待していたはずの雪緒なのに、つい戸惑いの声をあげる。 「雪緒、やっぱり怖……」 銀次が動きを止め、尋ねようとするその口を右手の指先でそっと塞ぐ。 「違うんです。私、緊張して。何だか全部が嘘のような、夢のような気がしてしまって」 そのまま手を横にずらし彼の頬を確かめるように撫ぜる。 「私、それぐらい嬉しいんです」 自分の頬を撫ぜる右手の手首をそっと掴む。 「よかった」 にっと笑って続ける。 「今やめてといわれても 実の所 このまま鎮める自信がないんでさあ」 率直な物言いに雪緒は緊張を解き、右手を銀次の腰にまわす。離れてしまうことの無い ように。 銀次が位置を確かめるように雪緒の茂みに手を伸ばす。 蜜を溢れさせている、そこをやさしく愛撫する。 「あ、恥ずかしいです……私、感じすぎてしまって」 「気にしないでくだせえ」 身をよじろうとする彼女をしっかりと押さえ込み、雪緒の中を確かめるようにゆっくり 自分の物を中に収めていく。 「ああ、銀さん。すごい奥まで」 あえぐように呟く雪緒は、わずかに目じりに涙をにじませる。 その表情も、それでも銀次を離そうとしない華奢な腕も段々とほてり熱く、汗ばんでいく 白い肌も何もかもが愛しい。 「おじょ……雪緒……」 「銀……次……さん」 銀次が雪緒の中を動く。じきに雪緒の包み込むような膣のうごめきに銀次は夢中になり動きが 自然と速くなっていく。 「く、雪緒……気持ちいい……」 「あ、銀さん、すごい……あ、えぐれちゃう」 自分を感じてくれているという喜び、銀次に貫かれる快感。 この快感を伝えたくて夢中で銀次の胸元に吸い付くように口づけする。 なおも銀次の動きはより激しく雪緒の奥を責める。 「あ、こんなに……来ちゃう……銀次さん!」 雪緒は彼の首にすがりつきその首筋を軽く噛む。口づけの跡だけでは足りないとでも言うように。 「くっ……」 銀次の背筋をぞくりとした快感が走る。制服で身を包んでいた姿からは彼女がこんな激しい愛情 表現を持っていたなんて想像もしていなかった。 「銀次さん……銀さん……ん」 彼女が甘い声を耳に吹き込むたびに銀次はますます高ぶっていく。 自分は雪緒を乱れさせたいのか、ただ自身が気持ちよくなりたいだけか……どっちだっていい。 ぐちゅぐちゅと湿った音が他にひとけのない屋敷の中に響く。 「銀さん……わたし、もう」 「俺もです。このまま中で出しちまっても……」 答えの代わりに雪緒はぎゅっと銀次を抱きしめる。 銀次もそれ以上問いは重ねない。 ただ互いの荒い息と身体だけを確かめ合って。 「ぐっ……お嬢!」 「銀さん……!」 どくん! 銀次はためらわず雪緒の中に精を放った。 二人は抱きしめあう、離れることの無いように。 荒い息のまま口付けを交わす。今までのことが夢でなかったのだと確認するように。 すっかり力の抜けた二人は布団を敷く気力すらなく、手近にあった銀次の着物を引き寄せ、 二人包まる。 天井を見たままで銀次は呟く。 「これで明日は戦争だって言うんだ……なんて呑気な」 彼の言葉の真意が掴みきれずに雪緒が彼の方をみる、と、同じタイミングで銀次も彼女の 顔を見つめる。 「そうですね」 雪緒はやさしい笑みで返した。 深い眠りだった。 こんな風に眠ったのはどれぐらい振りだろう、銀次は仰向けに寝たまま首だけを横に向け、 ぼんやりと庭を眺めやる。 雪は積もらなかった。日陰になっている所にわずかに名残が見られたが、それもじきに 消えてしまうだろう。 今朝は晴天、庭に白い何かが……舞い降りた白鷺……? まさか。 銀次は反射的に身を起こす。 見慣れた長い黒髪の後姿。 「おはようございます、銀次さん」 振り向いて挨拶した雪緒は振袖姿だった。 純白な地に袂と裾の方にだけ控えめに花を咲かせた柄。 銀次がただ見とれている姿に照れくさそうに笑い、言う。 「父が成人式のためにとあつらえてくれていたんです」 「似合ってやすよ」 女に褒め言葉を贈る。銀次には苦手な分野だ。 現に口から出たのはやっとそれだけ、それ以外に気の利いた言葉が浮かぶ事もない。 雪緒はそれでも微笑んで言った。 「ありがとう。でも、着替えますね」 「せっかくのお着物を」 つい、差し出がましい物言いをしてしまう。 彼にそこまでさせたことに彼女は満足しながら、それでも首を横に振る。 「自分たちを白で純化しようなんておこがましいですから」 銀次は、あ、と口を開けた後。 「ちげえねえ」 にやりと歯を見せ笑って言う。けして取り繕った笑顔ではなく。 雪緒も微笑み返しながら小さく頷く。 「参りましょうか、私たちがいくべき所へ」 そこがたとえ煉獄であったとしても、自分たちにとってふさわしいのであれば。 「ジュリエットは不実な月に誓わないでとロミオに言ったけど……私たちは誓うものなんて 要りませんよね、だから」 雪は確かに美しいが、そんな儚いものには誓えない。 自分たちはその雪を溶かそう、そこに残るのが泥水ならば、ともに啜ろう三献の儀の代わ りに。 そんな破滅の匂いしかしない思いすら本当は抱いてはいけないものだったのに。
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