交  換  日  記 

いつからだろう、恭ちゃんの背後に女性の…きっと恵の影を感じるようになったのは。  珍しく帰るコールが守られなかった、あの夜だろうか。 それとも、酔って帰ってきた恭ちゃんに、恵の好きそうなシトラスの移り香を感じた日からだろうか。  もう、思い出せない。          *  *  *  *  *  *  *  *  *           帰るコールからちょうど45分後、恭ちゃんは帰ってくる。今日も、それは守られて。 「ただいま。飯できてる?芳乃は起きてる?」 「おかえり、ご飯はできてるよ、芳乃は寝ちゃったけど」 「そっか、せっかく読みたいって言ってた絵本、買ってきたんだけどな、ま、いいや」  恭ちゃんはいつものように、上着をソファに投げ捨てると、食卓につく。  ご飯をよそい、手渡す。私に背を向けたまま、恭ちゃんが声を掛ける。 「明乃、俺の携帯で梅田武彦、高校のときのクラスメートでいたろ、あいつのTELとか調べてくれるか」 「うん」 背広から携帯を取り出し、電話帳を開く。相川隆一、浅田悟――あ、あった梅田君、何の気なしにそのまま ページをめくる。手が止まる。「M」とだけ記載された、携帯番号。M――めぐみ。偽名でも男名前でもなく。 その不器用さが彼らしい。私に問い詰められたらどうするつもりだったんだろう。あるいは、何気なく返した かも知れない。『うん、この間、本当に偶然、会ってさ』恭ちゃんらしい、私はもう一度思う。私に検索させた のも、これを見せるつもりだったのかな――それでも、私は前の画面に戻し、泣きついてみせる。 「やっぱり使い方わかんないよぉ」  私のことを、きっと、昔のままだと信じている、あなた。 「仕方ないな……」  あなた自身、気付かずに漏らした安堵のため息すら、私にはもう聞き逃すことは出来ないのに。 「明乃も携帯持てよ」 「子育てと、ご近所づきあいで目一杯だもん。家にある一台だけで充分」  明乃『も』か。 「それに、出会い系とかはまっちゃって、浮気しても知らないよ」 「ははっ、まさか」  笑い飛ばされる。うん、それは正解。私には恭ちゃんしかいないから。でも、細胞の一つ一つまでも、こんな にも熱く、あなたを求めていることまでは気付いてないでしょう?          *  *  *  *  *  *  *  *  * 「ごちそうさま、風呂に入るよ」 「ん」  背広を整えようと、持ち上げる。あれ?いつもは使われない内ポケットに何か入っている。探って、取り出す。 え?イヤリング。思わず、取り落とす。恐々と拾い上げる――天使の羽根の…あのころの記憶が甦る。そう、 まだ恵と出会ってまだ間もない頃。放課後。恵が持っていた画集のことで話し掛けた。 『あ、それ天使の画集だ。きたのじゅんこのだよね』 『え、ええ、そうよ』 『いいよね、透明な瞳に、重さを感じさせない翼、本当に綺麗』 『うん、でも…』 『でも?』  私の何気ない質問に、、恵は『しまった』という顔を見せたけれど、答えてくれた。 『ずるいなって思う、その存在が、定義が』 『定義?』 『天使がそれにふさわしい行動や考えをしなかったら、それはもう、天使ではなく”堕天使”で、つまり』  何気なく、恵が眼鏡を外す。少し、目つきが悪くなる。その分、視線に熱がこもったような気がした。 『けして、天使が穢れないのではなくて、穢れてしまえば、天使ではなくなる、ということ』  明らかに私宛のイヤリング。掌に載せて、その重みを確かめる。  この天使の羽根は皮肉なのだろうか、最後まで手を汚すことが出来なかった私に対する。  それともこれは、隠し通すことを善しとしなかった、恵のプライドの象徴、まっすぐな情念。  私は確かに受け止める。           *  *  *  *  *  *  *  *  *  夜、二人は抱き合う。互いに知り尽くした体。キスを愛撫を互いに繰り返しながら、服を脱がせていく。 私は期待に屹立しているそれに、あたりまえに口を近づける。根元のほうから先端に向かい、ゆっくりと 舐め上げていく。くびれの輪郭に沿い、舌を円周上に這わす、じらすように。更なる奉仕を期待する先端に 透明な液体が滲む。そっと舌の先で液をすくい上げると、恭ちゃんが小さくうめき声を上げる。 「明乃、俺、もう入れたい」  直接の要求に、私は仰向けになり、手を広げ、笑顔を見せて答える。 「来て、恭ちゃん」  遠慮なく、私の中に熱い塊を割り込ませる。私自身もまた熱く濡れ、抵抗も見せずにむしろ誘い込むように 彼のものを根元までくわえ込んでいく。 「明乃、入っちゃたよ、俺の」 「うん、一杯なの明乃のなか、恭ちゃんで」  はじめはやさしく、でも、じきに腰の動きは激しいものに変わる。まるで内臓ごとかき回さすように、  力強く私を突き上げる。子宮にまで届く快感。それは、そのまま全身へと拡散していく。 「うそぉ、やぁ、こわれちゃうよ」  熱い吐息を耳元に浴びせながら、私に聞く。 「奥まであたってるよ、気持ちいい?」  脳の中までしびれるような気持ちよさの中、私は夢中になってあえぐように言う。 「うん…もっと、もっと、して、明乃をおかしくして」  私は快楽に溺れる。ためらい無く爪を立て、恭ちゃんの背中に血を滲ませる。口と口だけのキスでは 足りずに、首筋に胸元に、私の印をつけていく。 「気持ちいいいよ、明乃、今日はなんだかすごく感じる」 「私もなの。おちんちん、すごい、あついの」  私もまた、彼の動きに合わせ、腰を回す。半ば無意識のうちに。 「俺、もう出ちゃうよ、このままだったら、明乃の中に…いいの?」 「…うん。出して。恭ちゃんの子供、もっと欲しいもん、だから、いっぱい出して…」 「あ――だすよ、ん!」 「あ、あ、あ――!」  どくっ、どくっ、どくん  夢中でしがみつく。足を彼の腰に絡め、精液を漏らさぬよう、すべて受け取るように腰をひきつける。  彼のうごめきを私の中で感じる。吐き出される精が受け止めきれず、溢れ出し、二人の間をさらに濡らす。 「すごい、こんなにいっぱい」  夢見ごこちで私は呟く。恭ちゃんはそんな私のことをあらためて、抱きしめてくれた。             *  *  *  *  *  *  *  *  * 「これ、跡ついちゃいそうだな」 私がつけたキスマークを指で触れながら恭ちゃんが言う。 「困る?」 「え…ていうか恥ずかしいかな」 「――そう」  予想した通りのはぐらかし方なのが嬉しいようで、つまらないようで、自分の気持ちをもてあます。  私は刻み付ける。恭ちゃんの体に唇で、爪で、直接、愛の言葉を。今度はなんて返してくれる?  女の子同士の内緒の交換日記のように、私は恵の返事を待ち焦がれる。        ― END ―

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