『 S  I  M  P  L  E 』  

 港に3つの銃声が響く。  俺が先の方に離して置いておいた3つの缶もその音と共に吹っ飛んでいた。俺は無意識のう ちに口笛を吹く。 「お見事だ、レヴィ」 「あんまり無駄弾を撃ちたかねえが、屋外で実弾撃ちやっとかねーと感覚が戻ってっかわかん ねーからな……復活したぜ」  日本からロアナプラに戻って大分経ち、レヴィの包帯もやっと取れた。  まぁ完治が遅れたのは、レヴィが一般的な療養の仕方を一切しなかったせいもあるけれど。  レヴィは上機嫌で言葉を続ける。 「脚に痛みは走らねえ、調子は元通り。またあのデカブツとだってやりあえるさ」 「あ…あぁ、そうだな」  普通に答えようとしたけれど、つい言葉に詰まった…レヴィにも俺の動揺は伝わってし まっただろう。  ここに戻ってきて、そう、2ヶ月は経つというのに、俺はまだ日本での出来事を引きずっ たままでいた。   頭ではわかっている。  レヴィがあの時殺ったのはレヴィと命のやり取りをしていた若頭の銀次さんだけであって、   雪緒ちゃんは後を追うために自ら喉を突いたんだという事を。  それでも俺には、レヴィがまるで二つの命を、あの二人が掴めたかもしれない未来を、その全 てを撃ち抜いてしまったように思えていた。  仕方ない事だった。それもまた理解している。銀次さんと雪緒ちゃんが一緒に天秤の皿に乗っ ていたとすれば、もう片方の皿に乗っていたのは俺とレヴィだ。  あの時、恐らくその天秤は、わずかに俺とレヴィの方に傾いていたんだろう。  神様の思し召しで?いや、きっともっと気まぐれなものだ。  それはつまり風でも吹いていたのかもしれないし、台がそもそも平らじゃなかっただけかもし れない。 「ロック、また賭けをしようか」  俯いてぼんやりしている俺にレヴィが話し掛ける。 「え……カードかい?」 「ちげえよ、こいつさ」  脇に下げた銃をケースの上からぽんと右手で叩いて示す。                                                                   「銃で?どうやって?」 「質問ばっかだな…ほれあそこ、さっきの所にこの空き瓶を置いて狙って一発撃つ」  そう言うと俺の返事も待たずにレヴィはビンを置きに行き、再び戻ってくると、俺にカトラスを 手渡しながら言う。 「見事に当たればロックの勝ち。いたって簡単だろ」  手のひらの銃の重みをもてあましながら、俺は尋ねる。 「何を賭けるんだ、前と同じものか?」  レヴィは首を横に振り、答える。  「勝ったら一晩あたしを自由にしていい……負けたらこの先一年の酒代は全部ロックもちな」 「……それって、不公平じゃないか?」 俺の不平に、首を傾げ片眉をしかめながら問い返す。 「ほお、あたしの身体はそこまで安いってか?」  う…確かに安くはないけどな…そんな事、本人に言ったら足元を見られそうで、俺ははぐらかす ように言う。 「……撃ち方なんかわからないぜ」 「段取りぐらいは知ってるだろ」  即座に切り返される。 「まあな、ここで暮らせば3歳児だって覚えるだろうさ…けどさ」  それにしたって…俺が口を挟む間もなく、レヴィが言う。 「――あんたは缶だけを見つめりゃいい」  俺のほうを見ずに、自身もまた缶の方を真っ直ぐに見ながらレヴィが続ける。 「ごちゃごちゃ考えずにシンプルに……今はただ、缶を見つめて」 「……」  俺は銃を持っている右手をゆっくりと上げる。みようみまねの手順を守り、それから引き金 に指をかける。  視線は前方に。  シンプルに見つめること。きっとそれが今の俺にできる精一杯で。  だから。今はそれ以上の事は考えない。  バァーンッ!!  やがて俺の耳に銃声が届いた。  何が起こったのかわかっているはずなのに頭の中は真っ白で。  瞬き一つしなかったはずなのに、いつの間にかわからないまま……置いてあったはずのビン は姿を消していた。  次に俺の耳に拍手の音が届く。 「おめでとう」  レヴィの声。 「はは、なんに感謝したらいいんだろ…まさか、神様?」 「あたしの整備の腕だろ」  さも当然のように答えるレヴィに。 「ごもっとも」  俺は肩をすくめて答えた。  それからレヴィは俺の手にあるカトラスを取り上げ、定位置の自分の脇の下のフォルダに差 し込み、言った。 「何にしたってロックの勝ちさ。相棒、どこに行く?」  相棒…そうだな。ロアナプラのレヴィは相棒で……対等の立場だ――互いに称え合う事も 罵り合う事も自在な関係。  そんなレヴィが日本では銃に徹してくれていて、俺が馬鹿なまねをしつづけていても 何とか踏みとどまってくれて――レヴィ、君に感謝する。 「ん、どうしたんだよ。どこに行くんだ、ロックの部屋?それとも、あたしんちかい?」   不思議そうに俺の顔をレヴィが覗き込む。俺は煙草をくわえながら答える。 「よし、イエローフラッグに行こう」  拍子抜けした様子でレヴィが言う。 「何だよ酒場か」 「夜はまだ長いさ…それとも、待ちきれない?…んがっ!」  油断して軽口を叩いた俺のみぞおちに、レヴィの肘が鮮やかに食い込む。  レヴィは腹を抱えてうずくまる俺を追い越し、それからくるりとこちらを振り返って言う。 「バーカ」  それからいつものようににやりと笑って見せながら言った。 「……ま、いいさ、行こうぜ…割り勘でな!酔い潰してやるから、覚悟しな!」   

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